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自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(2)


 日本でもカタルーニャの情勢については伝えられているだろうが、「内幕」も含めた情報となるとなかなか手に入りにくいだろう。こういった激しい動きには一方で様々な雑多な動きが伴って起こり、それが微妙な段階では全体を大きく揺り動かすこともありうる。その様子をできるだけ詳しくお知らせしたい。

2017年10月24日 バルセロナにて 童子丸開

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●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
《プッチダモン与党が「敵前逃亡」か?》
《興味深い国際的な反応》
《EUとほとんどの西欧諸国の態度は?》


《プッチダモン与党が「敵前逃亡」か?》

 スペイン中央政府は10月21日に上院の臨時総会で憲法155条の発動を決定した。ただこれが実際に効力を発生するためには一つ一つの面倒な手続きを経る必要があり、27日(金曜日)の上院総会で最終的な認可が為されることになる。そしてカタルーニャ州の自治権が剥奪(ラホイ政権は「剥奪ではない」と言っているが実質的に剥奪)の初日が28日の土曜日である。この日から中央政府による接収が開始される、という運びになるようだ。(具体的な接収の内容は当サイト『《互いに銃口を向けあった!》』参照)

 もちろん州政府もじっとしているわけがない。州政府与党のJxPSI(ジュンツ・パル・シ「賛成同盟(仮訳)」)と、独立に関しては州政府と共闘するCUP(人民連合党)は、26日(木曜日)にこの憲法155条適用に対する対応策を決めるために州議会総会を開くことに決めた。この二つで州議会の過半数を抑えている。そして独立派としては、その日中、あるいは中央政府が155条の適用手続きを完了させる金曜日にタイミングを合わせて、正式な「一方的独立宣言(DUI:Declaración Unilateral de Independencia)」を採択したいところなのだろうが、どうやらここにきて雲行きがおかしくなっている様子だ。

 州知事カルラス・プッチダモンが所属する民族主義右派のPDeCAT(カタルーニャ欧州民主党)は、ERC(カタルーニャ左翼共和党)とともに合同会派JxPSIを作っているのだが、この党の内部で日和見分子が勢力を増してきているようである。しかも、その先頭に立っているのがいままで長い間散々に独立熱を煽って2014年に非公式の住民投票(当サイトこちらの記事)までやったアルトゥール・マスだというのだから笑えてくる。先の10月10日の「独立一時停止宣言」についてお知らせした『《「最悪のナショナリズム」》』にも書いたことだが、地元の経済界からさんざんにぶったたかれ、国外の援助も受けることができずに(特に米国でのロビー活動の失敗)、憲法155条の発動を目の前にして保身に走り始めたものとみえる。

 それを見透かしたのだろう。政府副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアは、もしプッチダモンが独立を取り下げて違法な状態をすべて解除するなら155条発動の手続きを中止してもよいと持ちかけた。さらにマドリードの議会上院はプッチダモン州知事に上院総会の場での喚問に応じるように求めている。プッチダモンは水曜日ならOKと返答したが、上院の議長団は木曜日の午後あるいは金曜日午前中に来いと指定した。つまり州議会の総会にぶつけたわけだ。その場でプッチダモンが「参りました。もう逆らうことはしません」と土下座して謝れば、最も厳しい処置だけは許してやろう、ということである。PDeCATの日和見分子としては独立宣言をせずにすぐに州議会選挙の実施を発表して155条の適用を逃れようという作戦のようだが、中央政府は、選挙実施では155条を止めることはできない、全面的な降伏以外はダメだと重ねて脅しをかけている。

 おまけに検事総長のホセ・マヌエル・マサが、プッチダモンが独立を宣言したら逮捕状を出して州警察に逮捕させると息巻いている。これは州警察に対する「踏み絵」でもあるだろう。州警察署長のトラペロが拒否したらついでにトラペロも逮捕できる、一石二鳥というわけだ。もちろん共闘するERCとCUPは独立宣言以外は許さないと激しく圧力をかけているのだが、プッチダモンは、態度を明らかにしないままにだが、上院での喚問に応じるようだ。

 数年にわたってカタルーニャ州民の盲目的な独立熱(当サイトこちらの記事)を煽り続けたPDeCAT(旧CDC)の詐欺師たちは、155条を逃がれることができれば一息つけると思っているのだろう。しかし景気の良いことを言い続けておいて戦う前に逃げ出すような奴らを信用する者がいると信じているのだろうか。155条の適用が終了して州議会選挙があっても、この党はもう二度と浮かび上がることがないだろう。さて、あと2、3日。どんな展開になるだろうか? プッチダモンがマドリードの上院で戦う前に「参りました」と言うのか、それとも強引に「独立宣言」を出して本格的な戦闘開始となるのか? 先に自滅するのはどちらの方だろうか?


《興味深い国際的な反応》

 以前に私が『《武装警官隊による暴力は何のためだったのか?》』の中で紹介したように、10月1日の住民投票で起こった武装警官による市民への激しい暴力のニュースは、たちまちのうちに世界を駆け巡った。また州政府と独立派の人々も積極的に外国のマスコミを受け入れて、このスペイン政府にとって大きな汚点となる出来事を最大限に利用したようだった。それに対するスペイン政府の対応は稚拙極まりないものだった。《一皮むけばフランコ独裁時代》の最後の2段落で私は、激しい警察の暴力に怒る英国スカイニュースのリポーターとスペイン外相アルフォンソ・ダスティスのやりとりを取り上げたが、そこで平然と「暴力は無かった」と語る一国の外交責任者の姿が英国民の目に焼き付けられたことだろう。

 そしてスペイン政府が憲法155条の適用でカタルーニャ自治州を絞め殺そうと決めた10月21日、ダスティスは英国国営BBC放送でAndrew Marrのインタビューに答えた際に、10月1日の出来事について「私は暴力的な状態があったとは全く思わない」と武装警官の暴力行為を否定した。スペイン国内だけではなく、あらゆる世界中のメディアのカメラにその明らかな事実が収められたのだが、このスペインの外務大臣は次のように言い放った。「それらの画像の多くは偽物だということが明らかになっている(Many of those pictures have been proven to be fake,)」と。フェイク? あのトランプさんでもここまでの無茶苦茶は言えないのではないか。彼は同時に、警察官は挑発されたのだ(無抵抗の市民に?)とまで主張している。このダスティスという男、馬鹿なふりをしているだけか、本物の馬鹿なのか?

 このようなスペイン外交の最高責任者の話はすでにソーシャルメディアやネットのビデオなどで世界中に広められている。10月1日のカタルーニャの様子はTVと新聞を通して十分に欧米各国に知れ渡っていた。これで間違いなく、スペイン政府は残酷なばかりか大嘘つきだというイメージがEU(英国を含む)や米国の国民に定着させられたことだろう。しかしそれでも、スペイン国内で中央政府の措置を支持する人々が「外から見たスペイン」の姿を意識することはほとんどあるまい。

 その前の10月12日にヒューマンライト・ウォッチがこのときの「過剰警備」を厳しく告発した。この人権団体の調査員Kartik Rajが早くからバルセロナに赴いて調査を開始していたのだ。さらに、10月16日の二つの民族主義団体代表の逮捕・拘禁(当サイトこちらの記事を参照)について、アムネスティ・インターナショナルが17日にスペイン政府と裁判所を非難し「人権抑圧であり即時釈放を求める」声明を出した。リビアといいシリアといいウクライナといい、この種の人権団体があれこれ言いだしたらロクなことが起きないのだが、少数民族問題は「アイデンティティ政治」の重要な一部であり、注目せざるを得ない。(ただ、その割には欧州で「市民レベル」での声が上がって来ないことに、私としては、アレッ?と思っているのだが。)

 10月8日には、2007年に故ネルソン・マンデラら、元国家元首クラスの人々や人権運動のリーダーなどによって創設されたNGO、ジ・エルダーズThe Eldersがカタルーニャ問題についての声明を発表し、カタルーニャでの暴力的な出来事への懸念と双方の対話と交渉による解決への願望を語った。この組織には、南アフリカのツツ大司教、マンデラ夫人のグラサ・マチェル、元国連事務総長のコフィ・アナンおよびバン・キ・ムン、元米国大統領ジミー・カーター、元ブラジル大統領フェルナンド・エンリケ・カルドソなどのそうそうたる(?)メンバーがいるのだが、こんなよく分からない組織もまた、10月1日のカタルーニャでの事件に触れざるを得なかったのだろう。

 またプッチダモンによる中途半端な「独立宣言」のあった10月10日には、リゴベルタ・メンチュー、ジョディ・ウィリアムス、マイレアド・マギレなど8人のノーベル平和賞受賞者による声明があり、その中で、10月1日の暴力を非難して交渉による解決を求め仲介者となる用意のあることが述べられた。さらに10月20日、中央政府が「カタルーニャ処分」の腹を固めていた時点だが、同様にカタルーニャでの暴力を非難し交渉による解決を求めるノーベル平和賞受賞者24人の連名による公開書簡が発表された。

 このカタルーニャ問題ではこういった国際的な働きかけが重要な要素になるだろう。なお、10月1日の住民投票にはニュージーランドの選挙管理委員会委員長ヘレナ・キャットやオランダの外交官で米国の大使などを務めたダーン・エヴェルツなどが「国際選挙監視団」を形作っていたが、彼らもまた武装警官隊による市民への襲撃にショックを受け「組織的で計画的な軍隊式のやり方だ」とまで述べてスペイン政府を非難した。ところが肝心のEUでは、欧州議会がこの住民投票に監視団を派遣するどころか、そのメンバーに投票のオブザーバーになることすら禁止したのである。次の項目では、そのEUと西欧諸国首脳の態度を見ることにしたい。


《EUとほとんどの西欧諸国の態度は?》

 カタルーニャ問題に対してEUの動きはどう見ても「活発」とは思えない。スペインの新聞で報じられた事柄を、日にちを追って見ていくことにする。10月4日に欧州委員会はカタルーニャの仲介要請を拒否した。9日に欧州人権委員会は10月1日の警察による暴力に対する「独立した調査」を求めたが、まだその調査結果にはお目にかかっていない。この日にドイツ首相アンゲラ・メルケルはラホイに対して国家の統一を支持すると電話で伝えた。プッチダモンが「独立宣言」とその「凍結」を発表した翌日の11日に、欧州委員会のヴァルディス・ドンブロウスキス副委員長はラホイ政権を支持して仲介を拒否し、憲法に沿った解決(つまり155条の適用?)を求めた。

 欧州議会では12日に、カタルーニャ問題、特に10月1日の事件についての議論が始まったが、そこで特に何かが決められたわけではない。単に非難と弁護の応酬があっただけだ。13日には欧州委員会の経済金融総局長のピエール・モスコビシがジョージタウン大学での講演の中で、マドリードとバルセロナの「対話を強化するように」求めたが、国家主権を絶対のものとしてラホイ政権への援護射撃を行った。そして同じ日に委員長のジャン・クロード・ユンケルは、カタルーニャの独立は望まない、それを認めると欧州内の他の地域がみな真似をするだろう、と語ってラホイ政権への支持を示した。

 西欧諸国の中でベルギーだけがラホイの頑迷な姿勢を批判している。同国首相のシャルル・ミシェルは10月14日に日刊紙Le Soirとの員ったビューで、もしスペインとカタルーニャの対話が失敗したならばEUか世界からの仲介を求めるべきだと述べた。その後マドリードとブリュッセルの間には気まずい空気が漂いにらみ合いの外交関係が続いている。また国家ではないが、パリ市長のアンヌ・イダルゴもまた15日に、もし対話が行き詰ったのなら仲介役を引き受けてもよいと語っている。しかしこれらの動きは例外的で、いま欧州の中では孤立した動きになっている。分離独立「仲間」であるはずのイタリア北部同盟すらカタルーニャ問題からはできるだけ身を遠ざけようとしているのだ。


 そして中央政府が憲法155条の適用を決めた19日、欧州議会議長のアントニオ・タイヤーニは、欧州の誰もカタルーニャの独立を望んでいないと、強い調子で言い放った。20日にスペイン北部のオビエドで行われたアストゥリアス王女賞の授賞式に訪れた際に、国王フェリーペ6世やマリアノ・ラホイと同席したタイヤーニは、流暢なスペイン語で国家の主権の尊重はオプションではなく義務だとまで言った。また同じくこの授賞式に出席した欧州委員会委員長のユンケル、欧州理事会議長のドナルド・トゥスクも同様にラホイと国王を強く支持した。ラホイはこのようにして、欧州の堅固な支持を国民に披露したうえで155条の適用に踏み切ったのである。

 さらにフランスの大統領マクロンとドイツ首相のメルケルもかねてからラホイ政権を支持しており、憲法に基づいた解決を望むと語っている。ところで、19日の夜に欧州議会総会の後で行われた各国首脳の夕食会で起きた奇妙な出来事が報道されている。事件というほどの大げさなものではないが、メルケルがトゥスクにカタルーニャ問題について話がしたいと持ちかけた。実は欧州首脳がそろった場でこの問題について話してはならないという不文律ができていたのである。これはあくまで「内政問題」でなければならなかったからだ。思いがけない声に出くわしたラホイはそっぽを向いてメルケルを無視した。

 それにしても奇妙な話だ。カタルーニャ問題がEU全体に影響することはユンケルが最も強調していることであり、またこの問題がこじれてスペイン経済に打撃を与えるなら困るのはEU内の国々のはずである。ところがEUの役員と主要構成国首脳が全員集まったときにこの問題をテーマにすることはタブーとなっている。しかし個別に語る際にはラホイを断固支持すると言って、スペイン政府の強い措置をけしかけているのだ。国際政治には様々にやっかいな不文律があるのは当たり前だが、どうも腑に落ちない。

 EU以外での反応を見ると、米国政府は、住民投票後の10月4日に国務省報道官が合法的で非暴力的な解決を求めという簡単な声明を出したが、その後はトランプ大統領のツイッターでラホイへの簡単な「支持」を語った程度で、あまり関わろうとしないようだ。またロシアのプーチン大統領は10月19日に、コソボ独立の際には散々に分離主義者を支持してけしかけたのにカタルーニャには知らん顔をするEU首脳のダブルスタンダードを皮肉った。

 またこのカタルーニャの住民投票は、たまたまかどうか知らないが、この9月25日に行われたイラクでのクルド人による独立住民投票と日程が非常に近い。クルド人の組織には米国とイスラエルが肩入れしていることが知られている。必然的にEUとしても、約93%が独立を支持したこの住民投票の結果を熱烈に支持し、その後キルクークを攻撃したイラク政府を大々的に非難してもよいはずだが、どうもそういった声が大きく聞こえてはこなかったようだ。これは、一つにはイラクやイランの背後にいるロシアに気を使っているのかもしれないが、そのすぐ後にあったカタルーニャの住民投票を支持するわけにもいかず、「ダブルスタンダード」の非難を避けたかった事情もあるのではないか。

 最後に、これは「国際的な反応」といってよいかどうか分からないのだが、憲法155条のカタルーニャへの適用が決まった21日の早朝に、スペインの憲法裁判所のウエッブサイトが接続不能にされてしまった。アノニマスのハッキングによるもので夕方になってやっと回復したが、アノニマスは多くの中央官庁と国民党本部にもサイバーアタックをかけた。こちらのYouTubeビデオを見れば分かる通りだが、アノニマスは「Operation Free Catalonia」を語っており、23日には何とCNI(スペイン中央情報局)のサイトまでが接続不能にさせられた。今後も政府機関や司法機関、情報機関や警察などに対して様々なサイバーアタックが行われるだろう。

 10月1日の住民投票の際でも、内務省の手で投票に関わる州政府のインターネット回線が断ち切られ有権者名簿の入手や集計が不可能にされたはずだったが、それがどうにかして回復できた裏にはこういったハッカーたちの力があったに違いない。ウイキリークスのジュリアン・アサンジ氏はスペイン政府を「世界最初のインターネット戦争を仕掛けた」と非難したが、9月後半以降、「インターネット戦争」は延々と続けられているようだ。


【『自滅しつつあるスペインの二つのナショナリズム(2)』 ここまで】

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