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失敗総選挙:自滅に向かう民主主義


 前々回の記事『怒り狂うカタルーニャ』と前回の記事『フランコの棺が置き忘れたもの』でも書いたことだが、「カタルーニャやバスクの離反に加えて、フランコの遺骸の移送への反発から、フランコ主義に似た過激なスペイン・ナショナリズムが復活するならば、それは中長期的にみれば、将来の政治統合を目指すEUの中でスペイン国家の解体を急がせることになりかねない」。カタルーニャとフランコに加えて、主に北アフリカから来る不法入国者たち、特に親から離れて一人でスペインにやってくる子供たちが増えていることがある。11月10日に行われた総選挙の結果を見ると「ああ、やっぱりな」と感じてしまうが、今回はこの総選挙を中心に、現在スペインの様子を紹介したい。

2019年11月17日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧(クリックすればその欄に飛びます。)
 《選挙直前の「カタルーニャ叩き」》
 《4年間で4回目の総選挙で…、どうなった?》
 《VOXの爆発とシウダダノスの崩壊》
 《自滅しつつある民主主義》



【選挙戦で演説するVOX党首サンティアゴ・アバスカル(RT)】

《選挙直前の「カタルーニャ叩き」》

 選挙前の1週間は忙しい日々だった。いろんな重大事がいっぺんに重なって起こってしまうのも、カオティックな社会の特徴なのかもしれない。何よりもカタルーニャ関係である。最高裁判事パブロ・ジャレナは、2017年10月1日の「独立住民投票」(『血まみれのカタルーニャ住民投票(1)』、『血まみれのカタルーニャ住民投票(2)』参照)を中心にした独立運動「プロセス」事件に関連して、10月14日のカルラス・プッチダモンへの欧州逮捕状(《カタルーニャ独立派に下った最高裁の有罪判決》参照)に続き、11月5日にプッチダモンの「側近」であるクララ・ポンサティー、リュイス・プッチ、トニ・コミンへの欧州逮捕状を発行した。スコットランドにいるポンサティー以外はベルギーに「亡命中」なのだが、まずポンサティーに対する逮捕状がどうなったか見てみよう。

 彼女の罪状は、ウリオル・ジュンケラスなどが科せられた罪名と同じ「反乱罪」(《カタルーニャ独立派に下った最高裁の有罪判決》参照)だが、昨年7月にエジンバラの裁判所に拒絶された国家反逆罪よりも軽い。ジャレナ判事としては「さあ、これでどうだ!」と突き付けたわけだが、何とその翌日に英国の司法当局National Crime Agencyが「不相応である」として欧州逮捕状を突き返したのだ。このニュースは、カタルーニャ語のメディアでは大々的に、カタルーニャを本拠地にするスペイン語メディアでもかなり大きく伝えられたのだが、マドリードに本社のある大メディアではほんの片隅の扱いだった。よほど一般のスペイン国民に知られたくないのだろう。

 極右のVOX党首サンティアゴ・アバスカルは、報復としてジブラルタルを「閉じ込めろ」とまくしたてた。現在は英国領になっているジブラルタルは元々がスペインの土地であり、「領土奪還」を目指すナショナリストとしては当然の主張だろう。他の反独立派の各政党は英国当局に対して表立った批判を避けたが、外務相が裏で英国に相当の圧力をかけたと思われる。ジャレナ判事は、すぐさま書簡を英国司法当局に送り、「憲法秩序を蹂躙した」という意味だと説明した。それを受けて英国当局は「不相応」の表現を引っ込め取り調べを開始すると発表した。そして11月14日になってスコットランド警察はポンサティの取り調べを行ったが、その日中に「逃亡の恐れなし」とパスポートの押収もせずに保釈した。裁判所の判断がいつまでかかるのか、本気でやる気あるのかどうか、はっきりしない。

 ベルギーの「亡命者」たちへの欧州逮捕状が送り付けられたその日に、ベルギーの検察当局は「翻訳が届くのを待っている」と語った。プッチダモンのときでもそうだったが、スペインの裁判所は相手国の言語への翻訳を準備していないのだろうか。その後11月7日にベルギーの検察庁はプッチとコミンを召喚したがすぐに釈放し、逮捕状の内容を検討する期間は自由の身で外国に行く際にだけ許可を得るように伝えた。こちらもどうやら、最初からまともに相手をする気が無さそうだ。「スペイン基準」が「欧州基準」と異なることを、スペイン人たちはどうしても理解できない様子である。なお後の15日になって、プッチダモン、プッチ、コミンの3人に対する裁判所の喚問が12月16日に行われることが発表された。

 一方でスペイン国内では、見事な「テロ未遂事件」のキャンペーンがはられた。こちらの方は、全国版のTVや新聞が、ほれ見たことか!と大々的に伝えたのだが、その中身はどうも怪しい。これは《独立派=テロリスト?お粗末なでっち上げか》に書いた話の続きなのだが、カタルーニャ独立運動強硬派グループであるCDR(共和国防衛委員会)の9人のメンバーが、テロを引き起こす予定で爆発物を準備していたとしてこの9月23日に逮捕された。そしてその中心メンバーに対する裁判所判事の取り調べの映像と音声が、総選挙直前の11月6日に報道機関を総動員して公開されたのである。

 この国で裁判所での公判の様子が実況中継されることはよくあるのだが、判事の取り調べの公開は珍しい。間違いなく近日中の選挙に対するキャンペーンの一つだろう。スペインでは(日本や米国などでも)裁判所に「司法権の独立」を求めること自体が無理なのだ。で、その逮捕者たちの供述なのだが、アホらしゅうてへどが出そうだ。供述によると、彼らはどうやら、爆発物か武器を持ってカタルーニャ州議会をのっとる計画を立てていたらしい。しかもその「Dデイ」に州知事のキム・トーラが「一方的独立宣言」をして、彼らと一緒に1週間州議会会議場にたてこもる、という筋書きだそうだ。もちろんトーラ知事もその計画を知っていた、ということらしい。つまりトーラ知事もテロリストの一味だった?? 州政府幹部を根こそぎ逮捕する口実ができた! 良かった、良かった!!

 この国では「テロ容疑」で逮捕された場合には、長期間、弁護士にも家族にも会うことが許されず、その間どんな「取り調べ」を受けているのか知りようがない。その「取り調べ」後の供述がどんなものなのかは、当サイトのシリーズ『まやかしの「イスラム・テロ」』にいくらでも書かれてある事例通り、検察の書いたお粗末な筋書きに沿って、あらゆる疑問と矛盾をものともせず、「最初にある結論」に向かって突き進む、というものだ。ここで判事局から「証拠」として提出されたケッサクな写真を二つほど取りあげよう。まずこちらの写真だが、検察によると「テロリスト」の一人が製造した爆発物や爆破装置(何かの器やプラスチック製のパイプなどのようだが?)を実験のために運んでいるところらしい。またこちらの写真はその「爆発物」の実験のシーンということだ。

 これらの写真は、いったい誰が撮影したのか? 内偵中の警察なのか? なら、最初の写真など、写されているデブのオッサンが撮影に気づかなかったとしたら相当にマヌケなテロリストであり、大それたことなどできそうにもない。では「仲間」のふりをして潜り込んだ警察のスパイ、あるいは警察に雇われた情報屋なのか? たしかに一人の供述の中で「裏切り者がいた」という言葉が出ている。それにしても携帯で撮影したこんな「証拠画像」をそのまま残すなど、まともなテロリストならあり得ない話だ。2枚目の写真で、供述を見る限りではどうやらその「爆発物」はテルミットのようだ。しかしそれなら「爆発物」ではなく、鉄骨を焼き切るために使う高温を作るための物質であり爆発性は無い。また(本物かどうか知らないが)銃を振り上げたこんなケッタイな写真もあるが、本当にテロリストなら覆面くらいしたらどうかと思うのだが…。

 まあ、《なぜ「暴力の津波」になってしまったのか?》にも書いたことだが、CDRのような過激な組織には必ず「外部」からの「誤誘導の専門家」が潜り込んでいる。選挙が終わった11月11日から3日間の予定で、CDRはバルセロナを中心としたカタルーニャの主要道路を次々と封鎖して交通を遮断した。彼らは11日から翌日の午後までフランス国境に続く高速道路を封鎖してトラック便の輸送を全て止め、19人の逮捕者を出しながらスペインとフランスの警察の手で排除された。「誤誘導の専門家」は「やり過ぎる」ことで一つの運動を自滅に導くことが得意なのだ。

 このような過激集団の行動で直接に被害を受けるのは、トラックの運転手や物資が入らず仕事ができない労働者、バスが動かず客が来ない中小の商店主などの貧しい階層だけだ。ブルジョアと企業主は、独立運動の影響で損失を出したら従業員にしわを寄せるだけで、金持ちが苦しむことなどありえない。こういった戦術を繰り返しておれば支持が減るのは目に見えている。カタルーニャ州政府機関が11月15日に公表した調査結果によると、住民の約42%しか独立に賛成していない。今年3月に48%あった賛成が、7月に44%に落ちていた。それからさらに下がったのだ。このような「世論」の動向を背景に、団体、政党、情報を含む独立運動の全面非合法化が近付くのかもしれない。

 最後に、11月6日、首相のペドロ・サンチェスはセクスタTVの番組で次のように語った。検察庁がプッチダモンを確実に逮捕できるかどうかは政府次第だ、と。名目上は「三権分立」なのだから、表向きの話としては、これはないだろうと思うが、立場を潰された検察庁(社会労働党よりの検事総長だが)は「司法の独立」を盾に首相に抗議した。サンチェスは後から、選挙戦で忙しく疲れていたので間違ったことを言ってしまったと言い訳したが、「疲れていたのでつい本音が出てしまった」と言う方が正しいだろう。まあこれは、誰が政権を取っても同じことをするだけだから国民党もこの「失言」にはあまり突っ込まなかったが。


《4年間で4回目の総選挙で…、どうなった?》

 4年間で4回目の総選挙…、要はこの4年間、実質的に「無政府状態」が続いている、ということだ。このサイトでは過去3回の総選挙の詳細をすべて記録してきた。2015年12月『カオス化するスペイン政局』の総選挙の結果では首相指名ができず、2016年6月『安定への願望が変化への期待を打ち崩した?』の総選挙の後、社会労働党の「クーデター」のおかげでマリアノ・ラホイ国民党政権が継続できた。しかしそれはほとんど何の実績を残すこともなく、2018年5月の不信任案可決で終わりをつげ、ペドロ・サンチェス社会労働党政権が生まれたが、これもまた国家予算すら立てることができずに終わった。そして2019年4月28日『サナギの中のカオス(その1)』の総選挙では、結局、首相指名ができず、この11月10日の総選挙を迎えることとなった。

 まず主要な(今回の選挙で5議席以上を獲得した)各政党の性格を書いておこう。
社会労働党は中道左派、 国民党は中道(?)右派、 VOX(ボックス)は極右ナショナリスト政党、 ウニダス・ポデモスは左翼のポデモスと連合左翼党の合同政党、 カタルーニャ左翼共和党はカタルーニャ民族主義左派(独立派)、 シウダダノスはリベラル右派、 ジュンツ・パル・カタルーニャはカタルーニャ民族主義右派(独立派)、 バスク民族党はバスク民族主義右派、 EHBilduはバスク民族主義左派(親独立派)である。

 以下の数字は下院の議席数(総数350、過半数176)で、《 》内に前回(今年4月28日)、前々回(2016年6月)、その前(2015年12月)、その前(2011年11月)の順で記す。順番は、今回の議席数の多い順。各政党の推移にはその前身を含む。データはエル・パイス紙を使用。

社会労働党 120 《122, 85, 90, 110》    国民党 89 《66, 137, 123, 186》    VOX 52 《24, -, -, -》
ウニダス・ポデモス 35 《42, 71, 69, -》    カタルーニャ左翼共和党 13 《15, 9, 9, 3》    シウダダノス 10 《57, 32, 40, -》
ジュンツ・パル・カタルーニャ 8 《7, 8, 8, 16》    バスク民族党 6 《6, 5, 6, 5》    EHBildu 5 《4, 2, 2, 7》

 主要政党の変遷具合をこのようなグラフにしてみると面白い。2011年が二大政党制最後の総選挙だった。二大政党制は20世紀の冷戦構造の産物だから、その名残が最終的についえた年と言える。この年、世界的な経済的破局の中から盛り上がったのが15M(キンセ・デ・エメ)運動(『シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M』)だったが、それをきっかけに登場したのが急進左翼政党ポデモスである。また国民党を中心にした政治腐敗、特に大不況突入以前の空前の建設バブル時の政治の腐敗ぶりと出鱈目な経済のあり方(『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』、『シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州』、『シリーズ:スペイン:崩壊する主権国家』)が、司法当局によって爆発的に暴かれ始めた。同時にその前後からカタルーニャ独立運動(『シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う』)が激しく盛り上がってきた。

 このようにして2011年ごろに撒かれた「崩壊の種」が、その後、8年をかけてこの国を蝕み腐食していった。2015年からの4年間で、当サイトで詳しく記録してきたとおり、国の形が定まらず後戻りのきかない混乱の時期に突っ込んでいる。最初のうちはまだ力の均衡があったが、後半は収拾のつかない惨状を示している(『スペイン情勢の急展開とその背後』冒頭のグラフも参照のこと)。その混乱に対する危機感からVOXのような政党が支持を得ていくのは当然だったろう。そう遠くない将来、世界的な規模で再び大規模な金融崩壊が起こる可能性がある。そうなれば、世界中のあらゆる地域と国で政治的な一層の混乱と流動化、そして再編成が避けられなくなる。大国、中堅国、弱小国の区別なく、だ。そのときにこの国はどうなるのか?

 それはともかく、この状態でどの勢力がどうやって政府を作るというのだろうか。社会労働党やウニダス・ポデモスなどの左派系政党が寄せ集まってもせいぜい158議席、国民党やVOXなど右派系政党なら153議席。過半数の176議席には程遠い。鍵を握るのがカタルーニャの独立派政党(合計23議席)とバスクの民族政党(合計11議席)だ。これらが右派政権作りに協力することは100%ありえない。左派政権になら一部が協力(支持ではなくても棄権という形で)する可能性が僅かにあるかもしれない。それにしても、できる限りの少数政党を味方につけて、そのうえでカタルーニャ独立派とバスク民族派の棄権を確保することは、社会労働党にとってもほとんど不可能に近い芸当だろう。

 《「賭け」に敗れたサンチェス》に書いたことだが、前回の選挙後に社会労働党がポデモスに譲歩して閣僚の座を譲り連立の構想を立てておれば、カタルーニャ独立派とバスク民族派の棄権で政権が誕生していたのかもしれない。しかしサンチェスはそれを選ばなかった。そのうえで行った再選挙の結果がこれだ。サンチェスにとってこの選挙は大失敗だったのかもしれない。

 ところが、である。選挙の僅か2日後、11月12日に、社会労働党とウニダス・ポデモスが連立政権作りの仮合意に調印したのだ。それによると、パブロ・イグレシアスが副首相の一人になるほか獲得議席数に比例する数で閣僚の椅子を分け合うことになっている。それにしても選挙結果後の1日の交渉だけで合意書が書けたとはとうてい考えられない。選挙のずいぶん前から準備が為されていたはずだ。しかし他の党がどうなるか分からない以上、政権成立の目途など立つはずもあるまい。そんな不確かな状態で合意書の準備ができたのだろうか? それは分からないが、まあ、今からどんな「手品」を見せてもらえるか、楽しみにしておこう。

 このまさに電撃的な合意に、シウダダノスは「目も当てられない」、国民党とVOXは「過激派だ」として非難の声を上げた。特にVOX党首のアバスカルは翌13日に、サンチェスを「詐欺師」とののしり、この合意に対して、スペインを「チャベスのベネズエラに変えてしまう」ものと罵倒した。アバスカルによれば、「チャベスのベネズエラ」は食糧などの「配給手帳付き」貧困と貧富の格差を生み出すものらしい。面白い話だ。これについてはまた後で触れよう。

 いずれにせよ、先にのべたように、この左翼連立政権の誕生は極めて困難、不可能に近いだろう。今からの政治日程を書いておくと、11月10日に選出された下院議員は11月18日に議員登録を行い、12月3日に議長団が選出される(その以前に議長団の各党への割り当ての交渉がある)。12月10日から、首相指名のための総会が開始され、早ければその週内に、遅くとも2週間後に首相指名投票が行われるが、その投票では絶対多数(176の賛成票)が必要で、それで首相が決まらない場合には48時間後に2回目の投票が行われる。その場合には棄権票を除いた有効投票数の過半数で決定される。もしそれでも決まらなければ、翌年1月の半ばに再度首相指名投票が行われるだろう。それでも駄目な場合、議会を解散して、たぶん4月初旬に再び「やり直し総選挙」ということになる。どうなることやら…。


《VOXの爆発とシウダダノスの崩壊》

 極右政党VOXが初めて議員の議席を手にしたのは、昨年(2018年)12月2日行われたアンダルシア州議会選挙(『フランコ無きフランコ主義:スペイン極右政党の台頭』)だった。そして今年4月28日の総選挙では初の下院議席24を獲得(《4月28日、スペイン議会総選挙:この「賭け」の勝者は?》)し、その僅か半年後にそれを52に伸ばしたのだ。ほんの1年前には地方議会にすら登場しなかったこの党が、なぜここまでの急成長を果たしたのか。

 もちろんだが、『フランコの棺が置き忘れたもの』の《「フランコの棺の蓋」を開けるカタルーニャ》に書いたとおり、カタルーニャ独立運動の激化と国際化の反動として、「休眠状態」だったスペイン・ナショナリズムが目を覚ましたことが大きな理由の一つだろう。フランコ独裁時代に「良い目」を見た年配の富裕層には特にその傾向が強い。それに加え、主に北アフリカからやってくる大量の不法入国者(移民?難民?)に対する住民の不安や嫌悪が広がっていることもあり、無視できない大きな力になって台頭してきたのだ。今回の選挙でVOXの得票率は15%を超えている。

 エル・パイス紙の分析によると、全国的に不法入国者の多い市町村でVOXの得票が高かったことが指摘される。《Vox(ボックス)とは?》で述べたように、昨年12月のアンダルシア州議会選挙で、不法入国者が多い貧しい地域と同時に裕福な階層の多い地域でもVOXへの投票が多かった。今回の選挙でも、たとえばバルセロナでVOXへの投票が多かったのは、不法入国の外国人が多く貧しい階層の人々が住むノウバリス地区、サンマルティ地区などと同時に、高所得者が多く住むサリア・サンジェルバッシ地区だった。こういった現象を科学的に詳しく分析する必要があるだろうが、スペインの社会学者や政治学者が率先してやってくれるのだろうか? なお、不法入国者や難民の問題については後の機会に詳しい記事にしてみたい。

 しかしそれだけではない。《VOX台頭の背後に蠢く国際的な力》に書いたとおり、この極右政党は欧米を実質支配する巨大な力をその背後に持っている。先ほどの社会労働党とポデモスの連立構想を非難する党首サンティアゴ・アバスカルの『スペインを「チャベスのベネズエラに変えてしまう」』という言葉に注目してみたい。

 当サイト記事『ラテンアメリカに敵対するアメリカ帝国とCIA』や『ベネズエラにおけるブッシュ・ファミリーのいかがわしい商売』に書いたとおり、ベネズエラに『貧困と貧富の格差を』もたらしたのは、米欧の巨大資本とその手先になったファシストの買弁政治家たちである。アバスカルもどうやらこちらの系列のようだ。ただし近年では、ウゴ・チャベスの後を継ぐニコラス・マドゥーロの政権を倒すべく、米欧大手メディアの力で政府を悪魔化し、大資本の力で物流を妨害して社会を混乱させ、軍事クーデターを呼び掛けた挙句に惨めに失敗した、フアン・グアイドーとかいうマヌケな《米国政府公認自称ベネズエラ大統領》がいたが。

 ブラジルのボルソナーロの背後にはアマゾン開発利権を競う米欧巨大資本があるだろうし、チリでもエクアドルでも同様だ。先ごろボリビアでエボ・モラレス政権を倒した軍事クーデターの首謀者の背後には、世界最大のリチウム鉱山の資源と利権の確保を目論む巨大資本と米欧帝国主義が控える。当サイト『中南米政変を操る影』に書いたように、1973年のクーデターによって誕生したピノチェット軍事独裁のチリは世界で最初のネオリベラルの実験場であり、それを支えたのがカトリック系カルト集団オプス・デイだった。ボリビアで「臨時大統領」になったヘアニネ・アニェスは大きな聖書を抱えて「就任演説」を行ったが、ラテンアメリカではこういったカトリック系ファシスト集団がネオリベ経済と密接につながっている。さらにボリビアでは、白人系支配階級による原住民(インディオ)貧困層に対する人種差別と抑圧の構造がある。

 ファシズムに関連してこんなことがあった。先日、米国などで活躍するカタルーニャ出身の歌手ロサリアに対してVOXが噛みついた。彼女が11月10日の選挙結果を見てツイッターに「Fuck Vox」と書き込んだからだ。VOXはその公式サイトで、飛行機でラスベガスに向かうロサリオの写真に次の言葉を添えた。「自家用飛行機を持つお前のような大富豪だけが、愛国心を持たない贅沢を許されるのだ」。この言葉は、アバスカルが選挙戦中のディベートで取りあげたフランコ独裁時代のファシスト政党ファランヘの政治信条を使った厭味だった。

 ファランヘ党の信条はこうである。「(危機は)我々を、国家的な統一も、法による安全保証も、全員の水も無いようにするだろう。いやしい身分のスペイン人たちにとってはスペインだけが自分の財産である。大富豪だけが愛国心を持たない贅沢を許されるのだ」。…これほど見事にファシズムの本質を言い表した言葉は無いだろう。ファシズムは大富豪を国家や道徳や法の束縛から解放してあらゆる価値の私有を許す仕組みであり、「愛国心」は「いやしい身分」だけに必要とされ強制されるべきものなのだ。

 私は《バブル崩壊、15‐M、ポデモス、カタルーニャ独立運動、腐敗暴露、VOX、…》で次のように書いた。
しかしそれは、以前のフランコの時代に回帰する運動ではない。以前にあった抑圧的な制度と倫理観と過激なナショナリズムの復活を利用して人々の思考と行動を縛りつけながら、有無を言わさずネオリベラル経済を押しつける、新しい形の極右政治を目指すものである。VOXが選挙戦で唱える経済政策は、富裕層の所得税と相続税を減らし、公的な医療や教育や年金などの福祉を切り捨てる、明らかに米国型資本主義を目指すものだ。それは突然の思いつきで現れたものではなく、今まで述べてきたとおり、何年も前から入念に準備されてきたものに違いあるまい。

 失業率が20%を大きく超してスペイン国民の「下半分」が生活の危機にあえぐ2012年に、スペインのネオコン・ネオリベの代表者ホセ・マリア・アスナール元首相は「福祉国家はまかないきれない」と語った。最も数の多い「中の下」の階層から絞り取り、裕福な寡頭支配者にますます富を集中させるために、国家による制約を取り払うことが彼の理想だったのだろう。しかしスペインでは、司法当局による相次ぐ政治腐敗の追及のために、もはや組織犯罪国家としてのフランコ独裁体制を再現させることは不可能だ。必然的にその「愛国心を免除された」裕福な寡頭支配者は世界規模のものになる。VOXはおそらく、米国支配層およびそれと繋がる欧州イスラエル支配層の一部が作り上げた政治的な道具なのだろう。まさに現代ファシズムである。

 一方で、これ以上は無いほど惨めに叩き潰されたシウダダノスはどうだろう。選挙結果が明らかになった11月11日、党首のアルベール・リベラは辞任し、政界からも身を引く決意を語った。シウダダノスの得票の減り具合について興味深い新聞記事がある。「シウダダノス支持者の百万票が棄権に回った」という見出しの11月14日付エル・ムンド紙の記事である。その記事にあるこちらの図こちらの表は特に興味深い。これは調査会社Sigma Dosのデータに基づいたものだが、同一の有権者が4月28日の総選挙で投票した政党(棄権含む)と11月10日に投票した政党(棄権含む)の関係を描いたものだ。

 この調査によると(以下の数値はサンプル調査された中での人数)、4月にシウダダノスに投票した414万人のうち、11月には100万人近くが国民党に支持を変え、100万人以上が棄権に回った。VOX支持に変えた人も40万人近く、社会労働党に移った有権者も20万人ほどいる。前の他党支持者や棄権者からシウダダノス支持に移った人もいるが少数で、結局、シウダダノスは164万の得票しかなかったのだ。結局、この党が昨年のアンダルシア州議会選挙以来、極右に引きずられ、特に5月26日に行われた統一地方選の後で各地でVOXと手を組んだことが命取りになった。シウダダノスへの信頼を失った人は棄権し、またより右派的な支持者はどうせVOXと組むのなら国民党の方がましだと考えたようである。

 要は、スペイン・ナショナリズムに引きずられ、「カタルーニャ独立派憎し」で観念的に突っ走って、各地域の住民の中で票固めを行う「草の根」の部分を疎かにした報いである。国民党やVOXは、資金と選挙参謀の優秀さもあるが、各地域の現場に根を下ろし人々の生活や仕事や感情に、良くも悪くも、密着した部分を持っている。シウダダノスはしょせんは「根なし草」の党なのだ。2015年に、ポデモスの台頭や、国民党の政治腐敗の摘発に危機感を持ったこの国の支配層の一部が、カタルーニャの弱小勢力に過ぎなかった(地元ではシウタダンス)党を、若くイケメンのリベラを祭り上げメディアを動員して張りぼての全国政党に仕立て上げただけのものである(《ポデモスとシウダダノス》参照)。この張りぼてが再び大きく膨らむことがあるのだろうか。



《自滅しつつある民主主義》

 カタルーニャ独立派はことあるごとに「民主主義」を強調する。対するスペイン統一主義者(右派と社会労働党の大部分)たちも、自分たちこそが「民主主義の擁護者」であるという主張に固執する。統一主義者にとって独立派は、偏狭なカタルーニャ民族主義を住民に強制するファシストである。独立派にとって統一主義者は、民族自立の民主的権利を抑圧し中央集権主義を強制するファシストである。いったい何が民主主義で何がファシズムであるのか?

 統一主義者は一方で護憲論者でもある。右派と社会労働党の半分は憲法を盾にとって独立派を非合法にすることが民主主義であると信じている。社会労働党の残り半分はカタルーニャ問題を「対話と交渉で政治的に解決する」としながらもあくまで「憲法の枠内で」と添える。いずれにせよ1978年の憲法を死守することが彼らの民主主義なのだ。なぜなら、その憲法は独裁政権終了後に晴れて民主主義の西欧の仲間入りを許された最大の証となるものだからである。しかしその憲法が、『生き続けるフランコ(1)』や《「ミイラの引っ越し」で何が変わる?》で書いたように、独裁体制の基本構造には手を付けず制度上の形を取り換えたものであることには触れようとしないし、そのような視点も発想も持っていない。なにせ、この憲法で定められたものが民主主義なのだから。

 独立派にとって民族自決は普遍的な民主的権利であり、それは国民国家より上位にある原理だ。しかしその「民族自決」が、第一次世界大戦後に、ドイツ帝国とオスマン帝国を解体するために英国と米国が発明した詐欺的な理屈であることに触れようとしないし、そのような視点も発想も持っていない。《「なぜNATOはマドリードを爆撃しないのか」?!》に書いたように、バルカン半島を再編成し東欧で最大級の軍事基地と麻薬密輸基地を作るために、NATOはセルビアを78日間ぶっ通しで爆撃して(ついでにベオグラードの中国大使館まで攻撃して)コソボを独立させた。これが「民族自決」なのだ。

 そして、先ほどの選挙結果で見てきたように、2011年までの2大政党制も民主主義の結果ならば、その後の大混乱と無政府状態も民主主義の結果である。もちろん他の欧州諸国でも、イタリアのように、まともに機能する政府が長期間作られない事例はいくつかある。しかし、それと同時進行的に一地域の激しい分離独立運動が続くような例はスペインが初めてだろう。だがそれもまた民主主義の結果なのだ。そしてそこにVOXのような勢力が民主主義を唱えながら台頭してきた。これもまた民主主義の結果なのだ。世界的には、ボリビアやウクライナのように、民主的な選挙で選ばれた指導者が暴力によって排除されることもある。一方で欧州のように民主主義を標榜する社会が民主的な選挙によって民主主義の危機に陥る例もある。

 そもそもそれは、第二次世界大戦を「全体主義vs民主主義」と定義して「民主主義の勝利」などと結論付ける学校教科書の神話の胡散臭さから始まるのだが、今はそこまで話を広げる余裕はない。しかしいま私の目の前にあるのは、実際に、民主主義が民主的な手段で自らを混乱させ自滅に向かっている、そのような現実なのだ。この続きは、12月の首相指名の顛末についての記事で述べることにしたい。

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