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シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州(その4)

どさくさ紛れの警察国家化


小見出し一覧(クリックすれば各項目に飛びます)
  ジャーマンウイングズ機墜落騒動の陰で
  さるぐつわ法:拷問部屋のない拷問、死刑台のない死刑
  誰の、誰による、誰のための「さるぐつわ」なのか?
  まとめ


ジャーマンウィングズ機墜落事件の陰で 【小見出し一覧に戻る】

 3月24日、午前10時01分にバルセロナのエルプラット空港からジュッセルドルフに向けて飛び立った
ジャーマンウイングズ(ルフトハンザ系列)4U9525便(エアバスA320)が、乗員乗客合わせて150人を乗せたままフランス・アルプスに激突したことは多くの日本人も知っていることと思う。2名の日本国籍の方も亡くなられたのだが、犠牲者の多くがドイツ人とスペイン人だった。51人のスペイン人犠牲者のほとんどがカタルーニャ人とカタルーニャ在住のスペイン人だったため、ソーシャルメディアでは、カタルーニャを忌み嫌う一部のスペイン人が、カタルーニャ人が死ぬのは構わないという不謹慎な投稿を拡散して物議をかもした。

 それにしても驚きの多い事故だった。
ほとんど速度を落とすことなく、およそ8分の間に1万メートルも、ほぼ一直線に高度を下げて、そのまま標高1900メートルの山腹に突っ込んで、文字通りバラバラ粉々に砕け散ったのだが、その間、地上の管制官が操縦士への通信を何度か試みて返答は無かった。これだけでも十分に「何っ?」と思わされたのだが、本当の驚きが始まったのはこの事故が起こった後だった。実に早々と、その日中に、ブラックボックスの一つ、 コックピットボイスレコーダーが発見された写真1写真2:GIZMODO紙)が発見されたというニュースがTVと新聞の速報に登場したのである。

 いや別に、ブラックボックスが幸運にも即座に見つかる可能性を疑っているわけではない。私が「えぇっ?」と思ってしまったのは、4つのブラックボックスが4つとも最後まで「発見されなかった」過去の事例を思い出してしまったからである。2001年9月11日にニューヨーク世界貿易センターのツインタワーに突っ込んだ2機の飛行機のものだ。それはともかく、3月25日付の
エルペリオディコ紙によると、フランス航空事故調査局(BEA)のディレクターであるRémi Joutyが、それが非常に損傷を受けているが音声は再生可能であり調査に使用できるだろうと述べた。写真では相当な損傷を受けているようだが、その点でも14年前の先輩たちに比べると実に「幸運な」ブラックボックスだったと見える。

 TVニュースでは「フランスの捜査当局は『音声の分析には数日かかるだろう』と言った」と語っていた。ところが私の驚きは続いた。
翌日25日のニューヨークタイムズ紙が「調査に携わっているフランス軍高官」の話を世界に報道したのだ。それによると、コックピットにいた操縦士か副操縦士のうちの一人が外に締め出されて入ることができなかったことが分かった、ということである。「外にいる男が軽くドアを叩くのだが返事はない。次に彼はドアを激しく叩くが、やはり返事はない。」そして「彼がドアを壊そうとしている様子を聞くことができる」…。

 この報道が、機長が席を外した際に副機長が内から鍵を閉めて意図的に事故を起こした、という「シナリオ」を決定してしまった。しかし、それにしても…、捜査当局の公式発表より先に、なぜニューヨークタイムズが…?

 いやいや、別に、ニューヨークタイムズの情報入手の努力と工夫の甚大さを疑っているわけではない。「フランス軍高官」の中に少々口の軽いヤツでもいたのだろう。私が「はぁっ?」と感じたのは、ある2つのブラックボックスのことを思い起こさざるを得なかったからだ。昨年(2014年)7月17日にウクライナで「墜落」したマレーシア航空機のものである。このMH17機「墜落」5日後の報道によると
、その2つのブラックボックスはウクライナ東部の親ロシア武装勢力の手で回収されマレーシア当局に手渡されていた。しかしその後に、ダウンロードは英国の「専門家」によって、分析はオランダとウクライナ当局の手によって行われると決定された。で…、その内容については、今に到るまで何の公式発表もなく、ニューヨークタイムズのすっぱ抜きも行われない。(このマレーシア航空機については、当サイトの『ウクライナ空軍機によるマレーシア航空MH17撃墜:残骸の検証』を参照のこと。)

 ジャーマンウイングズ4U9535便の第2のブラックボックス(フライトレコーダー)は4月2日に発見された(
写真:テレグラフ紙、写真:エル・ムンド紙)。そしてその2日後には早々と、副操縦士が山腹激突の前に主導で速度を上げたという分析結果の一部が、フランスの捜査当局から発表された。それにしても、このジャーマンウイングズ機のブラックボックスに比べると、マレーシア航空機の同類(写真:BBCニュース)は、外見上だが、ほとんど損傷が見られず、音声や飛行記録の分析が今回の墜落事故よりも難しいとは思えないのだが…。

 その後は、よく知られている通りだ。うつ病で自殺願望の副操縦士のアンドレアス・ルービッツによる「無理心中」を裏付けるような事柄が、毎日毎日、TVと新聞を埋め尽くした。スペインが当事国の一つだったこともある。この「無理心中」につきあわされた乗客乗員の方々に対しては冥福を祈るしかない。

 しかしそれにしても…。日本ではどんな報道の仕方だったのか知らないが、スペインではどのTV局を見てもどの新聞を読んでも、まるで世の中でそれしか起こっていないかのように、ルービッツについての情報が受け手を一方的に押し流していった。怒涛のごとくというか、雪崩のようにというか、そのヒステリックに痙攣するようなマスコミ報道の仕方は、
今年1月にパリで起きた「シャルリ・エブド事件」直後の状況 を彷彿とさせ、何か非常に不吉なものを感じてしまった…。

 いやいやいや、ここで私が言いたいのはこの飛行機事故のことではない。そのセンセーションに覆い隠された形で、ある意味この墜落事件よりもはるかに重大な出来事が起きていたのだ。人類史上類を見ない極悪法案がスペイン国会で承認された。飛行機事故に目を奪われている間に、欧州と世界の人々はもとより当のスペイン国民の目にすらほとんど触れることもなく行われた法律制定だった。

 私は当シリーズ『「中南米化」するスペインと欧州 』の「
(その3) 一足お先に!《全体主義スペイン》 明日は日本?」の中で、「スペイン版治安維持法」とでも言うべき“Ley de Seguridad Ciudadana(国民保安法:仮訳)”が議論されていることについてお知らせした。スペインでは「さるぐつわ法」とも呼ばれるこのファシズム法案が、この3月26日に、かつてフランコ独裁を支えた者たちの末裔である国民党が絶対多数派を占める国会で、あっさりと通過させられてしまったのである。

 さらに私は「
スペイン政府、「テロ」を利用して民主的権利を抑圧」の中でも、スペイン国民党がこのファシズム法案とセットにして刑事訴訟法の改定を行おうとしていることをお知らせした。この改定によって「警察と治安部隊は、携帯電話とインターネット・コミュニケーションを裁判所の許可なしに傍受すること、インターネットで偽の身分証明を使うこと、盗聴・盗視用電子機器を設置すること、裁判官の同意無しにあるいは弁護士の立会無しに逮捕者のDNAを採取すること、および誰かのコンピューターから情報を取り出すためのソフトウエアをインストールすることが可能になる」。要は治安当局が《テロリストの疑いがあると判断した》ならば文字通り《何でもあり》ということだ。

 4年前の総選挙で、
バブル経済の崩壊を経て 無能無見識の社会労働党政権が自滅した後に、この紛れもないファシスト集団を政権党にしたのは、紛れもなくスペイン国民自身である。今年の11月か12月には次の総選挙があるのだが、国民がそれを通して、これらファシズム法の廃止を公約に掲げた政党を選びこれらを早急に完全に葬り去らない限り、もはやこの国は現代ファシズムから抜けだすことができなくなるだろう。そしてそれは日本人にとっても他所事ではないはずだ。


さるぐつわ法:拷問部屋のない拷問、死刑台のない死刑 【小見出し一覧に戻る】

 その「さるぐつわ法(国民保安法)」の内容に入る前に、今年に入ってからの関連する動きをまとめてみたい。1月のパリで起きた「イスラム・テロ」直後のスペイン国内の動きはこちらの『スペイン政府、「テロ」を利用して民主的権利を抑圧』で書いた通りだが、3月20日にスペイン政府は7416人の国家公務員の新規採用と3834人の昇進を発表した。それだけを見ると、公的部門の徹底的な規模縮小とでたらめな人員削減で国民の怨嗟の的となってきたラホイ政権が、この選挙の年に「大盤振る舞い」をしているだけに思える。しかしその内容にはもっと不吉なものを予感させる。

 新規採用される国家公務員のうち2868人は各地方自治体にある中央官庁直轄の役所に配置される。そして1350人が裁判所や検察などの法務関連に、1374人が国家警察、820人がグアルディア・シビル(軍所属の国内治安部隊)に、という具合だ。要するに、マドリッド中央政府への権力集中と、国家警察や治安部隊を強化しての体制の維持という方向が、明らかに示されている。

 その少し前、2月25日にもう一つの重大な動きがあった。スペインで最も人気の無い大臣であるホセ・イグナシオ・ウェルト(教育文化相)は、自らが定めた「教育の質的向上のための」法改正に基づいて、今年9月の新学年からの、
全国の小中学校における宗教教育(具体的にはカトリック教育)の復活を命令したのである。ウェルトとその「教育改革」については当サイト『特集:『カタルーニャ独立』を追う』にある『カタルーニャの「スペイン化」?』および『スペイン中で広がる不信と亀裂』を参照してもらいたいが、これはもう正気の沙汰ではあるまい。「さるぐつわ法」や刑法改悪と並んで、ファシズムの柱が次々と立てられていく。現代化されたフランコ独裁政治がいままさに目の前に立ち現われているのだ。

 ここで、3月26日にスペイン国会で正式に承認された「国民保安法」によって処罰の対象となる事柄 について、
その要点を簡単にまとめてみることにしたい 。当初の法律案とは若干変化している個所もあるが、法のコンセプトとそれが持つ方向性は同じである。一見して分かる通り、処分の対象が警察と治安部隊の活動に対する行動に偏っていることは明らかである。またそのようには見えなくても、抗議のデモや集会の際に、あるいはその前後に起こりうる様々な事態を事前に抑え込む目的を含むものが多い。
以下、ユーロと円の換算は「1ユーロ=130円」の比率を用いる。

 「軽い罪状」と見なされる行為には100ユーロ(13000円)から600ユーロ(78000円)までの罰金が科される。
・無届のデモを行うこと(主催者が責任を負う)。
・歩道上で混乱を起こすとして禁止される行為(歩道に敷物を敷いての商売を含む)。
・警察官や治安部隊に対する敬意を欠いた(侮辱する)言動。
・警察官や治安部隊メンバーに対して公務執行を妨害するために光を当てること(発光の器具の種類を問わない)。
・身分証明書を所持しない、更新しない、またその盗難を届け出ないこと。
・警察官に対して身分証明書の提示を拒否すること。
・所有者の同意なしに建物を占拠すること。
・公道にある公有や私有の器物(たとえばゴミ回収容器など)と建物に損害を与えること。
・警察や治安部隊によって設置される柵や障害物などを取り除くこと。
・公共の場で酒に酔って公衆に重大な迷惑をかけること。
などなど。

 デモをして警官にぶん殴られた際に「いてえじゃねーか、この馬鹿野郎!」などと言おうものなら、もう一回ぶん殴られて「はい、600ユーロ」。デモや集会などで警官に身分証明書を見せない、あるいは携帯していない場合にも「はい、600ユーロ」。夜間のデモで武装警官が散々の暴行を働き(今まで常に起こっているが)それを懐中電灯で照らせば、とっつかまってぶん殴られたうえで「はい、600ユーロ」。
抗議の貼り紙を公道にある物に貼り付けても「損害を与えた」と見なされるだろう。

 次に「重大と見なされる罪状」に対しては601ユーロから3万ユーロ(390万円)の罰金が科せられる。
・多数が参加するスポーツ、文化、宗教などの集まりで公衆の安全を脅かすこと。
・議会会議場に対して公共の安全を脅かすデモをすること。
・道路の秩序を乱したりバリケードで封鎖すること。
・法に基づく執行、例えば住宅追い出しの強制執行を妨害すること。
・救急作業を妨害すること。
・法の執行官(警官や治安部隊など)の要求(例えば身分を明らかにすること)に従わず逆らうこと。
・デモや集会に対する解散命令に逆らうこと。
・正当なデモを妨害すること。
・警官や治安部隊の画像や個人データを得て許可なしにその画像を用いること。
・警察や治安部隊の捜査に協力しない、またそれを妨害すること。
・公共の場で麻薬を使用すること。
・公道で売春の客引きを行う(この場合には客も罰せられる)こと。
などなど。

 麻薬と売春はともかく、警察が「治安を乱す」「妨害行為」と判断すれば、何に対してもあてはめることができる。またデモの際の警察官の暴力行為を撮影して公開すれば「はい、3万ユーロ」だろう。また住宅追い出しに抗議して押し問答をし、それが「妨害」と見なされたら「はい、3万ユーロ」となる。抗議活動で出た逮捕者の自宅や事務所などへの家宅捜索に抗議すれば、「妨害」と見なされて「はい、3万ユーロ」。デモの後で武装警官とにらみ合いながら集団でその付近をうろついていると「解散命令に逆らった」ということでぶん殴られたうえで「はい、3万ユーロ」…。


 さらに「極めて重大と見なされる罪状」に対しては3万1ユーロから最高60万ユーロ(7800万円)の罰金が科せられる。
・重要な施設に対して無許可あるいは禁止されたデモを行うこと。
・武器や爆発物を違法に保持し用いること。
・治安を乱す理由から関係当局の命令で禁止される大規模な活動や行事を行うこと。
など。

 公立病院や官公庁などの施設で人員整理に抗議して集会を開いても、それが管理者や当局者の許可・同意を得られていない場合、この超高額の罰金の恐怖に曝されることになる。学校内で教育法に抗議する集会に対して学校当局や教育相が禁止命令を出せば「はい、60万ユーロ」だ。ひょっとすると、カタルーニャやバスクで独立を求めるデモや行事に対して、事前に内務省から禁止命令が出されていたならば「はい、60万ユーロ」となる可能性もあるだろう。

 ここで、スペインの勤労者の平均年収である2万6162ユーロ(約360万円) (2014年の統計)と先ほどの罰金額とを比較してもらいたい。しかも平均年収で最も多い層は年収1万9000ユーロ(247万円)台である(実質的には失業者の層が最大だが)。警察当局と検察庁による「見なし罪状」で高額の罰金を科せられた場合、それが年間収入をさえ上回るかもしれないのだ。しかも、当局者に対して激しい抵抗を行う可能性が高いのは、生きる糧を失い追い詰められた低額所得者たち、あるいはほぼ無収入の失業者たちだろう。そしてこの法律によって彼らは住宅追い出しの末に餓死、一家心中の危機にさらされることになる。寡頭支配者とその手先どものどんな暴虐や暴政に対しても、抗議行動や抗議の意思表示を行うことは、事実上不可能となる。

 「重大」「極めて重大」と(当局の判断によって)見なされる場合に、これらの罰金制度は拷問部屋を用いない拷問、死刑台を用いない死刑となるかもしれない。この法案が通る以前に、国連人権委員会の5人の委員からこの「さるぐつわ法案」と刑法改悪に対して「人権に対する重大な違反」という声が上がったが、ウクライナの《ネオコン=ネオナチ=マフィア政権》を全面支持する「国際世論」からの批判の声はない(当然か!)。この法案が国会で承認を受けた3月26日に、この法律成立に対して抗議デモを行ったのはグリーンピースなどのわずかの団体のみであり、その報道もジャーマンウイングズ機「事故」のマスコミ大騒動の中で片隅に追いやられてしまった。

 「平和なデモ」をすればよいではないか、「妨害にならない範囲」ならよいではないか、というのは寡頭支配者の側に立った屁理屈にすぎない。実際には国民党政府のファッショ化策謀や緊縮財政政策に反対するデモ隊の中には「挑発部隊」として私服警官が紛れ込んでいるのが普通の状態だし、武装警官の側が積極的に挑発する場面も多い。さらに当局者がデモや集会自体を「公共の安全を損なうと判断」しさえすれば、「許可していない」と言えば、それだけでこの超高額の罰金の対象と見なしうる。要は「逆らうな!」ということだ。この法律が「さるぐつわ」と呼ばれる所以である。いかなる行為でも当局者が「重大」「極めて重大」と見なしさえすればよいのである。その理由づけはどうにでもできる。理由がなければ作ればよいのだ。

 また、来る5月30日にサッカー国王杯の決勝戦がFCバルセロナ(カタルーニャ)vsアスレチック・ビルバオ(バスク)の間で、FCバルセロナのカム・ノウ球技場で行われるのだが、ラテンアメリカやスペインではしばしばサッカーが政治的な対立の土壌になる。特に国王杯決勝がこの2チームの試合の場合は常に、スペイン国歌と国旗、臨席する国王に対して、観客からの猛烈なブーイングが球技場をゆるがし、政治的にも物議を醸すことになる。しかも今年はバルセロナで行われるのだ。もし事前に教育相や内相が「国歌や国王に対する侮辱行為があれば試合を中止せよ」と命令した場合には「極めて重大と見なされる罪状」とされ、深刻な政治問題と化することは確実だろう。

 サッカーに関連して興味深いできごとがある。FCバルセロナの世界的なセンターバックであるジェラール・ピケは2014年10月13日にバルセロナ市内で駐車違反をして、それをバルセロナ市警察にとがめられた際に警察官に食ってかかったため、今年の3月になって、何と!1万300ユーロ(約134万円)もの罰金を支払えという判決を受けた。警察官への侮辱行為ということだが、ピケの場合、検察は900ユーロ(11万7千円)の罰金という判断をしていたにもかかわらず、裁判所は1万300ユーロを科したのである。どうやら、裁判所が「ピケは大金持ちだからこれくらい払えるだろう」と判断したらしい。もう「でたらめ」としか言いようがないが、実際にはこの「さるぐつわ法」成立以前から、司法当局にとって「気に食わない相手」に対しては実質的な「さるぐつわ体制」がスタートしているようである。

 もちろんピケは1万ユーロ程度なら「小遣い銭」ほどでしかない高額所得者の一人であり、またFCバルセロナ自体が近ごろマドリッドの国民党と中央集権主義者たちからの執拗な攻撃に曝されているために、面倒を起こさない方がよいと判断したのだろう、黙ってその金額を支払った。しかしマドリッドの国民党委員長で元マドリッド州知事エスペランサ・アギレは、昨年の4月3日、同じように駐車違反でマドリッドの地方警察にとがめられた際に食ってかかり、その明らかな違反を記録する監視カメラビデオがあるにもかかわらず、あらゆる違法行為を否定した。そして今年の1月になってマドリッドの地方裁判所はその件を「お蔵入り」としたのである。

 その後、検察庁は裁判所とは独自にこの違反を「蔵」から引きずり出して立件したのだが、アギレは今でも盛んに公然と警察官と検察官を「嘘つき」呼ばわりして激しく侮辱している。そのうえで国民党はアギレを5月24日の統一地方選挙でマドリッド市長候補に指名しているのだ。このエスペランサ・アギレについては当サイト『スペイン:崩壊する主権国家』にある《引き続く「ギュルテル」の闇》《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》を参照してもらいたいのだが、要するにこの国の寡頭支配者の一員であり、長年にわたってマドリッドを金権支配してきた大姉御である。この「国民保安法」がこのような連中に「さるぐつわ」をかませることはありえないだろう。


誰の、誰による、誰のための「さるぐつわ」なのか? 【小見出し一覧に戻る】

 ここで、今年に入ってからのスペイン経済と国民生活について振り返ってみたい。これは当サイト『スペイン:崩壊する主権国家』にある『第1部 ノンストップ:下層階級の生活崩壊』の続編だが、きっと、いま紹介したスペインの警察国家化・恐怖政治とは切っても切れない関係にあるだろう。

      【実質的に進む国民の経済的破綻】

 今年の開始早々に、スペイン労働省に属するel Servicio Público de Empleo Estatal(国家雇用公共サービス:仮訳)は、2014年に失業者が25万人以上減って約445万人になったと発表した。特に12月には失業が6万4405人も「大幅減少」したらしい。もともと12月は年末商戦のために臨時雇いが増えて失業がやや減るのだが、この発表によると、この減少数は1996年に月ごとの失業を記録し始めてから2番目の「記録」だそうである。総選挙の年を迎えたラホイ政権が、国民党の政治の大成功として大いに宣伝したことは言うまでもないが、その化けの皮はすぐにはがれることになる。

 この失業者減少の発表の翌日にはCCOO(スペイン労働者委員会)が、単に正規雇用者を減らして、労働時間が短く、したがって給料も安く社会保障も手薄いパートタイム労働者が増えただけであることを明らかにした。(グラフ:El Confidencial紙)要は経済の内容自体には何ら変化が無いのだ。また1月20日にはILO(国際労働機関)が、スペインの失業率は2020年まで21%を超え続けるだろうという厳しい予想を発表した。しかし仮にそれまでに20%を割ったとしても、それは平均給与をますます押し下げ、逆に国民生活のいっそうの貧困化を伴うものになるだろうと思われる。

 さらに1月23日には動態人口調査が公表されたが、それによると失業者は2014年に545万人、失業率は23.7%であり、とうてい「経済の回復」などと言えた代物ではない実態が明らかにされた。そればかりか、176万の家庭で家族内の誰一人職を持つことができないままでほったらかしにされているのだ。首相のマリアノ・ラホイは昨年12月に「経済危機は去り、既に歴史となった」という、まさに《歴史に残る迷演説》をしたのだが、この嘘をつき法螺を吹くしか能(脳)の無い男が首相を務めるような国に未来はあるまい。

 3月3日付のボスポブリ紙によれば、失業率のわずかな減少と国内総生産の若干の伸びにもかかわらず、何の援助も補助も受けることのできない失業者が増加している。そのような国民は、2012年に160万人、2013年に198万人、そして昨年の同時期には200万人になり、今年はさらに210万人になっている。同じ日の経済紙エル・コンフィデンシアル紙は、失業者のうちで失業保険やその他の補助金を手にできている者の割合が56.5%であり、失業者への支援のシステムが危機に瀕していることを示唆する。(もっとも、こんな統計が公表されるだけでも例の貧困超大国アメリカよりはましなのかもしれないが。)

 そのうえで、いままで収入が少なくても何とか生活していくことができてきた社会の仕組みとあり方が、急速に失われつつある。1月21日付のエル・パイス紙は、スペイン政府の緊縮財政に伴って100万人の国家公務員とその家族の健康を支えてきた独自の医療保険が廃止されることを報道した。2月7日のTVクアトロのニュースによると、2007年以来、電気と水とガスの値段が、平均給与の上昇率の3倍の割合で上がったことが明らかになった。一方で、今まで何度も申し上げているように、家賃や住宅ローンが払えずに住む家を失う国民の数が減ることはない。2月20日付のプブリコ紙は、「経済破たん」の始まった2008年から2014年まで、合計で36万件、1日平均で183件の住宅追い出しが続けられてきたことを伝える。

 こういった国民の生活破たんで最大の犠牲者が、幼い子供たち、心身に障害を抱える人たち、そして女性たちであることは言うを待たない。2月10日付のフフィントンポスト紙はEAPN(The European Anti Poverty Network:欧州反貧困ネットワーク)による研究結果を報道している。それによると、スペインで貧困とそれによる社会的排除の危機に瀕している人々の割合が、国民全体では27.3%(約1280万人)、年代別でみると16歳から29歳までの若年層が最も多く33%、続いて15歳以下の31.9%となっている。

 さらに3月1日付のプブリコ紙は、心身に障害を抱える人たちが2014年に8122人、およそ1時間に一人の割合で、本来なら受ける権利のある社会サービスを受けることができずに死亡したことを伝えている。さらに、スペイン赤十字社の調査によれば、18歳から65歳までの女性で4分の3が1か月に450ユーロ(58500円)未満の収入しか得ていない。これで、子供を抱えて夫が失業中の場合(筆者の知り合いにもそのような例がいくつかあるのだが)、政府の補助を当てにするか、親の年金にすがる(幸運な場合のみだが)しか生きる術が無いのだ。

   【再び現われつつある「ミニバブル」の熱病】

 ところがその2014年の間に国内総生産は、この6年間で初めてだが、1.4%上昇したことが明らかになっている。Ibex35(スペイン株式市場)に上場する35の大企業が2014年に前年よりも272億ユーロ(約3兆5360億円)を超える増益を遂げていた。たしかに昨年あたりから何となく金融市場の活気が取り戻されてきた様子である。それをもうひと押しするためだろうか、欧州中央銀行は今年1月に、各国の国債を総額で6千億ユーロ(78兆円)分買い上げるという発表をした。スペインの金融市場が期待に沸き立ったことは言うまでもない。

 スペイン国債の危険率を表わすリスクプレミアムの値は100近くを前後する低い数字であり、大量の資金が市場に流れ込むことは確実である。それと並行して、スペイン国内では再び建築バブルの芽が生えてきたようだ。2月になると、数年間下がり続けてきた住宅の値段が上向きになり売買が活発になっていることが報道された。労働市場でも、今年の1月と2月に新たに作られた雇用の40%が建設関係と製造業だった。ただしそのほとんどが臨時雇いだが。そして新聞では、ビルや集合住宅建設のクレーンが7年ぶりに大都市のあちこちで立ち始めていることが報道される。バルセロナ市内でも昨年あたりから、幹線道路のリフォームや地下鉄工事の再開といった公共事業に加えて新しい集合住宅が少しずつ作られ始めている。

 気がかりなのは、2007年までの建築バブル期に新築されて不良債権と化している住宅がスペイン中に何十万軒、ひょっとすると100万軒以上も残っていることだ。先ほども述べたように、銀行ローンが支払えずに住人が追い出された空き家がどの都市にでも溢れかえっている。それなのにまたしても新しい住宅を建て続けて、いったい誰が買うのだろうか? 住宅の売買が活発化してきたとはいっても、その中心は中古住宅なのだ。1月の国家統計院の調査では、この1年間での新築住宅売買の増加数は9003件(前年比37.1%の増加)であった一方で、中古住宅の方は24413件の増加(前年比50.8%の増加)だった。

 今の新築住宅建設の活発化はおそらくミニ(マイクロ?)バブルの開始を告げるものであり、どうせまた2〜3年で弾け、線香花火の消えた後の闇に加えて、無用の長物と化した無数の「新築ゴーストタウン」を残すのみだろう。(以前のバブル期の残骸については、当サイト『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』にある『(その3−A) バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』を参照のこと。)それらはいずれバッドバンク(不良債権処理機構)によって処理されることとなる。バブル期の不良債権を処理するバンコ・マロ(Banco Malo=Badbank)で働く者たちはいずれもかつてバブルを煽った挙句に倒産した銀行から「再就職」した者たちだが、その平均年収は10万ユーロ(1300万円)を越している(スペインの勤労者の平均収入は360万円程度。)この「バブルの戦犯」たちを養う費用が増えることはあっても減ることはあるまい。

 そして政府は、スペイン国内にある49%の飛行場を売却して私有化することで、この10年間で42億6200万ユーロ(約5541億円)の収入を得る予定であることを発表している。しかし…、『(その3−A) バブルの狂宴:スペイン中に広がる「新築」ゴーストタウン』の中で紹介したような「1週間に2時間しか開かない公営飛行場」とか「1機の飛行機も飛んだことがないカステジョン飛行場」とかを、いったい誰が買ってどのように運営・維持するというのだろうか? さらに政府は、EUや東欧(ロシアやウクライナ)の金満家の病人たちを各国の病院から「奪い取って」スペインの病院で治療するとか、北アフリカ諸国にいる金持ちたちのために「医療ツアー」を行うとかいった、文字通り「絵に描いた餅」を掲げるのだが、この国の貧弱な医学レベルにいったい誰がカネを払うのだろうか?

 大風呂敷と駄法螺しか、いまのスペイン政府が披露できるものはないのだろう。そして次のミニバブルの「熱病」が醒めたときに誰もが本格的な「国家の死」を目撃せざるをえまい。しかしその一方で着実に現実化していることがある。

   【広がる一方の貧富の差と略奪経済】

 「貧富の差の拡大」は最も憂慮すべき世界的な現象であり、スペインでも、2016年には人口の1%の者たちが他の99%よりも多く資産を持つことになるだろうという、ダヴォス経済会議でのオックスファム・インターナショナルの報告が大きく報道された。もっともその「1%」の利害を代表するような会議で言ったところで蛙の面に水かもしれない。EUにしても、スペインの貧困と経済格差の拡大を盛んに非難するのだが、そのブリュッセル自体が、絶え間なく格差を産み出すシステムにどっぷりと漬かっているのだから世話はない。

 2月に発表されたIMFの研究によれば、若年層の失業(スペイン53.3%、ギリシャ49.8%、イタリア43.9%、クロアチア45.5%)を減らすために最低賃金の引き下げが必要だそうである。そのIMFの元専務理事ロドリゴ・ラトがスペインの最大級の略奪犯なのだから、これまた世話はない。(ロドリゴ・ラトについては当サイトにある《倒産銀行にたかる病原体ども》および《次第に明らかになる「バンキア破産」劇の内幕》を参照のこと。)別に、最低賃金を下げなくても、このラトのような略奪犯の資産を差し押さえるだけで十分だと思うが。

 その国民経済に対する略奪を保証する仕組みがいわゆるタックスヘイブンであることは周知の事実だ。3月5日付のプブリコ紙は、スペインの株式市場Ibex35に上場する大企業・大銀行の94%がカイマン諸島やヴァージン諸島、オランダ、ルクセンブルグ、米国などにあるタックスヘイブンに移した巨額の資金を動かしているのだが、その金額が2014年1年間で3倍以上にも膨れ上がっていることを伝えている。その元資料はやはりオックスファム・インターナショナルの報告だが、もしそれらの大企業と大銀行が中小企業と同様に税金をきちんとスペインで支払っているとすれば、はっきりしているだけでもその額は82億ユーロ(約1兆660億円)にのぼる。おそらく実際にはもっと多いだろうが、同紙は、それがあれば国や自治体の基本的な社会サービスにとって大きな助けになるはずだと主張する。

 この脱税行為は、法に照らせばまさに度し難い犯罪、国民経済に対する略奪のはずだ。しかし、FCバルセロナのメッシやネイマールの周辺で起きた脱税には容赦のない裁判所と検察庁、またその報道に余念のないマドリッドの大手マスコミは、この巨大犯罪の温床自体の追究に対しては及び腰になる。いかさま「アラブの春」や「マイダン=ユーロ革命」を絶賛し根拠のないロシア非難・シリア非難に余念のない「国際社会」が、タックスヘイブンの廃止と禁止に向けて強力に動くこともない。なぜか、などと考える必要もあるまい。要するにそれらが強盗強奪の共犯者だからだ。そうとしか言いようがないだろう。


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 一昨年に私は、鹿児島大学の木村朗先生と東京造形大学の前田朗先生がご編集になった「21世紀のグローバル・ファシズム」(耕文社、2013年)の共著者とさせていただく栄誉を頂戴したのだが、拙文「虚構に追い立てられる現代欧米社会」の中で、『仏の嘘をば方便と言ひ武士の嘘をば武略と言ふ。これをみれば土民百姓はかわゆきことなり。』という明智光秀の言葉を引用して次のように書いた。

…本来ならいつの世でも世界のどこででも、支配者たちにとって最も恐るべき敵は「土民百姓」であるはずです。農民を武装解除して厳しい管理体制を作り上げた豊臣秀吉は、自分がその出身だっただけに十分にこの点を理解していたでしょう。スペインの支配階級にいる者たちが民衆の直接民主主義に対して口を滑らせた罵倒の言葉を、我々は軽く見るべきではありません。それは単なる感情任せの妄言でも政治思想に対する無知や誤解でもなく、世界中の支配階級に属する者たちが共通して持っている、自分たちの真の敵に対する本能的な恐怖感の表れなのです。現代の「土民百姓」である我々は、決してこれを見誤ってはならないでしょう。

 マスコミによるプロパガンダが効力を失って、カモが詐欺師の正体を見破り、被掠奪者が掠奪者の姿を見切ったときに、そこに起こるのはいかなる対外戦争よりも破滅的な闘争だろう。警察国家化と恐怖政治は、支配階級に属する者たちの被支配階級に対する赤裸々な恐怖感の現われではないかと思う。スペインと欧州の支配者たちは、いままで安心して行ってきた詐欺と略奪が行き詰るときに何が起こるのかを覚悟しているのである。「土民百姓」たる我々にその覚悟はあるのだろうか。

 スペイン政府は「国民保安法」や刑法の改定を「民主的」と呼び、これは国民の自由を奪うものではなく自由を保障するものだとうそぶく。その「民主」の「民」、「国民」の「民」が、「上位1%の民」であることは火を見るよりも明らかである。

 次の私からのスペイン情報では、主要に選挙の年を迎えたスペインの政治情勢について述べる予定だ。この「1%の、1%による、1%のための政治」を食い止め解体していくだけの知恵と力が、そこから生まれるのだろうか。


2015年4月5日 バルセロナにて 童子丸開

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