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欧州「戦後体制」終焉の引き金になるか?

カオス化するスペイン政局


 私は前回『
スペインの政治動向を演出するTVショー』にある《カタルーニャはどうなっているのか?》の中で、州議会選挙から2ヶ月経ってもまだ州知事すら決めることができず混迷の度を深めるカタルーニャ州について述べたが、はるかに大きな混乱がスペインの国政で始まっている。それはすでに、今年5月の統一地方選挙(参照:こちらの記事、およびこちらの記事)の時点で予想されていたことではあるが、スペインがフランコ独裁後に欧州の「戦後民主主義」体制に組み込まれて以来続いてきた2大政党制の終焉を告げるものになる。同時にそれは、欧州の政治的な構造に本格的な大変動を引き起こす「最初の一撃」となるのかもしれない。

小見出し一覧(クリックすれば各項目に飛びます)
《12月20日の総選挙:全国の結果》
《各地域での特徴》
《紛糾する首班指名、再選挙の可能性》
《欧州全体の激震の導火線?》


《12月20日の総選挙:全国の結果》

 この20日にスペイン全土で実施された総選挙の結果は、すでに世界中の通信社が報じているはずだ。現与党の国民党が第1党を守ったものの過半数には遠く及ばず、首班指名すら極めて困難な状況となっている。まず、左にその結果(100%開票)を掲げておく。

 今までに
当サイトで明らかにしてきた通り、スペインはPSOE(社会労働党)とPP(国民党)という中道左右2党派による政権が30年近くにわたって続いてきた。しかしその政治体制の破たんが明らかになって以降、左からポデモス、右からシウダダノスという、歴史の浅い政党が国政の表舞台に大きく立ち現われ、2大政党制の終焉が秒読み態勢に入ったのである。この二つの政党は従来の「78年体制」に対する「刺客」として登場してきたわけだ。それは5月の統一地方選挙ですでに明らかになっていた。(参照:『終焉を迎えるか?「78年体制」』、『欧州全体を揺るがす大変動の序曲か?』、『今年の秋に劇的な政変は起こるのか?』)

 今年の夏ごろには各種世論調査で10%近くにまでその支持を失っていたポデモスが11月を過ぎてから再び支持を伸ばし始めたことは、前回の『
スペインの政治動向を演出するTVショー』の中でもお知らせした。12月に入ってから、政敵のシウダダノスが急激に支持を失っていく一方でポデモスの勢いは止まらず、選挙直前には明らかに逆転の様相を見せていた。結果は今のグラフの通りだが、両党の支持率はおおよそ統一地方選挙の前、今年の3月前後と同様の状態になっている。

 しかしそれにしても、どちらの党とも国政選挙に打って出たのはこれが初めてであり、約14%のシウダダノスはともかく、約21%のポデモスには驚かされるばかりだ。TVを中心とするマスコミの力がこれに非常に大きく働いたことに間違いはあるまい。シウダダノスは失速したが、「12月に入ってからポデモスの猛烈な追い上げの可能性を感じさせる」と私が述べたとおりになっている。あるいはTVを上手に利用し切ったパブロ・イグレシアスの勝ちとも言えるだろう。

 一方の「2大政党」の方だが、どちらにも固い基礎票がある。どれほどに腐っていても非効率であっても、とりあえずはこれらにしがみついて生きていく以外には無いという階層がいまだに国民の半数を占めており、社会労働党よりも、やはりスペインの多くの地域で伝統的な社会制度に根ざす国民党の支持基盤の方がやや固いと言える。しかし、両党とも長い期間その上に胡坐をかいて惰性と強欲に任せ腐敗の度を強めるにつれ、その基盤が次々と崩壊していったのである。ここで、スペインの右派政党が国民党にまとまって総選挙に登場した1989年以後の両党、および統一左翼党(旧スペイン共産党)の議員数と支持率の変遷を見てみたい。(議員定数は350で変化なし。赤文字は政権党)

 選挙年  社会労働党(%)  国民党(%)   統一左翼党(%)      
 1989  175 (39.60)  107 (25.79)  17  (9.07)    
 1993  159 (38.78)  141 (34.76)  18  (9.55)    
 1996  141 (37.63)  156 (38.79)  21 (10.54)    
 2000  125 (34.16)  183 (44.52)   8  (5.45)    
 2004  164 (42.59)  148 (37.71)   5  (4.96)    
 2008  169 (43.87)  154 (39.94)   2  (3.77)    
 2011  110 (28.76)  186 (44.62)  11  (6,92)  ポデモス  シウダダノス
 2015   90 (22.01)  123 (28.72)   2  (3.67)  69 (20,66)  40 (13.93)

 今年の選挙では、社会労働党は現行の選挙法下で行われた総選挙で最低、国民党も結成当初以来の低い数字である。また、90年代まではそれなりに2大政党への批判票を集めていた統一左翼党が、それ以降には「反対派」としての役にすら立たなくなってきた様子がうかがえる(参照: パブロ・イグレシアスが語る)。また今回の選挙では、小選挙区比例代表制(ドント方式)の特徴のために、ポデモスの得票率の割には獲得議員数が少ない、つまり「死に票」が多いのだが、これはやはり選挙の経験の少なさを物語るだろう。


《各地域での特徴》 【小見出し一覧に戻る】

 特徴の際立つのはやはりカタルーニャ州である。ここでは、民族右派として州の政権を支配してきたCiU(集中と統一)が、今年の夏に独立運動を巡ってCDC(民主集中)とCDU(民主統一)に分裂し、CDCはDIL(民主自由)と名前を変えて総選挙の候補者を立てた。ポデモスは、統一地方選でアダ・クラウ市長を擁立したグループ(参照
《マドリッドとバルセロナを襲った大激震》)を充実させ、アン・コムー・プデム(En Comú Podem)として登場した。またERC(左翼共和党)がDILと共に独立推進派である。割り当て議員数は47。

 結果は、ポデモス系のアン・コムーが12、民族左派ERCが9、社会労働党が9、民族右派DILが8、シウダダノスが5、国民党が5となった。ポデモス系大勝利の一方で、元防衛大臣を擁する社会労働党は過去最低、現内務大臣を先頭に立てる国民党は惨敗である。またアルトゥール・マス現州知事率いるDILも惨敗、ERCが大幅に伸びたが、総じて独立派の支持率はかなり下がっている。一方でシウダダノスが意外なほどに伸びなかったことも目を引く。

 バスク州も大きく変わった。18議席のうち、民族右派政党PNVが6、ポデモスが5、社会労働党が3、民族左派のEH・Bilduが2、国民党が2で、社会労働党と国民党が敗退し、民族左派は民族自決権・住民投票合法化を是とするポデモスに多くの票を吸収された。バレンシア州も同様である。33議席のうち、国民党が11、ポデモスが9、社会労働党が7、シウダダノスが5で、国民党と社会労働党が大幅に退潮し、左派系のコンプロミス(参照:
《その他の主要地方自治体》)と手を結んだポデモスが一気に躍進した。

 マドリッド州は最も注目を浴びた場所だが、33議席のうち、国民党が13、ポデモスが8、シウタダノスが7、社会労働党が6、統一左翼が2という具合だ。ここでも国民党が半数を大きく割って惨敗したが、同時に社会労働党も大きく議席を減らした。党首ペドロ・サンチェスの地元なだけに、同党の衰退ぶりを象徴している。また首相マリアノ・ラホイのおひざ元で国民党の牙城だったガリシアでも大きな変動があった。23議席のうち、国民党が10、社会労働党が10、ポデモスが10、シウタダノスが1という、国民党にとっては何とも厳しい結果である。おまけに選挙4日前にラホイが地元に近い街で国民党に反感を持つ少年に殴られる というハプニングまで起こった。スペインの中で最も貧しい地方の一つであるガリシアを象徴するようだ。

 またナバラ州でポデモスが第1党(得票率)になった。他の州では第1党になったのは国民党か社会労働党だが、17の州の中で単独でかろうじて半数以上を制した州はカスティージャ・イ・レオン(国民党)、エクストゥレマドゥーラ(社会労働党)、ムルシア(国民党)、ラ・リオハ(国民党)のみである。他はやはり、ポデモスとシウダダノスを加えた4党がほとんどの議席を分け合っている(アフリカにある1人区セウタとメリジャは国民党)。このように、全国的に往年の2大政党の影がほとんど消えかかっていると言うことができる。


《紛糾する首班指名、再選挙の可能性》 【小見出し一覧に戻る】

 その結果、一つの国家機構としては由々しき事態になっている。政権党と首相が決まらず政府が組織できない可能性が高いのだ。議会の過半数は175議席だが、政策協定を結ぶにしても、可能性あるどの政党を足し合わせてもこれに届かないのである。今までは第1党が過半数に達しなくても、思想的・立場的に近い政党と協定を結び過半数を確保して首班指名に臨むことができた。しかし今回の選挙結果ではそうはいかない。これはスペインが迎えた初めての事態だ。

 もし右派のよしみで国民党とシウダダノスが手を組んだとしても163議席にしかならない。かすかに望みのあるバスクのPNVやカナリア民族政党を取りこんでも170議席である。これではどうにもならない。逆に、左派のよしみで社会労働党とポデモスが協定を結んでも159議席しかない。これに統一左翼が加わったとしても161議席で到底届かない。「反‐国民党」ということで社会労働党、ポデモス、シウダダノスが結びつけば199議席になるが、お互いに反目しあうこれら3党がまとまる可能性は限りなくゼロに近いだろう。

 「2大政党制のよしみ」ということで、ドイツに倣って
国民党と社会労働党が手を組む「大連合」の可能性が無いわけではないが、いまのところ社会労働党はそれを強く否定している。一方で国民党とシウダダノスは社会労働党に「ラホイへの反対ブロックを作るな」と警告している。国民党とシウダダノスが手を結んでラホイを首班指名する投票の際に社会労働党が欠席すれば…、ラホイ首相の再選ということになる。言ってみれば「タマヤッソ拡大版(参照:《タマヤッソ》)」である。こういった「国‐社共闘」は、フェリペ・ゴンサレスとホセ・マリア・アスナールあたりが裏で工作をする可能性もあるので予断を許さないが、社会労働党にとって「政治的自殺行為」 に他なるまい。

 逆にポデモスは社会労働党に対して各地域・民族の自決権を認め
住民投票の法制化を認めるように圧力をかけている。裏読みすれば、パブロ・イグレシアスは、ポデモスと社会労働党に統一左翼、カタルーニャとバスクの民族派を加えて過半数を超えさせる、という素晴らしいマジックを考えているのかもしれない。しかし社会労働党がカタルーニャ独立派のERCなどを受け入れるとは(その逆も)とうてい考えられない。

 結局は、社会労働党の「自殺行為」でもない限り、どこがどのように動いても首班指名のしようがないのである。また仮に、無理やりに各党の党是を捻じに捻じ曲げて制裁協定を結んだとすれば、政府としても国会としても実質的にほとんど機能できなくなるうえに、選挙民に対する重大な裏切りになる。これでは「政治的集団自殺」になってしまう。

 
憲法の規定によれば、1月13日までに最初の議会を開き、議長の選出など議会運営に必要な作業を行わねばならない。議長選出にはやはり過半数の票が必要だが、1回の投票で決まらない場合には2回目の投票では単純な多数だけで決定できる。間違いなく第1党の国民党員が議長になるだろう。しかし首相の選出にはあくまで出席議員の過半数が必要だ。

 第1回の選出は1月末までに行われることになる。それで決まらない場合には48時間以内に2回目の投票が行われる。それでも決まらない場合には第1回の投票日から最大で2カ月の期間が与えられるだろう。それでなおかつ首班指名が行われない場合には、選挙のやり直し、ということになる。どう急いでも4月末にならざるを得ず、またそれから全ての手続きを繰り返すことになる。そうなると来年前半には立法府と内閣の機能が全く止まってしまい、国政全体が麻痺状態に陥るだろう。そうなる可能性が十分にあるのだ。

 この選挙結果を反映して、マドリッドの株式市場は
一気に3.5%も株価を下落させ、格付け会社のムーディーズとフィッチがスペイン経済に対して悲観的な予測を立てた。またそんな政治空白を避けるために、第1回目の議会で国民党党首のマリアノ・ラホイが早くも再選挙を提案することを予定しているという情報もある。しかし果たして、再選挙が国民党にとって吉と出るか凶と出るか…。


《欧州全体の激震の導火線?》  【小見出し一覧に戻る】

 来年1月の第1回目の議会開催とほぼ時を同じくして、カタルーニャでは、州知事が決まるかあるいは再選挙となるのかがはっきりする(参照:『カタルーニャ:「独立」に向かう(?)ぬかるみの道』)。強硬な極左独立派のCUPが今回の国政選挙の結果を見れば、カタルーニャの内ですら「第4党」になり下がった党の党首(アルトゥール・マス)の首班指名に応じるはずもない。州議会選挙で第1党となったJxSI(ジュンツ・パル・シ:独立を進めるためにマスのCDCとERCが中心になって結成した党派)に対して「ERCの中から別の候補者を出せ」と強く要求しているようだが、ERCは受け入れる様子を見せない。

 22日にJxSIは首班候補としてのマスの名前を曖昧な形でぼかし、代表以外の点で大幅にCUPに歩み寄った妥協案を提示したが、CUPは返答を避け、27日の全体会議で態度を決める予定である。中央政府にごたごたが続いている間にさっさと独立の手はずを整えた方が得だという判断もあるにはあるが、マスが一時的にでも首班となる可能性があればCUPが認めるとは考えられない。もし両者で妥協が成立しなければ、こちらはこちらで相当に長い期間泥沼から抜け出せない可能性が高いだろう。

 しかし、もしスペイン経済の支柱であるカタルーニャとスペイン政治の中心であるマドリッドの政治機能が同時に長期間の不全に陥るなら、国家全体が未曽有の混乱を起こし、収拾のつかない事態となるだろう。これがギリシャやポルトガル程度の国なら欧州全体が危機を迎えるような事にはなるまい。しかしそれがユーロ圏で第4位の経済規模を持つスペインともなれば話は別だ。ただでさえ内患外憂に曝され不気味に揺れが強まり亀裂が深まっている他の大国に、取り返しのつかない影響を与えかねない。

 私は当サイト にあるシリーズと記事の中で、
この国の社会と経済がぼろぼろに崩れ堕ちていく様子を書き留めておいた。先日も、知り合いの息子さんでカタルーニャ工科大学の博士課程にいる優秀な青年が、もはやこの国に希望は何も残っていないので外国に渡って研究と職の道を探すと語っていた。この国は、あくどい拝金主義が残した負債のツケを、何よりも先に、医療と教育・研究と文化に回した。国家の将来を支える若者、国民の身体、そして優れた文化活動を真っ先に棄てるような国は自ら崩壊に向かっている、としか言いようが無い。

 トロイカ(IMF・EU・欧州中銀)の援助を「銀行への資金注入」と誤魔化して国家破産を覆い隠しているこの国は、いずれその「ゾンビ国家」の正体をあらわにするしかないだろう。この経済的・社会的に崩壊しつつある国が、その国家としての形骸を何とか支えている政治面までカオス状態が深化する。それはスペイン内部にとどまることなく、欧州全体を襲う政治的・経済的な激震を導くものになるのではないか。

 私は『狂い死にしゾンビ化する国家』の中で、スペインにネオリベラル経済を招き入れて国家破産の元凶となった欧州ネオコンの代表格ホセ・マリア・アスナール(元首相1996〜2004)が語る次の言葉を紹介した。「いまのスペインには二つの大きな問題点がある。まず国家モデルであり、それは機能しておらずリフォームを必要とする。そして次には福祉国家である点だが、それはまかないきれないものだ」。この彼の言葉は、スペインという以上に、第2次世界大戦後の欧州社会を支えてきた社会民主主義の制度と機能全体に向けられたものだろう。

 国家と地域をカオス状態に陥れる原因はいろいろとある。覇権国家による軍事侵略、謀略による軍事クーデター、民族間・宗派間で反目を煽って戦闘状態を生み出す、テロリストやネオナチを育成して内乱を起こさせる、等々。そしてそれに、下劣な拝金主義を煽って国家と地域の経済を破綻させる手法も加わる。そのようにして作られたスペインと欧州の混乱は、確かにアスナールが願うような「上からのリフォーム」にとっての大きなチャンスとなるのだろう。しかし同時に「下からのリフォーム」の可能性も見出せるのではないか。

 私としてはポデモスのような党派、あるいは15M(キンセ・デ・エメ)と同様の流れの中に「下からのリフォーム」の可能性を探してみたい気がする。現在はギリシャのシリザと同じくどこかから煽られ利用されているようにも思えるのだが、逆に利用し返すことも可能だろう。しかしそのためには、熱病に浮かれるカタルーニャ独立派のようではなく、地域の伝統と民衆の生活に足を下ろしながら世界全体を見通す客観的な視野と冷徹な戦術眼が必要になる。パブロ・イグレシアスとその仲間が果たしてそのような期待に値するだろうか。今後を見てみよう。


2015年12月23日 バルセロナにて 童子丸開

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