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シリーズ スペイン:崩壊する主権国家

 このシリーズは、2007年のリーマン・ブラザーズ倒産と「経済危機」勃発から7年を経過したスペインの様子を、この1年間にスペイン各紙の記事に現われた出来事や調査・統計などの結果を元に、まとめてみたものです。ただし、現在のスペインで最も重大な問題の一つ「カタルーニャ独立運動」についてはこのシリーズでは触れず、また別の形でまとめる予定にしています。(参照:こちら、およびこちら

 第1部は現在のスペインの国民生活に関するもので、以後の予定はこの第1部の最後に予告として触れておきます。
(青文字下線部で太い強調文字になっているものは当サイト内の記事へのリンクで、後はすべてスペイン・メディアへのリンクです。またユーロと円の換算は2014年12月初めの換算比率 を使っています。)


第1部 ノンストップ:下層階級の生活崩壊

 見出し一覧 (クリックすればその項目に飛びます。)
   《果てしなく続く住居追い出し:貧困ではない、不正義だ!》    《短期非正規雇用者の増大と失業率の誤魔化し》
   《飢餓に直面する子供たち、切り捨てられる弱者》    《数字だけの「景気回復基調」》


《果てしなく続く住居追い出し:貧困ではない、不正義だ!》

 今年(2014年)11月20日、バルセロナ市の北東部、市の中で最も貧しい場所の一つであるノウバリス地区の100を超える住民団体が、この地区住民を襲う緊急事態に対する抗議の闘いに立ち上がることを決定した。バルセロナ住民団体協会に所属するノウバリス委員会で、12月11日にバルセロナ中心部で
「貧困ではない、不正義だ!」と訴える抗議デモを行う予定である。


 このノウバリス地区は、1960〜70年代に「スペインの奇跡」と呼ばれた高度成長期の間に、仕事を求めてスペイン各地から集まった労働者たちのための劣悪な住宅が無計画・無秩序に作られ続けた場所である。同様の地区は隣接するサン・アンドレウなどバルセロナ内外にいくつも存在し、また同様にマドリッドなどの他の大都市にも広がっているのだが、古くからバルセロナ市に住む人々の多くはこのような地域には近寄りたがらないし、よほど経済的に困らない限りこういった場所に住居を移すことはしない。

 ところが、2000年代初期の建設バブルがこれらの地区の様相を一変させた。見通しも節操も無い都市計画と住宅政策の下で、金融機関からの有利な融資を受けて安い土地を買い占めた建設業者が、古い住宅を壊し荒れ地をならして見る見るうちに新築の集合住宅を乱立させたのだ。隣のサン・アンドレウにあるサグレガにはマドリッドからバルセロナを通ってフランスへと通じる高速鉄道の駅が予定され、いままで軽視され続けた市の北東部は最も現代的で便利な副都心へと華麗に変身する予定だった。しかしそれが単なる絵に描いた餅にすぎなかったことが、2008年のバブル崩壊で誰の目にも明らかにされた。
【※参照:スペイン全体についてだが、当サイトの「シリーズ:『スペイン経済危機』の正体」の中から『バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』、「マンガで超わかる!スペイン経済危機」の中から『エスパニスタン:住宅バブル』】


 ここで
バルセロナ市の集合住宅の販売価格の変化を見てみたい。バブル崩壊以前の2007年の平均価格(新築・中古を含めて)が1平方メートル当たり4800ユーロだったが、2014年には3259ユーロにまで値下がりしている。確かに大きく下がってはいるのだが、これを地区別に見るとまた別の様相が浮かび上がる。

 市内で最も高級な住宅地の一つラス・コルツ地区では、1平方メートル当たり5649ユーロ(2007年)だったのが4265ユーロ(2014年)へと24.5%の下落率であるのに比べ、ノウバリスでは3878ユーロ(2007年)から1732ユーロ(2014年)へ55.3%、半分以下に値下がりしている。同様にサン・アンドレウでも4315ユーロ(2007年)から2056ユーロ(2014年)へ52.4%下落した。

 そしていま、ラス・コルツやサリア・サンジェルバッシなどの高級な地区では徐々に住宅の値段が上がりつつあるが、ノウバリスなどの地域ではむしろ下がり続けているようだ。これは、後で述べる貧富の差の拡大とも関係があるだろうが、これらの地区ではバブル崩壊で住宅の値段が下がってもなおかつ住宅の供給が需要を上回り続けていることを意味する。つまり、安い住宅でも手に入れる(あるいは家賃を払う)余力の無い貧困層が拡大しているということだ。しかしそればかりではない。


(写真は、抵当権を持つ銀行に要請された武装警官によって、強制的に住居を追い出される初老の男性:Periodismo Digno誌)

 先ほどのバルセロナ住民団体協会によれば、このノウバリス地区では住宅追い出しが、つまり
収入を失い家賃やローンが払えない家族の住居喪失が、バブル崩壊以降終わることなく、現在でも1日に平均して5件の割合で続いているのだ。この11月3日には1日に16件もの強制執行が行われたが、バルセロナのPAH(反強制執行委員会)が武装警官隊と衝突しながらそのうちの2件を食い止めることに成功した。バルセロナ市人口の約11%が住むこの地区では市全体で行われる住宅追い出しの25%が繰り広げられ、学校給食費の半額(残りの半額は公金でまかなわれる)すら払うことのできない児童の数もまた25%に上っている。
【※参照:スペイン全体についてだが、当サイトの「シリーズ:『スペイン経済危機』の正体」の中から『バブルの狂宴が終わった後は』、「シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州」から『上下分裂を加速させるスペイン社会

 しかしこのような社会的不正義の状態は
マドリッドではもっとひどい。1平方メートル当たりの住宅価格を比べると、いまのバルセロナで最高のラス・コルツは最低のノウバリスの2.46倍だが、マドリッドでは最も高いサラマンカ地区が4390ユーロ(2007年から14.7%下落)、最も低いビジャベルデ地区は1279ユーロ(同58.3%下落)で3.43倍と、バルセロナ以上にその格差は広がっている。

 スペイン全体で見るならば、この状態は州単位の地域間格差にもつながるだろう。2014年第1四半期には
全国で9414件の住居喪失があった。エル・パイス紙によると、この時期の住居喪失は、数量的に見るとカタルーニャが最大で3094件、続いてアンダルシアの2270件だが、住居数の割合でみると、カナリア諸島が最も高く0.35%、カスティーリャ‐ラ・マンチャ州の0.31%、ムルシア州とバレアレス諸島の0.27%と続く。最も少ないのはバスク州の0.04%だ。経済崩壊による社会の荒廃の激しい地域ほど住宅を失う割合が高いと言える。住宅の値段や家賃がいくら下がっても、それすら払うことのできない困窮者の数が増え続けているのだ。

 この点は地域別の失業率の数字といっしょに見るべきだろう。スペインの中で最も失業率が高いのがアンダルシアで36.3%、またアフリカにある都市セウタとメリージャがそれに続き、4番目がカナリア諸島の34.1%、5番目がエクストゥレマドゥーラ州の33.7%だが、この5地域の失業率がEUの各地域の中でワースト5なのだ。その他に、ワースト10の中にカスティーリャ‐ラ・マンチャとムルシアが入っており、EUで最悪の失業率を抱える10地域の中の、何と7つがスペインにあるのだ。

 PAHを中心とする住民団体の激しい抗議活動に出くわしEU人権裁判所にせっつかれたラホイ国民党政権は、2012年の11月にいやいやながらローン返済のモラトリアムを定めた法案を通したのだが、
PAHによると、この政府の措置で救済されたのは住居喪失家族のわずかに8%にすぎない。救済措置を受けることのできる条件があまりに厳しいことに加え、貧しい階層ほど職を見つけ収入を得ることが難しいという現実がある。いくら支払いを待ってもらってもいつまでも収入がない以上は、結局は追い出しを免れることができない。つまり政府の救済措置など初めからほとんど無意味な、格好だけのものにすぎないのだ。家屋の抵当権を持つ銀行が法的措置を取って差し押さえに向かったときにはすでに空き家になっているケースが多い。つまり夜逃げをしてしまったわけである。

 ではスペインの労働事情はどのようになっているのだろうか。当サイトでは今までにも繰り返し採り上げてきたこと だが、次に最新の情報を元にそれを詳しく見てみよう。


《短期非正規雇用者の増大と失業率の誤魔化し》 【見出し一覧に戻る】


(グラフはスペイン政府の統計による失業率の変遷を表わすもの:Publico紙)

 今年7月にスペイン政府が発表した動態人口調査によれば、スペインの失業者数が
昨年同時期に比べて42万人以上減少し、失業率は最高だった2013年当初の26.9%から24.5%へと下がった。これは2008年に経済危機が始まって以来最大の減り方で、4月末に「この2年間で60万の新規雇用を創設する」と豪語したスペイン政府が早速「経済政策の成功」を声高に宣伝したことは言うまでもない。もちろんだがこれらの数字には様々な「仕掛け」がある。

 まず失業者数がいまだに562万人を超えており、1年で42万人減ったといっても、
この1年間で増えた雇用者数は19万人にすぎない。つまり(42−19=)23万人がもはや失業者としてすら計算されなくなったわけである。2014年1月に発表された統計によると、2013年には前年に比べて失業者数は6万9千人減っているが、雇用数は19万9千も減っている。雇用の減少が失業者の減少を大きく上回っていた実態がよく分かる。また特に若年層の失業対策として、政府と経営者協会、主要労組の3者で2010年に決定して制度化した職業訓練も、実際にはほとんど何の役にも立っていないことが明らかになっている。いくら訓練を受けて技術を身につけても、それを生かす場がスペインのどこにも無いのだから当然のことだろう。努力と公金の向け所を取り違えているとしか言いようがない。

 さらに、2014年の新規雇用の大部分は4月から6月にかけて作られたが、それが
主に観光業に雇われる短期の非正規雇用者にすぎない点があげられる。6月に就業した人の93%が非正規雇用だったのだ。つまりしょせんは「一時しのぎ」に過ぎず、夏の観光シーズンが終われば元の木阿弥になる。実際に、7月から9月にかけての失業者数の上昇は2万8千人だったが、観光シーズンが終わった10月の1ヶ月間だけで7万9千人の新たな失業が生まれている。正規就業者の中でも公的分野は、国や自治体の借金を減らすために最大限の犠牲を強いられている。例えば公立の小中学校ではこの2年間に2万4千人の教員が姿を消した。

 そんな中で、スペイン政府の経済競争力省による
「2015年には348200の雇用を創設する」とのありがたいご託宣など、信用する者は誰もいないだろう(仮にそうだとしても2015年に失業率が22%を下回ることはない)。またスペインの大企業が作る経営者協会は「2018年に失業率を11%にする」という何の根拠も示されないトンデモ大風呂敷を広げてみせる。しかし他方では、今年4月に欧州銀行監督局が行ったストレステストが、スペインの不況は2016年まで続き失業率は27%を超えるだろうという結論を出しているのだ。大企業経営者どもの夢物語は、スペインでの餓死者と国外への難民が激増して労働人口が半分未満になれば、たぶん実現するものかもしれないが。

 しかし失業者の問題はその割合の数だけではない。家族の働き手となるべき構成員の全員が失業している例が増加し続けているのだ。2014年第1四半期の動態人口調査によると、そのような家族は
198万家族に達しており、この1年間で5万3千人(2.75%)の増加となっている。しかもその失業者の42%は失業保険の支給期間(スペインでは最長で2年間)を超えており、2013年末の調べで3年以上職にありつけない人の数が約130万人に上る。これは前年比で23.1%の増加である。上記のような家庭では、家族の誰一人として失業保険も受け取れず現金収入の無い状態である可能性が高いと言えるだろう。政府はこういった人々に期限付きで月額400ユーロなにがしの援助金を渡しているのだが、そんな程度で生活できるわけもない。

 そういった状況でスペインでの職探しを諦める人々が増えるのは当然である。6月の統計ではこの1年間で
55万人ほどが外国に去った。もちろんその大部分が今までスペインで働いていた外国籍の人だが、約8万人のスペイン人が含まれている。この労働力が、特にスペイン人が外国に去っていく状況に対して、スペイン中央銀行は「国の経済成長に打撃を与える」と他人事のような警告を与えているのだが、こんな状態を作った責任の重大な部分がバブル経済とその崩壊を為すがままにしておいた当の中央銀行にあるのだ。

 最も悲惨な状況は若年層であり、昨年スペインは25歳未満の若年層失業率が53.8%と、ギリシャの53.1%を抜いてEU内の最悪となってしまった。かろうじて職にありついても、その多くが自分が職業学校や大学で勉強した内容とは無関係の、しかも短期・非正規雇用の仕事でしかない。大学生に支給される奨学金も2013‐14年度は前年から7千5百万ユーロ(約110億円)も削られたのだが、経済難に苦しみながらほうほうのていで大学を卒業しても、待っているのはこの失業地獄である。

 必然的に、「仕事を手に入れて貧しくなる」という新しい現実がスペイン人を襲っている。失業率を下げることが国民生活を豊かにすることにつながってこないのだ。大手労組CCOO(スペイン労働者委員会)系の研究団体「5月1日協会」の調査報告「貧困とスペインでの貧困労働者」によると、スペインの就労者人口の12.3%が貧困ラインに達しており、これはEUではルーマニア(19.1%)とギリシャ(15.1%)に続くものである。特に若年労働者、自営業者、短期雇用者、パートタイマーではルーマニアに続いて貧困率が高い。

 一方でOECDとIMFの調べによると、約1670万人いるスペインの労働者(月給を受け取る労働者:非正規雇用者を含む)の59%に当たる約1000万人が年収1万8千ユーロ(約270万円)未満で、それには年収が9034ユーロ(約134万円)未満の570万人(約34%)が含まれる。いくら物価が安いと言っても、これではまともな暮らしなどできるはずもない。その物価にしても最高で21%もの消費税がかけられ、さらにバルセロナやマドリッドなどの大都市での居住費はほぼ日本並みに高い。

 正規雇用者と非正規雇用者の格差も激しくなっている。スペイン国家統計局の数字を見ると、正規雇用者の平均月収が2048ユーロ(約30万円)であるのに比べて、非正規雇用者のそれは1282ユーロ(約19万円)にすぎない。もちろんだが新規雇用のほとんどがこの短期・非正規である。そのうえでユーロ・グループは、スペインに対して「ユーロ圏内の模範となるような労働改革」、つまり少数の高給取りと圧倒的多数の賃金奴隷の構図を推し進めるように命令している。「失業ではない、不正義だ」としか言いようがあるまい。



《飢餓に直面する子供たち、切り捨てられる弱者》 【見出し一覧に戻る】


(写真はスーパーマーケットの出入り口でフードバンクに食糧を寄付する市民:Noticias de Mercadona)

 スペインには他の欧米諸国と同じようにフードバンク(Banko de Alimentos)と呼ばれる福祉団体があるが、1987年にバルセロナに創設されたものがこの国の最初で、いまではスペイン全土に広がっている。ここでは生活困窮者に直接に配達することはなく、食糧援助を必要とする人々が各地区にある配給所に決められた曜日に行って無料で受け取ることができるようになっている。食糧は、各地区の支部に直接寄付してもらうか、市場やスーパーマーケットなどが協力して場所を提供し、買い物に来た人たちが少しだけ余分に買ってそれを寄付する仕組みになっている。またレストランやバル(喫茶店)が料理を作ってプラスチックケースに小分けして冷凍し、それを寄付する場合もある。食糧を集めたり仕分けして配給所に運んだりする作業は全てボランティアの手で行われている。

 先日(11月28日と29日)にはフードバンク連合会の呼びかけで、スペイン全土の約1万か所で食糧寄付の運動が展開され、
2日間で全国で2万トンもの食糧が集められた。寄付者は3年前に比べて40万人増えて140万人を超す。しかしそのような善意も、貧困状態か貧困の危機にある人々が36%を超える状態では、焼け石に水だろう。またボランティアの数にも限りがあり、現在公営のフードバンクを作らせる運動が行われている。またこれも他の欧州各国と同様だが、困窮者のための炊き出し食堂が大都市を中心に存在する。さらに各地の学校で貧困家庭の子供たちの食事を公費で賄う無料給食の制度がある。もしこれらの生活支援がなければ、今頃は、1939年の内戦直後のように、栄養不良で痩せこけてうずくまる人々がスペインの街路にあふれていることだろう。

 しかし本来なら、例えば服飾メーカーInditexの社主で世界第3位の大富豪アマンシオ・オルテガのような連中から資産の100分の1でも供出させるなら、あるいは自治体と国に借金を背負わせて公金を外国の銀行にため込むような連中の資産を差し押さえれば、それで問題はほとんど解決するのだ。(これらの悪党どもの所業についてはこのシリーズで随時述べていこう。)しかしスペイン社会は加速度を付けてそれとは逆方向に走りつつある。

 10月に
OECDが発表した統計によると、2008年に経済危機に突入して以来、貧困状態にある15歳以下の子供が40万人も増加している。子供のいる家庭で両親ともに失業している例が100万を超しているうえに、多額の借金を抱える各自治体でいの一番に文教予算が削減され、教員の首切りだけではなく、幼稚園を含む子供の教育や給食への援助も大幅に削られているのである。教科書や各種の教材も全額を各家庭で負担しなければならない。2010年以来、幼稚園と小中学校へ向けられる資金が64億ユーロ(約9400億円)も削減されているが、これは子供一人当たり772ユーロ(11万4千円)にあたる。

 経済危機が始まって以来、スペイン中で食べ物を満足に与えられていない子供が急増している。スペインではふつう起きてすぐには食事をとらないか、ビスケットとコーヒーかミルクくらいで簡単に済ます人が多い。その代わりに午前11時くらいに軽食を食べる(昼食は午後2時くらいから)のだが、子供たちも多くが食事を取らずに学校に来て、家から持ってきたビスケットやパンを休み時間に口に入れるのが普通である。しかしこの近年、
家から軽食を持ってくることができない児童が急増しているという。

 また多くの自治体では学校の給食の半分を公費でまかなっているが、その残りの半分を払う能力すら無い家庭が激増しており、一部の地域では赤十字などの団体が援助しているという。カタルーニャでは今年2月の段階で
約3000人の児童・生徒が食事の「極端な厳しさ」に直面しており、給食の全額公費負担が必要となっている。

 今年の夏に各地で大きな議論が起こった。スペインの学校は6月21日から9月半ばまで、3カ月近い夏休みがあるのだが、その間に学校の給食を食べることができず、子供たちの間に深刻な栄養不良が広がることが懸念されたからだ。そのため、
マドリッド南部の都市など貧困な家庭の多い場所では、自治体や慈善団体などの力で、困窮する家庭の子供に学休期間でも給食を可能にした。しかし赤字を抱える地方自治体の力では限界がある。学校給食に回す資金自体が枯渇しているのだ。カタルーニャ州ではこの7月に来年度の給食は100%保証することを議会で決定し、緊縮財政の影響をせめて子供たちには及ばせないようにしたが、進行しつつある下層階級の貧困化に対応することは、自治体や慈善団体だけの力では困難だろう。


(写真はマドリッド郊外の貧困地域に住む子供たち:el Mundo紙)

 
今年3月に発表された福祉団体カリタスの調査によると、スペインはEU内でルーマニアに続いて子供の貧困率の高い国(29.9%)となっており、同団体は全く収入の無い70万の家庭に対して26億ユーロ(約3800億円)の援助を行っている。しかしこれは建設バブル期に採算の見通しも無いまま無秩序に作られた高速道路の維持費の半分にすぎない。Save the ChildrenのEU代表であるエステル・アシン・マルティネスも、この数字を全面支持する。スペインのクリストバル・モントロ財務相はこの貧困率の数字を「現実に即したものではない」と否定するが、アシン代表は「我々は公式に発表された統計の数字を調べており、モントロ大臣は統計を見ていないふりをしているのだ」と厳しく指弾する。7月に公表されたユニセフの調査でもやはり貧困ライン以下にいるスペインの子供の数は230万人(27%)に上る。

 いま紹介したカリタスはカトリック教会に属する福祉団体でカトリック圏を中心に世界中に存在するが、その中心はスペインである。そしてスペイン国家は現在でもカトリック教会(全国司教区会)に多額の資金を「税金の払い戻し」の名目で渡しており、2012年には2億4800万ユーロ(約366億円)である。さらに各地の司教区は数多くの名目で地方自治体から資金を得ており、その総額は110億ユーロ(約1兆6千億円)にのぼる。このような教会に公金が回される仕組みは
「聖なるマフィア」とも呼ばれるオプス・デイが支えたフランコ独裁体制の延長なのだが、しかし全国司教区会は国家から得たカネの中からわずかに570万ユーロ(2%)しかカリタスに回していない。ローマでは「貧者の教皇」が誕生したのだが、この未だに政教分離が実現しない「民主国家」スペインでは「富者の教会」が続いているらしい。

 ではスペイン国家はどうかというと、今年7月になって政府は貧困状態にある子供を援助するために1600万ユーロ(約24億円)を各地方自治体に配った。どうせ1年に1回きりの「援助」だろうが、それにしても全国平均で
一人当たり7ユーロ(約1000円)にすぎない。その支給額は自治体によって大変な差があり、スペイン国家からの独立を目指すカタルーニャに届いたのは一人当たり2.25ユーロ(332円)である。そして最も貧困率の高い自治体の代表であるアンダルシアには一人当たり1.9ユーロ(約280円)! いったい何を食えというのだろうか。

 同時にいま問題となっているのは、電気代やガス代を支払うことのできない家庭が急増していることである。「エネルギー貧困(Energy poverty)」という言葉はまだ日本ではなじみがないかもしれないが、冬の間に十分な暖房がとれないことが原因で死亡する例が欧米各国で増え続けている。そのうえにスペインでは、今までに述べたように国民の困窮が広がっているというのに、電気代が4年間で30%も上がっているのだ。WHOによると、冬季に死亡した人々の30%はこのエネルギー貧困によるとされるが、この計算でいくならば
スペインでは年に7000人がエネルギーに支払う能力がないために死亡していることになる。また 2009年にスペイン政府(社会労働者党政権)はエネルギー貧困にある200万以上の家庭に対しての援助を開始したが、ラホイ国民党政権が誕生した2011年から2013年の間にその援助が20万家族分も削られてしまった

 そして今年もまた第3四半期の間に
電気料金は11%も値上がりした。スペインはEUの中で電気料金が最も高い国々の一つ なのだが、自由競争とは名ばかりでエンデッサ、イベロドーラなどごく少数の企業による事実上の独占が続くスペインで、電力会社の暴走を食い止めるものは誰もいない。12月になって公表された消費者団体Facua-Consumidores en Accionの試算によると、2004年以降の10年間に、電気料金は72.4%も値上がりした。各家庭当たり平均で10年前に比べ年間383ユーロ(約57000円)多く支払わねばならない。

 政府は今年中に電気料金が下がると予想しているが、信用する者は誰もいない。なにせ、スペインのエネルギー企業は、電気、ガス、石油の区別なく、客の懐をむさぼり客から奪うことしか考えていないのだ。たとえばこの秋以降に原油の値段が世界的に暴落しているのだが、原油9.1%の値下がりに対して
スペインではガソリンの値下げ幅が3%前後にすぎない。スペイン政府はあれこれと理由を付けてはレプソルなどの巨大石油企業を擁護している。

 当然だが、こういったエネルギーの値上がりや値下げ拒否は、スペイン企業の90%近くを占める中小企業の経営を圧迫し続け、ますます雇用の創設を困難にする。スペインはEUの中で、経済危機によって
中小企業が利益と従業員を失った割合の最も高い国家群のひとつなのだ。EU委員会の調査で、スペインの中小企業は2008年以来、利益も従業員数もおよそ25%を失っている。これは、ギリシャ、ポルトガル、キプロス、バルト海諸国などと並んでEUの中の最悪グループに入る数字だが、一方でドイツでは同じ期間に中小企業が利益と従業員数を10%以上も増加させている。それでもドイツ首相メルケルによると、ドイツ国民の6分の1近くが貧困ラインに達しているらしい。「不正義」はスペインだけのものではないようだ。

 2013年のスペインの
個人商店を含む中小・零細企業の倒産件数は9960件であり、前年比で6.5%の上昇である。ちなみに2012年は前年比32%、2011年は同じく15%だから、増え方が多少減った、とは言えるだろう。またこの国の中小企業が払う借金の利子率が、2012年第3四半期に比べて40%近く減っているのだが、それでも利子率の数字はイタリアと並んでユーロ圏の中で抜群に高い。つまりカネを貸す側にとってもそれほどに危険率が高い、ということである。

(グラフはユーロ圏各国の中小企業が背負う借金の利子率(%):el Pais紙)


《数字だけの「景気回復基調」》

 9月25日、スペイン首相
マリアノ・ラホイは中国を訪れ、総額30億ユーロ(約4000億円)以上にのぼる多種分野での商談を取りまとめた。その際に満々たる自信をみなぎらせてスペイン経済の復活を強調したのだが、このイベリア半島のノーテンキ男の駄法螺をまともに信用するお人好しなど、世界中どこにもいないだろう。なにせその前日にスペイン中央銀行が経済の回復にブレーキがかかる可能性を警告していたのである。交渉に向かう首相として自国の経済の暗い見通しを語るわけにはいかない立場は分からないでもないが、それにしても相手はこの国の窮地を知りぬいて足元を見ながら商談を進めているのだ。うまいところを吸い取られるだけに終わらなければよいが。

 スペイン政府は
今年の経済成長率を1.3%、来年にはそれが2%になると豪語する。確かに来年度にはインフラに対する投資が今年よりも9%近く上昇する見込みだ。ムーディーズなどの格付会社もIMFも成長に対する明るい見通しを語る。そして第2四半期に国内総生産は0.6%上昇した。

 しかし
消費者物価は0.3%の落ち込み見せ、国内消費が冷え込み続けていることを明らかにする。生活の困難を身にしみて感じる国民がそのような政府のほら話を信用するわけもない。EUはスペイン政府の見通しよりも常に厳しい見方を示しており、ラホイ政権が声高に宣言する失業率の低下すら信用していない。ただしブリュッセルはそれを知りながら更なる緊縮財政をスペイン政府に要求する。つまりますます多くの失業者とますます低下する消費活動を求めているわけだ!


(グラフは5年間の消費者物価指数の変遷、濃い青は前年比、薄い青は前月比:el Mundo紙)

 国家統計局のデータは2012年と13年に
消費者物価指数が前年度比で下がり続けてきたことを明らかに示している。もちろんだがこれは供給過剰によるものではなく、単純に、過半数の国民に消費を伸ばすだけのカネが無いだけである。2014年の夏以降、順調な観光産業にも関わらず国内総生産は前年比マイナスが続くが、9月と10月にはその下がり方が若干弱まった。これは消費者物価指数の下落が多少緩やかになったためだが、その理由は電気料金と食糧の値段が上がったことなのだ。つまり、ますます消費が落ち込む方向に進んでいるのである。

 スペイン政府がこの消費活動の衰退に対してとっている対策はとうてい効果を生みそうにない。例えば政府は自動車の新規購入に補助金を出して何とか新車の購入台数を維持してきたのだが、
今年もそのために1億7500万ユーロ(約258億円)を使っている。要するにこのご時世に新車を買うことのできる階層への「援助」である。もちろんそれによって国内の自動車産業を守り関連企業の雇用を維持しようということなのだが、借金を背負いながら自転車操業を行う中小企業の従業員にそのご利益がどれくらいあるのか疑問である。むしろ、消費税を上げ電気料金の値上げフリーパスを許し、ガソリン料金の値下げに渋る大企業を優遇する姿勢からは、大多数の国民の消費活動に対する関心を観ることは不可能であろう。

 さらには、スペインの公的債務はすでに
1兆ユーロ(約149兆円)を越し、ほぼ国内総生産と同額である。長期国債の利子率から算定される危険率プライムリスクも110近くにまで下がり、国債の販売も容易になっている分、背負う借金が増えることがあっても減ることはあるまい。この国は来年には、その借金の利子だけで1日につき1億ユーロ(約149億円)を支払わなければならないのだ。利子率を何とか引き下げてもらって多少はましになるかもしれないのだが、それにしても今の見通しでは借金の返済が来年度には12%も増え、そのぶん失業対策や社会福祉は削られ続けることになりそうだ。消費の落ち込みと不況の悪のスパイラルが収束する見通しは無い。

 その中で、当然のごとくだが、貧富の差と不正蓄財、裏経済の拡大という側面が大きく顔を出してくる。

 
経済研究所EADAとICSAの調査によれば、2013年にスペイン企業の幹部が受け取る給料は、平均で前年の約7万5千ユーロから7%も増えて8万ユーロ(1180万円)を越した。不況開始前の2007年で6万9千ユーロ足らずだったからこの大不況の間におよそ19%上昇したことになる。中間管理職については2007年に比べて4.9%増の約3万6500ユーロ(約540万円)、一般の社員(ただし解雇を免れた幸運な者)は8.7%増の2万1300ユーロ(約315万円)となっている。しかしこの間(2007年以降)に消費税引き上げを含めて物価上昇が13.5%だから、幹部以外にとっては実質的な減給である。さらに2017年まで一般社員の賃上げは無いだろうと結論付ける研究もある。こうして「上の方だけが得をする」構図が固定しつつある。

 
ブリュッセルのEU委員会はスペインをスロベニアやキプロスと並んでEU内の最も貧富の差の激しい国であると見る。ただし「極端ではない」という注釈つきだが。そしてEUはさらなる緊縮財政とリフォームをスペインに強要する。そのリフォームの目玉となっているのが所得税率の引き下げと消費税率の引き上げというのだから、もはや不正義の極致と言えよう。所得税率の引き下げは高額所得者の懐をより多く暖める。消費税は当然のように金持ちにも貧乏人にも同じ割合でかかってくる。ブリュッセルは「極端ではない」貧富の差を極端にさせることが「不況の克服方法」と心得ているようだ。


(グラフは隠匿された資産の5年間の増え方を表わすもの、赤い棒は国内総生産に占めるパーセンテージ、折れ線は金額で右側の数値の単位は10億ユーロ:el Mundo紙)

 またスペイン財務省に所属する研究機関Gesthaは、
課税を逃れて隠匿された資産が2012年に国内総生産の4分の1(24.6%)の2530億ユーロ(約37兆5千億円)に達するという報告書を公表した。ただしこれは単に摘発を受けたものだけであり、実際にはそれよりもはるかに多いと思われる。

 その数字から、不況が始まって以降に巨額の資産隠匿が急増していることがよく分かる。そして同報告はマドリッド自治州の例を出して、その大部分が富豪と国内外の大企業によるものとする。その多くが2007年まで続いた不動産バブル時期に、悪徳土建屋と一部の政治家や役人などが濡れ手に粟で懐にねじ込んだものだろう。経済危機が始まった2008年にはすでに1900億ユーロが隠し持たれていたのだ。

 その手段の多くが、500ユーロ札の束にして隠し持つもので、当然だが隠匿に加えて「国外逃亡」して摘発を逃れた膨大な数の500ユーロ札があるだろう。実はスペインは
ユーロ圏の中で最も多くこの500ユーロ札が使われている国である。金額が大きすぎて普通の買い物には不便すぎるため市民生活にとってほとんど役に立たないこの紙幣が、このようなところで存在価値を発揮するらしい。欧州がこの紙幣を廃止しない理由も何となく分かる気がする。それが社会の上層部にとって「役に立つ」からだ。

(写真は資産隠匿以外にほとんど使い道のない500ユーロ札:TIC Pymes誌)

 この「資産隠し」の最も激しいのがアンダルシア、カスティーリャ・イ・ラマンチャ、カナリア諸島、ムルシアといった、バブル経済による荒廃の最も激しい、そして貧困化が最も進む地域であることは注目される。
特にアンダルシア州は資金逃亡の本拠地となっており、ここだけで405億ユーロ(約6兆円)が隠匿されていた。もっともアンダルシア、特にマルベージャのような有名な観光地は、フランコ独裁時代の昔からマドリッドやバレンシアなどの大富豪が資産隠しと資産の「国外逃亡」工作を行う中心地だったから、いまさら驚くようなことではないが、その一方で今までに述べたような貧困化が最も進む地域の一つである。

 そしてもう一つの問題が裏経済である。今年9月に公表された
スペイン国家統計局の調査によると、麻薬や売春、武器の密輸などの裏経済で動く資金が90億ユーロ(約1330億円)に達している。しかしこの数字もまた摘発されたものだけであり、ちょっと少なすぎるように思える。実際にはその何倍、何十倍もあるのだろう。

 最後に、こんな状態の国に将来のある若者たちが見切りをつけるのはごく自然のことだろう。 今年6月のプブリコ紙によると、日本の高校生に当たるバチジェラト(大学進学課程)の生徒たちの62%が、10年以内に外国に出て自分の生活を見つけることを計画している。これは米国の大学シラー・インターナショナルによる調査結果だが、その行先はドイツ、米国、英国が最も多く、その中で自分で起業する希望を持つ者が10人に一人の割合でいる。

 実際には
最近2年間で14万人のスペイン人が外国に去って行った。経済危機が開始してからでは40万人にのぼり、その大半が若年層の者たちである。こうやってこの国は、本当なら将来の国を支えるべき優秀な若者たちを、大量に失っているのだ。そしてその原因を作っているのが、「99%」の国民から搾り取ることでより大きな権力と財力を持とうとする者たちと、それを保証し維持するこの国の経済・社会システムである。次からはこの点にメスを入れていきたい。

2014年12月7日 バルセロナにて 童子丸開

【第1部 終り】

※ シリーズ「スペイン:崩壊する主権国家」全体は次の通りです。

第1部  ノンストップ:下層階級の生活崩壊
   《果てしなく続く住宅追い出し:貧困ではない、不正義だ!》   《短期非正規雇用者の増大と失業率の誤魔化し》
   《飢餓に直面する子供たち、切り捨てられる弱者》   《数字だけの「景気回復基調」》
第2部 崩れ落ちる腐肉:(A)あらわにされる「たかりの文化」
   《倒産銀行にたかる病原体ども》   《次第に明らかになる「バンキア倒産」劇の内幕》
   《引き続く「ギュルテル」の闇》   《公営事業は野獣の餌場》
第3部 崩れ落ちる腐肉:(B)国の隅々にまで広がる腐敗構造
   《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》   《カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊》
   《内堀に届くか:バレンシアの亡者ども》   《アンダルシアに腐れ散る社会主義者》
第4部 終焉を迎えるか?「78年体制」
   《国民党は崩壊に向かうのか?》   《地に落ちた王家の権威と求心力》
   《ポデモスの台頭と新たな政治潮流》  《巨大な闇から現われた「小さなニコラス」》   
第5部 浮き彫りにされる近代国家の虚構
  《真の権力者はどこにいるのか?》   《雲の上の「1%」》
  《スペインと世界の「青い血」》   《民主主義?国民国家?》

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