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バルセロナ・テロ:湧き上がる疑問の数々


 2017年8月17日水曜日、午後5時前。バルセロナの最も有名な観光スポット、ラス・ランブラスの遊歩道で起こった悲惨な事件は、スペインだけではなく世界中を震撼させた。その後、同日夜中にバルセロナの南東にあるタラゴナ市近郊の町カンブリルスでも痛ましい出来事が起こった。ともに「聖戦主義者(ISIS)によるイスラム・テロ」と見なされる。

 スペインでは8月15日が国の祭日である。夏のバカンスの最中でもあるうえに今年は12日からの実質「4連休」となったため、翌16日から国や地方での様々な機能が再開し始めた。しかしこの16日から18日にかけての3日間にカタルーニャで起こった出来事は恐怖であると同時に怪奇である。我々が載っている日常生活の舞台の下で、何か尋常ではない事態が進行していることを実感させるものだ。

2017年8月21日 バルセロナにて 童子丸開

小見出し一覧 (クリックすればその項目に飛びます)
《住民投票法案審議開始が突然の延期、アルカナーで爆発》
《ランブラス通とカンブリルスの暴走テロ》
《容疑者の逮捕、射殺:死人に口無し?》
《大規模爆破テロ計画があった!?》
《広がり深まる疑問》


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《住民投票法案審議開始が突然の延期、アルカナーで爆発》

 8月16日、夏休みが明けたカタルーニャ州議会では、州政府がこの10月1日に予定しているカタルーニャ独立を巡る住民投票を確実にするための州法作りの作業を開始するはずだった。州政府提出の法案が与党JxSI(ジュンツ・パル・シ)と極左独立派CUP(人民連合党)の賛成多数で通過し、中央政府の反対も何のその、強引に住民投票の準備が開始されるだろうと、誰もが思っていた。なお、JxSIは民族主義右派PDECat(カタルーニャ民主党:元のCDCカタルーニャ民主集中)とERC(カタルーニャ左翼共和党)が独立を目的に作った合同会派(当サイトこちらの記事を参照)である。

 ところが、である。16日の早朝になって、州議会議長でANC(カタルーニャ民族会議)元委員長カルマ・フォルカデイュを交えたJxSIの緊急会議が行われ、住民投票法案の州議会上程延期が決定された。延期の理由としてフォルカデイュは「政策の司法化(judicialización de la política)」というTV局や新聞の政治部の人々すら首をかしげる意味不明な表現で説明した。いつまで延期されるのかについても、1週間後の8月22日かもしれないしもう1週間延びて29日になるか、さらに延びて9月6日になるか・・・と、明確にしなかった。この決定はスペイン中を「ポカ~ン」状態にしてしまった。

 いまさら「司法化」と言われても、もうすでに法律論議は散々に行ってきているわけで、スペイン国家の憲法裁判所は「違憲である」と言い、政府も非合法であると言い、州政府だけが合法的だと主張して一方的に住民投票を実施するのだから、このまま突っ走るしかあるまい。9月11日の「カタルーニャの日(当サイトこちらの記事)」に百万人超規模の大衆動員をして景気を上げておいてから議会に提出し、一気に投票実施に突っ込む気ではないかと推測する向きもあるが、そんな大イベントを計画し準備するだけの時間は残されていない。どうしてこんな寝耳に水の決定が行われたのか、筋の通る説明はなされなかった。

 このことが、今から述べることに関係があるのか無いのか、よくわからない。しかし8月16日からの新年度開始時に為されたこの奇妙な決定が、恐怖すべき怪奇な3日間の幕開けとなったのである。

 その日の夜、11時過ぎのことだった。バルセロナから180kmほど離れたカタルーニャとバレンシアの州境にあるアルカナー(Alcanar:冒頭の地図参照)で、1件の家が大きな爆発で吹き飛ばされバラバラに壊れてしまった。ここは1戸建ての住宅や貸し別荘が立ち並ぶ静かな田舎町だが、この爆発した家の残骸から一人の死体と重症の一人が発見された。さらにそのあおりをくらった近隣の住宅も大きく壊され6人が負傷した。こちらの写真を見れば、この集落の様子と爆発のすごさが分かると思う。

 この家は空き家になっており、近所の人の証言では半年ほど前から何人かの男たちが出入りし、どうやら乗っ取って勝手に住みついた様子だったという。警察と消防署は、次の日(8月17日)の朝になって、その男たちがこの家で合成麻薬を作っていてその作業の最中に爆発が起こったようだと発表した。しかしそのすぐ後で、この爆発をガス漏れによる爆発と断定的に訂正した。そこに20本ほどのブタンガスとプロパンガスのボンベが置かれてあったためだ。

 私はTV画面で壊れた家の様子を見ながら首をかしげた。スペインでは都市ガスの無い場所でプロパンガスではなくブタンガスを使うことも多い。今までにも何度かブタンガスの爆発現場をTVニュースで見たことがあるが、普通のガス爆発ではこんなふうに家の端から端までばらばらになることは考えにくい(写真)。また、集合住宅ならともかく、空間的に多少とも距離のある近隣の住宅で大勢のけが人が出るほどの爆発になることにも疑問を覚えた。さらにガス爆発なら普通に見られる燃えたり焦げたりした形跡が全くない。

 州警察と消防署が大した捜査も分析も無しにボンベだけを理由に「ガス爆発」と断定し、報道機関がどの新聞もどのTVも全く疑問を発しなかったことに、私は非常に違和感を覚えた。さらにこの空き家に訳の分からない者たちが住みついていたのなら、住民が警察に通報し警察が家の所有者を探して連絡すると思うのだが、そうした形跡もまた無い。後になって明らかにされたがこの爆発はガス漏れなどではなかった。警察も消防署もそれを知っていて意図的に偽情報を発表しマスコミも何も問わずにそのまま報道したわけである。
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《ランブラス通とカンブリルスの暴走テロ》

 バルセロナでの事件については、日本でもかなり詳しく報道されていたようなので、よく知られていることだろう。8月17日の午後5時あたり、市の中心部カタルーニャ広場から海岸通りに向けて延びる遊歩道ラス・ランブラスに1台のバンが猛スピードで突っ込み、大勢の散歩を楽しんでいた人々を次々とはねて、約500mを突っ走った(こちらの地図こちらの写真を参照)。バンはリセウ劇場やボケリア市場の近く、遊歩道にジュアン・ミロのデザインしたモザイクのある場所で止まり、運転していた男は降りて路地に逃げ込んだ。(写真:こちらこちらこちらこちら)そして、誰もが予想したことだろうが、ISIS(ISIL、イスラム国、Daeshなど様々に呼ばれる)が早々と犯行声明を出した。

 悲劇はバルセロナ市内では終わらなかった。同じ17日の深夜(正確には18日午前1時ごろ)、バルセロナの南西約110kmのところにある保養地カンブリルス(Cambrils:冒頭の地図参照)で、黒塗りのアウディが警察の検問を突破した。新聞報道(警察発表)によると、自動車は深夜の通りを歩いていた市民と警戒中の警察官を跳ね飛ばし6人が重軽傷を負った。その後、車が転倒し中にいた5人の男たちは刃物を持って逃げ出して、付近にいた女性を刺して死に至らしめた(写真写真)。また他の1人は腰に偽物の爆発物を巻いていた。5人は警察官によって全員射殺されたが、そのうち4人を射殺した警官は退役軍人だった。(1名のテロリストの射殺はビデオ映像におさめられた。またこちらのYoutubeビデオで事件時の街の様子を知ることができる。)



事件翌朝、暴走車が突っ込み最初に犠牲者が出た付近で花と蝋燭を捧げる市民(撮影筆者)


事件翌朝、暴走車が止まったミロのモザイクの上に花や蝋燭などをささげる市民たち(撮影筆者)

  以上が8月17日から18日深夜にかけて、わずか9時間ほどの間の出来事のあらましだが、これらの一連の事件は14人の死者と100人を超す負傷者を残した。ランブラス通りの現場は筆者の自宅からも近く、今までにもう何十回も歩いた場所である。翌朝、筆者もまた立ち入り禁止措置が解かれたランブラス通りに向かい、その後カタルーニャ広場で参加者10万人と発表された犠牲者追悼集会に加わった。なおこの集会にはスペイン国王フェリーぺ6世、首相マリアノ・ラホイ以下の閣僚、カタルーニャ州知事カルラス・プッチダモン、バルセロナ市長アダ・クラウなどの大勢の要人が参列していた。

 ランブラス通りで死亡・負傷した人々の国籍は35カ国に上り、欧州で第3位という観光客を集める都市で起こったテロ事件がどれほど幅広く世界に影響を与えるのかの実例ともなった。多くの国から犠牲者や負傷者の遺族、家族、友人らがかけつけ、バルセロナ市はその受け入れに全力をあげている。また入院している負傷者の中で20名以上が極めて危険な状態にあり、新たに亡くなる人が出るかもしれない。
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《容疑者の逮捕、射殺:死人に口無し?》

 バルセロナのテロで犯行に使用されたレンタカーのバンの車内には、ある人物の身分証明証が置かれていた。この手の事件ではいつものことだが、犯人のパスポートだのIDカードだのが、いとも簡単に発見される。いつもそうだ。実に奇妙な話なのだが、今回のものはもっと奇妙である。この身分証明証の持ち主ドゥリス・オウカビルは28歳のモロッコ系だが国籍はフランスで、現在はバルセロナ北部のリポイュ市(冒頭の地図参照)に家族と一緒に住んでいる。彼は事件のすぐ後にテロ容疑者として逮捕されたのだが・・・。

 逮捕直後にリポイュ市の市長ジョルディ・ムネイュがラ・バンガルディア紙に語ったところでは、ドゥリス・オウカビルは17日の午後に地元の警察署を訪れ、数日前に身分証明証が盗まれたと訴え出た。その時点で地元の警察はすでにラス・ランブラスで乗り捨てられたバンの中にその証明証があったことを知らされており、ドゥリスはその場でテロ容疑者として逮捕された。しかしその報道があった後でパトロール中の警官によって発見されて逮捕されたという警察発表があった。ドゥリス自身はテロに関与した容疑を強く否定しているが、警察とマスコミは彼がテロリストの一味であると断定している。確かに、彼が盗難を訴え出たことが事実だとしても、事件が起こる前にではなかったため市長の話は説得力に欠けるだろう。市長が誰からそれを聞いたのかは新聞を見る限り明らかではない。

 しかし釈然としないのは他の容疑者たちだ。カンブリルスで暴走した5人は全員が射殺された。こちらのYoutubeビデオで射殺された者たちの姿を見ることができる。こちらのビデオ(El País紙:写真画面をクリックすれば動画になる)では、一人の男が向かい側の歩道でナイフを振りかざしており、それを警官が狙撃して撃ち殺している映像を見ることができる。男は一度倒れてじきに起き上がり、そして再び倒されて二度と起き上がることはなかった。なお、最初の4人を撃ち殺したのは退役軍人の一人の警官である。

 奇妙としか言いようがない。生きたまま逮捕して白状させて事件の計画や背後関係を含む全容を解明するのが、本来の警察の仕事ではないのか。軍で訓練を受け4人をただちに射殺できる腕前を持つ者が足などの致命傷につながらない個所が撃てないとは思えないのだが。過去のいわゆるイスラム・テロ事件で、実行犯が生きて逮捕された例は非常に少ない。13年前の2004年3月11日に起きたマドリードの列車爆破事件(当サイト:こちらのシリーズ)でも実行犯と見なされる7人の者たちは全員死んだ(当サイト:こちらの記事)。ただしこのときには「自爆」によるものだった。今回は爆発物も銃も持たずナイフを振りかざすだけの者たちだった。なぜ全員を射殺する必要があったのか?

 死人に口無し・・・。よっぽど白状してもらったら困ることでもあったのだろう・・・、と考えるのは邪推のしすぎか? テロリストは何をしでかすか分からないから即刻殺す、というのが警察の内規になっているのかもしれないが・・・。なお、このカンブリルスの現場で射殺された5人は全員がモロッコ系で、先ほどのリポイュ市で逮捕されたドゥリス・オウカビルの弟で17歳のモウッサ・オウカビル、19歳のサイド・アアルラア、24歳のモハメド・ヒチャミ、その弟で年少者のオマル・ヒチャミ、年少者のホウッサイネ・アボウヤアコウブである。それにしても、事件後わずか2日やそこらで、何とも完璧に身元を突き止めることができたものだ

 奇妙なことは他にもある。バルセロナでの事件後、市から外に出る幹線道路は州警察によって封鎖され検問が行われていたのだが、午後6時30分ごろ、幹線道路の一つディアゴナル通りで一台の白いフォードの車が警官を跳ね飛ばして検問を突破した。すぐに警官が追いかけ車は近郊のサンジュストで発見されたのだが、運転していた者は既におらず、助手席にこの車の持ち主パウ・ペレス氏の死体があった。ペレス氏は刃物で刺し殺されていた。警察は運転者を捕らえることができなかったミスを認めたが、ラス・ランブラスで暴走テロを起こした犯人が逃亡のために運転者を殺して車を盗んだと判断している。したがってペレス氏がこのテロによる15人目の犠牲者ということだ。

 20日になって、ランブラス通りを突っ走った実行犯の姿がボケリア市場の監視カメラで撮影されており、ヨウネス・アボウヤアコウブ(カンブリルスで射殺されたホウッサイネの兄)であると断定された。つまり彼が暴走テロ後にパウ・ペレス氏を殺して車を奪って逃げたわけである。そして21日の午後、ヨウネスはバルセロナから西に45kmほど行った町スビラッツで州警察の警官によって射殺された。警察発表によると、彼は偽の爆弾を腰に巻いていたとされるが火器は所持していなかった。これで実行犯の全員が「口無し」となってしまった・・・。どうせそうなるだろうと初めから予想していたことだが・・・。
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《大規模爆破テロ計画があった!?》

 先ほど書いたアルカナーの空き家で、バルセロナでの暴走テロ事件の2時間後、午後7時くらいに第2の爆発が起こった。警察官と作業員が壊れた家の瓦礫を調べている最中で、新たに9人の重軽傷者が発生した。もちろんガス漏れによるものではなかった。バルセロナでの暴走テロ事件の翌日になってからようやく州警察から出された発表によれば、それは強力な爆薬によるものであり、発見された死体の一人と重傷者一人は爆弾の作成を行っていた。さらにその後、がれきの中からもう一人の死体が発見された。

 そして警察は最初の爆発で重傷を負った男がモロッコ系のモハメド・ホウイ・チェムラルであると発表した。さらにこの家で死体で見つかった2人の男は、先ほどのラポイュ市に住むモロッコ系ヨウッセフ・アアルラア(カンブリルスで射殺されたサイド・アアルラアの兄:20台と思われる)およびやはりラポイュで以前にイスラムのイマム(聖職者)をやっていたアブデルバキ・エス・サッティ(45歳と推定される)であるとされた。ここでようやくマスコミで、この空き家の爆発とバルセロナ・カンブリルスのテロ攻撃を結びつける観測が流され始めたのである。

 つまりこういうことだ。アブデルバキ・エス・サッティをリーダーとするテロリストたちは、当初はバルセロナで大規模な爆弾テロを行う予定だった。空いたブタンガスのボンベは爆弾として使うためのものだった。ところがアルカナーの空き家で爆弾作りの最中に何らかのミスで爆発が起こり、リーダーのエス・サッティも失うことになって、急遽、自動車を使った暴走テロに方針を切り替えた。つまりバルセロナとカンブリルスのテロは「プランB」だった・・・。もし予定通り爆弾テロがランブラス通りかサグラダファミリア教会などの観光客であふれる場所で実行されたのなら、犠牲者はとうてい100人やそこらでは済まない大惨事になっていただろう・・・。

 こんなものすごい筋書きが、わずか3日のうちに「決定事項」となってしまったのである。2001年のいわゆる911事件(当サイトこちら)をも彷彿とさせる。しかもこれには次のような素敵なおまけ話まで付いている。エス・サッティは以前に麻薬の密輸で逮捕され2012年までバレンシア州カスティジョンの刑務所に入っていたのだが、その刑務所でたまたま、2004年3月11日のマドリードの列車爆破事件(当サイト:こちらのシリーズ)に関与したとして18年の懲役刑に服しているラチド・アグリフと同室だった・・・。

 なお、この事件での逮捕者は、バルセロナでの暴走テロで使われたバンで身分証明証が見つかったドゥリス・オウカビル、アルカナーの爆発で重傷を負ったモハメド・ホウリ・チェムラルの他に、カンブリルスで暴走したアウディの持ち主モハメド・アアルラア(27歳:射殺されたサイド、爆死したヨウッセフの兄弟)、およびリポイュ在住のサルフ・エル・カリブである。今後、このテロに関連したとして新たな逮捕者が少しずつ出てくるのかもしれない。また、バルセロナとリポイュの中間ほどにあるビック(冒頭の地図参照)でも、「テロリストたちが借りたレンタカーのバン」がすでに17日夕方の時点で発見されている。しかし今のところこのバンが犯行とどのようにつながるのか、明らかにされていない。
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《広がり深まる疑問》

 それにしても早い。事件後、16日のアルカナーでの空き家爆発からでも4日後に、ほとんどの筋書きが決定され犯人グループが全員明らかにされた。そして5日目に実行犯の最後の一人が撃ち殺された。後は爆発物の種類、その入手経路、資金源などの詳細が次々と発表されるものと思う。しかし実行犯の口がふさがれた今、ほぼグアンタナモでの拷問に等しい(スペインではテロ容疑で逮捕された者に弁護士や親族と接触する権利は無い)状態に置かれる4人の逮捕者からの証言なんぞ、どこまで信用できるのか? 州警察発表の物語がマスコミを通して好き放題に垂れ流されるだけだろう。

 今回のテロ事件に関しては上記の者たちが関与していることに間違いはあるまい。資金源や背後関係が明らかにされるのか? 私は期待していない。今までに起きた多くの「テロ事件」で、マドリードの列車爆破事件にしても2005年のロンドン地下鉄・バス爆破事件にしても、結局は「アルカイダに思想的影響を受けた少数グループ」による単独犯行として片づけられた。今回もおそらく「ISISに思想的影響を受けたアブデルバキ・エス・サッティに指導される十数名による計画と犯行」ということになるのだろう。

 いまのところ州警察はあたかも事件が起こるまで全く予測できなかったかのようなふりをしているが、到底信じがたい。州警察と常に連携を取っている国家警察やグアルディアシビル(国内治安部隊)、そしてCNI(スペイン中央情報局)が、何ヶ月も前から大勢の住民に目撃されながらアルカナーの空き家に住み着き爆弾製造に励んでいたことを突き止められないなど、そろいもそろってそこまで間抜けだとは思えない。隠密裏の捜査で以前からその動きを掴んでいたのではないのか。米国CIAもまた事前にカタルーニャ州警察に「大規模テロの危険」を通知していたのである。

 もちろんテロなどの重大犯罪については、犯人に警戒されないために、事前に軽々しく情報を流すべきではあるまい。また不用意に世間に知らせてはならないことも多いと思う。あのアルカナーでの爆発にしても、彼らのミスによって起きた偶然のものだったのか、それとも誰かが以前から爆弾テロの計画を知っていて失敗させるために意図的に爆発させたものなのかは分からない。たとえ後者だったとしても州警察がその真相を明らかにすることはないだろう。いずれにせよこのテロ計画の背後には相当に深い闇の部分があると思われる。

 今後の注目点はこの一連の事件の政治的影響である。カタルーニャ州政府が10月1日の実施を目指している「カタルーニャ独立の可否を問う住民投票」が本当に実施されるのかどうか、少々怪しい情勢なのだ。バルセロナはもちろんのこと、「テロリストの発進基地」となったリポイュは独立派の勢力が強い場所だが、いまはもう「テロ」一色に塗りつぶされて「独立」どころではなくなっている。もちろん独立派のプッチダモン知事は住民投票実施に対する影響は無いと言うのだが単なる強がりだろう。

 どうにも気にかかるのが、この記事の最初に書いた8月16日の住民投票法案審議開始の突然の延期である。なぜその日の朝に緊急会議を開く必要があったのか、7月末までやる気満々で進めてきた準備をどうして急に延期することに決めたのか、何とも腑に落ちない。もしかすると、州政府の幹部と州議会の議長は、“今日明日中に重大なテロ事件が発生する”ことを事前に知らされたのかもしれない。法案の議会上程の延期を発表するカルマ・フォルカデイュ議長のこわばった表情が実に印象的だった。

 事件後にバルセロナにやってきたマリアノ・ラホイ首相とプッチダモン州知事の共同記者会見をTVで見ていたのだが、テロに対してあくまで州民の団結を訴える州知事に対してラホイはテロ対策を国全体での取り組みとして中央と地方の連携を強化することを唱えた。ラホイは露骨にこのテロを「独立つぶし」のために利用している。そしてそれぞれが発言しているときにはお互いに苦虫をつぶした顔でそっぽを向き合っていた。プッチダモンはテロ事件の発生から今まで、まるで地獄にでも落ちたかのような苦悩の表情を崩すことができないでいる。

 バルセロナ市とカタルーニャ州政府は、この8月26日に「反テロ」を掲げた大掛かりなデモと集会を行うと決定した。そのデモには、中央政府からマリアノ・ラホイ以下の主要閣僚、国王フェリーペ6世も参加するのである。これに対して、独立派ながら州政府与党JxSIとは対立を続けるCUPが、もし国王や政府閣僚が来るのなら自分たちは参加しないと表明した。プッチダモンはこのCUPの態度を「非常に嘆かわしい」として非難するのだが、ブルボン王朝の国王とマドリード中央政府の首脳がこのカタルーニャの地で、しかもカタルーニャの首脳と同等に並んで行進することに対して、CUP支持者ではなくても心穏やかならぬカタルーニャ人は大勢いるだろう。

 これは州政府与党とCUPとの間に修復不可能な分裂をもたらしかねないし、また独立派内部に多くのひび割れを広げていくことだろう。今年のディアダ(9月11日のカタルーニャの日)は、とうてい独立熱を盛り上げるようなものにはなるまい。もちろんこの様子を内心喜んでいるのは中央政府の者たちであることに間違いない。中央政府は、州と中央の警察機構や国内治安部隊、情報機関の緊密な協力関係を呼び掛けており、さらにはテロ防止のために軍の配備を検討しているという報道すら現れているが、要は、独立なんかしたらカタルーニャはテロ攻撃の標的にされ続けるぞ、という脅しに他ならない。

 おそらくブリュッセルのEU幹部たちも同様の立場と思われる。極めて微妙な状況(当サイトこちらの記事)の中でEUの舵を取らねばならない者たちにとって、スペイン内でのゴタゴタが、欧州の政治ばかりではなく金融(当サイトこちらの記事)の不安定の引き金になるようなことは絶対に避けなければなるまい。さらに、カタルーニャ独立が必然的にもたらす「ユーロ圏に開く穴」は、この欠陥の多い統一通貨にとって致命傷になりかねず、EU本部としては独立の動きに何としても急ブレーキをかける必要に迫られていたはずだ。また、このテロは「欧州警察」の仕組みを作り上げ欧州の再構成(当サイトこちらの記事)を推し進めるために十分に役立つことだろう。今回のテロ事件は、9月24日のドイツ総選挙と10月1日に予定されるカタルーニャ住民投票を目の前にしたタイミングで起こった。今後はドイツで何が起こるのか注目しておきたい。

 巨大な「背後」を持たない大規模テロなど私は信じない。何が、なぜ、隠されているのか? メディアを通して間接的にしか起こったことを知ることができない我々に知るすべはない。疑うことだけが、我々に残される唯一の権利だ。暴走テロの翌日、カタルーニャ広場に集まった10万人の人々から「No tinc por!(私は恐れない!)」の叫び声が上がった。しかし、テロならば、はっきり言って恐れてもしょうがない。巻き込まれるかどうかは「運次第」としか言いようがないからだ。そうではなく、虚構の光で世界を照らしその闇の中から現れて否応なしに我々を動かして生存の条件を決めていってしまう巨大な権力を恐れる。

 今後もこのテロに関する新しい情報があればこのような形で発表することにしたい。
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