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フランコ無きフランコ主義:スペイン極右政党の台頭


 英国抜きの欧州の中で「メルケル以後」が政治日程に記され、フランス主要都市での暴動(ほとんどクーデター)が、日産ゴーン逮捕とともに、マクロンを追い詰めている。その一方でHuawei幹部逮捕が中国を本格的な対米経済戦争に追いやるだろう。目に見えぬところでそれらが連動して世界を激動に追い込みつつあるように感じる。そんな中、この12月6日に1978年憲法制定40周年を迎えた我がスペイン国では、その「78年体制=スペインの西欧化」自体が実質的に崩れ去った。この国は、ひょっとすると他の欧州諸国も、これから数年~十数年をかけて国家と社会の分裂・解体へと突き進むしかないように思われる。

 前回の記事『崩れ落ちるスペイン司法界の権威』で書いたことには、唖然とするような続きが待ち構えていた。今回、当初はフランコの墓移転問題の推移と急激に台頭した極右スペイン・ナショナリズム政党について書く予定にしていたが、まずあっさりと正体を露呈したスペインの司法権力について書き、続いて、12月2日のアンダルシア州議会選挙で衝撃的な登場をした極右スペイン・ナショナリスト政党Vox(ボックス)について綴ることにしたい。

2018年12月10日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧(クリックすればその欄に飛びます。)

 《司法の支配を白状した間抜けな国民党》
 《アンダルシア州議会選挙と極右の台頭》
 《Vox(ボックス)とは?》
 《スペイン・ナショナリズムの再征服》
 《本格的な国内分裂に向かうのか?》



【写真:極右政党Voxの党首サンティアゴ・アバスカル(左)と総書記ハビエル・オルテガ・スミス(右)(Libertad Digital)】

《司法の支配を白状した間抜けな国民党》

 『崩れ落ちるスペイン司法界の権威』で私は、政治権力に続いて動揺と混乱に放り込まれたスペインの司法権力について述べたが、その記事を公表した直後に開いた口がふさがらないような出来事が待っていた。スペイン政府は住宅ローンを巡る最高裁のドタバタ劇(《住宅ローン訴訟判決を巡る最高裁の大失態と権威の失墜》参照)の後、司法権委員会(スペインの司法権を統括する最高機関)の委員長で最高裁長官のカルロス・レスメスの首を挿げ替え、カタルーニャ独立派に対して辣腕を振るう最高裁判事マヌエル・マルチェナを後釜に据えた。これは国民党の要請に従ったものであり、その代わりに司法権委員会内部での力関係を与党の社会労働党に有利にするはずだった。しかし、その国民党と社会労働党の思惑は一つのSNSメッセージで吹き飛ばされてしまった。

 スペイン議会上院の国民党議員団広報担当者イグナシオ・テシドーが186人の同僚に宛てて発信したWhatsApp(欧州で主流のSNS)のメッセージの内容が暴露され、11月19日にテシドー自身がその内容を認めざるを得なくなった。そこには次のような内容が書かれていたのだ。…司法権委員会の構成を社会労働党に多少有利にする代わりに、我々は特別な委員長を手にすることができる。マヌエル・マルチェナは説得力と権威に溢れた人物で、委員会全体を従わせることができる…と。そして次のように語った。「しかも(我々が)、最高裁の中で議員と政府閣僚の追訴の権限を持つ唯一の機関を背後からコントロールしつつ、政党非合法化の権限を持つ唯一の機関を運営する、ということなのだ」と。…最高裁を背後からコントロール…(?!)。

 司法の独立など学校教科書のおとぎ話に過ぎない、とは言え、保守政治家自らがこれほど露骨に(間抜けに!)司法権力への支配を明らかにしたことは、世界的に見てもめずらしいだろう。この最高裁判事マルチェナは最初から明白な政治的偏りを持つ人物であり、フランコ独裁から続く保守・右翼勢力に最も頼られている判事なのだ。《スペイン司法権力と国家を危機に追い込む少数民族問題》でも述べたことだが、裁判所判事のサークルの中では極右主義的な言動が飛び交っているのが事実である。だが結局のところ、マルチェナは就任したばかりの最高裁長官と司法権委員会委員長を辞任し、レスメスが返り咲く(というよりも曝しものになり続ける)こととなった。国民党は大慌てで国会議員が作っているWhatsAppのサークルを閉鎖し事態を覆い隠してしまった。

 スペインの司法機関はピエロの集まりとしか言いようがないが、しかしこれは漫画の世界ではない。マルチェナは昨年10月1日のカタルーニャ独立住民投票に対する裁判で最も主導的な働きをしている。こんなピエロどもに裁かれる独立派も、また不幸なものだ。ここで、今回の記事の本題に入ることにしたい。


《アンダルシア州議会選挙と極右の台頭》

 2018年12月2日に、スペインで2番目の面積と最大の人口を抱えるアンダルシア州の州議会選挙が行われた。アンダルシアでは、フランコ死後の新体制下、1982年に第1回の州議会選挙が行われて以来、36年間、社会労働党が州議会と州政府を支配してきた。何せここは、社会労働党の元党首で80年代から90年代にかけて長期にわたって首相を務めたフェリペ・ゴンサレスのおひざ元である。そしていま州の党代表で州知事を務めるのは、中央政府首相ペドロ・サンチェスと事あるごとに対立する党内右派の代表格スサナ・ディアスだ。(『社会労働党「クーデター」とラホイ政権の継続』、『サンチェスの逆襲と社会労働党の危機深化』参照。)

 州議会の議員総数は109、過半数は55である。前回2015年3月の州議会選挙では、社会労働党47議席、国民党33議席、ポデモス15議席、シウダダノス9議席、左翼連合5議席だったが、社会労働党は左翼のポデモスを嫌い中道右派のシウダダノスと連合して州政府を作った。しかし今年は、中央で社会労働党政権に激しく敵対しているシウダダノスと連立せず、ポデモスと左翼連合で形作る党派「アンダルシア前進」と組むことが発表されていた。選挙前には、社会労働党は議席を減らすだろうがこの左翼連合で過半数を制するだろうと予想されていたのである。蓋を開けてみて、どうだったのか…。

 社会労働党は第1党を確保した。しかし14議席を失い、33議席と、ほぼ惨敗に近い。また「アンダルシア前進」も、前回のポデモスと左翼連合を合わせたより3議席少ない17議席に終わり、これでアンダルシアでの左翼連合は実現不可能になった。右派政党では、国民党が7議席減の26、シウダダノスが8議席増の21議席だった。しかし何よりも人々を驚かしたのは極右政党Vox(ボックス)の華々しい登場だった。選挙前は多くても3、4議席程度と見られていたのが、何といきなり12議席を確保したのである。

 隣国フランスの国民戦線党首マリーヌ・ル・ペンはすぐさまVoxの大躍進を称え、2日後の12月4日には米国KKK(クー・クラックス・クラン)最後の代表を務めたデイヴィッド・デュークも「レコンキスタ(再征服)がアンダルシアから始まった」と賞賛した。このVoxとはどんな政党なのか? どうしてこれほど急激に勢力を拡大させたのか?


《Vox(ボックス)とは?》

 Vox(ボックス)はラテン語で「声」を意味する。創始者で現党首のサンティアゴ・アバスカル(Santiago Abascal)はビルバオの生まれで42歳。元々は国民党員だったが、マリアノ・ラホイ前首相の方針に反発し、2013年12月に党籍を捨てて新党を立ち上げた。副党首で総書記のハビエル・オルテガ・スミス(Javier Ortega Smith)はマドリード生まれで50歳。Smithは母親(アルゼンチン国籍)の姓だろう。退役軍人で弁護士の資格も持つ。バスク州都で生まれ育ったアバスカルは、バスクやカタルーニャの分離主義に対して情熱的な敵対心を持ち、党幹部にはバスク分離主義テログループETAに誘拐されて1年以上も監禁されていたホセ・アントニオ・オルテガ・ララもいる。

 ここで、この党の基本的な政治方針を、おおざっぱにだが、見ていこう。エル・ムンド紙プブリコ紙を参照した。

 まず国内の体制について。地方自治制度を実質的に解体して形ばかりにし、カタルーニャやバスクなどの分離主義政党を非合法化する。自治体の長や役員の数を半減させ、各地域のテレビ局を大幅に制限する。つまり強力に中央集権化する。中央政府と議会だけが、スペインのアイデンティティや歴史観や文化を、国家的な栄誉を担って広め知らしめ保護する権限を持つ。法的な保護を受ける最も重要なものは国歌と国旗と王政である。

 対外関係について。ブリュッセルに新たな欧州条約を認めさせるが、その中で、国際的な関係における相互尊重を厳守し(つまりスペインのことに口を出させず)、超国家的組織(たとえばEUとその機関)がスペインの利益に反するならばその廃止を主張する。

 次に移民政策について。不法に(無許可で)スペイン国内に入ってきた外国人(いわゆる「難民」を含む)は即時出身国に送還する。合法的な移民でも違法行為を犯した者は送還。移民はスペインの言語を使い生活習慣に従いスペインの経済や社会に寄与しなければならない(つまりイスラム教徒の服装や習慣を守るなどもってのほか)。またアフリカ大陸にあるスペイン領の都市セウタやメリージャの周囲に乗り越えることが不可能な分離璧を作って不法移民の侵入を防ぐ。

 次に、「性差による暴力(女性であるということで受ける男性からの暴力)」という概念を認めず、それを防止するための法律を廃止する。フェミニズム運動やLGBTI(レズビアン・ゲイ・バイセクシュアル・トランスセクシュアル・インターセックス)の運動は抑圧されるべきであり、自然な家族を尊重して同性婚も堕胎も禁止されなければならない。また、フランコ時代の政治的・文化的抑圧を後世に伝える「歴史記憶法」を廃止し、その代わりに「テロリズム被害者尊厳正義記憶法」を制定する。当然だがフランコの墓移転など論外。

 最後に経済の方針。まず、公共料金を廃止する。これは、交通、エネルギー、通信などを全て完全に民営化(私有化)するという意味だ。また土地使用(売買、開発)を自由化する。税金(所得税)の率を「革命的に下げて」、年収1万2千ユーロ(約150万円)未満は無税、1万2千~6万ユーロ(約770万円)には一律20%、それ以上(無制限)の年収には一律30%とする。さらに相続税と寄付に対する税を廃止。そして、年金制度を大幅に見直して公的年金は生活に最低限必要な額に限定し、それ以上は各個人で民間の金融機関による年金を利用するものとする。

 これでどうやらこの党の正体が見えてきたようだ。要は、最も数の多い「中の下」の階層から絞り取り、裕福な寡頭支配者にますます富を集中させるために、国家による制限を取り払う、ということのようである。以前に当サイト『狂い死にしゾンビ化する国家』のネオリベラル経済による福祉国家の破壊》の中で、スペインのネオコン・ネオリベの代表者ホセ・マリア・アスナール元首相が「福祉国家はまかないきれない」と語ったことを紹介したが、何ということはない、政治的にはフランコ無きフランコ主義、経済的にはネオリベラル、というのが、この極右政党の本質であろう。

 それにしても、どうしてこの党がアンダルシアの選挙で大躍進を遂げたのだろうか。

 まず、アンダルシアの海岸めがけて大量に押し寄せるアフリカからの不法移民に戸惑い反発する州民の姿があるだろう(《深刻化する欧州とスペインの不法移民(難民)問題》参照)。特に、移民たちが最も多く上陸する南東部のアルメリア地域でVoxが大量の票を集めている。ここには人口の約3分の1が不法に入国したアフリカ人という都市まであるのだ。セビージャなどの中心都市でも移民に対する恐怖感は強い。EUの移民政策に従う社会労働党や「人道主義」を唱えるポデモス・左翼連合系党派が大きく後退したのはこのためだろう。

 次に、Voxは比較的裕福で高齢者の多く住む地域でも大量の得票を遂げた。このような地域の人々は社会と経済の安定を望み従来の価値観の喪失を極度に恐れる。特に近年のカタルーニャ独立運動は、フランコ時代から続く「統一されたスペイン」が失われることへの恐怖感を掻き立てている。そのカタルーニャ独立派に媚を売る(ように見える)社会労働党などの左翼政党はこれらの人々の間に激しい怒りと絶望感を与えた。同時に政治腐敗にまみれる国民党もまた国と社会を不安定化させる脅威であり、国民党支持からの鞍替え組も多い。こうして、海岸地域の農村と大都市の中産階級住宅地という、一見かけ離れた両方の地域でこの極右政党が大きな支持を得た。人々は、フランコ時代のような強力な中央集権制度と国家の統一性、スペイン文化の純化を期待しているのである。

 最後に、投票率の低さもVoxに有利に働いたであろう。この選挙の投票率は56.44%で、前回(2015年)に比べて6%近くも減っているのである。しかも、調査会社Sigma Dosによると、前回の選挙で社会労働党やポデモス、左翼連合に投票した人々のおよそ30%が今回の選挙で棄権しているのだ。さらには前回これらの左翼政党に投票した人々の約15%が今回はVoxに投票したようである。一方で元々から保守的な層でVoxに期待する人々はガチで投票所に向かっている。これもまたこの極右政党を躍進させた要因になっているはずだ。

 なお、このVoxの台頭を大歓迎しているのは外国の極右政党だけではない。コルドバのカトリック司教デメトリオ・フェルナンデスは「素晴らしい選挙結果だ」と述べてスペイン全体が変化していく期待を語った。彼の他に10の司教区の司教、堕胎や同性婚への反対し伝統的な家族を守る運動を進めているカトリック団体アステオイール(「耳を傾けよ」という意味)など、Voxに期待する人々は無視できない力を持っている。さらに、当然と言えるが、Voxは警察組織や軍の中にも支持者を広げており、《住民投票1周年:大荒れのバルセロナ》で紹介した警察の右翼組合Jusapolが積極的にこの政党を支持・宣伝している。


《スペイン・ナショナリズムの再征服》

 先ほど、米国KKK最後の代表者デイヴィッド・デュークがVoxの躍進を「レコンキスタ(再征服)がアンダルシアから始まった」と語ったと書いたが、もちろんこの「レコンキスタ」は、フランコ主義に代表されるスペイン・ナショナリズムによるイベリア半島の再征服を意味する。中世のレコンキスタはスペイン北部のアストゥリアスから始まり、南からやってきたイスラム教徒を数百年をかけて撃退したものだった。21世紀のそれは、(スペインから見て)東からやってきた西欧型民主主義と福祉国家制度、そして超国家組織から押しつけられた移民政策を駆逐すべく、南のアンダルシアから始まった、というわけだ。

 アンダルシアの社会労働党はポデモス・左翼連合との連立を諦めざるを得なくなった。マドリードの党中央はこれを機に、党首のペドロ・サンチェスに盾つくスサナ・ディアスを切り捨てようと辞任を要求した。しかしディアスには州知事の座を降りる気はなく、躍進したシウダダノスに助けを求めている。もちろんこの2党だけでは過半数に達しない。そこで社会労働党、シウダダノス、国民党の「中道連合」を作って自分が長に立つつもりなのだろう。しかし中央で社会労働党政権を追い落としたい国民党やシウダダノスに全くその気は無さそうだ。

 その国民党だが、党首のパブロ・カサドはVoxと政策協定を組みシウダダノスを巻き込んで、社会労働党州政権に取って代わる「右派連合」を作りたい一方で、全国規模でVoxに勢力を奪い取られる恐怖にも駆られている。さらに、欧州の主要国の首脳が極右政党を含む「右派連合」を拒絶している。今のスペインの情勢では、国民党がVoxに勢力を奪われないためには自らが「極右化」するしかないだろうが、そうなると、EU内で欧州保守党(国民党)を形作っている主要国の保守党から排除される可能性が高い。

 シウダダノスも同様だ。党首のアルベール・リベラはVoxとの政策協定の可能性を否定せず、Voxと交渉しないのは無責任だとまで語った。しかし、来年5月の統一地方選挙でシウダダノスの一員としてバルセロナ市長の候補となる予定の元フランス首相マヌエル・ヴァルスは、マリーヌ・ル・ペンと組むようなものだとして、シウダダノスがこの極右政党と手を結ぶことに激しく反発した。さらに欧州議会の中でシウダダノスと共闘する欧州リベラル・グループもまたこのリベラの姿勢に強い不快感を表明した。結局、どんな連立の仕方も不可能で、来年の前半に再選挙になるかもしれない。しかしそうしたとしても安定した州政府作りと運営は期待できそうにない。

 その一方で、元国民党党首で元首相のホセ・マリア・アスナールとそのシンクタンクFaezはアンダルシアでの右派3党連合の結成を画策している。当サイト記事《バルベラーの死、アスナール離脱の動き: 中身をすり替えられた国民党》および《国民党の全国党大会》で説明したとおり、アスナールはマリアノ・ラホイと対立し国民党中枢から距離を置いていた。彼は国民党をファランヘ(フランコ政権唯一の合法政党)回帰の方向に引きずっていきたいようである。

 アスナールはこれを機に国民党の極右化を実現させて、Voxとシウダダノスの一部を吸収したいのかもしれない。あるいは、国民党やシウダダノスを分裂させ、その右派分子とVoxを糾合して新たなスペイン・ナショナリスト政党を作るつもりなのか。いずれにせよ、現在の欧州連合にとっては域内の敵対勢力になるほかはあるまい。

 最新の情報によれば、Voxは2年前から米国のドナルド・トランプ周辺に人脈を持っているようだ。幹部のラファエル・バルダヒーはアスナール政権(1996-2004)の顧問を務め、CNI(中央情報局)の改革を行った人物で、現在はVoxの幹部としてサンティアゴ・アバスカルを支える一人となっている。このバルダヒーが、トランプの娘婿ジャレッド・クシュナーおよび現米国国家安全保障問題担当大統領補佐官ジョン・ボルトンを通してホワイトハウスと接触しているというのである。ただ単に、「スペイン第一主義」を掲げたいVoxがトランプの「米国第一主義」にあやかりたい一心で、米国支配層に人脈を持つアスナールを通して「お近づき」になれただけかもしれない。あるいは、将来にわたってEUの結束を妨害し米国の覇権に服従するようにさせるために、米国政府がこの極右政党にテコ入れしているのかもしれない。

 真相は分からないが、ウクライナのネオナチが米国のテコ入れ(特にヴィクトリア・ヌーランドとジョン・マッケインの働き)で「マイダン・ネオナチ革命」を起こしたのは有名な話だ。ドイツのネオナチにしても英国や米国の諜報機関に操られているという情報は昔からある。支配したい地域に対立と紛争の種をばらまいておくのは帝国主義者の常とう手段である。一つの可能性として頭に置いておく必要があるかもしれない。



《本格的な国内分裂に向かうのか?》

 Vox党首アバスカルは12月2日のアンダルシア州議会選挙の後で、この選挙で起こったことが「スペイン全土で決定要因となるだろう」と豪語した。確かにそうかもしれない。仮にアンダルシアでは国民党やシウダダノスとの「右派連合」ができなかったとしても、来年(2019年)3月の欧州議会選挙と5月の統一地方選挙でスペイン各地でVoxが相当数の議席を確保する場合、スペイン中道右派全体の極右化は止められなくなるだろう。その帰趨を決定付ける四つの要素がある。

 第一にカタルーニャやバスクの独立運動である。次に欧州とスペインとの関係がある。続いてスペインの文化・歴史認識があり、これにはフランコの墓移転の問題も含まれる。最後にリベラルな社会運動があるが、これには女性運動やLGBTI運動、非合法移民の取り扱いを含む人権問題、表現の自由の問題などが含まれるだろう。もちろんだがこの四つはお互いに関連しあっている。

 Voxはもちろんだが国民党やシウダダノスはカタルーニャの独立主義者を「ゴルピスタ(golpista)」と呼ぶ。社会労働党の一部も喜んでこの言葉を使う。これは「クーデター首謀者」の意味だ。スペイン語でクーデターはgolpe de estadoだが、これはフランス語のcoup d'État(カタルーニャ語ではcop d'estat)と同じである。通常は暴力的な手段を用いて政権を奪う行為を指すのだが、ラテン系言語の元々の意味では「国家への打撃」ということになる。カタルーニャ独立はスペインの政権を奪うものではない。しかしそれは、スペイン最大の国是である統一性を破壊する決定的な「打撃」であり、国家と社会そのものの破壊…と見なされるのだ。

 当サイトの《ナショナリズムの功罪》《「調停者」にならなかった国王》で述べたように、ナショナリズムは人々が一つの社会で生きていく際に必要不可欠な要素であると同時に、その歯止めを失ったならば人々からあらゆるものを失わせる大量破壊兵器にもなりうる。スペイン・ナショナリズムは、スペイン人たちがこのイベリア半島で生きるために不可欠なものかもしれないが、「統一性」をその根本に据えカタルーニャやバスクのナショナリズムを「クーデター」と位置付ける主張は、スペイン人の願望とは逆に、歯止めを失わせ国家と社会を究極的に破壊するだろう。いま人々は盲目的にそのような声に押し流されつつあるように、外国人である私の眼には映る。


 次に国際関係だが、先ほどの欧州右派勢力が各国の極右ナショナリスト政党を警戒するのは、それが欧州統合に対する最大の障害となるからだ。もしスペイン国民党やシウダダノスが極右ナショナリスト運動に巻き込まれそれがスペイン政治の主流になるならば、イタリアとは異なる意味で欧州中央にとって極めて深刻な問題を作ることになるだろう。移民問題や経済(公的債務)問題だけではなく、そこに少数民族の問題と文化的な問題が絡むからである。

 カタルーニャ州政府とベルギーにあるプッチダモン「亡命政府」は意図的に欧州各国を巻き込む「独立問題の国際化」戦略を進めている。当サイト『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(9)』や『カタルーニャを巡るスペインの外交的敗北』、そして『崩れ落ちるスペイン司法界の権威』の後半でも書いたことだが、スペイン国家と社会はカタルーニャ問題に対する欧州各国の対応を見て一層「内向きに」、つまり伝統的な中央集権主義と民族純化の方向に足を向けている。おそらくこのことが、Voxが政治の表舞台に急激に登場した重大な要因の一つになっているだろう。

 カタルーニャ独立派を目の敵にするスペイン外相ジュゼップ・ブレイュは、12月4日にベルギー政府に対して激しい怒りを爆発させ「報復措置」をすらほのめかした。ベルギーの防衛大臣Sander Loonesが、現在スペインの刑務所でハンストを続けているカタルーニャ独立派幹部(前州政府幹部)への支持を表明したためである。Loonesはベルギーからの分離独立を目指しカタルーニャ独立派を応援するフランデレン・ナショナリストなのだ。これに対してカタルーニャ州議会議長ルジェー・トゥレンはブレイュに辞任を勧めるとベルギーのメディアに対して語った。

 また現州知事のキム・トーラは12月6日にスロベニア共和国の首都リュブリャナで同国大統領ボルト・パホル(Borut Pahor)と会談してカタルーニャ問題で仲介役を果たしてくれるように要請し、「良い感触を得た」と語った。スロベニアは住民投票を経て1991年に旧ユーゴスラビアからの独立を決めた国である。もしこのような分離独立派の動きが功を奏していくならば、また「表現の自由」問題で国際的な非難を浴び続けるならば(《表現の自由を巡って内外から突き動かされる司法界》参照)、スペイン国家と社会はますます欧州から離れて「内に籠ろう」とする、つまりスペイン・ナショナリズムを過激化させ極右化を促進することになる。

 スペインの文化・歴史認識については、『生き続けるフランコ(1)』と『生き続けるフランコ(2)』に書いたように、スペイン国内でこの40年間、絆創膏を貼って誤魔化し続けてきた致命的な傷口を力ずくでこじ開けるような、スペイン国民にとって堪え難い苦痛を伴うプロセスを導くことになるはずだ。今年中のフランコの墓移転を計画したサンチェス政権は、現在、議会の分裂で来年度予算を決めることすらできず、同時にフランコの遺骸を埋める場所も確定できず(フランコの神格化を守りたい遺族は引き取りを拒否している)、この計画は宙に浮いている。

 また国民党もシウダダノスも、Voxと一緒になって社会労働党政権が意図しているフランコ主義の象徴の一掃を妨害するだろう。それがまた「中道政党」の極右化を促進し、国全体の様々な場所で社会的な分裂状態を引き起こす可能性が高い。さらにそれに対する否定的な国外からの反応が右派を一層硬化させ、国内の分裂を推し進めるのではないか。

 最後にリベラルな社会運動だが、これはもちろん今の文化・歴史認識の問題と絡みあう部分を持つ。“me too”を含むフェミニズム運動やLGTBI運動、人権擁護運動などは最初から国際的な広がりを持っており、外からの否定的な反応は多くのスペイン国民をますます意固地にさせていくのではないか。またもちろんVoxは闘牛のようなスペインの伝統的文化を保護し称揚する。これにはスペイン国民の半数以上が支持するだろうが、国際的な動物愛護運動と衝突することは避けられない。

 またリベラリズムには反対するカトリック教会の中にも、フランコ時代の強権主義、中央集権主義に対して強い反感がある。スペイン中の司教区の中でもVoxの登場を歓迎しているのは現在のところ少数派であり、特に、伝統的に民族主義的な色彩が強いバスクやカタルーニャでは、カトリック教会の中でもスペイン社会の極右化が警戒されていると思われる。

 スペイン・ナショナリズムは、「太陽の沈まぬ世界帝国」が次々と植民地を失い、その果てに国内の分裂と離反に悩まねばならなかった没落帝国の中で、堪えがたい屈辱の反動として現れたものだ。19世紀末の米西戦争で(『スペインは米国の謀略テロ被害者第1号だった! メイン号事件から911へ』参照)残されたなけなしの植民地すら奪われるという最大限の衝撃を経て、その骨格を作り上げたのが20世紀前半のプリモ・デ・リベラとフランシスコ・フランコの軍事独裁である。

 カタルーニャやバスクという国内の領地を失うことはスペインに残された最後の誇りを奪い去る。愛国者にとっては死を賭してでも抵抗すべきものだろう。そして外部から与えられる屈辱はこのナショナリズムを果てしなく強固にしていくはずだ。

 確かに現在、1936年のスペイン内戦直前の雰囲気にも似た空気がこの国の内部に溢れている。しかしこの国を取り巻く環境は20世紀前半とは大きく異なっている。「第二のフランコ」が現れることはありえないし「第二の共和国軍」も生まれ得ないだろう。今から起こりうる対立と混乱はスペインという国家自体に引導を渡しかねず、人々の間に憎しみと苦痛だけを残すことになるかもしれない。悲しいことだが。

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