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国民党、社会労働党、ポデモスを襲う危機

分裂・崩壊の扉を叩きつつあるスペイン国家(第2部)



【マリアノ・ラホイを地獄の業火に引きずり込む(?)前バレンシア市長リタ・バルベラー】
2016年3月のバレンシア火祭り(ファリャ)に出展され焼かれる人形 (2016年9月16日付エル・ペリオディコ紙よ り)

 これは『分裂・崩壊の扉を叩きつつあるスペイン (第1部)』の続編です。

小見出し一覧
《国民党:ソリアの衝撃と広がる亀裂》
《国民党:リタとマリアノの“地獄への二人三脚”》
《ポデモスは?社会労働党は?そしてカタルーニャはどこへ?》
《本当の意味の「政治腐敗」とは》
《ポデモスの未来は?》

※ 以下、文中では金額について、1ユーロ=114円で換算している。


《国民党:ソリアの衝撃と広がる亀裂》 

 2016年9月2日のスペイン下院総会での首班指名選挙で、マリアノ・ラホイの続投が否決された翌日のこと。 国民党(暫定)政府は前産業大臣のホセ・マニュエル・ソリアを世界銀行の役職として推薦すると発表した。そしてこれが首班指名での失敗に続き、 ラホイ国民党を襲う第二の激震を引き起こしたのである。ソリアはこの4月に、例のパナマ文書に名を連ね、しかもそれについて嘘の弁明をしたことで辞任に追い込まれていたのだ。(当サイトのこちらの記事

 国民党政権はこんな悪徳者を世界銀行の幹部に出世させ23万ユーロ(約2622万円)もの年俸を受け取らせる気か!何たる「回転ドア」だ!ということで、野党はもちろん保守系のマスコミまでが激しく国民党を非難した。副党首 マリアドローレス・コスペダルは、ソリアが政治腐敗で辞任したのではないので問題は無いと政府を擁護したが、 そんな取って付けたような言い訳で騒動が収まるはずもなかった

 最も困ったのは地方の国民党員である。ただでさえ崩れかけている支持基盤をこれ以上の動揺に曝すことは許されない。特に9月25日にガリシア州議会選挙を闘わねばならないアルベルト・ヌニェス・フェイホオは、 このソリアの推薦に「理解しがたい」として難色を示した。また マドリッド州知事のクリスティーナ・シフエンテス、カスティーリャ・ラ・マンチャ州知事のフアン・ビセンテ・エレラなど の有力な地方幹部たちも、この党中央の決定に対して一斉に反発や疑問の声を挙げた。この問題は 国民党の中に一層の亀裂と不信をもたらしたのである。

 このソリア問題に対するラホイと政府の対応は目を覆うばかりに稚拙だった。G20に出席するために中国にいたマリアノ・ラホイは記者会見で 「彼は単なる公務員であって役員の募集に応募しただけだ」とソリアを擁護 した(つもりだった)が、この間の抜けた発言が火に油を注いだことは言うまでもない。何らかの有力者(組織)の強力な推薦と後ろ盾が無い限り、世界銀行のような巨大な組織の重要職に迎えられない程度のことなら、ど素人にでも分かる。

 結局、哀れなソリアはわずか3日後の9月6日に 世界銀行への再就職を辞退するはめになった。もちろんだが、 党内の猛烈な反発をかわすために、ラホイ執行部がソリアに圧力をかけざるを得なかったのだ。中国から帰国した ラホイはソリアに関する記者団の質問を一切無視して逃げまくった 。その見苦しい姿はあらゆる全国放送のテレビニュースや政治番組で繰り返し流された。

 ソリアを世界銀行の重職に推薦したのは、直接的には経済大臣のルイス・デ・ギンドスだが、それが彼の一存だったとは考えにくい。パナマ文書スキャンダルで産業大臣を辞任した際に、ラホイ政権と国民党執行部からの何らかの約束があったと考える方が自然だろう。デ・ギンドスは、最初はラホイ発言に合わせて人員募集に応募して世界銀行から選ばれたと説明したが、スペイン財務大臣として自身が推薦したと認めざるを得なくなった。この矛盾した説明を「虚偽」として反発した野党は、 一斉に国会でのデ・ギンドスの喚問を要求した

 おそらくだが、この世界銀行への「栄転」は元々デ・ギンドス自身が行うつもりだったのだろう。昨年12月の総選挙でどんな形にせよ新しい政府が作られてさえいれば、さっさとこんな面倒な国からおさらばできたはずである。ソリアの辞退の後で政府は、 デ・ギンドスの右腕である辣腕の実務家をその替わりに据えることに決めた。しかし この人物もまたタックスヘイブンの企業との関係が示唆されている。

 どこまでも腐り果てているのだが、野党が要求した下院総会での喚問を 下院議長のアナ・パストールが拒否し、委員会での短時間での喚問だけが行われた。その委員会の場で矛盾する発言を追及する野党に対して、 デ・ギンドスはソリアの推薦を「テクニカルなものであって政治的な決定ではない」ことを強調した。しかしもはやそんな言葉を信用する者などおるま い。何よりも、国民党内に残したしこりとラホイ執行部に対する不信は党を重大な危機に追いやりかねない。そして第三の激震はすぐに訪れた。
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《国民党:リタとマリアノの“地獄への二人三脚”》 


【国民党を解体の危機に陥れるか? 裁かれる腐敗に満ちた面々】
(2016年9月6日付エ ル・ペリオディコ紙

 まず上の写真の面々を確認しておこう。上段左から、元カハ・マドリッド総裁ミゲル・ブレサ( こちらを参照)、前バレンシア市長で上院議員リタ・バルベラー( こちら こちら こちら こちらを参照)、アスナール政権時代の内相アンヘル・アセベス(裁判中のギュルテル事件については こちら こちらを参照)、前マドリッド州知事エスペランサ・アギレ( こちら こちら こちらを参照)、下段左から、国民党員でギュルテル事件主犯格フランシスコ・コレア( こちら こちらを参照)、元国民党会計係ルイス・バルセナス( こちらを参照)、前衛生大臣アナ・マト( こちらを参照)、アスナール政権時代の副首相で経済大臣、元IMF専務理事、バンキア銀行会長ロドリゴ・ラト( こちら こちら こちらを参照)。

 「参照」の記事にある通り、これらの人物は、現在までに様々な政治腐敗・経済犯罪に関連して取り調べ中、あるいはすでに逮捕され公判途中の者たちばかりで、かつては国民党内や中央政府や地方自治体の有力な地位にあった。この8人はもちろん国民党関係の犯罪者(容疑者)のごくごく一部に過ぎないが、 こういった者たちの取り調べや公判が、この秋には目白押しなのだ。

 この中で特に重要な人物は前バレンシア市長のリタ・バルベラーである。彼女はフランコ独裁政権最後の閣僚マヌエル・フラガが国民党を結成した時からの党員で、1991年から2015年まで25年間バレンシア市の市長を務め、スペイン中のありとあらゆる利権構造を知り尽くす。マリアノ・ラホイも頭が上がらず、彼女を「最高の市長」と褒めちぎった。結婚はしておらずレズビアンとのうわさも高いが、ドスの効いた野太い声と鋭い眼光で並みいる男どもを震え上がらせ、地中海岸に君臨してきた女帝(マフィアの女ボスという方が似合っているが)である。

 しかし2015年の地方選挙( こちら を参照)を境にその威光は消えた。市長落選の後はラホイに与えられた上院議員の地位の特権で逮捕だけは免れているが、バレンシア国民党の裏帳簿と資金洗浄(タウラ事件)、ギュルテル事件に絡む資金洗浄(イメルサ事件)などの政治腐敗に関与した疑い( こちら を参照)をかけられている。また今後、公務での接待や出張を利用して贅沢三昧を繰り返していた件(「リタ・リークス」と呼ばれる)にもメスが入れられることだろう。

 今年7月29日になって、スペインの検察庁は高等裁判所に対して、 資金洗浄の容疑でリタ・バルベラーを取り調べるように要求した。そして9月13日になってついに、スペイン高裁のバレンシア支部で バレンシア国民党の裏帳簿と資金洗浄に関するバルベラーの取り調べが開始 されたのである。ガリシアとバスクの地方選挙を控え、ホセ・マニュ エル・ソリアの件で大きく面子を失った国民党としては、もはやこれ以上のイメージダウンは許されない。バルベラーを擁護しているとせっかく8月末に協定を結んだシウダダノスにまでそっぽを向かれるだろう。国民党の中には リタ・バルベラーに上院議員の辞任を求める声すら現れた

 翌14日に、バスク州議会選挙で国民党の筆頭候補を務めるアルフォンソ・アロンソは「もし彼女が今日にでも決断しないのなら、党が断を下すことになるだろう」と、 党幹部がすでにバルベラーを切る覚悟でいることを明らかにした。 党内からの激しい圧力があったのだ。もちろん彼女の地元 バレンシアで国民党は大揺れに揺れた。さらに シウダダノスがラホイに対して、もし彼女が辞任しないのならもはやラホイ政権成立に協力しないと警告したのである。

 その夜、 リタ・バルベラーは国民党からの離脱を表明した。しかし上院議員については「この席は私のものだ」として辞任を拒否した。もちろんこれはリタの一存ではなく、内外からの圧力をかわしながらバルベラーを守るために党中央が採ることのできた唯一の手段だった。16日に バレンシア州議会は国民党を含む全会一致でバルベラーの上院議員辞任要求を決議 した。しかしラホイは、 バルベラーはすでに党員ではないのだから「自分は彼女に対してもう何の権限も持っていない」としてこの問題から逃げた。また 副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアも、彼女はすでに国民党員ではないので議員の辞任要求はしないと発表した。もう、逃げるしかない、ということだろう。リタとマリアノの“地獄への二人三脚”は、いずれこの党を業火の中に追いやるのかもしれない。

 バルベラーが関与するタウラ事件には、 元バレンシア州知事フランシスコ・カンプス こちら こちら を参照)もまた深く関与している疑いが強まっている。その他、パルマ・アレナ事件で逮捕されている元バレアレス州知事(国民党)ジャウマ・マタス( こちらを参照)が 懲役を減らすために司法取引でその罪の一部を認め ている。また元国民党会計係のルイス・バルセナスは、裏帳簿事件の物証であるコンピューターを破壊された件で( こちら こちらを参照)、9月13日に 経済的理由をあげて国民党に対する告訴を取り下げたが、この事件の裁判過程は国民党にとって厄介なことになるだろう。また
水利施設工事の不正受注と公金横領のアクアメッド事件( こちら を参照)の公判も控える。これには前農業環境大臣でEUの農業環境委員長ミゲル・アリアス・カニェテの関与が疑われる。

 今後は何度選挙を繰り返しても、国民党が単独で過半数を獲ることは二度とあるまい。9月25日に行われたガリシアの州議会選挙では、党の総力をあげた支援のおかげで過半数の議席を維持できたが、それはガリシアが、フランシスコ・フランコ、マニエル・フラガ、そしてマリアノ・ラホイ出身地だからこそである。同日に行われたバスクの州議会選挙では最下位の第5党に沈んだ。しかしガリシアでの現状維持を「大勝利」として気を良くする党中央はあくまでラホイ政権の継続を目指している。
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ポデモスは?社会労働党は?そして カタルーニャはどこへ?》 

 政治腐敗の追及は国民党に限ったことではない。9月15日にセビージャの地方裁判所で行われているアンダルシアERE事件( こちらを参照)の公判で、 元アンダルシア州知事(社会労働党)のマヌエル・チャベスに検察から懲役6年と10年の公民権停止処分の求刑があった。この事件で検察は、 休職中の労働者に対する職業訓練補助金のうち7億4千1百万ユーロがアンダルシア社会労働党に 不正につぎ込まれたと見積もっている。ただ少なくとも、この不正にかかわったとされるチャベスもアントニオ・グリニャンも、すでに党から離れ政治的な立場も公的な地位も棄てている。その意味で社会労働党は一応のけじめをつけた。

 しかし 第1部で述べたように 社会労働党内の危機は深まる一方だ。9月25日のガリシア州とバスク州の議会選挙で、当初からの予想通りではあったが、大幅に議員数を減らしてしまった。どちらの州でもポデモスとその連合体に票を大幅に奪われたことが主要な原因だが、このことが社会労働党の分裂を促進するだろう。サンチェスはこの10月1日に党の全国代表者会議を招集しているが、その場で詰め腹を切らされることになるかもしれない。しかしいずれにしても、11月1日を期限とする首班指名で、社会労働党議員の欠席によって国民党政権が作られるような事態が起こるなら、この党は空中分解せざるを得なくなるだろう。

 では、ポデモスはどうか。6月26日の「やり直し」総選挙で思ったような躍進を果たせなかったことを、どのように受け止めてどのように再出発するのか? ポデモスについてはいずれ特集でまとめたいが、ここで9月20日過ぎから起こっている論争について触れることにする。

 ポデモスの総書記であるパブロ・イグレシアスとNo.2のイニゴ・エレホンとの確執は、今年3月にイグレシアスが社会労働党とシウダダノスとの連立協定に加わることを拒否したときから表面化した。特に3月2日に下院総会で、イグレシアスが極右テロ組織GALを引き合いに出して社会労働党の元党首フェリペ・ゴンサレスを非難した際に、隣に座っていたエレホンが顔をしかめてそっぽを向いていたのが印象的だった。(GALは、ゴンサレスが首相時代にバスク過激派のETAを潰すために、諜報部に命じて作らせた組織と言われている。)

 その後、ポデモスの政治部局長となったエレホンは、6月26日の総選挙対策の陣頭指揮を執ったのだが、ここで打ち出された路線は、まずイグレシアスが喧嘩別れした統一左翼党と連立を組むことだった。これにはイグレシアスも賛成したが、しかしエレホンが次々と打ち出す「選挙マシン」に対しては常に批判的な目を向けていた。

 それは「恐れられるポデモス」から「愛されるポデモス」への転換を推し進めるものだった。選挙に臨む党の方針を、家具メーカーIKEAのそれを思わせるカラー写真が満載されたパンフレットに散りばめたが、他の党派を支持する人々がポデモスに対して持っている「過激派への警戒心」を和らげようとする意図が明らかだった。選挙演説でも、急激な社会改革への訴えと既成政党への挑発的な攻撃が抑えられた。しかしその結果は当サイトこちらの記事にある通りだ。

 選挙の3日前に明らかになったイギリスのEUからの離脱、ポデモスへの汚いでっちあげ攻撃が、その伸び悩みの大きな原因だったことは間違いあるまい。しかし、それらだけで100万票もの支持を失ったことが説明できるだろうか。私はポデモス自体に問題があったと考える。そして9月21日にパブロ・イグレシアスもはっきりとその点を指摘してエレホンを批判した。それは「選挙対策」がどうだったかなどではなく、党の基本方針、ポデモスのあり方の根幹にかかわる問題だ。

 選挙後に、ポデモスと親密に協力するバルセロナ市長アダ・クラウ(党派はバルセロナ・アン・コムー)は、ポデモスに「街頭に戻れ、地区に戻れ」と呼びかけた。2011年の15‐M(キンセ・デ・エメ:当サイトのこちらの記事)広場占拠運動を契機として誕生したこの党派に、その原点に戻れ、と呼びかけたのだ。15‐M以来、住宅追い出しの強制執行(当サイトこちらこちらを参照)を阻止するPAH(反強制執行委員会)の創設者・リーダーとして、体を張って武装警官に対峙してきた彼女(当サイトこちらを参照)にとって、この「愛されるポデモス」への転換は「裏切り」にも等しいものだったのではないか。ポデモスは、議会のための党、選挙のための党を目指して突っ走っていたのである。

 イグレシアスはおそらくこれ以降、政府が与党がどうなったとしても、再びポデモスを「大衆とともに闘う党派」、「支配者に恐れられる党派」としての姿に戻そうとするだろう。しかしそんなイグレシアスに対する反発も強い。マドリッドなど、他の政党と連立してギリギリで与党となっている自治体が多いからだ。党内での激しい論争や対立、各地域の組織同士の反目も起こるだろう。しかし私に言わせれば、それは新興党派には付きものだ。自発的な大衆の蜂起だった15‐Mの原点に戻ることが、6月26日に失った票を取り戻すだけではなく、支持を倍増させていく唯一の道ではないだろうか。

 ところで、スペインからの分離独立を目論むカタルーニャの独立派はどうなっているのか。「鬼のいぬ間」、マドリッドにはっきりした政権が作られない間に、「独立準備」が着々と進められている。これについてもいずれ詳しく書いてみたいのだが、ここではかいつまんで。

 7月27日、カタルーニャ州議会は、スペインからの分離独立プロセスの開始を、JxSI(ジュンツ・パル・シ)とCUP(それぞれの党派については当サイトこちらを参照)の賛成多数で宣言した。これに対してマドリッド中央政府(暫定)は7月29日に、この議決を憲法違反として憲法裁判所に訴え、カタルーニャ州議会議長のカルマ・フルカデイュに対する処罰を求めた。もちろんだが憲法裁判所は8月1日に分離独立プロセスに対して憲法違反であり無効であるとの判決を下し、検察庁は国家弁護局(当サイトこちらを参照)の要請を受けてフルカデイュ起訴の手続きを開始した。当然だが、カタルーニャ州政府はこんなマドリッドの動きを全く無視している。「やるならやってみろ」というところか。

 現在、カタルーニャ地方裁判所では、2014年11月9日に強行された「独立住民投票」に関して、前州知事アルトゥール・マス、前副知事ジュアナ・ウルテガ、前州教育委員長イレネ・リガウの裁判が行われている。この「住民投票」は、実際には公式の形ではなく「ボランティア」がかってにやったもの、という形式を踏んでいるのだが、州政府の公式機関がその宣伝に努め、実質的にその中心になり、また各地の学校を投票所として使ったことが、憲法違反に当たるとされている。ちなみに、この「住民投票」には230万人を超える有権者が投票所に向かい、その81%という圧倒的多数が独立に賛成した。しかし、カタルーニャの有権者数は約610万人、そしてこの「住民投票」は16歳と17歳の住民に加え外国籍の者にも投票権を認めたものであり、実際の投票率は35%にも満たないだろう。

 ただいずれにせよ、カタルーニャはカタルーニャで、マドリッドの動向をほとんど無視して(というかマドリッドに政府ができないので)、どんどんと自分勝手に「独立準備」を進めている。独立派によれば、来年の夏前までにはさまざまな機構の整備と政治的・経済的な切り離しの作業を完了させて、6月に最終的な独立の賛否を問う住民投票を行う、ということだが、まあ、来年のことを言えば鬼が笑いそうだ。
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《本当の意味の「政治腐敗」とは》 

 ここまで私は、「政治腐敗」と言いながら、贈収賄や政治家の不正蓄財、脱税、公金の着服などを取り上げてきた。しかしその程度のことなら、いつの時代のどんな政治体制の下でも、規模の大小の差はあっても常に行われてきただろう。政治に携わる者たちによるその種の犯罪だけなら、国家の危機に直接につながるわけではない。「マイダン革命」のときのウクライナのように、それが政敵に利用されクーデターの口実にされることはあるだろうが。

 しかし、国家を直接に危機に追いやる本当の意味の「政治腐敗」は、別の形でこのスペインに明らかに存在する。しかもそれは決して「犯罪」と見なされることがない。その国家が、その本当の政治腐敗を犯罪であると規定する法体系を持っていないからだ。もっと言えば、それを行う犯罪者たちとその忠実な使用人たちが国家を運営しているため、そのような法体系が作られないのである。

 いくつかの実例を見よう。スペイン国営高速鉄道(AVE)の出鱈目さ加減については当サイトこちらでも紹介しておいたが、実は、当初の計画なら現在までにとうに開通しているはずの高速鉄道のうち1000km分が、工事途中や土地買収途中でほったらかしにされたままなのだ。一部の区間の工事は完成しても他の区間が未完成で全く使われていないという例もある。そしてそれまでの工事にかかった費用は、きっちりと土建業者に支払われている。その総額は最小限に見積もっても65億ユーロ(約7350億円)と言われるが、実際には到底そんな金額ではすむまい。

(写真左:工事途中で放置された高速鉄道のトンネル:Vozpopuli紙、右はバルセロナ市のサグレラ駅予定地:撮影筆者)
 
 上の写真で左側はレオンとアストゥリアスを結ぶ予定だった路線の途中にあるトンネルだ。ここだけでも35億ユーロ(約3990億円)がすでに支払われたが、それは業者による最初の見積もりの3倍なのだ。右の写真はバルセロナ市にあるサグレラ駅予定地(当サイトこちらを参照))で、すでにここまでの経費(見積もりをはるかに超す)1億ユーロ(約114億円)は支払われている。それらはすべて国や自治体の公金、つまり住民から集められた税金だ。こんな場所をスペイン中の方々で見ることができる。さすがにその水増し請求があからさまに極度に正統性を欠く場合には、土建業者が警察に取り調べられるが、それはごく一部でしかない。そしてその場合でも、ロクに調べもせずに気前よく支払った国や自治体の当局者たちが問題にされることはない。

 当サイトのこちらも記事にも書いたことだが、この国の高速鉄道網は採算性をほとんど考えずに計画されている。確かに水増し請求をする業者や、それを簡単に受ける(多くの場合キックバックがあるはず)役人は悪党だ。しかし、ように、もっと重大な責任者はそのような出鱈目なプロジェクトを立ち上げた政治家であり、国有鉄道(Renfe)の幹部であり、国営の鉄道施設・管理会社(Adif)の幹部たちである。しかし彼らが警察当局に取り調べられることはないし、裁判所の判事に立件されることもない。ましてそれらの者たちをそそのかして、国や自治体に膨大な借金を背負わせた銀行が問題にされることは皆無である。マスコミも何も言わない。他の例を見よう。

 当サイトでは今までに、大量の公金を使って作られた挙句にとんでもない「金食い虫」になっている飛行場(当サイトこちらこちら)をいくつか紹介した。しかしいま、1日平均11〜80人(!)の旅客しか利用しない空港を閉鎖するかどうかが、国営空港管理会社AENAの中で問題になっている(!)らしい。最初から問題にならないことだと思うのだが、バブルの時期に莫大な費用をかけて建設したレオン、ログローニョ、ブルゴス、アルバセテなどの空港だ。もちろんその維持費は国や自治体の公的債務を膨らし続けている。これらの建設費用(+水増し請求分)もすでに公金から支払われており、天文学的なスペインの借金の一部となっている。政治家たちは、バブル経済の時期にこういった交通インフラ建設を計画し(あるいは容認し)、業者は好き放題に公金にたかり、その結果、国や自治体は膨大な借金を背負うことになった。しかしこのようなプロジェクト自体を犯罪とすることができないのだ。

 9月15日にスペイン政府とフランス政府は、大手建設企業ACSに、5億5700万ユーロ(約635億円)の公金を支払うことを決めた。これは、先ほど書いたスペイン国営高速鉄道(AVE)とそのフランス側の延長の工事が途中でストップしたために、それによってACSが被る損害、つまり工事が完成しておれば請求できたはずの分を補償せよという訴えに、即座に応えたものである。この、スペイン政府もフランス政府も逆らうことのできない大企業ACSのオーナーは、サッカー球団レアル・マドリッド会長のフロレンティーノ・ぺレス。彼は抜け目なくそのような補償を契約に盛り込んでいたのである。

 このフロレンティーノ・ぺレスは、地中海の天然ガス海底貯蔵施設カストル(当サイトこちらを参照)が人工地震を起こして操業できなくなった際にも、13億5000万ユーロ(約1540億円)をスペイン政府に即座に支払わせた。それはEU議会でも問題にされ、この7月25日にEU議会はスペイン政府がACSに支払った13億5000万ユーロについて釈明するように求めた。ここから先の話はまだ聞いていないのだが、たぶん、政府が決まらないからとか何とか言ってごまかしている最中だろう。最近、ACSが2015年に国民党と社会労働党に10万ユーロ(約1140万円)を献金したことが明らかにされたが、こんなはした金(クリスティアーノ・ロナウドのポケットマネー程度?)で何億ユーロも手に入れることができるのだから、土建屋稼業も気楽なものだ! こういった連中こそが、国家を直接に危機に追いやる本物の犯罪者ではないか。

 しかし何よりも巨大な犯罪は金融機関による公金のむしり取りだろう。最近の証券取引監視委員会の報告によると、サンタンデール、BBVA、カシャバンク、バンキア、ポプラル、サバデイュの大手銀行6行が抱える不動産関係の不良債権は、未だに630億ユーロ(約7兆2千億円)にのぼる。これでも随分と頑張って処分してきた結果だ。2007年にバブルがはじけた際には不良債権が1100億ユーロ(約12兆4千億円)を超えていたものと推測される。特にバンキアとBBVA、ポプラルはひどいのだが、国はこのような「大きすぎて潰せない」銀行を公費で支えたのである。有名なバンキア銀行の成立については当サイトのこちらの記事にあるが、その成立過程の詳細は国民党と社会労働党によって封印されてしまった。そしてそれが「政治腐敗」とされたことはない。

 スペイン中央銀行はこの9月6日に、これらの不良債権を抱える大銀行(特にバンキア)を救済するために2009年以降につぎ込んだ資金(欧州中銀からの借金を含む)約615億ユーロ(約7兆円)のうち、今までにわずかに6.48%しか回収できていないことを明らかにした。巨大な金融機関は公的資金を注入され、それを返す必要のないものと受け取っているのだろう。これが結局は国家債務を膨らみ続けさせることになり、多くの首切りと公的サービス切り捨て、保険・年金制度の改悪などにつながっていくのである。このようなことこそが、国家に直接に危機をもたらす本当の意味の政治腐敗、本当の意味の経済犯罪と言えるのではないか。

 一方でこんなニュースもあった。昨年4月の統一地方選挙でエスペランサ・アギレ率いる国民党を破って久しぶりの左翼政権となったマドリッド市(当サイトこちら)は、市長のマヌエラ・カルメナの努力によって借金を10億ユーロ(約1140億円)以上減らすことに成功した。それでもなお、借金は45億6千万ユーロも残っている。これはそれ以前の市長、国民党のルイス・ガジャルドンやアナ・ボテジャ(アスナール夫人)らが、大銀行の意向を受けて土建業者に散々ばらまいてきた(当サイトこちらこちらを参照)からだ。新市長は前任のアナ・ボテジャが立てた副都心開発計画(チャマルティン計画)を中止させた。マドリッドの国民党はこれに非常に怒っているのだが、それもそのはずで、この計画はスペイン第2の銀行BBVAが望んでいたものだ。カルメナはBBVAに二度とこの計画の交渉をしないように警告した。

 そのカルメナ市長はまた、以前の国民党市制がレアル・マドリッド球団に対して不法に支払った2000万ユーロ(約23億円)を市に返還するように、会長のフロレンティーノ・ぺレスに通告した。子飼いの政治家を通して国民の懐から平然と盗み取るぺレスが、彼にとってみればこんなはした金(C.ロナウドに払う年俸よりはるかに安い!)を支払うのに、どれくらいゴネるか、まあ見ものだ。

 私は別にレアル・マドリッドというサッカーチームが嫌いなわけではない。彼らのゲームを見るのは楽しい。しかし、フランコ独裁時代以来この球団に根付いている体質(当サイトこちらを参照)と、何よりも会長のぺレスに対しては、虫唾が走る思いでいる。また私は特別に正義感の強いタイプでもなく、自分の現実的な損得を勘定してこんなことを書いているのだ。あんな本物の政治腐敗、本物の経済犯罪の結果として、やっとのことで積み立てたなけなしの年金が手に入らなければ、また極めて低額の医療制度がなくなれば、私は銀行家や土建屋ども、そして国民党や社会労働党にいるその使用人どもの手で、殺される、ということになるわけだ。

 ただし、今までに述べた程度のことは、わざわざスペインを引き合いに出すまでもあるまい。日本ではもっと大規模に核(原子力)発電所の開発が行われた。もんじゅ一つをとってもスペインのゾンビ飛行場が何百個もできそうだ。それよりももっとすごいのは、なんといってもアメリカの戦争政策だろう。ペンタゴン契約企業と巨大銀行が、世界中の破壊と人殺しからどれほどの富を引き出しているか、見当もつかない。欧米日のマスコミが総力を挙げてあのクリントン戦争ババアを応援するはずだ。これ以上の腐敗は存在しないだろう。
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《ポデモスの未来は?》

 スペインでは、ポデモスあたりに、そんな本物の犯罪人をやっつける勢力に成長してほしいものだと思うのだが、しかしそのためには条件がある。私は当サイトのこちらの記事で次のように書いた。
『・・・現在いくつかの新聞で発表されている各種の調査機関による世論調査では、相変わらず国民党の支持率は高く、30%前後の得票率で第1党となる可能性が高い。 ・・・ 文字通り「腐っても鯛」なのだ。腐敗はある種の「必要悪」としてスペイン社会の中で守られている。そこには、変化を拒否して伝統的な社会構造(利権構造)の安定を願い続ける人々が、堅固で分厚い層を作っているのである。・・・ 』

 どれほどに腐敗していようと国民党は、フランコの独裁政権と同様に、歴史的に形作られてきたスペイン社会の現実に根差している。国民党は(各国の主要保守政党も同様だが)銀行家や大企業主、大資本家など「雲の上の住民」に向けたポピュリズムを実践している。そしてそれが、「雲の上」から垂れるおこぼれを頂戴できる30%の国民からの絶対的な支持を得ている理由である。それが国民党に非常に堅固な権力基盤をもたらしているのだ。彼らが変わるときがあるとすれば、「雲の上」の国際的なネットワークの構造が変わるときだけだろう。

 ポデモスは、アダ・クラウが言うとおり、街路に、地区に戻らなければならない。そこには、銀行家や大企業主に不当にむしり取られ、七転八倒しながらも、自分の意志で懸命に生きる無数の人々がいる。これもまたスペイン社会の現実なのだ。そこに根差して堅固な権力の基盤を作っていく必要があるだろう。もし「上に向けてのポピュリズム」を実践する者たちからそれを「ポピュリズム」と言われても、一切気にする必要はあるまい。その者たちはただ恐れているだけなのだ。恐れさせればよいのである。

 そのためには15‐Mのベースに戻ることが不可欠だろう。ネオコン・ネオリベラル政策が結果としてスペインにもたらした、バブル経済とその生々しい爪痕、そして押し寄せる難民が、人々にとって最もわかりやすい生きたテキストになるはずだ。私はいままで、ポデモスがなぜあのバブル経済自体への批判を大きく表に出してこないのか、非常に疑問に思っている。ポデモス支持者のほとんどが、バブル経済をもたらした者たちに怒っているのだ。それを言えば人々が付いてこれなくなるだろうなどと考えるのなら、それはあまりにも民衆を馬鹿にしているのではないか。エレホンが打ち出した「愛されるポデモス」の選挙戦術にはそのような過ちが見え隠れしている気がする。

 私はパブロ・イグレシアスの対談記事の翻訳(当サイトのこちらの記事)の翻訳後記(こちら)で、次のように書いた。
『・・・ 大地とそこに生きる人間は国と社会にとって生命の源である。ポデモスという変革を求める新しい党派は決して「新しいもの」ではない。親から子へ、子から孫へと、延々と受け継がれる自由と変革を求める命とエネルギーの一端が表面化しただけである。・・・ 』
 もしポデモスがそのエネルギーから離れるのなら、この集団に未来は無いだろう。単にマスコミの寵児となって、最後に捨てられるだけである。パブロ・イグレシアスはおそらくそれが分かっているのではないか、と信じたいものだ。今からの期間、短期的にどうなったとしても、彼の舵取りの手腕に注目し続けたい。
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2016年9月27日 バルセロナより 童子丸開

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