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自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(9)


 これは当サイト自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(7)』にある記事《「コップの中」から飛び出した「嵐」》の続きに当たる。スペイン司法当局から欧州逮捕状を発行され、ドイツで逮捕されていた前カタルーニャ州知事カルラス・プッチダモンが、保釈金で仮釈放になったニュースは世界中を驚かせた。これは、スペインという国家を瓦解に導きかねないほどの巨大な衝撃であると同時に、EU全体をも混乱に陥れ再編成を余儀なくさせるきっかけになるかもしれない、極めて重大な意味を持つ事件なのだ。

4月9日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
《プッチダモン保釈の衝撃》
《裏切られた?スペイン国家》
《スペインは「欧州の鬼っ子」になるのか?》



【写真:保釈され、拘留されていたドイツの刑務所の外で記者会見に臨むカルラス・プッチダモン】

《プッチダモン保釈の衝撃》

 当サイト記事《「コップの中」から飛び出した「嵐」》で述べたように、カタルーニャ独立問題の「嵐」は、スペイン国家という「コップの中」から飛び出して欧州各国と国連を暴風圏に巻き込んでしまった。この問題は、そう遠くは無い未来に、欧州だけでなく世界の政治・経済の情勢に重大な結果をもたらすことになるだろう。以前に私が『「独立カタルーニャ」はEU政治統合の“捨て石”か?』中の『スペインは「欧州連邦」創設の急先鋒!?』で述べたことは、多くの人々に「まさか、そんな馬鹿な」と思われたかもしれない。しかし、それが決して空虚な妄想でないことが、この数年のうちに明らかになるだろう。

 4月5日、北部ドイツNeumünsterの刑務所に収監されていたカルラス・プッチダモン前カタルーニャ州知事に対して、ドイツ連邦裁判所の機構に属するシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州の裁判所が7万5千ユーロ(約980万円)の保釈金で仮釈放する決定を下した。裁判所は、スペインの司法当局の言う「国家反逆罪」を、暴力性が認められないとしてドイツの「重大な裏切り」の犯罪に相当しないという判断を下したのである。翌日6日、ドイツの検察庁はその決定に対して異議申し立ての余地は無いと発表し、さらに同日、ドイツ連邦政府法務大臣のカタリナ・バーレイ(Katarina Barley)が、「それは全く正しい。予想していたことだ。」と語って裁判所の決定を支持する姿勢を明らかにした。

 プッチダモンは4月6日の朝に、ANC(カタルーニャ民族会議)が用意した保釈金で刑務所を出ることができた。刑務所の外で記者会見を開いたプッチダモンは、世界各国から詰めかけた記者団に対してスペイン政府による人権抑圧を訴え、「政治犯の囚人がいることは欧州の恥だ」と語ってカタルーニャ独立問題を欧州全体の問題として強調し、対話と交渉による解決を求める考えを述べた。裁判所による最終判断が下るまでの期間、彼はドイツ国内での行動は、警察によるチェックの下でだが、自由である。Neumünster市はプッチダモンに住居の提供するとしたが、彼はベルリンでの居住を望んだ。

 ドイツの裁判所でプッチダモンに対してどのような判断が下されるのか? 「国家反逆罪」が認められなかったため、本国送還の理由とされるのは「公金の不正な流用」だけになる。しかし公金を流用して行ったとされる「反逆」が認められないとすれば、「不正な流用」もまた認められないのが筋だろう。6日にドイツ連邦政府法相バーレイは、プッチダモンの送還が「簡単なことではないだろう」と否定的な判断を述べている。シュレースヴィヒ・ホルシュタイン州裁判所はすでにこの「公金の不正な流用」の罪にも疑問を呈しているようだ。

 保釈となったのはプッチダモンだけではない。ドイツでの保釈処分決定と同じ4月5日、ベルギーの裁判所は、スペインの司法当局が逮捕・強制送還を要求していた3人の前カタルーニャ州政府閣僚、マリチェイュ・サレー、アントニ・コミン、リュイス・プッチを、保釈金すら求めずに自由の身とした。こちらでも「国家反逆罪」が認められる可能性はほとんどなく、スペインへの身柄引き渡しは困難だろう。またスコットランドで裁判所の判断を待っているクララ・ポンサティーについてもおそらく同様だと思われる。

 このプッチダモンたちの仮釈放がスペイン政府とスペイン社会に与えた衝撃は甚大だ。これまで英国を含む欧州各国は、カタルーニャ問題を基本的に「国内問題」として扱いつつ、当サイト記事《EUとほとんどの西欧諸国の態度は?》で書いたとおり、マリアノ・ラホイ国民党政府への支持を明らかにしてきた。欧州委員会も欧州議会もはっきりとスペイン政府支持を表明していた。ところが、その中心である大国ドイツで、裁判所は身柄引き渡し要請に応じようとせず、アンゲラ・メルケル直属の法務大臣もまた否定的な態度を明らかにしたのである。いまスペイン政府と与党国民党内部は収拾のつかない混乱に陥っている。

 政府ばかりではない。激震に襲われたのはスペインの司法機関も同様である。検察と裁判所がともに「反逆」と見なしたことが、他の欧州諸国の基準によればそれに当たらない。「反逆」という判断の根拠が木っ端みじんに砕けてしまうのである。これは、当サイト記事《増え続ける「人権抑圧国家」スペインへの国際的非難》で述べた表現・言論の自由に対する侵害という欧州人権裁判所の判断と並んで、この国の司法の在り方に対して取り返しのつかない深刻な傷を与えることになるだろう。

 なお、この保釈がカタルーニャ州議会での首班指名に与える影響については、また近日中に明らかにしたい。今週中にはおそらく、いったん指名を諦めたジョルディ・サンチェスを知事候補として、知事選出のための州議会が開かれるだろう。プッチダモンが「サンチェス知事」を望んでいるからである。


《裏切られた?スペイン国家》

 スペイン政府とその与党である国民党は、いま前代未聞の大激震に襲われている。理由の一つはいま述べたカルラス・プッチダモンに対する欧州諸国の司法判断、そしてもう一つが、マドリード州知事クリスティーナ・シフエンテスの「ニセ修士号事件」である。後者についてはいずれ近いうちに書くことにしたいが、国民党が絡む政治・経済の腐敗告発自体は今までにも続いてきたことだ。ブラジルやウクライナやアルゼンチンで起きたように外部勢力から政権転覆のネタとして利用されない限り、国内問題で収まる話であろう。しかしそこに外国からの、それも最も頼りにしている大国からの衝撃が加われば、欧州の中堅国では対処なくなる。

 スペイン政府は、公式にはまだドイツや英国やベルギーに対する態度を表明してはいないが、政府内で欧州各国に対する不満と不信が吹き出している。与党のスペイン国民党はこの6~8日にセビージャで全国代表者会議を開いたのだが、まるで見計らったようなタイミングで起きたこの二つの大問題で大揺れになった。ドイツの裁判所の判断に対して、首相のマリアノ・ラホイは「これは司法の問題だ」として政治問題化を避ける態度を見せているが、他の閣僚や党幹部たちからは「スペインにとって災厄だ」、「独立主義に翼を与えるものだ」という失望と非難の声が相次いだ。

 外務大臣アルフォンソ・ダスティスは全国代表者会議の場で、ドイツ法相のプッチダモンに対する見解を「見当違いだ」と非難した。また欧州議員のゴンサレス・ポンスは「欧州逮捕状が機能しないというのなら、シェンゲン条約が機能しないということであり、国境線を我々から取り上げるような馬鹿げたことだ」と声を荒げた。スペイン中央政府と国民党は、いま、ドイツに対する怒りと欧州に対する不信を募らせつつある。「裏切られた」というのが閣僚・党幹部たち正直な心境だろう。

 野党であるシウダダノスも社会労働党も、ドイツの司法当局と法務大臣の態度を夢にも予想していなかったようだ。プッチダモンはスペイン司法当局の要請通りに即座に送還され、カタルーニャ独立問題は一段落するはずだと思い込んでいた様子で、共に驚きと失望を隠さなかった。4月6日の時点でラホイは、メルケルとはまだ何も話をしていないと言っているのだが、当然、表に出ないところでの接触は既に始まっているはずだ。今後、メルケルがプッチダモンの問題と自分の法相の態度に対して、どんな公式の発言をするのか注目される。ドイツ政界の中にはスペインとカタルーニャの間に立って仲介役をせよという要求が起きているようだ。

 政治家以上に衝撃を受けているのは司法関係者たちだろう。特に、スペイン検察庁に対してプッチダモンらの国際逮捕状・欧州逮捕状の発行を命じたスペイン最高裁判事パブロ・ジャレナの受けたショックは並大抵ではないはずだ。ジャレナはドイツの裁判所の判断について、ルクセンブルグにある欧州司法裁判所に訴え出て判断を仰ぐ予定らしいが、しかし、たとえ「緊急の案件」として訴え出ても判断が下るのに、下手をすれば2ヶ月から3ヶ月かかる。その間、自動的に英国でもベルギーでも裁判所の審査がストップすることになる。

 またもし欧州司法裁判所がドイツ側の判断を正しいとした場合には、スペイン国内の独立問題に関する捜査と裁判の過程に破滅的な影響を及ぼすことになる。そればかりか、当サイト記事《増え続ける「人権抑圧国家」スペインへの国際的非難》でも述べたように、西側世界におけるスペインという国家自体の信用もまた大きく傷つけられることになるだろう。ジャレナさん、藪蛇にならなきゃ良いんだがね。

 スペイン検察庁のうろたえぶりもひどいものだ。4月4日にスペイン検察庁は全国管区裁判所に対してエルベ・ファルチアニの逮捕を要求した。ファルチアニは有名な「スイスリークス事件(日本語Wikipedia)」の主人公であり、当サイトでもこちらの記事で扱っている。スペインを含む欧州各国の富豪たちが、英国の銀行HSBCを通してスイスの銀行の隠し口座を利用して天文学的な数字の脱税を行っていた実態を、銀行の顧客名簿を公開することで世に知らせた人物である。スイス司法当局はファルチアニに懲役刑を科したのだが、彼はスイスを脱出して現在スペインに在住している。もちろんスイスからは身柄の引き渡し要求が届いたのだが、スペイン検察庁と裁判所は世論と人権団体の眼を恐れてか、パスポートを没収し定期的なチェックを続けながら国内で自由にさせていたのだ。

 このスペイン検察庁による突然の逮捕要請が、当サイト『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(7)』にあるように、カタルーニャ独立派CUPのアンナ・ガブリエルとERCのマルタ・ルビラがスイス入りしたすぐ後のことだったため、ガブリエルとルビラの身柄と交換して引き渡すつもりではないか、という疑いが起こった。しかし裁判所はスイスにいる二人との交換に否定的で、逮捕ではなく居住地域を出ることを禁じただけだった。さらにスイスの裁判所当局も即座に、ファルチアニと独立派二人との交換を行うつもりはないと、スペイン検察庁に冷や水をぶっかけた。あまりにも見え見えの小学生的なやり口で赤恥をかいただけだったが、うろたえ慌てふためいてとりあえず何をしてよいのか分からない状態になっていたのだろう。


《スペインは「欧州の鬼っ子」になるのか?》

 政治家の場合、「気配り」が習慣になっているため直接的に感情をむき出しにした発言をする人はいないだろう。4月8日に国民党の全国代表者会議が終わったときには、政府の閣僚たちの言葉は既に「外交的な」口調に戻っていた。しかし彼らの本音は変わらないだろう。スペインのジャーナリストの中には文字通り歯に衣着せぬ発言で有名な人たちがいる。その中の一人、ヒメネス・ロサントスがツイッターとラジオ番組で非常に興味深い発言をした。4月7日に各マスコミがニュースにした次のような彼の発言が、おそらくスペインの大部分の政治家と(無意識の)スペイン・ナショナリストたちの偽らざる心中を赤裸々に表現するものと思われる。

まずツイッターでは…、
・「ドイツの判事はジャレナの胸に小便をかけたのだ。」(※ジャレナはスペイン最高裁判事)
・ドイツの判事は「カトリック諸国に対する人種差別主義のプロテスタントの典型だ。」
・「これは人種差別主義の行動だ。ドイツからバヴァリアが分離することはできないがスペインからはできるのか。欧州北部と南部の諸国の間に、容赦のない差別主義の見方がある。二流市民と見なされることは受け入れられない。」(※バヴァリアはドイツのバイエルン州)
・「この悲惨なドイツの判事は、全スペイン人を攻撃し、我々の憲法と我々の司法命令を馬鹿にする。少なくともこの40年の間、スペインがここまでひどい屈辱を味わったことはなかった。」
・ラホイ政権は「くそったれだ。…もしこの政府が政治家と人間のゴミ溜めでなかったなら、今日直ちに選挙実施を決めて、我々のEUへの適格性を拒否するだろうに。この政府はスペインを守るために何もしてこなかったのだ。」

次にラジオ番組で…、
・「あの判事は、共産主義のナチ(nazi-rojo)で、我々をモーリタニア人の給仕のように取り扱った。」
・「我々は容赦ならぬ人種差別主義の被害者だ。」
・「この判事は泥棒で不正な奴だ。」
・「ドイツ人は、真面目な国々とふざけた国々があると信じている、無知な田舎者だ。」
・「バレアレスには20万人のドイツ人人質がいるのだ。スペインの中で容赦されることはない。バヴァリアでビアホールが爆発し始めるかもしれないぞ。」(※バレアレスは、マジョルカ島などからなる地中海にある州で、ドイツ人が多く住んでおり、夏にはドイツ人観光客で溢れる。)

 特に最後の発言は、単なる悪口雑言というよりもむしろ脅迫だろう。ドイツのミュンヘン警察もこのロサントスの物騒な発言を脅迫に当たる可能性があるとして注目しているそうである。それにしても「共産主義のナチ(直訳は『赤いナチ』)」とは面白い表現だ。悪口になりそうなものなら筋道など考えずに何でも並べ立てる小学生的な感覚と言える。またロサントスはドイツ人がスペイン人を差別していると言いながら、自分はモーリタニア人を見下しているようだ。こんな人物に限って、本当にドイツ人が攻撃してきたら真っ先に逃げ出すだろうが。

 またどうやらこの熱血漢のスペイン・ナショナリストはEU離脱を唱えている様子である。いまのところスペイン人の大多数はEU無しで生きていけるとは考えていないだろう。しかし、今回のプッチダモンの処遇を巡る問題で、UEの中心であるドイツが、国を分裂させる「スペインの敵」「クーデター実行者」プッチダモンを保釈したことに、多くのスペイン人が愕然となり、ドイツなどのEU諸国に対する不信の念を募らせているのではないだろうか。

 しかし、スペイン・ナショナリストが他の西側諸国に対して違和感と反感を覚える以上に、西側諸国民はもうすでにスペインに対して違和感と反感を掻き立てられているのではないか、そして今後もそれが強まっていくのではないか、という気がする。『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(8)』で書いたように、表現の自由・言論の自由に対する抑圧が西側世界で強い非難を浴びている。また今後は、反近代的でグロテスクな「国家カトリック」の高揚も、反発と警戒の対象になっていくだろう。さらには「動物虐待」の闘牛に対する反感も根強い。ちなみにカタルーニャ州では闘牛が禁止されている。

 何よりも、カタルーニャでの政治的権利の抑圧と国家によるカタルーニャ住民への暴力が、「欧州の価値観とは相いれないスペインの特色」にされていくように思われる。欧州化・国際化したカタルーニャ独立問題は、他の文化的・社会的な要素と一緒になって、スペインを「欧州の中の変わり者」、「欧州の中の異分子」から「欧州の鬼っ子」に変えていくのかもしれない。

【『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(9)』 ここまで】 inserted by FC2 system