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速報:スペイン総選挙に与えたBrexitの打撃

安定への願望が変化への期待を打ち崩した?


 スペインでは、昨年12月20日に行われた総選挙で従来の二大政党政治が完全に崩壊し、連立政権を作ることもままならず、結局この6月26日に「やり直し総選挙」が行われた。ここまでの経過は以下の当サイト記事を参照のこと。
カオス化するスペイン政局
果てしなく続くのか?スペインの「無政府」状態
緊縮財政、難民問題、TTIPが待ち構える:6月26日スペイン「やり直し総選挙」

 前回の記事にある《ポデモスと統一左翼党の連合》で、いま世界的に注目されている政党ポデモス(Podemos)と、かつてのスペイン共産党の流れをくむ統一左翼党(Izquierda Unida)が、政策協定によって一つにまとまり、選挙用の会派「ウニドス・ポデモス(Unidos Podemos:‟まとまれば可能だ”というほどの意味)」が結成されたことをお知らせした。そのウニドス・ポデモスは、選挙公示直前の6月初旬にSIGMA DOSMetroscopiaCIS(国立社会学調査センター)などの主要な調査機関が行った世論調査で、昨年12月の総選挙で第2党だった社会労働党を大きく追い抜いて、国民党に続く第2の支持率を獲得し、第1党の国民党に迫る勢いを見せたのである。その後、多少の変動は見せながらもその傾向に変化は見られなかった。結果はどうなったか。速報としてお知らせしたい。

見出し一覧:クリックすればその項目に飛びます。)
 《国民党の盛り返しと左翼勢力の敗北》
《直前まで国民党不利、ポデモス有利で進んでいた!》 
《Brexitショックが一気に安定志向に向かわせた?》
《スペインは、ポデモスは、いったいどこへ?》 


国民党の盛り返しと左翼勢力の敗北

 6月26日のスペイン総選挙の100%開票時の結果である。( )内は得票率。(6月27日付エル・パイス紙による)
 参考までに、2大政党制を形作ってきた国民党と社会労働党については前回と前々回の総選挙結果を、新興勢力のポデモス(連帯する地方勢力を加える)とシウダダノスに関しては前回の結果を添えておく。またウニドス・ポデモスの前回2015年12月の選挙結果については、ポデモスと統一左翼党を合計した数字を記しておく。

★ 投票率 69.84%  【2015年12月:73.20%  2011年11月:68.94%】
★ 総議席数 350 (安定過半数 176)

●国民党
      137議席(33.03%)  【2015年12月:123議席(28.72%)  2011年11月:186議席(44.63%)】
●社会労働党
       85議席(22.66%)  【2015年12月:90議席(22.01%)  2011年11月:110議席(28.76%)】
●ウニドス・ポデモス
       71議席(21.10%)  【2015年12月:69+2議席(20.66+3.67%)】
●シウダダノス
       32議席(13.05%)  【2015年12月:40議席(13.93%)】
●その他、地方民族政党
       25議席(10.16%)

 伝統的右派でフランコ独裁政権党の流れを汲む国民党は、2011年のような安定過半数には届かないまでも、前回(昨年12月)から14議席も増やし、得票率を大きく上げ投票数でも70万票近く増やして、「勝利」の声に包まれた。一方で新興右派政党シウダダノスは8議席、伝統的左派の社会労働党は5議席を減らし、またバスク州保守党PNVが1議席減らした。その減った分がすべて国民党に回ったことになる。また新興左派政党ポデモスは、統一左翼党と連合したにも関わらず議席数を増やすことができず、また両党を合わせた得票率は後退し得票数では100万票以上を失った。完全な「敗北」といって差し支えない状態だ。

 この結果は、特にポデモス系統の諸勢力にとって、非常に大きな痛手となるだろう。選挙の1週間ほど前まで、ありとあらゆる調査機関によってウニドス・ポデモスが社会労働党を上回り第2勢力になることが確実視されており、党首のパブロ・イグレシアスは社会労働党を巻き込んで一気に政権を狙うと息巻いていたのである。その一方で社会労働党は、自分たちの議席を減らしたことはさておき、ウニドス・ポデモスが伸びずに第3勢力に落ちなかったことに胸をなでおろしている。

 英国のEU離脱の可否を問う国民投票でも大部分の人の予想を覆す結果が出たのだが、スペイン総選挙もまた、全く予想外の結果を見せてしまった。その原因として考えられることについて、まだ決定的には言えないのだが、若干の分析と感想を述べてみたい。
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《直前まで国民党不利、ポデモス有利で進んでいた!》

 今から多くの専門家たちによる分析が行われるだろうが、現在の時点で言えることだけを述べておく。

 今回の選挙のつい3日前まで、スペインの統一と安定を訴える国民党にとって極めて不利な状況だった。逆にスペインの変化を推し進めようとするポデモス系統の勢力にとって追い風となる数々の出来事が続いてきたのだ。一つはこの国に伝統的に根付いている腐敗した利権構造の更なる暴露である。加えて、フランコ独裁時代そのままの国民党政権と警察権力の姿を露わにされてしまった。

 『2016年3月以降に明らかにされたスペインの政治腐敗』で述べたように、司法当局者によって3年前から展開されている政治腐敗の告発と起訴に、今年から新たに「パナマ文書」が加わった。さらに6月になって、国民党政府が2012年に行った「外国での不正蓄財と脱税の合法化」と言っても差し支えない「税制免責措置(amnistia fiscal)」実態を明らかにする「カスティリャーナ文書」の暴露があったのだ。これについてはいずれ近いうちにこのサイトで明らかにしたい。

 そして選挙までわずか5日前の6月21日に、ホルヘ・フェルナンデス・ディアス内務大臣とカタルーニャ州国家警察幹部のダニエル・デ・アルフォンソの秘密会談の盗聴音声が暴露されたのである。これは、2014年に、独立運動を進めるカタルーニャ左翼共和党党首やカタルーニャ民主集中党幹部などについて、ありもしない不正蓄財や脱税事件をでっちあげて独立運動を破壊しようとする、謀議の一部だった。国家警察と中央政府内務省によるこの種の謀議は、おそらくフランコ独裁時代には当たり前だったのかもしれない。しかし40年も後になっていまだにそのようなことが行われている政治の実態が、この二人の声で赤裸々に語られていたのだ。

 この「フェルナンデス・ゲート事件」ともいわれる暴露についても機会があればまた別の記事にまとめてみたいが、これによって、国民党の衰退とポデモスの勢力大幅伸長がダメ押し的に決定的なものになるだろうと、ほとんどの報道機関や評論家たちが確信した。そしてこれを、2004年3月の総選挙でそれまで8年間続いてきたアスナール国民党政権を一気に敗北に追いやった3月11日のマドリッド列車爆破テロ事件、「11M(オンセ・デ・エメ)」になぞらえる人も多かった。

 しかしそんな雰囲気は、総選挙3日前、6月23日のBrexit、英国のEU離脱の可否を問う国民投票で、あっという間に180度ひっくりかえってしまった。英国の残留を予想する声が報道の多くを占めていたし、スペイン人の大多数が英国の残留を願い、また確信していたのだ。その「まさか」の結果がスペインの有権者に与えたショックの大きさは想像に余るものがある。
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《Brexitショックが一気に安定志向に向かわせた?》

 このBrexitがスペインに与える影響については以前から様々に言われてきた。現在スペインには30万人を超える英国人が正式な住民として住んでいるが、その多くが比較的豊かな中産階級であり、彼らの消費はスペイン人の懐を潤す。逆に英国内に住むスペイン人は毎年増え続け、今は10万人を超えるが、その大多数は豊かな英国で職を求めて移り住んでいる人々だ。また農産物を中心とするスペインからの輸出は2009年以降大きく増加を続けており、現在は180億ユーロ(約2兆円)を超す規模になっている。さらにスペインには1550万人(2015年)もの英国人観光客が訪れるが、これは外国人観光客の第1位であり、この国の人々にとって貴重な収入源となっている。そして、スペインの大手銀行や投資機関は常に英国との非常に深いつながりを保ってきた。

 それらの、いままで当たり前と思ってきた利益を、自分たちの生活から奪われる危険性が一気に浮上したのだ。政府は、英国の離脱が380億ユーロ(約4300億円)に相当する緊縮財政をスペインに強いる可能性を述べた。スペイン国民の相当な部分が、この英国の欧州からの離脱に非常な打撃を感じるのは当然だろう。生活が賭かっているのだ。まだまだ失業者は多く貧富の差も広がっているが、数年前に比べると多少は余裕をもって生きることができるようになったと実感しているかなりの数のスペイン人にとって、それは恐怖以外の何ものでもない。

 このBrexitが、国民投票3日後の総選挙の投票に与えるかもしれない影響については、24日付のエル・ムンド紙などが解説しているのだが、それはやはり、国民党にとって有利に、ウニドス・ポデモスにとって厳しいものになる可能性を示唆している。

 英国での投票結果の後で、パブロ・イグレシアスは英国の国民投票について「欧州の悲しみ」としながらも、英国の主権回復にとっては基本的に良いものであるという認識を語った。(この下線部について、私はイグレシアスのツイッターにこの内容で書かれているのを見たと思ったのだが、後で見ると、EUの改革を求める、というものになっている。単純に私の勘違いだったのか後に書き換えられたのかは分からないが、イグレシアスが各国民の主権を踏みにじるEUのあり方に批判的だったことは事実である。筆者より:6/29)また彼と手を組む統一左翼党党首のアルベルト・ガルソンもこれを「市場のために人民に反して作られたEU」の病状であるという認識を示した。これに対して国民党のマリアノ・ラホイは「落ち着いて安定を求めよう」と国民に呼びかけた。これらの党首の反応が有権者に与えた影響は、選挙結果として明らかに表れていると言えよう。

 さらにポデモスはカタルーニャやバスクなどの地域の自決権を認め住民投票を合憲化する方針を打ち出していた。スペイン語では英語と同じく「referendum」だが日本語では「国民投票」「住民投票」とどちらの訳も使われる。しかしこれが彼らにとってまずいことになったのかもしれない。英国のreferendumが欧州中に大混乱を起こしスペイン人に重大な被害の懸念を抱かせているようなときに、カタルーニャやバスクのreferendumはスペイン人にとって悪夢になるのだろう。

 加えて、ポデモスは中東やアフリカの「難民」の積極受け入れを唱えている。これは欧州の左翼政党に共通して言えることだが、「難民」の受け入れを渋ると途端に「極右、ネオナチ、ファシスト」などの罵声が上がりかねない雰囲気では、受け入れの制限を方針として出しにくいはずだ。しかし、ただでさえいまだに20%の失業者を抱え常に緊縮財政の脅威にさらされ続けるこの国の、どこにそれだけの余裕があるのだろうか。このようなこともやはり、変化による混乱を望まず、まずは安定した経済と社会の進路を求める国民の感情にとって、マイナスの効果しか産まなかったのかもしれない。

 スペインの有権者は、より強い欧州諸国との関係を大切にしながら生きるしかないことを十分に知っている。この欧州の大変化を目の前にして将来への不安に包まれ、結局は変化ではなく安定を選んだのではないか。だとすれば、ポデモスとパブロ・イグレシアスにとっては何とも悪いタイミングだったとしか言いようがあるまい。

 政治腐敗で多くの国民党の有力党員が逮捕され、前回の総選挙で大きく議席を失ったマドリッドやバレンシアなどで、今回は、「政治腐敗の防止」を掲げて戦ったシウダダノスや社会労働党が、次々と国民党に議席を奪い返された。選挙民にとっては文字通りの「腐っても鯛」であろう。少々腐っていても、先の見えない不安よりはまだましなのだ。
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《スペインは、ポデモスは、いったいどこへ?》

 しかしそれにしても、この選挙で新しい政府が形作られるのだろうか。またしても難問が国民の目の前に立ちふさがっている。

 国民党とシウダダノスの右派連合(169)では過半数(176議席)に達することができない。左派のウニドス・ポデモスと社会労働党が手を組んでも156議席であり、もっと遠くなってしまう。過半数を超える可能性としては、国民党+シウダダノス+社会労働党の左右大連合(254議席)、あるいはウニドス・ポデモス+社会労働党+シウダダノスの非国民党連合(188議席)しかない。しかし後者は、ポデモスとシウダダノスが反目する上に、社会労働党内に反ポデモスの空気が強いために、まず可能性が考えられないだろう。 前者にしても、シウダダノスが「アンチ・ラホイ」を散々語ってきたうえに、社会労働党内でも国民党と手を組むことへの抵抗が半端ではあるまい。

 国民党とシウダダノスが連立し、首班指名の国会で社会労働党が欠席すれば、右派連合政権が誕生するのだが、そのためにはシウダダノスが「アンチ・ラホイ」を取り下げなければなるまい。この選挙結果ではラホイを辞めさせる口実が無いからである。しかしそうなるとシウダダノスの存在意義が問われることになり、解党の危機にさらされるだろう。おまけに社会労働党でも、いくらスペインの「無政府状態」を食い止めるためとはいっても、国民党に助け舟を出すような決定をすれば、自分たちの存在までも危機に陥れることになるだろう。

 では、1月から6月までと同じように、このまま正式な政府を持たないままで合従連衡の策略ばかりが飛び交って、挙句に12月に3回目の総選挙、ということになるのだろうか。

 しかしそうなると一番困るのは、Brexitを受けて早急に新たな欧州の体制を確立させなければならないEUである。IMFと大銀行からの借金は何としても返してもらわねばならない。そうなると、10月になっても11月になってもぐずぐずとスペインの「無政府状態」が続くようなら、EUからの強引な横やりが入ってくるかもしれない。またその以前に国民党や社会労働党の中に誰かを派遣して無理にでも連立あるいは協力の体制を作らせるかもしれない。

 私の今の予感としては、シウダダノスが反国民党の方針を撤回し、社会労働党が「この大変な時期にスペインに政府が無い状態だけは避けなければならない」という名目で首班指名に欠席し、国民党とシウダダノスの政権作りに協力するのではないかと思う。しかしそうなると社会労働党内部に大きな対立と激しい議論が起こるだろう。とても1か月や2か月でまとまる話ではあるまい。

 ポデモスにとっては大きな試練の時期を迎えることになるだろう。政権を狙うパブロ・イグレシアスの強引ともいえるやり方に対する反発は、幹部の中にも渦巻いている。おそらく今から続くであろう4年間の本格的な「野党時代」は、この党にとって非常につらいものになるだろうが、その中でどのように「一人前の政党」として鍛えられていくのか、ある意味では楽しみでもある。この試練の中でバラバラになってしまうようなら、初めからこの国の政治を担う資格など持っていなかったわけだ。

 15世紀末以来、この国は常に喧騒と対立の中に生きてきた。国民を二分しての殺し合いも経験してきた。そして対立と矛盾はこれからも続いていくだろう。しかしその苦痛の中でスペインの大地は多くの人々の生活を支え多くの豊かな文化を産んできた。国民党は確かに腐っている。しかしその国民党を受け入れる社会の基盤は、その歴史と大地と人々の生活にしっかりと食い込んでいる。良かれ悪しかれそれが現実だ。理屈や理想でどうにでもなるものではない。

 パブロ・イグレシアスもその歴史と大地と人々の生活の中から登場してきた 。もし困難な野党生活を送らねばならないのなら、もう一度その基盤に戻って、しっかりとその中に根を下ろ直したうえで再挑戦してほしいものだ。スペインを取り巻く欧州連合の情勢が、未来にどうなっていくのか、まだなんとも予想は立たないのだが。
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2016年6月27日 バルセロナにて 童子丸開

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