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シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う

⑫最も不名誉な1週間


 アホクサ!の一言である。何がアホらしいといって、この10月9日からの1週間ほどアホらしい日々を過ごしたことはない。これはカタルーニャにとって、史上最も不名誉な1週間と言えるだろう。この記事は『カタルーニャ「独立住民投票」前夜』、『血まみれのカタルーニャ住民投票(1)』、『血まみれのカタルーニャ住民投票(2)』に続くものである。カタルーニャを巡る事態は極めて流動的であり、明日にはまた新しい流れが作られることになるだろう。とりあえず現時点(10月15日)で明らかなことをご報告したい。

2017年10月15日 バルセロナにて 童子丸開

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小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
《「最悪のナショナリズム」》
《ラホイの「最後通告」》
《どうなる?16日からの1週間?》


【写真:左:「独立宣言」に歓喜し、右:次の瞬間に凍りつく独立派集会:2017年10月10日、エル・パイス紙より】


《「最悪のナショナリズム」》

 2017年10月10日は、末代まで世界の歴史に刻まれる名誉ある日付になるはずだった。この日にカタルーニャがスペインからの分離独立を宣言し「カタルーニャ共和国」が欧州の中で(EUの中かどうかはともかく)新たな独立国としての第一歩を踏むと期待されていた。そしてその日の午後7時、予定よりも1時間遅れてカタルーニャ州議会の演壇に立った州知事カルラス・プッチダモンの口から出たのは次の言葉だった

 「…この歴史的な瞬間に際し、州政府知事として、私は議会と我が同胞たちの前に住民投票の結果を掲げ、次のように言わせていただく。カタルーニャが共和国の形で独立した国家となる権限を有する。」

 この日、州議会会議場のあるシウタデーリャ公園は州警察の手によって朝から厳重に閉ざされ、議員や職員、報道関係者以外の立ち入りを厳禁された。しかし公園に続くリュイス・クンパニィス大通りから凱旋門広場にかけて、夕刻の迫る時期からおよそ3万人の独立派団体が続々と詰めかけ、大集会を形作っていた。人々は大型スクリーンに映るプッチダモンの一言一言に熱心に耳を傾け、この歴史的瞬間を待ちわびていたのだ。そして今の「独立宣言」に大歓声が上がり会場は喜びに酔いしれた。しかし、次の瞬間である。プッチダモンの言葉を続けよう。

 「同様の厳粛さを持って、州政府と私は、この独立の宣言の効力を停止させることを州議会に提案する。それは、続く数週の間に合意による解決に至ることを不可能とせずに対話を開始するためである。…」

 ナニイ? その瞬間、集会場は、頭から氷水をぶっかけられたように固まった。独立宣言の効力を停止? 何だ?それは?

 おそらくだが、凍りついた、というよりもしばらくの間、思考停止、判断停止状態に陥ったのは、世界中の国々から集まった報道陣も同様だったろう。いったい何が起こったんだ? 確かに「独立」を宣言した。しかし次の瞬間に「効力を停止」させた。これは「独立宣言」だったのか? そうではなかったのか? 世界中の誰もがポカ~ン状態に放り込まれてしまったのだ。きっと各国の報道関係者は頭の中に灰色の煙がもやもやと立ち昇った状態で自分の国に戻っていったに違いない。

 このプッチダモンの「宣言」内容は、州議会総会が開催される以前に、この日の朝から各党の代表者が集まって話を詰めた段階で決まっていたことだろう。それ以前に筋書きはできていたに違いない。もともと9日に行われる予定だった州議会総会が憲法裁判所の停止命令を受けていたのだが、10日の総会に対しては憲法裁判所の停止命令は出されなかった。そして独立反対の先頭に立つ国民党とシウダダノスは総会に全員出席した。前の週の段階でこんな内容になることが決められていたはずである。

 これは、同サイトのこちらおよびこちらの記事でも述べたことだが、まともなやり方では勝ち目のない「独立戦争」を有利に展開するための有力な「仲介者」を見付けることが困難なことと、二重権力状態の混乱を恐れてカタルーニャの外に「脱出」する地元企業が続出している現状が反映されたものだろう。前の週に州政府と独立派の内部に激しい動揺が広がっていたことがはっきりしている。特に、しょせんはあのジョルディ・プジョルの率いた党であるPDeCAT(カタルーニャ欧州民主党、かつてのCDC:カタルーニャ民主集中)内部で日和見主義が蔓延していることに間違いはない。(ジョルディ・プジョルについては当サイトこちらの記事参照。)

 当サイトのこちらの記事で書いたように、6日の段階でこの独立運動を開始させ拡大させてきた前州知事のアルトゥール・マスがいきなり顔を出して、カタルーニャがまだ真の独立国となる準備が整っていない、とか、現在州政府の中でいまが独立宣言を行うのに正しいタイミングかどうかについての議論がある、とか、独立宣言があったとしても長い粘り強い交渉が必要となる、などのことをグチャグチャと言いだしたのも、このプッチダモンの訳の分からない「宣言」の布石になっているのだろう。

 なお、13日にはEU委員会のユンケルが「私はカタルーニャの独立を望まない。そんなことを許せば他の国でも同様のことが続き、15年以内にEUは98カ国になるだろう。」と語ってEUの仲介を明確に拒否している。またその日までに本社をカタルーニャから外に移した地元企業が530を超える規模に膨らんでいることが明らかにされている。

 10日の州議会総会で「独立宣言」の後、シウダダノスの州議会議員団長であるイネス・アリマダスはプッチダモンを激しくなじり、「あなた方は今まで欧州に存在した中で最悪のナショナリズムだ」と言った。彼女とは少し違う意味合いでだが、私も同じことを思う。私が当サイトのこちらで語ったように独立ということがどんなものなのか想像すらできず、こちらで書いたように独立までの困難な筋道について考える能力を持たず、こちらこちらで述べたように途方もない幻覚に操られ、その挙句に、厳しい現実を目の前に突き付けられて、特に自分たちの懐を潤してきた地元企業の逃亡を目の前にして、小便をちびり始めたのだ。それならまだしも、このプッチダモンの「宣言」を裏切りと見なし過激なアナーキストとしての筋を通そうとするCUPの方がよほど潔い。この民族主義右派が語ってきたことは、知恵も無ければ見通しも無く、度胸も無ければ潔さも無い、いじましい欲だけの、まさに最悪最低のナショナリズムであろう。
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《ラホイの「最後通告」》

 この状態を見てとったのか、あらかじめ知っていたのか、翌日の11日にマドリードで下院本会議の壇上に立った中央政府首相マリアノ・ラホイは、カタルーニャの独立主義、特に今年9月以降の動きについてボロカスにけなした後で、プッチダモンに対して次のような要求をした。「5日間待とう。10月10日に独立宣言があったのか、それとも無かったのか、16日(月曜日)までに明確にせよ。」と。もし「独立宣言があった」と答えるなら、中央政府は自治体からあらゆる自治権を奪い取る憲法155条を発動することになる。その場合、19日(木曜日)までにそれを破棄してスペイン国家の法に服することを誓え、つまり独立宣言と同時に9月以降に決めた住民投票州法と分離独立州法を破棄せよ、さもなければカタルーニャに憲法155条を即時適用する…、とたたみかけた。これは事実上の最後通告だろう。

 では独立宣言が無かったと答えた場合にはどうだろうか。これは政治的敗北を宣言したに等しい。その場合、国際的な応援は受けづらく仲介者も不要となり、やはり結局は住民投票州法と分離独立州法を破棄させられることになるだろう。そのうえでプッチダモン、副知事のウリオル・ジュンケラス、報道官のジョルディ・トゥルイュ、州議会議長カルマ・フルカデイュ、州警察署長のジュゼップ・リュイス・トラペロ、また主要民族主義団体の代表者などは起訴されて刑事被告人となるだろう。どうあがいても独立運動は壊滅的な危機に陥ることになる。「あった」と答えたうえで18日までに中央政府に恭順の意を告げるような場合でも、やはり同様でもっと扱いは厳しくなるだろう。

 もう一つの可能性として、プッチダモンは10月10日に言ったことを繰り返し、独立宣言はしたがその効力は停止されている、それがどちらに当たるのかは中央政府で勝手に判断せよ、と答えることが考えられる。つまり、ラホイにボールを投げ返すのだ。その場合、中央政府がどんな対応をとるのかは予測が難しい。ラホイの対応が世界中から見つめられているからだ。

 いま(15日までの段階で)独立派内部で激しい論争が続いている。プッチダモンは憲法155条を突きつけられたことに対して「分かった」と言っただけだが、彼の所属する民族主義右派のPDeCATは完全に腰砕けになっているものと思われる。しかしそれと合同会派を作るERC(カタルーニャ左翼共和党)党首のジュンケラスは「カタルーニャ共和国建設以外の交渉は存在しない」と警告し、CUPは議会に対して即座に一方的独立宣言をせよと最後通告し、ANCもまた独立宣言の停止を解けと厳しく要求している。

 今日10月15日はリュイス・クンパニィス(Lluis Companys、実際の発音は「リュイス・クンパンチ」が最も近い)の77周忌に当たる日である。クンパニィスはスペイン内戦の前にカタルーニャ共和国の独立宣言をした「大統領」だが、フランス亡命中にナチスに捕まりフランコ政府によって銃殺された人物である。プッチダモンは彼の記念碑の前で「平和と民主主義によって霊感を与えられた」結論を出すと語った。さて、プッチダモンは16日の月曜日にどんな返答をラホイにすることだろうか。それによってこの独立運動の行く末が決まってくるのだが、この言葉を聞く限り「平和と民主主義」を言い訳にして独立運動をなし崩しにする可能性が高いのではないかと思えてくる。ラホイにとっては「果報は寝て待て」といったところか。
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《どうなる?16日からの1週間?》

 憲法155条の適用についてはすでに与党国民党が、共闘するシウダダノスとだけではなく、社会労働党とも合意を結んだことである。社会労働党はラホイから、その適用に賛成する代わりに憲法改正の議論を議会で開始する約束を得ているのだが、具体的な改正内容は明らかではない。それはともかく、もしこの155条が発動されれば、全ての州政府の機構と施設はグアルディアシビルと国家警察の力で(場合によっては軍隊の導入もありうる)中央政府に接収され、中央政府から派遣された係官がそれらを動かすことになる。

 その場合、プッチダモン以下州政府の者たちと州警察幹部は「ただの人」となるため、主要な民族主義団体であるANC(カタルーニャ民族会議)代表のジョルディ・サンチェス、民族主義団体オムニウム・クルチュラル代表のジョルディ・クシャールらとともに、裁判所か検察庁の命令で即座に逮捕されることになるだろう。その後いつになるか分からないが、混乱が収まり次第、新しい地方選挙が実施されて地方自治体が復活することになる。もちろん中央政府に恭順を誓うものしか存在は許されまい。

 ただそのような接収や逮捕の際に、大勢の抗議の民衆に対して国家警察とグアルディアシビルによる暴力的排除が、10月1日をはるかに超える規模で行われる可能性が高い。しかしそうなると、EU内の国々でカタルーニャを弁護してスペイン政府を非難する世論が激しく盛り上がりかねない。もしそのような国内世論の圧力に遭うと各国政府は黙っておれず、さらにその政治的混乱がスペイン経済に打撃を与え続ける場合には欧州中銀やIMFもEU委員会に圧力をかけるだろう。そうなって初めて、EUが本格的に介入することになる。そこまで事態が悪化するかどうかは分からないが、これはおそらく最も過激な解決法になるだろう。

 16日にプッチダモンが「独立宣言はありませんでした」と答えると、その政治的敗北を認める者たちと認めない者たちとの間で「内戦」が始まりるだろう。そこに、先ほど書いたような中央政府からの横やり(関係者の起訴、あるいは逮捕)などが加われば、もう独立運動はそのエネルギーと手段を失うことになる。特に地元産業のカタルーニャからの遁走を目の前にして震えあがった人々は、その意味が分からないド田舎の農民を除いて、総崩れになる可能性が高い。あまりのだらしなさに、おそらく国際的な応援も期待できまい。そうして、いずれにしてもいままで続いてきた独立運動は終わりをつげ、新たな地方選挙で独立派ではない州政府が誕生することになるだろう。

 ひょっとするとそれがいちばん平和的な解決法かもしれない。カタルーニャ人とスペイン人の心に深く付いた傷が癒されるまで長い時間が必要だろうし、政治的混乱で起きた経済的な打撃は長期間この国を傷め続けるだろう。しかしともかくも「元のさや」に収まって、逃げた地元産業も多くが戻ってくるだろう。またこれはあまり期待できないが、社会労働党とポデモスを中心にした憲法改正作業を通して財政面などでもう少し自治性を高めた地方自治の在り方が実現するかもしれない。

 プッチダモンがボールをラホイに投げ返し、中央政府の判断にゆだねた場合には、いま述べた最も過激な解決と最も平和的な解決のいずれか、あるいはそれが混ざり合った方向に向かうと思われる。つまりどうなるかわからないということだ。いずれにせよ、スペインとカタルーニャの将来、ひょっとするとEUの将来もだが、この16日からの1週間にかかっていると言える。しかし事態がどのように進んだとしても、そこに住む者たちにとっては悩みと苦しみが残されることになる。次に私がスペインからの記事を書くときは、来週以降、つまり事態がはっきり決まって動き始めているころになるだろう。無事に過ごせるだろうか。
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【『最も不名誉な1週間』ここまで】

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