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市民生活を押し潰すネオリベラリズム

カネ!カネ!カネ!


 6月に引き続いて7月のイベリア半島は、北部で不安定な天気、内陸部~南部はサハラ砂漠の延長で灼熱カラカラの天気が続いた。中央部のトレド付近では47℃の気温を記録した日すらあったが、体温より10℃も高い気温の中で人間がよくもまあ生きていけるものだと感心している。一方でバルセロナでは日本を思わせる高温多湿状態に悩まされた。この状態は基本的に8月も延々と続きそうだが、高温乾燥状態が続くスペイン中央部~南部でダムの水と地下水の不足が深刻化し、大規模な山火事が続発しているが消火活動もままならず、国中で膨大な面積の土地が炭化した樹木の死骸と灰に覆われている。

 その様子はバブル経済崩壊後もネオリベラリズムとグローバリズムに隅々まで食い荒らされつつあるスペインとその住民の生活を象徴しているかのようだ。今回は政治から離れて、少々下世話な話題を含めた市民生活を中心に書いてみたい。

2017年8月11日 バルセロナにて 童子丸開


小見出し一覧
 【札束がボールを蹴る欧州サッカー】
 【ツーリスト・ゴーホーム!】
 【街と社会を破壊する観光バブルの実態】
 【「札束が住民を蹴り出す街」に変わりつつあるバルセロナ】
 【貨幣神の人類に対する戦争】

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【札束がボールを蹴る欧州サッカー】

 私が今年(2017年)6月に書いた『スペインのクソ暑い6月(1):ますます支離滅裂になる国』にある記事「《クリスティアノ・ロナウド脱税疑惑の裏に》」で、欧州サッカー界の裏で動く莫大な資金とその不正な動き、政治的な力の影響などについて触れておいたが、その後にスペインを、というより世界中を大騒ぎさせたのが、7月までFCバルセロナ(バルサ)のスター選手だったブラジル代表ネイマールJr.である。彼はフランス・リーグを代表するパリ・サンジェルマンへ移籍したのだが、それだけなら、スター選手の移籍は毎年あることでどうということはない。問題はその際に動いたカネである。

 バルサ側はネイマールの契約解除金を2億2200万ユーロ(およそ290億円)に設定していた。スペインでは、あるサッカー球団と契約続行中の選手を買いたいチームがありその選手も契約の解除と移籍を望んだ場合、契約解除金として設定した金額が支払われれば球団は移籍を拒否できない。名目上は選手が支払って契約を解除することになっているが、実際には買い取り希望のチームが契約解除金を立て替えて選手を所有するチームに支払うのが普通だ。それが事実上の「移籍料」ということになる。バルサとしては、いくらなんでもここまでの大金を払えるチームは無いだろうと踏んだのかもしれないが、残念ながらこの金額をポンと支払うチームが現れたのだ。

 サッカー球団パリ・サンジェルマンのオーナーはカタールの王族であり、しかもその資金はカタール国家の投資庁から出ている。つまりカタールの国家戦略としてこのチームに投資しているのである。彼らはおそらくパリを拠点にしてスポーツや文化を足がかりに欧州の社会と経済を動かす巨大なファクターとなろうとしているのだろう。サウジアラビアなどからの制裁を受けても屁とも思わず、トルコやイラン、ロシアなどと上手に付き合って、いずれは、米国と距離を置こうとしている欧州にとって不可欠なエネルギーと資金の供給国となることを目指しているものと思われる(参照:田中ニュース)。相手が悪かった。いくらバルサでも金満アラブの国家プロジェクトには勝てない。

 それにしてもこの金額は突拍子もない。一人のサッカー選手の移籍料(契約解除金)290億円だけでも目を剥くのに、ネイマールへの給料(年俸約39億円)と税金の支払いなどの費用を加えると、5年契約でおよそ650億円の支出となるらしい。しかし金満のカタール国家にしてみれば、それが欧州への大々的な経済進出の足がかりとなると思えば十分に安い投資である。しかし同時に、欧州の一般市民が最も親しんでいる分野の一つで繰り広げられるこういったカネのやり取りは、欧州人の金銭に対する感覚を狂わせてしまうにもまた十分だろう。

 ちなみに、これ以前に欧州で一人のサッカー選手の移籍に伴ってクラブ間で動く金額の最高値が、昨年(2016年)ユベントスからマンチェスター・ユナイテッドに移籍したポール・ポグバ選手の1億500万ユーロだったわけだから、たった1年で一気に2倍以上も上がったことになる。その次が2013年にトットナムからレアル・マドリードに移ったギャレス・ベイル選手の1億100万ユーロ、そして2009年にマンチェスター・ユナイテッドからレアル・マドリードに移籍したクリスティアノ・ロナウド選手の9400万ユーロと続く。

 C.ロナウド移籍のときには欧州の大勢のサッカーファンが目を剥き、もうこれ以上の高い値打ちを持つ選手は出てこないだろうと言われていたが、今となっては彼ほどの大選手にしてはひどく安あがりな移籍だったなと感じるほどだ。そして、まだ噂の段階だが、フランス・リーグに所属するモナコ球団の18歳のFWエムバベが、1億8000万ユーロ(約230億円)でレアル・マドリードあるいはパリ・サンジェルマンに行くかもしれないという報道まで出ている。また思いもよらず大金を手にしたバルサが次にどこの誰を買うのか、大金の動きが次々とどのように波及するのかも大きな関心を呼んでいる。そのうち、2億、3億、4億…ユーロが、将来性はあってもさしたる実績の無い若いスター候補を巡ってポンポンと移籍市場に飛びかうのが当たり前になるのかもしれない。欧州サッカーは「札束がボールを蹴る」グロテスクなショーになりつつある。

 こういった傾向は、2000年に大富豪フロレンティーノ・ぺレスがレアル・マドリードの会長になってフィーゴ、(ブラジルの)ロナウド、ジダン、ベッカムなどの有名選手を膨大な資金で買い漁り「銀河群団」を作って以来、急激に顕著になった。その後、ロシアのオリガルヒでプーチン大統領に追い出されたロマン・アブラモヴィッチが2003年に英国チェルシーを、アラブ首長国連邦の王族が経営する投資企業が2008年に英国マンチェスター・シティーを、そしてカタール投資庁が2012年にパリ・サンジェルマンを、経済的に支配下に置いてからというもの、プロ・サッカーのネオリベラル化はもはやブレーキが不可能な状態になっている。欧州でサッカー球団運営の健全化を図るために設定されたFFP(ファイナンシャル・フェアー・プレイ)のルールはもはや単なるお飾りになりつつある。

 今後は、上記の球団に加え、米国の大富豪グレイザー家の資金で運営される英国マンチェスター・ユナイテッド、ドイツ財界に応援されるバイエルン・ミュンヘン、ひょっとするとACミランやアトゥレティコ・マドリードなど中国資本に支配される球団も加えるべきかもしれないが、そのような「1%」だけが、有名選手を出汁にしたマネーゲームに参加できるような時代になると思われる。このようなネオリベラル経済の権化どもが、他の分野と同様に極端なバブルを膨らませ続け、いずれは伝統的なその他「99%」の球団の運営と経営を破壊し、欧州スポーツ界の土台を形作っている無数の名もない草の根組織を枯らしていくのだろう。ちょうどスペインの建設バブルがスペイン社会を破壊してしまったように。(参照:当サイトのこちらこちら。)

 しかし問題はそれだけでは済まない。サッカーが欧州人にとって極めて身近で関心の高いスポーツであるだけに、こういった傾向が、欧州人のスポーツ、芸術、科学を含む活動全般と金銭とのバランス感覚を麻痺させ狂わせてしまうことが恐ろしい。不動産バブルはスペイン人の行政と経済活動に対するバランス感覚を狂わせてしまった。同様のことが社会のあらゆる分野で繰り広げられるのかもしれない。実際に、筆者の住むバルセロナはいま、狂ったカネの力で住民の生活が破壊されつつある最前線となっているのだ。
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【ツーリスト・ゴーホーム!】



【「旅行者は出ていけ!」の落書き】



【旅行者の狼藉に怒るバルセロナ住民のデモ】

 夏のバカンスの時期に何百万人もの観光客でにぎわうバルセロナやマジョルカ島などの有名観光地で、観光施設などを襲ってその営業を妨害する小集団の行動が大きな問題となっている。たとえば7月30日にバルセロナで外国人観光客用の二階建て観光バスが反ツーリズム運動の一団に襲われて、タイヤをパンクさせられ窓やボディーに「ツーリズムは街を殺す」と落書きされた。また次の日には観光客用のレンタル自転車のタイヤを刃物で裂いてパンクさせ「ツーリズムは街を殺す」と宣伝する人物を映したビデオがSNSを通して広められた。さらにマジョルカ島のヨットハーバーでも数人の反ツーリズム運動の団体が発煙筒をたいて観光客たちを驚かせた。

 バルセロナでは今年の観光シーズンに入ってから外人観光客が使用するホテルが襲われてガラスが割られ落書きされる事件が起こっていた。またこの反ツーリズム運動はバスク州でも盛り上がっている。8月2日にフランス国境に近いサンセバスティアンで街頭に「ツーリストは出ていけ!」の落書きが現れた。さらに8月4日にはバルセロナの自転車レンタルの店でシャッターの鍵穴にシリコン・パテを詰め込んで営業を妨害するシーンがSNS上のビデオで公開され、反ツーリズム運動の盛り上がりをアピールした。

 主要なマスコミや中央・地方の政財界は、一部集団のこういった行動に「ツーリズム・フォビア(嫌悪)」のレッテルを貼り、それこそ嫌悪感をあらわにしている。何よりも、スペインの経済と雇用がツーリズムに大きく頼っている状態だからだ。そのうえ、こういった行動をする集団がカタルーニャ独立運動を進める強硬派CUP(人民連合党)の下部組織の一つArranであり、またバスク州でもバスク独立派の急先鋒である極左集団なのだから、中央と地方の政権担当者たちにとってはなおさらであろう。

 これらのことが単なる狂信的な小集団の過激な活動だけならさほどの問題にはならない。しかし現実には、バルセロナ(カタルーニャ州)やマジョルカ島やイビサ島(ともにバレアレス州)などの観光地で、一部の外国人観光客による住民の生活に対する破壊的な行動が、もはや一触即発と言ってよいほどの状態になっているのだ。彼ら少数派グループの行動の背後には、無秩序に膨らみ続けるツーリズムに対する、膨大な数の住民の激しい怒りが渦巻いているのである。

 ここ数年、スペインへの外国人観光客が猛烈な勢いで増えている。これは、以前なら北アフリカと中東地域に向かっていた大勢の欧米の観光客が、いわゆる「アラブの春」によってそれらの地域で国家と社会が破壊されたために、その代替としてスペインやクロアチア、アルバニアなどに目的地を変更したことが大きな理由となっているだろう。北アフリカや中東での社会と経済の混乱が、一方でこういった欧州諸国に膨大な利益をもたらしている。「アラブの春」が一転して「アラブの悪夢→スペインの春」になっているようだ。(かつて大声で「アラブの春」の応援歌を歌っていた人々がいま何を思っているのかは知らない。)

 スペイン国家統計局によると、今年の1月~6月にスペインで外国人観光客が落としたカネは、昨年(2016年)の同時期に比べて14.8%もの増加を見せ372億1700万ユーロ(およそ4兆8400億円)にも上っている。6月だけでも89億8200万ユーロ(およそ1兆1700億円)に上っており、本格的なバカンスシーズンの7月と8月はさらにそれを上回るとみられる。昨年の観光収入はスペインの国内総生産の約11%を占め、自動車や製薬産業と並んでスペイン経済の「石油」となっている。それがさらに爆発的に増大しているのだ。

 最も大量にカネを落としているのが英国人で全体の21.4%(19億2300万ユーロ)、続いてドイツ人の18.8%(14億300万ユーロ)。この2国がダントツで、第3位がフランス人の5億3600万ユーロと続く。北欧諸国やイタリアからのカネもまた増えている。地域別にはカタルーニャ州が最高で81億8700万ユーロ(約1兆640億円)だがこれは前年度を14.8%も上回る。続いてカナリア諸島の79億700万ユーロ、アンダルシア州の56億1700万ユーロ、バレアレス州の52億ユーロ、マドリッド州の42億3700万ユーロと続く。

 確かに、こういった観光ブームはスペイン人の雇用状況を大きく改善している。ひところは500万人にも迫った失業者数はこの7月に334万人を割り、7月だけでも56000の新たな雇用を作った。そのほとんどが観光業による低賃金の短期雇用に過ぎないが、それでもギリギリ何とか食っていけるだけの収入にありつけるわけだ。実態はお寒い限りなのだが、もちろんマリアノ・ラホイ国民党政権はその状況を“我々の手柄”として大々的にほめそやしている。こんなときに「ツーリスト・ゴーホーム!」などと言われては、たしかに中央や地方の政治家たちや銀行家たちにとっては身も蓋もなくなるだろう。では、「観光バブル」とでも呼ぶべきこういった外人観光客の爆発的な増加が実際に、短期雇用以外にスペイン社会に何をもたらしているのだろうか。
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【街と社会を破壊する観光バブルの実態】

 もう十数年も前から英国人の若者たちはスペインの観光地で鼻つまみ者になっていた。カネ払いが悪いうえに街路で夜中まで酒を飲みドラッグにいかれて乱痴気騒ぎをする、浜辺を乱交パーティーの場にするなど、「旅は恥のかき捨て」などというレベルでは収まらない目に余る行動で有名だったのだ。外国でのアングロサクソンどもの蛮行はサッカーのフーリガンだけではないのである。以前から観光地で最も人気の高い客は、行儀が良いうえに何と言ってもカネ払いの良いドイツ人、日本人、米国人らしい。逆に最も人気の悪いのが英国人とイタリア人だそうだ。それでもまだ2010年くらいまではその迷惑行為・破廉恥行為がいまほど重大な社会問題にまではならなかった。

 2014年の夏である。バルセロナの海岸地区バルセロネタで毎晩なんとも異様な光景が繰り広げられた。英国人やイタリア人を中心にした数百人の男女の若者たちが、毎晩、明け方まで街路で酔っぱらって(おそらくドラッグもやって)奇声を上げ騒ぎまくり、どこででも好き放題に小便をする、ゴミを放りまくる、真っ裸で走り回る、果てはゲロを吐きながら路上に寝込む…。住民の要請でやってきた警察官も手の付けようのないほどの状態が延々と続いたのだ。(参照写真)(参照写真

 彼らが泊っているのは普通のホテルではなく空いている住宅を宿泊施設として使う「民宿」で、そのほとんどが当局の認可を受けない違法なものである。たまりかねた地区の住民たちはこういった不良外国人観光客と違法宿泊施設を強く取り締まるように求め、市当局に対して激しい抗議活動を行った。しかし当時の市政は保守派民族政党のCiU(集中と連合)が握っており、地域住民の生活よりも観光による収入を重要視して、なかなかこのような無法状態に手を下そうとしなかった。

 バルセロネタは老朽化した集合住宅が集まる典型的な下町の地区なのだが、建設バブルがはじけて以来、借り手が無いままになっていた賃貸し住宅に目を付けたのが、Airbnb(エアービーアンドビー、参照:日本語版Wikipedia)などのウエッブサイトと手を組んでそれらを格安の宿泊施設として観光客に提供する業者である。空いた住宅を借りるか安値で購入して簡単な改装を行いAirbnbを通して宣伝するわけだ。もちろんだが宿泊業者としての許可を得ておらず、宿泊施設に必要な備品や緊急用の設備などはそろっていない。

 登記されている名目は賃貸住宅であり、違法な宿泊業は家主が行う場合と借り手の住人が行う場合とがある。家主の場合、観光客の宿泊は「短期間の賃貸」ということになるのだろう。住人の「また貸し」はもちろん違法だが、これは自分の友達だ、親戚だと言われる場合に取締はやっかいだ。こういった違法な営業は、Airbnbと手を組んでの法律の「グレーゾーン」を突いた手軽で巧みなカネもうけ手段として広がり、このほとんど見捨てられていたような地域の利用価値は一気に上がっていった。

 現在のアダ・クラウ市政(親ポデモス系のバルセロナ・アン・コムー)になって、ようやく取り締まりが強化され2000以上の違法宿泊施設に閉鎖命令が出されたが、法的・制度的な不備と取締担当係官の不足は明らかである。住民や警察の努力もあって、その後は騒動が多少は落ち着いていたのだが、2015年から17年の間に押し寄せる観光客の数が半端ではなくなり、違法な「民宿」はバルセロナの歴史的な地域に広がっていった。ホテルなど合法的な宿泊施設の数は限られているし急激に増やすことが難しいのだから、観光客の激増は必然的に違法宿泊施設の激増を示しているだろう。こうして観光客と地域住民との間の摩擦も、シウタッ・ベージャ(Ciutat Vella:中世以前からある旧市街地)とアシャンプラ(Eixample:19世紀に生まれた拡張地区)を中心に拡大していった。

 かく言う筆者もまた外国人観光客による迷惑行為の被害を受けている。筆者の住むアシャンプラ地区については当サイトのこちらの記事に詳しいが、碁盤の目状の道路で区切られたマンサーナ(manzana:リンゴの意味)と呼ばれる1辺100メートルほどの正方形の辺上に並ぶ集合住宅の区域を単位として作られている。筆者の住むマンサーナでも、多くの集合住宅で明らかに住人ではない人々が大勢出入りしている。英語やイタリア語、ドイツ語などが飛びかい、大きな旅行用のカバンを引きずる音が絶えない。礼儀正しく宿泊する人が多数派なのだろうが、しばしば夜中に奇声や大きな物音で眠りが妨げられる。集団で乗り回すレンタル自転車にあやうく引っ掛けられそうになったこともある。

 先ほどのバルセロネタと同様に借り手の無い住宅の家主や借家人となった業者がAirbnbと手を組んで違法な宿泊施設とすることもあるが、不況で収入を失った住人が借りている住宅の部屋を提供する例も多いようだ。この場合にはおそらく口コミやツイッター、フェイスブックなどを宣伝媒体として利用するのだろう。筆者の住む集合住宅にもそういう例がある。宿泊者が礼儀正しい人なら問題は起こらないが、夜中まで騒ぐ、ドラッグでラリって暴れるなどで警察沙汰になることもある。

 それでもまだアシャンプラ地区は一泊の値段が高い方で、やってくる客層が多少はマシだからまだ被害も軽度である。値段の安い旧市街地やバルセロネタなどの地区では英国やイタリア、中南米などから貧乏人の不良外人観光客が押し寄せるため、その行儀の悪さは筆舌を絶する。先日も、バルセロネタ地区の公園のベンチで白昼堂々とセックスに励む外国人観光客、ズボンを下げて尻や陰部を丸出しにして歩く若い男の姿(参照写真)などがビデオに収められ、テレビで全国に紹介された。バルセロナ市内でのこういった観光客の破廉恥行為は市当局や住民の努力で減っていたものの、近年の観光客の激増と共に再び大きな問題になりつつある

 バルセロナと同じく外国人観光客が押し寄せるバレアレス州のマジョルカ島やイビサ島では、白昼大勢の若い男たちが素っ裸で街路を歩きまわる参照写真)、英国人の男女の若者たちが夜中まで酒とドラッグで乱痴気騒ぎをする、男女を問わず路上で小便をするなどの破廉恥きわまりない行動が、今年になって急増している。8月3日には、イビサ島で集合住宅の共有地にある住民用のプールで、泳ぎに来た子供たちの目の前で不良外国人の若者たちが酒とドラッグで乱痴気騒ぎをしでかし、テレビの全国放送でその様子を収めたビデオが紹介された。もはや住民の我慢は限界に達している。

 観光バブルの際限のない膨張はそれぞれの地域の住民にとって耐えがたい苦しみとなっている。「カネが入るから良いではないか」だと? 馬鹿を言うな! こんな迷惑行為と破廉恥行為の被害者たちにカネは来ない! そもそもこの不良外国人どもは貧乏人でほとんどカネを落とさないのだ。落とすのは大量のゴミであり住民の生活と文化を破壊して帰っていくだけである。先ほどのArranのようにツーリストをまるごと排斥するのは行き過ぎだとしても、これらの地域と生活を破壊するこういった不良外国人観光客どもを締め出し二度と来られないように手を打たねば、一般スペイン人の生活はむちゃくちゃにされるだろう。

 ところで、こんな不良外国人観光客の大半がなぜ英国人の若者なのだろうか? これについて、ディアリオ・イビサ紙の論説員で社会評論家のジュアン・ルイス・ファレーは、英国の大資本が経営する旅行代理店が格安で若者相手のツアー(その格安ホテルも大概は英国資本の所有)を大規模に組むからだと語る。彼によれば、これは大英帝国の植民地主義の延長であり、英国の支配階級が国内の不良分子を大量に外国に送り込んでその地の文化と社会を破壊して植民地化していったパターンを繰り返している。確かにオーストラリアなどでは、英国内の犯罪者を手先にした醜悪な侵略で原住民から全てを奪っていった。しかし現在では、こういった英国大資本による格安旅行の企画に加え、インターネットを通して個人で企画できる格安旅行が新たに「侵略軍」に加わっている。

 この不良外国人の「侵略」に対してバルセロナ市のアダ・クラウ市長は本気で動き始めている。昨年(2016年)11月に違法宿泊施設を紹介し続けるAirbnbとHomewayを告発して60万ユーロ(約7800万円)の罰金を科した。その後もなお市当局は4000以上と推定される違法宿泊施設を紹介し続けるAirbnbに対して警告をし続け、Airbnbがようやく協力し始めたことや摘発の係員を倍増させた効果もあって、旧市街地にある1000以上の違法宿泊施設を閉鎖させた。またバレアレス州では「民宿」の数や地域に対する規制を強化しようとしており、マドリードやバレンシアなどの他の都市も違法な宿泊施設の取り締まりに腰を上げている。しかし、こういったいびつなツーリズムが社会に与える悪影響は迷惑行為・破廉恥行為にとどまらない。もっと根本的な生活基盤の破壊にまで進んでいるのである。
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【「札束が住民を蹴り出す街」に変わりつつあるバルセロナ】



【市民のデモ「バルセロナは売り物ではない」の横断幕】


【バルセロナ市民のデモ「街を取り戻そう」】

 いま、バルセロナでは猛烈な勢いで住宅価格と家賃が上昇している。2015年以前なら月700ユーロ程度の家賃の80平米程度の2DK賃貸住宅がざらにあったアシャンプラ地区で、現在は、どの不動産屋の貼り紙を見ても1DKの狭い部屋を除いて1000ユーロを下回る住宅を見ることはない。旧市街地やアシャンプラ地区での家賃の急騰は、その住民を比較的家賃の低い市の周辺部に追いやり、それがまた周辺部の地価と家賃の高騰を招いている。2016年の段階で既に、バルセロナの集合住宅の販売価格がバブル崩壊後の最低のときに比べて2倍に跳ね上がっているのだ。2008年のバブル経済崩壊後に10年もたたずにこんな状況になってしまった原因はいくつかあるだろうが、その最も重大な一つが今までに述べたツーリズムの爆発的な拡大にあることに、疑いの余地はない。

 アシャンプラ地区でも旧市街地と港に近く伝統的に比較的低所得者が多く住んでいるサンアントニの街から、旧来の住民たちが大規模に追い出されつつある。賃貸住宅の家賃が急騰しているからだ。つい数年前まで500~600ユーロだった家賃はすでに1000ユーロ近くにまで跳ね上がっており、とうてい貧乏人が払えるレベルにはない。昔からの集合住宅の家主なら住民を良く知っているのでいきなり無茶苦茶な値上げをすることは少ないが、新たに所有権を手にした家主なら遠慮容赦もない。

 決してバルセロナ市民の経済状態が家賃の高騰に耐えることのできるほど大きく好転したわけではない。労働者の平均賃金はほとんど上がっておらず、失業していた人々が新たに職を手に入れてもほとんどの場合が低賃金で不安定な短期雇用である。まして年金生活を送る老人たちは少しでも家賃を上げられればそこで生きていくことができなくなる。にもかかわらず家主たちは、なぜ家賃を大幅に上げて借家人に出ていかれても採算がとれると踏むのだろうか。

 筆者の住宅の向かい側に見える集合住宅の話だが、10軒ほどある住宅のうち6軒が4年ほど前にいきなり改装工事を始めた。おそらく所有者が変わったのだろう。改装工事が終わったら貸し出しを開始した。以前には700ユーロ台の家賃だったが1200ユーロ前後にまで上がっているのである。この地域でこの値段ならたぶん借りる者はいないだろうなと思っていたら、やはりいつまでたっても新入居の様子がない。やがて、どうみても住民ではない人たちが出入りし始めた。どうやら、合法か非合法かは知らないが「民宿」に早変わりしたようだ。筆者の住宅の隣にある集合住宅でも、3年ほど前から大きな旅行カバンを持って英語など外国語をしゃべる人々がしょっちゅう出入りしている。同様の例はアシャンプラ地区にいくらでもある。

 不況開始以来の不動産価格と家賃の下落に悩んでいた家主が、観光ブームとインターネットを通した「民宿」の広がりを見て、住宅の家賃を上げて借主がそれに応じれば賃貸を続け、応じなければ出ていってもらって「民宿」にすればよい、という強気な姿勢を取り戻したのかもしれない。あるいは、初めからその目的を持った業者が住宅を買い取って新たな家主になった、ということである。

 筆者が散々悩まされていることだが、聞いたこともない不動産業者からいきなり電話がかかってきて「住宅を売ってくれ」と言われる。「俺は家主ではないので知らん」と答えると「では家主が誰か教えろ、不動産屋はどこだ」とくる。「知るか!ボケ!」といった調子で電話を切るのだが、実にしつこくいろんな業者から電話がかかってくる。家主を知ったら札束攻勢で購入して新たな家主になる予定なのだろう。先ほどのサンアントニの街でも、このような手を使っての住宅買い取りがわずかな期間のうちに大規模に進んでいる。とうてい街の小規模な業者にできることではない。そもそも地元の不動産業者ならどの集合住宅をどこが扱っているのかすぐに調べられるはずであり、地元の事情に不案内な者たちがやっているのである。そしてこのような激しい動きの背後には外部の豊潤な資金を持った者たちが控えているはずだ。

 それに加え、もっと大規模に1棟の集合住宅を丸ごと買い取って住民を追い出しホテルに改装する複数の例を、筆者は身近で見ている。バルセロナ中の1950年代以前に作られた地域で同様のことが激しく進行中である。旧市街地やアシャンプラ地区など、市内の歴史的な地区で、外国からの投資による集合住宅の買い占めが進んでいるのだ。直接にそれを行うのは地元のホテル業者・不動産業者と投資会社だが、それらは主要に英国とフランスの投資会社が資本を出しており、イスラエル資本やアラブ資本も入っている。買い占めの目的は、丸ごと改装して高級ホテルにする、あるいは住宅の1戸1戸を英国やフランスやドイツの金持ちたちの別宅として高値で転売することである。どうやらバルセロナは、ヨーロッパの中で金持ちたちが別宅を持ちたい都市の3~4番目の地位にあるらしい。

 いまバルセロナ市内で地元の平均的な人々が購入・賃借できる集合住宅の数が激減している。外国の大規模投資家たちがこの街の住宅によだれを垂らしているのだ。エル・ペリオディコ紙は、この街の建物の魅力を紹介するニューヨークタイムズ紙の記事を示しながら、この状態を「いまバルセロナは神戸牛のステーキである」と表現する。バルセロナにある集合住宅の購入目的の40%は投資なのだが、要するに「持てる1%」のカネへの欲望のために我々一般住民が「住宅難民」にならねばならないというわけだ。政権担当者やマスコミから「ツーリズム・フォビア」と攻撃される連中が言う通り「ツーリズムは街を殺す」。しかし問題はツーリズムだけではない。ツーリズムを含めた歯止めのないネオリベラル資本主義による街と住民生活への侵略が根本問題なのである。

 スペインでは通常、賃貸住宅の契約は5年ごとに行われる。もし筆者の集合住宅で支払いに堪えられないほど大幅に家賃を上げられるなら、筆者も出ていかざるを得ない。現在の家主は昔からの所有者であまり無茶なことはしないだろうと思うのだが、高齢なので契約改定以前に亡くならないことを祈っている。同時に筆者としては、その間に旅行バブルと投資ブームが終焉することを祈らざるを得ない。しかしそのためには、違法な宿泊施設を根絶して不良外国人観光客を一掃し、この街の住居用建築物への新たな投資を厳しい条件を付けて制限し、すでに投資目的で購入された物件には特別な高額の税金を課するなどの手段が必要だ。そのようにしてでも一般市民の生活を守る努力を行政がしなければ、バルセロナは「札束が人間を蹴り出す街」に変化するだろうし、すでに変化しつつある。
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【貨幣神の人類に対する戦争】

 マドリードの国民党政権は、不良外国人観光客による街や地域文化に対する破壊的行動と外国資本による侵略的な動きを後押しするかのように、「ツーリズム・フォビア」に対して「最大限の打撃」を与えると約束した。首相のマリアノ・ラホイは8月9日にマジョルカ島を訪れ、ツーリストの喧騒とは無縁の別荘で休暇を楽しむ国王一家とともにひと時を過ごした際に、ツーリズムは国内総生産の11%を形作り250万の雇用を作っているスペイン経済にとって最重要の産業であると語り、現実に住民が受けている苦悩は無視してツーリズムを攻撃する「ごく少数の過激分子」を激しく非難しその運動を容赦せず孤立させるように求めた。また翌日には「ツーリズム・フォビア」を取り締まる行動を起こすように国家弁護局に要請した。

 当然だがこれは、カタルーニャやバスクの独立派に対する攻撃にもなっている。カタルーニャ独立運動の不可欠な一部をなしているCUPの下部組織がその「ツーリズム・フォビア」の中心になっているからである。一方で同じ独立派でもカタルーニャの保守政党PDECat(欧州カタルーニャ民主党:元のCDCカタルーニャ民主集中)はツーリズムに対しては国民党と全く同じ姿勢だし、PDECatと連立州政府を作っているERC(カタルーニャ左翼共和党)にしても「札束」から住民を守る意識も認識も希薄だ。ラホイの先ほどの発言と同じ8月9日に、カタルーニャ州政府は観光バスを襲撃したArranを裁判所に訴え出た。しかしCUPはArranの行動を「シンボリックなものであり襲撃には当たらない」と擁護している。この問題は独立派内部の亀裂を大きく広げることになりかねない。それを最も喜ぶのはラホイと国民党政府だ。

 「ツーリズム・フォビア」に対して、中央政府は「スペインのイメージを汚す」、カタルーニャ州政府は「カタルーニャのイメージを汚す」と言っている。しかしスペインやカタルーニャのイメージを最も汚しているのは、住民への敬意も礼儀もゼロの一部旅行者とその狼藉の巣となっている違法宿泊施設やインターネットサイトであり、住宅を買い占めて住民を追い出し宿泊施設(合法・非合法を問わず)や別宅にしようとする不動産業者とその背後の投資機関であり、それらの活動を助長し住民の苦痛を政争の道具としか見ない政権担当者たちである。彼らはマモン(貨幣神)に仕える神官とその下っ端なのだ。

 一時的に上がっている就業率やGDP成長率は、歯止めのないネオリベラルの投資活動から滴り落ちる「おこぼれ」でしかない。スペイン人たちがその「おこぼれ」にたかって国土と人心を無茶苦茶に破壊したのが、2007年まで続いた建設バブルだった。同じことがいま観光バブルとなって再び我々の前に登場している。必然的にそれは、山火事後の山林を見るような灰燼と化した社会を後に残すのみだろう。

 当サイト記事『現在進行中 2005年に予想されていた現在の欧州難民危機』で書いたとおり、“ネオリベラリズム”と“グローバリズム”の本名である「貨幣神崇拝」は、地球上のあらゆる文明を押し潰し、人間の精神と生活を破滅させ、全てを単一の市場へと変えていく。その生々しい具体例が、いま、バルセロナ市民と筆者の目の前で展開している。これは貨幣神の人類に対する戦争であり、これこそ真の意味の第三次世界大戦なのかもしれない。
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