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シリーズ: 『スペインの経済危機』の正体(その3ーA)

バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン



【マドリッド近郊の荒地に浮かび上がる幽霊都市】

小見出し一覧:2段目以降は、クリックすればその小見出しの箇所に飛びます】
●1週間に2時間しか開かない公営飛行場
●1機の飛行機も飛んだことがないカステジョン飛行場
●いったいどんな利用を見込んでの開発計画なのか?

●中世の街アビラを取り囲む現代の幽霊都市
●スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウンの数々
●「ゼロ」から「プラス」を抜き取れば「マイナス」が残るのが当たり前!

 アスナール(国民党:1996〜2004)およびサパテロ(社会労働党:2004〜2011)の時代にスペインで展開された、世界史上まれに見るでたらめな経済について、当初「バブルの狂宴が終わった後は」として1回で済ます予定だったが、まず、スペイン中に広がる信じられないような現実の姿を画像で見ていただこうと思い、この画像中心のページをはさむことにした。前回(支配階級に根を下ろす「たかりの文化」)で述べたような、隙さえあればたかることしか考えない連中が、「ゼロから価値を無限に創り出す手品」を知ったらどうなるか、言うまでもあるまい。ここでその手品の見事な「成果」をご披露しよう。


●1週間に2時間しか開かない公営飛行場

 下の写真は、ロシア国営RTのスペイン語版(2011年12月)で紹介された、ピレネー山脈に程近いアラゴン州ウエスカの飛行場の様子だ。この飛行場は2000年に着工され2006年に開港されたのだが、あまりの利用客の少なさに、現在は定期便が1機も飛ばず、ついに1週間の利用時間をわずか2時間に抑える決定がなされた。
 

 飛行場開設が盛んに叫ばれた当時、国や州の当局者、学者、財界人によって、ピレネー観光の入り口、冬季のスキー客の玄関としてバラ色の未来が描かれていた。そして金融機関がこぞって有利な条件での貸し出しを提示した。
 実際には2012年1月から3ヶ月間のスキーーズンですら、この飛行場を利用した人は78人に過ぎない。それもそのはずだ。この飛行場から最も近いピレネーのスキー場でも100km以上離れているのである。しかも、元からあった利用客の多いサラゴサ空港からわずか97kmしか離れていない。安価で時間的にもさほど見劣りしないピレネーとスキー場へのアクセス方法は、他にいくらでもあるのである。最初から単なるでたらめな「開発計画」だったに過ぎない。
 州当局が国庫と銀行から借り入れた4000万ユーロ(約40億円)はほとんどそのまま州政府の赤字として残り、収入はほとんど無く、維持費だけが重くのしかかる。しかしこのウエスカよりもっとひどい例がバレンシアにある。


●1機の飛行機も飛んだことがないカステジョン飛行場 小見出し一覧に戻る

 2011年3月25日、バレンシア州カステジョンの飛行場で「開港式」が華々しく行われた。しかしながら、州政府知事のフランシスコ・カンプス、カステジョン市長のカルロス・ファブラ(共に国民党の幹部)など、同州やスペイン中から集まった1500人もの人々(その多くが国民党関係者)が祝ったその「開港」は、実を言えば単に地上部分の営業の開始を告げただけだった。いまだに飛行場としての国からの正式な許可は下りていない状態だったのだ。

写真左は、1機の飛行機も飛ぶ見込みの無いままに単に「開けただけ」のカステジョン空港

写真下は、左がバレンシア州知事カンプス、右がカステジョン市長ファブラ


空港の敷地内にそびえ立つ、24mのグロテスクな「芸術作品」
 

 1億5000万ユーロ(約150億円)をかけて作られたこの飛行場は、たとえ飛行機を飛ばしても、最初の8年間で5600万ユーロ(約56億円)の赤字が確実視され、不況が深刻化する中でその営業の許可が下りるすべはなかった。そしてその建設の直接の責任者だったカルロス・ファブラ自身が、今になって、実はこの飛行場建設について計算が間違っていたことを2006年から知っていた、などと告白する有様である。
 もちろんだが、飛行場の建設費はそのままバレンシア州の債務となり、同時に金を貸した銀行の不良債権となっている。そしてファブラは、1999年から2004年までの間の数百万ユーロに上る虚偽申告と脱税の容疑でその年の11月に逮捕され被告の身となった。
 このグロテスクな空港を象徴するのは、なんといっても、敷地の中にそびえ立つ薄気味の悪い「芸術作品」だろう。この高さ24mもの巨大な「彫刻」は、ファブラの知人でありバレンシア州出身の彫刻家フアン・リポジェスによるものである。ファブラは「彼(リポジェス)が私に大きなインスピレーションを与えてくれた」と語って、この「芸術作品」に30万ユーロ(3000万円)を支払う約束をした。そしてバレンシア州政府は2012年度の予算にこの30万ユーロを組み込んだ。もちろん、そのツケは全てバレンシアの州民の肩に負わさる。
 現在、この空港は全く利用されていないわけだが、しかしその維持費は1ヶ月に30万ユーロ(約3000万円)にのぼる。借入金の利子と共に、単なる「カネ食い虫」、税金を吸い取る一方の「ブラックホール」となっている。
 これはもう、「開発計画」でも「建設」でもなんでもない。単なる公金略奪行為だ。バレンシアで行われたその他数多くの略奪の結果としてバレンシアの民衆を襲っているとんでもない災厄については、このシリーズの後半で述べることにしたい。


●いったいどんな利用を見込んでの開発計画なのか? 小見出し一覧に戻る

 いまウエスカとカステジョンという2つの飛行場の例を取り上げたが、同じ時期に、ビトリア、コルドバ、アルバセテ、カディスなど、スペイン中の多くの中小都市に飛行場が計画され建設された。しかしその全てが、ウエスカ空港と同様に、それぞれの地域住民にとって、邪魔なばかりか、なけなしのカネを吸い取るだけのとんでもない厄介ものとなっている。
 現在スペインには52の飛行場(軍用を除く)があり、その90%の営業が国の管理となっているが、まともに経営が成り立っているのはせいぜい12、3に過ぎない。はるかに経済規模が大きく人口も多いドイツですら、39の民間飛行場しか持っていないのだ。スペインの飛行場の赤字総額は120億ユーロ(1兆2千億円)にのぼる。

 もちろんスペインで行われた「建設」「開発」に名を借りた公金略奪行為は飛行場にとどまらない。アスナール国民党政権時(1996〜2004年)に計画され、サパテロ社会労働党政権時に盛んに建設された高速道路網の多くが、国と各地域にとってとんでもない「赤字の源」となっている。たとえば、38億ユーロ(3800億円)を投じてマドリッド周辺とバレンシアに作られた高速道路は、利用者の少なさのためにその建設費用が回収できないばかりか、今後の維持・補修費用と借入金の利子を考えると、上記の飛行場と同様に、膨らみ続けるブラックホールでしかありえない。
 この期間には同時に、マドリッドからアンダルシアやバレンシアに延びる高速鉄道(AVE)が建設されており、それと競合するように高速道路を作ったわけだから、最初から採算など見込めるはずがなかったのだ。しかもその日本の新幹線技術を取り入れた高速鉄道網にしたところで、作る以前からその利用度の小ささとコストの膨大さを指摘されてきたものだ。
 こういったでたらめなインフラ建設…最初から採算の見込みも無い高速鉄道網、高速道路網、飛行場の建設を同時に進めてきた国家と地方の指導者たち、資本家たちの神経とは、いったいどのようなものなのだろうか? スペインの人口と経済規模が実際の3倍あるという幻想にでも取り付かれていたのだろうか?

 しかしこの十数年間のバブル経済を最も大規模に象徴するのが、何と言ってもスペイン中に広がる「新築」ゴーストタウンの不気味な光景だろう。まずその代表例として、マドリッドにもほど近いカスティーリャ・イ・レオン州の有名な町アビラを見てみたい。



●中世の街アビラを取り囲む現代の幽霊都市 小見出し一覧に戻る

 アビラは、中世レオン王国の主要都市として、日本にもファンの多い美しい街である。人口は6万人弱、レコンキスタの象徴である11世紀の城壁が囲む旧市街は、数百年の時間を生き延びた質素だが落ち着いた味わいの漂う地区だ。そして、もしこの美しい町を知り少しでもスペイン語の分かる人が
こちらのYouTubeビデオを見たならば、おそらく激怒することだろう。

 次からの写真は、いまのビデオから拝借したものだが、それぞれに簡単な説明をつけておく。

ロマネスク時代の城壁

旧市街の静かなたたずまい 


10年以上前はこれがアビラだった

バブル景気と共に新しいアビラが作られ・・・ 


さらに第3、第4のアビラが「開発」された・・・

一見、閑静な新興住宅街に見えるアビラ郊外 


だが、何かおかしい

人間の姿が見えない 


車も無ければ店も無い

公園に子どもの姿は無い 


ベンチで休む老人の姿も無い

建設途中で立ち枯れたままの建物 


クレーンだけがむなしくそびえる

道路建設がここで止まる、拡張地域の端っこ 

 この閑静で歴史の生き証人のような小都市は、住む人のほとんどいない広大な21世紀の幽霊都市に取り囲まれてしまったのだ。スペインの単なる愚かさの象徴に変身させられたのである。
 一体全体、誰が住むだろうと想定して、こんな「ニュータウン」建設が計画されたのだろうか? これを考案した者たちは、6万人にも満たない小さな田舎町の人が、値段が高いだけのこんな新築住宅に銀行ローンを組んでこぞって引越しするとでも、夢想していたのだろうか。それともマドリッドの人々が大挙して住宅を買いあさりに来ると計算していたのだろうか。マドリッドからアビラまでは自動車道路でおおよそ100kmも離れている。東京からなら静岡くらいの距離だろう。
 まるで見当もつかない。
 いや、マドリッドの近郊に新しい宅地が全く無く、マドリッドの人々が少々離れていても新築住宅を買いたいと切に望んでいたのなら、まだ話は多少は分からないでもない。ところが、マドリッドなどの大都市の近郊にはこれよりはるかに規模の大きいゴーストタウンが延々と広がっているのである。ここには「需要と供給のバランス」など、最初から存在しないのだ。


●スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウンの数々 【小見出し一覧に戻る

 もう何も言う気がしない。2007年以来、こんな風景が、マドリッド付近にも、バルセロナ近郊にも、そしてスペイン中の都市の周辺に無言で広がっている。「狂気の遺跡」としか名づけようが無いだろう。これがいま我々が目にすることのできるスペインの現実なのだ。これこそが『スペインの経済危機』の実際の姿なのである。










 
こちらのサイトでは、スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウンの一部を衛星写真で見ることができる。その中から代表的な例を六つだけ、次に挙げておこう。(クリックで衛星写真が見える)
    
マドリッド市近郊のバルデルス(3万人が住む予定の街に、実際に住んでいるのは700人)
    
マドリッド市に程近いセセーニャ(1万軒以上の住宅がカラッポか、建設途中、更地のまま)
    
マドリッド市近郊のケール(数千人を住まわす計画の中で、実際の住民は449人)
    
トレド市近郊のユンコス(約6000人の人口だが、その3倍を収容する住宅街が、建設途中のまま)
    
グラナダ市近郊のカジェ・オホス・デル・サラド(ずらりと新築住宅が並ぶが、住民はゼロ)
    
バルセロナ市に程近いサロウ(休暇用の住宅とアパートメント数千戸が立ち並ぶが、ほとんどカラッポ)

 1980年代後半の日本の「バブル時代」でも似たような光景が見られたのだが、ここまでひどかっただろうか? しかも、日本と比べてはるかに産業基盤の薄いスペインのような国で、これほどのデタラメな「土地開発」が繰り広げられた結果がいったいどうなるのか・・・。しかもそれが、多くの場合に地方自治体と国が莫大な公的資金をつぎ込んで、銀行からの天文学的規模の借入を受けて、野放図に行われたのである。
 一般の消費者にはその「資産価値」と新しい住宅での「バラ色の生活」が盛んに宣伝され、低金利、頭金無しのローンに大勢の人が引っかかってしまった。そして脆弱な経済基盤が壊れ始めたときに、人々は自分の収入と職が目の前から消えていく恐怖を味わうと共に、抵当権を握る銀行によって、発展する未来を信じて手に入れた新居から追い出される悪夢が現実となって目の前に迫るのを、呆然として眺めるしかなかったのだ。銀行は人々の幻想をたきつけて膨らませ無理なローンを組ませた。しかし、住人を追い出した後の、こういった膨大なゴーストタウンが、それらの銀行自身にとってもどれほどの資産価値を持つというのだろうか。


●「ゼロ」から「プラス」を抜き取れば「マイナス」が残るのが当たり前!小見出し一覧に戻る

 先ほどの飛行場や高速道路、高速鉄道にしても、これらの住宅地にしても、限られた人口と限られた資産の枠内で、わずか10年たらずの期間に一気に生み出されたものである。こういった土地開発を推し進めた者たちにとって、資本主義とは「無から有を生み出す魔術」だったのだろうか。
 資本主義の教科書的な定義で言うなら、資金を持つ者がそのカネを元手として産業を興し経済を形作る体制、とでもなるだろう。中学校や高校の教科書には確かそんなふうに書かれていたと思う。そしてその産業はあくまで実態のあるものだった。だから歴史的に見ても、植民地から資源と労働力を吸い取り、また本国でも労働を搾取して、そこから多くの生産物と消費、供給と需要の関係の中から新たな資本を生み出していったのだ。あくまで「有」から「有」を生み出すもののはずである。
 しかし、日本のバブル期でもそうだったのだが、ここに見る資本主義は、「無」から「有」を無限に作り出しうるという幻覚に取り付かれた奇形のような思想に過ぎないように見える。「ネオリベラル経済」については多くの議論があるのだろうが、実際には非常に単純な話であり、要は単なる手品、極めて大規模な詐欺なだけではないのか。こんな詐術に憑かれた国の経済がその健全性を失うのは当たり前であり、その結果が以上に見てきたグロテスクな国の姿である。
 あれやこれやの「経済学議論」など、幻覚の上に幻覚を積み重ねる愚かな行為に過ぎまい。実際に目の前に広がる事実だけがその本当の姿を映し出しているのだ。「ゼロ」から「プラスの数」を取り除いた後には「マイナスの数」が残される。当たり前だ。そしてその当たり前さが誰にも気付かれないほど、現代という世界は狂っているのである。

 バブルの狂宴に浮かれたスペイン人たちがそれに気付いたときには、何もかもが手遅れだった。そしてその「マイナス」を背負わされるのは、しかも先達のギリシャやポルトガル、アイルランドといった国々よりもはるかに大規模で根の深い負債を背負わされるのは、スペインに住む人々の99%なのである。そしていずれその後にイタリア人の99%が続くのだろう。・・・。

 次回には、幻覚と狂宴の後に残された「マイナス」と、その責任者たちによる《嘘と隠ぺいの大集合》、そして苦境にあえぐ人々の姿をご覧いただくことにしたい。

(2012年7月初旬 バルセロナにて 童子丸開)

シリーズ: 『スペインの経済危機』の正体
(その1)スペイン:危機と切捨てと怒りのスパイラル 【Socialist Review誌記事全訳】
(その2) 支配階級に根を下ろす「たかりの文化」
(その3−A) バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン
(その3−B) バブルの狂宴が終わった後は
(その4) 「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇
(その5) 学校を出たらそこは暗闇
(その6) 「危機」ではない!詐欺だ!

(その7:最終回) 狂い死にしゾンビ化する国家


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