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イズラエル・シャミール著:全訳

動乱のウクライナ:戦争はいつでも起こりうる

 ウクライナの紛争が大規模な戦争に、ひょっとすると核兵器使用を含めた世界戦争にまで発展するのだろうか? 様々な見方があるのかもしれないが、大規模な戦争と破壊をぜがひとも必要とする者たちが実際にアメリカとヨーロッパの権力を握っている限り、その危険性が広がることはあっても決して消えることはあるまい。「反戦・平和の世論」などこの破壊者どもの前では最初から存在しないも同然だろう。この者たちこそが「国際世論」という名の戦争プロパガンダを創作し操作しているからである。

 この者たちの中心にいるネオコンとそのパトロンである大富豪集団にはユダヤ系の者が多くいるのだが、ユダヤ人の一人として常にこれらの殺人者・破壊者と対峙し告発し続けるイズラエル・シャミールの文章は、同様の立場であるミシェル・チョスドフスキーやジェイムズ・ペトラスのものと並んで、私のサイトでもしばしば取り上げている。今回は5月17日付のGlobal Researchに寄せられた次の文章を和訳(仮訳)してみた。
Ukraine in Turmoil. War May Come at any Time
http://www.globalresearch.ca/ukraine-in-turmoil-war-may-come-at-any-time/5382740
By Israel Shamir   Global Research, May 17, 2014

 この著者もやはり全面戦争の危険性が高まりつつあることについて触れている。この文章ではウクライナを巡る情勢を「チキンレース」にたとえている。これは、ご存じの人も多いだろうが、2台の自動車を正面衝突するように走らせて、衝突の直前によけて事故を回避させると「チキン(臆病者)」と非難されて敗者となる乱暴なゲームだ。筆者は「図太い神経と鈍いイマジネーションを持つ者」がこのゲームの勝者となるだろうと語るが、アメリカのネオコンほどこの形容にうってつけの者たちはおるまい。そしてシャミールは、プーチン大統領が、このチキンレースを受けて立つのか回避してロシアの発展に専念するのかの、厳しい選択を迫られていることを述べている。

 以下にその訳文を掲げ、私からの補足や見解などは【訳注】の形で添えておく。(赤文字下線部をクリックすればその注釈に飛ぶことができる。)いつもながらではあるが、ロシアで生まれ育ちその歴史と民俗性に精通する作者の深く幅広い視野には感服するのみである。
 なお、本文についてと注目最新情報を加えた私の方からの「翻訳後記」 を最後に付記しておきたい。

2014年5月23日 バルセロナにて 童子丸開

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動乱のウクライナ;戦争はいつでも起こりうる
イズラエル・シャミール著
Global Research 2014年5月17日


 このごろキエフにいるのは楽しいことではない。革命の興奮は去り、新たな顔ぶれと腐敗の終了と経済発展に対する希望は萎えてしまった。マイダンの通りの反乱とそれに続くクーデターは同じ顔ぶれのトランプを配り直しただけのものであり、権力のたらいまわしが延々と続く。

 新しい臨時大統領は今まで臨時の首相とKGB(ウクライナ語で「SBU」と呼ぶ)の最高責任者をしてきた者である。新しい臨時の首相は外相をしてきた者だ。数日中に「選挙で選ばれる」大統領に最もなりそうな大富豪は、外相であり国立銀行の総裁、そして2004年(ユシチェンコを大統領に据えた)と2014年(自分自身を大統領に据えつつある)の2度のクーデターで私的に会計役を務めた人物である。彼の最大の競争相手は、2010年に選挙で敗れるまで何年も首相を務めたムメ・ティモシェンコだ。

 これらの者たちがウクライナを現在の惨めな状態に貶めたのである。1991年にはウクライナはロシアよりも豊かだった。今日この国は、この者たちの運営の失敗と窃盗のために三倍も貧しくなっている。いま彼らは昔ながらのトリックを計画している。ウクライナの名において借金をし、現金を懐に入れて国に債務を負わせたままにするのだ。彼らは国家機関を西側の企業に売り飛ばし,NATOの介入を求めてその投資を保護してもらうのである。

 彼らは鉄拳に頼むあらゆることをやる。ブラック・ガード、つまりネオナチ右翼セクターの新たなSSもどきの武装部隊が、国土を徘徊している。この者たちは反対派や活動家やジャーナリストを捕まえ、あるいは殺す。「私営」企業アカデミー(かつてのブラックウォーター)に所属する何百人ものアメリカ人兵士が、東部と南東部の親ロシア地域であるノヴォロシアに散らばっている。IMFが命令する改革は年金を半分に削り家賃を倍にした。市場ではアメリカ軍の配給食糧が地元産の食品に取って代わった。

 新しいキエフ政権は議会から共産主義者を追放することで最後に残っていた民主主義を叩き落としてしまった。これはアメリカをもっと大喜びさせるに違いない。共産主義者を追放し、NATOに志願し、ロシアを呪い、ゲイの行進を手配し、そしてもう、何十人もの市民を生きたまま焼き殺すことに至るまで、何でもやって構わないのだ。そして彼らは実際にそうしたのである。

 その最も苛酷な抑圧が工業地帯であるノヴァロシアに発動された。そこの労働者階級が大勢の大富豪とウルトラ・ナショナリストたちの全てを嫌悪したからである。オデッサの焦熱地獄とメリトポルの街路で起きたでたらめな射殺の後で、ドネツクとルガニスクという二つの反抗的な地区は武器を掲げてキエフ政権からの独立を宣言した。彼らは戦火の下に曝されたが降参しなかった。ノヴォロシアにある他の六つのロシア語圏工業地域は即座に恐れをなした。ロシアは介入せず反乱を支援しなかったために、それを「裏切り」とつぶやくウクライナとロシアのロシア・ナショナリストたちの激しい悲嘆をもたらした。マッケインとブレジンスキーの好戦的なレトリックによればそんなところだろう。



 他者の尊厳を重視するプーチンの態度はいらだたしいほどだ。あなた方にはこれがジョークに聞こえるだろうと分かっている。プーチンは新しいヒトラーであるかのように実に数多く言われてきたからである。実際のところ、プーチンはシークレット・サービスの仕事をする以前には法律の研さんを積んできた。彼は国際法に口うるさい。彼のロシアが他の国々に干渉したことは、アメリカはもとより、フランスやイングランドよりもはるかに少ない。私は彼の上級顧問アレクセイ・プシュコフ氏に、どうしてロシアは、キエフがアメリカとヨーロッパの高官たちと一緒にうるさく飛び回っている間に、ウクライナ人の心に影響を与えようとしなかったのかと尋ねた。彼は行儀のよい日曜学校の生徒みたいに「干渉することは間違いだと我々は考える」と答えた。プーチンの顧問たちが公衆の感情を判断しそこなっているのはありそうな話だ。「ノヴォロシアの民衆は新しいキエフの政権が好きではないが、政治的には受身的で保守的だからその支配に従うだろう」と彼らは推測した。「反乱は大規模な支援が無い限り火付け役の小さな枝にすぎず、それらに頼ることはできない」、これが彼らの見方だった。そのために、プーチンは反乱者たちに住民投票を―「突き飛ばせ」の丁寧な言いかえとして―無期限に延期するように、アドバイスしたのだ。

 民衆は彼の要求を無視し、きわめて平然とそして確信を持って、崩壊しつつあるウクライナからの離脱を求めて大規模に投票した。投票率は予想よりもはるかに高く、ほとんど全員に近いほどの支持を得た。クレムリン内部の者が私に語ったことなのだが、このような展開はプーチンの顧問たちによっては予想されなかったのだ。

 おそらく顧問たちは正しく読んでいたのだろうが、三つの展開が投票者たちの心を変化させ、この穏やかな人々をバリケードと投票所へと運んでいったのだ。

 1.第一に、 オデッサの灼熱のホロコーストである。そこでは平和的で不注意にも武装していなかったデモ隊の労働者たちが政権の暴漢ども(イランのbasijに当たるウクライナ人)からいきなりの攻撃を受け、労働組合本部のビルに追い込まれた。ビルは火を放たれ、そして極右の親政権派ブラック・ガードは逃げようとした人々を効果的に狙い撃ちすべく狙撃手を配置した。およそ50人の、多くが年配者のロシア語を話す労働者だったのだが、生きたまま焼き殺されるか窓やドアを求めて脱出しようとした際に射殺された【訳注1】。この恐怖すべき出来事は、その同胞の殺害を「害虫を焼き殺した」と形容するウクライナのナショナリストたちにとって、大笑いと娯楽の場となった【訳注2】。この火あぶりの刑はユダヤ人の大富豪で実力者のコロモイスキーの突撃隊によって為されたと言われているが、この男はオデッサの港をほしがっていたのだ【訳注3】

 2.第二には、2014年5月9日のマリウポルの攻撃である。この日はロシアとウクライナでは「勝利の日(V-day)」として記憶される(西側諸国では5月8日に祝われるが)。キエフ政権はあらゆる「勝利の日」の祝賀を禁止した。マリウポルでは、ブラック・ガードが平和で非武装のこの街を襲い、警察本部を焼き討ちして、祝賀のデモに対する抑圧を拒否した地元の警察官たちを殺したのだ。その後に、ブラック・ガードのならず者たちは街頭に装甲車を繰り出して市民を殺害し財産を破壊した。

 西側諸国は抗議の声を全く発しなかった。ヌーランドとメルケルは、それがヤヌコヴィッチによる群衆支配の臆病な試みであったとして、この大量殺人に心を痛めることはなかった。これら二つの地域の人々は見捨てられたと感じた。彼らは、自分たちを保護し救済する者が自分たち自身を除いては誰もいないことを悟り、投票に向かったのだ。

 3.第三の展開は、 奇妙に聞こえるかもしれないが、ユーロビジョンの判定がオーストリアの異性服装倒錯者であるコンチータ・ウルストを歌謡コンテストの勝者に選んだことである【訳注4】 。ノヴォロシアの人々はそんなヨーロッパの一部になどならないでおこうと決めたのである。

 実際にはヨーロッパ人たちも またそれを望んでいない。 イギリスの視聴者の大部分がポーランドのデュオでWe Are Slavic(私たちはスラブ人)を歌ったドナタン&クレオ(Donatan & Cleo)をより好んでいた事実が発覚してしまったのだ。ドナタンはロシア人とのハーフであり、過去にIndependentという歌で汎スラブ主義の美徳と赤軍の成果を称賛して物議を醸してきたのである。政治的に正しい(politically correct)審査員の判定は「寛容さを祝賀する」ことを選んだ。これがヨーロッパに押し付けられた支配的なパラダイムだった。これは、このまさに政治的なコンテストで優勝した二人目の異性服装倒錯者である。最初の者はイスラエル人の歌手ダナ・インターナショナル(Dana International)だった【訳注5】。 このような性的倒錯がロシア人やウクライナ人に受け入れられることはなかった【訳注6】

 ロシア人たちはウクライナに対する見方を新たに調整したのだが、彼らは軍隊をこの二つの反乱共和地区に投入する意図を持たない。ドラマチックな進展が彼らを突き動かさない限りは。


ロシアの計画

 想像してほしい。あなたは夜のブロードウエー鑑賞のために着飾っている。ところが周りの人々が激しい喧嘩をしており、ショーやディナーや、ひょっとするとデートをも楽しむどころか、トラブルを避けるために拳銃を構えなければいけない。これがウクライナの動乱に関してプーチンの置かれた位置だった。

 何カ月か前に、 ロシアは非常に文明化された第一級のヨーロッパ国家になるために、そしてそのようなものとして見られるように、大変な努力を払ってきた。それがソチ・オリンピックのメッセージだったのだ。一流の世界の一員として、ピョートル大帝がかつてやったような、ロシアの再評価、新たな復活 : 強力なヨーロッパの伝統を持ち、レオ・トルストイとマレーヴィチの、チャイコフスキーとディアギレフの国、芸術の地、斬新な社会改革の、技術的な成功の、近代と未来にまたがる驚くべき国―それはシコルスキー・ヘリコプターにまたがったナターシャ・ロストヴァ【訳注7】 のロシアなのだ。プーチンはその映像を放送するために600億ドルを使った。

 古狐ヘンリー・キッシンジャーは賢くもこう語った

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 プーチンはオリンピックに600億ドルを使った。彼らは祝宴を開きそして閉じた。ロシアを普通の先進的な国であると見せつけながらである。だから、彼がその3日後に自らの意図でウクライナへの攻撃を開始するなどあり得ないことだ。疑いも無く…、いつでも彼はウクライナが従属的な地位にあることを望んでいた。そして私があったことのあるどの高齢のロシア人でも、ソルジェーニツィンやブロドスキーのような反体制派ですら、どのようなときでもウクライナをロシアが受け継いだ資産の一部であるかのように見ていた。しかし、私は彼がいまそれを表に立てるために計画を練ったとは考えない。
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 しかしながら ワシントンの鷹どもは、ロシアを凍てつく戸外に放り出しておくためのあらゆる手段を採用する決意をした。彼らはこの「普通の先進的な国」というイメージを恐れたが、それ自体、ロシアがNATOを無意味なものと見なしヨーロッパのアメリカへの依存を台無しにするかもしれないものだったのだ【訳注8】 。 彼らにはシリアでの対決によって閉ざされてしまったヘゲモニーを奪還することについて迷いはなかった。彼らはウクライナでのロシアの立場を攻撃し、暴力的なクーデターを計画し、サッカーファンとネオナチに支援される反ロシアに凝り固まった政権を据え付けたのだが、その費用はユダヤ人の大富豪とアメリカ人の納税者によってまかなわれた。勝者はロシア語を追放し、黒海沿岸のセバストポルにあるクリミアの海軍基地に関するロシアとの条約を無効にする準備をした。この基地は巨大な新しいNATOの基地となり黒海を支配してロシアに脅威を与えるはずのものだった。

 プーチンは即座に対応しなければならなかったし、また、ロシア連邦に加わりたいというクリミアの人々の意思を受け入れることによってそうした。 これは基地を巡る緊急の問題を処理したが、ウクライナの問題は残った。

 ウクライナはロシア人にとって遠い存在ではない。それはロシアの西半分なのだ。そこはソ連の崩壊に伴って1991年に他の部分から分けられた。その二つの部分の人々は家族によって、文化と血のつながりで、結びついている。その経済は複雑につながり合っている。分離した存在としてのウクライナ国家が一つの可能性であるとしても、ロシアを憎む「独立した」ウクライナ国家は実現不可能であり、いかなるロシアの指導者によっても辛抱できるものではない。そしてこれは文化的と同時に軍事的な理由からもそうである。もしヒトラーが今の国境線から出発して対ロシア戦争を再びやったとしたら、彼はスターリングラードを2日で奪い取りロシアを1週間以内に破壊していただろう。

 より先手を打てるロシアの指導者だったら、はるか以前にキエフに軍隊を送っていたことだろう。17世紀にポーランド人とコサックとタタール人が反乱をおこしたときにアレクセイ皇帝はそうした。ピョートル大帝は18世紀にスウェーデン人が占領したときにそのようにした。レーニンもまたドイツがウクライナを保護国にした(彼はその設立を「不愉快な平和」と呼んだ)ときにそうした。スターリンも、ドイツが1941年にウクライナを占領した際にそのようにした。

 プーチンはいまだに、ウクライナの人々の大衆的な支持を頼って、平和的な方法で問題を収めることを希望している。実際に、クリミアの併合以前には、ウクライナ人の大多数(そしてノヴォロシアの人々のほぼ全員)は、何らかの形のロシアとの連合を圧倒的に支持していた。そうでないのなら、キエフのクーデターなど必要なかったのである。否応なしのクリミア併合はロシアのアピールを深刻に傷つけてしまった。ウクライナの人々はそれを好まなかったのだ。クレムリンはこのことを予測していた。しかし、彼らは2、3の理由でクリミアを受け入れざるを得なかった。まず、セヴァストポル海軍基地が失われNATOのものになることは考えるだけでもあまりに恐ろしい変化であった。次に、ロシアの人々はプーチンがクリミアの人々の訴えを拒否するとしたら到底理解できないだろうからである。

 ワシントンの鷹どもはいまだにプーチンを軍事介入に引きずり込む希望を抱いている。それが彼らに、ロシアを孤立させてのけ者の怪物国家に変え、軍事費を高騰させてヨーロッパとロシアをお互いに対決させる機会を与えるだろうからである。彼らはウクライナとウクライナ人のことなど気にも留めず、彼らを地政学的な目的を達成するための口実として利用するのだ。

 ヨーロッパ人たちはウクライナから巻き上げ、男たちを「非合法の」労働力として女たちを売春婦として輸入し、資産をはぎ取り、植民地化したいと願っているのだ。彼らはモルドヴァをそのように扱った。そこはウクライナの妹分であり、最も惨めな旧ソヴィエト連邦の共和国である。ロシアについて言えば、EUはロシアを淵の底に沈めることなど気にもかけないのであまり鷹揚には振舞わないだろう。しかしEUはあまり切実にそうしたいと思っていない。したがって(アメリカとは)態度に違いが出てくる。

 プーチンは彼のロシア近代化を続けたいと思っているだろう。この国はそれを激しく必要としている。そのインフラは西側諸国より20年から30年遅れている。この後進性に嫌気のさした若いロシア人たちは往々にして西側に移住することを好む。そしてこの頭脳流出が西側を豊かにすると同時にロシアに大きな損害を与えている。グーグルですら頭脳流出の結果で、(創設者の)セルゲイ・ブリンもまたロシア移民なのだ。何百人何千人ものロシアの科学者や芸術家たちも同様であり、どの西側の研究室や劇場やオーケストラにも人材を供給している。政治的な自由主義では十分ではない。若い人々は西側と比較しうる良い道路、良い学校そして生活の質を求めている。プーチンはそれを実現させようとしているのだ。

 彼はうまくやっている。モスクワではいまや、どの西ヨーロッパの都市でもそうであるように、公園での無料自転車やWi‐Fiを楽しむことができる。電車は最新型になっている。何十万軒もの集合住宅が建てられつつある。ソヴィエト時代よりも多いほどだ。給料と年金は最近10年間に7倍から10倍にまで上がっている。ロシアはいまだにみすぼらしいが、それは軌道に乗っている。プーチンは近代化を継続していきたいのだ。

 ウクライナと他の旧ソ連の共和国軍に関して言えば、プーチンはそれらの独立性と友好性を維持し、ヨーロッパ連合への合流にゆっくりとした歩調をとるように働きかけることを好むだろう。彼は新しい帝国を夢見てはいない。彼はそんな提案は拒否するだろう。それが彼の近代化計画を遅らせるだろうからである。

 もしあの野獣のようなネオコンどもが、ウクライナの合法的な大統領を追放して傀儡政権を据え付けることで、彼の腕を無理やりに動かさなかったとしたら、世界は長い期間の平和を楽しむことになっていただろう。しかしそうすれば、アメリカが主導する西側の軍事同盟は深淵にはまり込んでしまうだろう。アメリカの軍事産業は破滅しアメリカのヘゲモニーは消えて無くなるだろう。平和は、アメリカの軍事とそのヘゲモニーを作り上げるメディア・マシンにとっては良いことではない。そういうことで我々の生きている間は、平和の夢は単なる夢で終わりそうだ【訳注9】


プーチンは何をするだろうか?

 プーチンは可能な限り軍の派遣を延期しようとするだろう。彼はあの二つの突出した地区を保護しなければならないだろうが、これは遠くからの支援で行われる可能性がある。アメリカがシリアの反乱者を「地上の軍靴」抜きで支援しているような方法である。大規模な形で深刻な流血事件が起こらない限り、ロシア軍はブラック・ガードや他の親政権側勢力をにらみつけながら傍に立っているのみだろう。

 プーチンは、この失敗国家での権威、影響力そして経済的な関わりを西側諸国と分け合うための体制を見出そうとするだろう。これは連邦化を通して、あるいは連立政府によって、さもなければ分割によってでも為されうる。ノヴォロシアのロシア語圏の諸地域は、クハルコフ(工業)、ニコライエフ(造船)、オデッサ(港湾)、ドネツクとルガンスク(鉱山と工業)、ドネプロペトロフスク(ミサイルとハイテク)、ザポロズヘ(鉄鋼)、クヘルソン(クリミアへの水道と造船)で、これらの全てはロシア人が確立し建設し居住しているものだ。それらはウクライナから分離して独立したノヴォロシアを形作るのかもしれない。それは中規模国家だが(ロシア自身を除く)周囲の国々よりまだ大きい。この国家はロシアとベラルーシの国家連合に、そして/あるいはロシアに率いられる関税同盟に参加するかもしれない。ウクライナの残りの部分は、東側のスラブ姉妹諸国に加わるのかどうかを決めるときまで、適切だと思うようなことを何とかやっていくのだろう。このような状態は、凝集した単一性の強い二つの国家を産み出すのかもしれない。

 他の可能性(現在のところあまり起こりそうにもないが)はこの失敗国家ウクライナの3分割だ。ノヴォロシア、ウクライナ自身と、そしてガリシア&ヴォリンの3つである。このような場合、ノヴォロシアは強く親ロシア、ウクライナは中立、そしてガリシアは強く親西側ということになる。

 EUはそれを受け入れるかもしれないが、アメリカはおそらくウクライナでのいかなるパワーシェアリングにも同意しないだろう。その後に起こる主導権争いで二つの勝者のうちの一つが台頭するはずだ。もしヨーロッパとアメリカがばらばらになるならロシアの勝ちだ。もしロシアが実質的にウクライナ全土での西側の立ち位置を受け入れるのならアメリカの勝ちである。この主導権争いは、多くの国々を巻きこみひょっとすると核兵器を使用しての全面戦争を誘発しうる。これはチキンレースだ。図太い神経と鈍いイマジネーションを持つ者がコースの上に残るだろう。


「親」と「反」

 来るべき衝突で誰が勝ち残るのか予想するには早すぎる。ロシアの大統領にとって、ウクライナ全土あるいは少なくともノヴォロシアを手に入れることは極めて魅力的である。しかしそれはたやすい作業ではなく、西側勢力からの激しい憎悪を引き起こすものである。

 ウクライナが編入されるなら1991年からのロシアの回復は完成され、その力は倍加するだろうし、安全は保障され深刻な危険は取り除かれるかもしれない。ロシアは再び偉大な国家となるだろう。人々はプーチンをロシアの大地の統合者として崇敬するかもしれない。

 しかしながら、近代的で平和で先進的な国家として姿を現わそうとするロシアの努力は打ち捨てられてしまうだろう。ロシアは国際的な社会から追放された狼藉者と見なされるかもしれない。経済制裁が科され、ソヴィエト時代と同様にハイテクの輸入は禁止されるかもしれない。ロシアのエリートたちは良い生活を危険にさらすことを嫌がる。ロシア軍はつい最近になってその近代化を開始したばかりで、たぶんあと10年間はまだ戦いたいと思うことはない。しかしもし彼らが追い詰められたと感じれば、もしNATOが東ウクライナに侵入するならば、彼らは即座に戦うだろう。

 ロシアの政治家と観察者たちの一部は、ウクライナが両手両足を切断されて無力になっていると信じている。その諸問題は解決にあまりに高くつく。この判断は「酸っぱいブドウ」の後味がするが、しかし広くいきわたる見方だ。ウエッブ上での興味深い新しい声だが、The Sakerはこの見方を推奨して次のように言う。「EUとアメリカにウクライナ人を扶養させよ。彼らは飢えたときに母なるロシアに戻ってくるだろうから。」しかし問題は次だ。彼らは考え直すことを許されないだろう。クーデター政府が暴力的に権力を握ったのは選挙で敗れるためではなかったのだ。

 おまけに、ウクライナは一部の者が言うほどひどい状態ではない。もちろんドイツやフランスのようになるには何兆ドルもの費用がかかるだろうが、そこまでは必要ない。ウクライナ人が非常に早くロシアの進歩のレベルにまで達することは可能だ。ただし、ロシアと連合するならば、だが。欧州共同体とIMFとNATOの下では、ウクライナは必ずや、たとえいまはまだそうでなくても、両手両足を切断された無力な状態になるだろう。同じことは東ヨーロッパの旧ソ連の国々で全て当てはまる。それらは、ベラルーシやフィンランドのように、ロシアと共に緩やかに繁栄することが可能だ。あるいは、ヨーロッパやNATOといっしょにロシアに敵対して人口の減少と失業と貧困に苦しむかである。ラトビア、ハンガリー、モルドバ、グルジアを見るがよい。ある枠組みの中でロシアと組むことはウクライナの利益となる。ウクライナ人たちはこのことを知っている。だからこそ、彼らは民主的な選挙を実施することを許されないだろう【訳注10】

 爆発寸前のノヴァロシアがこのゲームを変化させる可能性を持つ。もしロシア軍が入ってこなければ、ノヴォロシアの反乱者たちはキエフの攻撃を撃退して、プーチンが平和を嘆願したとしても、国の全てを取り戻すための反撃に乗り出すかもしれない。そうなれば、全面的な内戦を通して、ウクライナは自らの運命を鍛造するだろう。

 個人的なレベルでいえば、プーチンは困難な選択に直面している。もし彼が戦うこと無しでウクライナを明け渡すならば、ロシアのナショナリストは決して彼を許さないだろう。アメリカとEUはこのロシア大統領の生命そのものを危機に陥れる。その経済制裁がプーチンの身辺にいる仲間たちを傷つけているからであり、それは大統領を取り除くか暗殺するように、そして強力な西側諸国との関係を強めるように、彼らをそそのかすだろうからである。戦争はいつでも起こりうる。20世紀の間に戦争は2度やって来た。どちらもロシアが避けようとしていたものだ。プーチンは、たとえ最悪の事態でも、いかなる代価を払ってでも、戦争を後回しにしたいと願っている【訳注11】

 彼の選択は容易なものではない。ロシアが引き延ばし、アメリカが危険を倍加させるにつれ、世界は核戦争の深淵に近づいて行くのだ。このチキンレースで誰が先におじけづくのだろうか。



【訳者による注記】

【訳注1】実際にはオデッサの労働組合会館での死者の大部分は、「焼き殺された」という以上に「射殺された後で火災によって死んだように見せかけるために焼かれた」という可能性が高い。こちらこちら、またこちらを参照されたし。そしてこれが綿密な計画に基づいて暴徒を扇動し意図的に為された集団虐殺であることは明らかである。【戻る】
【訳注2】 これについては
こちらの当サイト記事を参照のこと。またこちらにある「プッシーライオット」の女性がこの虐殺劇に参加して大いに気勢を挙げていた事実も、現在のウクライナやロシアを考える際に大いに参考になるだろう。【戻る】
【訳注3】 イホル・コモロイスキーについてはこちらの「マスコミに載らない海外記事」様の翻訳文を参照のこと。【戻る】
【訳注4】コンチータ・ウルスト(真っ黒なひげをはやして女装する男性歌手)のユーロビジョン歌謡コンテストでのステージは(もし興味がおありなら)
こちらのビデオで観ることができる。【戻る】
【訳注5】ダナ・インターナショナルは(もし興味がおありなら)
こちらのビデオで観ることができる。【戻る】
【訳注6】 訳者としては、このユーロビジョンのコンテストがウクライナ東部2州の住民投票にどれくらい影響したのか知る手段を持たない。しかしここでユダヤ人である著者は、こういった性的倒錯の賛美、同性愛結婚の合法化、胸をあらわにした女性がキリスト教会などの宗教施設に乱入する現在の自由主義に、ユダヤ教の偽メシアであるサバタイ・ゼヴィやジャコブ・フランク以来の忌まわしい反道徳主義の流れを感じているのではないだろうか。【戻る】
【訳注7】ナターシャ・ロストヴァは1792年ロシアに生まれ、トルストイの「戦争と平和」の主人公のモデルとなった女性。【戻る】
【訳注8】 この一文は、要するに、ロシアが(アメリカと並び立つ)普通の先進的な国だというイメージが定着してしまったら、NATOの中でアメリカの従属国として働くヨーロッパ諸国に対して抑えが効かなくなることを意味する。アメリカは常にロシアが自分たちとは異なる野蛮な国であることをイメージづけようとしてきたし、そのためにゲイやフェミニストなどの「自由主義」を利用してきた。【戻る】
【訳注9】実際に全面戦争が食い止められる方法があるとすれば、アメリカやヨーロッパの中で支配者層内部の分裂が進み好戦派がその手足を完全に押さえられるか、あるいは戦争を起こせば逆に必ず好戦派が致命的な打撃を受けることが、いくら神経が図太くイマジネーションの鈍い者にでも分かる形で、明らかになることだろう。さて、そのようなことが起こりうるのか。【戻る】
【訳注10】著者がここで例に挙げている東欧諸国では選挙によって西側諸国の勢力圏に組み入れられたのだが、どれほどに惨めな状態になったと分かっても、いったんその体制が固まってしまったならば、それを再びひっくり返すのはほとんど不可能に近いだろう。【戻る】
【訳注11】その意味で、先日(5月21日)にロシアと中国の間で結ばれた、4000億ドル分に当たりしかも30年間という歴史的な規模な天然ガス取引の契約を、しかも決済にドルを使用しない形で結んだことは、極めて意義のあることと思われる。これはどんな文字面の協定や条約よりも強力に世界の現実を動かす力を具体的に作るものだ。この取引にはロシア大統領と中国首脳がそろって出席していたが、政治的にも極めて大きな意味を持つだろう。これでロシアは安心してヨーロッパとの天然ガスの取引を取りやめることが可能となる。アメリカとして過激な対アジア戦略をうかつに採用できなくなるだろう。このようなドルをベースとしない経済的な関係は今後イランやインドなどにも広がっていく可能性が高いが、そのことはアメリカやヨーロッパの支配層の中に大きな動揺を生み出していくに違いあるまい。【戻る】

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【翻訳後記】
(これは5月25日に書き加えたものである。)

 この和訳を公開した翌日、「ウクライナ東部のドネツクとルガンスクの両自治体がキエフ政府からの独立とノヴォロシア共同体(Novorossiya union)の創設を宣言した」というビッグニュースが飛び込んできた。この25日(日曜日)がキエフ政府の「大統領選挙」であり、この「独立宣言」はそれに対する真っ向からの反撃である。いまのところロシアがこの独立を承認するのかどうか分からないし、これが「ウクライナの内戦」へ、そしてロシアおよび西側の介入・衝突という事態に発展するのかどうかも分からないが、同じ日にプーチン大統領はサンクトペテルブルグで行われている国際経済フォーラムの席で、「私は新たな冷戦など始まらないと思う」と語った。このRT記事は別の和訳を作成したいと思っている。

 なお、この25日だが、この日にはEUに加盟するヨーロッパ各国でEU議会議員選挙が行われている。ウクライナの大統領選挙がそれにぴったりと日程を合わせたのだが、その「こころ」は丸見えだろう。5年に一度行われるこの選挙は今までどの国でも極めて関心が薄く、有権者の過半数がそっぽを向くものだったが、今年の選挙は、TVでも新聞でも、滅多やたらと煽りたてられている。
 スペインでもニュースの半分がこの選挙に関する内容で埋められている。ニュースや新聞の第一面を毎日続けて見ていると、いきなり一つのテーマで全体を包もうとする煽りたてがよく感じられるのだが、スペインでは間の悪いことに前日24日に行われたサッカーの欧州チャンピオンリーグ決勝戦がレアル・マドリッドとアトゥレティコ・マドリッドというマドリッドの2チームの間で行われたため(結果はレアル・マドリッドの10回目のチャンピオン決定となった)、国民の関心の多くがそちらの方に向かってしまい、EUの必死の努力がどこまで実ることやら…これはこれでまた関心が持たれる。

 ところで、今回の和訳の中でやや取扱いに困ったのが、ユーロビジョン歌謡コンテストに絡んだtransvestiteという言葉だ。これは名詞(または形容詞)で「異性服装倒錯者」「異性の服装や態度や性的役割などを採用する人」などと訳されることが多いようで、本訳でもそのように記した。ただしこれには職業としての歌舞伎役者の女形が含まれることはないだろう。上の【訳注】の4〜6でも触れたのだが、これについて、いわゆる「性同一性障害」に関心のある人々からの誤解を招きかねない恐れもあるので、少しだけ添えておくことにしたい。
 シャミールが「性同一性障害」自体について語る文章を書いたことはない。彼自身は非常に敬虔なギリシャ正教の信者(ユダヤ教からの転向者)で、その意味では確かに保守的なのだが、彼が「同性愛者」とその運動について語るのは、それが、一つの標的にされる社会を混乱させ弱体化させる目的で意図的に「運動化」され、政治的な意味を強く帯びて宣伝・報道される場合である。
 実際にロシアでプーチン攻撃の重要な柱の一つとしてそれが存在する。ロシア国内のネオナチ(ウクライナでも明らかな通りそれは西側勢力に通じているが)が行う男性同性愛者へのリンチと殺害のビデオが、そのネオナチ自身の手で撮影されてYouTubeで流され、ロシアの自由主義者と西側マスコミがそれを一斉にプーチンの責任として非難の声を挙げるといった具合だ。しかもプーチンの姿を実に煽情的に下品に加工した下劣な画像と共にである。リンクの画像を見れば分かるが、吐き気を催すような攻撃の手段である。
 シャミールは今までにも、同性愛者の権利の問題を政治化して煽りたてる動きがシオニスト系のユダヤ人たちによって、強烈な悪意を持って起こされていることを指摘し厳しく非難してきた。ロシアでも同様でありその下劣さはこの種の者たちから常に漂ってくるものだ。
 戦争や侵略は武力だけで行われるものではない。経済や文化のあらゆる面から、ある社会に対する分裂工作と弱体化が行われることになる。その政治的攻撃の一つの道具としていくつかの種類の「人権問題」が、極めて煽情的な形で巧妙に利用される場合がある。宗教的な場でいきなり裸の胸を出す女たちもその一つだ。スペインでもときどきあるが、裸の胸をさらすことが女性の権利とどうつながるのか、私としてはちょっと理解に苦しむ。むしろ、この手のパフォーマンスで有名なプッシーライオットのメンバーが先日のオデッサ虐殺に加わっていたり、ネオコン・アメリカの国連大使サマンサ・パワーがこのグループと親しいところを見ると、シャミールの主張にうなづかざるを得ない。
 また今回シャミールが直接に取り上げているユーロビジョン歌謡コンテストだが、そこで上位となった歌が欧州の中でどれほど流行っているのかといえば、ユーロビジョンのTV中継以外で目や耳にすることなど、ほとんどない。以前からその政治性については多くの人々による批判がある。(Wikipedia参照)

 このようなことと、人間の中である割合で存在する「性同一性障害」への偏見をなくすこととは、厳密に一線を引くべきだと、私には思える。私の周囲にもゲイのカップルやゲイの集団がおり(バルセロナは「ゲイの都」のひとつなのだ)、私は彼らとは親しい隣人として普通に付き合っている(私自身はゲイではない…念のため)。しかし彼らは女装はしない(少なくとも私の周囲のゲイたちにはいない)し、彼らから先ほどのような下劣さを感じることはない。わざわざひげまみれで女装して歌うことなど単なる度を越した悪趣味であり、良く言って「高く売り込むための意図的なショッキングな手段」でしかあるまい。

(以上、翻訳後記)
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