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「戦時体制下」のスペイン:その2


 この国家非常事態の中でもうじき1か月が過ぎようとしている。自由を猛烈に制限されたこの生活に慣れてきたといえば確かにそうだが、いつになればこれが終わるのか、まるで見当がつかない。とりあえず4月26日まで続くことははっきりしているが、政府はさらに2週間の延長を検討している。たぶんそうなるだろうし、それから段階的に緩められていく、そんなところか。
 奇妙なことに、この事態が始まるまではマスクをかけて街を歩くと変な顔をされるか「ウイルス付きのアジア人」として避けて通られるかしたのだが、近頃では逆にマスク無しで歩いていると怖い顔で睨まれるか避けて通られてしまう。これをきっかけにスペイン人の生活習慣も変わるのだろうか。また、自動車がほとんど通らないために排気ガスまみれの空気を吸わなくなった。ニュースによると、バルセロナは百年前の空気を取り戻したそうだ。グレタ嬢もさぞ喜んでいるだろう。
 今回は、気になる日本の状況についての私の考えと、今のスペインの様子、そしてこの事態で発生する多くの国民の経済的損失に対してスペイン政府が打ち出している救済策について書いてみた。

2020年4月10日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます。)
《地獄に向かいつつある日本》
《コロナウイルスとの戦い:現在のスペインの戦況》
《サンチェス政権が打ち出した救済策》


【写真:臨時のコロナウイルス専用病院に改造されたマドリードの大型展示場IFEMA:Vozlibre紙】


《地獄に向かいつつある日本》
 (※この項目のリンク先は日本語サイトです。)


 前回の記事「「戦時体制下」のスペイン:その1にある「《スペインでなぜここまでの感染者数の爆発が起こったのか》」でも書いたことだが、コロナウイルスの感染爆発が医療崩壊を招くのではない。全く逆だ。最初から医療体制が崩壊している(あるいは崩壊寸前の状態にある)からこそ感染者が爆発的に増えるのだ。この点についてはこちらの日本の感染症専門医である忽那賢志氏も同様に語っておられる。ただこの忽那医師の文章中で「軽症者は入院とせず自宅療養とする」とあるのには賛成できない。イタリアの医療崩壊と感染爆発の原因の一つに、自宅療養中に大量の家庭内感染が起こり往診に来た多数の医者や看護師たちが感染した。それが崩壊に拍車をかけたのである。また4月1日に発表された専門家会議の提言にも「爆発的な感染拡大が起きる前に医療体制の限度を超える負担がかかり、医療現場が機能不全に陥ることが予想される。」と明記されている。さらに、イタリアでもスペインでも誤った経済政策のために医療体制の崩壊が先に起こっていたことは、こちらのスペイン在住のジャーナリスト宮下洋一氏の記事にも書かれている。

 ところで母国日本ではいったい何が起こってきたのか。日本にいる人には明らかなとおり、日本の厚生労働省(官僚機構)は、コロナウイルス感染の検査の条件を非常に狭め、保健所を使って検査数を制限してきた。そのために最初に感染者が発見されて以降の感染の実態が隠されてきた。さらに官僚機構の意向を忖度するプロ・アマの「評論家」どもから、「徹底的に検査して患者数が増えたら医療システムの崩壊が起こる」という弁護が大量に表れた。その者たちは必ず「イタリアやスペインを見てみろ」と言ってきたが、イタリアとスペインの実際は上に書いた通り。筋道が逆である。

 2011年のフクシマをじっと見つめてきた筆者にとって「ああ、また例の手口か」ということだ。日本の支配者である官僚機構にとって、既存のシステムを脅かす事実があれば調べない…、調べなければデータが無い、データが無いからそれは事実ではない…、こうして現存のシステムが守られる…、これが日本国なのである。単に政治家がオリンピックを強行したかっただけではない。元からそういうふうにしか動かない国なのだ。システムが事実に脅かされるのならその事実を克服できるようにシステムを変えればよいのだが、この国は決してそうしない。

 日本の医療システムは感染症に対してきわめて脆弱な欠陥システムである。たしかに日本には、人口比で言えば世界一と言ってよい病院数と病床数がある。しかしICU(集中治療室)はイタリアの半分未満、特に感染症の重篤患者に対処する機器を備えたICUではイタリアやスペイン未満、ドイツの4分の1だそうだ。しかもその機器を扱える医者や看護師や技術者が不足している。そしてその医療関係者たちこそ最もウイルスの犠牲になりやすいのだ。日本の医療崩壊は最初から約束されている。だからコロナウイルスの患者が大量にICUに来ないように検査数を制限していたのだ。その1月~3月の間を利用してその欠陥を埋める手立てを次々と打ったのならまだ救いがあった。必要な医療機器と医療用防御装備の大量生産準備にとりかかるとか、ホテルを病棟として借り上げる下準備とか、オリンピックをさっさと諦めてその施設を仮設病院に改造する手はずを整えるとか、いろいろ手を打てたはずだが、どうやら何もしなかったようだ。

 どうせいつかは化けの皮がはがれる。いやすでに日本のやり方は国際的に幅広く知られている。4月3日には在日米国大使館が日本にいる米国人に帰国準備を強く呼びかけているが、その理由は「幅広く検査をしないという日本政府の決定によって、新型コロナウイルスの有病率を正確に把握することが困難になっている」ことだ。フクシマでうまくいった手口が今度は裏目に出るだろう。どうやら4月に入って感染者数の爆発的増加化が避けられない様相を示している。いままで限定された検査で感染の実態を胡麻化し続けてきたツケが回ってきているようだ。そんな事態を前にして、一国の総理大臣が言うことにゃ「一家に2枚、布製マスク!」だって?! そして官僚の言うことにゃ「国のせいにしないでくださいね」だって?! もうそのまんまお笑い世界の金メダルだ、座布団10枚持って来い!! 志村けんさんも浮かばれまい。恐ろしい国だ。

 4月7日に日本政府は緊急事態宣言、翌8日にそれは発効したが、すべて知っての通り、強制力はない、強制力がない代わりに経済基盤の弱い社会的立場の弱い事業所や国民に対する保証はきわめて貧弱、あるいは無きに等しい、大都市圏のある一部地域に偏っており「コロナ疎開」によって全国に感染が広がる恐れがある、大都市圏で感染拡大地域の愛知県が緊急事態から外されている、…、日本語ニュースを見るのがしんどい。感染拡大⇒医療崩壊⇒感染爆発の道をどんどんと突っ走っている。

 「日本の死亡率が低いから日本の医療システムは優れている」などとさえずる官僚応援団がある。スペインで感染者がまだ999人だった3月9日には死亡者は16人、死亡率1.6%だった。その6日後、国家非常事態が開始された3月15日には感染者数7753、死亡者数288で死亡率は3.7%に上昇。それから1週間たった3月22日に感染者数28572、死亡者数1720で死亡率6.0%。さらに1週後の3月29日には感染者数78797、死亡者数6528で死亡率8.3%になった。日本では? 確かに2~3月途中まで死亡率は1%を大きく割っていた。4月4日現在のこちらのデータによると、感染者数3847、死亡者数70で死亡率1.8%だ。ご自慢の低死亡率が3週間後にどうなるのか、そのとき官僚応援団たちが何を言うのか、大いに注目したい。

 あるいは、官僚機構の意地にかけて検査数をコントロールし続け、コロナウイルスによる感染者数・死亡者数を少ないままにとどめようとするかもしれない。家庭で、職場で、道端で、バタバタと人が倒れても、検査さえしなければ「そんな事実は存在しない」だから「国のせいにしないでくださいね」と言えるだろう。ちょっとでも正直に検査すれば、病院、特にICUはたちまち満杯になり医療関係者が大量に感染して倒れ、結果として感染者と死亡者の爆発的増大を招くだろう。いずれにせよ、日本はいま、まっしぐらに地獄に向かっているように、私の目には映る。


《コロナウイルスとの戦い:現在のスペインの戦況》

 4月9日時点で、スペインのコロナウイルス感染者数は公表値152446と、米国(432132)に続いて世界第2位。何とも有り難くない「銀メダル」だ。死亡者数は15238でこちらはイタリア(17669)、米国(16690)に続いて第3位。ただ感染者と死亡者の増加率がこの数日間下がり傾向であり、さらに回復者が52165人で毎日急速に増えており、これは希望の持てる数字である。これらの公表値が頼りになるものであれば、なのだが。ここで前回の『「戦時体制下」のスペイン:その1』に書いた状態の続きを見ていこう。

 4月に入って感染者と死者の増加傾向にややブレーキがかかり始めたとはいえ、きわめて厳しい状態に変わりはない。しかも公表された数字など、別にある意図をもってコントロールしていなくても、当てにならないのはどこの国でも同様なのだ。ましてこのウイルスは全く症状が出なくても感染していて他人にうつすことができるとんでもない怪物である。3月30日にカタルーニャの感染症研究者のウリオル・ミチャー医師は、カタルーニャ内ですでに35万人の無自覚感染者が現れた可能性があると指摘した。もちろんその多くはすでにウイルスを克服しているだろうが、それまでの経路不明の感染者の数と現れ方を分析しての結論だそうだ。ちなみにこの日までのカタルーニャ内の累積感染者は公表16157人である。

 実はカタルーニャでも、感染者が出始めてしばらくの間はクラスターの現れ方ばかりが注目されていたのだ。しかし感染経路不明の例が急激に増えてきた3月13日に、カタルーニャ州知事キム・トーラは同州の封鎖と外出禁止を決意した。しかしそのときにはもう手遅れだったのだ。4月6日のカタルーニャ州の累積感染者数は26824に上っている。筆者が、未だに馬鹿の一つ覚えのように「クラスター、クラスター」と叫ぶ日本の今後が気になるのは当然だ。(こちらのニューヨーク市在住日本人からの警告もご覧いただきたい。)

 3月30日の段階だが、全国の累積感染者数の14%にあたる12298人が医師や看護師などの医療関係者だった。もちろんすでに完治して職場復帰した人も多いだろうが、ゴミ袋を身につけなければならないほどに貧弱な医療装備が感染数を増大させ、それがさらに感染者数を増やすという悪循環に陥ってきた。それが3月の終りごろから徐々に解消されたのは、まず国外、特に中国からのマスクや防御服などの装備、検査器具が大量に輸入されてきたためである。3月30日にはスペインの軍用輸送機が往復32時間をかけて中国から医療用品を運び込んだ。中国領内に他国の軍用機が入るというのは尋常ではないが、許可した中国としても単なる商売以上の狙いがあるのかもしれない。

 さらに、3月半ばから準備を始めていた人工呼吸器やマスク、防御服などのスペイン国内での生産が軌道に乗ってきたことが、この後の医療体制を大幅に改善させるだろう。スペインの国産車SEATのカタルーニャの工場は国家非常事態宣言の後で操業を停止したが、カタルーニャ州政府の援助もあって工場の一部を使って独自の人工呼吸器開発を行っていた。そして4月3日にSEATは1日300台の人工呼吸器を生産できる体制を整え、その製品は早速カタルーニャ内の病院で活躍し始めたが、すぐにスペイン中に送られるだろう。またSEATはレオンの工場でも人工呼吸器を製造、日産のナバラ工場では医療用防御服を製造し始め、さらにスペイン国内で服飾メーカーなど複数の企業がマスクや医療用ガウンなどの生産を行っている。このような努力がいずれじわじわと効果を発揮してくるだろう。

 最も重要なコロナウイルスとの戦いは、全国各地で行われている「病院新設」だ。その一つ、マドリード市にある大型展示会場IFEMAは「スペイン最大の病院」に改造された。先に改造を済ませた病床200の小展示室には3月22日から病院として機能し始めたが、その中心の大展示室には3月29日に患者運び入れが始まった。その改造は、軍の救急部隊、市の消防隊、民間の配管工たちや電気工事士など、文字通りの総力戦の突貫工事で行われたものだ。そこには96のICUを含む1400もの病床が設置されている。他の展示室でも5000を超す病床の設置が可能な体制が整えられている。活動開始の日の朝こそ、一気に大勢の看護師や医師が押し掛け、しかもマスクやガウンなどの装備が足らずに大混乱を起こしてしまったが、追加の医療装備が次々と運び込まれ場所を使い慣れるにしたがって、しっかりとした病院として機能し始めた。

 そしてこの「IFEMA病院」では4月7日までに入院した2501人の患者のうち既に1532人が完治して退院していった。7日の24時間だけで156人が退院し、新たに運び込まれたのが136人で、初めて入院患者よりも退院者の方が多くなったのである。マドリード州政府は未だに増え続ける重症患者のために最大で1700床のICUを準備しているが、スペイン各地で同様の「病院新設」が医療崩壊を食い止めているのだ。マドリードと並んで感染の中心となっているバルセロナでは、従来マドリードよりも余裕があったが、3月29日になって臨時病院に改造された体育館に初めて22人の患者が運び込まれた。この体育館は132の病床を備えており、同様に市内とその近辺に5か所の体育館が合計で1100床を持つ臨時病院となっていて、市内4か所の大きな総合病院から回された軽症患者を入院させている。他に観光名所スペイン広場のそばにあるホテルが軽症者用の病院としていつでも機能できる体制を整えており、それでも足りない場合に備えムンジュイックの丘の麓にある大型展示会場FIRAの病院化が準備されている。

 しかし前回記事の「《国家非常事態のスペイン》」で述べたような市民生活と経済活動に対する極めて厳しい措置や一部私的権利の抑圧に対して、国民の全員が従っているわけではない。大多数派のスペイン人にとって(イタリア人でもフランス人でもそうだろうが)まず自分と自分の家族の安全が大切である。そしてそれらの厳しい措置が自分と家族の身を守ることになると納得するからこそ、外出禁止令にも営業停止にも従っているのだ。決して政府に従順だからでも、「同調圧力」を受けているからでもない。しかしその「納得する」理性よりも、自由(あるいは好き勝手)に向かう感情の方が強くなる場合もある。最初からその感情に支配されてしか動かない人もいる。

 4月2日までに、非常事態に伴う様々な禁止措置に違反したとして、25万人以上に大小の罰金刑が科され2316人が逮捕された。多くは自転車やバイクや自動車などで「不要不急ではない」遠出をする、友人宅や野外でパーティーを開く、といった類だが、逮捕者の多くは取り締まりの警察官に食ってかかり手を出す、あるいは呼び止められたのに逃げるという例が多い。また週末や休日の前に必ず大問題になるのが、田舎町に別荘を持つ人たちが車で都市からの大移動をすることだ。グアルディア・シビル(国家治安隊)と警察が全国の都市周辺の主要道路で検問をしてそのような移動を見張るのだが、3月28、29日の週末だけで約3700件の移動禁止違反があり、そのほとんどが家族連れで高額の罰金を取られたうえ追い返された。

 こういった自由と市民的権利の制限に対して異論や反感はあるが、筆者としては罰金を科された人や逮捕された人に同情する気はない。コロナウイルスが無症状の感染者からも感染が広がるというとんでもない敵である以上、自分の権利や自由だけを主張して、他者の持つ自分と家族の身を守る権利を侵害することは許されないからだ。特に感染者にあふれる大都会から田舎町に移動することは、ろくな病院の無い田舎に感染を広げるかもしれない極めて悪質な行為だろう。もちろん取り締まる側にも問題はある。逮捕する際に激しく抵抗された警察官が発砲した例もある。しかし4月2日までにグアルディア・シビルや警察官にも、全国で2000人に近い感染者が出ているのだ。その多くが違反者との対応や逮捕の際に無自覚な感染者からうつされたものと思われる。その者たちはおそらく他の人たちをも感染させていると思われる。

 ただし、この自由と市民的権利の制限は、別の観点からいろいろな問題を含んでいる。それは次回の記事で語ることにしたい。

 サンチェス社会労働党政府は3月29日に感染数増加を食い止めるために非常事態を強化し、建設工事など産業界の一部に許可されていた「緊急ではない」活動を4月8日まで禁止することを決めた。多くの地域で4月9日から12日まで4連休になるため、実質的に4月12日まで、食料や医療関係などを除くすべての産業の活動が止まった。また政府は4月4日に、4月26日までの非常事態延長を決めた。まあこれは当然で、その後に再延長のうえで感染拡大が下火になり回復者が増えていけば段階的に禁止令を緩めていくのかもしれないが、「終息宣言」にはほど遠いだろう。
 男女年齢別ウイルス禍グラフ
 感染の仕方の特徴を見ると、特にスペインとイタリアでは高齢者の死亡率が非常に高いことが明らかだ。左のグラフはエル・パイス紙によるスペインの4月7日のデータだ。70歳以上の感染者は全体の33.1%だが、死亡者になると70歳以上が何と87.0%になる。これは、一つには社会の高齢化、食生活と生活パターンの問題で心臓病や高血圧や糖尿病が多くコロナウイルス感染に弱いことがある。しかし、前回の記事中の「《高齢者を襲うパンデミック》」でも述べたとおりネオリベラル政策による福祉切り捨ての結果という面を見逃すことができない。特に2008目年以降の大不況時に福祉切り捨てが激しく進められたマドリード州では、訓練を経ていない無資格者が老人施設で低賃金で働いていることが知られている。老人施設が公費からの援助をどれほどひどく削られたのかよく分かる事実だ。4月7日現在でマドリード州での死亡者は5586人だが、そのうち4750人が老人ホームで感染した結果として亡くなっている。またマドリード州に続いて死者数の多いカタルーニャ州では3041人の死者のうち1110人が同様に老人ホームでの感染で亡くなった。痛ましい話だ。高齢者施設は文字通りの「姥捨て山」になっている。

 また、エル・パイス紙によれば、罹患率では男性が49.0%、女性が51.0%なのだが、死亡率では男性が63.3%、女性が36.7%で、男性の死亡率が相当に高いことが分かる。しかし女性は男性に比べて70歳未満の世代の罹患率が高い。理由はよくわからない。また同じ資料の中で、ICUに入院している患者数の変遷のグラフがあるのだが、4月7日の数値は7069人となっており、増加しているものの明らかに増加の割合が小さくなっていることが明らかに見て取れる。これがいつか横ばいから右下がりになっていくことを期待したいものである。ただし政府発表の数字を当てにすれば、ということだが。

 なお当然だが、教育も重大な影響を受けている社会分野の一つだ。3月16日からすでに1か月近く全国であらゆる種類の学校が閉ざされている。欧州では4月から6月が基本的に3学期で、進学コースの18歳になる生徒は大学に進みたければセレクティビダッと呼ばれる選抜試験(州ごとの統一試験)を受けなければならない。いつもなら5月下旬~6月上旬に行われるのだが、しかし今年はそれでは学校も受験生もとうてい間に合わせることができず、現在のところ6月下旬~7月下旬に実施される予定だ。それもまたどれほどあてになることやら。この受験生たちだけではなく小中学校の生徒たちもまたインターネットを通しての授業で何とか勉強を進めているが、ストレスのたまることだろう。先生も生徒も頑張ってほしいものだ。


《サンチェス政権が打ち出した救済策》

 近ごろ日本政府が発した「緊急事態宣言」とやらに伴う休業補償などの救済策のお粗末ぶりが話題になっているようだが、もうそれについては日本国内でさんざん言われているだろうからここでは触れない。スペイン政府が実施、実施予定の政策について述べることにしたい。コロナウイルスによる感染がスペインではっきりと増加してきた3月上旬、スペインの株式市場は大荒れの状態になっていた。3月6日の1日で市場は約1100億ユーロ(約13兆円)を失い、3月9日のマドリード株式取引所IBEX30は英国のEU離脱国民投票以来の8%もの暴落を見せた。投資家たちはこの対ウイルス戦争が容易ならざるものであることを見抜いていたようだ。

 ところがEU理事会は3月10日にコロナ対策にわずか250億ユーロ(約3兆円)の資金を動かすと決めたのみだった。いかに欧州上層部がこの戦いを軽く見ていたかをよく表している。慌てた欧州中央銀行は、EUが適切な処置を取らなければ2008年リーマンショック時と同様の危機に見舞われると警告した。ドイツ首相アンゲラ・メルケルもドイツ国民に対して放っておけばドイツ人の70%が感染するだろうと警告して国民の警戒心を促した。その時にはイタリアがすでに12000人を超す感染者を出しており、3月11日にイタリア政府は国民の生活必需品関連を除くすべての産業をストップし国民の外出を厳しく制限する措置を発表した。

 スペイン政府は3月14日にそれに続いて非常事態を宣言した。そして前回の記事中の「《国家非常事態のスペイン》」で述べたような状態となり、筆者の住むバルセロナは一夜にして「戒厳令下の都市」に変わった。政府はこの時には経済対策に140億ユーロ(約1兆6500億円)、医療に38億ユーロ(約4500億円)を投入すると発表したが、そんなもので用を足さないことは明らかだった。しかし、もちろん事前に企業側と労組側とに話を付けておいたはずだが、操業が停止されるメルセデス・ベンツ、セアト、イベロドーラなどの大企業が労働者の一時解雇向けて動き出した。一時解雇の場合、解雇された労働者は労使の話し合いで決められた期間は給与の70%を受け取ることができ、社会保障費は会社負担(これは後に国の肩代わりとされたが)となる。もちろんこれは財政的に余裕のある大企業にしかできないことだ。この一時解雇は3月25日までに76万人にまで広がった。

 ただ、この非常事態によって受ける損害への救済策が決められるペースは遅かった。原因は連立与党の社会労働党とポデモスの救済策に対する意図がかなり食い違っており、一つ一つの案件に対する閣議での調整に非常に手間取っていることだ。ポデモスはあくまで小規模企業や零細な商店、臨時雇いを含む下層の労働者、フリーターを含む自営業者、失業者を中心にした経済弱者の救済策を第一に目指しているが、社会労働党としては、確かに労組や中小企業主を大切にしているが、大資本と金融界を含む経済全体のバランス、国際的な協調を考えなければならない。両者の作業は遅々として進まなかったが、それでも小出しに救済策が発表されていった。

 3月17日に首相ペドロ・サンチェスはコロナウイルスによる経済的損失の補償に総額で2000億ユーロ(約24兆円)を投入すると発表した。またサンチェスはこの危機が去るとき経済再建のための予算を組む予定を語った。もちろんだがスペインの勤労者の半数がこのウイルス禍によって職を失うことを恐れている。さらにその中でも最も弱い立場にある人々、例えば複数の家庭に雇われている掃除婦たちはそのギリギリの収入の道を断たれることになる。さらに、カタルーニャ1州の中ですら15万人もいる臨時雇い労働者も収入を失ってしまう。種々の社会団体が、こういった収入が大幅に減る家庭のために住宅ローンと家賃の支払いの猶予措置を取るように要求した。左翼政党ポデモスを一員として含むサンチェス政権としてはこの経済弱者の救済を何としても実現させなければならない。3月20日には電気代、ガス代、水道代の支払い猶予が可能とされた。

 経済大臣ナディア・カルビーニョが経済弱者救済策をまとめるための作業を行っていると発表したのは3月23日になってからで、75%以上の収入を失った自営業者に対してそれまでの収入の70%を国が保証することが発表された。24日には中小企業に対して従業員への給与支払いなどの経費のために銀行から行う借り入れの80%を政府が保証すると決めたが、これは銀行の貸し渋りを防ぐためである。また同日、零細自営業者に対する家賃支払いの猶予も決めた。25日には収入を失った自営業者の社会保険料(最低額で288ユーロ)の支払い免除、また家庭に雇われ失業保険を受け取る資格のない掃除婦たちにもそれまでの収入の70%を国が保証すると決めた。

 さらに3月27日には企業主に対して、臨時雇い労働者を含むコロナウイルス禍を理由にした解雇の禁止を通告した。この措置には、そんなことをしたら多くの企業が倒産してしまうという強い反対もあるが、失業率が爆発的に上昇すれば経済そのものが吹き飛ぶだろう。ただこれは遅きに失したかもしれない。大企業の一時解雇者はまだ多くの権利を持っているが、既に首を切られていた短期雇用者が大勢いたはずだ。また収入を失った人々に対する賃貸家屋の家賃支払いと住宅ローン支払いの長期間猶予については、ポデモスと社会労働党との意見が食い違いさんざんにもめ続けたが、結局3月31日になって6か月間の支払い猶予と強制追い出しの禁止が認められた。またその間に賃貸契約が切れても今までの条件で延長できる。ただその場合、今度は小規模の家主が経済的にひっ迫する可能性があり、政府としては今後の対応が求められている。また個人の借主だけでなく、中小企業や個人営業者の事業所賃貸料も同様に支払い猶予が認められた。また政府は失業者や掃除婦たちへの給付金支給を計画している。

 ただし、これはどこの国でもそうだろうが、このような援助や有利さを受ける場合にはそれに必要な条件があり、こまごまと面倒で手続きも複雑なことが多い。スペインにはヘストール(gestor)と呼ばれる職業があり、ふつうは「行政書士」と訳されるが、実際には日本でいう行政書士と公認会計士と税理士を兼ねたような仕事をする。腕が良く良心的なヘストールならより有利な援助を上手に引き出してくれるのだが、素人の個人が役所相手に受け取りを手続するのはちょっと面倒だろう。筆者の知り合いに小規模なレストランを経営する人がいて、もちろんこの間店を閉じているのだが、掛かり付けのヘストールに頼んで3月分の援助金(従来の収入の7割)を、もちろん社会保障費負担なしで、経営者も従業員も受け取ることができた。ただ全員がそううまくいくとは思えない。筆者自身は既に年金生活者なので社会保障制度が破綻するまでは生きていけるが。

 しかしながら、スペイン政府が、病院と仮設病院を戦場として繰り広げられるコロナウイルスとの対決、医療機器や装備や薬品などの武器、それらを供給する輸入と国内工場からの買い入れなどの直接の費用に加え、このような国家非常事態に伴う損失の救済措置、さらには「コロナ後」に控える経済と社会の再建を遂行するためには膨大な費用が必要だ。大富豪のアマンシオ・オルテガやサッカー選手のレオネル・メッシ、サッカーチーム監督のチャビ・エルナンデスやジュゼップ・グアウディオーラなどが個人的に、また銀行のBBVAやサンタンデール、大企業のイベロドーラ、インディテックスやテレフォニカなどが、医療現場に対して大量の寄付金を送っている。しかしもちろんそんなもので足りるわけがない。その作業がうまくいくかどうかは、ひとえに欧州連合の態度にかかっているのだ。

 欧州連合では周知のとおりスペインだけではなくイタリア、フランス、ドイツ、オランダ、ベルギーなどの主要な国々がコロナウイルスという目に見えない強敵相手に散々の苦戦を強いられており、他者のことなど構っておれない状態だ。そんな欧州の中で何が起こっているのか、またこの「世界大戦」が世界をどんなふうに変えてしまうのだろうか、それはまた次回の記事で綴ってみるようにしたい。筆者の予感では、あくまで山勘だが、我々が2019年まで住み慣れた近代の社会と生活はもう二度と戻ることがあるまい。


【『「戦時体制下」のスペイン その2』 ここまで】
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