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緊急報告:欧州の難民政策は劇的に変化するのか?


 7月26日に、フランス大統領エマニュエル・マクロンはスペインを公式訪問し、この6月に新たなスペインの首相に就任したスペイン社会労働党党首ペドロ・サンチェスと、首相官邸のモンクロア宮殿で会談した。(サンチェスの突然の首相就任については当サイト『スペイン最後の「78年体制」政府か?』を参照のこと。)会談後に二人そろって記者団の前に姿を現したのだが、スペイン首相サンチェスが会見の冒頭で発表した声明の内容は、従来のEUの難民(移民)政策とは決定的に異なるものだった。真反対と言ってもよい。しかもそれは、将来のEUを主導するであろうマクロンとの合意だったのだ。それについて、短い記事だが重要性をかんがみて、緊急の報告として書いておきたい。

2018年7月27日 バルセロナにて 童子丸開


【写真:7月26日、マドリードの首相官邸で記者会見に臨むフランス大統領マクロンとスペイン首相サンチェス(Europapress)】

 サンチェスとマクロンの記者会見の初めに発表された声明の冒頭部分はこちらのSextaTVニュースのビデオで知ることができる。最初はスペイン、フランス両国の親善を深める当たり障りのない挨拶だった。しかしそれに続いてサンチェスの口から語られたことは、いままでEUのどの首脳からも、一度として聞かれたことのない驚くべき内容だった。その部分を、私がスペイン語のビデオ音声を聞きながら書き留めたままに和訳してご紹介したい。なおサンチェスはこの中で「難民(refugiados)」ではなく「移民(inmigrantes)」という言葉を使っている。またマクロンはサンチェスのスペイン語を聞いて理解することは十分にできる。

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 『両国政府の間で持たれたこの会談で、我々が合意に達する最初の声明は移民に関するものです。(中略)。皆さん方がご認識になるであろう声明は、少なくともこの2国の政府が理解し合っている、移民政策の三つの基本原則なのです。第一に、これはある非常に重要な事柄に立脚するものですが、(移民の)出身諸国の発展に対する、また社会的・政治的・経済的な安定の必要性に対する協力です。第二に、移民たちの尊厳と人権に対して、これは非常に重要な点ですが、尊重しながら国境線を防衛することです。そして最後に、出身諸国および中継する諸国との協力関係を強めることです。(後略)』
“Primeras declaraciones que vamos a aprobar en esta reunión que han mantenido ambos gobiernos es sobre inmigraciones. ... La declaración podrán ustedes ver que los tres principios esenciales de politica inmigratorias, al menos, como estos dos gobiernos entendemos. El primer lugar, se basan en algo muy importante, es la cooperación a desarrollo y a necesidad de estabilizar social, politica y ecomónicamente los paises de origen. En segundo lugar, la protección de fronteras con respeto, ésto es muy importante, a la dignidad y a los derechos humanos de los inmigrantes. Y finalmente, fortalezer la cooporación con los paises de origen y con los paises de tránsito. ...”
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 私は今まで、「現代世界:虚実の皮膜 」の中で、上で述べられているサンチェスとマクロンの基本合意事項の第一点である『(移民の)出身諸国の発展に対する、また社会的・政治的・経済的な安定の必要性に対する協力』を常に求めてきた。同時に、「移民(難民)の出身諸国の発展や社会的・政治的・経済的な安定」を望まず、対立を掻き立て傭兵を送り込んでクーデターや戦争を画策し、あるいは、腐敗し統治能力も愛国心も持たぬ傀儡政権を擁護してその国を貧しく荒廃し不安定にし続けてきた者たちを、そしてそのような「難民を生み出す《元》」を問わずに「救済」ばかりを叫ぶ似非人道主義者どもを、口をきわめて非難し続けた。(『現在進行中 2005年に予想されていた現在の欧州難民危機』とその『翻訳後記』を参照)

 「難民を生み出す《元》」とは、具体的に、米国、英国、フランス、イスラエル、サウジアラビア(および以前のトルコ)に代表される好戦勢力と、その出先機関NATO、そしてそれらを手先として使う米欧の巨大資本である。現在の移民(難民)、つまり21世紀の「民族大移動」は、「現代の奴隷貿易」といっても構わない人工的、意図的なものなのだ。私は『現在進行中 2005年に予想されていた現在の欧州難民危機』の前文に次のように書いた。
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 いま、シリア、アフガニスタン、イラク、パキスタンなどからやってきた膨大な数の戦争難民が欧州に殺到しつつある。しかしその以前からもイタリア沿岸にはリビア、ソマリア、スーダンなどからの難民が大量に流れ着いている。さらに十数年も前から、アフリカのサハラ以南の黒人諸国、セネガルやマリ、モーリタニアなどから、毎年数千人の規模の経済難民が「不法移民」の形でスペインに押し寄せている。もっといえば、1990年代からバルカン戦争(旧ユーゴ分割)のために故国を追われた何十万人もの人々が欧州各国に住み着いている。
 その難民流入の光景は西ローマ帝国を滅亡に追いやったゲルマン諸族の大移動を彷彿とさせる。この古代の大移動は一般に、東方のフン族による東欧侵入で起こされた民族の「玉突き」がきっかけになったと言われるが、加えて気候の悪化などによる経済的な困窮とそれに伴う社会構造の変化が指摘される。対して現在のそれは、西方にある米国の「対テロ」を口実にした中央アジア~中東~北アフリカに対する戦争・不安定化政策が決定的に重要な要因である。さらには米国と西欧の帝国主義によるアフリカ大陸の経済的・政治的支配のために、気候変動や人口増加などに対処できる強力な国民国家がアフリカに形成されなかった(形成を許されなかった)現代史を挙げなければならない。いずれにせよ人は、そこで生きることができなくなったからこそ、生まれた土地を離れて移動するのだ。
 こういった外からの難民の大量流入に加え、欧州内で厳しい機構的な制約とネオリベラル経済の跳梁によって弱体化と没落の一途をたどるバルト海沿岸諸国、東欧諸国、そしてギリシャやスペインなどの南欧諸国から、母国で生きる手段を見つけることのできない大勢の「経済難民」たちが、少しでも食いぶちにありつけそうな他のより豊かな欧州諸国を目指して移動しているのだ。そしてそんな欧州の「弱い輪」内部にすら第三世界からの移住者が遠慮会釈なく入り込んでくる。それは欧州全体の今後の社会構造、特に労働者と小規模経営者の存在の仕方に決定的で壊滅的な打撃を与えることになるだろう。
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 ところがいま、その「難民を生み出す《元》」の一角を為していたフランスの大統領が、同盟国スペインの首相の口を借りて、『(移民の)出身諸国の発展に対する、また社会的・政治的・経済的な安定の必要性に対する協力』を言いだしたのだ。つまり、その「難民を生み出す《元》」になる政策を180度転換し、難民を出す国の発展と安定に協力し「難民を生み出さない」努力を開始しようというのである。これには驚いた。

 なお、サンチェスの挙げた第二点目にある『国境線を防衛』は移民(難民)流入をコントロールするということだ。また第三点目にある『中継する諸国』は、具体的にはリビア、トルコ、モロッコなどである。特にリビアは、カダフィ政権が「難民を生み出す《元》」の謀略と軍事によって叩き潰された後に、「奴隷貿易」の中継点として機能している。

 このサンチェスとマクロンの合意事項は、従来のEUが文句なしに付き従ってきた米国好戦勢力と決別する方向性を示しているのかもしれない。彼らは近日中にドイツのメルケルとも移民(難民)問題で会合する予定らしいが、サンチェスが述べた『移民政策の三つの基本原則』が取り上げられることは間違いないだろう。欧州の難民政策がそう遠くない将来に劇的に転換される可能性が浮かび上がってきたのではないか。そしてそれは、大西洋の両側の関係、ユーラシア大陸の西端と中央と東端の関係にも根本的な変化をもたらすものかもしれない。

 もちろん、それがEUの基本路線として早急に確立されるとは思えない。「難民を生み出す《大元》」である英米イスラエルの好戦派勢力はまだ十分に強い。その重要な一部となっているマスコミは、フランス大統領とスペイン首相の合意事項の最も重要な部分を、ほぼ完全に抹消してしまうだけの情報操作力を持っている。スペインのマスコミのほとんど全部が、上で和訳した「移民政策の三つの基本原則」を完全に省略したうえで、マクロンとサンチェスの記者会見を伝えているのである。

 私がテレビで昼のSextaTVのニュース番組をたまたま見ていて、そのときにたまたま記者団の前に立つサンチェスの声明を聞いたから、そしてSextaTVがそのビデオを(少なくとも現在までは)保存しているから、この報告が書けたのである。スペインの、ABCやラ・ラソンといった右翼紙、エル・ムンドやエル・パイスなどの中道紙、プブリコやエル・ディアリオなどの左翼紙に至るまで、また国営放送を含む他のTV局やラジオ局のニュース・ウエッブサイトも、自国の首相が隣国の大国の大統領と共に臨んだ記者会見で一番先に取り上げた、つまり最重要項目として語ったことを、ただの一言たりとも書いていないのだ。

 私が書き起こしを作ったSextaTVのウエッブサイト・ニュースにしたところで、ビデオはあるものの、活字での説明にそのビデオの内容は全く書かれていない。調べたところ、わずかに無料配布の20minutos紙(7月26日付)のウエッブ版だけが、上に和訳した箇所の所々を紹介している。またメキシコのある新聞が「移民の出身国への援助を増やす」と小さく書いているのがせいぜいだ。見事な情報統制ぶりである。思わず背筋が寒くなった。

 サンチェスの声明では、続いて、カタルーニャ問題や現在マスコミをにぎわしている前国王のスキャンダルに関する事柄など、スペインの国内問題が続いたが、各マスコミはそれらの国内問題についてのサンチェスの言葉を主要に取り上げ、移民(難民)問題については上の「三つの基本原則」を一切伝えなかった。その代わりに、おそらく記者の質問に答えたと思われる「移民たちの尊厳と人権に対して尊重しながら国境線を守る」の具体的な方法についてばかりを短く記事にしていた。いったい我々は日ごろからどんなニュースを見せられているのか? 

 右から左まで、全国紙から地方紙まで、ほとんどのマスコミは「難民を生み出す《元》」である好戦勢力のプロパガンダ機関でしかない。マクロンとサンチェスの合意事項は、その者たちにとってよほど都合悪いのだろう。その者たちは、アフリカや中東の諸国が安定して発展し、国民が自国に希望と誇りを見いだせることが、よほど嫌なのだろう。しかしこのフランスとスペインの首脳が合意した内容は、そのような疫病神どもと手を切ってより安定した状況を欧州とその周辺地域にもたらす方向性を打ち出しているように思える。

 スペインではいま、モロッコを経由して主にサハラ以南の黒人諸国からの経済難民が連日のように百人単位で押し掛け、アフリカにあるスペイン領セウタやメリージャ、アンダルシアやバレンシアの収容所はすし詰め状態だ。これからこの人たちをどのようにすればよいのだろうか。一般のスペイン人たちだって、決して楽な生活はおくっていないのである。この人たちが自分の国に戻ることのできる条件を整えていくこと以外の解決方法は無いと思うのだが、どうだろう?

【『緊急報告:欧州の難民政策は劇的に変化するのか?』ここまで】 inserted by FC2 system