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シリーズ: 『スペインの経済危機』の正体(その7:最終回)

狂い死にしゾンビ化する国家

小見出し一覧:2段目以降は、クリックすればその小見出しの箇所に飛びます】
●「救済」に抵抗?するスペイン政府
●市場の数字は神の声
●ネオリベラル経済による福祉国家の破壊
●私有される世界


●「救済」に抵抗?するスペイン政府

 この半年間のスペインで最大のミステリーはラホイ政権が「救済(rescate)」という言葉を徹底的にタブー視している点だろう。「(その4) 「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇」でも書いたことだが、スペイン政府は今(2012年10月初旬)にいたるまで、EU、欧州中央銀行、IMFのトロイカはあくまでもスペインの銀行に対する「資本組入(recapitalización)」を行うのであり、「スペイン国家に対する救済」はありえない、と主張し続けているのだ。しかもラホイ政権はその「資本組入」すら、受けるとも受けないともつかぬあいまいな態度をとり続けている。10月6日付の英国紙エコノミストはそのようなラホイの姿勢を「mysterious」とまで形容している。
 スペインの国債(ソブリン債)を購入する主体はどのみちスペインの銀行だし、そもそもが、スペインという国家が自分の国の銀行をなんともできないからこそトロイカによる銀行支援があるのだから、要するに「国家に対する救済」以外のなにものでもない。市場関係者を含めて世界中の人々がそれを「スペイン救済」と見なしている。実際に、アスナール〜サパテロ政権のバブル経済時期を通して、1兆ユーロ(おそらくそれをはるかに超える)規模にまで膨らんでいる公的負債を、スペイン国家独自の力で返済できるとは到底考えられない。加えて同様に膨れ上がっている私的な債務があるのだ。
 ところが彼らは、6月20日に財務相クリストバル・モントロが語気を荒げて公言したように、「スペインは救済されたのではない。我が国は救済を必要としていないのだ」という虚勢を崩そうとしない。つい先日も、6月に「トロイカ」が決めた1000億ユーロ(※以下100億ユーロ=約1兆円)までの「スペイン救済」について、経済相のデ・ギンドスが「そのうちの600億ユーロを銀行への『資本組入』に使うだけだ」と強調した。どうせ実質的に破産しているのだから、早く両手を挙げて「誰か助けてください」と言えばよさそうなものだが、なぜかスペイン政府与党だけでなく最大野党の社会労働党までが「救済」を拒否し続けている。
 エル・パイス紙などは「スペイン政府は少しでも有利な救済の条件を引き出すために抵抗のふりをしているのではないか」と疑っているようだが、彼らがそんな腹芸のできるほど優秀な政治家とは思えない。そもそも「救済が無ければとうに破産している」ことをすでに世界中に見抜かれているのだ。とはいえ、彼ら全員が愚かにも本気で「スペインは救済を必要としていない」と信じ切っているとも考えにくい。

 この「救済」に関しては、反IMFの姿勢で論陣を張るノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・E..スティグリッツ(コロンビア大学教授)も、「救済を求めるのは自殺行為だ」とスペインに警鐘を鳴らす。もちろんそれは、かつて中南米諸国やアフリカ諸国を貧困と独裁政治に縛りつけ欧米の大資本に隷属させたIMFの手口を研究したうえでの発言である。スティグリッツ教授はまた「緊縮財政が経済を死滅させるだろう」という警告も発しているのだが、かつて第三世界を荒らしまわったIMFや世界銀行の「救済」と「構造調整」はいま、欧州諸国の「弱い輪」を狙い撃ちしているようだ。
 しかしラホイなどがスティグリッツの視点から「救済」を拒否することはありえない。彼らは一貫して、スペインの金融機関の経営が破綻した原因とその過程明らかにすることを拒絶し、バブル経済に踊った銀行責任を問おうとすらしないのだ。「危機」の原因を冷静に見つめて取り除こうとする姿勢など微塵も無く、単に「尻拭いの仕方」を巡って右往左往しているだけである。要するに彼らは、近代欧州の政治家というよりは、むしろ中南米の伝統的な寡頭支配層――かつてスペインやポルトガルなどから米大陸に渡った強盗たちの子孫――とその取り巻きに近いのではないか。
 欧米の資本家たちは中南米やアフリカ諸国で、自分の懐具合のみに関心を持ち愛国心のかけらも無い寡頭支配者たちの特徴を見抜いたうえで、彼らと手を組んで商売してきた。欧米資本はそんな国のでたらめな経済に目をつけ、MFや世界銀行から融資を受けさせて破綻に追いやったが、ビジネスパートナーである寡頭支配者たちには損をさせずに、リフォーム(構造調整)と緊縮財政のツケを大多数の国民に回した。逆らう者がいればCIAが支援する独裁者とテロリストを使ってに徹底的に弾圧した。そうしてその地域の資源と資産を欧米企業の手で「民営化=私物化(privatization)」していった。
 これが初期の「ネオリベラル経済」の真顔なのだが、同様のプロセスが欧州諸国で進行しているように思える。2001年に911事件と同時並行的に起こったアルゼンチンの国家破産以後、もっと「喰らい甲斐」のある欧州(そして日本)にその毒牙が立てられたのだ。チリのピノチェットからアルゼンチンのメネムにいたる20数年間はおそらくその「実験段階」で、その間に政治的に巨大に台頭してきたのが米国ネオコンである。彼らこそネオリベラル経済が世界を支配するための戦闘部隊であり、911事件イラク戦争から現在の欧州経済危機までの過程は進化したネオリベラリズムによる「世界の中南米化」に他なるまい。皮肉なことに、いま中南米諸国は必死になって過去の悲惨さから抜け出そうとしているのだ。

 結局この者たちは、国家が「救済」を受けることによって腐敗しきった国家のシステムにメスが入れられ、スペイン国民と世界にその正体がばらされて自分たちの利権構造が解体されることを死ぬほど恐れている、それがこの「救済への抵抗」の真相なのだ、という以外にはあるまい。経済危機の根本原因を大慌てで覆い隠して(おそらく膨大な量の証拠が破壊されたと思われるが)、金融機関に対する「資本組入」だけで表面上をごまかしながら、以後何十年間も下層大衆から搾り取れるだけ搾り取り続けて、「危機」が頭の上を通り過ぎるのを待つ気なのだろう。
 これに関連して、元ムーディーズ副会長Christopher T. MahoneyによるNo, Prime Minister, Spain Is Not Ugandaをお読みいただきたい。彼は今のスペインをかつてのエンロンと比較して論じるが、エンロンは解体されその幹部は犯罪者として逮捕された。まさに彼の指摘するとおりだろう。スペインやイタリアなどの政府にとっては、ドイツなどが死守しようとしている国家の権限と責任など、あってもらっては困るのだ。
 国際的な大資本家たちは、かつて中南米でやったのと同様に、そういった彼らの特性を知り抜いて自分たちのアジェンダ遂行に利用しているのかもしれない。国民の恨みつらみの処理は全てこの者たちに負わせればよいわけである。


●市場の数字は神の声 【小見出し一覧に戻る】

 先ほどのスティグリッツ教授はIMFを厳しく指弾するが、もちろんそこは金融市場を動かす米欧大資本の「顔」である。そして欧州中央銀行の会長はゴールドマンサックスとつながるマリオ・ドラギでありIMFとは一蓮托生、S&Pやムーディーズなどの大手格付け会社も同様である。ここで、2012年前半にスペインに対して、何がどのように攻撃を仕掛けて破滅に追いやっていったのか、その過程を振り返ってみることにしたい。10年以上も前から彼らが続けてきた「対欧州戦争」のクライマックス・シーンである。

 2011年11月20日の総選挙でマリアノ・ラホイ率いるスペイン国民党は、社会労働党政権を終わらせ下院での絶対多数の議席を獲得した。すぐさま米国の銀行JPモルガンとメリル・リンチは、ラホイ政権の能力を疑い必要な緊縮財政が国民の反発に遭って遂行できないことへの懸念を示した。EUも即座に「根本的変革」を求めて圧力をかけ、11月22日には10年物スペイン国債とドイツ連邦債の利回りの差を表すリスクプレミアムが463ベーシックポイントにまで一気に上昇し、スペインは国債の売却による収入をほとんど期待できなくさせられた。
 これらの動きが首相就任直後のラホイに対してどれほど大きな圧力と脅迫になったか、容易に想像が付く。11月28日に格付け会社ムーディーズがユーロ圏の混乱と格付けの下落を予測すると、ラホイは12月8日にドイツのメルケル、フランスのサルコジ、EUのバロッゾなどとの会合で、経費削減のための労働改革を忠実に実行することを約束した。リスクプレミアムはその態度を確かめるように、300近くにまで下がっていった。
 年が明けて2012年1月9日にムーディーズは、ラホイ政権に対してより厳しい人員整理とラホイが立てた計画の2倍の経費削減を要求した。翌日の1月10日にラホイは「痛みを伴うが他に選択の余地が無い」と語り国民に税率の引き上げを告げ、続いて同月26日に経済相のデ・ギンドスが米国、ドイツ、IMFに対してスペインが予定する緊縮財政の実施計画を説明した。2月16日にムーディーズがアンダルシアやカタルーニャなどスペインの8つの州が発行する地方債の格下げを通告すると、スペイン政府は翌日の17日に全国の公的企業幹部の給料を30%カットすると発表した。しかしその後、リスクプレミアムが再びじわじわと上昇して3月末までに300台後半に達しスペイン財政を圧迫していった。
 4月4日には欧州中銀のマリオ・ドラギが「金融市場はスペインの更なるリフォームを望んでいる」と語り、翌5日にリスクプレミアムはあっさりと400を突破した。その翌日の4月6日には、デ・ギンドスが次のリフォームは特に公的教育と医療に集中することを告げ、与党国民党は「不必要な医療サービス」を切り詰める方針を打ち出し、4月9日になると政府が公的教育と医療の分野で100億ユーロ分を切り捨てる決定をした。こういった政策決定を確認したうえで、4月30日にムーディーズはスペイン政府による教育と医療の切捨てを賞賛したのである。まるで飼い犬の頭をなでるかのように・・・。
 一方でこの間、ワシントンにあるIMF本部では「次のベイルアウトを宣言する国はどこか」「それはいつか」「介入が可能か」といったことが盛んに話し合われていた。もちろんスペインを念頭に置いたものである。デ・ギンドスは4月23日にIMF本部を訪れてスペインの財政状況とリフォームの予定の説明をすることとなった。おそらくその場で要請を受けたものと思われるが、4月30日にスペイン政府は全国にあるインフラ施設と交通機関の「自由化」、つまり私有化の方針を打ち出し、5月4日には具体的に国有鉄道の一部の売却・私有化を検討すると発表した。こうしてスペインの「中南米化」が徐々に具体的な動きを見せていく。しかしリスクプレミアムは4月中はまだ400代前半で不気味に上下していた。

 その後の経過は「(その4) 「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇」で詳しく書いているが、5月8日にバンキア銀行の部分的な国有化が決定されスペインの経済「雪崩」が本格的に開始した。しかし「スペイン救済」を巡るEU内での意見の対立とラホイ政権自体の「救済拒否」のジェスチャーが、事態を一層混乱させることになった。リスクプレミアムは8日から5月30日までの間に100以上も上昇し536に達している。もはやスペイン政府が自力で資金を集める力などどこにも探しようが無い。同時にユーロに対する信用も地に落ちていくことになる。しかしそんなゴタゴタが表面化する以前の2012年1〜3月期間にスペインから971億ユーロ(3月の1ヶ月だけで662億ユーロ)の資本逃避が起きていた。
 6月に入るとIMFとEUからの「救済」圧力は急激に強くなり、同時にリスクプレミアムが500を超え600に近づくことすらあった。万策尽きたスペイン政府はEUに対してこっそりと1000億ユーロ規模の支援要請を行っていたのだが、それが政府自身の口から国民に告げられることは無かった。そして6月9日にユーログループがスペインに対する大規模支援を決定したが、その方法についてドイツがIMFや欧州中銀と厳しい対立を続け、その中でIMFとモルガンスタンレーなどは欧州内の銀行と財政・金融の全面的な統合を求めた。IMFは、あくまで国家の主権と責任を明確にした上で救済を実施させようとするドイツを厳しく批判し、スペインの銀行に対する「資本組入」、つまり政府を通さない救済を行うようにEUに圧力をかけた
 そして6月15日にはIMFがスペイン政府に対して消費税の値上げと公的機関の給与の削減を要求したのである。ラホイはすぐに、IMFの求めるような消費税値上げの予定は無いと国民に説明したが、その浅はかな嘘は1ヶ月もたたないうちに化けの皮をはがされることになる。7月10日にユーログループは消費税の値上げや公的サービスの大幅カットを含む32条の厳しい条件をつけた上で最大1000億ユーロの銀行支援を決定し、ラホイ政権は一も二も無くそれに従った。しかも彼らはその計画の詳細を国民に隠そうと試みた
 そして7月に入るとリスクプレミアムが「駄目押し」的に639にまで上昇しラホイ政府を震え上がらせた後で、7月26日の欧州中銀ドラギによる「ユーロ防衛のためにあらゆることをやる」という発言によって、たった1日で560ベーシックポイントにまで下がり、6000ポイントを割っていたスペイン株式市場は6300台にまで上昇した。スペインの政治家や官僚たちがIMFと欧州中銀に逆らうことは、もはや不可能である。

 お分かりだろうか? 市場の数字こそ「神の声」であり、その「神の声」を導き出す格付け会社は「巫女」であり、IMFや欧州中央銀行などの機関がその「神官」なのだ! 

 4月4日にドラギが語ったように、金融市場が「スペインの更なるリフォーム」を望んだ。一私企業に過ぎぬ米国の格付け会社が、独立国家に対してその具体的内容まで指示を送ったのである。スペイン政府は、激しく変化するリスクプレミアムと株式市場の数字に震え上がり、平身低頭の体でその命令に従った。そして銀行への「資本組入」という餌にしゃにむに飛びついた。彼らにしてもこれで危機の原因についての政治責任を問われる心配が一切なくなった彼らは「見えざる神の手」の中にしっかりと掴み取られたのである。
 その途中でスペインは、欧州中銀執行部の席を失って自らの経済政策を自ら決める力を剥奪され、ついでに英国のアシュトンによってEUの外交政策に対する発言権も取り上げられてしまった。要するに「禁治産者」となったのである。この国はいま、国民でも、国民が選んだ政治家でも、あるいは自国の官僚でもなく、どこか「雲の上」から伸びてくる「手」によって運営される「欧州の一地方」に成り下がりつつあるのだ。9月18日にユーログループのジャン・クロード・ジュンケルはスペイン政府に対して、救済は「非常に厳しい緊縮とリフォームを伴う」だろうと注意を促したが、ラホイの政府はその忠実な執行機関としての動き以外を許されないだろう。
 それにしても奇妙な話だ。「銀行に対する直接の救済」で、どうして、25%の失業率と収入の低下にあえぐ国民が、21%もの消費税と公教育・公共医療の切捨てに苦しまねばならないのか? 苦しむべきは銀行ではないのか? 
 2012年10月8日付のエル・ムンド紙は、スペイン経済危機の犠牲者への支援を呼びかける赤十字社の声を伝えている。彼らは30万人を超す飢餓線上の極貧層(その大半が失業者の家庭)の生活を懸命に援助しているのだが、そこはアフリカでも東南アジアでもラテンアメリカでもない、ユーロ圏第4位の経済力を持つ(はずの)スペインでの話なのだ。


●ネオリベラル経済による福祉国家の破壊 【小見出し一覧に戻る】

 スペインにネオリベラル経済を招き入れ、米国ネオコンと手を結ぶことで欧州ネオコンの代表格となったホセ・マリア・アスナール(元首相1996〜2004)はいま、世界のメディア支配者ルパート・マードックが運営するニュース・コーポレーションの幹部となっている。その彼は2012年9月にマードックから給料を7・6%上げてもらって上機嫌だった。そして軽くなった舌で次のようなことを語ったのである。
 「スペインは国の近代化を必要としている。もっとフレキシブルでもっと規律正しい国にだ。…いまのスペインには二つの大きな問題点がある。まず国家モデルであり、それは機能しておらずリフォームを必要とする。そして次には福祉国家である点だが、それはまかないきれないものだ。」
 「近代化」「フレキシブル」「規律正しい」・・・。これだけ並べていったい何を言いたいのかさっぱり分からないのだが、彼の本音は後半の「福祉国家はまかないきれない」という点にあるのだろう。これは米国にいる彼の同類を見ればすぐに分かることで、国民の15%が食料切符で何とか命をつなぐ貧困超大国が彼の理想なのだと思われる。先日「税金を払わない者は相手にしない」などと本音を吐いたロムニーといい勝負だろう。
 続いて9月20日には自らが主催するシンクタンクFAESの「2012年ラテンアメリカの自由化アジェンダ」の基調演説で、こんなすばらしいことを言った。
 「貧困と戦うために犯罪に立ち向かわねばならない」、「いわゆる『21世紀の社会主義』の政府はますます孤立しており、この地域での影響力をますます失いつつある」、「今日ラテンアメリカでは中産階級が爆発的に増えており、以前の国際的な財政危機を乗り越え、世界の他の地域よりも良い状況にしたという誇りを感じることができる」。・・・。

 彼がラテンアメリカで忌み嫌うのは何よりもウゴ・チャベスのベネズエラであり、それと共同歩調を取るエクアドル、ボリビアなどの『21世紀の社会主義』諸国である。チャベスは私物化されていた資産を再国有化し、資本家の「略奪の自由」を抑えて下層階級の生活と教育の向上に力を注いでいるため、上流階級と中産階級からは「独裁者」「ポピュリスト」として怨嗟の的になっている。この点がアスナールの頭の中では「犯罪」の代表なのだろう。
 世界で最も激しく貧困と戦いつつあるチャベスに限りない敵愾心を燃やすアスナールにとって、「貧困」とは「上流・中産階級がもうからないこと」に違いあるまい。現にアスナール〜ラホイの国民党政府は、高額所得者の財産と収入だけはいかなるリフォームの中でも死守し続けているのだ。確かにこれでは、アスナールなどの欧州ネオコン・ネオリベラリストにとって、「貧乏人に富を分け与えるような国家」は「まかないきれない」ものになることは間違いない。

 ある国家が危機を迎えるときに、もしそれが文字通りの「国民国家」というのなら、少なくともその国の国籍を持つ者全員が自らの出せるものを出して国を救うはずである。金を持つ者は金を出し、知恵を持つものは知恵を出し、力を持つ者は力を出して・・・、という具合にである。しかしこのスペインで何を見ることができるのか?
 金を持つ者ほど金を出さず、知恵を持つ者は国の中で知恵を発揮する場を失い、力を持つ者は生産の場から追い出されている。これが事実だ
 当シリーズの『(その5) 学校を出たらそこは暗闇』でも申し上げたとおり、スペインは優秀な若い世代を大量に失いつつある。このような国はその未来の存在を失うしかあるまい。「国民国家」という概念を信じている人の目が、もし事実を正確に見るならば、「狂ったスペイン国家は死に向かって突っ走っている」と言うしかできないだろう。
 金融市場に君臨する大銀行とその代弁者であるIMFや格付け会社は、国家に対して真っ先に公共部門と困窮者の生活の破壊を要求する。彼らは福祉国家を根っから忌み嫌い、一つの国家を、あらゆる富と力を握る少数者と、あらゆる富と力を失った多数者に分断する。彼らは、欧州にかろうじて根付いている福祉制度の制度を破壊することによって、金融機関による社会の直接支配を推し進めているが、その視野にはもはや形式的な「国民国家」の姿すら存在しない。
 アスナールは、高まりつつあるカタルーニャ独立の気運に激怒して「誰もスペインを分裂させることは許されない」と語る。しかし、本当にスペインを分裂させているのはカタルーニャでもバスクでもない。「福祉国家はまかないきれない」と語るその者たちが、スペイン国家を分裂させ「狂い死に」に追いやっているのである。

 ついでに言っておくが、カタルーニャやバスクでの分離独立運動は「熱病的」な盛り上がりを見せている。これは歴史的に存在する民族問題という以上に、人々の盲目的な感情を煽って経済の問題から目をそらさせるために意図的に仕組まれた茶番劇の可能性がある。この点ではスペイン政府にとっても自治州政府にとっても利害の一致するところだろう。FCバルセロナのような圧倒的な人気を誇るサッカーチームまでその「出汁」に使われているようだ。
 一方でカタルーニャ州知事アルトゥール・マスは、10月5日のニューヨークタイムズ紙とのインタビューで、「我々の理想はカタルーニャがヨーロッパ連邦の一部となることだ」と語り、カタルーニャが欧州で12番目の経済規模を持つ国家となるだろうと発言した。今年になって不自然なまでに盛り上がっている分離独立運動は、欧州の統合を進める勢力に後押しされているのかもしれない。莫大な州財政の赤字を抱え、本来ならマドリッドに平身低頭の体で支援をお願いしなければならないマスの、やけに自信たっぷりの言動が、「独立熱」に浮かれたカラ元気だけとは考えにくい。


●私有される世界 【小見出し一覧に戻る】

 「国民国家」についてより本質的なことを言えば、「国民が主体となった国家」など、歴史上かつて存在したためしがないのだ。引用はしないがこちらの田中宇氏による論文『米中関係をどう見るか(2012年8月3日)』をぜひお読みいただきたい。田中氏は、私が目も眩む欧州の階級社会の中で感じてきたことを、そのままに表現してくれている。「主権在民」といった概念は単なる見せかけに過ぎず、近代の世界に実際に存在するのは、支配階級による利権の追求と、被支配階級に「主権者」としての心地よい幻覚を信じ込ませ続けるための様々な装置、そして悲惨な運命に振り回される被支配階級の現実だけである。
 「危機」に見舞われ国民の幻覚を維持できなくなった国家にあるものは、支配階級によるむき出しの収奪と暴力だけだしかし事態はもっと悪い方向に向かっているように見える

 EUの中で国家の主権と責任を重視したいドイツに対する攻撃とその孤立化は、「ギリシャ救済」を巡る混乱の過程で明らかになってきた。これに関連して、引用はしないが、こちらの美濃口坦氏による貴重な報告『ユーロ圏のクーデター−5月7日に起こったこと 2010年06月01日(火) :萬晩報』をごらんいただきたい。もちろんドイツにしても、スペインの銀行にバブル期を通して大規模な出資をしており、自国の銀行をスペインと心中させるわけにもいかず、その「救済」はなんとしても実現させなければならない。その意味ではIMFやEU本部、欧州中銀とは利害が一致しているのだが。
 EUとユーロに対するドイツとフランスの基本姿勢の違いは、フランス大統領の交代にも関わらず続いている。そして2010年の時点と異なるのは、この論争にIMFが巨大な姿で登場してきたことである。2011年にニューヨークで起こったIMF会長ストラス・カーンの失脚劇がいったい何だったのか、首を傾げざるを得ないのだが、彼の後を継いだ元サルコジ政権の閣僚クリスティーヌ・ラガルデは、明確に米国巨大資本の代弁者として振る舞っている。また欧州中央銀行の会長の席が、ゴールドマンサックスの重役だったマリオ・ドラギに与えられたのは2011年11月である。そしてサルコジ〜オランデとともにドイツを封じ込めようとするイタリアのマリオ・ポンティもまた元ゴールドマンサックスの重役、スペインの経済省ルイス・デ・ギンドスにいたってはあのリーマンブラザーズの欧州での代理人を務めていたのだ。
 ベルリンはスペインの銀行に対する「資本組入」計画に反対し続けており、それが2013年の1月以前に実現するかどうかは微妙な情勢である。しかしドラギは、バンキア銀行の事実上の破産とスペイン経済崩壊のさなか、「欧州バンキング・ユニオン(日本語の説明)」の設立を提唱した。それは欧州内の銀行の監督や危機管理を一手に引き受ける管理機構であり、スペイン「救済」を巡ってその設立への道が既成事実化されつつある。その流れにあくまで反対するドイツと、それを進めようとするフランス・スペインとの間にある対立は当面溶けそうにもなく、バンキング・ユニオンの本格的な設立も来年初頭に間に合わないかもしれない。しかし米国の巨大銀行とIMFの意思を代弁するドラギがその計画を後退させることは無いだろう。

 そしてマドリッドでは今後の欧州とスペインを象徴する事態が進行中である。2012年9月初旬に、米国ラスベガスのカジノ経営者で米国を代表する大富豪シェルドン・アンデルソンは、ユーロベガス(欧州版ラスベガス)の候補地をマドリッド郊外のアルコルコンに決定したと発表した。このユーロベガスについては、昨年からマドリッドとバルセロナが激しい誘致合戦を行っていたのだが、カタルーニャ州政府はアンデルソンの決定が発表される直前に、ユーロベガスを諦めてその代わりに総合娯楽都市「バルセロナ・ワールド」を建設する方針を打ち出した。
 アンデルソンはカタルーニャ州政府に対して、候補地の近くにあるバルセロナのエル・プラット空港を移転させよだの、スペイン・サッカー一部リーグに所属するエスパニョールの球技場を潰せだのといった、いったい何様なのだと言いたくなる無理難題を押し付けてきたのだ。「バルセロナ・ワールド」が成功するかどうかはさておいても、アルトゥール・マス州知事がユーロベガスに見切りをつけたのは賢明である。この、ロムニー米国大統領選挙共和党候補の最大のパトロンで、ウルトラ・ネオコン新聞ラスベガス・サンズのオーナーであるシオニスト・ユダヤ人の根っから厚かましさは、IMFを通して世界を私物化しようとする米欧巨大資本の姿勢と軌を一にしている。
 逆に、スペインのネオコン・ネオリベラリストの代表格であるマドリッド州知事エスペランサ・アギレはこの決定を手放しで喜んだ。彼女はこの9月17日に突然「一身上の理由」から州知事を辞任したのだが、健康上の理由や家族の要望などがマスコミでは語られている。しかしどうやら、自分が経営する旅行会社の運営に専念したい様子がうかがわれる。ユーロベガス誘致の成功を受けてのものだろう。米国の大資本家から頂戴できるおこぼれが、マドリッドの政治家と官僚の上層部に振りまかれるだけではなく、この計画に参入する企業をふんだんに潤すと想定されているからだ。
 しかしこの誘致は同時に、スペインに大きな問題をもたらすだろう。アンデルソンはカジノ内での喫煙の自由を要求している。スペインでは2011年以来、個人の住居とホテル客室の30%を除くあらゆる建物の内部での喫煙が厳しく禁止されている。もしユーロベガスを建設するのなら、この法律を改正するしかない。さらにもっと大きな困難がある。アンデルソンはユーロベガスで働く者たちの組合結成を認めないと語った。しかし労働組合結成の自由はスペインの憲法で保障されている。もしどうしてもマドリッド郊外にこのカジノ都市を作るのなら、憲法の改正、あるいは憲法の条項に例外規定でも設けるしかあるまい。
 スペイン政府がどのような態度を取るのか見ものだが、目の前に巨大な利権をぶら下げられたスペインの寡頭支配者どもの行動は予想が付く。私欲の前には国家の主権もへったくれもないのだ。そしてそうなったときに初めて、多くの人々はスペインが国家としてすでに死亡していたことに気が付くのかもしれない。願わくは、本格的なユーロベガス建設の前にアンデルソンが破産するか、高齢の彼にこの世から立ち去ってもらいたいものだ。

 類似した動きとしていま日本を絞め殺そうとしているTPPの本性をじっくりとご研究いただきたい。それは国家の主権の上に私企業の権益を置き、他国の主権を平然と踏みにじる条約である。先ほどのユーロベガスの例は今のところシェルドン・アンデルソン個人の意思かもしれないが、TPPはそれを法制化し普遍化しようとするものだ。もしTPPが締結されたなら日本は、社会の隅々まで米国企業とその背後にある巨大銀行の意のままに動く国にならざるをえない。このような流れが世界中で同時に作られていることに、非常な注意が必要だろう。これは資本主義による世界に対する全面戦争なのだ。
 2007年にリーマンブラザーズが倒産して米国経済が危機を向かえ、それがスペインのバブル経済崩壊の引き金を引いたわけだが、そのとき以来、西側世界の主要国で交代していない国家指導者はドイツのメルケルだけである。その彼女も2013年のドイツ総選挙で一線から退く可能性があるだろう。ギリシャやスペインなどの「支援」で国内の資金を持ち出さざるを得ないメルケル政権に国民の反発が強いうえに、ピントの外れた「ドイツ悪魔化」で彼女を攻撃する者たちが国内外にいるためだ。しかしドイツの政権が社会民主党に変わったならば、ドイツは抵抗することをやめてやすやすとIMFと欧州中銀の仕掛けるワナにはまっていくだけだろう。
 一方では、この「経済危機」のさなかで、ゴールドマンサックス(ロイド・ブランクファイン)、JPモルガン・チェイス(ジェイミー・ダイモン)、バンクオブアメリカ(ブライアン・モイニハン)、シティグループ(ヴィクラム・パンディット)と、首脳陣が交代した巨大銀行は存在しない。本来なら「危機」に最も責任がある者たちのはずなのだが、彼らは悠々と世界経済の頂点に君臨している。彼らにとっていまは危機ではなく、逆にすばらしいビジネスチャンスなのだ。今まではそれぞれの国の国益という壁が彼らの貪欲さの前に立ちはだかっていたのだが、今後はおそらく一つの国の金融と財政を直接にコントロールし、その国にいる代理人にそれが国益であると言わせればよいのである
 そうなればもはや「ゾンビ化された国家」としか言いようがあるまい。そしてそれはいずれ国民国家の抜け殻をも投げ捨て、「国益」などという見せかけを語る必要すらなくなるのかもしれない。日本といいスペインといい、こんな超現実が現実化していく姿を、我々は目の前に突きつけられているのだろうか。


 私は当シリーズで、様々な「専門家」たちによる論評や観測ではなく、数年かけて毎日のようにマスコミ報道を比較しながら拾い集めた無数の事実、十数年間で実際に現地で見聞きした事実を、ありのままに記録し並べてみた。事実に現れるスペインの生の姿、巨大な資本の仕掛けた詐欺に自ら喜んではまりにいき、その結果として狂い死にを向かえゾンビ化していく姿は、日本語はおろか英語ですらほとんど報道されることはないのだろう。こういった生のままの事実は見る人を耐え難い思いにするのかもしれない。しかし「誰かがやらねばならない」という思いだけで続けてきた。他にやっている人を知らないからだ。
 今後は、市場の数字の上下や表面的な政策だけが切れ切れに現れて、世界の人々はそれがスペインの現実として認識されるのかもしれない。しかし、いまの「不況」「危機」は、単なる「処理」「尻拭い」にすぎない。増税による全ての増収がバブル時期の利子の支払いだけで消えてしまう。私はその原因と途中経過まで含めての「危機」の全体像を、何とか記録しておきたいと考えただけである
 それをもう少し正確に把握し整理する作業と、その教訓を日本の未来に対する警告として生かしていく作業は、日本人の未来に鋭い問題意識を持つ経済や政治や社会の専門家にお任せしたい。その際にこのような記録が、ささやかにでも何らかの足しにでもなれば、私としてはこの上ない幸いである。

(『スペイン経済危機』の正体シリーズを終了します。ご笑覧ありがとうございました。)
(2012年 10月初旬: バルセロナにて 童子丸開 拝)


シリーズ: 『スペインの経済危機』の正体
(その1)スペイン:危機と切捨てと怒りのスパイラル 【Socialist Review誌記事全訳】
(その2) 支配階級に根を下ろす「たかりの文化」
(その3−A) バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン
(その3−B) バブルの狂宴が終わった後は
(その4) 「銀行統合」「国営化」「救済」の茶番劇
(その5) 学校を出たらそこは暗闇
(その6) 「危機」ではない!詐欺だ!

(その7:最終回) 狂い死にしゾンビ化する国家


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