メニューにもどる 
幻想のパティオ:目次に戻る  
画面中央のタグの「閉じる」をクリックしてください。

《お願い》 このページにあるリンク先をそのまま左クリックすると、いまの画面と同じ場所にリンク先のページが現れてくるため、両方を効率よく見比べることができなくなると思います。リンクの部分にカーソルを当て、手のマークが出たら右クリックから「リンクを新しいタブで開く」または「リンクを新しいウインドウで開く」を選択していただいたほうが便利でしょう。ご面倒ですがよろしくお願いします。



果てしなく続くのか?スペインの「無政府」状態


 昨年12月20日に行われたスペイン総選挙の結果は当サイト『カオス化するスペイン政局』にある。その後、当サイト『暴走するカタルーニャとスペイン:ドタバタ迷走の果てにドンデン返し』で詳しく説明したように、1月10日に独立を目指す新州政府の体制が作られた。この事態にマドリッドでは、国家分裂を防ぐために国民党と社会労働党による「左右大連合」実現に向かう以外に方向性は無いと、多くの者が考えた。しかしそこには思わぬ事態が待ち構えていた。

小見出し一覧(クリックすればそれぞれの項目に飛びます。)
  《「全身麻痺」に陥ったスペイン》
  《「鬼の居ぬ間」に着々と進む「カタルーニャ独立」準備》
  《「左右大連合」に冷や水を浴びせる司法当局》
  《バレンシア国民党の「解体」と暗礁に乗り上げた「大連立構想」》
  《功を奏するか?国民党「待ち」の作戦》
  《今後のシナリオは?》
  《その一方で棄て置かれる国民経済と生活》


《「全身麻痺」に陥ったスペイン》 小見出し一覧に戻る

 昨年12月20日の総選挙の結果を確認したい。スペイン議会下院の定数は350で過半数は175議席。2011年以来ラホイ政権を支えた国民党は123議席。社会労働党が90議席。新興勢力で左派のポデモス(同系列の諸党派を含む)は69議席、右派のシウダダノスは40議席。その他、カタルーニャ民族主義左派ERCが9議席、同右派のDILが8議席。またバスク民族主義右派のPNVが6議席、同左派のEH・Bilduが2議席、全国区で左派の統一左翼党が2議席、カナリア地方主義のCCaが1議席。

 首班指名には出席議員の過半数の支持を受ける必要がある。全員出席の下であれば単独で政権を取る政党は無い。右派の国民党とシウダダノスが連立しても163議席、また左派の社会労働党・ポデモス・統一左翼党がまとまっても161議席にしかならない。一方で、左右のカタルーニャ民族主義政党とカタルーニャ独立運動を支持するEH・Bilduが国民党・シウダダノス・社会労働党と共闘する可能性はほぼゼロに等しい。それらが少数民族独立運動に敵対しているからである。

 仮に、カタルーニャ独立阻止だけを共通項にして第1党の国民党と第2党の社会労働党が「大連合」を組み、そこにシウダダノスが加われば、圧倒的多数で国民党党首のマリアノ・ラホイが首相に再任される。そうすれば少なくともカタルーニャ独立運動に対しては強力に対処できる。しかしその場合、それ以外の多くの案件で「与党」内と閣僚同士に厳しい対立が起こるだろう。国民党とシウダダノスが支持する政策案は、他の党がこぞって反対すれば成立しない。社会労働党とポデモスが提案する政策案は、民族主義政党の賛成が無い限り、国民党とシウダダノスの反対によって廃案になる。一方で予算案などを政府内でまとめる作業は困難を極める。こうして国会と政府の運営は極めて難しくなるだろう。

 他の可能性として、国民党とシウダダノスが連合を組み(163人)、首班指名の議会で社会労働党が欠席すれば、出席議員(260人)の過半数を得ることができる。全員欠席でなくても社会労働党院の25人の欠席で十分なのだ。これは早くから社会労働党の元首相フェリペ・ゴンサレスあたりが画策していた手だ。ただしこの場合には社会労働党内で深刻な対立が起こり党の存在自体が危うくなるだろう。また、仮にこの手で無理やりに政府を成立させたとしても、やはり多くの法案の成立が困難になり国会がほとんど機能しなくなる可能性が高い。

 こういったことから、国民党社会労働党シウダダノスの中に、新しい議会ですぐに解散動議を出して再選挙すべきだという声すら出てきた。しかしいくつかの世論調査によると、仮に再選挙となる場合には各党で多少の変動があっても決定的な変化は起こりそうにもない。特に2月初めに公表されたCIS(国立統計局)による世論調査 は、国民党にはほぼ変動が無く、社会労働党がやや減りポデモスがやや増えて支持率の上では第2勢力になる、シウダダノスはやや支持を落とす程度である、という予想を明らかにした。もしその通りなら、たとえ再選挙になってもいまと同じ状態が続くことになるだろう。

 もし3月後半の期限まで新政府が決まらなければ、12月20日の選挙で選ばれた議会は解散を余儀なくされ、6月の末ごろまでに再選挙がおこなわれる。すると、どう早くても7月いっぱいまでは国会も政府もほとんど機能しない。さらに、その選挙でも今と同じような状態が続くのなら、もう延々と果てしなく、国家としての動きが止まったままになる。

 このような「八方ふさがり」を絵に描いたような状態がスペインで続いている。いまのところ、ラホイ国民党が「暫定政権」として一応の政府の形をとり事務的な対応だけは続けているのだが、立法府も行政府も機能を停止させ何の政策も打ち出すことはできない。これに最も神経をとがらせているのがブリュッセルであることは言うまでもない。不安定な経済問題をはじめ、難民、中東政策、対ロシア政策などの非常に困難な問題を抱える中で、EU第5の経済規模を持つ国がいつ終わるとも知れない「全身麻痺状態」に陥っているうえに、重要な国の重要な一部がはがれ落ち分離しようとしているのだ。


《「鬼の居ぬ間」に着々と進む「カタルーニャ独立」準備》  小見出し一覧に戻る

 1月10日にカタルーニャで独立作業を進める新州政府が誕生した。いまカタルーニャでは、「無政府」状態で身動きの取れないマドリッド中央政局を横目に見ながら、プッチダモン州知事を先頭に、法的な整備税制などの行政面で、着々とスペインからの分離作業が進められている。こちらにしたところでもはや引き返すことが不可能なのだ。どうせもうシェンゲン条約が実質「棚上げ」状態になってEU自体が解体の方向に進路を向けつつあり、さらにユーロ圏崩壊の危機すら噂される状態になっているのである。この大混乱の状況で、「カタルーニャ独立」にとって千歳一隅のチャンスが訪れているのかもしれない。

 もちろんカタルーニャでのこのような動きに対して法務当局が盛んにけん制をかけているし、税金の問題や地方に配分される政府資金を巡る財政面でのにらみ合いも続いている。しかしいかんせん、議会と中央政府の機能がストップしている状態では強力な対抗策が打ち出せない。せいぜいカタルーニャの象徴であるFCバルセロナに対する嫌がらせを続ける程度だろう。

 もちろん法務当局独自の判断で、国家警察やグアルディアシビル(内務省所属の国内治安部隊)による、州政府幹部の一斉逮捕などの劇的な事態も起こりうる。しかしそうなれば、もう理屈も何も無く、今まで独立に反対していたカタルーニャ州民までが反マドリッドで動き始める可能性が高いだろう。スペインの中には未だフランコ独裁政権時代の強権支配の悪夢に対する強烈なアレルギーが生きているのだ。これでは本当に泥沼にはまってしまい、もはや解決の道がどこにもなくなる。

 結局は、スペインに中央政府が作られ強力な政治的能力を発揮しない限り、カタルーニャはこのまま分離の方向に突っ走るだろう。それが、良いことなのか、悪いことなのかは、別にして…。


《「左右大連合」に冷や水を浴びせる司法当局》  小見出し一覧に戻る

 政策協定次第で出来る限り各党間の齟齬を防ぎ、ともかく国家分裂の危機回避を最優先課題にしようとする動きが、社会労働党の中で12月中から起こっていた。カタルーニャ独立とポデモスを嫌悪する元首相のフェリペ・ゴンサレスを筆頭とする党の長老たちが、国民党政権の継続を認めるように党首ペドロ・サンチェスに対して圧力をかけていたのである。ゴンサレスは、やはり元首相で国民党長老のホセ・マリア・アスナールと気脈を通じ、国家の分裂とポデモスの台頭を全力で防ごうとしているのだ。ラホイ国民党政権打倒を叫び続けたサンチェスとしてはそう簡単に「はい」とは言えないにしても、1月の初旬には《ラホイ抜き》なら「大連合」に応じてもよい そぶりを見せた。

 そして1月10日のカタルーニャ州新体制確立が「大連合」を一気に加速させるかに思えた。実際、議会で議長に任命された社会労働党のパッチ・ロペスが調停役になり、社会労働党とシウダダノスと国民党の間を取り持つ動きを始めていたのである。サンチェスはカタルーニャでの住民投票合法化とその実施を主張するポデモスとの左翼連立を拒否する姿勢を見せた。しかしその動きに水を差したのが、国民党の政治腐敗を追及する裁判所の判事局と検察庁だったのだ。

 1月11日に、元バレアレス州知事ジャウマ・マタス(国民党)とクリスチーナ王女夫妻を被告人に含むノース事件(参照当サイト記事)の裁判が開始し、スペイン史上初めて王族が被告席に座った。しかしこれは予定通りのものだから政局にはさほどの影響は無い。また1月12日には、元セゴビアの国民党議員で外交官のグスタボ・デ・アリステギと現職国民党議員ゴメス・デ・ラ・セレナによる不正な企業献金の収入と脱税の本格的な捜査が開始された。ただこれもまた昨年中に知られていたものであり、さほど大きな影響はなかった。

 続く13日に「バンキア銀行不透明カード事件(参照当サイト記事)」の裁判が開始された。TVニュースで全国一斉に報道されたその様子は、微妙な状態にある政局を揺り動かす力を持つ。そのあまりに破廉恥な内容と同時に、国民党の元幹部でアスナール政権副首相兼経済大臣、IMFの理事長まで務めたロドリゴ・ラトの惨めな姿が、再び国民の前に曝されることになったからだ。そしてもっと続く。

 1月18日に「国民党裏帳簿事件」(参照当サイト記事 )の裁判が行われているマドリッド地方裁判所は、悪事の証拠と記録するハードディスクが破壊されたコンピューターについての18の証拠を示して、国民党による証拠隠滅の本格的な捜査を宣言した。この事件は、長年にわたる国民党の不正経理とラホイを含む大半の党幹部の違法な収入・脱税に関するもので、元国民党会計係のルイス・バルセナスがその詳細を国民党本部の2台のコンピューターに記録したと証言していたものだ。

 ラホイはすぐにそれについては何も知らないと語ったが、裁判所判事は国民党とその会計係を証拠隠滅の容疑で取り調べる決定をした。党の犯罪を一人で背負わされた形のバルセナスは、2月になって、そのコンピューターが党書記長のマリア・ドゥローレス・デ・コスペダルによって破壊された可能性を示唆した。党No.2のコスペダルはバルセナスを「嘘つきの恥知らず」と非難したが、今後もし取り調べがコスペダルに、そしてラホイにまで及ぶなら、国民党は存亡の危機に立たされるだろう。

 さらに同じ1月18日には、検察庁反腐敗委員会と全国管区裁判所の命令を受けたグアルディアシビルが、スペイン農業環境省の契約企業であるアクアメッド(Acuamed)や大手建設会社FCCの関係者など13人を逮捕し20数人を取り調べた。容疑は、国民党政権下の農業環境省からの水利施設工事受注に対する不正行為である。22日には副首相ソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアの腹心でアクアメッドと農業省との会議を取り仕切っていた首相府次官のフェデリコ・ラモス・デ・アルマスが辞任した。彼がこの不正を知っていたことは明らかだろうが、この事件の全容は今から徐々に明らかにされるはずだ。この件に関して担当判事は、国民党の大物、ミゲル・アリアス・カニェテス前農業大臣(現EU環境担当委員)が事件当時(2014年3月)に不正受注に関与したと判断して捜査を進めている。

 このアクアメッド事件で、それらの企業がバレンシアやカタルーニャなどの地中海岸での水利事業で2億2700万ユーロ(約296億円)を公金からだまし取った と言われている。それは、こちらの当サイト記事に他の実例が書かれているが、公共事業の入札の際に低価格で請け負っておいて後から「実はこれだけかかった」と高額の請求書を送るという手口である。スペインではよくある話で、検察庁と裁判所はラホイ政権が絡む悪事を徹底的に暴きだしていく予定である。これらの一連の政治腐敗追及が、国民党との同盟関係を作ろうとしていたシウダダノスにショックを与えたことは言うまでも無い。しかしもっと大きな衝撃が起こっていたのだ。


《バレンシア国民党の「解体」と暗礁に乗り上げた「大連合構想」》  小見出し一覧に戻る

 バレンシアはいままで、地方ボスによる好き放題の公金略奪、国民党と中央政府や官庁との太いパイプを利用する政治・経済の腐敗構造が、スペインで最も重厚に根付いていた場所である。言い出せばきりが無いのだが、当サイトから実例としてこちらの記事こちの記事こちらの記事にあるもので十分だろう。

 先ほどのアクアメッド事件が暴露されてほどなく、1月26日にバレンシア国民党のベテラン政治家24人が、グアルディアシビルによって一斉に逮捕された。これは検察庁反腐敗委員会の命令で行われたもので、逮捕者全員に公共事業受注の際に不正な収入を得た容疑がかけられている。検察庁は、長年「女帝」としてバレンシアに君臨し中央政界にも大きな影響力を持つリタ・バルベラーに照準を合わせているのだ。(バルベラーについては当サイトのこちらの記事を参照。)

 これは、カタルーニャでジョルディ・プジョルと長年与党として州政府を動かし続けた政党CiU(集中と統一)を崩壊に追いやった「3%事件」(参照当サイト記事)と似ている。公共事業を請け負った企業から国民党に対して請負金額の3%が「献金」として支払われるという、典型的なキックバックだ。しかし州や市町村の議員が個人的にカネを受け取っていたカタルーニャとは異なり、バレンシアでは個人の他に国民党が組織として関与していた。バレンシア国民党は架空の献金で収入を誤魔化して裏帳簿を作り、選挙などの党活動の資金をひねり出していたのである。検察庁はその闇資金ネットワークの中心にバルベラーがいるとにらんでいるのだ。

 古参の幹部を根こそぎはぎ取られた形のバレンシア国民党では、残された若手党員たちが憤懣やるかたない日々を送っている。2月2日にはバレンシア国民党の委員長であるイサベル・ボニッチらの現幹部が、同党の根本的な改造を目指して、党名を変えマドリッドの国民党本部からの独立性を高める意向を明らかにした。党の伝統的な腐敗体質のために、昨年の統一地方選挙(参照当サイト記事)でバレンシア州議会およびバレンシア市を含む大小の自治体で政権を失った若い党員たちの怒りが爆発したのだ。

 このように、国民党を巡る政治腐敗暴露の大嵐が今年に入ってスペイン中で吹き荒れている。ノース事件裁判、バンキア不透明カード事件裁判、「国民党裏帳簿事件」の証拠隠滅、アクアメッド事件、そしてバレンシア「3%事件」と「裏帳簿事件」…。もし今後も引き続いて国民党による政治経済の腐敗が明らかにされていくことになれば、おそらく国民党は今までの形での存在を許されなくなるだろう。支持者を失うことはもちろん、バレンシアで起こっているような若手党員の「反乱」が各地で起こり収拾がつかなくなる。

 このような事態に慌てふためいたのがシウダダノス党首のアルベール・リベラである。彼は国民党との連合政権を目指して、社会労働党の参加あるいは首班指名時の「協力」を期待していたのだ。しかしこの状態ではうかつに国民党との政策協定を云々できない。この党は「政治腐敗の一掃」を掲げて選挙戦を戦ったのである。

 当の国民党党首マリアノ・ラホイは、他の党の協力を得ることが不可能と見て、首班指名に名乗りを上げない態度を明らかにした。たとえ再選挙になっても、選挙までに党勢を立て直すことが可能だと考えているのだろう。というか、他に選択の余地が無いのだ。こうして、国民党、シウダダノス、社会労働党の「大連合構想」は暗礁に乗り上げてしまった。


《功を奏するか?国民党「待ち」の作戦》  小見出し一覧に戻る

 アルベール・リベラは、社会労働党の党首ペドロ・サンチェスを首相候補にしてシウダダノスがそれと組み国民党に「協力」を求める道を探り始めた。端的には首班指名時の国民党の欠席である。もちろん曲がりなりにも第1党の国民党がそれに応じるわけも無い。ラホイの、自分から先に動き出さない「待ち」の態度には党内でも批判の声が挙がっているが、なぜかラホイは余裕しゃくしゃくに見える。

 困ったのは社会労働党の一部も同様で、表だって国民党政権への協力を語ることが不可能になった。この状況を見て、あくまで「改革派政権」を目指す党首のサンチェスは、ラホイの首班指名からの撤退を見届けたうえで、ここぞとばかりに国王の推薦を受けて自分が首班指名に応じることを公言し、シウダダノスやポデモスとの同盟工作を開始した。サンチェスは交渉をまとめてこの3党が同盟を結ぶに至るまでに1か月以上の期間を見込んでいる。

 サンチェスは国民党に対して、社会労働党を中心にする3党あるいは2党の連立に協力せよと、端的にいえば首班指名の際に欠席して「改革派政権」樹立を可能にせよと求めた。もちろん国民党がそんな要求を飲むはずもなく、ラホイは一切の協力を拒否した。駆け引きの術には一日の長がある国民党は、首班指名を避けることでサンチェスを先に動かし、社会労働党が失敗するのをじっと待っているのだ。

 社会労働党とシウダダノスでは政治腐敗と失業問題を最優先課題とする共通の目標でかろうじて一致できるかもしれない。しかし税制の改革や雇用政策の具体案、国民党によって改悪された教育法や「さるぐつわ法(当サイトこちらの記事)」の廃止、憲法改革案(社会労働党は連邦制を目指す)などの重要課題で大きな差がある。社会労働党とポデモスでは、多くの点で一致できても、国際関係や地方自治権の問題では決定的な相違がある。特に、各地方の「自己決定権」と住民投票の合法化を主張するポデモスの方針は、カタルーニャ独立の承認にもつながりかねない。これは社会労働党にとって絶対に認められないところだろう。

 ポデモス党首のパブロ・イグレシアスは、社会労働党がシウダダノスと手を切る場合にのみ交渉に応じると伝えた。シウダダノスのリベラ、ポデモスのイグレシアスとの会談を終えたサンチェスは、自分を首相候補として首班指名に臨むことが非常に困難であると認めた。しかし2月9日になってサンチェスは、労働改革や教育法改革など両党がともに受け入れやすい「最小限綱領」に絞った交渉条件を示し、合意へ向けた「手ごたえ」を感じている。ただ社会労働党内部でアンチ‐ポデモス勢力が相当に強いため、社会労働党内部を割らずにこの「改革派政府」が誕生できるかどうか、微妙なところだ。

 一方で国民党ラホイは、社会労働党がポデモスとだけは結びつかないようにカタルーニャ問題を利用してけん制し、その一方で社会労働党とシウタダノスにやんわりと「大連合」の可能性を ほのめかしている。サンチェスの首班指名が失敗すれば社会労働党内でサンチェスの責任を問う声が一気に盛り上がるだろう。その機を狙って期限ギリギリのタイミングで首班指名に臨み、シウダダノスと社会労働者党(少なくとも一部)を取り込んで一気に逆転、大臣の座をいくつか譲ってでも、ラホイ政権の延命を図ることができるかもしれない。 


《今後のシナリオは?》  小見出し一覧に戻る

 いまのところだが、今後1〜2か月の間に裁判所や検察庁がこれ以上のショッキングな政治腐敗での逮捕や取り調べを行わないのなら、国民党の「待ち」の作戦が功を奏する可能性が高いように思われる。その場合、社会労働党は一気にその政治的立場と有権者の支持を失うだろう。また政府の機能が回復され次第、独立の実現に向けて突っ走るカタルーニャ州政府との激しい攻防が繰り広げられよう。

 また現在、IBEX(スペインの株式市場)上場企業の間で、機能不全に陥っている国民党に圧力をかけて政権から手を引かせ、社会労働党とシウダダノスを中心にする政府を誕生させようとする動きが起こっているようだ。基本的に反資本主義のポデモスはともかくとして、大企業主としては、様々な伝統的しがらみを持つ国民党よりもこの二つの方が、特に新しいリベラル政党シウダダノスの方が、思い通りに操りやすいのかもしれない。どの党派も所詮はその「パトロン」の手の内にある。どのみち国会での法案審議の主導権を執るのは国民党なのだ。

 ここでカギを握るのはやはり裁判所と検察庁だろう。もし近いうちにバレンシアのリタ・バルベラーや元農業大臣のカニェテスが逮捕される、国民党No.2のコスペダルが逮捕あるいは判事の審問を受け、それにラホイまでが連なる、さらに新たな大型政治腐敗事件が告発される、等々、という事態が起こるなら…。仮定の話だが、起こる可能性はかなり高いだろう。それが首班指名の期限である3月末までにあれば、いくら待ってもラホイの政権はもはや成立不可能になる。

 それに関連するもう一つの不安定要素が国民党内部での変化である。先ほどのバレンシアの例もあるが、国民党内部で古参の幹部を切り捨てて刷新を図る動きが水面下で起こっているようだ。特に現ガリシア州知事のヌニェス・フェイホオが党改革の中心となるだろうと噂される。もし国民党が、ちょうどカタルーニャでアルトゥール・マスを引き下げたように、「腐敗の象徴」と化したラホイやコスペダルなどの現執行部を引き下げ「新しい顔」で臨むなら、サンチェスによる社会労働党中心の政権作りが失敗した後に新しい形で「大連合政権」が可能かもしれない。

 しかし、もしそういったあらゆる政権作りが失敗すれば、国家の「全身麻痺」と「分裂の危機」が延々と続き、カタルーニャ独立準備の作業だけが着々と進むことになるかもしれない。昔なら軍事クーデターが起こっただろうが、EUの機構の中でそれは不可能だ。もし軍による不穏な動きがあればブリュッセルの大規模な干渉が行われるだろう。しかし逆に、もしEU委員会にその力と決断力すら無いのなら、スペインの政情不安がEUの崩壊を開始させるだろう。

 議会と政府の機能停止状態の間に、ヨーロッパ全体の情勢に深刻な事態が訪れなければ幸いである。リーマンショック並みの経済危機、あるいは難民・テロ問題による重大な政治危機がヨーロッパを覆えば、政治的決定力を失っている国家にそれらへの対応力はあるまい。「ゾンビ国家」として(参照当サイト記事)何とか姿だけを保っているこの国が本格的に壊死・解体してしまう。それはEU全体に壊滅的な悪影響を与えるだろう。私としてはひたすらそんなことが起こらないように祈るしかない。

 当サイトのこちらの記事こちらの記事でも書いた通りなのだが、私はこの何年間かに見られるスペインの裁判所や検察庁のような司法機関の動き、マスコミの政治報道、そしてカタルーニャ独立運動の進み具合について、胡散臭い不自然さを感じてきた。特に選挙期間や首班指名の期間に合わせて、選挙や政局の動きに直接に重大な影響を与える事件捜査と逮捕が、予め計ったように着々と実行されるのだ(参照当サイト記事)。そのようなシナリオを実現させる何らかの巨大な力があるのだろうか? もしそういったものがあるとして、一つだけ確実に言えることは、それが冷戦期のヨーロッパに合わせて作られた「78年体制(参照当サイト記事)」の廃棄を望んでいる、ということである。


《その一方で棄て置かれる国民経済と生活》 小見出し一覧に戻る

 そんなゴタゴタの一方で、実質的な国民の経済と生活は棄て置かれる。ただでさえスペインは、国内総生産の99.82%に上る約1兆680億ユーロ(約139兆円)もの公的債務を抱え、それが増えこそすれ一向に減る気配を見せないような国だ。借金によって破綻した経済の実態を新たな借金によって覆い隠す体質から脱することは、少なくとも短期・中期的には不可能だろう。これでも何とか回っているうちは良いのだが、いったんつまずいたら国民の生活は一気に地獄状態に陥る。

 今年1月初めに公表された労働雇用省のデータによれば、2015年12月時点でスペインの失業者は前年より35万4千人減って409万人になり、また1年間に新たな53万3千の雇用が作り出された。それでもまだ失業率は20.9%であり、25歳未満の若年層失業率は46%に上っている。ただしこの失業の減少は12月のクリスマス・年末商戦によるものが大きく、1月の統計ではすでに失業が5万7千増え、企業が社会保険の支払いを行う正式な雇用の20万件以上が失われた。つまり、雇用されていても社会保険を払えない不安定な短期雇用に回される者が急増していることを意味する。

 昨年中に増えた雇用にしても、その92%が短期雇用に他ならない。スペインでは社会保険の支払いの中に年金の積み立て分が含まれており、社会保険の支払いができなければ、いまの健康保険はもとより、将来の年金額すら保証されなくなる。さらに、1年以上の長期の失業者が300万人近くにも上り失業者全体の60%を占めている。しかもその多くが45歳以上の、本来なら家族の生活を支えるべき家長なのだ。

 筆者の知っている人々の中にもそんな例が複数ある。政府からの月額400ユーロ(約5万3千円)ほどの補助金と、自分の父親や母親が受け取っている年金を少し分けてもらう、妻や子供たちが短期雇用の仕事を見つけてわずかに家計の足しにする、などで、最近再び上昇し始めた家賃を何とか払いながら、文字通り爪に火をともす生活を送っている。そんな不安定な生き方しかできない人が2011年以降急激に増えており、これで再び景気の悪化が始まればまともに生活できなくなる人が激増するだろう。

 またこれは世界的な傾向だが、貧富の差が所謂「経済危機」が始まって以来急激に拡大している。OECDの統計によれば、2007年から2014年の間にヨーロッパの中で、スペインはキプロスに次いで経済格差が激しい国だ。同じように破滅的な危機状態にあるポルトガルやアイルランドが逆に格差を縮めつつある中で、スペインは大陸ヨーロッパのどこよりも貧富の差が拡大している。Oxfamによれば、この7年の間にスペインでの格差の拡大は、ギリシャでのそれの14倍にも上る。2014年の段階で、上から10%にいる人々がスペインの富の58%を所有している。そしてその格差は年々激しくなってきている。2015年にスペインの上位200人の収入は前年比で16%も増えているのである。

 バルセロナでは貧しい地域と豊かな地域の生活の格差(参照当サイト記事)がますます広がりつつある。高級住宅街であるパドラルバス地区に住む家族の平均収入は、最も貧しい地区トゥリニタッ・ノバのそれの7.2倍である。これはもちろんその地区に住む家庭の平均だから、個々の例を見ればその格差ははるかに激しいものになる。マドリッドでも同じように住宅地区による格差が拡大しつつある。各都市で、いずれは貧民窟と高級住宅地に二分化されるのではないかと恐れざるを得ない。

 これは「経済の危機」というよりは、人間とその社会そのものが直面する危機だろう。マスコミが「温暖化」とか「ロシアの脅威」などで危機を適当に誤魔化していても、目の前で進行し自分の身に降りかかる危機を誤魔化すことはできない。私は以前に、スペインの国家的な死と「腐肉」を取り除いたうえでの「解体処分」を予告した(参照当サイト記事)。どうやらスペインにいる地域密着型の伝統的な保守政治家は取り除かれるべき「腐肉」の一部であるようだ。この1〜2年でスペインとカタルーニャがどのように変化するのか、今の状態では確実なことが予想できない。しかしどうなったとしても、我々はその中で、生きることのできる限り生きていかねばならないのだ。


2016年2月8日 バルセロナにて 童子丸開

inserted by FC2 system