メニューにもどる  「幻想のパティオ 目次」に戻る
画面中央のタグの「閉じる」をクリックしてください。
《お願い》 このページにあるリンク先をそのまま左クリックすると、いまの画面と同じ場所にリンク先のページが現れてくるため、両方を効率よく見比べることができなくなると思います。リンクの部分にカーソルを当て、手のマークが出たら右クリックから「リンクを新しいタブで開く」または「リンクを新しいウインドウで開く」を選択していただいたほうが便利でしょう。ご面倒ですがよろしくお願いします。

【※お知らせとお詫び:前回の「スペインにおける貧困と格差の拡大」の中で、SICAVについての注釈に、それがフランスの投資会社であると書きましたが、これは不正確な記述でした。すでに訂正を施してありますが、ここでお詫びいたします。】


「中南米化」するスペインと欧州

その1:上下分裂を加速させるスペイン社会

小見出し一覧:最初の小見出し以外の記事には、クリックで飛ぶことができます】
●劇的に広がる貧富の差
●下層階級を襲う失業と低賃金の津波
●上がる一方の物価と消費税


●劇的に広がる貧富の差

 当シリーズの序章としてWorld Socialist Web Siteからの拙訳文「スペインにおける貧困と格差の拡大」を掲げておいたのだが、この中で、現在スペインでの貧富の差の劇的な拡大の様子が述べられていた。ここではまずこの事実について、もう少し詳しい情報を取り上げてみたい。次のグラフはスペインの大手日刊紙エル・パイス(2012年10月11日付)に載せられたものである。
 貧富の差を表す2通りの方法を基にしたグラフだが、左側はジニ係数によるもの、右側はS20/S80比率によるもので、どちらも、赤線がスペイン、青線はEU全体(27カ国)、黄色線はユーロ圏(主要15カ国)の変化を表す。ジニ係数によるものでは、2011年のEUとユーロ圏の統計は出されていない。
http://ep00.epimg.net/economia/imagenes/2012/10/10/actualidad/1349901592_959130_1349901679_sumario_grande.png


 このように視覚化すると、スペイン社会で何が起こっているのか、一目瞭然である。ここは、2000年から2001年のジニ係数を見れば分かるとおり、元々から貧富の差が欧州の中で抜群に激しい国だった。しかしそれ以降、バブル景気の崩壊が明らかになるまでの期間(2001〜08年)に、ジニ係数はいったん大きく下がり、そこからおおよそ横ばい状態が続いたことが分かる。S20/S80比率のグラフには2003年以前のデータが無いのだが、2004年以降はジニ係数のグラフとほぼ重なっている。しかし2008年以降、バブル崩壊が明らかになり地価が下落していくにつれて急激に貧富の差が開いていくことが、どちらのグラフからも全く同じように読み取れる。
 また、2010〜11年にどちらの指標でもスペインの格差にほとんど変化が無いにもかかわらず、S20/S80比率のグラフがEU全体で急上昇しているのは、おそらくギリシャやポルトガル、イタリアといった諸国での、同様の格差の急速な拡大を示しているものと思われる。
 この二つのグラフを、次の地価の上昇・下降グラフと比較していただきたい。2007年を境に、何が起きているのか、一目瞭然となるだろう。(2012年1月9日付Idealista誌より)
http://imagenes.idealista.com/news/archivos/imagecache/noticia/64/grafico-historico-precio-vivienda.gif


 もちろんだが、バブル期の2001〜08年までに貧富の差が縮まったのは、決してこの国の上層部が以前よりも貧しくなり下層部が豊かになったことを意味しているのではない。以前にあまりにも貧しかった下層階級にも少しはバブルのおこぼれが回ってきたことに加えて、この時期に上流階層が――タックスヘイブンへの送金や公金横領等の違法手段を含めて――実質的に手にした資産が正直に申告されていないことの結果である。2012年のデータが無いため最新の数値は分からないが、以上のデータは、バブルの発生によっていったん低所得者層にもばら撒かれていた資金が、その崩壊とともに社会の上層部に激しく吸い取られ、上流階級のみがますます肥え太っていく過程を表しているようだ。私は、「シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M(キンセ・デ・エメ)」の『第1話:バンケーロ、バンケーロ、バンケーロ』で次のように書いた。
               ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 現在の「経済危機」は、1996年のアスナール・ネオコン政権誕生以来のネオリベラル経済が元々経済基盤の脆弱なスペイン社会を侵食していった結果なのだ。それ以来、実体経済とはかけ離れた数字がマーケットに踊り、何がしかの「おこぼれ」が社会下層にまで何らかの形で滴り落ちていったのだが、その中で固定化された貧困層とにわか金持ちが同時に街にあふれた。そして2007年に米国と同時期に住宅バブルがはじけると、だぶついた資金は一気に、ある部分は市場の数字操作によって、ある部分は国庫を通して、上に上にと流れ始め、吸い取られたカネはもはや滴り落ちることが無い。学者は「経済の法則」をあれこれと掲げる。法則? 違う! 意図的な詐欺、純然たる犯罪なのだ。
               ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この国の「雲の上」でどのようなことが起こっているのか、という点について、10月14日付プブリコ紙が次のような事実を我々に教えている。
 スペインではSICAVと呼ばれるオープンエンド方式の投資を利用して資産有用を行う例が多いのだが、この方法では所得税がわずか1%の税率に抑えられるというとんでもない特典がある。この制度がこの国の歯止めの無いバブル経済を作った原動力の一つなのだが、この投資には、一つの集団に付き100人以上の参加と240万ユーロ(約2億4300万円)の投資金額が必要で、スペインでは数多くの企業や個人投資家がこれを資産運用に利用してきた。しかし2010年6月から12年6月までの2年間で、この種の投資のために、全スペインの資産が253億2400万ユーロ(約2兆5500億円)から232億1800万ユーロ(約2兆3400億円)へと、8.3%も減少してしまった。
 ところが、その中でたった5つの集団が、同じ機関で16億380万ユーロ(約1650億円)から18億180万ユーロ(約1830億円)にまで収益を増やしているのだ。その中には、BBVA銀行の傘下にあり企業家アリシア・コプロヴィッツが経営陣に加わる投資会社 Morinvest、運輸関係の建設会社を営む大富豪ピノ家による投資会社Allocationなどがある。また、世界第3の大富豪アメリシオ・オルテガの前妻で巨大テキスタイル企業Inditexを経営するロサリア・メラが主導する集団なども入る。中にはバークレー銀行傘下の投資会社ワナ・インベルシオネスのように50%近くも収益を伸ばした例もがある。
 もちろんだが、「1%の所得税率」に引かれてこのSICAVの賭博場に群がったばかりに、資金をどぶに捨てる結果となった集団のほうが圧倒的に多いはずである。しかしそのツケは、より巨大な賭博場である不動産投機での損失とともに、より立場の弱い者たちに押し付けられることとなる。前シリーズ「スペイン経済危機の正体」の(その2) 支配階級に根を下ろす「たかりの文化」にある『金融危機を利用して金をつかみ取りする銀行幹部』に記録されているように、上流社会の者たちは「危機だ!」と感じたときに、一斉につかめるだけのカネをつかみ取りにし、空の金庫と借用書を下層階級に放り投げて逃げるものである。また『不況と腐敗の中で急激に拡大する貧富の差』でも述べたことだが、不況が開始した2007年から2009年までの間に、100万ドル以上の資産を持つ者の数が12.5%も増え143000人となっている。2011年の末には、多くの破産状態の銀行幹部が数億〜十数億円分の「退職金」を手にして責任を放棄した一方で、21.8%の国民が貧困の淵に立たされていたのだ。


●下層階級を襲う失業と低賃金の津波 【小見出し一覧に戻る】

 前稿でもご紹介したことだが、スペインの人口動態調査によれば、構成員の全員に職のない家族の数は170万にのぼる。現在すでに580万人近くにも上る失業者がスペイン中の街にひしめいている。そのうち100万人は公共の職業安定所に登録されておらず、したがって失業保険も受けることができない状態なのだが、職業安定所に登録される480万の者たちの中ですら、わずかに67%が国家による何らかの救済措置を受けているに過ぎない。いってみれば、実際に職を失っている者の半分が単なる「棄民」となるだけだ。
 彼らは、一族の中で多少は余裕のあるメンバーにすがって生きるか、さもなければ乞食になるか泥棒になるしか、生きる道を持たないのだ。筆者の知り合いの中にも、親の家に転がり込んでそのなけなしの年金にしがみついて生きる者、心細い妻の収入だけで爪に火をともす生活を何年も続けざるを得ない者たちがいる。相当数の者たちが慈善団体が支えている無料食堂に頼ってしか生きる道がない。その悲惨さはもはや言葉にならないレベルに達している。おそらく実際の貧困率は、公表される数字よりもずっと高いものになるだろう。
 次の失業率のグラフ(10月26日エル・ムンド紙)を、今まで掲げた経済格差グラフや地価の変遷グラフと比較しながら見ていただきたい。スペインの失業率が2012年第3四半期についに25%を越したことを示している。
http://estaticos01.cache.el-mundo.net/elmundo/imagenes/2012/10/26/economia/1351235039_extras_ladillos_1_0.jpg


 データの元はINE(国家統計局)による公式のものだが、これによると、第3四半期に96900の職が失われ、職を得ている者の数は0.56%減の1732万人となり、これは2003年第2四半期以来の最低記録となっている。もともと観光シーズンである夏の時期には短期雇用が増えるために失業率は減るのが当たり前だが、逆に大きく増えていることになる。エル・ムンド紙によれば、そのうち49400人が公的部門から、47600人が民間部門からの新たな失業者なのだ。景気悪化の中でコスト削減を計る中小企業・商店による従業員解雇以上に、負債を抱える国や地方自治体による人員整理が激しく進行していることをよく表している。
 データは半年ほど古いが、関連する情報として、シリーズ「スペイン経済危機の正体」から、『(その5) 学校を出たらそこは暗闇』をぜひご参照願いたい。また10月31日付スペインABC紙は、最新の失業率を25.8%(若年層54.2%)と報道している。これによると、EUの平均では10,6%と安定しており、ユーロ圏では11.6%で微増である。国別ではスペインが25.8%、ギリシャが25.1%、ポルトガルが15.6%となっている。失業率が低い国ではオーストリアが4%、ルクセンブルグ5.2%、ドイツとオランダが5.4%である。

 では、まだ何とか仕事にありつけている者たちはどうだろうか。10月13日付のプブリコ紙は、スペインの勤労者の35%が、その労働の対価として、法定の最低賃金月額641.40ユーロ(約6万4千円)以下の賃金しか支払われていないという研究報告を掲げる。CCOO(スペイン労働者委員会)によるこの研究によれば、スペインの勤労者の家庭の12%強が貧困ライン未満の生活を送らざるを得ない状態である。仕事を持っていてもそれではほとんどぎりぎりの生活しかできない。家族の中に失業者が一人でも新たに生まれたならば、その生活すら、もはや成り立たなくなる。
 筆者の知る持ち寿司テイクアウト専門の店によれば、2007年までは客の多くが成り上がりの自営業者風で、高い寿司をどんどんと買っていった。しかしそれ以降は自営業者風の客が減り、客の中心が明らかに公務員(公的部門の契約企業ではなく役所自体の役人)に移っていった。しかしそれも、ボーナスカットを含む公務員給与の減額などのためか、この1〜2年で次第に数を減らしているという。バルセロナ市内で営業する日本料理店では、中国人経営の安売り日本料理店の一部が何とか生き残っているが、本格的な日本料理を出す店の経営はきわめて深刻な状況に追い込まれている。
 日本料理店だけではなく、一般のレストランも経営悪化に苦しんでいる。元々スペイン人のサラリーマンは、午後2時に始まり2〜3時間も続く昼休みを職場の近所のレストランやバル(喫茶店)ですごすのが普通だったが、近年では自宅で弁当(たいがいボカディージョというスペイン風サンドイッチ)を作ってきて公園のベンチでかじるという、10年ほど前ならとうてい考えられなかった光景をよく目にするようになった。この数年で彼らの収入がどのようになってきたのか、それだけでも十分に分かるというものだ。 こうして、営業不振に陥ったレストランが倒産し、そこに食料を仕入れていた業者が経営を圧迫され、…、失業者が雪ダルマ式に増えていくのだろう。
 知り合いのある中年男性はある中小企業に勤めていたのだが、今年の夏に休暇をとって戻ってきた時点で「もう会社に来なくてよい」と言い渡されたそうだ。しかもそれ以前の給与も遅配で受け取っていない。20数年働いた職場からこんな形で追い出されるのである。遅配の給与と退職金の支払いを求めて会社に行くと、「何しに来た!」とつかみかかられ「警察を呼ぶ」とまで脅される。いま弁護士をつけて係争中だが、会社としては「無い袖は振れぬ」であろう。スペイン各地で、たとえば大手旅行会社マルサンスや大手飲料ヌエボルマッサなど、一昔前なら飛ぶ鳥を落とす勢いだった会社が、何千人もの労働者を似たような形で路上に放り出す。これはアフリカや中南米の未開国の話ではない。EUで5番目の先進国スペインの現実なのだ。


●上がる一方の物価と消費税  【小見出し一覧に戻る】

 スペインでは2012年9月から消費税率が大幅に上げられた。そのうえに、カタルーニャ州やマドリッド州では、病院の処方箋に従って保健の効く薬を薬局で買う際に、余計に1ユーロを支払わされている。(スペインでは原則的に病院内で薬を販売することはしない。)この消費税アップは、この猛烈な不況のさなかに猛烈なスピードで上がり続ける物価をさらに押し上げることとなった。次のグラフは、2011年6月から2012年9月までの消費者物価上昇率(前年比)の変遷を表す。(2012年10月11日付エル・パイス紙
http://ep01.epimg.net/economia/imagenes/2012/10/11/actualidad/1349938952_479913_1349945972_noticia_normal.png

 そして、INE(国家統計局)によると、10月にこの数字はさらに3.5%にまで押し上げられている。ガソリンの値段が下がったにもかかわらず、全体的な物価の上昇は留まるところを知らない。特にカタルーニャでは10月の物価上昇が年率4.2%と、スペインの中で最高になっている。中央政府も地方政府も中央銀行も、この前代未聞の不況の中で続くインフレに対して無為無策、というよりも、カネの無いところから強引にむしりとり続けるために、また上っ面だけの「経済成長率の数字」を確保するために、意図的にほったらかしているのではないかとすら思われる。

 IMFはこの10月初旬に東京で2013年のスペインの国内総生産が1.3%のマイナス成長になるだろうという予測を発表した。これは、ラホイのスペイン政府の予測であるマイナス0.5%を大きく上回るが、同じIMFが2011年秋に立てた見通しでは、2013年は1.8%プラスの成長となるはずだったのだ。たった1年でどうして3.1%もの差が出てきたのだろうか。早くスペイン政府に「援助要請」をさせたいという思惑があるのかもしれないが、しかし、実際にはIMFの予測でもまだ甘いのではないか。国民の収入減に加えこの物価上昇で、国内消費が落ち込み続けることが火を見るよりも明らかだからだ。
 実際に今年第3四半期の国内総生産の変化は、スペイン中央銀行の調べを基にした国家統計局の数字によると0.3%のマイナス、中央政府の経済・雇用省によると0.4%のマイナスとなっている(10月30日付プブリコ紙)。経済大臣のデ・ギンドスはこの数字を「良いニュースである」と語ったそうである。何せ、このノーテンキな国の政府にとって、来年は危機から立ち直りを見せる年であり、2014年以降スペインは復活を遂げるはずだそうだ。もっとも欧州でこのマリアノ・ラホイの駄法螺を信用する者など、ほとんどいないだろうが。
 しかしスペイン国民の購買力はすでに限界に近づいている。物価の値上がりは消費の冷え込みに直結し、スペインの職場の大部分を占める小規模・零細企業と商店の経営を直撃する。公的部門の切捨てに加えて、それが新たな失業者を次々と生み出し、更なる消費の冷え込みを作るという悪循環は、誰の目にも明らかだ。
 象徴的な出来事だが、カードによる消費が2012年第2四半期に2009年以来初めて減少した。カードによる買い物自体の数は5億5800万件と0.31%増えているのだが、取引金額の合計は1.32%減少して241億1600万ユーロに留まった。インフレの進行に加え、各家庭の預金がこの1年で平均して9.6%も減っているのだから、これは当然だ。さらに10月には自動車の販売が前年より21.7%も落ち込んだことが報道されている。自動車の購買に国庫から2000ユーロもの手厚い補助があるにもかかわらず、それを利用してより高級な車を買うことのできる一部の階層を除いて、自動車の買い替えなど夢の世界に入りつつある。
 筆者の身の回りでも(筆者自身も含めて)、つい3年程前には40ユーロでできた買い物が、いまは50ユーロでも不可能になっているというのが、紛れもない実感であり現実だ。この現実の前に、いかなる高尚な経済学も無力となるだろう。50ユーロかかるかもしれない買い物を、店を探し品物の質を多少落としてでも、40ユーロ、35ユーロにしようとするのが当たり前である。そしてそんな値段をつけるとたちまち赤字が出るような零細商店が、1年も2年も生き残れるわけが無い。以前ならバル(喫茶店)で飲んでいたコーヒーもやめ、外食を控え、衣服や靴の買い替えもできる限り減らし、パーティーの回数を最小限にし、プレゼントの品物も安上がりにし、…。それでも貯金することができない。その努力も限界に近づきつつある。

 11月になると、ブリュッセルは2013年の予想を1.4%マイナスとした。IMFの予想とほぼ同じだが、そのうえで彼らは、2014年になると0.5%のプラスに転ずるであろうと予測するが、それは、緊縮財政が功を奏して公的債務が今年の見通しGNP比8%(うまくいけば7%)から、来年には6%、再来年になると5.8%にまで減少するだろうというノーテンキな見通しからである。(これにしてもスペインの経済相ルイス・デ・ギンドスによれば、今年で7.5%、来年4.5%、そして再来年に2・8%と、「バラ色の未来」が広がるそうだ。)一方でEU本部は、来年にはスペインの失業率が26.6%に悪化し、再来年も26.1%になるだけだろうと予測している。それでもGDPがプラス成長に転ずるとすれば、…、それは一つの悪質な手品でしかあるまい。
 過半数の国民は、失業や収入の減少と物価の高騰や税率の上昇のために、購買力も購買意欲も生産力も販売能力も失いつつあるのだが、EUやIMFやスペイン政府のいずれの旦那様方の目にも、そんな民の姿は埃ほどにも映ってはいない。仮にこれらの数字の帳尻を合わせることができたとしても、それは、小規模なバブルを繰り返して中間層以上の者たちの国内消費を活発化させるのに成功した結果としてのみ、ありうることだろう。
 その場合、数字上の「経済回復」がなされたとしても、緊縮財政によって職と生活を失って下層階級に転落した者たちの経済活動が回復することはありえない。欧州中銀の管理によってハイパーインフレだけは起こらないにしても、ミニ・バブルが弾けるごとにその中間層の下の部分が次々と下層に振り落とされ、最下層部でより多くの貧困と飢餓が広がるだけに終わるだろう。今までの中南米諸国がそうであり続けたようにである。
 歯止めを失った資本主義の悪魔は、人間の社会を、「天国」と「地獄」の上下に分裂させていきつつあるようだ。悪魔に魂を売る契約を交わした政治家や官僚や学者たちのほとんどが、そもそもの初めから、その家族の中に飢えに瀕する者を抱えることなどありえない家族の出身者である。たまには新たに階級間を上下する者がいたとしても、次第にその血族を「天国」に集めていくことになる。こうしてこの歯止めをなくした資本主義である新自由主義経済は、バブルと危機を繰り返しながら、一部の「祝福されし者ども」による「永遠の天国」を生み出す方向に突っ走るだけだろう。

 ちょうど以上を書き終わったときに、たまたまアンダルシア州カディスで行われる「イベロアメリカ(スペイン語・ポルトガル語圏アメリカ大陸諸国)会議」のためにスペインを訪れているエクアドル大統領のラファエル・コレアが、セビージャのパブロ・デ・オラビデ大学で講演したというニュースを目にした。コレアはベネズエラのチャベスと並んでネオリベラル経済信奉者が最も忌み嫌う国家指導者の一人だが、席上、次のように語った。「我々がIMFや世界銀行などと手を切って以来、我々は今までになく良い状態になっている。」まあ、実際そういうことだろう。

(2012年11月16日 バルセロナにて 童子丸開)

メニューにもどる  「幻想のパティオ 目次」に戻る

inserted by FC2 system