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シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う

⑪流血のカタルーニャ住民投票(2)


 これは『血まみれのカタルーニャ住民投票(1)』の続編である。10月1日の住民投票の結果を受けてのカタルーニャ州議会の招集は、10月10日(火曜日)だ。ここで本当に独立宣言が発せられるのかどうかまだ明らかではないが、カタルーニャ州知事カルラス・プッチダモンは「そのつもりでやってきたことをやる」と語り、ANC(カタルーニャ民族会議)は州議会前で大集会を開くと圧力をかけている。与党の一部を為すERC(カタルーニャ左翼共和党)は独立宣言は支持するが対話の余地も残しておくと、やや腰の引けた姿勢だ。また州政府与党に独立運動では協力するCUP(人民連合党)は掛け値なしの独立宣言をせよと、プッチダモンをけしかけている。その一方で、ポデモスとつながりの強いバルセロナ市長アダ・クラウは、(10月1日の)住民投票の結果は独立宣言を保証するものではないとしてプッチダモンに慎重な姿勢を求め、同時に中央政府首相マリアノ・ラホイに憲法155条(自治体の資格をはく奪する条項)の適用を見送るように要請している。

 今から本当の激動が開始されるのか、あるいは拍子抜けするような結果になるのか、予測は難しい。しかしその前に、10月1日以降9日までの出来事を中心に、「独立宣言前」の状況をまとめておきたい。

10月9日 バルセロナにて 童子丸開

小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
《武装警官隊による暴力は何のためだったのか?》
《様子を見ながら「独立宣言」のタイミングを計る州政府》
《銀行と大企業の「カタルーニャ脱出」の洪水》
《独立反対派のバルセロナ巨大デモ》
《独立騒動の影で進行する厳しい現実》

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《武装警官隊による暴力は何のためだったのか?》

 『血まみれのカタルーニャ住民投票(1)』で私は次のように書いた。
 『それにしても奇妙なことである。州政府は正式な選挙管理委員会を作ることができず、最新の住民台帳を基にした有権者名簿を作ることもできなかった。そして投票箱は正式な選挙用と定められたものではなかった。しかもあらゆるインターネットによる通信手段を妨害された。これでもう十分に「住民投票阻止」ができたはずである。どう見ても「正式な投票」にはなりえなかったのだ。にもかかわらず中央政府は、スペイン全土からカタルーニャに派遣した警察力という大規模な「侵略部隊」を、どうして、しかもわずか4分の1ほどの投票場で、無抵抗な住民に対してあれほど激しく使う必要があったのか?』

 スペイン首相マリアノ・ラホイは10月1日の夜の記者会見で、明らかに“住民投票は存在しなかった”と断定した。しかしカタルーニャ公営TV3の1日午後のニュースによれば、カタルーニャ中にある投票場の投票机のうち73%が投票可能な状態だった。つまり国家警察とグアルディアシビルが実力で封鎖した投票場の投票机の数は27%にとどまったのである。こんな中途半端な「実力阻止」なら、やらなかった方がずっとましだった。単に今まで延々と「10月1日の住民投票はありえない」と言い続けてきた政府のメンツだけでこんな中途半端な警察力の導入をやったとすれば、これ以上に愚かなことは無いだろう。それは単にマドリッド政府の暴力性を全世界に大々的にアピールしただけだったのだ。

 この日の出来事は、たちまち数多くのマスコミとウエッブサイトによって、世界中にまさしく「実況中継」で詳しく伝えられることとなった。英語で伝えられたニュースの見出しをいくつか紹介したい。そのほとんどが写真付きで1面大見出しかそれに近い扱いである。米国CNN『‘The shame of Europe’(この見出しは1日当日と翌日のもので、現在では“Hndreds injured as Spain cracks down on Catalan referendum”)』、米国ウォールストリート・ジャーナル『Hundreds Hurt as Catalans, Spanish Police Clash Amid Referendum Vote(これも現在では異なる表現の見出し)』、米国ニューヨークタイムズ『Catalonia’s Independence Vote Descends Into Chaos and Clashes』、米国ワシントンポスト『Over 700 people, including 12 officers, hurt in run-ins during Catalan independence vote(これも現在では異なる表現の見出し)』、英国BBC『'More than 700 hurt' in Catalonia poll(これも現在では異なる表現の見出し)』『Police violently tackle Barcelona voters(これはビデオ欄)』、英国インディペンデント『Catalan independence referendum: Hundreds injured by Spanish riot police as voters go to polls』、英国テレグラフ『Catalan referendum: Riot police 'fire rubber bullets' at crowd as they block voters at besieged polling stations - latest news 』、そしてロシアRT『Barcelona mayor: Over 460 injured, police must stop attacking ‘defenseless population’』。

 スペイン紙に紹介されるイタリア、フランス、ドイツのマスコミ報道でもほぼ同様の扱いで、警察力を用いての市民に対する暴力的な対応がクローズアップされている。そしてEU委員会は“暴力は政治的な道具とはならない”と語り、欧州各国政府首脳もラホイ政権とスペインの統一性の支持を語りながらも暴力的な解決を避けるようにスペイン政府に求めた。そして欧州議会ではこの「カタルーニャ問題」に対する激しい議論が始まった。これらはすべて独立派の「思うつぼ」であり、どうしてラホイ政権がわざわざこの「つぼ」にはまり込みに行くようなことをしたのか、首をかしげる。(しかしそれにしても、リビアやシリアではまさしく軍事力つまり暴力を政治的な道具にしたというのに、ここではさらりと口を拭うEUの身勝手さには感心するばかりだ。)

 この日のことはマスコミ報道だけではなく、思わぬ形で世界を驚愕させることとなった。10月1日の夕方にバルセロナのカムノウ球技場で行われたサッカーのFC バルセロナ(バルサ)対ラス・パルマスの試合が、「混乱を避けるため」という理由で無観客試合となったのだ。バルサの試合は世界の百数十カ国に生中継され億単位の視聴者を誇っており、いつもなら数万~十万人の観客の大声援の中で行われるはずのバルサの試合が、誰もいない客席をバックに沈黙の中で行われるという異様な光景を、世界中の人々が同時に目にすることとなった。普段は国際政治に関心を持たない世界中の膨大な数の人々が、バルセロナとカタルーニャでとんでもないことが起こっていると実感させられたのだ。また、またバルサに所属するカタルーニャ人で世界屈指のセンターバック、 ジェラール・ピケに対する、スペイン人(カスティーリャ人)の異常なまでの攻撃も世界中の人々の目に曝された。これについてはこちらおよびこちらの日本語ニュースで確かめてもらいたい。

 いったい何のための警察力導入だったのか? 「住民投票を不発に終わらせる」にしては中途半端だし、そもそもすでにその目的は十分に達しているはずだ。ところが事態は、独立派の違法性・不当性やスペイン政府・独立反対派の正当性をアピールすることとは、まさに正反対の方向に吹っ飛んでしまった。しかも武装警官隊を投票場に突っ込ませたらこうなることくらい子供でも予想できたはずである。中央政府に…この点についてはカタルーニャ州政府と独立派も同様だが…子供並みの思考力も無いのだろうか? それともこうなると知って実行したのか? 何らかの計算のもとに意図的に事態をややこしい方向に持っていったのだろうか?
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《様子を見ながら「独立宣言」のタイミングを計る州政府》

 ところが不可解な対応は中央政府だけではなかった。10月2日未明に州政府から220万ほどの投票(投票率42.3%)と90%の「独立賛成」が発表された直後、事実上の「勝利宣言」をした州知事カルラス・プッチダモンは、EUに対してこの投票結果に対する真摯な対応と、暴力的に対応したスペイン政府に対する緊急の措置を要求した。しかしなぜか予想に反して、翌日すぐに州議会を招集することは無く、独立派各団体が労働組合や商業組合などに対して、中央政府の暴力的な抑圧措置に抗議する10月3日のゼネストを呼びかけたのである。その呼び掛けには大手労組UGTやCCOOなどがすぐさま参加を表明した。

 そのうえで2日にプッチダモンがEUに対してラホイ政権の頑迷さに対する仲介(介入)を求めた。そして州政府報道官のジョルディ・トゥルイュは10月1日の警察力による暴力的抑圧を国際法廷(ハーグ国際刑事裁判所)に訴え出ることを記者団に告げ、EUにマドリード政府への制裁措置を要求した。(ただしEU委員会は4日に州政府の要求を拒否したが。)またヒューマンライト・ウォッチやアムネスティ・インターナショナルなどの人権団体も一斉にマドリード政府に対する非難の声を上げた。カタルーニャ州政府は投票日に起こった出来事を最大限に利用しようとしているようだが、どうも様子を見ながら国際的な反応を確かめて独立宣言までもっていきたいようだ。しかし…、それにしても…、けんかの最中に仲裁役を探してキョロキョロするか? 

 続く3日(火曜日)にはカタルーニャの全土でゼネストが行われ、各地の交通も産業もほぼ完全に機能がストップした。その中で各市町村で大規模なデモと集会が行われ、国家警察とグアルディアシビル、マドリード政府とそれを形作る国民党、そこに肩入れするシウダダノスなどに対する厳しい非難が浴びせられた。そして当然のように、州政府与党の一翼を担うERC(カタルーニャ左翼共和党)と独立派の急先鋒CUP(人民連合党)は州政府に対して独立への歩みを加速するように圧力をかけた。しかし独立派会派は4日に州議会総会をその週内ではなく翌週の月曜日(9日)に召集すると決めた。同じ4日に英国BBCのインタビューでプッチダモンは‘独立宣言はもう何日かのうちに行われる’と明言した。

 6日(金曜日)の夜になってようやく住民投票の最終集計が発表された。それによると、有権者数5313564、投票数2286217(投票率43.03%)、独立賛成2044038(90.18%)、独立反対177547(7.83%)、白票44913(1.98%)となっている。有権者数は2015年9月の州議会選挙で5352786だったのでまあそんなものかとは思うが、あれほどの妨害の中で行われた投票で他の数字がどこまで信頼のおけるものか、投票箱は透明な正式のものではなく、投票場によっては投票用紙を封筒に入れずに箱の中に入れている例も見受けられた。また同じ人物が複数の投票をした例もあった。投票者数の正確な数字は誰にも分からない。

 そしてプッチダモンは6日夜にその最終集計結果を受けて、州議会を1日遅らせて10月10日(火曜日)に召集すると告げた。議会招集を遅らせたのはその最終集計を待っていたためだとも考えられるが、それ以上に、プッチダモンら州政府幹部はEUや各国政府、その他影響力の強い団体や人物の反応を見守りながら独立宣言のタイミングを計っているように思える。以前から独立運動の柱でプッチダモン州政府を陰で動かしていると思われるアルトゥール・マス前州知事は、6日に英国ファイナンシャル・タイムズとのインタビューで、カタルーニャがまだ真の独立国となる準備が整っていないと語った。また同時に、現在州政府の中で、いまが独立宣言を行うのに正しいタイミングかどうかについての議論があることを認めた。一方で彼は同じ日にエル・ディアリオ紙とのインタビューの中で、独立してからたった一晩で機能できるような国は無いと語り、独立宣言があったとしても長い粘り強い交渉が必要となることを示唆した。

 もし10日か11日に独立宣言ができなかった場合にはすぐに州議会選挙を行うことになるのだが、それは州政府と独立派の一方的な「負け」を意味する。これはある種の戦争だから敗者があらゆる責任を全て負わされることになる。「無条件降伏」になるわけにはいかない。ということで必要となるのが「仲介役」だろう。実はいま、州政府は必死になって中央政府との交渉の「仲介役」を探している。たとえ負けても何かしらの「成果」を手にしての「負け」なら、中央政府が何かしらの「痛手」を受け責任も分かち合う形での「負け」なら、いままでやってきた独立運動の「成果」として残すこともできよう。

 今まで「仲介役」として、労働組合、知識人の団体、ある中立的な国の元首、カトリック教会などが噂されてきたが、それらは何の役にも立つまい。「仲介」はある種の内政干渉であり、ラホイ政権としては受け入れられるものではあるまい。まして初めから分が悪い喧嘩の途中でそんな交渉をしようと呼び掛けても、カタルーニャ側に何の後ろ盾もないと見てとるラホイ政権は、今まで通り頑固に首を横に振るだけだろう。干渉を受けても文句が言えないほどの権威と権力を持つ人物か集団でなければならない。どう考えてもEUしかないのではないか。

 ではもしスペイン政府が憲法155条や国家保安法を発動して自治権を剥奪あるいは制限し、プッチダモン州知事やフルカデイュ州議会議長、トラペロ州警察署長、そして独立派団体幹部を根こそぎ逮捕すればどうなるのか。10月9日に政府副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアは憲法155条の適用を示唆し、与党国民党はプッチダモン州知事に対してかつてのリュイス・クンパニィスのように牢獄に入ることになるぞと脅した。(リュイス・クンパニィスについては当サイトこちらの記事の中で触れられている。)しかしラホイ政権にも弱みがある。その大捕り物の際に抗議の独立派市民に対する更なる暴力的弾圧を行えば、今度はもうEUもラホイをかばいきれなくなり、仲介に動かざるを得なくなるだろう。その弱みを、10月1日の警察力導入で自らの手で作ってしまったのだ。さあ、どちらさんもどちらさんも、いったいどうするつもりだ?
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《銀行と大企業の「カタルーニャ脱出」の大洪水》

 そんな中、カタルーニャから大手の銀行と企業の大量脱出が続いている。住民投票の翌日10月2日に、スペイン株式市場IBEX35では平均株価が「カタルーニャ不安」を反映して一時激しく下がった。終値は結局1.21%の下落にまで戻したのだが、特に大きな影響を受けたのがカタルーニャに本社のあるスペイン第3の銀行カシャバンクの-4.43と第4の銀行バンク・サバデイュの-4.53だった。さらに、ゼネスト明けの4日に株価は-2.85%と、Brexit以来の大きな落ち込みを見せた。特にバンク・サバデイュは-5.69%、カシャバンクは-4.96%と、ヒステリックな下落が続いた。そのため経済大臣のルイス・デ・ギンドスがそれらの銀行の取引相手に対して、決して損をすることは無いから心配しないようにと確約する異常な事態となった。

 しかしその中で、3日の火曜日に本社の住所をバルセロナからマドリードに移した薬品メーカーOryzonの株価は逆に27%もの上げであり、これが、その日以降に各企業に巨大な影響を与えることとなった。まあ、政治的な株価操作の臭いもするが、ある意味これは当然のことだろう。当サイトこちらの記事でも述べたことだが、独立などすればカタルーニャはEU外、ユーロ圏外にならざるを得ない。いままで独自通貨を持ったことが無いのでユーロの使用だけは認められる可能性があるが、欧州中銀からの融資は無くなる。単一市場からも切り離される。銀行としてはたまったものではないし、その銀行を頼りに運営している企業もまた死活問題に直面する。Oryzonの本社移転は企業の存続を考えるなら「英断」だったといえるだろう。

 10月5日になると、まずカシャバンクとバンコ・サバデイュが本社住所の移動を準備し始め、バンコサ・バデイュ本社のアリカンテ(バレンシア州)への移動が役員会で可決された。米国の格付け会社S&Pが政治情勢の不安定を理由にカタルーニャのレイティングを下方修正し、アメリカン航空はカタルーニャへの旅行を控えるように呼び掛け、ホテル業界は予約の取り消しが相次いでいることを心配し始めた。聞いた話では、日本政府もカタルーニャへの旅行を控えるように勧めているらしいが。こんな状況に、州政府の副知事で経済委員長のウリオル・ジュンケラスは「カタルーニャからの企業の逃避はあり得ない」と断言したが、そのときの落ち着きのない態度と震える声で、彼が企業の逃避を予感してうろたえていることは明らかだった。この人、初めから政治家なんぞになるべきじゃなかった…。

 そして翌6日にはカタルーニャ企業の本格的な逃避が始まった。まず地場産業の大手でカバ(カタルーニャ産の発泡酒)メーカーであるフラシャネトとコドルニウが本社をマドリードに移すことを決め、都市ガス供給の最大手ガスナチュラル・フェノサもマドリード移転を決めた。そしてついにカシャバンクが本社住所のバレンシア移転に踏み切った。こうして、カタルーニャに本店を置く大手銀行は無くなってしまった。続いて7日になると、バルセロナ水道協同組合が本部を「一時的に」マドリードに移すと発表した。その他、中堅銀行や企業が本社移転を検討しており、中でも政治にもジャーナリズムにも巨大な影響力を持っているグルポ・プラネタが移転を検討し始めたことは、カタルーニャの政財界に大きな衝撃を与えるものだ。(このグルポ・プラネタについては当サイトこちらの記事にある「ホセ・マニュエル・ララ」という人物についての個所に書かれている。)現在のところ、国産車最大手のSEAT、テキスタイル大手のMango、スーパーマーケットのLidlなどは本社移転を決めていないが、いつそれらが逃避行の後ろに続くのか、全く分からない状態になっている。

 長年カタルーニャ独立運動をまるで旧約聖書の預言者のように引率してきたアルトゥール・マス前知事は、2015年に「カタルーニャから銀行が去ることはあり得ない」などと大見えを切ったのだが、これが浅はかな出まかせだったことが事実として明らかになった。ちょっと考えたらこれが大嘘であることくらいすぐに見抜けるのだが、独立熱で舞い上がっている人々の頭はこんな幼稚な詐欺にすら軽々と引っかかってしまうのだろう。10日(火曜日)に独立宣言が本当に行われるのかどうか分からないが、その前日9日になってますます多くの企業が大脱走の準備を始めている。マドリード政府はすでに5日の段階でカタルーニャ企業の本社移転手続きを容易にする措置を準備したのである。
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《独立反対派のバルセロナ巨大デモ》

 10月5日の段階でスペインの憲法裁判所は、その時には9日に予定されていたカタルーニャ州議会総会の中止を命令した。6日夜に州政府側は州議会総会の招集を10日に伸ばしたが、おそらく9日に憲法裁判所は中止命令を出すものと思われる。もちろん州政府と州議会議長は招集を強行するだろう。しかし州議会の独立反対派は「憲法違反だ」として議長団を含めて全員欠席するはずである。さて、議会の開催ができるのか? そしてそこで独立宣言が発せられるのか? おそらく州政府与党であるJxPSI(ジュンツ・パル・シ)の中には、銀行と企業のカタルーニャからの大脱出を見て、真っ青になって震えあがっている者も多いはずだ。こんなはずではなかった…、カタルーニャの銀行や企業が我々を見捨てるなど……。さてさて、それでもなおかつ独立宣言が採択できるのか? 

 実は、州政府と独立派にとってもう一つの脅威がある。7日(土)に、マドリードでカタルーニャ独立運動に反対するスペイン統一主義者のデモと集会がおそらく10数万人の規模で行われた。そして8日(日)にはバルセロナでも統一主義者のデモと集会が行われたのだが、こちらの参加者は、主催者発表で95万人、バルセロナ市警察の発表で35万人を集めた。人々が埋めた道路から見れば、間違いなく40万人以上の参加人数だっただろう。確かに、過去の地方選挙の得票数で見てもカタルーニャ全体でも有権者の過半数が独立には反対しており、特にバルセロナ都市圏ではむしろ独立反対、スペイン統一を望む人の方がはるかに多い。今まで独立主義者の勢いに押されて黙っていた人たちも、この情勢に対して黙っておられなくなるのが当たり前だろう。これは州政府と独立派に対する大きな圧力となる。

 これは、カタルーニャ民族主義者のナショナリズムとスペイン統一主義者のナショナリズムのぶつかり合いという以上に、人々の実生活に関わる問題だ。独立主義者たちは今まで、上に述べたような金融界・経済界の動揺とカタルーニャ産業空洞化の危険性について一切何も考えず対策してこなかった。カタルーニャの産業の多くは中小企業、特に大企業の下請けによって支えられている。その大企業の命脈を握るのが金融機関だ。もし独立宣言を出して経済不安が増せば、特に大都市部の人々の生活に直結する重大な事態が発生しかねない。そんな経済不安の中で、年金や失業保険、休業保障などの社会保障制度、医療保険制度などが、せめていままでのスペイン政府並みにでも運営できるとは到底考えられない。まして、独立宣言後の二重権力状態で信じられない規模の混乱が起こることは目に見えている。筆者に周りにいる独立支持者の間にも不安が広がり始めているのだ。

 8日のバルセロナでの反独立大デモには、主要な人物として政府与党国民党関係者や国民党と手を組むシウダダノス幹部、カタルーニャ社会党幹部が多数参加していたが、集会で演壇に立ったのはノーベル文学賞受賞者のペルー人、マリオ・バルガス・ジョッサ、そしてスペイン社会労働党の重鎮で元委員長のジュゼップ・ブレイュなどだが、彼らもまたスペイン統一の理念(ナショナリズム)を前面に出すのみで、それで大衆を煽っていたように思える。今後、最も恐ろしい事態は、民衆のナショナリズム同士のコントロールできない衝突だろう。すでにそれはさまざまに起こりかけている。スペイン・ナショナリストの中には「ネオナチ」と呼んでよい者たちも多数混じっており、いままでそこまで過激ではなかった人々でも熱気に駆られれば暴力化してくるだろう。

 「独立」が成功しても失敗しても、人々の間の不信と憎しみは、増大こそすれ治まることはあるまい。中央政府と州政府の愚かさと頑迷さがスペイン国内の社会的不安定化を引き起こす可能性が高い。いままで当サイトのこのシリーズで書き続けてきたように、あたかもこの両者が息を合わせてスペインという社会と国家を解体しつつあるようにすら思える。これは巨大な罠、巨大な詐欺に違いあるまい。
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《独立騒動の影で進行する厳しい現実》

 私が常に述べているように、現在の世界で最も重大な問題は、スペインとカタルーニャといった「水平方向の分離」ではなく、持つ者と持たざる者の「垂直方向の分離」だろう。2017年9月以降、つまりカタルーニャ独立問題が深刻化していいる間に、その騒動の陰に隠され押し流されていったいくつかの報道を取り上げておきたい。

 9月10日付のエル・ディアリオ紙の記事『大富豪たちは2015年に2億3700万ユーロもの資産税を逃れる』では、国家機関の統計をもとに、2015年の1年間に、主にマドリードの大富豪たち約350人がマドリード州の特殊な制度を利用して、資産(動産、不動産)にかかる税金のうち2億3700万ユーロ(約530億円)の優遇措置を受けていたことを明らかにしている。また9月17日付のプブリコ紙の記事『社会的分離が拡大、4年間で5万8千人の新たな富豪と140万人の新たな貧困者が生まれる』は、スペイン財務省の統計を元に、2011年から2015年の4年の間に、実質的に100万ユーロ以上の資産を持つ富裕階層の数が130216人から188680人へと44.9%も増加していることを知らせる。これら総人口の0.5%に当たる富裕階層がスペインのDGPの53.9%、5826億ユーロ(約77兆円)を支配しているのだ。一方で、年収6千ユーロ(約79万2千円)未満の貧困階層の数は約400万人から約540万人へと、140万人以上も増えている。これらはこの国で上下の2極分化が激化していることを表す。

 9月27日付のプブリコ紙記事『富豪たちは5年の間にSICAVを利用して十億ユーロもの税を逃れる』は、SICAV(西欧の一部の国にある可変資本、つまり労働力購買の資本への投資を促進する協同組合)というネオリベラルの仕組みを利用して優遇税制措置を受け、2012年~2016年の5年間に10億ユーロ(約1230億円)に近い「節税」をしたことを明らかにする。その一方でその間に一般納税者の税金は20億ユーロ(約2460億円)も増えている。つまり、SICAVによって雇用が増えたとしても、それ以上に労働者や中小企業から税金が吸い上げられる仕組みだ。こうして金持ちはますます金持ちに、貧乏人はますます貧乏になる。

 9月29日付プブリコ紙は『新たなバブルが住宅市場の正常化にブレーキをかける恐れ』という記事で、スペイン中の住宅の値段が高騰しつつあり、今年6月には前年度比で14,7%の値上がりを見せたことを告げる。ただしこれはスペイン全体の話であり、特にバルセロナでは当サイト【「札束が住民を蹴り出す街」に変わりつつあるバルセロナ】でも述べたような狂乱状態となっている。もっともこの独立騒ぎが続けば少しは収まるのかもしれないが。そして9月30日付のエル・ペリオディコ紙は『新たな住宅バブルが「住居分かち合い世代」を照らし出す』という記事の中で、親から離れても自分一人の収入では独立した住宅に住むことができず他の人々と1軒の住宅を分かち合って住む人々が、いま急増していること、その81%が18~34歳でスペイン全体の平均は28歳であることを明らかにしている。つまり大不況が開始した2008年に18歳を迎えた世代である。

 そしてカタルーニャで住民投票が実施され大騒動になっていた10月2日に、新聞の片隅に次のような記事がポツリと載っていた。『9月に失業者が2012年以来最大の増加』。これは予想されたとおりだった。8月以前のバカンスシーズンに観光業やレストランなどで雇われていた臨時労働者が大量に解雇され、9月になって全国で失業者は27858人増えた。10月7日にスペイン統一主義者のカタルーニャ独立反対デモが華々しく繰り広げられていた同じマドリードで、マドリード住宅協働組合などが主催し数万人の人々が参加して、人間的な居住条件を求めるデモを行っていた。上に書いたような1軒の住宅を分かち合ってしか生活できない世代の人々とそれを支援する法律家たちが中心になっており、国と地方自治体による住宅政策の改善を求めるものだ。

 また翌10月8日、バルセロナでスペイン統一主義者たちによる大デモが行われているときに、同じバルセロナにあるカタルーニャ公営TV3は、カタルーニャ州で働く労働者たちの12%に当たる38万人が月末を無事に迎えることができない状態になっているという、Església pel Treball Decent(適切な仕事による教会)というカトリック系団体のまとめたデータを紹介した。そりゃそうだ。スペイン語で「ミルエウリスタ」という言葉があるのだが、これは月収1000ユーロ(約12万円)の労働者という意味である。今年6月29日付のエル・ムンド紙は国家統計局のデータから、労働者の中で最も多い層がこのミルエウリスタ未満であることを明らかにしている。バルセロナのような大都市で月1000ユーロより安い賃貸し住宅を見付けるのは困難だ。すると必然的に、先ほどのような住宅を分かち合ってしか生きることができない人々が増える。あるいは結婚して二人で働いてギリギリの生活しか望めまい。しかも女性の平均賃金は男性よりも23%も低いのだ。共稼ぎで暮らしていても、月末が苦しくなるのは当然である。

 見せかけだけの「景気回復」のなかで進行する貧困の増大と社会の「上下2分極化」こそ、スペイン人とカタルーニャ人が手を結んで解決しなければならない最も重大で最も緊急の問題のはずである。歯止めの利かないナショナリズムを焚きつけて人々を分裂させることは、やはり、この最も重大で最も緊急の問題を永久に解決できないようにさせる罠、詐欺ではないかと思う。今後何が起こるのか、本当に分からないのだが、何が起ころうとも我々はこの地を離れて生きることができないのだ。
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【流血のカタルーニャ住民投票(2):ここまで】
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