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スペイン情勢の急展開とその背後


 私が前回このサイトに記事をアップしたのが1月24日、すでに2ヶ月半を過ぎている。この間にスペインに何も起こらなかったわけではない。むしろ激変、激動と言ってよいほどの大きな政治的変化を見せてきた。しかし私は、2月、3月と、何度か記事を書きかけてはボツにした。表面的に起こっては通り過ぎる無数の事実にぶつかりながら、なにかそこにある種の「ものたりなさ」を感じ続けてきたのだ。新しい記事を作っている途中のタイミングで、書きかけている事実からまた新たに急激な展開が生まれ、いつまでたっても「これが何なのか」の納得いく判断が付かないまま、2ヶ月以上の日々が通り過ぎていったのである。

 まるでビデオゲームの超刺激的なアイテムに満ちた画面が超高速で変わっていくような展開に、思わずスティックから手を離して茫然と見つめていた…、まあそんな感じなのだ。「事実を書き留める」というこのサイトの目的にしてはおそらく誤った態度なのだろう。しかし「木」を見て「森」を見出し、「森」を見て「山」を探りたい私にとって、あまりに急激に派手派手しく目の前を過ぎる「木々」の姿に目を奪われることは、逆に「山」の姿を判じ損なう危険を導くように感じたのだ。

 そこで今回は、今年1月後半以降に起こった事実と今後5月いっぱいまでに決まっている政治日程の簡単な紹介の後で、近年のスペインで最も注目すべき変化である「極右化」、特にそのシンボリックな存在である極右政党VOXとその登場の背景について、主要に述べていくことにしたい。そこには案外と、近年のスペインで起こっている物ごとの本質的な姿を知る大きなヒントが転がっているかもしれない。

●小見出し一覧(クリックすればその欄に飛びます。)
 《過去3年間の政治的変化と今後の政治日程》
 《VOX台頭の背後に蠢く国際的な力》
 《バブル崩壊、15‐M、ポデモス、カタルーニャ独立運動、腐敗暴露、VOX、…》



図表:2016年~2019年4月の、スペインの各政党支持率の変化と主要な政治的出来事


《過去3年間の政治的変化と今後の政治日程》

 前回『スペイン政治状況:「右」の結集、「左」の分裂(1月24日)』で私は、アンダルシア州政権を握った国民党、シウダダノス、VOXの右派連合と、一方で分裂の気配を見せる社会労働党やポデモス系政党の様子を書き留めた。しかしその後の展開は、私の予想を、と言うよりは右派勢力の希望的観測を大きく裏切るものになっていった。右派勢力が1月16日にアンダルシア州政権を握り、中央議会で左派勢力による予算編成が不可能となり解散・総選挙に追い込まれたことが、皮肉なことに、右派勢力の混乱と退潮、社会労働党の急激な「人気回復」をもたらしたのだ。

 上の図表1に掲げたグラフは、大手日刊紙El País(4月4日付)が作成した世論調査に基づく政党支持率の変化のグラフをお借りして、それに日本語で様々な情報を付け加えたものだ。折れ線の青色が中道右派の国民党オレンジ色がリベラル右派のシウダダノス緑色が極右のVOX赤色が中道左派の社会労働党紫色が急進左派のポデモス系統の党派である。それぞれの政党の支持がどのように変化しているのか、非常に分かりやすい。こういった世論調査が必ずしも当てになるものではないし、また選挙制度の関係で必ずしも議席数に比例するわけでもない。しかし長期間に取られ続けている統計は、変化の傾向を知る上での重要な目途になるだろう。グラフを見ると短期間に折れ線が様々に交わって、スペイン全体が、激流というよりも、ヒステリックな乱流の中に放り込まれている様子がうかがえる。

 ここで、主要な出来事と支持率の変化との関係を見てみよう。以下、太文字のリンクは当サイト記事である。また上の図表のグラフを別のタブで表示して、見比べながら読めば分かりやすいと思う。

 まず左端の『やり直し総選挙』は2016年6月26日。どの勢力も過半数を満たさず、10月の『社会労働党「クーデター」』で党首のペドロ・サンチェスが地位を失い、10月27日に国民党ラホイ政権の継続が決定、社会労働党が大きく支持を失った。逆に国民党とポデモスが支持を伸ばしたが、その後は両党とも支持を減らす。特に国民党支持の急落が目を引く。『国民党とポデモスの全国党大会』はともに翌2017年2月だが、支持率の下落が止まらない。逆に社会労働党が支持率を上げていくが、これらは明らかに新ラホイ政権への失望とサンチェス復権への期待であろう。

 17年5月21日の社会労働党員による選挙でサンチェスは党首に返り咲いた。『社会労働党の全国党大会、サンチェスの復権』の後で、この党の支持は大きく上昇する。しかし同党内でサンチェス支持者アンダルシア州知事スサナ・ディアスを担ぐ党内右派との間の亀裂は深まっていく。これはその後上下を繰り返す支持率からも明らかだろう。社会労働党とシウダダノス、国民党とシウダダノスの増減の関係を見ていくと興味深い。シウダダノス支持者は、元々を言えば国民党支持派中のリベラル層と社会労働党支持派中の保守層から成り立っているのだ。

 2017年8月辺りから国民党が一時的に勢いを盛り返しシウダダノスが落ち込む。これは同月17日の『バルセロナ連続テロ』とそれをきっかけにしたカタルーニャ独立運動の盛り上がりに対して、独立派に対する国民党政府の厳しい対応への期待を表す。しかし、10月1日の『カタルーニャ独立住民投票』を止められずますます事態を混迷させたラホイ政権に対する幻滅が国民党に下降線をたどらせ、シウダダノスを急激に押し上げた。住民投票自体には賛成していたポデモスも大きく支持を失った。

 同年10月27日に「カタルーニャ独立宣言」の議会採択と、同州に適用された憲法155条による『カタルーニャの自治権剝奪』という異常な事態が発生。しかしプッチダモン州知事と一部の独立派幹部は逮捕を逃れてベルギーに向かう。続いて12月21日に『州議会選挙』が行われた。この間に、国民党への支持は決定的に下落し、代替右派であるシウダダノスは第一党を奪うかのように激しく躍進。またこの間に社会労働党も支持を失うが、カタルーニャ独立を嫌う支持者の一部が強硬な「独立派潰し」を主張するシウダダノス支持に回ったものだろう。

 その傾向は、18年4~5月にプッチダモンら国外滞在のカタルーニャ独立派幹部に対して欧州各国がスペインの欧州逮捕状と強制送還を拒否する時期まで続いた。しかし、同年5月に国民党の政治腐敗とスキャンダルで起きた『ラホイ不信任と社会労働党政権誕生』で全てが変わってしまった。社会労働党支持の激しい上昇とシウダダノス支持の急落である。その後、国民党支持が持ち直すが、これは、思いがけなく誕生した左派政権を警戒するシウダダノス支持者右派が国民党に回帰したと同時に、国民党に寄り添う党の姿勢を嫌う中道派が社会労働党支持に回ったためだろう。超少数派与党ながらサンチェス政権が抜群の存在感を示しているため、ポデモス系党派支持者の一部も社会労働党支持に移っている。

 18年8月以降は国民党とシウダダノスへの支持がともに大きく下がり続けている。その間に支持率を急上昇させたのが極右政党VOXだ。それが12月2日の『アンダルシア州議会選挙とVOXの躍進』につながる。一時期は飛ぶ鳥をも落とす勢いで上昇したシウダダノスへの支持が急激に低下。1月16日にアンダルシア州で右派政権がVOXの助けを得て誕生したことが、皮肉なことに、新興右派のシウダダノスにとって大打撃になったためだ。腐敗した国民党はおろか、移民を嫌悪しフランコ主義の倫理を回復させようとする極右のVOXとすら手を結んだシウダダノスを、スペイン・ナショナリストではあってもリベラルな傾向の強い中道保守派層が拒絶し始めたのである。

 18年12月から19年1月にかけて社会労働党の支持がやや減っているのは、アンダルシアで州政権を失ったと同時に、サンチェス政権が国家予算作成に行き詰まり議会運営がままならないためだろう。ところがそれ以降、社会労働党支持がこの3年間の最大値にまで上がっている。これは上に述べたようなシウダダノス支持者の「鞍替え」が主要な原因と思われる。

 19年1月以降、サンチェス政権は予算審議のこう着状態を打開すると称してカタルーニャ独立派との交渉に入るのだが、お互いに相手が受け入れるはずもない条件のぶつけ合いを延々ダラダラと続ける「交渉」が、世論の動向と右派系党派の様子を見極めながら、中央議会の解散・総選挙実施のタイミングを計る“掛け合い漫才”に過ぎないことは誰の目にも明らかだった。カタルーニャ独立派にしても、社会労働党の“乾坤一擲の賭け”に付き合うことで、極右主導の中央政府誕生という事態を回避したいはずだ。

 一方の国民党、シウダダノス、VOXの右派3政党は、ここぞとばかりに「カタルーニャ独立派と対話するサンチェス政権」を非難し、逮捕されたカタルーニャ独立派幹部に対する裁判開始が開始(2月12日)される直前、2月10日というタイミングで、首都マドリードで「スペインのために!総選挙要求!」と銘打つデモと集会を開催した。しかし、懸命の宣伝と全国動員の呼びかけにもかかわらず参加者はわずか4万5千人(国家警察発表)と、散々の失敗に終わってしまった。

 それを見届けたサンチェスは、2月13日に予算案を議会に提出、これは右派政党とカタルーニャ独立派政党の反対によって否決。政府は即座に国家予算に見切りをつけ総選挙を前倒しにすると発表。2月15日に、4月12日の議会総選挙公示、4月28日投票が決定した。総選挙の1ヵ月後、5月26日には、統一地方選挙(カタルーニャ、アンダルシア、バスクの州議会選を除く)と欧州議会選挙が同日に実施されることが決まっている。したがって、ここから先は目の回るような「政治の季節」が訪れることになるだろう。これらの選挙戦の推移については、いずれまた書き留めることにしたいが、この4月と5月にスペインで起こるであろう政治的な変化は、英国のEU離脱問題とともに、欧州全体の今後の在り方に巨大な影響を与えることになるかもしれない。

 しかし、この図表に書かれる政治的な事件の推移と並行して、スペイン社会と国民生活に直接に関係する多くの事柄が、以上の変化の底流となっている。当サイトこちらの記事こちらの記事に書いた政治・経済の腐敗構造の暴露と追求、こちらの記事こちらの記事に見られる実体の無い景気回復と国民生活の困窮が、ボディーブローのように、安定を求める伝統的な中道保守的な勢力に打撃を与えたはずだ。さらに、こちらの記事にある不法移民(難民)の大量流入、こちらの記事こちらの記事で書いたフランコ主義スペインの厳然たる存在、さらにこちらの記事こちらの記事に書いた伝統的な倫理観や価値観とそれらに対する挑戦なども、ちょっとしたことで不安定に揺れ動く国民の心理の重要な原因になっているだろう。


《VOX台頭の背後に蠢く国際的な力》

 ここで、現在のスペインの政治潮流で最も特徴的な極右政党VOXについて、特にその背後関係について眺めることにしたい。2018年12月2日のアンダルシア州議会選挙でVOXが大躍進を遂げた後、一つ新聞情報が我々の目を引いた。12月10日付のエル・パイス紙の記事である。同紙は翌2019年の1月13日付の記事でもより詳しい情報を載せた。その内容は、この新興極右政党の誕生と躍進の裏に潜む巨大な国際的勢力の存在を想起させるものだ。

 エル・パイス紙は、VOXが党創設の翌年、2014年の欧州議会選に初めての候補者を立てた際に、ある亡命イラン人組織から約80万ユーロ(約1億円)の寄付を受けた事実を紹介する。これはVOX自身も認めており「合法的な政治資金の範囲内」だと主張している。その亡命イラン人組織は英語表記の頭文字でNCRI(The National Council of Resistance of Iran:Wikipwdia英語版)であり、2012年まで米国によって「テロ組織」と認定されていたものだ。この組織は通常PMOI(The People's Mojahedin Organization of Iran、モジャーヘディーネ・ハルグまたはイスラム人民戦士機構:Wikipedia日本語版)と重なっている、あるいは後者の戦闘組織と見なされる。

 NCRIとPMOIの本部はパリにあり共にMaryam Rajavi(マルヤム・ラジャヴィー)およびその夫 Massoud Rajavi(マスウード・ラジャヴィー)に率いられる。元々は左翼的イスラム主義の集団だったが、1979年のホメイニによるイラン革命後、現在までイランを支配するイスラム共和国に対する反対派としてテロ活動を繰り返した。しかし2003年以降はテロ活動を停止し、欧州と米国を中心にロビー活動を展開している。

 エル・パイス紙によれば、この間にPMOI(=NCRI)は、長年テロ組織として指定されてきたにもかかわらず堂々とパリに本拠地を構え、米国共和党の元大統領候補でシリアやウクライナでのテロ・政権転覆活動に関わったジョン・マッケイン、元米国下院議長ニュート・ギングリッチや元FBI長官のルイス・フリー、フランスの元外相ベルナール・クシュネル、コロンビアの元大統領候補イングリッド・ベタンクールなどの各国の政治家たちが、この組織との接触に努めていたようだ。そしてEUから2009年に、米国からは2012年にテロ組織の認定を解かれたが、その際に米国で2名の元CIA長官と1名の元FBI長官の働きかけがあった。しかし、PMOI(=NCRI)は2002年8月にイランの核開発計画を暴露していたわけで、むしろその初めから西側諜報機関の出先だったと見る方が自然であろう。

 亡命イラン人と言えば、1986年に発覚したイラン‐コントラ事件が最も有名だが、この事件の中心にいた亡命イラン人武器商人Manucher Ghorbanifarは、2003年のイラク戦争開始の際にでっち上げられたニジェール・ウランの証拠文書作成にも深く関わっていたようだ。また米国やイスラエルによるイラン攻撃を正当化しうるフェイクニュースのでっち上げに携わる者もいる。イランの政権転覆を狙う勢力がある以上、このような個人や組織が何かと国際政治の闇の部分に登場するのは当然だ。

 ではVOXがなぜこの怪しげな組織から「軍資金」を手に入れることになったのか。エル・パイス紙によれば、2013年12月に結党してわずか半年後の2014年5月の欧州議会選挙で、VOXが候補として擁立したアレホ・ビダル-クアドラス(Alejo Vidal-Quadras、バルセロナ出身)は、元々が国民党の欧州議員で10年間にわたって欧州議会の副議長を務めた人物である。VOXから出馬した際には落選したのだが、このビダル-クアドラスもまた、以前からNCRI(=PMOI)と盛んに接触していた一人だったのだ。

 結党当初のVOXには一流企業などからの大口の寄付は全く寄せられていない。しかもスペインの政治資金規正法で一人年間5万ユーロ(約625万円)以上の寄付は禁じられている。しかしもちろん抜け穴がある。たとえば一人8千ユーロ(約100万円)ずつでも100人が集まれば、それでもよいわけだ。NCRIはわずか3ヶ月の間に、米国、スイス、ドイツ、イタリア、カナダなど15カ国から146人の名義で、一人当たりは小口でも、総額80万ユーロに上るVOXへの送金を行ったのである。

 しかしそれにしても、いくらビダル-クアドラスが親しくしているとはいえ、海のものとも山のものともつかぬできたばかりの極右政党に、しかも(少なくとも表向きには)さしたる関連の無い亡命イラン人組織が、何らの「下心」も無く、こんな異常な形でこれほどの資金をポンと払うのだろうか。また外国の政治勢力から寄付を受けることは公職選挙法に抵触するはずである。しかし当のビダル-クアドラスは言う。「そんなことを尋ねる人は誰もいないよ」と。いや、尋ねてはならない、という方が正確だろう。

 ここでそれに関連して、同じエル・パイス紙の3月24日付の記事を見てみよう。米国大統領ドナルド・トランプの元戦略顧問スティーブン・バノンの興味深いインタビュー記事である。インタビューの場所はワシントンではなくローマだ。念のためバノンについてはWikipedia日本語版で。バノンの話によると、彼はトランプだけでなく、現在までイタリアの副首相・内相のマッテオ・サルヴィーニ、ブラジル大統領ジャイール・ボルソナーロの相談役を務め(報酬は受け取っていないと語るが)、ハンガリー首相ヴィクトル・オルバンとも深い親交を続けている。全て「極右」として名高い政治家ばかりだ。

 バノンの語るところによると、彼の目的は「権力を民衆の手に戻す」こと、ポピュリズム革命を世界に広げることである。トランプ、サルヴィーニ、ボルソナーロ、ルペン、そしてVOXは、欧州と世界の進むべき方向を明らかにしているらしい。また彼は、イタリアでサルヴィーニの同盟と連立政権を作る五つ星運動にもポピュリストとして共感するが、彼らが左翼であり中国と手を結ぼうとしていることが気に食わないそうだ。

 そのバノンは2017年の夏にVOXの幹部とワシントンで会合を開いたと語る。まだ彼がトランプのオフィスにいたときのことだ。バノンは、VOXがスペインで驚くべき成果を手にするだろうと言う。そしてもし15%の支持率を得るならばそれが欧州全体をポピュリズムの大波で覆う決定的な動きとなり、欧州のエスタブリッシュメントたちを震え上がらせるだろうという期待を述べる。

 インタビューの中で彼は、ボルソナーロがブラジル大統領選挙をわずか75万ドル(約8350万円)で勝ったことを、そしてそれがブラジル民衆の力であったかのように語るが、とんでもない嘘っぱちだ。日本の経済誌の記事『ブラジルの極右大統領、ボルソナロ勝利の影にもあった、「ネット世論操作」(ハーバービジネス・オンライン誌)』の中ですら、その背後にインターネットとSNSを駆使する極めて大規模かつ高度に組織化された世論操作のテクニックが存在したことが述べられている。私は、それらが「無垢の民衆の手と知恵」によるものだ、などと信じるほどお人好しではない。非米・非ネオリベラルの政府を倒し抑圧的な新米・ネオリベラルの極右政府に挿げ替えることで、得をするのがどの勢力なのか、泣くのが誰なのか、言うまでもあるまい。

 またバノンが「欧州のエスタブリッシュメントたち」と語るとき、それは、彼の言葉に従えば「ヨーロッパ合衆国を作ろうとしているフランスとドイツ」ということになる。つまり、彼が必死に欧州各国の極右勢力を焚きつけている目的は、米国の欧州支配から離れて独自の地域覇権体制を作ろうと試みている勢力を叩き潰すことだということになる。そしてそこにあの、おそらく間違いなく米欧諜報機関を背後に持つ亡命イラン人組織が参加するのだ。お上品な学校教科書的常識が通用する世界ではない。

 VOXとバノンとの繋がりについてもう一つ。2018年12月8日付のエル・ディアリオ紙の記事に次のようなことが書かれている。Mischaël Modrikamenはベルギー人民党の党首だが、バノンが形作る右翼ポピュリスト運動The Movementの一員となっている。そして彼は、12月2日のアンダルシア州議会選挙で大躍進を果たした後、次のように語った。「我々がスペインに行くときにはVOXと会うことになるだろう。同時に我々はパブロ・カサドとも会いたいものだ」と。パブロ・カサドは《「新国民党創設」を画策するアスナール》で述べたとおり若いスペイン国民党党首だが、元首相ホセ・マリア・アスナールと共に、「国民党再生」のために極右化路線をVOXと競い合おうとしている人物だ。

 カサドの師匠であるアスナールは元々から米国ネオコン・ネオリベとの水魚の交わりを保っている。《スペイン・ナショナリズムの再征服》の中で書いたように、VOXの幹部ラファエル・バルダヒーはアスナール国民党政権の顧問を務めCNI(中央情報局)の改革を行った人物だが、2年前から米国のドナルド・トランプ周辺に人脈を持ち、トランプの娘婿ジャレッド・クシュナーおよび現米国国家安全保障問題担当大統領補佐官ジョン・ボルトンを通してホワイトハウスと接触している。これはアスナールの人脈とも考えられるが、VOXが結党以前から例の亡命イラン人組織を通して米国の諜報機関とのつながりを持ち、スティーブン・バノンがまだドナルド・トランプの側近であった時代にワシントンでVOX幹部と会っていたのだから、なんら不思議なことでもあるまい。

 おそらくVOXは純粋のスペイン・ナショナリスト右翼でも何でもなく、米国支配層およびそれと繋がる欧州イスラエル支配層の一部が作り上げた政治的な道具なのだろう。ブラジルのボルソナーロ、イタリアのサルヴィーニ等々も同様だ。一方でそれに対抗して地域の覇権を取り戻そうとする欧州寡頭勢力がいるのだが、サンチェスのスペイン社会労働党はどうやらこちらの庇護を受けているようだ。同様にカタルーニャ独立運動の背後にもこのような勢力の複雑な力関係が存在しているはずである。



《バブル崩壊、15‐M、ポデモス、カタルーニャ独立運動、腐敗暴露、VOX、…》

 過去からのスペインの社会的変化に立ち戻ろう。1996年に誕生したアスナール政権は、「民営化」を推進して多くの規制を緩め、スペイン経済の徹底的なネオリベラル化を図った。その結果、2000年ごろから2007年にかけての不動産・建設を中心にした経済バブルが発生し、国全体が成金主義の熱病に浮かされ、中南米やアフリカからの移民が押し寄せた。そしてスペイン国民はそのバブルが弾けた後になってその熱病の正体を思い知らされることになった。『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』と 『シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州』で具体的に述べたように、バブル崩壊は決してネオリベラル経済の結果ではなく、それによる大規模収奪の開始の合図だった。

 その中で2011年に起こったのが15‐M(キンセ・デ・エメ:5月15日)、広場占拠の大衆反乱である。『シリーズ:515スペイン大衆反乱 15M』に書き留めたが、このシリーズは大衆反乱が一段落した後に著わされたものであり、私は、実際に目の前で反乱が起こっている最中にはその街と広場をいくぶん冷ややかな眼で眺めていた。広場占拠はスペインが初めてではない。反抑圧?反独裁?に書いたことだが、同様の形で2000年代に旧ソ連圏で起きた「カラー革命」、そして15‐Mと前後して起きた「アラブの春」が、どれほどの暴力と破壊と幻覚と愚昧に満ちているのか、見定めてきたからである。その後に起こったウクライナの「マイダン=ネオナチ・マフィア革命」も“平和な(?)”広場占拠運動から始まった。そこにはスティーブン・バノン好みの「ポピュリズム」が溢れている。

 私が15‐Mに参加した無数の人々を非難することはない。本当に生きていけない、本当に怒っている、本当にもがき苦しんでいる。私自身もその一人だった…。しかし、その「善意と情熱」がどこに続く道を舗装するのかを知らねばなるまい。この15‐Mのシリーズを私は諦観に満ちた形で終わらせざるを得なかった。

 その15‐Mを起点に現れたのが左翼政党ポデモス(《ポデモスの台頭と新たな政治潮流》)である。そして時を同じくして激しく盛り上がっていくカタルーニャ独立運動(『シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う』)なのだ。また、警察機構と司法機関による政治経済の腐敗構造の暴露と摘発(『シリーズ:スペイン:崩壊する主権国家』、『「テロ」と「カタルーニャ」の陰で:芯から腐れ落ちつつある主権国家(1)』、『「テロ」と「カタルーニャ」の陰で:芯から腐れ落ちつつある主権国家(2)』、etc.)も、この時期から急激に増える。

 それらの全てが、国と社会、政治と人心を不安定化させていった。カタルーニャを含むスペイン全体が振動し、徐々にひび割れ、あちこちで崩落が起こり始め、このままではいずれ大規模な崩壊が起こるのではないかと思える状態になった。その危機感が広がる中で、マスコミの力で“上から”作られた右派政党がシウダダノスであり、昨年後半になって満を持して頭を持ち上げたのがVOXに象徴される極右勢力なのだ。バノンはVOXを、ブラジルのボルソナーロと共に、ポピュリズムつまり民衆による権力奪取を主導するものと賞賛する。「伝統的な家族と社会構造を守り文化的マルクス主義と戦う…」と。

 しかしそれは、以前のフランコの時代に回帰する運動ではない。以前にあった抑圧的な制度と倫理観と過激なナショナリズムの復活を利用して人々の思考と行動を縛りつけながら、有無を言わさずネオリベラル経済を押しつける、新しい形の極右政治を目指すものである。VOXが選挙戦で唱える経済政策は、富裕層の所得税と相続税を減らし、公的な医療や教育や年金などの福祉を切り捨てる、明らかに米国型資本主義を目指すものだ。それは突然の思いつきで現れたものではなく、今まで述べてきたとおり、何年も前から入念に準備されてきたものに違いあるまい。(参照ネオリベラル経済による福祉国家の破壊

 この4月28日の総選挙、5月26日の統一地方選・欧州議会選同日選挙がどのような結果を出したとしても、決して安定した政治と経済と社会を導かないだろう。いま欧州全体で、欧州が独自の地域覇権体制を作るのか、その野望を潰して欧州を米国の覇権の下に従わせ続けるのか、という二つの路線を巡って壮絶な「神々の戦争」が展開しているように思える。その中で、どちらに転ぼうともそれぞれの国に安定を求めることはできないだろう。そしてスペインは「欧州連邦」創設の急先鋒!?でも少しふれたように、カタルーニャ「独立共和国」の夢が叶うときは永久に来ないのではないか。


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