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ティム・アンダースン新作論文和訳紹介

アレッポの解放:一つのターニングポイント


 ロシアとイラン、ヒスボラーに支援されたシリア政府軍によって解放されたシリア第2の都市アレッポは、果たして「21世紀のスターリングラード」となるのだろうか。20世紀のスターリングラードを攻撃したのはナチス・ドイツだけだった。しかしいま、大蛇が獲物を絞め殺そうとするようにシリアを攻撃しているのは、史上最大の諜報力と軍事力、経済力、そして何よりも巨大なプロパガンダ能力を持つアメリカ合衆国と、そのNATOの眷属国家群、そして資金にあふれかえるサウド家と湾岸諸国である。その大敵に重大な打撃を与えたとはいえ、楽観的な見方はできない。しかし一つのターニングポイントとなったことに間違いはあるまい。

 今回日本語訳を施したのは、シドニー大学の政治経済博士で常任講師を務めるティム・アンダースンによる次の論文である。
http://www.globalresearch.ca/the-liberation-of-aleppo-a-regional-turning-point-setback-for-us-led-aggression/5563957
The Liberation of Aleppo: A Regional Turning Point. Setback for US-Led Aggression

 比較的短い論文だが、アレッポ陥落とその前後の状況について書かれた数多くの文章の中で、最も的確で簡潔にまとめられたものだろう。訳文中で「地域(原文ではregion)」とあるのは、ユーラシア中央部~中近東~北アフリカへとつながる地域であり、NATOを世界支配達成の道具として用いる米欧支配勢力が全力を挙げて破壊しようとしている場所である。さらには当サイト『現在進行中:2005年に予想されていた現在の欧州難民危機
』で明らかにしたように、また近年ヨーロッパ諸国で起こりつつある不可解な事件を見ても分かる通り、その地域からの難民襲来がヨーロッパ社会を破壊する道具として利用されつつある。

 訳文中には必要に応じて訳注を施しておいた。また訳文の後ろに「翻訳後記」を付けたのでご笑覧いただきたい。

2016年12月26日 バルセロナにて 童子丸開 
 
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【引用・翻訳開始】

アレッポの解放: 地域(1)の転換点、米国主導の侵略の敗北
 ※訳注(1) この論文中で「地域」はユーラシア中央~中近東~北アフリカ一帯を指している
ティム・アンダースン  グローバル・リサーチ 2016年12月21日


2016年終盤、多くの若い命を犠牲にして、シリア軍はアレッポ市東部地域を奪還した。そこは4年間にわたってNATOとサウド家に支援されるテロリストに占領されていたのだ。

 シリア第二の麗しい古代都市アレッポの解放は、その地域全土に及ぶ15年間も続いた(1)西側勢力主導の侵略の最も深刻な敗北を意味する。この地域の効果的な再植民地化は、偽りの口実を拡大しながらアフガニスタンからリビアまで繰り広げられてきた。侵略と代理戦争が経済制裁と粗野なプロパガンダに支えられてきた。
 ※訳注(1) 2001年のアフガニスタン侵略開始から数えた年数である

 しかしこの、ジョージ・W.ブッシュ米国前大統領によって「新しい中東」の創造と呼ばれた巨大な侵略戦争は、シリアで岩にぶち当たった。ワシントンとその地域的な同盟者であるサウジ家、トルコ、カタールとイスラエルによって資金と装備を与えられた巨大な代理軍(2)は、シリア国家を支えるこの地域の強力な同盟によって撃退された。
 ※訳注(2) いわゆる「アルカイダ」、 「ISIS(イスラム国、IS、ISIL、Daesh)」、あるいは「穏健派反政府勢力」などとされるもの

 アレッポでの終盤戦には米国、サウジ、イスラエルとその他の外国のエージェントが何人か加わっているが(3)、彼らは、かつてその拠点であったところのわずかな部分に最後のアルカイダ・グループとともに残っていたと言われている。特に米国は彼らの救出に躍起となっている。その存在が、「内戦」と主張されてきたものに外国の司令部があったという更なる証拠となるからである。
 ※訳注(3) こちらのSouth Front記事、こちらのGlobal Research記事、 またこちらの「櫻井ジャーナル」記事を参照のこと

 およそ10万人の市民と大勢のテロリストたちの避難に関する、西側諸国の政府とメディアによる偽情報の嵐(大量虐殺、大量処刑と「民間人を標的にしている」という主張)の後で、国連安保理はそのプロセスを見張るためにある種の「独立監視団」の派遣を決めた。ところがほとんどの避難はもう終わっている。再居住と再建はすでに進行中であり、予備軍が市を守るために召集されている(4)
 ※訳注(4) 現在、ロシアの軍警察も市の治安 維持と防衛のために派遣されている。こちらのRT記事

 シリア人、イラン人、ロシア人および独立のリポーターたち(Maytham al Ashkar, Shadi Halwi, Asser Khatab, Khaled Alkhateb, Ali Musawi, Lizzie Phelan, Murad Gazdiev, Vanessa Beeley, Eva Bartlett and the late Mohsen Khazaeiを含む)がすでに我々に非常に多くのことを伝えている。彼らの話は、西側の破滅的な物語とはほとんど似ても似つかぬものだった。たとえば、 ワシントンの親密な同盟者で退任間近のバン・キ・ムン(潘基文)国連事務総長は、最近の記者会見で「アレッポはいまや地獄の同義語である」と主張した。これらの主張は、自暴自棄となったNATO‐イスラム聖戦主義者たちから出た話に基づいていたのだ。

 現地にいるリポーターたちは異なった話を語った。シリア軍がアルカイダの防衛線を打ち破ったときに、囚われていた市民たちがあふれ出てきたのである。彼らは、東部アレッポを離れてシリア・アラブ軍に救済と食料と避難所を求める人々の長い列を映すビデオを公開した(5)。疲れ果て救済された人々は、聴いてくれる人になら誰にでも自分たちの話を語った。ロシアとイランは何トンもの食料と医療と毛布と仮設住宅の援助を与えた。対照的にほとんどの西側諸国は何も与えず、テロ・グループはシリアの同盟者からのあらゆる援助を拒絶した(6)
 ※訳注(5) こちらのRT記事
 ※訳注(6) テロリストたちは援助を拒否したばかりか人道援助の妨害すら行った。こちらのRT記事

 市民たちはアルカイダの占領地から離れることを禁じられていたのだ。多くの人々が立ち去ろうとして撃ち殺された(7)。武装したギャングどもは備蓄食料を持っていたがそれは戦士たちのために使われた(8)のである。有毒物質にまみれた兵器工場が発見され安全なものに変えられた。武装戦士たちの一部は拘留されたが、多くはイドゥリブ(Idlib)に移送された。ダマスカス政府は外国に支援される戦士たちをそこに集めてきたのだ。
 ※訳注(7) 「穏健派反政府勢力」による住民の殺害と拷問についてはこちらのRT記事
 ※訳注(8) 当サイト記事『援助物資を掠め取り飢える住民を人質にる「反政府勢力」を参照


 地獄の砲撃が沈黙し市の中心部に着弾する迫撃砲が無くなったとき、ソーシャルメディアで幅広く見せられたように、街路は万歳と踊りにあふれた(9)。 米国国務省スポークスマンはそんなものは見ていないと主張した。
 ※訳注(9) NATO代理軍(アルカイ ダ、ISIS)の占領から解放されて日常生活を取り戻しつつあるアレッポ市民についてはこちらのRT記事

 アレッポのアルカイダは叩き潰された。アレッポにいたあらゆる反シリア政府武装グループは、「正式な」シリアのアルカイダ(ジャブハッ ト・アル・ヌスラ[Jabhat al Nusra]別名ジャイシュ・ファテー・アル・シャム[Jaysh Fateh al Sham])であるか、その強い影響を受けた仲間たちであった。2012年と2016年に米国がジャブハット・アル・ヌスラを抑圧しようとした際に、全ての「自由シリア軍」グループが「自分たちはみなジャブハッ ト・アル・ヌスラだ」と言って抵抗した。米国政府は、かつて2001年9月にニューヨークで殺された3千人の名の下に対テロ戦争に携わっていると主張したことがあったわけで、アレッポの街路の人々と同様に躍りあがって喜んだのではないかと想像する人がいるかもしれない。しかしそうはならなかった。

 多くの西側メディアは、自分たちの政府を反映して、「アレッポの陥落」を重々しく報道した。それらは、アルカイダ・グループに対するシリアの勝利を巨大な悲劇と語ったのだ。その一方で、東部のアルカイダ・グループであるISISによってほぼ同時に起こされたパルミラのシリアの古代都市の再占領は、異なった調子で報道された。その都市は「取り戻された」と言われたのである。

 こういったことの全てが、シリア政府を転覆させる試みの中で、ありとあらゆるシリアの武装グループ(「穏健派」であれ「過激派」であれ)が、米国の多くの高官たちによって認められているのだが、米国とその同盟者たちに武器とカネを与えられてきたという、明白だったはずのことを浮き彫りにさせている。「穏健派の反乱者たち」、「野蛮な政権」そして「内戦」についての話はすべて、このことを隠すための試みに過ぎない。

 このアレッポからの最終的な避難(10)は、イドゥリブの町ファオウア(Faoua)とカフラヤ(Kaffara)で20カ月間も閉じ込められていた住民たちと東部アレッポのNATO‐イスラム聖戦主義者の残党どもとの交換を含むものだが、ロシアとトルコの間でオーガナイズされた(11)。それらの合意に対する深刻な妨害もいくつか起こったのだが、いまのところは合意は滞りなく実行されている。現在イランがロシアとトルコとともに三者会談に携わっている。 部分的な諸事項が討議されているところだ。
 ※訳注(10) アレッポの一地区に立てこもっていたテロリ スト部隊とその家族たちの退去についてはこちらのRT記事の情報
 ※訳注(11) 
こちらのトルコのニュースには「穏健派」残党の退却についてトルコの尽力があっ たことが書かれている。またロシアのプーチン大統領とトルコのエルドアン大統領は、シリアの将来についてカザフスタンの首都アスタナで交渉するに合意した。こちらのスプートニク記事。

 オバマ政権がアレッポの最終決戦で直接の建設的な役割を何も果たしていないことには注目すべきである。そのシリア「政権すげ替え」代理戦争は失敗しつつあり、来るべきワシントン政権はその場所で新たな取り組みを約束している。もっと重要なことに、新たな地域的同盟(12)が、 植民地勢力から来る次のいかなる侵略をも拒絶するために作られているのだ。
 ※訳注(12) ロシア、イラン、シリア(+トルコ)の同盟で、いずれエジプトとイラクがそれに加わり、中国もそれに協力するだろう。トルコは油断できない「仲間」だが、いずれにせよロシアに同調せざるを得ないだろう。

 対シリア戦争の間に多くの事柄が変化した。シリアの同盟は強力なNATO-GCC(13)勢力を撃退した。ムスリム同胞団と、エジプトやカタールやトルコにいるそのパトロンたちは更なる打撃を受けた。エジプトとイラクはいまやシリアを支援している。サウド家はイスラエルとともにイランとシリアに敵対している。ロシアはシリアやイランとより強力な繋がりを作り上げている。アラブ連盟は二つのアラブ国家の破壊を支持してきたのだが、壊滅以外の何物でもないように思える。新しい強固な「抵抗の枢軸」がそれにとって変わるのだろうか?
 ※訳注(13) GCCは湾岸協力会議でサウジアラビアを盟主とするペルシャ湾岸諸国の連合

【引用・翻訳ここまで】
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翻訳後記

 シリアでの戦争は純然たる帝国主義侵略戦争だ。NATO諸国政府とプロパガンダ機関(マスコミ、左右の知識人の群れ)は、自国民に対してその正体を隠すために「内戦」であるかのような粉飾を施しているが、米欧諸国は自国民から巻き上げた富を怪しげな疑似イスラム教に洗脳された者たちにつぎ込み、ふんだんに武器と物資を与え
報機関員や軍事顧問による戦術を施して、トルコと湾岸諸国の全面協力の下で、史上最強最大の傭兵軍団に仕立て上げてきた。アルカイダとその変化形ISIS(IS、ISIL、イスラム国、Daeshとも呼ばれる)、およびその周辺のならず者集団(ナイジェリアのボコ・ハラム等)のことだ。シリアでは目くらましのためにISIS以外の者たちが「穏健派」と呼ばれている。

 NATO勢力は、リビアではロシアのメドベジェフ政権の黙認の下で首尾よく政権を潰しカダフィ大佐を殺害した。しかしシリアではこの作戦が頓挫しつつあるばかりでなく、そのまやかしの侵略の正体が米欧諸国民にも徐々に意識されつつある。よほどそれに苛立っているらしく、アメリカやヨーロッパの政府とメディアは、主戦論にとって不都合なあらゆる出来事の裏にロシア=プーチンの姿を見せる、漫画チックなまでのトンデモ陰謀論をばら撒きつつある。さらに主要メディアとソーシャルネットの一部を使い、哀れな市民や子供たちの映像を最大限に利用して侵略戦争の正当化に余念がない。
 ※参照: 『「アレッポ大虐殺」は主要メディアによる最新の心理作戦(スプートニク記事:英文)』、『ソーシャル・メディアのアレッポに関する偽情報詐欺:7歳の少女バナ・アル=アベドの最後のツイート(グローバルリサーチ記事:英文)』

 現在、米欧の支配勢力はNATOの侵略戦争の正体を明らかにしようとする情報を「偽ニュース」として、自国内での言論封殺を断行しようとしている。アメリカについては櫻井ジャーナル記事『オバマ大統領は国防授権法の中に言論の自由を破壊する条項を入れ、ファシズム体制を強化して去る』、ヨーロッパに関しては RT記事『Berlin plans ‘center of defense against fake news’ ahead of elections – report(ベルリンは選挙の前に対「偽ニュース防衛センター」を計画 ‐ 報道)』を参照のこと。

 もうひとつ奇妙なことだが、つい20数年前まではヨーロッパでNATOへの反対を叫ぶとまず間違いなく「極左危険分子」とみなされていたのが、今ではフランス国民戦線のような「極右危険分子」とされる。あるいはファシズムにつながる「ポピュリズム」と言われる。そう言っているのが、対外的に侵略戦争を推進し対内的に偽情報と警察力で批判勢力を封じ込める紛れもないファシストどもなのである。

 おそらく歴史観が修正されなければならないのだろう。世界中の歴史教科書の「第二次世界大戦」の項目に登場して「全体主義を打ち破った」とされる「民主主義・自由主義」勢力は、いま、ナチス・ドイツの何倍も邪悪で強力なファシズムとして我々の目の前にその醜い危険な姿を現しつつある。歴史の名を借りた巨大詐欺は、いつかはその正体を暴かれ罰せられなければなるまい。

【翻訳後記ここまで】
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