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スペイン統一地方選挙の衝撃(続編)
 
今年の秋に劇的な政変は起こるのか?


この記事の内容は『
スペイン統一地方選挙の衝撃 欧州全体を動かす大変動の序曲か?』の続きである。

見出し一覧 (クリックすればその項目に飛びます)
《タマヤッソ》
《マドリッド、バルセロナ》
《バレンシア、その他の主要都市》
《州議会と州政府》
《カタルーニャ情勢の注目点》  
《何ともエネルギッシュなスペイン女性》 


《タマヤッソ》  【見出し一覧に戻る】

 12年前、2003年の統一地方選挙でのことだった。5月26日の選挙でマドリッド州で第1党を獲得したのは、1995年以来州政府の実権を握る国民党で、獲得議席は過半数に1議席足りない55だった。したがって、第2党の社会労働党(47議席)と第3党の統一左翼(9議席)が政策協定を結び、逆転で左翼政権を復活できる見通しとなっていた。ところが、首班指名投票が行われた6月10日に社会労働党議員から「裏切り者」が出た。エドゥアルド・タマヨとマリア・テレサ・サエスの2人が欠席したのである。その結果、左翼の連合が54人になり国民党に及ばず、国民党州政権が継続することとなった。以来、この社会労働党員の裏切りはエドゥアルド・タマヨの名前を取って「タマヤッソ」と呼ばれるようになった。そしてそのときに国民党の州知事候補だったのが、2015年の地方選挙でマドリッド市の市長候補となったエスペランサ・アギレだったのである(この「マドリッドの大姉御」については、当サイトにある『
引き続く「ギュルテル」の闇』、『腐りながら肥え太ったバブル経済の正体』を参照のこと)。

 当然のように、タマヨとサエスの両名が国民党に買収されたのではないかという声が上がった。当時、マドリッドのコンプルテンセ大学の敷地(公有地)の高級学生寮建設にまつわる国民党と建設業者や大学関係者との間での不明瞭な金銭授受が問題にされていたのだが、その際にこの2人の社会労働党員にもカネが手渡されていたのではないか、と疑われたのである。その後、形だけの調査委員会が作られたが、国民党はもとより社会労働党にも調査の意思は無く、疑惑はうやむやにされて立ち消えになった。ちなみに、その際に
建設請負の便宜を図られた建築会社にいたのが、2015年の地方選挙の結果(後述)マドリッド州の新知事になる予定のクリスティーナ・シフエンテスの夫である。

 この国の伝統的な利権構造に根差す「78年体制」(参照:『
終焉を迎えるか?「78年体制」』)がどのようなものなのかは、この一つの例を見るだけで十分に分かることだろう。そして、前回の『スペイン統一地方選挙の衝撃 欧州全体を動かす大変動の序曲か?』で述べた2015年統一地方選挙の後、各マスコミでは、この「タマヤッソ」つまり社会労働党による裏切りが再び起こるのではないかということが大きな話題にされた。2003年のマドリッド州と似た状況(第1党が国民党だが第2党以下が連立すれば逆転が可能)が、多くの主要都市と州で発生したからである。違いは、ポデモスやシウダダノス(参照:「ポデモスとシウダダノス」)、また各地方で草の根的な運動がまとまったいくつかの新しい政治勢力(一部はポデモスと共闘)が、国民党と社会労働党という2大政党の支配を脅かしている点だ。

 では実際に、スペイン各地の自治体での首班指名の様子を見てみよう。州政府については一部しか出そろっていないが、市町村レベルではほぼ決定した。人口の多い主要都市の大半で国民党市制を倒すために各政党間での政策協定が結ばれ、また首班指名投票で協力するなどの合意が結ばれたのだ。日本の県に当たる行政区分「プロビンシア」の中心都市が全国で50あるのだが、2011年の選挙ではそのうち34で国民党が市政を握った。しかし今年の地方選挙で国民党市政は21に激減した のである。


《マドリッド、バルセロナ》  【見出し一覧に戻る】

●マドリッド

 ポデモスなどの運動体が一つにまとまったアオラ・マドリッド(20人)と社会労働党(9人)との間に政策協定が成立し、合計29人で過半数を獲得した。懸念された「タマヤッソ」の再現も無く、第1党の国民党(21人)は保守政党シウダダノス(7人)と手を結んでもこれに届かなかったのだ。こうしてアオラ・マドリッド代表であるマヌエラ・カルメナ(Manuela Carmena)が市長に就任し、24年間好き放題に市政を牛耳ってきた国民党がようやく野党に追いやられることになった。
 
【左:マドリッドの新市長、マニュエラ・カルメナ  右:国民党のマドリッド市長候補だったエスペランサ・アギレ】

 しかし、公有資産の私有化防止と下層市民の生活安定を目指すカルメナ新市政は、前市長アナ・ボテジャ(国民党、アスナール元首相の夫人)までの国民党市政が残した45億ユーロ(約6240億円)もの借金と、利権あさりの結果として中途半端に残される多くのでたらめな都市計画には、長期間悩まされそうである。

 さらにこのカルメナ市政が誕生した翌日から、アオラ・マドリッドの議員の一人が
4年前にツイッターで友人と交わした対話の中でホロコーストとETAのテロ被害者を冗談口調で取り上げていたことが、スペイン中の新聞とTVによって大々的にそして粘着的に報道された続けている。恰好の攻撃材料を手にしたエスペランサ・アギレと国民党、およびその関係の政治評論家が大いに活気づいたことは言うまでもない。カルメナは「冗談にも限度がある」と語り、本人は辞表を提出して市長はそれを受け入れたのだが、本人にしても4年前にはまさか市議会議員になるだろうとは思いもしなかっただろうし、もう忘れていたような事かもしれない。

 それにしても国民党とその周辺には、4年以上も遡って一人一人のツイッターの発言を洗い出して攻撃材料を探す「専門家」がいるようである。全く、油断も隙もあったもんじゃない。まあ、悪徳土建業者と銀行家を肥え太らすだけの何百億円、何千億円の無駄金を動かし、一部を懐に入れて外国の銀行に流して税金逃れをするのが常習の国民党が、他人の言動の隅々をつついてあらさがし攻撃するみみっちい姿を曝しているのでは、ますます馬鹿にされ信用をなくすだけだと思うのだが・・・。

 これ以外でも国民党は、他のアオラ・マドリッドの議員が過去にツイッターで行った前法務大臣に対する不穏当な発言をほじくり出してネガキャンを開始した。加えて、カルメナ市政の報道官リタ・マエストレが刑事事件の裁判中であることを右派系のマスコミに指摘された。2011年の15M(キンセ・デ・エメ)広場占拠運動が盛り上がる中で自分が勤務するコンプルテンセ大学のカトリック礼拝所を占拠し、「宗教的感情に対する犯罪」としてマドリッド検察庁に起訴されていたのである。検察庁は彼女に1年の懲役を求刑しており、政策協定を結んでいる社会労働党がマエストレの罷免を要求している。

 カルモナの「脇が甘かった」といえばそれまでだが、市政(つまり利権の元)を奪ったアオラ・マドリッドへの憎悪に燃える右派勢力は情宣と謀略の専門家ぞろいである。手段を選ばず政敵を陥れ破滅させることはお手の物だ。おそらく今後もありとあらゆる手を使って嫌がらせと妨害行為を繰り返すだろう。願わくはカルモナ市長には、もうこれ以上つけいる隙を見せずに攻撃をかわしながら、半分以上の市民が納得するような市政を着実に実行してもらいたいものである。「何を実行するのか」を見ることで、中下層市民は、マスコミのプロパガンダにとらわれずに誰が敵で誰が味方かをはっきりと知ることができるだろう。

●バルセロナ

 このカタルーニャの州都では、前篇でも書いたように、「左右」や「貧富」の問題と同時に「独立」の問題が絡む。ポデモスを含む党派と環境左翼が連合したバルセロナ・エン・コムー(11議席)が第1党となったのだが、代表者のアダ・コラウ(Ada Colau:カタルーニャ語読みではアダ・クラウ)自身は経済の改革派であると同時に独立支持派である。結局、独立派の左翼共和党(5議席)およびCUP(3議席)と同時に、反独立派である社会労働党(5議席)の賛成を取り付けて市長となったのだが、文字通りの「綱渡り」である。

 新市長はマドリッドのカルメナと同様に公有資産の私有化防止と下層市民の生活安定を掲げるが、この9月11日に行われるカタルーニャ独立要求の巨大イベントに「市長として」参加すると表明した。しかし与党のバルセロナ・エン・コムー自体の中に独立派も反独立派も混じる、協力関係を作った諸党派も独立に関してはいがみ合っているという極めて複雑な状況の中で、コラウは実に困難な舵取りを任されたものである。しかしやはり、「何を実行するのか」を目に見える形で表わしていくことだけが、成功のカギを握るだろう。

 またバルセロナの近郊都市バダロナでは、人種差別発言などで批判を受けていた国民党のシャビエル・ガルシア・アルビオルが反国民党の諸党が推すドロルス・サバテルに市長の座を明け渡したのだが、与党となった党派の中にはポデモスや環境左派、独立派アナーキストCUPのメンバーも混じり、やはりその運営には困難が予想される。

 ところでこのアダ・コラウは、住宅追い出しの強制執行(参照:「
住む人のない家、住む家のない人」)に反対するPAH(反強制執行委員会:参照:『果てしなく続く住居追い出し:貧困ではない、不正義だ!』)の創始者でもあるのだが、いままで国民党の幹部は、彼女とPAHを「ファシスト」「ナチス」「独裁者」(???)と口をきわめて罵ってきた。経済崩壊の中で職場を失いローンの返済ができない家族全員を、銀行から要請された武装警官隊が次々と自宅から追い出して路上に放り出す光景は、ナチス親衛隊のユダヤ人への襲撃を彷彿とさせるほど醜いものだ。それに反対するPAHを「ナチス」というのであれば、それこそホロコーストに対する冒涜だろう。

【バルセロナの新市長、アダ・コラウ 自らが設立したPAH(反強制執行委員会)のユニフォーム姿】

 国民党のマドリッド市長候補だったエスペランサ・アギレは選挙前に、観光客にとって目障りだという理由で、マドリッドの主要な通りから路上生活者たちを追い出して一カ所に集めてしまえと提唱した。さすがはヒトラーの盟友フランコの独裁政権与党の後身だけある。ひょっとしてマドリッドに「貧乏人強制収容所」でも作るつもりだったのだろうか?


《バレンシア、その他の主要都市》 【見出し一覧に戻る】

●バレンシア

 24年間も君臨して公金を好き放題に食い荒らしてきた国民党の女ボス、リタ・バルベラーを市長の座から追い出すためには、市民政党コンプロミス(9議席)が中心になって、社会労働党(5議席)とバレンシア・エン・コムー(ポデモス系統:3議席)をまとめる必要があった。しかし政策協定の作成中に、ポデモスを警戒する社会労働党が渋り始め「すわ、新たなタマヤッソか?!」と懸念された。それでも最後にはコンプロミスが市長の座を社会労働党のジュアン・リボー(Joan Ribó)に譲ることで何とか合意を取り付け、国民党(第1党:10人)を下野させることに成功し、「女帝」バルベラーは涙ながらに政治家から足を洗う派目になった。ただ、このプロセスは後々与党内でしこりを残すことになるかもしれない。

【バレンシアの腐敗と汚職の象徴たち:右が前バレンシア市長リタ・バルベラー、左が元バレンシア州知事フランシスコ・カンプス

 またバレンシア州にあるカステジョン市では、一度として使われたことのない飛行場の建設(参照:当サイト『
1機の飛行機も飛んだことのないカステジョン飛行場』)などによる、大量の負債と膨れ上がる経費だけを残して国民党市制が終了した。ここでは社会労働党(6議席)が他の2つの左派政党(計8議席)と政策協定を結んだ。その結果、第1党の国民党(8議席)はシウダダノス(5議席)と結んでも過半数になれず、野党に追いやられたのである。

●セビージャ、サラゴサ、トレドなど

 アンダルシアの州都セビージャでは、社会労働党が他の2つの左派政党と政策協定を成立させ、第1党の国民党はシウタダノスと組んでもこれに届かず下野した。アンダルシア州ではコルドバやカディスでも同様に国民党が市政を失った。アラゴン州の州都サラゴサでは、ポデモスが中心となるサラゴサ・エン・コムンが、社会労働党や地域主義政党CHAとの政策協定を成立させ、第1党の国民党を追いやって市政を握った。同じように、国民党副委員長マリア・ドローレス・コスペダルのおひざ元、カスティージャ・ラ・マンチャの州都トレドでも、社会労働党がポデモスをメンバーに加える左派政党ガネモスの支持を得ることで、国民党市政を覆した。

 周辺部に目を移してもやはり同様の事態が起こっている。地中海に浮かぶ群島バレアレス州のパルマ・デ・マジョルカでも同様に、社会労働党が他の左派政党・民族主義政党の支援を得て、腐敗に満ちた第1党国民党を下野に追い込んだ。ガリシア州のア・コルーニャとサンチアゴ・デ・コンポステーラではポデモス系統の会派が社会労働党との政策協定を結んで市政を握った。 アストゥリアスの州都オビエド、カスティージャ・イ・レオンのバジャドリッド、大西洋の諸島カナリア州のラス・パルマス・デ・グラン・カナリアでは、社会労働党がポデモス系を含む左派2政党の政策協定と支持を得た。

●バスク人が居住する州の主要都市

 スペイン北東部バスクやナバラなどのバスク人地域では趣が異なる。ナバラ州の牛追い祭りで有名なパンプローナでは、急進民族主義政党のEHビルドゥが他のバスク民族政党と組んで市政与党となり、バスク州のサンセバスティアン、ビルバオ、ビトリアでも軒並み民族主義政党が市長の座を勝ち取った。特にビトリアでは前回の選挙で与党となった国民党が下野することになった。今年の秋にはカタルーニャ州議会選挙があり、再び独立問題が大きく取り上げられるだろうが、今後はカタルーニャだけではなくバスクでも独立の声が高まりそうな気配である。

●反国民党勢力の協力が失敗した都市

 その一方で、アンダルシア州にあるアルメリア、マラガ、ハエン、グラナダの各都市では、社会労働党とポデモスとの政策協定が失敗し、国民党とシウダダノスの保守政権が続くことになった。これは、保守政権と手を結んでもポデモスだけは排撃しようとするアンダルシア州政府与党である社会労働党(代表者はスサナ・ディアス)の方針が反映されたものだろう。

 
《州議会と州政府》 【見出し一覧に戻る】

 今回州議会選挙を終えた州ではほとんどがまだ新たな首班指名を行っていない。3月22日に州議会選挙が行われたアンダルシア州だけが、選挙後2カ月以上も経ってようやく新しい州政府の誕生を見た。そして、前篇でも書いたように、ポデモスを忌み嫌う社会労働党のスサナ・ディアスは、さすがに国民党とは組むことだけはできなかったと見えて、何とか右派政党のシウダダノスとの連立政権成立にこぎつけた。しかし「政治腐敗追放」を掲げるシウダダノスに厳しい条件をのまされたディアスは、いまや「日常」になってしまった社会労働党の汚職・腐敗政治家が摘発されるたびに大わらわしなければならないだろう。このこと自体は良いのだろうが、腐敗と貧富の差と必然的に作り出す経済・政治システムの根源を修正する作業が為されることはあるまい。
 
【左:アンダルシア州知事スサナ・ディアス  右:シウダダノスの力でマドリッド州知事になる予定のクリスティーナ・シフエンテス

 マドリッド州では予想通り国民党が、シウダダノスの要求した条件の通り、収賄容疑で逮捕・起訴されている党員を議員名簿から外した 。加えて、シウダダノスから副知事を出すという好条件を示すことで協定を結び政権を維持する運びになっている。ただ知事候補のクリスティーナ・シフエンテス自身、建築家であるその夫が先ほどの「タマヤッソ」事件に絡んでいる疑いも持たれている。

 ただ、アンダルシア同様だが、「日常」と化している政治腐敗摘発に対してどう対処するのか、国民党以上にシウダダノスがテストされるだろう。実際に6月9日と11日には昨年来摘発が続く
大型政治腐敗事件に絡んでマドリッド州にある数多くの都市の市役所が新たに手入れを受けた。さらには、今年の1月にマドリッド州の借金が246億ユーロ(約3兆4160億円)に上っていることがスペイン中央銀行から発表されたのだが、数々の略奪の結果でしかない膨大な借金のツケを下に押し付ける緊縮財政政策を続けるのかどうか、注目されるところだ。(参照:「公営事業は野獣の餌場」、「腐りながら肥え太ったバブル経済の正体」、「スペインにおける貧困と飢餓と格差の増大」)

 一方で、マドリッドと並んでスペイン最悪の国民党の腐敗と悪徳の温床と化していたバレンシア州では、州都のバレンシア市と同様に社会労働党が政策協定に難色を示して「新たなタマヤッソ」が懸念される事態にまでなった。しかし
最終的に社会労働党のシモ・プッチが知事となることでコンプロミスとポデモスが合意し、何とか非国民党州政府が生まれそうである。その他、アラゴン州、カスティージャ・ラ・マンチャ州、エクストゥレマドゥーラ州、バレアレス州でも、「タマヤッソ」が登場しない限りは、非国民党州政府の登場を期待できる情勢である。ただアストゥリアス州では社会労働党とポデモスが合意できず、結局は右派政党の支配となる可能性が高い。


《カタルーニャ情勢の注目点》 【見出し一覧に戻る】

 スペインの中で最大の経済力を誇るカタルーニャではこの9月27日に州議会選挙が実施されるだろう。しかしここでは民族自立と独立を叫ぶ州政府与党CiU(集中と統一)が分裂するのかもしれない。元々この党は共に中道保守政党であるカタルーニャ民主集中(Convergència Democràtica de Catalunya)とカタルーニャ民主統一(
Unió Democràtica de Catalunya)の連合党派なのだが、民主統一の中で行われた投票では独立の計画に反対する政治家が僅かの差で過半数を取り、あくまで独立運動を推し進めようとする知事のアルトゥール・マスが率いる民主集中との亀裂が深まっている。民主統一は元々カタルーニャの大企業の利益を代表しており、どうしてもマドリッドとの良好な関係を重視する傾向が強い。一方の民主集中は主要に地場産業や農民の支持を受け、マドリッドに奪われている利益を取り戻そうという意識が強い。分裂は必然かもしれない。

 カタルーニャでもう一つの注目点は、新党派、憲法制定プロセス(Procés Constituent)である(参照:「同時に「資本主義からの独立」を求める「鎖」も」)。その代表者は、バルセロナ大学、ニューヨーク市立大学、ハーバード大学などを卒業して薬学博士号を持ち、巨大製薬会社の薬害を告発し続ける異色のカトリック尼僧テレサ・フォルカデス(Teresa Forcades、カタルーニャ語読みでタラザ・フルカダス:Wikipedia英語版)である。この党派は4年前の15M(キンセ・デ・エメ)をきっかけに誕生した市民組織を母胎としており、バルセロナ市長となったアダ・コラウとも非常に親しい関係にある。また長年カタルーニャの左翼でありながら社会労働党や民族主義の左翼共和党とは一線を画してきた環境左翼ICVもこの党派との連携を望んでいる。フォルカデスは9月27日の州議会選挙に打って出ることを発表したのだが、さらに統一左翼、ポデモス、CUPを加えて大同団結する希望を述べている。単なる「カタルーニャのスペインからの独立」ではなく、同時に「資本主義からの独立」に向けて歩を進める本格的な動きを開始しようとしているのだ。

【中央左が異色の尼僧で憲法制定プロセスの代表者テレサ・フォルカデス、右はバルセロナ新市長アダ・コラウ】

 またそれに関連して、ラホイ中央政権は総選挙を11月29日に予定しているのだが、カタルーニャの財界や国民党内からこれを早めるようにという圧力を受けている。理由は今後のカタルーニャ独立運動の急進展と、国民党の票田を食い荒らすシウダダノスの更なる伸張の予想である。また、検察庁や判事局による政治腐敗の追及がこれまで以上に引き続くことも予想される。国民党中央政権は統一地方選挙での敗北が明らかになって以降、それまで主にポデモスに突きつけていた攻撃の矛先をカタルーニャの独立運動にも激しく向け始めた。

 国民党政権は昨年11月9日の「住民投票」を憲法違反と見なしており検察庁が刑事告訴の準備中である。そして副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアは6月12日に、カタルーニャが憲法制定を模索したり独自の税制と警察のシステムや言語教育を作ったりと、国家体制をなし崩し的に構築していることを厳しく非難した。しかしそれをあざ笑うかのように、マスの州政府はその翌日にモロッコとバチカンとポルトガルにカタルーニャ州の代表部、つまり独立の際にはそのまま大使館に変えることのできる施設を作ると発表した。同様の施設はすでにEU、米国(ワシントン)、ドイツに作られているのだ。

 ひょっとすると今年の総選挙がカタルーニャ州議会選挙と同日の9月27日に行われるのかもしれない。そうなったとして、それがラホイ国民党政権にとって吉と出るか凶となるのか、まったく予想がつかない。国家破産寸前のギリシャ情勢にもよるのだが、ギリシャよりずっとEUと世界に与える影響が大きいスペインで、もはや後戻りの効かない劇的な大変化が起こるのかもしれない。いずれにせよ、今年後半のスペインの政治情勢からは目が離すことができないだろう。


《何ともエネルギッシュなスペイン女性》 【見出し一覧に戻る】

 最後に、今回のテーマとは直接の関係は無いのだが、前編の『 スペイン統一地方選挙の衝撃 欧州全体を動かす大変動の序曲か?』と今回の続編で登場する主要人物のほとんどが女性である。改めて感じることだが、私は長年この国に住んでいて、良くも悪くも、この国の女性政治家たちの持つエネルギーには圧倒されるばかりだ。

 アンダルシアの州知事スサナ・ディアスは5月以降、妊娠8〜9カ月の体で方々を飛び回り、国民党、シウタダノス、ポデモスとの粘り強い交渉と激しい論争に明け暮れていたのである。またマドリッドのエスペランサ・アギレやバレンシアのリタ・バルベラーの放つ毒々しい光彩は周辺の男どもを吹き散らしていた。マヌエラ・カルモナやテレサ・フォルカデスが持つ高い知性と決断力、アダ・コラウの卓越した行動力と強い意志は、困難な情勢の中でその真価を明らかにしていくように期待される。

 その他にも、政治的・社会的なあり方はともかく、マドリッド州知事になる予定のクリスティーナ・シフエンテス、国民党副委員長のマリア・ドローレス・コスペダル、政府副首相を務めるソラヤ・サエンス・デ・サンタマリア、国有財産大臣のアナ・パストールなど、政権党と国家の屋台骨を支えるエネルギーにあふれた女性たちは大勢いる。またカタルーニャ独立運動の推進者である民族文化団体オムニウム・クルチュラルのムリエル・カザルスやANC(カタルーニャ民族会議)の前代表カルマ・フルカデイュなど知力と実力と行動力にあふれた印象深い女性たちもいる。

 国民党で活躍する女性には実業家の夫を持つ例が多い。先ほど触れたクリスティーナ・シフエンテスもそうだが、エスペランサ・アギレ、マリア・ドローレス・コスペダル、前厚生大臣のアナ・マトなど、夫の関わる企業のために妻が政治家として奔走するわけだ。アナ・マトとその夫のように大規模な贈収賄事件「ギュルテル」の中で逮捕・起訴されるケースもある。マリア・ドローレス・コスペダルの夫婦の場合にはまだ司法権力が手を出せないでいるが、いずれは手が後ろに回ることも考えられる。しかし逆に言うと、良くも悪くも、それほどに意欲と能力と精力に満ち溢れた女性たちなのである。またソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアの夫は政府直属の弁護士で、以前にはソラヤ自身もその地位についていたのだから、相当の切れ者夫婦である。

 ところがその一方で、スペインでは近親者の男性による女性の殺害が非常に多い。2014年8月のエル・ディアリオ紙によると、過去10年間に夫や元夫に殺害された女性は640人に上る。殺されないまでも、夫や元夫、元恋人による暴力とストーカーに悩まされる例が跡を絶たない。ただ、筆者がTVニュースや新聞で見ている限りだが、何とも奇妙な特徴がありそうだ。夫が妻を(元夫が元妻を)殺してから自分も後追い自殺をするケースがよく報道されるのである。さらに、妻や恋人と別れたのならさっさと別の恋人を作ればよいものを、そうせずに、延々と以前の妻や彼女を付け回す男も多い。逆に言えば、この国では案外と「女から自立できない男」が多いのではないかというような気すらしてくる。

 またTVニュースで見た感じだけなのだが、この種の殺人現場となる家には貧しさを感じさせる所が多い。殺人が起きた家庭の年収を示すような資料も見当たらないので正確なことは言えないのだが、やはり低所得者や中南米などからの移民(低所得者が多い)でこの種の事件が比較的多く起こっているように思える。筆者の知る限りだが、一応の生活が成り立っている家庭の夫婦仲は良く、幸いにも身近には悲劇的な破たんを見た夫婦はいない。老夫婦が手をつないで散歩する姿は当たり前だ。

 最後にちょっと横道にそれたが、このようなこともまた、遠い国からでは窺い知ることのできないスペイン社会の特筆すべき一面であろう。


2015年6月16日 バルセロナにて 童子丸開

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