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2016年: スペイン政治の地殻大変動(第1部)

 これは11月2日に当サイトのアップした『社会労働党「クーデター」とラホイ政権の継続』の続きである。この間、アメリカと中東情勢の劇的な変化の陰に隠れてスペイン国内で起こっていることが外国にほとんど伝えられていないと思う。しかし、お読みになればわかる通り、この国の政治で起こっていることはただごとではない。私が『狂い死にしゾンビ化する国家』述べたとおり、魂を失いゾンビと化して操られる姿が徐々に表面化してきたようである。

 この記事は第1部と第2部に分けて発表することにした。第2部はおそらく新年明けてになるだろう。

●第1部 小見出し一覧
《ブリュッセル直属?新ラホイ政権》
《バルベラーの死、アスナール離脱の動き: 中身をすり替えられた国民党》
《迷走する社会労働党》

●第2部(近日公開の予定)小見出し一覧
《ポデモスは分裂破壊工作を乗り越えるか?》
《独立に突っ走るカタルーニャとマドリッドの不可解な対応》


《ブリュッセル直属?新ラホイ政権》

 11月3日、第2次マリアノ・ラホイ国民党政権の組閣が決まった。その顔ぶれを一言でいえば「ブリュッセル直属内閣」である。2012年に発足した第1次ラホイ政権でも、フランコ与党から連綿と続く伝統的な国民党とはずいぶんと異なる印象を受けた。元リーマンブラザーズ関係者で国民党員でないルイス・デ・ギンドスを経済競争力相に、若い女性だが米欧支配勢力からの信頼が感じられるソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアを副首相兼報道官にして、首相のラホイ以外は以前のアスナール政権(1996~2004年)時代の閣僚や国民党の実力者たちから選ばれることはなかった。今回の組閣はそれをさらに進めて、EUの「直接統治」に近い形に変えられているように感じる。

 副首相のサンタマリアは留任だが、彼女には報道官ではなくカタルーニャ問題を専門に取り扱う特別の地位が与えられた。これについては後で詳しく書くことにしたい。報道官(教育文化スポーツ相兼任)に就任したイニゴ・メンデス・デ・ビゴは、今まで国内政治との関わりがほとんど無く、EU議会議員の後にEU外交部のスペイン担当官を務めていた。大学こそマドリッドのコンプルテンセ大学出身だが、高校はドイツ系の国際学校を出ており、またそれまでにイギリス系とフランス系の学校に通っている。つまり、スペイン人であっても半分スペイン人とは言えない人物だ。この男がスペイン政府報道官に就任したのは間違いなくブリュッセルの要求だろう。首相のラホイは相変わらずのノーテンキ男で適当なあいさつと自画自賛の演説しかできないが、政府を代表して実質的に政治方針を発表するのはこのメンデス・デ・ビゴである。

 またホセ・マヌエル・ガルシア‐マルガジョに代わって外務大臣となったのは、これまでEUでのスペイン代表部、駐オランダ大使、駐EU大使を務めてきたアルフォンソ・ダスティスである。彼の就任もまたEU本部の差し金に違いあるまい。他の重要職で、経済産業競争力相のルイス・デ・ギンドスと財務公共事業相のクリストバル・モントロは留任だが、デ・ギンドスは欧州中銀のマリオ・ドラギ(元ゴールドマンサックスの幹部)との関係が深く、またモントロはIMFとブリュッセルの緊縮財政の指示に忠実に従う人物だ。新たなラホイ政権の実質的な機能は、国民党本部ではなくブリュッセルから発するものとなっているようである。国民党の副党首であるマリア・ドローレス・デ・コスペダルは防衛大臣となり、閣僚の中で唯一の国民党幹部だが国家の重要政策決定から遠い位置にある。アスナール時代の大物で(ラホイを除く)ほとんど唯一の「生き残り」(他のほとんどは政治腐敗追及の嵐の中で政治生命を断たれた)、党内きっての論客で豊かな政治手腕を誇るハビエル・アレナス(元公共事業相)は党中央から外されたままだ。

 そして11月7日に早速、報道官のメンデス・デ・ビゴ、外相のダスティス、そして経済相のデ・ギンドスの3人がブリュッセルを訪れ、ジャン・クロード・ユンケル欧州委員会会長と会談している。エル・ムンド紙はこれを「ブリュッセルで政府の攻撃的姿勢」などと報道しているが、笑い話だろう。国民党幹部として国内政治を長く担当し国益を代表する者がほぼゼロの政府に「攻撃」も何もあるまい。11月3日の組閣発表の以前に、欧州中銀と手を組むIMFの「黒服の男たち(men in black)」が組閣を監視するために来ていたのだ。彼らの関心は、新しいスペイン政府が緊縮財政を実行するか、つまり借金のかたにどれほど国民から絞り取り国の財産を売り払うのか、という点にしか無い。もはやスペインはいかなるスペインの組織や政党のものでもなく「EU直轄地」になってしまったのではないのか、とすら思える。

 同じ11月7日にアメリカの格付け機関ムーディーズは、ラホイがどれほど緊縮財政を実行して借金を返すことができるのか、という点に対する疑念を公表したが、これは米欧の金融支配者たちによるラホイへの圧力に他ならない。当サイト記事『市場の数字は神の声』に過去にラホイを縮み上がらせた同種の圧力の例が多数書かれている。続いて翌日の11月8日にブリュッセルは2017年のスペインの経済成長率を低めに見積もってより厳しい緊縮財政を求めた。同じ11月8日には経済相のデ・ギンドスが、EUの求める55億ユーロ(約6760億円)の支出削減が経済を良いものにするだろうという「確信」を述べた。もちろん支出削減は医療、教育、年金などの分野で行われるものである。

 こうして新しい政府が発足し新しい議会が次年度の予算案審議を開始したが、11月22日にここでも首相のマリアノ・ラホイは「負債を返し税金を下げ支出を増やすことを一度に行うのは不可能だ」と語って、税金の引き上げと支出の削減を行うことを示唆した。その一方で政府は、破産した有料高速道路(当サイト《腐りながら肥え太ったバブル経済の正体》参照)に25億ユーロ(約3070億円)の政府援助を行うことを決め、言い訳ぎみにeブックスへの消費税を21%から4%に引き下げると語った。ともに、大企業・大銀行や米国情報産業に貢ぐための決定に他ならない。そのうえでなお、あの犯罪者クリスティーヌ・ラガルデ率いるIMFは、「黒服」たちの報告に基づいてだろうが、12月13日にラホイに対して更なる緊縮とリフォームを要求し、消費税の値上げ、特別税制の強化、そして医療と教育の切り落としを命じた。ラホイ政権にとって従う以外の道はあるまい。

 加えて、ラホイ政権はスペイン人の伝統的生活習慣まで破壊しようとしている。12月12日に雇用・社会事業・平等化相のファティマ・バニェスは、今までの労働慣行を変えて1日の労働時間を基本的に午前9時~午後6時に変える政策協定を野党と結ぶ意向を示した。と言っても、あまりに当たり前のことで何が問題なのかといぶかしがる人もいるかもしれない。だが少しでもスペインで生活したことのある人なら「ナニ!?」ということになるだろう。

 「スペイン時間」という言葉がある。役所でも一般の会社でもそうだが、9時から仕事を始めて11時くらいに休憩時間がある。人によってまちまちだが30分~1時間くらい職場の外でゆっくりコーヒーと軽食で時間を過ごす。スペイン人は朝食をほとんどとらずに職場や学校に行くため、いってみればこの時間が朝食時間なのだ。そして午後2時から2~3時間の昼の休憩時間がある。アンダルシアなどの暑い地方ではこの間に昼寝をする「シエスタ」という習慣があるが、カタルーニャにはこれはない。だが昼食をとりながらワインを飲んで4時~5時に始まる午後の時間は仕事に身が入らないこともよくある。そしてふつうは8時に仕事が終わる。自宅に戻って家族と一緒に夕食をとるのは9時過ぎからが多い。TVのゴールデン・タイムも午後3時と9時で、レストランに昼の12時とか夜7時に行っても食べ物を作ってくれない。

 確かにこれでは労働生産性に影響があるかもしれない。日系企業で日本から派遣されてきた人のほとんどがこれに悩まされる。社員が朝食をとらずに職場に来るため午前中に集中力が続かず、やっと調子に乗ってきたと思ったら、11時近くになってそわそわし始め連れだって職場を離れて近くのバル(喫茶店兼軽食屋)に向かい、おしゃべりに熱中していつまでも戻ってこない。再開した仕事がちょっと進むと2時からの長い昼休み。午後(夕方?)からも仕事がはかどるはずもない。そして時間がきたら何があってもさっさと家に帰ってしまう。結局、社員がやり残したりやっつけ仕事にした作業を、日本人の派遣社員が残業してせっせと尻ぬぐいする羽目になる。

 スペイン以外の他のEU諸国ではおおよそ朝9時から午後5~6時までで1時間の昼休み、といったケースが多い。言ってみれば、スペイン政府は1日の時間の使い方を「EU基準」にしようとしているのだ。その方が合理的なのかもしれない。しかしスペイン人は、貧しいときも少し豊かになっても、頑固にこの「スペイン時間」を守って生きてきた。確かに非能率的と言えるだろうが、これはスペイン人の体に深く染みついており、「この世離れ」したスペインの文化を目に見えないところで支えてきているのだ。これを否定されると良くも悪くも「スペインらしさ」が失われる事になるだろう。そしてこの1日の時間帯の変化は間違いなく猛烈な民衆の抵抗に遭うだろう。しかしラホイ政権はそれを目指している。これがスペイン人の中からではなくブリュッセルのEU官僚から命令が出ていることに間違いはあるまい。

 もうおわかりだろうが、スペイン政府はすでに《スペイン人の政府》ではないのだ


《バルベラーの死、アスナール離脱の動き: 中身をすり替えられた国民党》

 バレンシアの元市長リタ・バルベラーは、元首相のホセ・マリア・アスナールと並んで、かつてはあらゆる意味でスペイン国民党を代表する人物だった。しかし、当サイト記事『《国民党:リタとマリアノの“地獄への二人三脚”》』で述べたように、バレンシアの政治腐敗の責任を一身に受けて国民党から惨めに切り捨てられたのである。彼女はその後、マドリッドで裁判所の聴取を受けながら上院に通っていたのだが、国民党議員団の席から追い出され小数派政党の混合グループに放り込まれた。秘書すら付かず一人でホテルからタクシーで登院し、どちらかといえば反国民党で汚職追及をテーマにするグループの中で一人だけ浮いて、ポツンと何もすることなく上院議場最上段の席に座っていた。あの毒々しい「女帝」の姿を知る者にとっては哀れとしか言いようのない姿だった。

 そのバルベラーがマドリッド市内のホテルで死亡したのは11月23日のことだった。最後に付き添った彼女の姉妹の話によると、その前日の午後に彼女が電話でうまくしゃべることができなくなっていた。異常に気付いた姉妹がバレンシアから駆け付けるとすでに呼吸困難に陥っており、緊急に運ばれた病院の中で、心臓と肺の激しい発作に苦しみぬいた揚句に、早朝に亡くなったそうである。遺族は葬儀に一切の政党関係者と行政関係者の参加を断った。おそらく「リタは国民党に殺された」と感じているのかもしれない。しかしマリアノ・ラホイと元バレンシア州知事フランシスコ・カンプスは「友人の資格」で葬儀に参加した。化けて出られるのがよほど怖かったのだろう。

 昨年来の政治的失墜で受けた精神的な打撃に加えて、長年自らが支えてきた国民党からゴミ同然に切り捨てられたショックは想像を絶するものがあっただろう。おまけに銃弾の入った手紙を送り付けられるなど死の強迫を受けていたようだ。しかし党は彼女を守るために何一つしなかった。見るからに不健康な肥満体をしていたし、心臓発作を起こすのも無理はないのかもしれない。当然ながら国民党員の一部からバルベラーに対する党中央の冷酷な仕打ちに対する批判が上がったがすぐに押さえられた。国民党本部は逆にバルベラーを追い詰めたのは汚職を暴いたマスコミだとしてセクスタTVやTVクアトロなどに非難を浴びせ、彼女の死を政治腐敗追及から党を守るための口実に利用しようとしている。それにしても、新しい政権誕生に合わせたような、この旧来の国民党を象徴する人物の死は、何とも胡散臭いものだ。

 スペイン国民党を襲う衝撃は続く。12月20日になって、元首相のホセ・マリア・アスナールは国民党名誉総裁の地位を捨てると宣言した。アスナールがラホイの国民党と激しく対立していることは当サイト記事《国民党もまた実質解体・再編されつつある》にも書いたのだが、自ら作ったシンクタンクFAESへの資金を断たれたうえに、前述のバルベラーの見殺し、そして(後で詳しく書くが)副首相サンタマリアがカタルーニャ独立派と中央政府との「交渉役」となったことに激怒しており、もはや国民党に対する一切の希望を失ったのだろう。

 いまのところアスナールは党籍を捨ててはいないが、1万人ほどの党員から別の党派を立ち上げるように要請を受けている。いずれそうするかもしれない。青年時代からこの党を支え発展させ政権を握るに至らしめた自負を持つアスナールである。自らが種をまいた政治腐敗の結果とはいえ、司法当局によって自分が育て大切にしていた大勢の有力党員を失いマスコミの餌食として辱められ、小物ぞろいでどこかの勢力に操られるがままになってしまったこの党を、もはや自分のいる場所ではないと感じるのは当然だろう。

 アスナールの感じているとおりである。国民党は変わってしまった。もはや「スペイン国民」の党ではない。党名は一緒でも中身が完全にすり替えられている。いちおう政権党であり支持率は落ちていないものの、政府の重要決定は党内部から出るものではない。IMFやブリュッセルから発せられる命令を、大企業・大銀行に都合の良いように(中下層の一般国民から絞りとるように)実行し、それに反対する者をさまざまな手段で攻撃して押さえつける「手先」となるしかあるまい。イギリスのEUからの離脱、アメリカの覇権追及の行き詰まりとトランプの大統領選出などのビッグ・ニュースの陰に隠されてはいるが、この外からでは分かりにくいスペイン政治の変化は、現代の欧州政治の流れにとって巨大な意味を持っているのかもしれない。 


《迷走する社会労働党》

 当サイト『社会労働党「クーデター」とラホイ政権の継続』で詳しく述べたくょうに、国民党と並んでスペインの二大政党政治を形作ってきた社会労働党は、実質的に分裂に等しい状況に陥っている。世論調査による支持率も大きく下がって完全にポデモスに追い抜かれている。ペドロ・サンチェスに代わる総書記(党首)はいまだ決まらず、役員会議長ハビエル・フェルナンデスが仮の党首を務め党の形だけは保っているが、党内は反サンチェス派とサンチェス支持派に二分され、カタルーニャ社会党との確執もくすぶり続ける。

 党首を決める全国党大会は2017年の夏前に行われる予定だが、反サンチェスの急先鋒になって党首就任に意欲を見せるスサナ・ディアス(アンダルシア州知事)が1月半ばに正式に党首選出馬を表明するようである。ただアンダルシア以外の場所で彼女への支持がどれほどあるのかは疑問だし、この気性の激しい女性に分裂気味の党内をまとめる力があるのかどうかも問題だろうが、バックに大御所のフェリペ・ゴンサレスが控えている強みがある。他に元バスク州知事のパッチ・ロペスも多くの党員に推されており、前党首のペドロ・サンチェスは党首選を目指して各地で支持者との会合を開いているが、ともにやはり過半数の獲得は困難だろう。

 いまの社会労働党議員団は国民党と予算案の歳出上限を下げることや地方交付金の設定についての協定を結び、ラホイ政権を側面援助することで国政への参加を試みている。その一方で現在のところは、経営者側に立つラホイ政権の労働協約改正にポデモスとともに反対の立場をとっている。しかし、シウダダノスに引っ張られて国民党と財政面での協定を結びながら「役に立つ反対派(oposición útil)」などと意味不明な立場を主張しているようではいつ腰砕けになるか分かったものではない。

 今のところまだ、フランコ独裁政治の重苦しさを払拭させた1980年代の社会労働党のイメージを捨てきれない高年齢層では支持が高いものの、この党は中年以下の層から見放されつつある。いずれはギリシャのPASOKと同様、迷走した揚句に衰退する可能性が高いと思える。


【第2部(近日公開予定)に続く】
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