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近づくスペイン総選挙(12月20日)

スペインの政治動向を演出するTVショー


※ 訂正とお詫び
当サイトでは、スペインの政党Ciudadanos(シウダダノス)を誤って「シウタダノス」と綴っておりました。これは私がカタルーニャ語名Ciutadans(シウタダンス)と混同して覚えてしまっていたためです。当サイトにある「シウタダノス」はすべて「シウダダノス」に置き換えます。申し訳ありませんでしたが、お詫びして訂正いたします。

●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
《再び、ポデモスとシウダダノス》
《各党を代表するタレントたちの競演とラホイの逃亡》
《タレント直接対決のTVショー》
《カタルーニャはどうなっているのか?》
《演出の背後に見えるもの》


《再び、ポデモスとシウダダノス》

 私は今年6月に書いた『
スペイン統一地方選挙の衝撃 欧州全体を動かす大変動の序曲か?』にある《ポデモスとシウダダノス》および《意図的な演出があるのか?》の中で、5月24日に行われたスペインの統一地方選挙前の政治状況がマスコミ(特にTV)の演出によって作られ、その結果として主要な州や都市で国民党が惨敗し新興勢力の政権が作られていく様子を記録しておいた。特に、アンテナ3(トレス)とラ・セクスタの2局は共に総合メディア企業アトレスメディアの傘下にあり、政治問題を中心にあらゆる方向から取り上げるTVショーや討論番組、有力政治家を出演させるバラエティーショーなどで、高い視聴率を稼いでいる。スペインではこの手の番組が人気を呼んでおり、世論形成の力と選挙への影響は大きい。

 カタルーニャの少数派地方政党に過ぎなかったシウダダノスが、その青年党首アルベール・リベラが今年の1月前後からアンテナ3やラ・セクスタを中心とする全国放送のTVショーに頻繁に担ぎ出されるようになって以来、瞬く間に全国規模の巨大な組織に成長した。同時に、アスナール政権の副首相・経済大臣でIMF専務理事を務めたロドリゴ・ラトの逮捕、国民党政治家とその周辺の政治腐敗の暴露と追及、バレンシアやマドリッドなどでの地方大物政治家周辺のスキャンダルが、各局のTV番組でセンセーショナルな形でしつこく取り上げられた。それが統一地方選挙の結果に与えた影響は決定的だった。スペイン国民党の支持基盤は大きく削り落され、シウダダノスが政治動向のカギを握るキャラクターに躍進した一方で、ポデモス系統の党派の力で国内政治の流動化が一気に進んだのである。

 ここで、12月20日の総選挙でスペインの政権争いに関係しそうな4つの政党の歴史と性格を、極めて簡単にまとめておこう。

 現政府与党の国民党は1975年まで続いたフランコ独裁政権の流れを汲む右派政党であり、スペインの代表的な資本家や企業、地方の政治・経済を取り仕切る「地元ボス」とのつながりが深い。社会労働党は1980年代以降に独裁政権時代の名残を払しょくして欧州の民主主義をスペインに定着させた。しかし同時に国民党と同様の天下り体質で、経済政策の失敗や政治腐敗のために国民の信頼は失墜し、90年代半ば以降は国民党と交代で政権を担っている。

 ポデモスは、かつてのスペイン共産党など左翼地下活動をその底流として持つが
、経済不況によってスペイン社会の崩壊が進行しつつある2014年に党としての形が作られた。それ以来、スペインだけでなく欧州の中でも大きな注目を浴びるようになった。シウダダノスはカタルーニャで生まれ、新しい形の保守主義として分離独立に反対する右派政党(同党は「左右を超越している」と主張)だったが、その急激な全国的展開と成長の陰にあるものについては後述したい。

  左のグラフは国立社会学調査センターの調査によるものだが、右端の政党名で、水色のPPは国民党赤色のPSOEは社会労働党オレンジ色のCiudはシウダダノス紫色のPodはポデモス(主導の集団を含む)を表わす。下段は、左から順に、昨年6月、10月、今年1月、4月、7月、10月、11月。支持率の数字はそれぞれ月の半ば時点での調査結果である。

 統一地方選挙が済むと、国民党の汚職・政治腐敗の報道が急激にその頻度を落とし、国民党の下落傾向が完全に止まった。その後、追及の焦点は州議会選挙を控えるカタルーニャに移されたのだ。民族主義政党CiU(集中と統一)を率いてきたジョルディ・プジョル周辺の不正蓄財と脱税に加え、CiUの政治家が公営事業受注の際に3%のキックバックを受け取っていた組織的な収賄「3%事件」が徹底的に報道されたのである。しかしそれもまた、カタルーニャ州議会選挙が終わってから急激に減っていった。(参照:当サイト《カタルーニャの殿様:プジョル家の崩壊》

 奇妙な事実がある。「極左政党」として危険視され今年の春までマスコミのネガティブ・キャンペーンに曝され続けたポデモスだが、その攻撃が夏以降にすっかり沈静化してしまったのだ。当サイト《「ポデモス旋風」は消えたのか?》の中でも触れたが、昨年の春から飛ぶ鳥を落とす勢いで成長し、一時は各種世論調査で第1党にもなろうかという勢いだったポデモスが、今年に入って急激にその支持を下げていった。そして上のグラフに見る通り、夏の終わりまでには完全にシウダダノスに追い抜かれた。ところが9月27日のカタルーニャ州議会選挙が終わってから事態が変わり始める。ラ・セクスタやアンテナ3を中心とするTV局が、シウダダノス党首のアルベール・リベラとともに、ポデモス党首のパブロ・イグレシアスに積極的にスポットを当てるTVショーを盛んに作り始めたのだ。

 そのためかどうか、10月まで下がり続けていたポデモスの支持率が11月になって再び急上昇を見せる。12月に入ってから総選挙の20日までその傾向が続けば、選挙結果は国民党、社会労働党、シウダダノス、ポデモスの4大政党が接近して並立する前代未聞の様相を示すことになるだろう。上のグラフで、右端の数字は11月半ばでの支持率だが、この時点ではまだ投票する政党を決めていない人が40%を超えており 、12月20日の総選挙までにはどのような変化でも起こりうる。


《各党を代表するタレントたちの競演とラホイの逃亡》 【小見出し一覧に戻る】
 
 アンテナ3局の番組エル・オルミゴは、しばしば政治家を呼んでけっこう鋭い突っ込みのインタビューの後で必ず何かの「隠し芸」を披露させる人気の高いバラエティー・ショー番組である。9月17日には
社会労働党党首ペドロ・サンチェスが出演し、スペイン政治の変革を訴えカタルーニャ独立派やポデモスへの批判の後に、得意のバスケットボールの演技を披露した。

 続いて10月6日にラホイ国民党政権の
副首相ソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアが出演し、総選挙にはまだ日数があり具体的な公約などについては触れなかったが、他の出演者たちと共に流行のダンスを披露したのである。小柄でお世辞にもスマートとは言えない彼女のほほえましいまでにぶきっちょな踊りが大評判となった。しかし逆にいえば、この何でも気軽にこなしてみせる副首相に比較されて、党首のラホイの貧相さと武骨さとセンスの無さが、国民党を象徴するものとして浮き彫りにされたかもしれない。


 同番組には11月4日にポデモス党首のパブロ・イグレシアスが登場して、「女たちが馬鹿な男と同居しているなら、そいつを追い出さねばならない」という意味深長な内容の歌をギターの弾き語りで聞かせてマスコミの話題をさらった。さらに24日にはシウダダノスのリベラが出演しラホイ政権と同時にポデモスへの批判を行った後で、超ミニ・ゴーカートでTV局の廊下を走って視聴者を喜ばせた。

 しかし何と言っても大きな評判になったのは、ラ・セクスタ局が
10月18日に放映したパブロ・イグレシアスとアルベール・リベラの討論である。これはバルセロナの下町にある落ち着いた古いバル(喫茶店)の一角を借りて行われたもので、全国で25%を(地方によっては30%を)超すという、サッカーの人気チーム同士の試合並みに高い視聴率となった。

 政治主張は異なってもイグレシアス(1978年生)とリベラ(1979年生)は同世代であり、2大政党制の78年体制を終了させるという共通の目標を持っている。その二人がとりわけTVショーの中で積極的に持ち上げられていった。彼らは11月27日にマドリッドにあるカルロス3世大学で二人だけの討論会を行い、 その模様はインターネット放送のziviTVによって全国に配信された。会場となった同大学の講堂には千人を超す人々で超満員となり80人のマスコミ関係者が詰めかけた。そして一般のTV局や新聞もこの討論会を大きく報道し国民の多くがその様子を知ることになった

 さらにTV局や主要新聞は、国民党、社会労働党、シウダダノス、ポデモスの4党党首による、総選挙に向けて各党の公約をぶつけ合う討論会を呼び掛けた。それをTVやインターネット配信で中継しようというのだ。しかし国民党(党首:マリアノ・ラホイ)と社会労働党(党首:ペドロ・サンチェス)は参加を渋った

 両党とも、その党首がTV慣れしているこの2人を相手にディベートを行うことに、大きな不安を持っているようだ。ポデモスやシウダダノスのような新興の党派とは異なり、この旧来の2大政党は伝統的で複雑な利害関係を引きずっている。党内の対立や分裂もあり、党首と執行部に対する不信感が方々で渦巻いているため、党内に与える影響を考えると一つ一つの発言が非常に難しい。またその党首たちにしても、筋書きの決められた演説でなら滔々と大声を張り上げることはできても、TV映りを利用しながら速いテンポのやりとりで筋道を通して相手を追い詰めていくようなディベートでは、勝負する能力は明らかに劣る。

 社会労働党は、TVへの露出度が高くその効果を有効に使う術を知っているイグレシアスとリベラが相手では、
TV生中継での討論会でサンチェスが不利になると正直に認めた。まして前時代的な政治家でしかない国民党のラホイなら、彼らの突っ込みに手も足も出せず目を剥いて絶句し、癇癪を起して怒鳴りまくる醜態をTV生中継で曝すことは目に見えている。国民党は多忙な政治スケジュールを理由に討論会への出席を断り続けた。そして11月23日にアルベール・リベラはラ・セクスタの番組エル・オブヘティーボで、選挙後の国会の首班指名ではマリアノ・ラホイを支持しないことを明言 した。

 これはいかんと思った…、かどうかは知らないが、国民党は奇策に訴えた。11月25日に行われたサッカー欧州チャンピオン・リーグの試合(シャクタル・ドネツクvsレアル・マドリード)でカデナ・コペの
ラジオ中継放送に何と!ラホイが「解説者(?)」として登場したのである。それがまたTVでも、冷やかし半分だが、にぎやかに取り上げられたのだ。

 このラジオ局はかつてフランコ独裁を支えたカトリック団体オプス・デイの支配下にあり、スペイン右派勢力の有力な宣伝媒体である。ラホイは当然のようにレアル・マドリードの熱心なファンだが、このご贔屓のチームがその4日前に本拠地で宿敵FCバルセロナに惨敗し、
会長のフロレンティーノ・ペレスと共にスタンドの貴賓席で憮然としていた。当のラジオ中継では小学生の息子まで飛び入りで登場させ、実にわざとらしい「ほほえましさ」を演出したが、どれほどの宣伝効果があったのかは不明だ。(参照:当サイト『スペインとカタルーニャの「代理戦争」』)


《タレント直接対決のTVショー》 【小見出し一覧に戻る】 

 スペイン最大の全国紙エル・パイスが同紙主催の4党党首討論会を呼び掛けたが、やはり国民党はラホイの参加を拒み続けた。そして結局、11月30日にポデモスのイグレシアス、シウダダノスのリベラ、そして社会労働党のペドロ・サンチェスが激突することとなった。独裁政権時代を引きずるラホイ(1955年生)はともかく、サンチェスはイグレシアスやリベラとは世代も近く(1972年生)、このままおめおめと引っ込むわけにはいかなかったのだろう。その後、アトレスメディアが主催する4党対決ショーが12月7日に実現することに決まった。ただし国民党を代表するのはラホイではなく副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリア(1971年生)である。

 こうしてマスコミは、各党の若い世代の政治タレントたちによる華々しい競演で、選挙戦最大の山場を演出したのである。この二つの討論会で現われた政策と主張と討論
内容については20日の選挙後にまとめることにする。ここでは各討論のおおよその雰囲気と視聴者の反応だけを述べてみたい。

 11月30日のエル・パイス紙主催の党首討論会の様子はインターネットとビデオによって全国(全世界)に配信された。招待を断ったラホイへの面当てか、特設スタジオには討論者用の席をわざわざ4つ用意して一つを空席にし、そのうえで3人で議論するという国民党の「逃亡」を強調する形がとられた。討論は、スタジオを埋めた300人ほどの聴衆を前に、お互いを「ペドロ」、「パブロ」、「アルベール」とファーストネームで呼び合う、厳しいながら肩肘を張らない雰囲気で進められた。

 もちろん経済政策やカタルーニャ問題などで各党の主張が対立し激しい口調でやり合う場面も多くみられたが、特にポデモスのイグレシアスはショーとしての盛り上がりをかなり意識して作っていたようだ。中継を見た人々への
エル・パイス紙によるインターネット調査では、47.4%でパブロ・イグレシアス、28.9%がアルベール・リベラ、そして24.09%がペドロ・サンチェスを、この討論会の「勝者」と思っている。この数字だけ見ればポデモスの圧勝といったところだ。もちろんこれは有権者全体の動向を反映するものではないが、12月に入ってからポデモスの猛烈な追い上げの可能性を感じさせる。

 次に12月7日夜の4党代表者討論会は、アトレスメディアに所属するアンテナ3ラ・セクスタの2TV局およびラジオ局オンダセロによって、スペイン国内だけでなく世界29カ国に生中継された。それは「ペドロ」、「パブロ」、「アルベール」に紅一点の「ソラヤ」が加わっての、スペイン史上空前絶後のスペクタクルな政治ショーだった。アンテナ3とラ・セクスタの国内での視聴率の合計は48.2%で、920万人がこの2時間を超える政治ショーを見続けたのだ。「瞬間最大値」は51.3%で1千万人を超えていた。実際にはラジオ中継もあったので、この討論会に耳を傾けたスペイン国民はもっと多いと思われる。

 ここでは、国民党を代表して来たソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアが明らかに不利な位置にあった。他3党首とも、党内での地位がさほど高くはないサンタマリアにこの大仕事を押し付けて「逃亡」した首相のマリアノ・ラホイを厳しく非難し、こそこそと逃げ隠れする党首が率いる政党というイメージが定着させられたのだ。特に経済政策や福祉政策、政治腐敗対策などでソラヤは見るからに針の莚に座らされていた。

 こちらでも、いくつかの新聞が「勝者は誰か?」についてインターネット調査を行ったが、たとえばエル・ムンド紙はイグレシアスが41%、サンタマリアが30%、リベラが22%、サンチェスが7%と、「ポデモスの勝ち、社会労働党の負け」を伝えた。またラ・バンガルディア紙ではイグレシアスが56%、リベラとサンチェスが16%、サンタマリアが13%で、「ポデモス圧勝、国民党の負け」となっている。これらの数字が当てになるとも思えないが、このTV中継が総選挙に与える影響は想定を超えた大きなものになるだろう。今から20日まで、TVを中心とするマスコミがスペイン有権者の「意思」を形作っていく有様を、つぶさに観察できそうだ。

 その一方で各党によるけん制のし合いが激しくなっている。パブロ・イグレシアスは「シウダダノスがラホイを退けてサンタマリアの首班指名を支持して国民党と手を組む可能性」を「メニーナ(宮廷侍女)作戦」と名付けてその危険を訴えた。またアルベール・リベラは「社会労働党が2大政党制を守るために国民党と手を組もうと企んでいる」と警告を発した。一方でペドロ・サンチェスは「社会労働党が国民党打倒の最前線を形作る」と述べたが、国民党は以前から3党派が共同して「少数派政党の寄せ集め政権」を画策しているのではないかと警戒している。こうして一部マスコミが「陰謀論が議会を支配する」と揶揄する「四つ巴」のややこしい状況が作られている。

 もちろん従来の選挙前でも党首による討論会は行われたのだが、それは必ず社会労働党と国民党の2大政党の党首によるものだった。今回は全く様相が異なる。マスコミが2大政党の「対抗馬」をいろいろな形で前面に押し出すことで、78年憲法による政治体制を別のものに変える流れを積極的に導こうとしているようだ。

 ついでに言えば、ポデモスは若い世代の投票率を高めるように直前の選挙運動を進めていくべきだろう。11月23日付の記事でエル・ムンド紙がまとめたところによると、18歳から34歳までの若い世代の間ではポデモスの支持が圧倒的なのだ。また35歳から54歳までの中年世代でも、社会労働党をわずかに下回ってはいるが、国民党やシウダダノスよりもずっと高い支持を受けている。しかし55歳を超える世代ではポデモスの支持率は格段に減ってしまうのである。もし40代より下の世代の投票率が上がれば、今のところややや劣勢にあるポデモスが他の3党にぴったりと肩を並べることが十分に予想される。


《カタルーニャはどうなっているのか?》  【小見出し一覧に戻る】

 ところで、9月27日の州議会選挙で「独立賛成」が多数派を取ったはずのカタルーニャはどうなっているのか? 実は、どうにもなっていないのだ。当サイト『
カタルーニャ:「独立」に向かう(?)ぬかるみの道』で私が予想したとおりである。独立推進派の中道政党と民族主義集団が糾合したJxSI(ジュンツ・パル・シ)は、独立派極左政党のCUPと手を結ばなければならないのだが、これが独立運動を暗礁に乗り上げさせている。CUPが頑として現州知事のアルトゥール・マスの首班指名に応じようとしないうえに、「独立後のEUとユーロ圏からの離脱」や「公共企業の民営化阻止」を唱えてJxPIと真っ向から衝突しており、選挙から1ヶ月半たった今になっても州知事が決まらない。

 スペインの外では州議会選挙後に「すわっ!カタルーニャ独立か!」と注目した人が多かったと思うが、私が予告した通り、ぬかるみに足を取られて一歩も進めない状態が続いている。バルセロナ育ちでFCバルセロナ(バルサ)の大ファンであるフランスのヴァルス首相なんか「カタルーニャが独立したらバルサはフランス・リーグに加入すればよい」などと言っていたようだが、少々気が早すぎるのではないか。

 詳しいことはいずれ当サイトの『
特集:『カタルーニャ独立』を追う』の中に新しい記事を書き加えて報告するが、1月までそのまま両党の対立が続くなら、9月の選挙は無効となって2月に再選挙を行うしかなくなる。そしてそれでも同じような状況が続くのなら…、カタルーニャの自治体としての政治機能は延々とストップしたままになる。まさに泥沼である。

 ところで、12月20日の総選挙に向かうカタルーニャでの政治動向はどうなっているだろうか。CUPは最初から中央政府を無視しているので総選挙には参加しない。アルトゥール・マス現州知事率いるCDC(カタルーニャ民主集中)は、周辺の民族主義団体を集めてDiL(Democràcia i Llibertat:民主と自由)として登場する。CDCとともに独立運動を進めるカタルーニャ左翼共和党(ERC)は独自に候補者を立てる。またポデモスは環境左翼政党やバルセロナのアダ・クラウ市長の支持母体などと手を組んでECP(En Comú Podem:「連合して可能になる」というほどの意味)を作って総選挙に臨む。

 いくつかの調査機関が政党支持率の調査結果と得票予想を公表しているのだが、カタルーニャでの選出議員数47議席のうち、左翼共和党(ERC)、シウタダンス(C’s)、社会労働党(PSC)は9〜11議席を取り、国民党が3〜5議席で最下位になることは各調査で共通している。しかしECPとDiLについては、調査によってはどちらかが9〜11議席、他方が5〜6議席と、予想が割れる。私としては、独立運動を行き詰らせているマス与党のDiUに対して厳しい結果が出るのではないかと予想する。

 ただいずれにしても、CUPが候補者を出さないこともあるのだが、独立支持派が選出議員の中で少数派になることは間違いのないところだろう。これもまた独立運動に対しては逆風として働くと思われる。


《演出の背後に見えるもの》 【小見出し一覧に戻る】

 前述のTV局アンテナ3とラ・セクスタなど8つのTV局とラジオ局を傘下に置くメディア企業アトレスメディアは、今年2月に死去したスペインの政財界とマスコミ界の黒幕で大富豪のホセ・マニュエル・ララ・ボスク が作ったグルポ・プラネタの支配下にある 。アンテナ3はラジオ局オンダセロとともに右派的な論調を得意とするメディアなのだが、ラ・セクスタは逆に反体制的で左翼的な番組を多く作る。どちらの「ファン」もどちらかで拾い上げて、視聴率を稼ぐだけではなく、どちらの側にも重大な影響を与えることが可能になるわけだ。

 だが、中道保守政党シウダダノスの躍進については、当然のことながら、マスコミによる宣伝が開始されるはるか以前から全国的な組織作りの入念な準備が進んでいたはずである。全国各地にいる同様の思想を持つ大勢の人々がTVを見て一斉に自らの意思で立ち上がった、などと想像するほど、私はお人好しではない。しかし伝統的なスペインの大企業・銀行や各地域の産業界・地元組織とのパイプを維持する国民党や社会労働党とは異なり、この党を支える人脈と金脈の背後関係については謎が多い。

 同党は2006年に結党されたが、今年
12月2日付のプブリコ紙によると、リベラは2009年の欧州議会選挙の際にアイルランド出身の英国企業家で富豪のDeclan James Ganley からの資金提供を受けたようである。このGanleyは欧州規模の極右ロビー団体リベルタス(Libertas)の創始者であり、米国政府と契約する通信技術企業Rivada Networks LLC のオーナーで米国諜報機関とのつながりを疑われている人物である。そういった人物や組織との現在のつながりはよく分からないが、シウダダノスのあまりにも不自然な急伸張と洪水のようなマスコミでの採り上げられ方は、その背後にただならぬ力の存在を感じさせる。

 またポデモスにしてもその背後関係や資金源について明らかではない部分がある。爆発的に支持を伸ばしていった背景には、確かに、救いようのないスペインの政治・社会状況があり、4年前の15M(キンセ・デ・エメ)運動以来のスペイン人たちの意識の覚醒があるだろう。さらに当サイト『
パブロ・イグレシアスが語る』でも書いたように、スペイン内戦以来の強固な左翼地下組織の脈絡がそこに生きている。もちろん学者や大学関係者、知識人や文化人にも相当数の支持者がいる。しかしこの党の持つ面はそればかりではない。(参照:当サイト『シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M』)

 今年11月4日、スペインを大きな驚きが包んだ。
ポデモスの議員候補の中に2011年までスペイン軍参謀総長を務めたホセ・フリオ・ロドリゲスの名前があったからだ。ポデモスはスペイン軍の中でかなりの支持を得ている。この党派が一般にイメージされているような「極左的思想集団」であるのなら、ちょっとこのつながりは分かりにくい。しかしパブロ・イグレシアスは以前から国軍の必要性を唱え、現実主義的な軍内部の改革派の間に同調者を広げているようだ。当然だが、ロドリゲスのような超大物の軍関係者が議員候補者として関与するとなれば、そこに一般には知られていない相当にしっかりした背後の組織があっておかしくはあるまい。

 誤解を避けるために言っておくが、ポデモスは決して軍国主義の集団ではない。先ほどの「4党代表者討論会」で「もしブリュッセルが、イスラム国を倒すためにシリアにスペイン軍を出せ、と要求したらどうするのか?」という質問に、ポデモス以外の3党は「ノー」と言いつつも「テロ対策への協力」に話をすり替えて論点をあいまいにした。しかし、パブロ・イグレシアスだけは「軍は決して出さない。あくまで政治的手段で、イスラム国の資金源を断つために、サウジアラビアや石油密輸を行うトルコに圧力をかけるよう国際世論に訴える」と、真正面から正論で答えていた。アフガニスタンやイラクなどで、英米軍とNATOのために、兵士に無駄死にを強いてきた国民党と社会労働党の政府に、実際の戦場を知っている軍内部からも批判が多いのである。またこのような対応が彼を「勝者」と見る視聴者を増やしているのだろう。

 しかし、さきほどシウダダノスやポデモスについて書いたようなことは、普通の生活をしている一般の有権者の意識に上ることなどほとんどないだろう。有権者たちは、あくまで自分たちの希望や好みを各党とその代表者に投影するだけである。あるいは怒りや嫌悪をその反対側にぶつけるだけである。そして、この1年ほどの内にスペインで繰り広げられてきた、マスコミ(特にTV)のリードによってその「希望や好み」「怒りや嫌悪」が次々と変化してくる様子は、私の興味を強くそそるものだ。

 「民主主義」の旗の下で、人々は各政党や政治家たちの動向をチェスのコマに見立て、その「差し手」は自分たち有権者つまり「主権者たる国民」であると信じている。つまり民主主義国家の中では「差し手」である国民の意思で国政が運営されるものだと信じている。しかしこの1年間にスペインで起こっていることを通して具体的に眺めてみるならば、我々はそのような「民主主義」の建前と信条それ自体を、冷やかな目で検討し直さざるを得なくなる。

 私がこの国に居留する一人の外国人として、醒めた少々底意地の悪い目で、この国に起こる出来事を眺める立場にあるためかもしれない。その私の目に映るものは、まぎれもなく《差し手の見えないチェス》であり、その「コマ」は、政治集団や政治家を選択する「国民の意思」それ自体なのだ。人々は自発的な意思に基づいて発言し行動し政党や政治家を選ぶ。少なくとも有権者である人々はそのように確信している。しかし自分が「チェス盤」の上に立っていることだけには気付かないようだ。

 スペインでは、西欧の「戦後民主主義」を具体的に作ってきた社会民主主義的な社会保障制度が、20世紀の末期ごろからネオリベラル経済と腐敗した支配階層によって根底から破壊された。そしてそのことは必然的に、従来の西欧型民主主義社会の取り壊しと新しい支配構造・社会秩序を要求するだろう。一つの仮説だが、マスコミの背後にいるスペインのエスタブリッシュメントたちは、フランコ独裁終了後の「78年体制」の終了、および新たな政治体制の構築を試みているのかもしれない。12月20日のスペイン総選挙は、今後ヨーロッパ全土で繰り広げられるかもしれない大きな政治変革のための重要な一つの実験であるように思える。(参照:当サイト『シリーズ:スペイン:崩壊する主権国家』、『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体


2015年12月8日 バルセロナにて 童子丸開

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