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和訳:イズラエル・シャミールの最新記事

雪中のモスクワ、リトゥヴィネンコ毒殺、そしてシリア戦争


 ユダヤ系ロシア人であるイズラエル・シャミールは、私の最も愛し尊敬する作家・ジャーナリストの一人だ。その豊かな教養と語学力、歴史的な悲しみを背負って現代世界の真相に深く激しく切り込みながらも、人間に対する愛情とユーモアを忘れることのない彼の文体は、いつでも私の目と心に限りない滋養と落ち着きを与えてくれる。このサイトでは以下の記事の中に彼の文章の和訳(仮訳)がある。
   
現在進行中 2005年に予想されていた現在の欧州難民危機
   
宿命の三角関係:ロシア、ウクライナ、ユダヤ人
   
動乱のウクライナ:戦争はいつでも起こりうる
   民族紛争の対極にある「ロシア世界」の新たな展開
   ウクライナのファシズム革命
   パラダイス・ナウ あるいは ある秘密諜報員の告白
   アメリカ:あるユダヤ国家

 今回は The Unz Review に載せられた次の彼の最新作に和訳(仮訳)を施してみた。
http://www.unz.com/ishamir/moscow-snowbound-litvinenko-poisoned-and-the-syrian-war/
Moscow Snowbound, Litvinenko Poisoned, and the Syrian War    January 27, 2016

 これは、モスクワに本拠地を置くシャミールならではの、西側報道では決して触れることのできない現代ロシアの様子、ユダヤ人に対するプーチンの意外な側面、最近イギリスによってでっち上げられた「プーチンによるリトゥヴィネンコ暗殺」、そして「難民問題」の元凶となって現在ヨーロッパを破滅に追いやろうとしているシリアの戦争とそれを取り囲む国内的・国際的な状況についてのレポートである。訳文中には必要に応じて原文(英語)の綴りと【訳注】を施した。また訳文中のリンクは原文のままである。また、いわゆる「イスラム国(IS、ISIS、ISIL)」は原文に準じて「ダエシ(Daesh)」と音訳した。なお、私からの「翻訳後記」を訳文の後ろに付けておくので、ご笑覧いただきたい。


2016年2月1日 バルセロナにて 童子丸開

▼▼▼▼▼▼▼(翻訳始め)▼▼▼▼▼▼▼

雪中のモスクワ、リトゥヴィネンコ毒殺、そしてシリアの戦争
イズラエル・シャミール  2016年1月27日
【写真:
http://www.unzcloud.com/wp-content/uploads/2016/01/shutterstock_166350926-600x397.jpg

 ニューヨークタイムズ紙が報じたトップニュースに『石油価格の下落に危機感、一部のロシア人は街路に繰り出す』とある。事実、そのときには何千人ものロシア人たちがモスクワの中央部で行列を作っていた。凍てつく寒さにもかかわらず公園の周囲を長蛇の列が取り巻き、人々は3時間から4時間も冬の気候に耐えながら立っていた。毛皮を着た老婦人、分厚いコート姿の紳士、アノラックを着る若者たちは、全てモスクワや周辺の地方から集まる人たちであった。あなたはこれらの人々について、倒産投げ売りセールで格安商品を手に入るために、あるいは価値を失うルーブルをドルに両替するために、あるいは何でもよいから、これらの絶望した人々が望むだろうと思われる品物を買うために、列を作っていると考えるのだろうか。いやいや。それは、ニュー・トゥレティアコフ(Tretyakov)・ギャラリーで開かれた19世紀末の画家
ヴァレンティン・セローフの回顧展に入場するための列だったのだ。

 ヴァレンティン・セローフ(Valentin Serov)(1865-1911)は、エドガール・ドガやエドゥアール・マネ、あるいはジェームズ・マクニール・ホイッスラーに相当するロシア人なのだが、その名は真冬の鬱陶しさをおしてまで西側の大衆を動かすようなものでもあるまい。彼の絵画は具象的であり、ロシアの古典的な伝統に根ざしたものだが、当時の新しいトレンドに気付いていた。彼はアール・ヌーヴォーの草分けだったのだが、それでも申し分なく人間主義的であった。セローフはまさに、
ウォーホールのカンハーストのサメやプッシー・ライオットの叫び声を好む現代の観念的な玄人筋からは嫌われるタイプのロシアの画家である。その行列についての報道は、上手なでっち上げキャンペーンの成果ではなく、上っ面をなぞった実に低級な作戦だった。いっそのこと次のように書いた方が良かったのだろう。それはロシアの「すばらしい新世界」に反対する ― 女性差別政策への拒否でもよいのだが ー ロシア人の予測不能なデモ隊であった、とか…、ロシア人のキリスト教への狂信性、合法か非合法かを問わない移民に対する反感の露骨な称揚であった、とか…。

 ロシア人たちは、どうしてドイツ人がシリア人を招き入れるのか、なぜアメリカが17歳の少年とセックスをした女性に懲役何年もの罪を着せるのか、役人たちがゲイの結婚を執り行わねばならないのか、人々が自分の十字架を隠さなければならないのか、理解できない。西側の現代的なあり方の全てが彼らを、もしかするとあなた方をも同様にかもしれないが、悩ませるのである。

 総じてロシア人は生活態度において伝統的であり、その国は経済制裁の下で大西洋コンセンサスからはるか遠くに離れていきつつある。親西側ロシア人、つまり「リベラル」(彼らがピノチェットとサッチャー、NATOとイスラエルを称賛しているのでこの用語は極めて誤誘導するものだが)たちは同胞の後進性嗜好に面喰っている。彼らにとってセローフは貧乏人向きの低級な絵描きであり、トゥレティアコフ・ギャラリーはあまりにも庶民的だ。モスクワのユダヤ・トレランス美術館(Jewish Museum of Tolerance)が彼らのお好みの展示会場である。典型的な反応として、著名な「リベラル」アーチストでジャーナリストであるシェニア・ラリーナXenia Larinaは、自分の愛した唯一の行列が1990年にマクドナルドがモスクワに開店した際のものだったと書いたが、彼女の言葉によると「それは文明化された世界への自分たちの入場を象徴するものだった」。プーチンはセローフの回顧展を訪れたが、「リベラル」たちはそうすることでその悪運を封じ込めたというように見なした。彼らの見地では彼が正しいことを何一つできないからである。「これは86%の人々の行列だ」と彼らは言う。それは大統領への高い支持率を意味するのだ。

 ニューヨークタイムズ紙 から見ると、おそらくロシア人たちがそんなことで街頭に繰り出すなどとは考えられなかったのだろう。しかし彼らは予測不能なのだ。彼らが石油価格の下落やルーブルの価値低下の危機を感じていないわけではない。彼らは分かっているし、野菜の価格について不満を言う。しかしその一方で彼らはそれを楽々と切りぬけていくのである。


ユダヤ人がロシアの背後に?

 ヴァレンティン・セローフの最も素晴らしい最も有名な絵画の一つがその回顧展にやってこなかった。「エウロパの誘拐【訳注:リンク」は誘拐されてヨーロッパに連れて行かれたのだ。何十年もの間、その絵はトゥレティアコフ・ギャラリーに展示されていた。しかし激動の90年代にユダヤ人のオリガルヒ【訳注:巨大な政治的影響力を持つ寡頭資本家】ヴィヤチェスラフ・モシェ・カントル(Vyacheslav Moshe Kantor)がそれを手に入れることに成功し外国に持ち出したのである。それは彼にとってはささいなものだった。彼は同時にロシアの産業を掴める限り手に入れたのだ。いまや彼はスイスに居住し、自分自身が猛烈な勢いで増大させた反ユダヤ主義と戦って(!)いる。彼は自分自身のヨーロッパ・ユダヤ人会議をすら持っているのだが、そういった《著名な少数メンバー》の機関はあらゆる傲慢なユダヤ人オリガルヒによって作られているのである。

 彼はその絵を返さなかったし展示のための貸し出しすらしなかったが、モスクワとプーチンにまで通じる自分の道を作り上げた。彼はヨーロッパ人の反ユダヤ主義に不平をこぼし、VVP【訳注:プーチン(Vladimir Vladimirovich Putin)】は、ヨーロッパのユダヤ人たちがシャンゼリゼをうろつき回るヒトラー主義者の大群から逃れることができるよう、ロシアに移住するように招いた。

 1930年代に多くのヨーロッパのユダヤ人たちがロシアに移住したが、それらの中にイスラエルの首相となるメナヘム・ベギンがおり、また私の父もいた。彼らはヒトラーから逃れ、ソヴィエト・ロシアの中に安全な避難場所を作り上げた。だから、そういったアイデアは言葉の響きほどには奇異なものでもない。プーチンは、もしシオニスト国家【訳注:イスラエルのこと】 がまずいことになるならイスラエル人の難民を受け入れるとネタニヤフに約束した。

 ところがこれこそほとんど起こりそうにもない事態なのだ。ユダヤ人たちはパレスチナの隣人たちにとっては危険の元なのだが、その一方でどこにいても危険な目に遭うことがない。ヨーロッパのユダヤ人たちは、イスラエルが彼らを脅迫してアリヤー(Aliyah)つまりイスラエルへの移住者にさせようとするにもかかわらず、実にうまくやっている。 【訳注:この部分ではシャルリ・エブド襲撃事件に対する著者の考え方が述べられているのかもしれない。同様の怪しげな事件は過去にも何度か起こっている。】

 プーチンはそんなばかげた会見を行って、彼が本当にユダヤ人の友人でありたいと望んでいるというように宣言する。問題は、彼が筋違いのユダヤ人と会っていることだ。モシェ・カントルは最も評判の悪いユダヤ人オリガルヒであり、その生涯であらゆるユダヤ人から非常に嫌われてきたのだ。そんな出会いに肯定的な評判のあるわけもない。

 プーチンはロシアのユダヤ人たちとさえもうまくいっていない。ロシアのユダヤ人コミュニティーはソヴィエト時代に消え去った。ユダヤ人の子孫はいるのだが、コミュニティーは無い。プーチンはそれが必要だと思って、コミュニティーを組織するためにチャバド・ハッシヅ(Chabad Hassids)を招き入れた。彼らはニューヨークやヨーロッパからやって来て、ユダヤ人コミュニティーを作り始めた。彼らはその方法を知っている。いま世界中にある数多くのユダヤ人コミュニティーはチャバドの新しい創作なのだ。

 ハッシヅは数多くの不動産取引で成功を収めた。いまロシアにあるそのユダヤ人コミュニティーは非常に豊かで繁栄している。彼らは広大な面積の高価な土地を所有する。モスクワだけでも30のシナゴーグと集会場、世界最大のユダヤ美術館、モスクワのベバリーヒルズとも言うべき新しいセンターであるルブレフカ(Rublevka)を持っている。彼らに欠けているものは一つだけだ。ロシアのユダヤ人がいないのである。みんな、イスラエルに行ってしまったか、その祖先への忠誠を棄ててしまった。

 だからといってチャバド・ハッシヅがもっと多くのシナゴーグを建てることやますます多くの信心深いユダヤ人たちを外国から連れてくるのをやめることはない。彼らは自分たちの伝道活動を行い、ユダヤ人の子孫たちに信心をもたらすと同時に、自分たち自身に富をもたらすのである。彼らは政治的には中立である。決してプーチンへの反対を言わない。彼らは山高帽を被ってプーチンの周りに座る写真を自慢げに見せる。ひょっとすると50年くらいのうちに彼らはロシアのユダヤ人コミュニティーを再建するのかもしれない。しかしそれは、うまくいっても、無益な結果をもたらすだけのように思われる。

 この人工的に作られたコミュニティーの全く外側に、非常に活発な政治的ユダヤ人たちがいて、出版活動、銀行経営、投資活動、テレビ局運営といった、いつもながらのユダヤ的な事どもを行っているのだ。彼らの一部は親プーチン的であり、大統領に対してへつらってすらいる。もしあなたが、プーチンへのむかつくまでに追従的な映画を見ることがあるのなら、それは間違いなくユダヤ人の製作によると知ることになる。その一方で、別のユダヤ人の子孫たちは反対派に回る。左翼も右翼もいる。彼らの誰もチャバド作成のコミュニティーを必要とはしていない。


リトゥヴィネンコ

 私はイスラエル軍ラジオから、モスクワにいるヘブライ語を話すジャーナリストとして、接触を受けた。イギリスの法廷がウラジミール・プーチンその人をリトゥヴィネンコ殺害容疑で告発したことに対して、私がどう考えるのか、モスクワ市民は自分たちの大統領が殺人犯であることをどう思っているのか、という質問である。

 モスクワの人々はそんな話は信じないと私は答えた。プーチンは、少なくとも大統領になって以来は、誰も殺していない。リトゥヴィネンコは、地方都市での組織犯罪を取り扱うFSB(ロシア版FBI)要員として、逃亡するまでは極めて影の薄い人物だった。彼はとうていプーチンの暗黒の秘密に ― もしそんなものがあればだが ― 接近できそうにもなかった。彼への非難は事前にまき散らされていたものであり、非難した者は誰一人としていまだに殺されていない。こういうことだから、ロシア人たちはイギリス人の推測をまともには受け取らないのだ…、と。

 ありがとう、もうそれで十分です、と、ラジオの担当者は慌てて私をさえぎった。あなたはモスクワにいる別の見解を持ったヘブライ語を話す人を知っていますか、間違いなくプーチンが殺したような人物について、とか・・・?

 あぁ!私は外国人ジャーナリストとして成功することがないのだろう。私はいつでも、自分が考えたことや自分が見たものを語り文章にする。編集者たちが望むものとは無関係にである。遠い昔の1990年、私がかつてモスクワに派遣されていたときのことだが【訳注:シャミールはイスラエルに在住中に日刊紙ハアレツの記者として働いていた】、私はユダヤ人へのポグロムがすぐにでも起こりうるのかどうかを尋ねられた。ニューズウィーク紙とタイムズ紙から来た同業の記者たちがユダヤ人への襲撃を警告する内容で記事をびっしりと埋めていたというのに、私はそれを否定する記事を書いた。私はそのようなことを何一つ見なかった。1990年時点でロシアのユダヤ人に対する唯一の危険は、過剰な消費だったのだ。当時、ユダヤ人のオリガルヒたちが権勢を誇るようになったからである。

 あぁ!そんな観察がロシアからの報道における素晴らしい経歴につながることはなかった。モスクワにいた外国人ジャーナリストで成功した者たちは常に災厄の予言者たちだった。KGBの血みどろの支配とマフィア国家について書き送った悪名高いルーク・ハーディング(Luke Harding)のような連中だが、彼はその職業で最高の地位に引き上げられている。しかし私は、読者の利益を考えて、真実にこだわった。

 リトゥヴィネンコの話に戻ろう。ロシア人たちは政治的殺害を競う世界リーグの中に名を連ねてはいない。オバマ大統領は1ヶ月間に、ロシア人たちが一生涯かけて行うよりもはるかに多く、無人機を使って政治的敵対者を殺している【訳注:無人機(ドローン)を用いた殺害については、こちらこちらこちらを参照のこと】。イスラエルの指導者たちはそのリーグ戦を主導している。彼らは自分たちの秩序に従わないあらゆる政治的な人物を殺害する。ひょっとしてあなたは、大変な失敗に終わった1997年のハーリド・マシャァル(Khaled Mashaal)【訳注:パレスチナの政治家→ リンク暗殺未遂事件を 覚えておいでだろうか。カナダの観光客に化けたモサドの要員たちが、スエイクスピア流に、彼の耳の中に毒を流し込んだのだ。しかし彼らは現行犯で御用となった。2004年にモサドは、リトゥヴィネンコ殺害に使われたと思われる同じ放射性物質を用いて、ヤセール・アラファトを毒殺したと推定される。

 このことから、ロシア・ユダヤ人サークルにいる一部の人たちは、リトゥヴィネンコの殺害を彼のかつてのパトロン、悪魔的なオリガルヒであるベレゾフスキー氏によるものだとして描いた。彼は動機を持っており、手段を持っていた。彼がモサドの殺人道具につながる第一級の筋を握っていたからである。

 いまだにどんなイギリスの判事も、暗殺事件やあるいは、モルデハイ・バヌーヌがシモン・ペレス氏の命令で誘拐された際のような誘拐事件の容疑で、イスラエルの首相を調査しようとしたことはない。

 いずれにせよ、リトゥヴィネンコ氏の亡霊がモスクワっ子の美しい眠りを妨げることはない。彼は、生きているときでさえ、人々が注目するような人物でもなかったのだ。


シリア戦争

 シリアでの戦争はうまくいっている。あまりに多くのことがまずくなるかもしれなかったのだが、ロシア軍はハッピーで、シリア人たちとの関係は完璧にはちょっと足りない。軍は自分らの新しい素敵なおもちゃを使いまくる機会を手にしているからハッピーなのだ。遠征軍の士気は高い。シリアの気候はモスクワの中心よりもはるかに良いし、ロシア人パイロットや海兵隊員に対して親切な多くのかわいらしいシリアの少女たちがいる。彼らは兵士たちを楽しませるために有名なロシア・サーカスを呼ぶ計画をすら立てている。ダマスカスもまたは平穏である。ダマスカスの中心部にいるとうっかり間違って安全だという気分になってしまう。間欠的に遠くから響く爆発音がなかったのなら、誰でも戦争のことなど忘れてしまうのかもしれない。

 実際の戦闘はアザズ(Azaz)回廊の付近に集中している。それはトルコとアレッポ(Aleppo)にいる反乱武装勢力とをつなぐ幅の狭い地域である。そこは、場所によっては4マイルにまで狭まっているのだが、ロシアの空からの支援があるにもかかわらずシリア(政府)軍は奪うことができない。全ての作戦の成功のために、この回廊を奪い取り補給路を断つことが決定的に大切なのだが、激しい政治的な集中攻撃と軍事的な困難さがあるのだ。

 最近のラブロフ【訳注:Lavrov、ロシア外相】 とケリーとの会談で、このアメリカの国務省長官はロシア外相に対してアザズ回廊から手を引くように6度にわたって懇願した。アメリカ人たちはロシアの勝利を見たくないのだ。一方でトルコは、もしこの回廊がふさがれるならシリアに侵攻すると脅迫している。クルド人たちはシリア軍を援助してこの回廊を断ち切ることができるかもしれないが、彼らはそんな血まみれの危険な対決に突入したくない。彼らはむしろじっと座って誰かがその作業をしてくれるのを待っている。

 クルド人たちはトルコが国境線を超えて攻め込むことを恐れており、あまり過剰にトルコを刺激したいとは思わない。彼らはアサドの勝利から得るべきものが多いとは感じていないのだ。シリアのキリスト教徒たちは私に、クルド人たちは自分の領地に行ってダエシ(Daesh)勢力を銃撃しそうすることでキリスト教徒に対するダエシの激しい仕返しを導き出しているのだ、と語った。これがシリアの宗教・宗派の現実であり、この国ではシリア軍だけが国内のあらゆる場所で戦っているのである。

 脅迫と強要が軍の前進をとどめることはないだろうが、アザズ回廊を奪うことはいずれにしてもとんでもなく困難な作業である。反乱者たちは塹壕にたてこもり、イスラム主義者たちは軍の攻撃力を奪うために自爆攻撃を用いる。彼らは地下深く通路を掘った防御線を張り、ロシア‐シリア同盟軍は、せいぜい極めてわずかずつしか前進できない。

 シリアの兵士たちは疲れているとロシア人たちは言う。彼らは激しい戦いをしたくないのだ。シリアのムクハバラット(Mukhabarat:諜報機関)は非常に重要な独立したプレーヤーで、ロシアとイランがシリアを保護せざるを得ないと信じている。この態度はシリア軍の中に沁みわたっている。彼らは、クルド人と同じく、じっと座って待つことを望んでいる。徴兵の危機にある若い男たちはドイツやスウェーデンに行きたがる。これは、そういったオプションが存在する世界初の戦争なのだ。

 いくつかの場所ではロシアのスペクナズ(specnaz:空軍特殊部隊と海兵隊)が反乱者たちを追い払ってその場所を奪い、それらをシリア軍に引き渡したのだが、しかしシリア軍はその場所を維持することに失敗し、最初の敵の砲撃で撤退してしまった。

 あるイラン人の部隊は攻撃を試みて大きな敗北を喫した。一部のイラン人部隊が大勢の死者を出して、それ以来イラン人たちは軍事アドバイザーとして動くことを好んでいる。彼らはいまだに地位の高い者たちを含む多くの戦死者を出している。一部の情報源によると、イランはシリアでの戦争に年間100億ドルほどを費やしているのだ。

 ロシアの地上軍はおよそ2000人の兵士と将校であると推定される。彼らはラタキア(Latakia)地域の防衛に必要である。ロシア人とイラン人たちがこの戦争に勝つためにはもっと多くの部隊を投入しなければならないだろうが、しかしそんなことは起こりそうにもない。

 ロシアの空爆はある方向ではうまくいっている。それは多くの反乱グループに和平を確約させた。爆撃の以前には、彼らはアサド政権とのいかなる取引をも拒否していたのだ。いまや、彼らは紛争を平和裏に収めようとしている。私が以前のレポートの中で書いたように、ロシア空爆の真の目的は反乱者たちに対して平和的な解決を強いることである。ただし、ダエシとアル・ヌスラのような一部の反乱者たちはその説得に対する強い免疫性を持っているようだ。

 ロシア人とアメリカ人はダエシとはあまり激しく戦っていない。あたかも自分たちが介入の正当化のために利用した勢力を滅ぼすことを恐れているかのようである。パルミラ(Palmyra)に進攻しようとするシリア軍の試みはダエシによって跳ね返された。デイール・アル‐ゾウル(Deir al Zour)でのダエシの反撃は大量の住民虐殺を伴った。シリア軍はそれを食い止めたが前進はできなかった。したがって、戦争の終結のためには政治的な解決が緊急に必要とされるように思える。

 二つの反乱武装勢力についての交渉が国内と国際的なレベルで進行している。国内では、ロシアのコミッサール【訳注:commissar:ソ連時代に共産党から派遣された軍の教育担当官】 たちが各地域の反乱指揮官たちと会い、立場を変えるようにと彼らに説得を試みている。国際的にはロシア外交部はアメリカ、ドイツ、トルコ、カタール、サウジアラビアの外交官たちと来るべき会議の日程や顔ぶれについて議論をしている。

 私は反乱勢力指揮官との会合の任務に派遣されるあるロシア側代表者と会ったことがある。彼は私に、反乱者たちはバシャール・アサドは信用しているが軍人や諜報員たちを信用していないと語った。反乱勢力と軍人たちとの間に多くのひどい流血があるのだ。反乱者たちはロシアの仲介者に、またロシアの軍人たちにすらよりすがっている。彼らは、そうしないとアサド軍が約束を裏切るだろうと言うのだ。(イスラム過激主義者たちを除く)反乱者たちは戦争から逃れる道を探し求めているのである。

 国際的なレベルでは、ロシアとそれ以外との間で厳しい取引がある。モスクワが交渉の中心軸になっている。全ての中東地域の支配者たちとヨーロッパの高位外交官たちが、最近シリア問題を議論するためにモスクワを訪れた。

 それらの中にカタール首長国の代表がいたが、彼はロシア大統領に対して非常に丁寧で親切だった。彼はシリアでのロシアの権益を尊重すると約束した。プーチンは彼にすばらしいハヤブサをプレゼントしたが、アサドへの支持については譲らなかった。

 ロシアがアサド退陣を要求するという多くの噂があった。それらの噂は普通はロシアの反政府系新聞に現われるものだ。私がロシアの高官たちから教わったところによると、それらはロシアとシリアの関係の破壊を画策するために作られた噂に過ぎないとのことである。ロシアは、少なくともシリア国民が他の支配者を選挙で選ぶまでは、アサドを支持する。

 シリア和平交渉は1月25日に召集されると考えられていたが、このような文脈の中で、そのときに開かれることはなかった。誰が出席するのか明らかではないのだ。トルコはクルド人の参加に反対している。サウジアラビアはモスクワが認めた一部の者たちを拒否しており、アメリカは基本的にサウジのリストを支持している。【訳注:このシリア和平交渉はクルド人抜きで1月29日にジュネーブで始まったが、最初からロシアとトルコによる主導権争いが激しく、予想通り難航しそうである。】

 和平の最大のチャンスは消耗の具合がどれほどかにかかっている。シリア人たちは戦争に疲れ果て、ロシアの介入によって反乱者は自分たちが勝利できないことを理解した。彼らはいま交渉を行おうと試みているが、それは同時に時間稼ぎの作戦でもある。

 しかしながら、今までのところロシア人たちにはバシャール・アサドを救うという決定を後悔する理由が無い。シリアは東ウクライナよりもずっと楽しくその気候はより良いのだ。

▲▲▲▲▲▲▲(翻訳ここまで)▲▲▲▲▲▲▲ 

【翻訳後記】

 私がロシア・ウクライナ問題や中東問題などを取り扱う場合、RTニュースやスプートニクといったロシア系メディアに頼ることが多い。それは、私が住む西側世界で圧倒的に(というよりも「それ以外の見解を許さない」勢いで)響き渡る西側メディアの論調とのバランスを取るためだ。しかしロシア系メディアやRress TVなどのイラン系メディアにしても、しょせんはそれぞれの国家を背負ったプロパガンダ機関に過ぎない。我々に本当に必要なものは、そういった勢力の地政学的な戦略とその利害から離れた独立したジャーナリストの視点である。

 イズラエル・シャミールはロシア、ヨーロッパ、イスラエル、アラブ諸国、ユダヤ人、イスラム教徒、キリスト教徒の、いずれの事情や歴史と文化にも精通し、しかもプロパガンダとしてのジャーナリズムを知ったうえでそのあり方を拒絶する、数少ない人物の一人である。

 その記事を読めば誰にでも分かることだが、彼は、大地を自分の手で耕し、街路を自分の足で歩き、自分の額に汗を垂らして生活する民衆の利害とその視点から、離れることができない。訳文中で本人も述べている通り、ジャーナリストとしてのいわゆる「出世街道」から外れざるを得ない人物なのだろう。その理知とウイットに溢れた文章を支えているのは、「左翼」によくある安物の正義感とは無縁の、土の下から萌え出る雑草のような人間の生命力なのだ。

 シャミールがロシア大統領ウラジミール・プーチンについて語るとき我々は、特に彼とユダヤ人たちとの関係について、彼のようなユダヤ系の人士でなければ知りえないし知っても公表できないような多くの事柄を、学ばせてもらうことができる。このロシア大統領が、「新たな冷戦」を盛り上げたい人々が悪魔化するプーチンでも、あるいは理想的な政治家として崇拝されるプーチンでもない、思いがけない人間の顔をして現われてくる。それはいつも両側のプロパガンダに曝される我々(多くの人にとっては西側のものだけだろうが)にとって常に新鮮で興味深いものだ。(参照:『
宿命の三角関係:ロシア、ウクライナ、ユダヤ人』、『民族紛争の対極にある「ロシア世界」の新たな展開』)

 イギリス国家とそのメディアによる「リトゥヴィネンコ暗殺」のおとぎ話は、著者の言う通り、はっきり言ってどうでも良いレベルのものだ。イギリス国家はそれをロシア悪魔化のネタとして利用するタイミングを探していただけだが、このヨーロッパ崩壊の危機にそれを打ち出したのは「ばかげている」の一言だろう。イギリスにすればアメリカにへばりついておけば(金融機関は元から一体だが)済む話だろうが、大陸ヨーロッパにとってはロシアとの協調が最終的に必要不可欠である。この悪魔化はほとんど何の力も持つまい。

 ヨーロッパの人々は、自分たちの伝統的な共同体を破壊しつつある「難民問題」の根底に、NATO主導による中東・北アフリカの不安定化策動とそれを利用して「新オスマン帝国」の野望を追及するトルコがあることに、徐々に気付き始めている。あのNATOの卑屈な下女と化した挙句に自国民から見捨てられつつあるドイツ首相アンゲラ・メルケルですら、「シリアに平和が戻り、イラクでイスラム国が打倒されれば」難民たちが自分の国に戻るだろうという「期待」を語るようになったようだ。さて、シリアの和平を全力で妨害し続けるトルコとそれを支えるアメリカに、ドイツがどこまでの力を発揮して平和への障害を取り除くことができるだろうか? がんばってや!オバチャン!

 シャミールが書いている通り、シリア北部にある大都市アレッポがいつアル・ヌスラ戦線(アメリカ・ネオコンが全面支援するアルカイダ組織)の支配から脱出できるのかが、シリアの平和復活にとって最大のポイントである。ロシアのミサイルにとってはアレッポとトルコと結ぶアザズ回廊のを破壊することなど難しくはなかろうが、そうすればトルコがシリア領内に軍事侵攻すると脅しをかけている。ロシア空軍機墜落事件でも分かる通り、アメリカの威を借るトルコはNATOとの全面戦争を望まないロシアの弱みをしっかりと握っており、アル・ヌスラへの物資補給とダエシとの石油密輸取引を死守しているのだ。

 ヨーロッパを破滅に導きつつある「難民問題」を最小化し「致命傷」になることを防ぐ方法は、中東・北アフリカ地域での平和の確立と国家・社会の再建、そして「難民」の帰還以外にはあり得ない。私が今まで当サイトで書いてきたとおりである。ヨーロッパで「難民受け入れ」を主張する勢力と「難民排斥」を主張する勢力が衝突しているが、私に言わせれば茶番劇である。彼らは共にヨーロッパ社会の崩壊を促進している。

 ヨーロッパの民衆が向かうべき真の敵はアメリカに主導されたNATOとそれを背後につけるトルコだろう。アル・ヌスラ(アルカイダ)にせよダエシにせよ、彼らの全面的援助が無ければ半年もその存在を保つことができまい。それが分かるからこそ、西側メディアはロシアとシリア政府を悪魔化し、「出世街道」を歩きたいジャーナリストと知識人がヨーロッパの真の敵から目をそらせるプロパガンダに精を出すわけである。

 最後に、だからといってシリアのテロリスト施設を爆撃するロシア軍を「神の軍」か何かのように考えるのは見当違いだ。シャミールは「軍は自分らの新しい素敵なおもちゃを使いまくる機会を手にしているからハッピーなのだ」と冷ややかに語るが、ロシアはこの戦いをロシア製兵器の「展示場」として利用している面がある。スプートニクのニュースを見続けていると、ロシア空爆が始まって以来、特にインドなどのアジアの国々で「ロシア製兵器の購入契約」が増えているように感じる。またシャミールが言うように、兵士にしてもロシアやウクライナにいるよりもはるかに居心地が良かろう。

 著者はロシア軍から反乱勢力説得のために派遣される使節をわざわざソ連時代の「コミッサール」という言葉で皮肉っている。決して全面的な美化のできない存在であることに間違いはない。もちろんだがロシアだけではなく、シリア政府軍と諜報機関、反政府勢力、クルド人、また逆の立場にあるトルコ、アメリカ、サウジアラビアと湾岸諸国、そして中東地域破壊実行部隊としてのアル・ヌスラ、ダエシなどは、それぞれがそれぞれの自分勝手な思惑と願望でこの「チェス盤」の上に登場しているのだ。

 それでもシリアでのロシア軍の存在は、いまのところだが、イラクやアフガニスタンでのアメリカ軍の存在よりは、はるかに正当化されうるものだろう。後者は地元の民衆に警戒され憎まれ、指導者たちは面従腹背を続けている。少なくともロシア軍は、軍事同盟を結ぶ国の政権担当者からの正式な要請を受けてその国に存在しているわけである。米欧の国々の軍は、すでに空文化されているとはいえ、国連憲章と国際法に対して明白に違反しているのだ。

【翻訳後記ここまで】

 

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