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シリーズ スペイン:崩壊する主権国家


 これはこのシリーズの『第1部 ノンストップ:下層階級の生活崩壊』の続きです。
(青文字下線部で太い強調文字になっているものは当サイト内の記事へのリンクで、後はすべてスペイン・メディアへのリンクです。また
ユーロと円の換算は2014年12月初めの換算比率 を使っています。)

第2部 崩れ落ちる腐肉:(A)あらわにされる「略奪の文化」

 見出し一覧 (クリックすればその項目に飛びます。)
   《倒産銀行にたかる病原体ども》   《次第に明らかになる「バンキア破産」劇の内幕》
   《引き続く「ギュルテル」の闇》   《公営事業は野獣の餌場》


《倒産銀行にたかる病原体ども》

 2000年代の不動産バブルでスペイン経済破壊の原因となった最大のものが、各地域で「カハ(地方によってはカシャ、カイシャ)」と呼ばれる金融機関である。これは日本語では「貯蓄銀行」と訳され、地域経済の振興のために各都市や自治体から委託された者が役員(経営者会議)を構成する、「半官半民」といってもよいような独特の機関である。もちろん資本投下しているのは都市銀行であり、その実際の業務は銀行と大差なく、全国的な支店網を持つ。役員にはその地域の主要な政党や労働組合などから派遣された者が多く、地方政治家や役人とのつながりが強いため、うまく回ればたしかに地域経済を支えるが同時に不正と腐敗の温床にもなりやすいだろう。バブル経済という「死に至る病」で最悪の病巣となったのが、マドリッドに本拠地を置きスペイン中に支店網を広げていたカハ・マドリッドだった。

 天文学的な不良債権を抱えたカハ・マドリッドやバレンシアのバンカハなどが国庫による救済を受けて統合し、スペイン第4の銀行バンキアが設立されたのが2010年だったが、これについては当サイトのこちらの記事を参照のこと。このバブル期のカハ・マドリッドの内情とバンキアの形成、そしてその倒産と国有化に至るまでの過程は、今までひた隠しにされていたのだが、なぜか今年(2014年)の10月以後になって、少しずつだが暴露され始めた。スペイン中を揺り動かすカタルーニャ独立運動の盛り上がりと同時進行的に、数多くの驚愕のニュースが中央と地方の政界に大嵐となって吹き荒れたのだが、その皮切りとなったのがカハ・マドリッドとバンキアの「不透明カード(ブラック・カード)」事件である。

 10月1日にスペイン検察庁は、2003年からバンキア倒産の2012年までの10年間に、カハ・マドリッドとバンキアの86人の役員たちが専用のクレジットカードで両銀行の資金を大量に引き出し、高級レストランでの食事、豪華ホテルを使っての旅行、高級衣料の購入など、私的な贅沢三昧に流用していたという、とんでもない事実を明らかにした。その中心となっていたのが、カハ・マドリッドとバンキアの会長を務めたロドリゴ・ラト(アスナール政権時の経済大臣、元IMF専務理事)、ラトの前のカハ・マドリッド会長でバンキアの重役も務めたミゲル・ブレサ、そしてどちらの銀行でも融資担当の重役を務めたイルデフォンソ・サンチェス・ベルコホである。カードの使用記録から明らかになった横領金額の総額は1520万ユーロ(約22億7千万円)にのぼる。

(写真はロドリゴ・ラトとミゲル・ブレサ:Vozópli紙)

 ブレサはカハ・マドリッドの会長を2010年1月まで務めてその後はラトにバトンタッチするのだが、破産の危機にあえぐ自分の銀行のカネを盗み続けていた。会長職を退く前の1か月足らずの期間にすらこの「不透明カード」を使って19000ユーロ(約280万円)を引き出して私的に使用したのである。彼はアフリカでのサファリ旅行に9千ユーロ、高級ワインの購入に1万ユーロなど、好き放題に銀行のカネを使い続けたが、その総額は54600ユーロ(約815万円)とされる。もちろんだがブレサはカハ・マドリッドとバンキアで年間に44万ユーロ(約6570万円)近い給与を手にしていた。それにも飽き足らず、ちまちまと意地汚く自分の銀行のカネを泥棒し続けていたのだ。そのうえで彼はバンキアを辞める際に350万ユーロ(約5億2千万円)を受け取ったのである。

 「不透明カード」を最大に活用したのがバンキアから48万ユーロ(約7200万円)の年俸を与えられたベルコホで、盗み取った金額は6万ユーロ(約900万円)を超える。彼もまたバンキアを辞める際に240万ユーロ(約3億6千万円)を受け取ったのだ。そしてラトはカードの使用金額こそ3万3千ユーロ(約490万円)と前の二人よりも少ないが、それは彼がカハ・マドリッドの会長になりバンキアが破産するまでの2年少しの間のことだからだ。裁判所はむしろこのラトが「不透明カード」事件の最重要人物とみている。

 この「不透明カード」事件で最大の特徴は、マドリッドの自治体から委託を受けた政治勢力と団体のほとんど全てが関わっていることである。カードを私的に使っていた86人の役員のうち、28人が現政府与党の国民党から、15人が前政権党の社会労働党から、そして4人が旧共産党系の統一左翼党から(各政党の比率はマドリッド州議会の議員数に基づく)、そして10人がCCOO(労働組合会議)とUGT(労働総同盟)の労働組合関係から、それぞれ派遣された役員なのだ。また各団体から派遣された者以外の役員も、その多くがそれぞれの政党と関係を持つ者であり、例えばマドリッド産業協会代表のアルトゥロ・フェルナンデス王室長のラファエル・ソポットルノのように、以前から国民党との結びつきが強い有力な人物が多い。

 カハ・マドリッドは2010年1月に事実上倒産したのだが、その直前のわずか5カ月の期間、33億ユーロ(約4900億円)もの赤字を抱えてもはや破産が避けられないと誰の目にも明らかになっているときに、その「不透明カード」で100万ユーロ(約1億5千万円)以上も引き出されている。「どうせ潰れるのだから今のうちに使いまくれ!」ということだろう。

 またその使用目的が実に多種多様にわたっているのも興味深い。豪華旅行や高級レストランでの食事、宝石類や高額な衣料や高級ワインの購入、高級家具や家電製品の購入などの他に、多額の現金を直接引き出した者も多い。またこのカード使用の52%が夏や冬のバカンスの最中なのである。何に使われたのかは容易に想像がつくだろう。最も驚くことに、なんと68万3千ユーロ(約1億200万円)がメルカドナなど安売りで有名なスーパーマーケットで日用品や食品の購入にまで使われているのだ! 「そこまでやるか?!」と思うのだが、これはもう「たかり」という以上に「略奪」と言った方が正確だ。

 このカードは元々は接待や会議など「銀行業務に必要な活動」のために作られたはずなのだが、実際にはカハの経営者会議役員の「特権」として、その私的な使用が以前から「知る人ぞ知る」事実となっていた。彼らは「それと知って意図的に使っていた」のだ。しかも税務当局も2007年から知っていたにもかかわらず、実態を調査しようとはしなかった。また銀行を監督するのが中央銀行の役目だが、スペイン中央銀行会長のルイス・マリア・リンデは「中央銀行の責任がどこまであるのかは知らない」と逃げの一手である。単にカハの運営責任者たち個々人ではなく、組織的・構造的な「ぐるみ」の犯罪である。

(写真はイルデフォンソ・サンチェス・ベルコホ:ABC紙)

 検察はラト、ブレサ、ベルコホの3人を責任者として逮捕し起訴したが、裁判所の担当判事エルピディオ・ホセ・シルバはその中心がラトとブレサであるとにらんでいる。有罪となればこの件だけで懲役10年の刑が待っているはずだ。また社会労働党、統一左翼党、各労働組合はカード使用が明らかな者を党から追放することを決めたが、国民党はこの事件に関与した者が党員を自主的に辞めることは認めるも強制的な党員証のはく奪は行われていない。マドリッドの国民党委員長である元知事のエスペランサ・アギレにいたっては、この「略奪カード」を使った党員を次の地方選挙の候補者に含めようとしているのだ。要は「泥棒」とも「略奪」とも何とも思っていないのだろう。

 そしてこの略奪をはたらいた86人からバンキア銀行にカネが返却されたというニュースもまだ聞かない。スペインではこの手の泥棒が野放し状態になっているのだ。しかし当然のことに、このカハ・マドリッドとバンキアに関する犯罪はこれで収まるはずもない。シルバ判事はこの「不透明カード」事件はカハ・マドリッドとバンキアで行われた不正の0.001%に過ぎないと語る。こういった「たかり」はそれが可能な立場の者にとって「当然の権利」であり、それがこの国の「文化」にまでなっている。


《次第に明らかになる「バンキア破産」劇の内幕》  【見出し一覧に戻る】

 2014年に入って以後、10月に「不透明カード」事件が明らかになる以前から、ロドリゴ・ラトとミゲル・ブレサの周辺から怪しげな臭いが漂っていた。
7月3日付のボスポプリ紙の記事は次のように伝える。彼は2012年7月に、バンキアの株式上場の際に同行が危機にあることを知りながらそれを隠して大量の優先株を販売し大勢の一般株主に多額の損失を被らせたとして、全国管区裁判所で起訴された。これが「バンキア事件」と呼ばれるものだが、その1年と少し後の2013年11月にラトは、英国ウェンブリーに有限会社ライラック・トレーディングを立ち上げた。しかしそれは、資金洗浄をしてジブラルタルやバージン諸島といったタックス・ヘイブンに送金するためのダミー会社だったのだ。彼は5年間のIMF専務理事職の間に、一方でタックス・ヘイブンに対する闘いを宣言しながら、他方でこの資金洗浄・脱税ネットワークと接触していたのである。ここを通してラトがスペイン国内に不正蓄財したカネをどれほど逃亡させたのか、いまだに明らかにはされていない。

 また、国庫による救済を受けるわずか1年半前にカハ・マドリッドは、
米国マイアミにある豪邸を1千50万ドル(約12億8千万円)で購入した。もちろんそれを命じたのは当時会長だったブレサである。そしてバンキアに統合された後に資産整理としてそれを750万ドルで売却した。結局、バブル期に作った膨大な赤字に270万ユーロ(約4億円)を加えただけに終わったのだ。単に経営者として無能なだけだったのか、その裏で「手数料」を懐に入れていたのかは分からないが、要するに自分が経営する銀行のカネを好き放題に使いまくり、平然と将来にツケを残すのが、スペインの銀行家の特徴だとみえる。

 さらに10月になると「不透明カード」事件に加えてこのカハ・マドリッドとバンキアを包む黒い雲の裏側が少しずつ姿を現した。まずスペイン中央銀行が、マドリッド商業会議会長でパトロンとしてマドリッドの財政を支える役の
アルトゥロ・フェルナンデスのとんでもない大嘘を暴露した。フェルナンデスはカハマドリッドの役員を務めていた際に受け取った年収を「45000ユーロ(約650万円)」と報告していた。彼はマドリッド産業協会代表としても収入を得ていたのだが、それにしても少なすぎる。中央銀行によれば、「不透明カード」の使用に加え、他の様々な名目で2011年だけでも15万4千ユーロ(約2300万円)を受け取っていたのだ。

(写真はアルトゥロ・フェルナンデス:Vozpópli紙)

 2014年の夏以降、スペインは、エボラ出血熱の大騒動、カタルーニャ独立運動の激震、そして10月以降、上に述べた「不透明カード」事件の大嵐に加え、全国規模で広がる警察の汚職摘発「カルタゴ作戦(Operación Púnica)」の電撃ショック、さらには与党国民党と国家機構の裏面を覗かせてみせる謎の青年「小さなニコラス」の華々しい登場と、息つく暇も無いほどに激動し続けた。これらについては、このシリーズの中で順次明らかにしていきたい。そして10月後半にまたしてもロドリゴ・ラトが、今度は倒産したバレンシア銀行の売却に絡んでバンキア株式上場の直後に、世界的な投資銀行ラザードから600万ユーロの裏金を受け取っていた新たな容疑がかけられることとなった。
 
 そして12月になると、「バンキア破産」劇の内幕に、ごく一部だが、本格的に光を当てられることとなった。バンキア株式上場の際の疑惑を調べている全国管区裁判所判事のフェルナンド・アンドレウがその経緯についてスペイン中央銀行に調査を依頼していたのだが、12月4日に中央銀行の調査官は、ロドリゴ・ラトがバンキア銀行の収支報告を偽造していたことと、2012年5月のバンキア破産、ラトの辞任と国有化の後に就任したホセ・イグナシオ・ゴイリゴルサリ現会長もその偽造を知っていたことを明らかにした。ゴイリゴルサリは大慌てで「それは自分の就任以前のことだ」と自分の責任を否定したが、彼は就任に際してバンキア破産と国有化に関するラトの責任を問わないと公言している。つまり純然たる犯罪を隠匿したのだ。

(写真はロドリゴ・ラトとホセ・イグナシオ・ゴイリゴルサリ:エル・ムンド紙)

 このバンキア銀行はその誕生の時から虚飾にくるまれ崩壊を約束されたものだったのだ。さらにスペイン中央銀行の調査官は、バンキア株上場の直後に、ラトと極めて強い関係のある29の投資家グループが株を買い占めて株価を吊り上げた事実を明らかにした。その裏側を何も知らない一般投資家たちは、上場後に競ってバンキアの優先株を買いその1年半後に地獄にたたき落とされることになったわけである。アスナール政権時の国民党副総裁で経済相、その後にIMF専務理事まで務めたこの人物は、一般投資家をだまして資金をかき集める悪質な詐欺師に他ならなかった。

 そしてここでもまたマドリッド産業協会代表のアルトゥロ・フェルナンデスが登場する。彼はバンキア上場後の数日間に、上で述べたラト関係の投資家グループに対して、バンキアの優先株を買ってすぐに一般投資家に高値で売るように指示を送っていたのだ。もちろんだが、ロドリゴ・ラトと同様にこのフェルナンデスは、現政府与党である国民党の最有力党員の一人であり、1970年代まで続いたフランコ独裁政治を引き継ぐ者たちの一人でもある。

 しかし2004年〜11年までバブル経済の「死に至る病」を膨らませ続けその崩壊に何一つ対処しなかったのは、ホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ率いる社会労働党政権であり、この間に中央銀行の総裁だったのがサパテロ政権の閣僚も務めたフランシスコ・フェルナンデス・オルドニェスである。彼らはこのような国民党員の犯罪を食い止めるどころか、黙認を通り越して自らも犯罪に加担していたのだ。2012年のバンキア破産・国有化の際に社会労働党が首相のマリアノ・ラホイと一緒になってひたすらその内幕を隠し続けたのも当然である。これが、フランコ以後の1978年憲法に基づいた「78年体制」および「2大政党政治」の本質だろう。

 いま明らかになっていることは2000年代スペインのバブル経済とその崩壊、その中心部分にあるバンキア銀行の破産と国有化についての、ごくごく一部分の事実にすぎない。もっともっと多くの裏があるはずだが、それはこれから徐々に明らかになっていくと思われる。



《引き続く「ギュルテル」の闇》  【見出し一覧に戻る】

 2000年代バブル経済の時期にスペイン中で展開された政財界の腐れ果てた活動について、ギュルテル事件パルマ・アレナ事件およびノース事件については、以前に当サイトで触れておいた。これらの事件ではまだそのほんのさわりの部分しか明らかになってはいないのだが、今年に入って少しずつ「ジグソーパズルのピース」が集められつつある。

 まず2月に、国民党関係者がいかにテロ犠牲者を食い物にしていたのかの一端が明らかになった。2004年3月11日に起こったマドリッド列車爆破テロ事件は、スペイン国民に大きなショックを与え1996年以来続いてきた国民党政権を崩壊させる原因の一つになったのだが、こともあろうに2004年と05年に行われた191人の犠牲者追悼のための行事で、ギュルテル事件に関与する私企業に対して多額の無申告の報酬が支払われていたのである。全国管区裁判所のパブロ・ルス判事と警察の調べによると、支払ったのは国民党の大立者であるエスペランサ・アギレ(当時のマドリッド州知事)で受け取ったのがイージーコンセプト、ダウンタウンコンサルティングなどの、フランシスコ・コレアが経営するイベント関連企業だった。

(写真はエスペランサ・アギレ:プブリコ紙)

 当然だがこのカネはマドリッド州民の税金である。そしてそのカネの多くがギュルテル事件の中心にいるコレアの懐に入った。行事に費やされた費用のうち無申告分が8万5千ユーロ(約1270万円)にのぼる。もちろんだが、アギレの腹心だったアルベルト・ロペス・ビエホが総額で40万ユーロ(約5900万円)もの賄賂をそれらの企業から受け取っていたことが明らかである以上、これは闇の中でマドリッド州からこれらの怪しげな企業に向かって動いたカネのごくごく一部分にすぎないだろう。他に、1997年にバスク民族主義過激派のETAに殺害されたミゲル・アンヘル・ブランコの名誉を称える行事が2001年に行われたが、ここでも同様のカネの受け渡しが疑われている。

 同時にルス判事が明らかにしたのは、ギュルテルを通して違法な形で国民党に集められた資金の額が2500万ユーロ(約37億円)にのぼることである。一般的には「B金庫」(Caja B)と呼ばれ、このシリーズで後述したい国民党二重帳簿の資金となったと言われるが、この金額はあくまで現在のところ表に出た分だけである。その資金集めに奔走しながら自らも私腹を肥やしていったコレアやパブロ・クレスポなど大勢の「企業家」がいた。彼らが動かした(たかった)のはもちろん国民の税金と国内外の銀行からの借金(その返済と破産した銀行の「救済」もいずれは税金でまかなわれることになる)なのだ。

(写真はフランシスコ・コレア:ABC紙)

 そして、略奪された公金の行先は国民党の金庫といかさま企業家どもの懐(結局は外国のタックスヘイブン)の他に、国民党の政治家に与えられた豪華旅行や高級バッグなどがある。その悪事のいくつかがポロポロとこぼれ落ちてきた。5月になると、ルス判事の下に国税当局から情報が送られたのだが、それによると、ギュルテルの中心を為す企業家どもからロドリゴ・ラト(またしても!)やアスナールの娘婿であるアレハンドロ・アガッグが移動するための車やバスの費用が支払われていた疑いがある。

 またコレアが2002年から2005年にかけて、マドリッド州ポスエロ市の市長だったヘスス・セプルベダ(国民党、収賄で摘発済み)と当時その妻だったアナ・マトに対して、55万ユーロ(約8200万円)に上る金品を与えていたことも明らかにされた。その見返りはおそらく土木工事やイベントなどの公共事業の請負だろうが、こういった国民党員と企業家の関係が2000年の以前からいたるところで繰り広げられていたこともはっきりしている。ポスエロ市および同じマドリッドのマハダオンダ市の国民党にも23万6千ユーロ(約3500万円)の無申告の資金がコレアから与えられたが、こういったものも「B金庫」の一部になっているのだろう。

 いま名前の出たアナ・マトだが、この11月28日にギュルテル事件に関係したことが原因で衛生大臣を辞任する羽目になった。彼女は、すでに収賄容疑で摘発されているセプルベダとは離婚(おそらく偽装)しているのだが、ラホイ政権の中で常に有力な地位につき、大臣の椅子まで手に入れた。しかし、今年の夏から10月にかけてスペインを揺るがしたエボラ出血熱二次感染でその無知と無能ぶりを大いに発揮して国民と医療関係者から散々の非難を浴びたうえに、彼女に対してコレアから送られた豪華な家族旅行や高級ハンドバッグなどが明るみに出され、ついに閣僚を辞めざるを得なくなったのだ。ただし下院議員の地位は捨てていない。裁判所判事はアナが元夫とともに政治的な影響を行使できたと見なしており裁判にかけることを宣言している。

(写真はアナ・マト:ABC紙)

 認識しておかねばならないことは、これらが単なる政治家の汚職や政治腐敗ではないことだ。このような政治家たちの違法な活動が不動産と建設、そして経済全体のバブルを膨らませ、その結果として国家と地方自治体に天文学的な負債を背負わせ、最初に述べたようなカハ・マドリッドとバンキアに代表される金融機関の活動を破滅させて、前回にお知らせしたとおりの国民生活破壊 の原因となったことである。では次に、スペイン全土で繰り広げられた異常としか言いようのない「建設」の例を見てみよう。


《公営事業は野獣の餌場》  【見出し一覧に戻る】 

 バブル期にスペインで起こったことの一部分は当サイトの『バブルの饗宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』および『スペイン国民をかろうじて最終的破滅から救った「五輪誘致3連続失敗」の悲喜劇』の中でお知らせした。また『マンガで超わかる!スペイン経済危機(1)エスパニスタン:住宅バブル』の中でご紹介したようにスペイン人自らの手で告発されている。これらの中で、全く役に立たず「カネ食い虫」になっただけの飛行場や建ちかけのスポーツ施設、住む人のいない膨大な住宅群については詳しく述べたが、ここではスペインが“世界に誇る”高速鉄道のことに触れておこう。

 2013年7月に、カトリックの巡礼地として有名なサンチアゴ・デ・コンポステーラで死者79名、負傷者140人以上を出すとんでもない列車事故が起こった。その事故の瞬間はこちらのel País紙記事にあるビデオ画面でご覧いただきたいのだが、本当に信じられない光景だ。素人目に見ても急激なカーブに猛烈なスピードで突っ込んでくる列車の車両が次々と脱線して転覆し、また空中に跳ね上がっていく。しかしこの列車事故は単なる「事故」ではない。スペインという国の国家ぐるみの「犯罪」とすら言えるものである。

(写真はサンチアゴ・デ・コンポステーラで起きた高速鉄道の脱線事故:La Vozlibre紙)

 スペインの鉄道高速化計画は1988年に始まったが、時速300kmで走る本格的な長距離高速鉄道路線の建設が本格化されたのは2000年代になってからだった。事故が発生したのはガリシア州に建設されたア・コルーニャとオウレンセを結ぶ高速路線で2011年に完成した。いずれはマドリッドとオウレンセがつながる予定にはなっているが、いつになることか分からない。

 それにしても、ガリシアのようなさしたる産業も無い過疎地でこんな鉄道がどうして必要なのかわからないが、何せ独裁者のフランシスコ・フランコ、独裁時代最後の大物マニュエル・フラガ、そして現首相マリアノ・ラホイの出身地である。また2004年以後の社会労働党政権の実力者でやはりガリシア出身のホセ・ブランコが、同州での社会労働党の命運をかけてこの高速鉄道を建設したという、典型的な政治鉄道である。もちろんだが地元の国民党関係者が全面協力している。

 しかしこの路線は建設費用調達に苦慮したホセ・ブランコが在来線を改良して高速線としたものだ。写真を見て分かる通り、事故が起こった場所は異常なまでの急カーブである。ここは在来線でも時速80kmを超えることが許されない場所だったのだ。しかもそのカーブのすぐ手前にはトンネルまでがある。そんな場所に時速190kmで突っ込んだのである。大事故になるのが当たり前だ。

(写真は高速鉄道の脱線事故が起こった場所:Revista 80 Días誌)

 直接の原因は運転席で列車を操作していた機関士が携帯電話での会話に夢中になっていて、トンネルと急カーブがあるのに速度を落とさず、時速200km以上で走り続けたことである。しかもトンネルやカーブの手前には速度超過に対する自動停止信号発信装置がつけられていなかった。もちろんこの機関士の不注意と無責任は責められるべきである。同時に従業員の教育と事故防止の訓練を行わなず自動停止機能を軽視したAVE(高速鉄道会社:国有)の上司と幹部の責任、そして線路に自動停止信号の発信機を設置しなかった鉄道施設会社(Adif:国有)もまたその責任を問われるべきだろう。

 ところが事故が起こってしばらくの間、AVEもAdifもその機関士1人に責任を押し付けようとしたのである。その後、犠牲者遺族などの猛反発もあり、検察庁は機関士フランシスコ・ホセ・ガルソンと同時に12人のAdifの責任者を起訴した。しかし、その最大の責任者は、急カーブを含む在来線を高速鉄道にしてしまった政治家たち、特にホセ・ブランコの方であるに違いない。しかしこの国ではそうならなかった。

 ところでこの高速鉄道路線だが、特に2000年代のバブル期に「たかり」の格好の場になっていたのである。マドリッドとバルセロナを結ぶ高速鉄道路線の建設工事は2002年に本格化し2011年に完成したが、建設業者との当初の契約では建設費用は72億3500万ユーロ(約1兆800億円)だった。しかし実際に送りつけられた請求額は89億6700万ユーロ(約1兆3400億円)だったのだ。17億ユーロ以上も超過しているのである。工事区間や工事の種類(地上、トンネル、橋など)によっても異なるが、はなはだしい工区では当初の見積もりの230%もの費用が請求されている。安い入札価格を提示して実際には高く取るという手口だが、その差額はもちろん公金によって支払われた。

 同様のことは高速鉄道だけではない。例えばマドリッド市の地下鉄M30の例をみると、最初の入札段階では17億ユーロ(約2538億円)だったものが実際には40億ユーロ(約5971億円)、バラハ空港と市内を結ぶ地下鉄では10億ユーロ(約1493億円)がなんと45億ユーロ(約6717億円)に化けてしまった。フランコ独裁が終了して以来、独裁政権与党の延長である国民党が政権を握り続けているマドリッドでは、どうやらこんなことが普通らしい。当然だが土建業者から大量のキックバックが政治家に送られたはずである。そしてそのカネは公金、そして国や自治体の借金(返済は全て国民、市民が支払うことになる)である。

 それでも、作られたものの質が良ければまだ我慢もできよう。いまこの高速鉄道はバルセロナからさらに伸びてフランスのペルピニャンとつながり、パリからバルセロナまでが直接結ばれている。ところがである。今年9月の終わりごろにカタルーニャで大雨が降ったのだが、その時にバルセロナとペルピニャンの間にあるジロナの地下駅に大量の水が流れ込み、プラットフォームの付近まで水浸しになってしまったのだ。原因は、地下駅工事中に作られた工事用の小さなトンネルを完成後にふさぎ忘れ、そこから溢れた川の水が流れ込んだことである。ちょうど夜中のことで大事故にならずに済んだのだが、おかげで数日間バルセロナとペルピニャンの間が不通になって、鉄道会社は大損をしてしまった。さらにその2カ月後、11月の末に大雨が降った後にジロナ駅が再び水につかった。これもまた工事中に作った穴をほったらかしにしたことである。

(写真は水につかったジロナ駅:エル・ペリオディコ紙)

 開いた口がふさがらない、とはこのことだが、命が惜しければスペインに来ても高速鉄道には乗らない方が良いだろう。どこに手抜き工事があるか分かったものではない。ところで、産業が発達し国土が狭くて人口の多い日本で高速鉄道網を広げるのはまだ理解できるのだが、面積が日本の1.3倍で人口が半分、日本に比べて産業基盤のはるかに乏しいスペインで、果たしてこんな高速鉄道の採算がとれるのだろうか。ちなみに、JETROによると日本の新幹線の総延長距離は2663kmで、Wikipediaによるとスペインの高速鉄道は2372kmである。

 マドリッドとセビージャを結ぶ高速鉄道は1992年のセビージャ万国博覧会に間に合わせて作られたものだが、工事費用と現在までの維持・運営費用を合わせて470億ユーロ(約7兆円)だが、収入の方は142億ユーロ(約2兆1200億円)にすぎない。22年間で何と5兆円分もの赤字が出ているのだ。旅行客が今までの3倍にならない限り、永久に赤字路線であり続けるだろう。2013年にスペイン国有鉄道は、2400万人という史上最大の高速鉄道の旅客数を記録したと発表したが、同じ年に半分の距離しか持たないドイツの高速鉄道では1億6千万人の旅客があった。そしてドイツよりももっと少ない高速鉄道路線しかないフランスでも旅客は1億2千万人だった。

 スペイン政府は2018年までに5000万人に増やすことを目標とするなどと言うが、猛烈に甘い見通しでも今の経済不況はその時まで続くのだ。人の移動は経済規模が膨らまない限り増えることはあるまいが、何を根拠にそんな目標を立てることができるのだろうか。まあ、人口の「1%」の富豪たちが毎日のように長距離高速鉄道を使いまくれば、ひょっとするとそんな夢物語も達成可能なのかもしれない。しかしそれでもこれらの「高速赤字鉄道」は永久に単なるカネ食い虫でありつづけることになる。これでは「民営化」したくても売り物にならないのではないか。

 『バブルの饗宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』の中でも書いたとおり、現在スペインには52の飛行場(軍用を除く)があり、その90%の営業が国の管理となっているが、まともに経営が成り立っているのはせいぜい12、3に過ぎない。はるかに経済規模が大きく人口も多いドイツですら、39の民間飛行場しか持っていないのだ。スペインの飛行場の赤字総額は120億ユーロ(1兆2千億円)にのぼる。全く同じことが高速道路にも言えるし、いま述べたように高速鉄道ではもっと激しい。

 これらのほとんどが公営の施設であり、主要に2007年まで続いたバブル期に公共事業として作られたものだ。要するに、悪徳政治家と強欲な企業家・業者たちはスペインの国家と地方自治体に膨大な借金を背負わせて公営事業を動かし、それをたかりと略奪の絶好のチャンスとしたのである。それはこれらの野獣どもの格好の餌場に他ならなかった。こうしてこの国は破滅と崩壊に向かい、これらの野獣どもは困窮する「亡国の民」だけを残した。

2014年12月9日 バルセロナにて 童子丸開

【第2部 終わり】

※ シリーズ「スペイン:崩壊する主権国家」全体は次の通りです。リンクを張っていないものは今後の予定です。

第1部  ノンストップ:下層階級の生活崩壊
   《果てしなく続く住宅追い出し:貧困ではない、不正義だ!》   《短期非正規雇用者の増大と失業率の誤魔化し》
   《飢餓に直面する子供たち、切り捨てられる弱者》   《数字だけの「景気回復基調」》
第2部 崩れ落ちる腐肉:(A)あらわにされる「たかりの文化」
   《倒産銀行にたかる病原体ども》   《次第に明らかになる「バンキア倒産」劇の内幕》
   《引き続く「ギュルテル」の闇》   《公営事業は野獣の餌場》
第3部 崩れ落ちる腐肉:(B)国の隅々にまで広がる腐敗構造
   《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》   《カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊》
   《内堀に届くか:バレンシアの亡者ども》   《アンダルシアに腐れ散る社会主義者》
第4部 終焉を迎えるか?「78年体制」
   《国民党は崩壊に向かうのか?》   《地に落ちた王家の権威と求心力》
   《ポデモスの台頭と新たな政治潮流》  《巨大な闇から現われた「小さなニコラス」》   
第5部 浮き彫りにされる近代国家の虚構
  《真の権力者はどこにいるのか?》   《雲の上の「1%」》
  《スペインと世界の「青い血」》   《民主主義?国民国家?》

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