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シリーズ スペイン:崩壊する主権国家

記事の後にこのシリーズ全体の目次(リンク付き)があります。青文字下線部で強調文字になっているものは当サイト内の記事へのリンクで、後はすべてスペイン・メディアへのリンクです。またユーロと円の換算は2014年12月24日の換算比率(1€≒147¥) を使っています。


第3部 崩れ落ちる腐肉:(B)国の隅々にまで広がる腐敗構造


見出し一覧:クリックすればその項目に飛びます。)
《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》  《カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊》
《内堀に届くか:バレンシアの亡者ども》  《アンダルシアに腐れ散る社会主義者》



《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》

 2000年代初期から2007年まで続いた建設バブルの「狂気の遺産」について、今まで当サイトの『バブルの饗宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』および『スペイン国民をかろうじて最終的破滅から救った「五輪誘致3連続失敗」の悲喜劇』の中で、さらにこのシリーズの前回(第2回)にある高速鉄道の例を示しておいた。ここで、しつこいようだが、もういくつかの実例を採り上げてみたい。

 今年(2014年)1月30日付のエル・パイス紙は、マドリッド郊外にあるバラハ空港と市内を結ぶ有料高速道路M‐12が破産状態に陥った過程を説明する記事を掲げた。この2005年に完成した9.4kmの道路は、25年の期限でスペイン有数の建設会社OHLが営業権を所有したのだが、建設前の予想をあまりにも下回る利用客数のため、5億5000万ユーロ(約809億円)の負債を抱え、2013年11月についに営業権を放棄して資産整理を行うはめに陥ってしまった。OHLはこの営業権の価格を約9千万ユーロ(約132億円)と見積もっているが、しかし、営業すればするほど赤字が膨らむことが確実なこの施設を、いったい誰が引き取るというのだろうか。その建設費用3億8千万ユーロ(約559億円)は国の支出であり、それが国家財政にそのまま赤字となって残ってしまったのである。

(写真は、ネオリベラリストによる略奪のシンボル、高速道路M12:El País紙)

 この有料道路は1996〜2004年まで続いたアスナール国民党政権時に計画されたものだが、この時期に計画され国費を投じて作られたその他の施設のうち、シウダッ・レアル(4億5000万ユーロ:約662億円の投資)、ムルシア(2億ユーロ:約294億円)、カステジョン(1億9000万ユーロ:約279億円)などの飛行場、そしてマドリッドとバレンシアに作られた有料高速道路などの交通運輸インフラで、40億ユーロ(約5880億円)の投資額が回収できず宙に浮いている。これに前回お知らせした高速鉄道網が加わるのだ。

 赤字を重ねながらそれらの施設を運営する会社と公営機関、それへの融資を回収できない金融機関を「救済」するために、いままでにも天文学的な額の国費が投入されてきたし、今後も続くことだろう。そしてそのための借金の返済は全て一般国民が背負うことになり、喜ぶのは国際的な金融機関とその手先であるIMFや格付け会社だけだ。これらの施設は彼らにとって「永遠にカネの生り続ける木」であり、ネオリベラルによる「合法的大規模略奪」のシンボルに他ならない。

 もちろんだが、その合法性が疑われる場合もある。たとえば、マドリッドの北にあるブルゴスの公立病院の建設は2006年に始まり12年に終わったが、それにかかわった建設業者は見積もり(2億4千2百万ユーロ:約356億円)よりも2億8600万ユーロ(約420億円)も超過させて、カスティーリャ・イ・レオン州から受け取った。前回申し上げた高速鉄道やマドリッドの地下鉄建設の例でも同様だが、その予算超過分の審査に大幅な「手心」が加えられ、それによって政治家や官僚の下に大金が転がり込んだことは間違いのないことだろう。

 また明らかな違法を含むものがある。エクストレマドゥーラ州の人工湖に浮かぶ小さな島バルデカニャスには、セビージャなどの土地開発業者たちによってバブル時期に土地法に違反して作られた別荘地やスポーツ施設などが空っぽのままで「幽霊都市」を形作っている。開発許可を出した地方政治家と官僚にどれほどの「袖の下」が渡されたのかは知る由もないが、これらの施設を取り壊そうにも、3400万ユーロ(約50億円)の費用がかかるために、いまだにほったらかしにされたままだ。それにしても、こういった「合法」「非合法」の建設に伴って違法に動かされる膨大な量のカネは結局どうなるのか。

(バブル経済の愚かさの象徴、バルデカニャス島幽霊保養地:El Mundo紙)

 いまだにフランコ礼賛の空気が漂うマドリッド州では独裁政権の延長上にある国民党が延々と権力を握り続ける。今年2月、州議会議員でマドリッド国民党総書記でNo.2のフランシスコ・グラナドスが、同州バルデモロ市の市長を務めていた1996年から2000年の間にスイスに150万ユーロ(約2億2000万円)の隠し預金を作っていた嫌疑が表面化した。そのときにはグラナドスが議員を辞めただけで国民党の「みそぎ」が済ませられた。しかし10月後半になって、全国管区裁判所は、国政与党国民党だけではなく社会労働党の政治家や企業家など51人に対して、贈収賄と資金洗浄・脱税などの疑いで逮捕命令を出した。グアルディア・シビル(国内治安部隊)を使って行われた、この「カルタゴ作戦(la Operación Púnica)」と呼ばれるマドリッドでの一斉検挙で最も注目されたのが、やはり今のフランシスコ・グラナドスだった。

 グラナドスの逮捕理由は先ほどのスイスの150万ユーロだが、彼とその周辺の人物だけでもスイスに580万ユーロ(約8億5260万円)の隠し資産を作っていたとされる。しかしこの作戦の中心は、2012年から14年までの間にマドリッド州を中心に行われた、最小に見積もっても2億5千万ユーロ(約368億円)の契約に絡んだ贈収賄であり、そこに中心人物として関わったのがグラナドスだったわけである。与党と野党の政治家たちは未曽有の不況の最中に、公共事業の受注に便宜を図る「手数料」として多額の金を業者から受け取っていた。しかもグラナドスとその仲間たちが、資金洗浄ルートとしてスイスだけではなくコスタリカやシンガポールの金融機関を巧みに利用していたのである。さらにグアルディア・シビルは以前から捜査が続くギュルテル事件と今回の逮捕者との関連を示す複数の証拠を押収した。

(左から、フランシスコ・グラナドス、現マドリッド州知事イグナシオ・ゴンサレス、マドリッド国民党委員長エスペランサ・アギレ:El País紙)

 常にグラナドスとの二人三脚を組んでいた元マドリッド州知事で同州国民党No.1のエスペランサ・アギレは、この大量逮捕に慌てふためき「慙愧に堪えない」と語った。しかし、彼女は2008年にはすでにグラナドスが業者に多額の「手数料」を要求していたことを知っていたにもかかわらず、善処を訴える業者の声を一切無視し続けてきたのだ。厚顔無恥にもほどがあるだろう。さらに政府与党国民党の対応は際立っていた。彼らは即座に首相のマリアノラホイに対して、議会でこの件に関して口をつぐむように強く要請したのである。

 こういった国民党の対応は初めてのことではない。2012年にバンキアが経営破綻をきたしスペインが一気に国家破産に向かって突っ走った際も、議会でバンキアについての質疑に一切応じない決定をしていたのだ。この独裁政権の末裔たちが悪事の隠蔽と証拠隠しをやめることはない。この「カルタゴ作戦」での逮捕を実行したグアルディアシビルは内相のフェルナンデス・ディアスに対して非難の声を上げた。彼がこの作戦で活躍した隊員たちを褒め称えようとしなかった(無理もない!)からだ。

 11月に入ってグアルディアシビルは、スペインの12の地方で、地方公務員と建設業者など合計30人を逮捕した。そのうち22人がアンダルシアだが、マドリッドやバレンシア、カナリア諸島などでも逮捕者が出た。これは2007年以前のバブル期に行われた贈収賄に関するもので、いまの「カルタゴ作戦」の小型版だが、この国の地域と階層の隅々にまでこのような腐敗体質がしみわたっていることがよく分かる。

 「カルタゴ作戦」で明らかになった犯罪は、2012年以後(つまり国民党が再び国政の与党になって以降)に発覚したわずかの例にすぎない。最初の方で述べた数々の「公共」事業や土地開発は、1996年のアスナールによる「土地法改正」以降、主要に2012年ごろまで国中で無数に行われてきたものである。そこで起こった業者と政治家、公務員との間の金品受け渡し、そして資金洗浄と脱税、隠し財産づくりの量は、この作戦で明らかになったものの数十倍かそれ以上だろう。その中でわずかに顔を出したものの一部が、ギュルテル事件やパルマ・アレナ事件、ノース事件などの形で捜査が続けられている。

 しかしギュルテル事件を最初に手がけた全国管区裁判所判事のバルタサル・ガルソンは、国民党に近い法曹集団の力でスペインの裁判所から追放された。またその跡を継いで捜査を続けているパブロ・ルス判事は常に国民党から巨大な圧力をかけられる。そのうえで政治経済の腐敗の捜査を3年以内に限定する企みが公然と続けられる。さらに国民党は、政治腐敗追及の中心となりカタルーニャ問題でも政府と軋轢のあった検事総長トレス・ドゥルセを「一身上の都合による」辞任に追い込むことに成功した。

 これらについてはこのシリーズで後述するが、アスナールが導入したネオリベラル経済は国土と人心を腐らせ、何よりも国民党自身を致命的に腐らせた。この党が独立国家をリードすることはもはや不可能だろう。日本もそうだったのだが、バブル経済はスペインをありとあらゆる腐肉で肥え太らせた。そして金融の泡がはじけた後に残ったものは、枯れゆく骨にしがみつく「生けるゾンビ」の情けない姿だった。それはいま、司法権力に露骨に介入し民衆の反乱を力づくで抑えるファシズムの妖怪 へと変身しつつある。


《カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊》 【見出し一覧に戻る】

 カタルーニャは長い間プジョル家の「城下町」だった。今年84歳のジョルディ・プジョルがカタルーニャ州政府(Generalitat:ジャナラリター)の知事になったのは1980年、独裁者フランコの死後4年たってからだった。民族政党「カタルーニャ民主集中(Convergencia Democràtica de Catalunya:以下「CDC」)」の党首である同時にカタルーニャ有数の資本家・銀行家としてカタルーニャの保守層に固い支持基盤を誇っていた彼は、伝統的なカタルーニャの右派政党カタルーニャ民主統一(Unió Democràtica de Catalunya )との合同会派CiU(集中と統一)を形作った。そして2003年に現知事アルトゥール・マスに党首の座を譲るまでの23年間、基本的にマドリッドの保守政党(現在の国民党とその前身)と協力し合って、中道保守の州政府を維持してきた。その過程でさまざまな奢りと腐敗が起こらない方が不思議だった。

(カタルーニャに君臨し続けたジョルディ・プジョル:La Vanguardia紙)

 スペインの建設バブル崩壊と不況はもちろんカタルーニャの経済基盤を大きく突き崩していったのだが、その大波に揺れる2012年ごろから、プジョルとその息子たちによる巨額な脱税・資金洗浄と外国銀行にある隠し資産が問題にされ始めた。しかしその追求が本格的になったのは2014年のことである。7月に入ってすぐに、全国管区裁判所の調査依頼を受けていた財務相と検察庁脱税経済犯罪捜査班は、ジョルディ・プジョルの長男ジョルディ・プジョル・フェルソラが今までに5500万ユーロ(約81億円)に上る資金を外国のタックスヘイブンに送金していた疑いがあると報告した。続いて、以前から贈収賄事件の絡みを疑われていたCDCの総書記で4男のウリオルが、突然政界から身を引くと表明した。カタルーニャ独立運動に対する悪影響を憂慮したCiUからの圧力があったのだろう。ウリオルは企業から「手数料」の名目で多額の賄賂を受け取っていた疑いがもたれている。

 もちろん裁判所と検察庁は以前から、息子たちだけではなく「カタルーニャの殿様」ジョルディ・プジョル自身の不正蓄財と脱税を調べていた。そしてもはや逃れられないと悟ったのか、7月25日にプジョルは、知事になった1980年以来現在までの34年間、多額の資金を外国の銀行に預けたままにしてスペインの税金を逃れていたことを告白し州民に「詫び」を入れた。その方が今後の裁判や法的手続きにとって有利になる、少なくとも損失を最小に食い止めることができると判断したのだろう。現CDCの委員長で州政府知事、プジョルの「愛弟子」であるアルトゥール・マスも、CiU元委員長としての彼の様々な特権を剥奪せざるを得なかった。

 しかしこのジョルディ・プジョルの「白状」と「謝罪」を文字通りに受け取るような者はカタルーニャの中ですら少ないだろう。プジョルはその資金を父親から受け継いだ遺産だと主張したが、彼の父親フロレンシにしたところで国外の銀行で巨額の不正蓄財をしていたことが常に疑われていたのだ。大半のカタルーニャ人が薄々気づいていたことなのだが、あまりにも太い利権の流れに取り込まれたりその「おこぼれ」を頂戴する立場にいる大勢の者たちが、見て見ぬふりをしてプジョル家を祭り上げていただけである。

 そしてそれ以来、ジョルディとマルタ・フェルソラの夫婦、7人の子供たちから成るプジョル家メンバーが、カタルーニャとマドリッドで行ってきた数多くの不正行為(収賄、不当な「手数料」の請求と受領、資金洗浄、脱税など)が次々と明るみに出されてきた。9月になって、税務当局は検察庁に、この家族が今までに3240万ユーロ(約47億6300万円)の無申告の収入をスイスとアンドラの銀行に預け入れた可能性があると報告。さらに9月後半になると国家警察は、ジョルディ、ジュゼップ、ウラゲーの3人の兄弟がこの5年間に少なくとも5億8100万ユーロ(約854億円)を、フランス、オランダ、ドイツ、ルクセンブルグなど世界中の銀行に移していたと発表した。

 また妻のマルタと4人の息子・娘たちは、アンドラの銀行にある300万ユーロ(約4億4100万円)の未申告資産をアンドラの判事に対して申告することで隠し資産作りの一部を公に認めたが、おそらくスペイン当局の追及によって処罰対象として明らかにされる分を少なくしようとしたのだろう。10月になってバルセロナの地方裁判所はプジョルの不正蓄財を本格的に審査することを決定した。また10月の後半にリヒテンシュタインの判事がプジョルの資金洗浄について調査を開始すると発表したが、しかし外国の銀行に過去の資料を出させることは大きな困難を伴う作業になると思われる。また裁判所はこの一家の末弟であるウラゲーがプジョル家の資金洗浄工作の中心にいたとにらんでいる。彼と姉のミレイアが、スペイン中が経済不況にあえいでいる2011年から12年までの1年間にその資産をほぼ倍増させ、ウラゲーだけでも960万ユーロ(約14億円)を稼いでいたことが明らかにされているのだ。

(かつてカタルーニャで最も祝福された家族の一つが、惨めに崩壊した:ABC紙)

 またこのプジョル家の不法な蓄財には、当然のことながら、長年CiUと共闘してきたマドリッドの国民党幹部も深く関わっているようだ。長男ジョルディが経営する会社の一つイバデッサSLは検察庁脱税経済犯罪捜査班によって厳しく調査されているのだが、国民党副委員長マリア・ドローレス・デ・コスペダルの夫であるイグナシオ・ロペス・デ・イエロがその役員に名を連ねている。この会社によって行われた資金洗浄と不正蓄財にこの男が関わっていないと考える方が不自然だろう。また、ギュルテル事件の中心にいるエドゥアルド・サプラナ(アスナール政権時の労働大臣)の娘婿は、ウラゲー・プジョルが2012年までに投資や不動産開発で得た資金を洗浄していた件に関わっていた疑いがもたれている。これも「関係ある」方が自然に思えるが、現政権を握り絶対的な権力をふるう立場の国民党がどのように握りつぶそうとするか、見ものである。

 こういった国民党と全く同じように腐敗し切った体質は、CiUや社会労働党が政権を執るカタルーニャ各地の自治体で幅広く見られ、ホテル建設を巡る汚職から発展した「音楽堂事件」 を筆頭に、この数年間に多くの捜査が行われ逮捕者を出し、すでに刑が言い渡された者もいる。しかし、フランコ独裁の終了以来、ある意味でカタルーニャの「象徴」とまでなっていたジョルディ・プジョルとその一家の醜態が表に曝されたことは、マドリッドやカタルーニャを問わず、この国の救いようもなく汚い危険な構造と体質を明らかにしているだろう。これ以上進むには気が重いが、しかしここまでくれば腐肉の巣窟となっている代表的な他の地域についても触れざるを得ない。次にその中からバレンシアとアンダルシアを見ていくことにしたい。

 
《内堀に届くか:バレンシアの亡者ども》 【見出し一覧に戻る】

 フランコ時代の以前からマドリッドの中央権力との強い結びつきを誇ってきたバレンシアは、スペインの中でも最も腐敗の進む地域の一つである。その一端についてはこちらにある『バブルに群がったバレンシアと国民党の悪党ども』の中でも触れておいたが、当シリーズ『第2部 崩れ落ちる腐肉:(A)あらわにされる「たかりの文化」』で述べたように、2014年10月になって再び様々な悪事の暴露がこの地中海に面した保養地を覆った。その以前にも、たとえば2月に、52億ユーロ(約7644億円)の公金による「救済」を受けたうえでサバデイュ銀行にわずか1ユーロで売却された貯蓄銀行カハ・メディタラネア(CAM)の元幹部たち20人に対する裁判で、検察庁は6年から10年の懲役刑の求刑を行った。彼らはカハ・マドリッドやバンキア銀行の「不透明カード」と同様に、私用の買い物や食事などで好き放題に自分たちの銀行からカネを盗み取っていたのだ。その総額は分かっただけで150万ユーロ(約2億2000万円)とされる。

 またこちらの『1機の飛行機も飛んだことがないカステジョン飛行場』で紹介した空港についてである。その建設途中の2006年から2010年の間に、空港の宣伝料の名目で30ものスポーツ団体に合計2630万ユーロが支払われていたことが、2014年の4月になって地元議会の野党議員の手で明らかにされた。「スポンサー料」の最大のものはサッカーのスペイン1部リーグに所属するビジャレアル球団に対するもので、選手たちは胸に「カステジョン空港(Aeroport Castalló)」の宣伝を付けてプレーさせられ、球団には1900万ユーロ(約2億7930万円)が支払われた。その原資は当時カステジョン市長だった国民党の大物カルロス・ファブラが空港建設費用として受け取った公金であり、その建設自体が運営開始の目途すら立たないでたらめなものだった以上、略奪としか言いようがあるまい。

(バレンシアの腐敗のシンボル、カルロス・ファブラ:Vozpópuli紙)

 しかし、当シリーズにある『公営事業は野獣の餌場』でも明らかにしたように、このような《公金略奪を目的とした建設工事》は2007年まで続いたスペインの建設バブルの普遍的な出来事であり、最も激しく「餌場」となったのがこのバレンシアだったのだ。カルロス・ファブラは脱税の罪でこの12月になってついに刑務所送りになったのだが、しかし本来なら最大の犯罪と見なされるべき空港建設自体が罪に問われることはない。同様に、2006年のローマ教皇ベネディクト16世のバレンシア訪問で、そのために使用された公金のごくわずかの部分、TV放映費用の名目で消えた使途不明金がギュルテル事件の一部として調査され、その件に関わった疑いを持たれている元州議会議長フアン・コティノがようやく今年の11月になって辞任に追い込まれ、裁判所判事によって起訴されることとなった。しかし最初から略奪目的で実行されローマ教皇招待自体の犯罪性が問題にされることはなかった。

 同様に、2008〜2012年の5回にわたって、この地方都市には不釣り合いな豪華な海岸道路を使い、莫大な公金を浪費しながら行われた、F1グランプリの招致それ自体が犯罪とされることは、少なくとも今年までなかった。しかし2014年終盤になってその流れが少しだけ変わってきたようだ。まず11月になって先ほどのCAMが、不良債権を膨らませつつあった時期に大量のF1観覧席入場料を割り当てられ、結局15万ユーロ以上の赤字を背負わされていたことが明らかにされた。そして検察庁脱税経済犯罪捜査班はこのF1グランプリ開催自体について、とうてい採算がとれず地方と国の財政に巨大な打撃を与えることを、州政府がその最初から承知しながら実施したことの犯罪性を問い、当時のバレンシア州知事フランシスコ・カンプスら3名に対する告訴を決定した。

(左から、バレンシア市長リタ・バルベラー、F1運営組織CEOバーニー・エクレストン、元バレンシア州知事フランシスコ・カンプス:El Diario紙)

 このフランシスコ・カンプスこそ、現バレンシア市長リタ・バルベラーと並んで、地中海岸を真っ黒に染める元凶であったはずの国民党の大物である。例のギュルテル事件でも、またスペイン王室の一員が首謀者となったノース事件でも、この両名の周辺からあらゆる悪事が沸き起こっている。しかし二人とも、たとえごく身近な周辺の者にまで嫌疑がかけられたとしても、自分にだけは累が及ばないように用心深く肝心のところを外して関わってきたのか、あるいは他の被告たちが不利な証言をできないように縛りつけているのか、その辺は分からない。カンプスはギュルテル事件の一部として収賄容疑で裁判にかけられたのだが、すでに無罪が確定している。どんな厳しい追求も、結局はこの二人を縛ることができなかった。

 だが、いままで犯罪とされなかった開発や行事などの計画と実施そのものに犯罪性が見いだせるとすれば、話は別になる。それがこれらバレンシアの我利我利亡者どもの「内堀」を埋めることになるのかもしれない。そして同様の論理が、今までに述べた高速道路や高速鉄道、飛行場などの無茶苦茶な建設自体を問いなおす、つまりスペインのバブル経済そのものの検証へとつながっていくのかもしれない。本来ならばこの点こそが本当の意味の腐敗防止だろう。だからこそいままで、当事者の国民党はもちろん、多かれ少なかれバブル時期の腐敗に関与してきた既成政党や団体がそれには触れたがらないのだ。今後スペインの国民が司法当局にこのバブル経済の実態を明らかにするように圧力をかけることを期待したいものである。


《アンダルシアに腐れ散る社会主義者》 【見出し一覧に戻る】

 今回の最後に、もう一つの腐肉の溜り場であるアンダルシアを見てみよう。アンダルシアは中世の長い期間イスラム教徒の支配地であり、北部から来たキリスト教貴族によって征服された地である。オリーブのプランテーションが行われる大地主制の農村部が広がり、近代になっても容易に産業化が進まず、絶対王政時代以来の寡頭支配体制がいまだに色濃く残る、欧州内で最も遅れた産業形態を持つ地域の一つである。必然的に失業率がスペインの中で、というよりはEUの各地域の中で最悪の36.3%であり、同時にまた、スペインの中で最も資金隠し・脱税が多く摘発される地域でもある。

 現在でこそ州都のセビージャのように国民党が支配する自治体もあるのだが、フランコ体制が修了した1978年以来、州政府と多くの自治体をスペイン社会労働党が握っている。したがってここでは政治腐敗といえば社会労働党のものになる。スペイン最大の840万人の人口と第2位の面積を持つこの地域は、経済的には常にマドリッドの支配下に置かれ、マドリッド政府を通して受け取る他の地域の「おこぼれ」を頂戴して生きる運命を甘受してきた。しかし中央政府の「支援」はもとよりEUの農業調整金などの大部分は貴族階級の大地主と地方ボスの懐に収まる。そんな場で地方政治と地方官僚組織を支配する者たちが、その掲げる「理念」などとは無関係の利権あさりに走ることは想像に難くあるまい。

 スペイン語でexpediente de regulación de empleo(ERE)は日本で言う「レイオフ」に当たるもので、企業の業績悪化などに伴う一時解雇のことである。しかしスペインではその内容は日本や米国などとはずいぶん異なる。EREが実施される場合の条件や手続きにもよるが、解雇された労働者に国庫から、最長1年の期限付きで、労働契約の解約金が生活保障として支給されるのである。そしてこの制度を悪用したのがアンダルシアで政権を握り続けてきた社会労働党の者たちだった。もっとも、2011年にそれを嗅ぎつけて告発したのは、その年の秋に総選挙を控えできる限り社会労働党の得票を削りたいと願う国民党だったのだが。

 次のような手口である。ある企業が経営不振に陥りEREの実施を申請する。その際に国に対して手続きを行う自治体の雇用調整担当者たちが架空の労働者を多数でっちあげ、その分の労働解約金をせしめる・・・。なんとも意地汚いやり口だが、2000年からの12年間で、明らかにされたものだけで7億2100万ユーロ(約1060億円)、ひょっとすると12億1700万ユーロ(約1790億円)に上るかもしれない多額の公金が、アンダルシアの州政府と市役所にいる社会労働党関係者や労働組合関係者の懐を潤し続けていたのだ。これが「アンダルシアERE事件」と呼ばれるもので、2011年3月に正式に立件され、セビージャの地方裁判所でメルセデス・アラヤ判事による厳しい追求が続けられている。

(アンダルシアに君臨し続けた社会労働党のマニュエル・チャベス元州知事とアントニオ・グリニャン前州知事:El País紙)

 私のシリーズ『「スペインの経済危機」の正体(その5)』にあるこの記事で書いたように、独裁政権の支配が終わった後で、やや行き過ぎではないかと思える労働者優遇制度を確立させたのがフェリペ・ゴンサレス率いる社会労働党だった。そしてその労働者の権利を保護するための手厚い制度を悪用して私腹を肥やしたのが、当の社会労働党とその関係者だったのだ。さらにアンダルシア州政府が2007年から2010年にかけて行った、自営業者と小規模企業に対する3億5670万ユーロ(約524億円)の援助のうち、1億3800万ユーロ(約203億円)の使用がノーチェックのまま、どこでどのように使われたのか分からなくなっている実態が、今年の12月になって明らかにされた。ひょっとするとそのかなりの部分が誰かの強欲を満たしただけなのかもしれない。

 アンダルシアだけではなくカタルーニャでも、社会労働党が政権を握る地方都市でいくつもの贈収賄事件が明るみにされてきた。そしてこのような国民党、社会労働党、カタルーニャCiUなど、あらゆる既成政治組織の本性を目の前にして、スペイン国民はもはや、いままでこの国の政治を形作ってきたものの全てを拒否する道を歩み始めている。

 かつて深沢七郎は、一般的に言われる左翼と右翼を「左慾」「右慾」と書き換えてみせた。彼は「欲」ではなくその下に「心」を付けた「慾」、つまり心の奥底から拭いがたく湧き出るいじましい欲望の、単なる現われ方の違いとして、「左」や「右」を説明してみせた。西側世界にいるいわゆる「左翼的」「進歩的」な人々なら、フランコ政権とその末裔である国民党と、独裁時代には地下に潜りその後に西欧流の社会民主主義を導入した社会労働党を比べて、圧倒的に後者に拍手を送ることだろう。しかし実際にスペインで起きたことは、そして私がここに住んで実際に見聞きしてきたことは、深沢七郎が表現したとおりだった。「右」であれ「左」であれ「慾」だったのだ。

 左翼についてもう一つ。フランスの社会党や英国の労働党は単なる帝国主義の一側面にすぎないが、スペインの左翼政党は無知・無能と無責任の代名詞ですらある。このシリーズの第2部でも述べたが、彼らはネオリベラルの罠であるバブル経済を1点の問題意識を持つことすらなく見過ごしたばかりか、悪乗りしてその中で小遣い銭を稼いだうえで素知らぬ顔をして「右」に全ての責任をなすりつけようとしている。私の住むカタルーニャの地域経済を支えていた貯蓄銀行カシャ・カタルーニャは、カタルーニャで建設バブルを中心的に推し進めた責任者の一つになった。そしてその貯蓄銀行が不動産・建築への投資をノーチェックで続けた挙句に70億ユーロもの借金を作ってしまったのは、ゴンサレス社会労働党政権で閣僚まで務めたナルシス・セラが会長を務めた時代だった。

 カタルーニャだけではなく、スペイン全土にバブル経済の嵐が吹き荒れていたときに政権党だったのが社会労働党であり、またバブル破裂の前後にスペイン中央銀行を支配していたのも彼らである。その無能と無知、無為無策に保護された形で、国政の重責から逃れて自由そのままに強欲を振るい略奪を行い、その代価の全てを下半分の貧しい国民に強制的に背負わせてきたのが国民党である。この点は、当サイトにある『マンガで超分かる!スペイン経済危機』の『エスパニスタン:住宅バブル』および『シミオクラシア(猿主主義)』を参照のこと。

 現代史の事実は、独裁政治後の「民主主義」および1978年体制の正体とその限界を明らかにしている。それが誰の目にも明らかになったからこそ2011年の15M(キンセ・デ・エメ)広場占拠運動が起こったのだ。そしてそれが一時的な高揚を終わらせた後に、その潮流の中から急進左翼改革派と見なされる新政党ポデモス(英語版Wikipedia)が華々しく登場している。コンプルテンセ大学を出て政治学の博士号を持つ36歳の青年党首パブロ・イグレシアスが率いるこの政党は、2015年秋に行われる総選挙でスペイン議会第1党の座をすら奪いかねないほどに支持率を伸ばしているのだ。これについては次回に詳しく触れてみよう。

(劇的にスペイン国民の支持を集めつつある急進左派ポデモスの党首パブロ・イグレシアス:El País紙)

 このように、スペインを正式に「西側」の一員と位置付けた78年体制は、それを擁護しようと試みるあらゆる勢力によって内部から崩壊させられつつある。次回はその点について話を進めていこう。


2014年12月25日 バルセロナにて 童子丸開


※ シリーズ「スペイン:崩壊する主権国家」全体は次の通りです。リンクを張っていないものは今後の予定です。

第1部  ノンストップ:下層階級の生活崩壊
   《果てしなく続く住宅追い出し:貧困ではない、不正義だ!》   《短期非正規雇用者の増大と失業率の誤魔化し》
   《飢餓に直面する子供たち、切り捨てられる弱者》   《数字だけの「景気回復基調」》

第2部 崩れ落ちる腐肉:(A)あらわにされる「たかりの文化」
   《倒産銀行にたかる病原体ども》   《次第に明らかになる「バンキア倒産」劇の内幕》
   《引き続く「ギュルテル」の闇》   《公営事業は野獣の餌場》
第3部 崩れ落ちる腐肉:(B)国の隅々にまで広がる腐敗構造
   《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》   《カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊》
   《内堀に届くか:バレンシアの亡者ども》   《アンダルシアに腐れ散る社会主義者》

第4部 終焉を迎えるか?「78年体制」
   《国民党は崩壊に向かうのか?》   《地に落ちた王家の権威と求心力》
   《ポデモスの台頭と新たな政治潮流》  《巨大な闇から現われた「小さなニコラス」》   
第5部 浮き彫りにされる近代国家の虚構
  《真の権力者はどこにいるのか?》   《雲の上の「1%」》
  《スペインと世界の「青い血」》   《民主主義?国民国家?》

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