新しいEUの体制の中で、
欧州合同軍の現実的なプランが練られるだろうと言われている。
米国のトランプはこのような欧州の自己防衛の方向に強い不快感を示してみせた。しかしそれに答えるように、フランス大統領マクロンは、7月14日の祭典(日本では「パリ祭」と呼ばれるが)で、自国の軍隊の行進に欧州の複数国家からの軍人を加え(スペインからも100人以上が参加)、この祭りを
欧州の共同防衛の祭典にしてしまった。欧州は、
表面的には対米従属的な態度をとりながらも、極めて慎重に、時にはやや露骨な形で、米国の支配の糸を一本一本外しつつあるようだ。
その少し前の話だが、米国がイランとの緊張を急激に高めていた5月14日、スペイン防衛相マルガリータ・ロブレスは、スペインのフリゲート艦メンデス・ムニョスに対して、紅海からホルムズ海峡に向かっていた
米国の空母エイブラハム・リンカーンを中心とする合同艦隊から離脱するように命令した。ペンタゴンからスペイン軍離脱の報告を受けた
ワシントンは、マドリードの米国大使館を通して遺憾の意をスペイン政府に伝えたが、スペイン防衛大臣のマルガリータ・ロブレスは、メンデス・ムニョスを離脱させた理由について、
そのホルムズ海峡での作戦が「想定外の米国のミッションだった」からであると説明した。
たかがスペインの軍艦一隻が抜けたくらいで合同艦隊の戦力が大きく落ちるわけもないのだが、このスペイン軍の動きは重大なことを意味しているだろう。
これはスペイン政府の単独の判断ではあり得ない。スペインがフランス政府やドイツ政府に無断でこんな行動を起こすはずはない。これはむしろフランスやドイツの意思、また欧州合同軍創設の意思を持つ者達の判断、米軍とNATO軍に対するメッセージだろう。中東で米国の覇権獲得の戦略に積極的に参加してきたフランスがやるわけにはいくまい。戦力的にも政治的にも比較的軽い役割を持つスペイン程度なら、「メッセンジャー」としてちょうど良いのかもしれない。
もちろん、どの報道機関もこの件に関しては明らかな形で論評を述べてはいないが、EUが米国の中東支配政策とイランへの戦争挑発から距離を置きつつあることは明らかだ。英国は欧州よりもむしろ米国と太い根でつながっている。イランの石油を積んでシリアに向かうタンカーが
ジブラルタル海峡で英海軍に拿捕された7月4日の事件は、イランへの挑発とともに、スペインと欧州に対する警告の意味も含んでいたかもしれない。何となくの感じでしかないのだが、スペインの主要なマスコミは実にそっけなくこの事件を報道していたようである。
10月31日に起こる可能性が高い英国のEUからの合意なき離脱が、このような欧州の「米国離れ」を加速させるのではないか。将来形作られるかもしれない「欧州合同軍」が、どこまでの「欧州」を含むのか分からないが、スペインは間違いなくその「欧州」の一部になる。ユーロ圏も、現在のところうまく機能しているとは言い難いし、ひょっとすると経済的な格差を計算に入れた柔軟な仕組みが作られるかもしれない。いずれにしてもスペインはそこに含まれることになる。また「難民」や「テロ」への対策として欧州全体の「国境警備」にあたる合同の警察機構が作られる可能性がある。経済、軍事、警察の統合が進めば、次には必然的に政治統合が待ち構えるだろう。それがどんな姿なのか、想像するのはちょっと早すぎるのかもしれない。
最後に、我が街バルセロナの未来について少しだけ。この6月10日、欧州委員会はバルセロナに欧州最大のスーパーコンピューターを設置すると発表した。ここにある国立スーパーコンピューティング・センター(BSC-CNS)に置かれ、2021年1月に完成予定で、「マレ・ノストゥルム5」と名付けられることが決まっている。マレ・ノストゥルムはラテン語で「我々の海」つまり地中海を意味しており、地中海を中心にして東西ヨーロッパ、北アフリカ、中近東を支配した古代ローマ帝国を想起させる命名だ。このBSC-CNSではすでにマレ・ノストゥルム4が稼働しているが、同5はその17倍の能力を持つと言われる。
欧州はスーパーコンピューターの分野で米国や中国に一歩後れをとってきたが、このマレ・ノストゥルム5で一気に世界の最先端に並ぶことができる。医学や工学の研究で米国の施設に頼る必要が無くなり、欧州独自の研究開発が可能になるわけだ。これは、欧州の科学と産業、情報技術の発展にとってだけではなく、政治的・経済的・軍事・安全保障的な意味においても、欧州で最も重大な意味を持つ施設の一つと言える。
さらにバルセロナ近郊には、ALBAと呼ばれる欧州で最大級のシンクロトロンが作られており、2007年に稼働して以来、欧州各地から来る科学者や研究科に利用され、多くの科学研究や産業利用で活躍している。バルセロナはすでに、スペイン第二の都市、カタルーニャの州都であると同時に、欧州全体にとって最も重要な都市の一つになっているのだ。そこに「カタルーニャ共和国」の幻影が入る余地は無いのだろう。それが、そこに住む我々にとって良いものか悪いものかは、いまだ知ることができないが。欧州(どこまでを含むのかは問題だが)の未来は、やはりローマ帝国をその原型とするイメージで語られるのだろうか。欧州は結局、2000年前の呪縛の中で生きることになるのだろうか。
【『サナギの中のカオス(その2)』 ここまで】