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凍りつくスペイン

 2ヶ月近くもスペインに関する記事を書かなかったのは、たまたま起きた私的な事情もあったが、何よりもこの間に是が非でも記録しておかねばならないような動きが起こらなかったためだ。といって、決して安定した状況だったというわけではない。スペインの政治的社会的な状況が、深刻で重大な危機に直面したまま、身動きならず凍りついているのである。

2018年2月19日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
 《凍りついたスペイン》
 《凍りつくカタルーニャ政治》
 《凍りつくスペイン中央政治》
 《そして凍りつく国民生活》


【写真:スペイン北部アストゥリアスで凍りついた雪を取り除く除雪車(ラ・セクスタ)】

《凍りついたスペイン》

 上の写真に写る風景は、決して北欧でもロシアでもない。れっきとしたスペイン国内だ。この1月から2月半ばにかけて、スペイン中が雪と氷で固められたような状態が続いた。古代ローマの水道橋で名高いセゴビアもこちらの写真の通り、中世の城壁で有名なアビラもまたこのとおり、山間部の村々はこちらの写真こちらの写真にあるように深い雪に閉じ込められて孤立状態が続き、停電、食糧や医薬品の不足などで悲鳴を上げた。首都のマドリードもこのように(2月5日)雪と氷のために交通の渋滞が起こり、バラハ空港は欠航が相次いだ。スペインで最も南にある大西洋上の島カナリアですらこのとおり(1月30日)だ。

 カタルーニャでは、バルセロナやタラゴナなど海岸沿いのごく狭い地域を除き、最低気温マイナスの日々が続いた。こちらの写真はバルセロナに近い山間部で滑って路肩に転落したバスに積もる雪。また、カタルーニャ北部ピレネーの麓にある標高1000メートルほどの町ダスは2月9日にマイナス22.8度という記録的な低気温に襲われた。雪などめったに降ることのないバルセロナ市内でも、この日は最低気温が3.8度で、こちらの写真にあるように海岸の砂浜が雪に覆われたのである。スキーの愛好家にとっては週末は天国だったかもしれないが、

 とにかく寒かった。昨年の夏は逆に当サイトでこのように書いた通り、とにかく暑かった。どうやら日本でも記録的な寒さが続いたようだが、ユーラシアの西の端でも以上のとおりである。地球が温暖化しているのか寒冷化しているのか知らないが、世の中の状況と並行して、自然界まで極端から極端に突っ走っている。そしてこの冬、政治状況を含むスペイン社会もまた、雪と氷に閉じ込められた村のように身動きの取れない状態に陥っている。中旬以降の週で、天候の方は次第に氷漬けから逃れることができそうだが、この国の政治的・社会的な状況の方は、いつになったら冷凍状態から脱することができるのか…といった状態が続いている。
 

《凍りつくカタルーニャ政治》

 昨年12月にアップした『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(6)』で述べたように、憲法155条適用下で自治権を奪われているカタルーニャで、12月21日に新たな州政府の下で自治権を回復させるための州議会選挙が行われた。その結果、JxCAT(ジュンツ・パル・カタルーニャ:民族主義右派)、ERC(カタルーニャ左翼共和党:民族主義左派)、CUP(人民連合党:民族主義強硬派・反資本主義)の独立支持派3派が議員数では過半数を制した。しかしそこから先の展開には、まさに凍結状態と言ってもおかしくないほどに、一歩の進展も見られない状態が続いている。

 独立賛成の党派は面倒な事情を抱えている。JxCATはその候補者名簿筆頭が中央政府によって知事を解任されブリュッセルに滞在中のカルラス・プッチダモンであり、あくまでプッチダモン州政府の復活を目指しているが、彼は国家反逆罪などに問われスペイン国内に入れば即刻逮捕の身である(当サイトこちら、およびこちらを参照)。これでは知事候補にするには無理がある。またERCの名簿筆頭候補は同じく国家反逆罪などの容疑で獄中に閉じ込められるウリオル・ジュンケラスであり、最高裁は相当の期間彼を仮保釈にするつもりがなさそうだ。こちらもまた知事候補にするのは困難である。

 さらに、中央政府はカタルーニャ州議会がプッチダモンを含む積極的な独立派の知事を選ぶなら憲法155条適用を続ける、つまりその州政府の成立を認めず自治権剝奪を継続すると脅す。要は、中央政府に恭順の意を示す知事なら155条を引っ込めてやろう、ということだ。しかし、もしJxCATとERCがその積極的独立志向を引っ込めて現実主義的な知事候補を立てたとすると、今度は強硬な独立主義のCUPが承知しない。CUPの州議会での4票が無ければ過半数を確保できないのだ。こうして12月末以降、現在に至るまで、独立派は具体的な州知事候補を擁立することができないままでいる。しかしここで、もう少し詳しく今までの過程を述べておこう。

 まず、独立賛成派が議席で多数を占めたいのなら獄中にいるジュンケラスら3人の議員とブリュッセルにいるプッチダモンら5人の議員の数が必要だ。議会に出席できる議員は62人であり、過半数は68議席である。最高裁は1月12日に、獄中の議員が議会出席のための一時的な保釈を拒否したが、委任状を書いて投票する権利は認めた。しかしそれだけではまだ65議席で、過半数には達しない。州議会は1月17日の総会で議長を選出しなければならなかったが、独立派はERCのルジェー・トゥレンを候補に挙げた。1回目の投票では全議員の過半数が必要で、これで選ばれることは無かったが、2回目の投票では相対的多数を得ればよく、ポデモスと連携するCatCP(カタルーニャ・アン・コムー・イ・プデム)が棄権に回ったため、トゥレンが新しい議長に選出された。しかしながら知事選任には全議員の過半数が必要だ。

 知事を選ぶ議会総会は1月30日に予定されたが、その2日前にブリュッセルにいる議員のうち3人が議員の権利を放棄した。予定通りの行動だが、これによって各党の名簿の次席者が繰り上がって議員になり、議席数が過半数ギリギリの68に達した。しかし問題は誰が知事候補になるのか、という点だ。反独立派は最初から候補者擁立を断念している。独立派は結局プッチダモン一本に候補を絞り、トゥレン州議会議長は彼を唯一の知事候補として正式に認めた。しかし問題は彼が議会出席はおろかスペインに入国すらできないという事実である。これでは、会議場での論争を経て選挙を行うという通常の方法での選出ができない。

 独立派の中で12月中から様々な解決方法が模索されてきたが、結局一致したアイデアが「テレマティーク首班指名」である。これは、1月8日にプッチダモンの口から正式に提案されたものだが、彼がブリュッセル滞在のままでインターネットを通して州議会会議場のモニター上に「出席」し、賛成多数で知事として任命されるというものである。法律にはこのような知事選出の方法を禁止する条項がない。「想定外」なのだ。もし本当にこんなふうにして州知事と州政府が実現するなら、さすが!スペイン!ピカソとダリを産んだ国だけある!と言いたいところだが、これに頭を抱えたのが憲法裁判所だった。「起こるかどうか分からない仮定についての判断は下せない」ということである。

 もちろんだが、ラホイ国民党の中央政府と検察庁はこの「テレマーク」方式を激しく攻撃して拒絶し、憲法裁判所に対して「憲法違反」の判定を下すように要求した。これに対して、歴代の中央と州の政府の閣僚経験者や外交・法曹界OBで作る政府の「お目付役」である国家諮問会議が、ラホイ政府の主張は根拠に欠けるとして再考を促した。しかしラホイは聞く耳を持たず、中央政府の圧力を受けた憲法裁判所は結局1月27日に、「正当な理由なく議会に出席しない者を知事に選ぶことは憲法違反である」という判断を下して、プッチダモンの指名を事実上阻止することに決めた。逮捕を避けて国外にとどまることは「正当な理由」と見なされないわけだ。

 翌日の28日にプッチダモンは最高裁判所に対して、逮捕されることなく首班指名投票に出席できる特権を与えるように要求しようとしたが、結局は諦めざるを得なかった。これで彼が知事の指名を受ける道は閉ざされたはずだが、プッチダモンが隠密裏にスペインに入国して1月30日に突如として州議会会議場に登場するのではないかという妄想に駆られた中央政府内務省は、国中に厳戒態勢を引いた。28日から30日にかけて、地方の小規模飛行場に向かう小型飛行機にさえも過剰なまでのチェックが行われ、銃を持った警官隊がフランス国境を越えてスペインに入る自動車のトランクの中まで調べ、国家警察のテロ対策班がバルセロナ市内のマンホールの中まで調べる…、その一方で大勢の独立支持者たちがプッチダモンのお面をかぶって警察をからかうという、まるで漫画のネタのようなドタバタ劇が続いたのである。

 実はその以前にもう一つのステップがあった。1月22日にプッチダモンはデンマークのコペンハーゲン大学政治科学部の正式な招きで同大学でのカタルーニャ問題に関する討論会に出席したのである。スペイン内務省と検察庁はベルギーからの出国とデンマーク入国に注目した。スペイン最高裁は昨年11月にプッチダモンに対して発行した欧州逮捕状を、ベルギーの裁判所の精査を恐れて12月に取り消したのだが(参照《プッチダモンへの欧州逮捕状を取り下げたスペイン国家》)、ここで再び欧州逮捕状を発行してデンマーク当局に彼を逮捕してもらうことができると踏んだのである。しかしそれに最高裁が待ったをかけた。プッチダモンが逮捕されれば、それが彼が州議会に出席できない法的に正当な理由となってしまい、それによって逆に彼の州知事への立候補と就任の道を開くのではないかと恐れたからである。プッチダモンは翌23日に何事も無くブリュッセルに戻っていった。

 ここで、中央政府・国民党と検察庁、最高裁、憲法裁判所があからさまに一体となって動いていることが注目される。裁判所は自ら進んで政治的な役割を演じている。もちろんだが、「三権分立」などという学校教科書の活字にすぎない空虚な概念など吹っ飛んでいる。まあこれが独裁政権後の「民主主義」というものだろう。言葉の言い回しによる単なる詐欺にすぎない。

 それはともかく、結局、1月30日に行われる予定だったカタルーニャ州議会総会は、知事候補の出席のめどが立たずにお流れになった。その後、州知事候補をどうするのか、プッチダモンをどうするのか、JxCATとERCの間でもまたJxCAT内部でも意見の調整がつかない。要するに、12月21日の選挙以来、以上に述べたような表面的なスッタモンダは続いたが、実質的には何一つ事態が動いていない。カタルーニャ情勢は凍りついたままである。このまま3月末までに新知事が決まらず州政府が作られなければ、自動的に今の議会は解散、5月末ごろに再び州議会選挙が行われることになるだろう。しかしそれで凍結状態が終わるのかどうか、誰にもわからない。


《凍りつくスペイン中央政治》

 中央政治の冷凍状態は、別に最近になって始まったことではない。2015年11月に第1次マリアノ・ラホイ国民党政府が終了して以来、同年12月20日の総選挙(当サイトこちらの記事)、翌2016年6月26日の再選挙(当サイトこちらの記事)、同年秋の社会労働党「クーデター」を経て同年11月の第2次ラホイ政権誕生(当サイトこちらの記事)…。それからさらに1年と何カ月かの時が流れているが、この2年間以上にわたってスペイン政治の凍結状態が続いているのだ。こちらの記事でも書いたのだが、第2次ラホイ政権の開始以来、現在に至るまで、スペイン議会で成立した法案は僅かの2件。その間、野党から提案された43の法案の審議はことごとく国民党によって拒否された。2017年度、つまり昨年の予算すら成立しなかったという「憲法違反状態」で、暫定予算と政府の行政判断で国が何とか回っている有り様だ。

 この間、ラホイ政権がやってきたことは「カタルーニャ戦争」の遂行のみ、といっても過言ではない。他は本当に何もやっていないのだ。ところがそのカタルーニャ問題にしたところで、本来なら国民党政権にとって最も重要な点、つまり“どんな政策で何を実行すればカタルーニャ州民が独立ではなく共存を選んでくれるのか”という方策については、文字通りゼロ、いやマイナスですらある。彼らは、独立派への感情的な反発を煽ることと、力ずくで抑えることしかしていない。挙句に、暴走する独立運動に対する不徹底で後手後手に回る対応によって、事態をますますややこしくしただけだった。昨年12月21日の州議会選挙の惨めな結果は必然的であり、何の不思議もない。

 この2年以上の間に中央政府与党は、冷凍状態で身動きならないばかりか、外からゴリゴリと削り取られ惨めにやせ細っていく一方である。今年1月13日にエル・パイス紙を通して公表されたMetroscopiaの調査は国民党を震え上がらせた。それによると、政党支持率の第1位は27.1%の支持を得るシウダダノスであり、国民党は23.2%で第2位に落ちている。第3位が社会労働党の21.6%、第4位がポデモス系党派の15.1%となっている。国民党はカタルーニャだけではなく全国規模でもシウダダノスにとって代わられつつあるのだ。また1月21日にVozpópuli紙が発表したSimple Lógicaによる政党支持率の調査でもやはり、1位がシウダダノス(24.1%)、2位が社会労働党(23.4%)、そして3位が国民党(21.8%)で4位がポデモス系(17.8%)である。

 また先のMetroscopiaの調査で、選挙で投票する政党をすでに決めている人の数を比較すると、1位のシウダダノスが21,7%、2位が社会労働党で16.2%、国民党は3位の13.2%で、4位がポデモス系の11.8%である。ただでさえ減りつつある国民党支持者の中でさらに、実際の選挙で国民党に投票するかどうか迷っているような人が相当数いるわけである。つまり、もしいま総選挙が行われるならば、支持率よりもさらにずっと低い得票率になる可能性があるのだ。

 全国規模で国民党離れが進んでいる原因の中でカタルーニャ問題が占める割合は小さいと思われる。CIS(国立社会学研究センター)が今年1月2日から18日までの間に実施した国民の意識調査(スペイン社会の中で心配な事柄を上から三つ答えてもらう調査)によれば、そのダントツの第1位は失業問題で、65.8%の人がこれを「心配ごとランキング」の1位から3位までに入れているのだ。ラホイがいくら詭弁をもてあそんでも、スペイン国民の生活は経済的な不安と苦境に置かれたままである。そして第2位が政治経済の腐敗と不正の問題で31.5%。第3位が一般的な政治状況で24.3%、第4位がスペイン経済の状態で23.0%、カタルーニャ独立問題は第5位で14.9%に過ぎない。

 また同じ意識調査資料の中で、各個人にとって実際に自分の身に降りかかる(自分自身が影響を被る)問題を上から三つ答えてもらう調査、つまりどれほど我が身につまされて感じられる問題なのかを問われる調査の結果を見ると、もっと興味深いことが言える。第1位はやはり失業問題で34.6%である。第2位はスペイン経済の状態で23.8%、第3位が政治経済の腐敗と不正の問題で10.9%、第4位が年金問題で10.7%、第5位が雇用の質と待遇の問題で10.3%、第6位が保健・医療問題で10.1%となっている。カタルーニャ独立問題を取り上げた人は僅か4.3%に過ぎない。

 残念なことにこの調査結果には各地域別の資料が載っておらずカタルーニャの中と外でどれくらいの違いがあるか分からない。しかしカタルーニャ州民を含む数字がこのようである以上、カタルーニャ以外の地域でカタルーニャ問題に対する関心は極めて低いことが推測される。カタルーニャ独立問題は、この2年以上の期間でラホイ政権が唯一必死に対応してきたものだが、国民党やシウダダノスや社会労働党がドンチャン騒ぎを繰り返し、マスコミが全力で煽りまくっている割には、実際の国民の身の上にとっては些細な問題に過ぎないのだ。このようなスペインの実態は、マスコミ報道を通してしかこの国を知ることのない外国の人々にとって、思いもよらないことかもしれないが。

 その一方で、私が『芯から腐れ落ちつつある主権国家(1)』と『芯から腐れ落ちつつある主権国家(2)』に記録したような国民党の政治腐敗追及が本格化している。今年に入って、ギュルテル事件を追及する全国管区裁判所で、被告席のフランシスコ・コレアはバレンシア国民党の公金横領と二重帳簿の実態を明らかにし、同じく被告席のパブロ・クレスポアルバロ・ペレスリカルド・コスタは、一斉に、この超大型政治腐敗事件を指揮・監督したのが元バレンシア州知事のフランシスコ・カンプスであると証言した。この、元バレンシア市長の故リタ・バルベラーとともに地中海岸を真っ黒に染めた悪党にも、ついに年貢の納め時が来たと見える。しかもこのカンプスは、バルベラーと共に、中央政界、国民党中央とのつながりも極めて深い。

 さらに2月に入って、マドリード州を中心舞台にした大型政治腐敗プニカ事件の最大の被告であるフランシスコ・グラナドスが、マドリード国民党の不正な選挙資金集めで中心となったのが元同州知事エスペランサ・アギレだったことを証言した。さらにグラナドスは、アギレと共にイグナシオ・ゴンサレス(別の政治腐敗レソ事件の被告)および現マドリード州知事クリスティーナ・シフエンテスの名を上げた。またこのプニカ事件の捜査で、スペインの政治経済を操る黒幕的な存在として有名な前OHL(スペイン最大級の建設会社)会長フアン・ビジャル‐ミルの告訴が近いと言われている。このような政治腐敗については書き出すときりがないくらいに話題があるので、また別の機会にまとめることにしたい。

 先ほどのCISによる意識調査で、国民にとって失業に続く大きな心配事が政治経済の腐敗と不正の問題であるのは当然と言える。国民にとってさしたる関心事でもない「カタルーニャ戦争」以外の何もしないこと、そしてその腐敗した中身を暴かれ続けていることが、国民党からその支持者が次々と減っていく最大の原因の一つであろう。保守・右派・中央集権を支持していた人々が左派や地方主義者に変わることはほとんどあり得ないため、国民党を離れる人々の受け皿は右派のシウダダノスとなる。いまのところ何となく清潔そうな(つまり何の実績も無いということだが)雰囲気で、カタルーニャ独立派に対して断固たる姿勢を見せているシウダダノスへの支持が、急激に増えているのは当然と言える。

 昨年12月のカタルーニャ州議会選挙以来、国民党の主要な「政敵」は、社会労働党ではなく、自分たちの地盤を食い荒らすシウダダノスとなっている。市町村単位で見てみると、保守系が押さえている市町村の役員の中で国民党からシウダダノスに鞍替えする数が急速に増えているという。来年の統一地方選挙をにらんでのことだ。ラホイと国民党幹部は地方組織の「反乱」に神経をとがらせ、シウダダノスの伸長を食い止めるための手を打とうとしているが、手遅れと言った感が強い。エル・パイス紙は2月10日にMetroscopiaの調査を発表し、国民党支持者の60%以上がマリアノ・ラホイの退陣を求めていることを明らかにした。

 ラホイは党幹部たちに「シウダダノスが我々の議会内での活動を不可能にしようとしている」と警告し、今後シウダダノスとの「全面戦争」に転じる姿勢を見せている。しかし、逆にシウダダノスとの連携が無い限り議会内での活動が不可能なのだ。ラホイの目にはもう「出る杭」しか見えていない。いま国民党はシウダダノスの財政基盤を調べ上げて僅かでも不正な要素を見付けてスキャンダルをネタに攻撃しようと試みているようだ。自分たちの腐敗と不正に満ちた財政基盤を棚に上げてである。自分たちが国民の支持を得るための行動をせずに、そのような手段で「敵」をやっつけることばかりに精を出すならば、結局は党の破滅を導くだけだろう。

 国民党系の専門家がラホイ政権はすでに破たんしていると主張する一方で、国民党中央は「カタルーニャ戦争」以外の実質的な国内政治を何もしない。そして「主敵」と見定めたシウダダノスの足元をすくう作戦で、統一地方選挙と欧州議会選挙のある2019年までに国内の保守勢力での主導権を回復させようとしている。このようにしてラホイは逆に、凍りついた中央政界で凍りついたままの自党に、自らの手でハンマーをぶち込んでいるように見える。


《そして凍りつく国民生活》

 ラホイ政権の労働保険省は今年1月3日に公表した資料で、2017年の1年間に、失業が29万人減少し341万人になった(2017年12月の失業率は16.55)こと、そして新たな社会保険費納入者つまり自営業者と雇用者が61万人新たに生まれたことを明らかにした。このデータは過去12年間で最も良い数字だということである。しかしそれはラホイ政権がもてあそぶいつもながらの詭弁に過ぎず、この国の労働環境は欧州でも最悪に近い。

 2017年に2150万件の労働契約が結ばれたのだが、そのうち91%に当たる1960万が短期雇用である。さらに30%ほどがサービス業への1ヶ月以内の雇用なのだ。正規の雇用契約は190万件に過ぎない。この年のスペインの雇用者数は1878万人なので、この労働契約の大半が短期雇用であり、1年のうちに新たな就業を何度も繰り返さざるを得ない人が多いことがうかがえる。さらに約500万人の労働者の賃金がこの10年間上昇していない。また失業者の半分近くが失業保険の支給期間を過ぎており、文字通りの無収入状態に放り込まれている。先ほど述べた「国民の心配ごと」第1位が失業問題であるのは当たり前だ。カタルーニャ問題など関心の外にあるスペイン人の方がまともな神経の持ち主なのである。

 このような状況で最も深刻な影響を受けるのが年金制度であることは言うまでもない。労働保険大臣のファティマ・バニェスは、年金基金が前年に168億ユーロ(約2兆2千億円)の赤字となったことを明らかにした。これは国内総生産の1.47%に当たる。年金の赤字は最近6年間で872億ユーロ(約11兆5千億円)に上るのだが、その原因の重要な部分が上に述べた不安定で劣悪な雇用と零細で常に破産の危機に曝される自営業であることは言うまでもない。その一方でスペインの高額所得者上位200人の収入は100億ユーロ(約1兆3200万円)に上っており、「不平等天国」スペインで貧富の差はとんでもなく拡大中である。これはもちろん構造的なものであり、上っ面の制度のいじくりではどうにもならず、社会の仕組みを変えていく以外に解決のつかないものだ。

 もちろん国民党政権に構造的な改革などする意思も能力も無い。この数年間、個々人に支給される年金は僅かに0.25%ずつ上がっているのだが、物価の上昇に見合うはずもない。2016年8月の統計だが、年金受給者の中で最も多い層である600(約7万9千円)~650ユーロ(約8万6千円)の支給者は全体の21%に当たる。そして年金受給者の約66%が1000ユーロ(約13万2千円)未満で生活しなければならない。平均が905ユーロ(約12万円)であり、家賃バブルが果てしなく膨らむバルセロナ(こちらの当サイト記事参照)みたいに800ユーロ未満の家賃の住宅がほとんど無いような街で生活するのは最初から不可能だ。それが物価上昇と比べて毎年目減り、つまり実質値下げされるのだからたまったものではない。

 国内政治について徹底的に「何もしない」と腹をくくっているマリアノ・ラホイは、この2月9日にスペイン国民に対して、自分の年金は自分で貯めろ、自分の子供は自分で教育しろ、と呼び掛けた。つまり、公的年金制度はいずれ崩れるし国には立て直す気も能力も無いから、銀行の個人年金の積み立てを自分でやっておけ、公的教育もいずれ破たんするし国には立て直す気も能力も無いから、自分で私立の学校にでも通わせろ、ということだ。世界にはいろんな国があるが、首相が自らこんなことを言う国が他にどこにある? これが「ユーロ圏で第4位の大国」の本当の姿なのだ。まあ確かに、正直なのは良いことだが。

 銀行の積立年金のできる階層が国民の何%いるというのだろうか? 2016年に公開された国立統計局の調査では、スペインの大人2人と子供2人の平均的な家庭の平均収入は年間16823ユーロ(約222万円)、一人暮らしの者では年間8011ユーロ(約106万円)に過ぎない。家賃や住宅ローン、水光熱費の支払いと日々の生活に充てれば、銀行の積立年金に回すカネなどどこにも無くなる。子供を私立学校に入れることなど論外だ。今後のラホイ政権のやるべきことは「姥捨て山」を作って「年を取ったら早く死ね」と言うことくらいだろう。

 1995年にスペインの労働組合と中央政府との間で労働制度と給与、年金などのルールを取りきめた「トレド協定」というものがある。それは中央政権が社会労働党政権になっても国民党政権になってもおおよそ遵守されてきた。その協定に基づいて賃金や年金などについて協議するトレド協定委員会の委員長であるセリア・ビジャロボス(国民党)が、この1月18日に次のようなことを公言した。「国民が1ヶ月に2ユーロずつ節約すれば年金問題は年金問題は解決する」と。1ヶ月2ユーロ? 1年で24ユーロ、10年で240ユーロ、50年で1200ユーロにしかならないのだ。このオバさん、小学校の算数から勉強をやり直した方が良い。さらに国営TVの番組で次のようなことも公言した。「働いたよりも多くのカネを受け取っている年金受給者が大勢いる」と。もちろん何の根拠も示さずにである。

 このビジャロボスは第1次ラホイ政権で議会下院の副議長を務めたが、2015年2月24日の下院総会の副議長席に座ってiPadでビデオゲームに興じる姿をマスコミのビデオカメラに収められ、物議をかもしたことがある。こんな厚顔無恥で業務能力はおろか最低限の知的能力にすら欠ける人物を、国民生活に直結する委員会の委員長に据えるラホイの愚かさ加減を見れば、国民党の支持率が急降下するのも無理はない。なお、このビジャロボスの議員としての給与は、マリアノ・ラホイよりも高額で年間85800ユーロ(約1133万円)である。「副収入」がどれくらいか知らないが、まあ確かに、このオバさんなら他人のことなど一切考えずに悠々自適の老後を過ごせるのだろう。この人の頭の中は常夏である。

 この国の年金受給年齢は現在65歳から徐々に67歳にまで引き上げられつつあるのだが、スペインの経営者サークルは、それでもまだ早過ぎるとして、75歳からの年金受給を推奨している。75歳まで働け、と? 70歳を過ぎた者を雇ってくれる職場がどこにある、と? 要は「貧乏人は死ね」ということだ。それ以外にはない。こんな国が欧州連合の一員として通用するのなら、欧州自体が潰れるしかないのだろう。そんな現実を、「カタルーニャ戦争」を通してスペイン・ナショナリズムを盛り上げることによって、かろうじて覆い隠している…、それがスペインという国の現状なのだ。EUがこんな国をいつまで擁護できるのかな?

【『凍りつくスペイン』ここまで】
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