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自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(3)


 今日の項目は一つだけである。この25日にカタルーニャ情勢の方向が決定的になったので緊急にこの記事を書きあげた。いよいよ「戦闘開始」が近づいてきたようだ。

2017年10月25日 バルセロナにて 童子丸開

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《退路を断ってプッチダモンを「独立宣言」に追いやった(?)ラホイ》

 前回の《プッチダモン与党が「敵前逃亡」か?》で書いたように、中央政府が憲法155条の発動とカタルーニャ州への適用、つまり実質的な自治権の剥奪を決定した状況の中で、カタルーニャ州知事カルラス・プッチダモンが所属する民族主義右派のPDeCAT(カタルーニャ欧州民主党)の内部は大揺れに揺れていた。一方的独立宣言(DUI:Declaración Unilateral de Independencia)の正式な採択か、それとも議会を即時解散して州議会選挙を可能な限り早く実施することで憲法155条の適用を逃れるか、という二つの選択肢の間でである。

 スペイン中央政府首相のマリアノ・ラホイは憲法155条適用を決める前日の10月18日の段階で、もしカタルーニャ州政府がすぐに州議会を解散して選挙を行うというのなら155条の適用はしないと誘いかけた。プッチダモンがその誘いを断り155条の発動が決定された後でも、政府に協力する社会労働党は、もしカタルーニャ州政府が州議会選挙の即時実施を約束すれば155条発動の手続きを中止すべきだと強く主張していたのである。数年間独立熱を煽り続けたあのアルトゥール・マスを含むPDeCAT内部の日和見派は自治権を、つまり自分たちの利権を取り上げられないための最後の望みを、この州議会選挙の即時実施に賭けていたのだ。

 これに対して中央政府与党の国民党は、23日にプッチダモンが「独立宣言」を取り下げたら155条は考え直してもよいと誘った。そして24日には、選挙だけでは155条発動手続きを中止できない、カタルーニャ内の全てを法に沿ったものに戻せと要求した。つまり9月に決めた住民投票法や分離独立法などの独立関連の州法をすべて捨て去り、独立の意思を捨ててマドリードに恭順の意を示せ、ということだ。それで155条適用を見直すかどうかは分からないが、最強硬派のシウダダノスは、155条の適用が最初にあるべきでそれでカタルーニャの状態を全て法に沿ったものにしたうえで選挙を実施すればよいと主張した。

 そのうえで議会上院議長団がプッチダモンに、26日(木曜)あるいは27日(金曜)にマドリードに来て上院の喚問に応じるように要求した。プッチダモンとラホイが顔を合わせて「対話する」席を設けてやろう、ということだ。しかし26日と27日はカタルーニャでもすでに州議会総会を招集して最終的な州の態度を決める予定だった。そして24日に州議会議長カルマ・フルカデイュはこの議会総会招集を決定した。これで州知事がこのどちらかの日にマドリードに行くことは事実上不可能である。

 そして25日午前、上院の演壇に立ったラホイは、もしカタルーニャが州議会選挙を即時実施しても155条適用とプッチダモンの解任は避けられないと述べ、厳しい口調で次のように言い放った。「(プッチダモンに対する)可能性ある唯一の返答は155条だ」と。これでPDeCAT内の日和見派の最後の望みは断ち切られた。退路を断たれた州政府にとって、二つの選択肢が残った。戦う前の「全面降伏」か、あるいは「一方的独立宣言」か、ということである。そのラホイの発言を確かめたうえで、プッチダモンは上院での喚問に応じないことを正式に決定した。これでもう、《地方自治権の剥奪》と《一方的独立宣言》の正面衝突が決定づけられたと見て間違いあるまい。

 同じ25日、政府与党国民党の幹部が注目すべき発言を行っている。国民党の広報担当者であるフェルナンド・マルティネス・マイジョは、カタルーニャ公営テレビ局のTV3について「TV3には今からはTVE(スペイン国営テレビ局)のやり方でテレビ放送をしてほしい」と発言した。自治権剥奪を前提の発言である以上、「放送してほしい」ではなく「放送するようにさせてやる」ということだろう。

 TVEは、国営放送としては当然だろうが、中央政府が国民党政権でも社会労働党政権でも、中央政府にとって都合よく情報を処理するある種の広報機関、あるいはプロパガンダ機関である。この、地方自治体の公営TV局を国営放送のやり方で運営したいという発言は、言論の世界にとって核爆弾に等しい。マルティネス・マイジョは「外国から見られているスペイン国家」を意識することなどないのだろうが、スペイン政府は今後おそらく世界中のメディアと言論界からの猛攻撃の対象になることだろう。

 また一方で、カタルーニャ出身の国民党員で州議会議員のシャビエル・ガルシア・アルビオルは25日のTV3のインタビュー番組で「(カタルーニャの)学校の一部はスペインの感覚を憎むことを教えていると確信する」と述べた。2012年10月10日に、当時の教育相ホセ・イグナシオ・ウェルトは議会で、スペイン政府の意図は「カタルーニャ人の児童生徒をスペイン化(españolizar)することである」(当サイトこちらの記事)という、スペイン中が凍りつくような発言を行った。これはフランコ独裁時代の教育政策の根本にある考え方で、カタルーニャ以外の地方からも大きな非難を浴びた。そしてアルビオルもまたそれと同じ発想でカタルーニャの学校を見ているのである。

 国民党は、カタルーニャ州政府はカスティリアーノ(スペイン語)を滅ぼそうとしているなどといった虚構を内外に振り撒いているのだが、国民党は155条の適用で州の教育政策を作り替えようとするだろう。カタルーニャ人たちは、フランコ時代に政府から派遣された教育長と校長によって徹底的なカスティリアーノ(スペイン語)教育が行われたことを覚えている。カタルーニャ語は「トイレに行きたい」という子供の言葉ですら許されなかったのだ。国民党は元教育相ウェルトの夢を実現させようとするかもしれない。「教育は国家百年の計」という言葉の通り、小中学校の在り方は何十年にもわたってその地域の運命を決めてしまう。これは恐ろしいことだ。すでに各地の小中学校の教師と保護者団体は抗議集会を開き、学生組織も最大限の抵抗をする姿勢を見せている。

 スペイン政府が最初に手を付けたいところがTV3と同時に州警察である。政府内務省は州警察署長を挿げ替えて新しい署長を国家警察とグアルディアシビルの推薦で決める予定にしている。TV3と同様に、155条の適用を通して州警察を国家の手で運営したいのだろう。しかしTV3と州警察のこのような「改革」は、結局、カタルーニャがいままで持っていたなけなしの自治権をすら永久に葬り去るものになる。要するに中央政府がやりたいのはそれなのだ。

 州警察の労働組合は155条の適用に強く反発しており、病気を理由にする「自主的ストライキ」などの様々な手段を使って抵抗する姿勢を見せている。ただ州警察の警察官の半数は州政府に忠誠心を持っておらず、州警察の内部で大混乱が起きる可能性もある。また現州警察署長のジュゼップ・リュイス・トラペロは当サイトのこちらの記事で書いたようにカタルーニャ州の英雄になっており、彼に対する処遇は、一歩間違えば抵抗する一般市民を巻き込む大きな騒動を引き起こしかねないだろう。

 最後に、マドリードにあるシンクタンク、国際政治戦略の研究所であるエルカノ研究所が、「カタルーニャのマイダン」が起きる可能性を語っていることを書いておきたい。「マイダン」は、もちろんウクライナのキエフにあるマイダン広場で、2004年の「オレンジ革命」や2013~14年の「ユーロマイダン」の政変での中心舞台となった場所である。マイダン広場で起こったこれらの政変は極めて胡散臭いものだったが、いまここで詳しく述べることはしない。しかしこのシンクタンクの指摘は、たしかに、今カタルーニャで起こっていることが、ただ単に「カタルーニャ人の独立運動」にとどまらないより大きな背景と世界的な影響力を持っていることを暗示しているのかもしれない。それは私が数年前から常に感じ続けていたことなのだが。

【『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(3)』 ここまで】
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