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スペインのクソ暑い6月(2):

ますます不透明になる未来


 6月24日はスペインではサンフアン(カタルーニャではサンジュアン)の祭日だ。これは夏の始まりを祝うもので、前夜23日の夜は国中が大小の花火の轟音で包まれる。例年ならこのサンフアン以降に暑さがグッと強まるのだが、今年は奇妙なことに、前回にも述べたがこの日の前に強烈な暑さが続いていた。しかし25日になった途端にカタルーニャを含む国の北部がいきなり冷気と黒雲に覆われた。この涼しい雨がちの天気は今後1週間以上続きそうで、これらの地域では水不足と山火事の心配がいっぺんに解消しそうである。

 しかしアンダルシアやムルシアなどの南部では暑さと乾燥が引き続いている。そんな中で絶滅寸前になっているスペインオオヤマネコの唯一の生息地ドニャーナ国立公園付近で山火事が広がっている。幸い野生動物たちが住む地域にまでは火が及ばない様子だが、2000人以上の人々が避難し数百の住宅や観光施設が焼けたようだ。

 今回もまた、このお天気同様に目まぐるしく変わるこの国の様子を、政治的な側面を中心につづってみたい。

2017年6月27日 バルセロナにて 童子丸開

●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
  《スペインを取り巻く環境の変化》
  《ポデモスによるラホイ政権不信任案》
  《社会労働党の新執行部発足、一方で深化する危機》
  《10月1日に実施?カタルーニャ住民投票の行方》

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《スペインを取り巻く環境の変化》

 ここにきて急激に、欧州内の雰囲気が何やら怪しげに変化を見せている。5月に行われたG7で米国大統領ドナルド・トランプがNATOのカネの配分や貿易(特にドイツ車問題)、環境問題などで散々に毒づいて帰国した後、5月28日にドイツの首相メルケルがいきなり下女のエプロンを脱ぎ捨て、欧州が米国・英国に頼っていた時代はもはや過ぎた、欧州の運命を我々自身の手でつかみ取らねばならないという内容の「独立宣言(?)」を行ったのである。彼女はロシアとの良好な関係を築いていく可能性も示唆した。次の日、5月29日にロシア大統領プーチンがパリを訪れてフランスの新大統領マクロンと会談することになっていたのである。名目は1717年にピョートル大帝がベルサイュを訪問した300年記念ということになっているが、こういった変化が何カ月も前から政治アジェンダに組み込まれていたことは明らかだ。

 もちろんだがそれは、シリアなどの中東情勢でネオコングループが窮地に追い込まれ、ユーラシア大陸での米国の覇権の構造が崩れていることが誰の目にも明らかになってきたこととも関係があるだろう。米国が新たに示したロシアに対する一層厳しい制裁措置を、ドイツとオーストリアが迷うことなく跳ね付けた。こういった新しい流れに関してはこちらの「田中ニュース」が最も良い情報を与えてくれるだろう。トランプと欧州の首脳たちは気ごころを合わせて変化を演出しているようにすら思える。

 そんな中で我らがノーテンキ宰相マリアノ・ラホイも6月16日にパリでマクロンとの会談を持った。スペインのマスコミはマクロンがカタルーニャの独立に反対しているといったことばかりを大きく報道していたが、欧州支配勢力の新たな顔として指導者に選ばれたマクロンがそんな些細な問題を相手にするわけもない。話のついでにラホイの顔を立ててやった程度のことだろう。むしろ新しい情勢を踏まえて、「政治腐敗」や「情報バブル」への対策を名目にした、欧州域内での経済活動と報道に対する管理体制の構築が主眼だったはずである。

 6月22日と23日にブリュッセルで、EU委員会に出席したマクロンは欧州域外からの投資を規制を強化する提案を行ったが、スペイン政府はこれに強く反発した。しかしEUはすでにある種の統一体に向かって走り始めている。その提案の以前に、ドイツの国防委員会委員ハンス‐ピーター・バルテルス(Hans-Peter Bartels)は「欧州軍の創設は不可避である」と発言していたのだ。将来的にNATOに代わる軍事同盟というだけでなく、明らかに欧州を「ひとつのまとまり」と見なす視点からである。またマクロンは22日にシリアの政権すげ替えの意図を否定する発言をしたのだが、これも明らかにネオコン主導による米国のユーラシア支配計画からの離脱を宣言したものと思われる。米国から一定距離を置いた「欧州連邦」への流れは、おそらくもう止めようがないだろう。

 当サイトのこちらの記事で書いたように、2014年にスペイン外務省のシンクタンクが欧州統合に関する計画書をまとめている。当時の外相ガルシア‐マルガジョはこの計画書づくりに関わっていたが、現在のラホイ政権からはなぜか外されている。しかし、スペインの将来は「欧州連邦の一地域」となる以外にはないのかもしれない。そんな国の内部に立ち戻ってみよう。
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《ポデモスによるラホイ政権不信任案》

 ポデモスは、どんどんと暴露される国民党の政治腐敗(参照:当サイトこちらの記事こちらの記事)を受けて、ラホイ政権に対する不信任案を提出していた。その審議は6月半ばの予定だったが、そのすぐ後に、総書記に復活したペドロ・サンチェスを党首とする社会労働党の全国党大会(参照:当サイトこちらの記事こちらの記事こちらの記事)が開かれる予定だった。ポデモス党首パブロ・イグレシアスは5月22日に、その社会労働党に対する牽制として、もし同党がラホイに対する不信任案を独自に出すのならポデモスの不信任案を取り下げて社会労働党を応援するとけしかけた。

 スペインの不信任案は、単に首相を辞めさせるというだけではなく、その代わりになる人物を首相として推薦しなければならない。当然だがポデモスは党首のイグレシアスを新たな首相候補として推薦していた。だが、これもまた当然のことに、議会の多数派が認めるはずもない。この不信任案は最初から失敗の約束されたものだった。ポデモスと共闘するバレンシア・コンプロミスのメンバーでバレンシア州副知事のモニカ・オルテガは「見込みのない不信任案には賛成できない」と難色を示していた。しかしそんな中で社会労働党の党首に戻ったペドロ・サンチェスは不信任案決議で棄権の方針を明らかにし、少なくとも不信任案に反対しない態度を示した。

 そのラホイ政権に対する不信任案の審議と決議は6月13日と14日の行われた。13日の審議では、主に政治腐敗を掲げてラホイの責任を追及するポデモスと、様々なその追求を「噂話」としてかわしポデモスを貶める放送禁止用語を含む下品な表現で「反撃」する国民党の応酬が繰り広げられた。果ては国民党議員広報担当のラファエル・エルナンドが、ポデモス広報担当のイレーネ・モンテロとパブロ・イグレシアスの個人的な男女関係まで持ち出して冷笑するという、国民党の下劣な品格を全国へのTV中継で曝け出すまでに至った。

 採決では、不信任案への反対が170(国民党とシウダダノスなど)、賛成が82(ポデモス、カタルーニャ左翼共和党など)、棄権が97(社会労働党、カタルーニャ民主党など)となり、棄権票を除く252議席中の過半数でポデモスによる不信任案が否決された。しかし、単に「否決された」ことよりも、反対の数が総議席数349の過半数に達しなかった方が重要だろう。同時にこの不信任案の審議は、ポデモスにとっては、国民党政権と闘う勢力の代表として立場を固め野党内のイニシアチブをとる絶好の機会となったし、また新体制を組む社会労働党への大きな圧力を作り、両党が手を組めば代替の政権が可能であるという重大なアピールとなった。

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《社会労働党の新執行部発足、一方で深化する危機》

 さてその社会労働党だが、ポデモス提出のラホイ政権不信任案が否決された直後の6月17、18日に全国党大会を開いた。その以前に総書記ペドロ・サンチェスは、ライバルとして党首選を戦ったパチ・ロペスを党の幹部として迎え入れる決定をし、元来サンチェスに心から反対していたわけではないロペスは喜んでこの決定を受け入れた。また親サンチェス派でバジャドリッド市長のオスカル・プエンテを全国幹部会の広報担当に抜擢した。

 しかし、党首選で敵対したアンダルシア州知事スサナ・ディアスは、自分たちが成立に協力したラホイ政権によって国家予算審議の中でアンダルシア州からの要求を無視されたにもかかわらず、サンチェスへの敵視を止めようとしなかった。彼女はサンチェスの主張する総選挙とアンダルシア地方選挙の対策の一本化を拒否したが、その姿勢は「師匠格」のフェリペ・ゴンサレス元首相ゆずりだろう。(フェリペ・ゴンサレスについては当サイトこちらの記事に詳しい。)昨年秋の「クーデター」後に臨時の党執行部となった役員会の者たちも、この党大会でサンチェス派に対して最後まで抵抗する姿勢を示した。

 パチ・ロペス派を加えると一般党員の60%を超える支持を得ているサンチェスは、閣僚(サパテロ政権)経験者でサンチェス支持のクリスティーナ・ナルボナを委員長(形式上の党首)に据えた。加えて、アンダルシア州でのディアスの政敵であるアルフォンソ・ロドリゲス・ゴメス・デ・セリスを側近として党ナンバー3に当たる地位を与え、あくまでこの党をサンチェス色に染める姿勢を打ち出した。そして可能な限り早く国民党政権を追い落とすための多数派工作に取り掛かろうとしている。必然的に社会労働党とポデモスが、多くの齟齬を抱えながらも、その中心になるだろうし、カタルーニャやバスクなどの民族政党に対しては新執行部のパチ・ロペスが中心になって働きかけるだろう。さらにサンチェスは党ナンバー2の副総書記にアドリアナ・ラストラ、党組織書記長にホセ・ルイス・アバロスと、忠実な支持者で周囲を固めた。

 6月17日と18日の全国党大会にフェリペ・ゴンサレスの姿は無かった。彼は訪問中のコロンビアから映像で党大会への当たり障りのない簡単な挨拶を送っただけである。またサパテロ、ルバルカバ、アルムニア、ブレイュといった歴代の総書記や重鎮たちは18日の政治方針の採決に欠席した。新しい党執行部の中に反サンチェス派の大物の姿は無い。実質的な分裂状態の党大会で怒号の応酬や反サンチェス派の退席といった最悪の場面はなかったものの、今後長期にかけて、上院・下院議員と自治体首長、党長老の大半が「反主流派」というねじれた党内情勢の中で激しい暗闘が続くだろうと予想される。同じく実質的な分裂状態だが少なくとも議会を主流派が抑える国民党(参照:当サイトこちらの記事)よりも厳しい状態だと言える。

 大会で採択されたサンチェス社会労働党の政治方針で最も問題とされているのは、党が目指すべき国家の形態である。サンチェスは各州が十分な独立性を持つ連邦制度制定のために憲法改正を望んでいる。彼の表現によれば「多国民国家スペイン(España plurinacional)」ということだ。ここで“plurinacional”を「多民族の」ではなく「多国民の」と訳したのは、スペインが多民族国家であることがすでに小学生でも知っている事実だからだ。彼はカタルーニャやバスクなどを「国(nación)」としたうえで、スペインを「国々の国(nación de naciones)」と定義し「スペインはカタルーニャを愛する」と語る。カタルーニャやバスクの分離独立は認めないものの、それらが強い自治権を持つ、たとえばカナダのケベック州のようになることを望んでおり、これはカタルーニャ社会党が従来から唱えていた制度である。

 現在の憲法によると地方自治体はあくまで中央政府に従属する。日本の都道府県と比較して、財政面や法的な制度面、教育面などで多少の独立性は持っているが、特別に大きな違いがあるわけではない。アンダルシアやムルシア、ガリシアなどの周辺地域が強くこの制度を支持するのは、それによって得る利益が大きいからだ。特に面積も人口も最大規模であるにもかかわらず生産性の低いアンダルシアは、中央政府の「財政的配慮」がなければたちまち干上がってしまうだろう。スサナ・ディアスやフェリペ・ゴンサレスが現憲法の制度に固執しカタルーニャの独立派を憎むのも無理はない。「民主スペインは自分たちが作った」という意識で固まる旧来の党長老たちもまた現行憲法を支持する。長老の一人で反サンチェス派の筆頭格であるアルフォンソ・ゲラは、カタルーニャに対して憲法155条を適用することをラホイ政権に求めてすらいる。これは、地方自治体からあらゆる自治権を剥奪して「政府の直轄地」にできるという条項なのだ。

 さらにサンチェスは「我々は左翼なのだ」と語り、従来の党幹部が進めていた中道化路線を捨てて、国民党との対決と国民党政権にとって代わる政権作りを目指す姿勢を明確にした。党員内での少数派であることが明らかになった従来の党実力者たちが一斉にサンチェスに反発したことは言うまでもない。特に昨年サンチェス追い落としの先頭に立ったスサナ・ディアスとその周辺は政治方針の採決への参加を拒否し、あくまで新執行部を無視する態度を貫いている。

 またサンチェスはEUとカナダとの間で調印されたCETA(EUカナダ包括的経済貿易協定)に対する賛成を取り下げた。ポデモスがCETAへの反対を求めていたからである。このCETAは、米国トランプ大統領によって頓挫させられたTTIP(大西洋横断貿易投資パートナーシップ協定:同じくトランプが米国の不参加を決めたTPPの同類)の「代用品」と言ってもよいもので、米国企業と資本がカナダを迂回して欧州を支配する可能性を開くものである。EU委員会は大喜びでこれを受け入れ推進しようとしているが、昨年の12月に欧州議会の雇用委員会は反対の決議を上げた。そしてこれはEU構成国の議会での承認を必要とするものだ。

 泡を食ったEU委員会はすぐさま経済金融総局長のピエール・モスコビシをスペインに派遣して、サンチェスに「左翼であることと信用がおけることとを両立させろ」と、つまり“左翼を名乗るのは良いのだが、資本家たちの信用を得るようにせよ”と脅しをかけた。このモスコビシは、トロツキストから出発して社会主義者になり、EU委員会の幹部に上りつめたフランス人で、「左翼経由の出世コース」の代表例の一人である。サンチェスは、CETAへの反対は雇用面と環境面での心配があるからだと説明し、結局、社会労働党は議会でのCETAの承認決議では棄権するとトーンを下げてしまった。ネオリベラルとグローバリゼーションに反対するだけの力量と見識は無いものとみえるが、サンチェス執行部はこの「賛成」から「棄権」への変化を「正しいグローバリゼーションのためだ」と説明している。しかしCETAへの賛成を取り下げたことに対して、国民党とシウダダノスそしてスサナ・ディアスが一斉にサンチェス非難の声を上げている
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《10月1日に実施?カタルーニャ住民投票の行方》

 スペイン社会労働党内の論争で最も揉めているカタルーニャの独立問題に話を移そう。先ほども触れたように、新執行部はカタルーニャに大幅な裁量権を与える連邦制を目指しているが、スペインからの分離独立は拒否する。また独立の可否を問う住民投票にも反対している。他方、ポデモスは分離独立は望まないとしながらも、住民投票はカタルーニャ州民の民主的権利だと主張し、中央政府との協定による住民投票実施を呼び掛ける。

 カタルーニャ州議会の微妙な構成については当サイトのこちらの記事およびこちらの記事に詳しいが、強硬独立派のCUPは最初からマドリード中央政府を無視して一方的な住民投票実施を唱えていた。しかし与党で独立推進派のJxSI(ジュンツ・パル・シ:保守系の欧州カタルーニャ民主党PDeCatと左翼共和党ERCの合同会派)は、中央政府の出方を探りながら慎重に独立への歩みを進めるために、期限の5月末まではポデモス(およびその系統の党派)が主張する協定による住民投票の可能性を探ることにした。

 しかし中央政府はあくまで住民投票自体を違法なものと見なし、協定を結ぶ可能性を認めなかった。昨年11月の第2次ラホイ政権誕生の際に副首相のソラヤ・サエンス・デ・サンタマリアを「カタルーニャとの交渉役」とした(参照:当サイトこちらの記事)が、何のためだったのか、今となっては全く意味不明だが、いずれにせよ中央政府との協定は消えたわけである。ポデモスは一方的な住民投票は支持しないと表明したが、カタルーニャ州議会の独立派にとってはもう突き進むしか道は残されなかった。

 2015年の州議会選挙で議員数こそ議会の過半数(72/135)だがその得票数では47.7%と半分に届かなかった。中央政府公認の形で住民投票を行うならば反対が過半数を占める可能性は十分にある。一方的な形なら独立支持の住民が主に投票するだろうから独立派の勝利ということになるはずだ。しかし、2014年11月に違憲判決の下で実施された住民投票と同じく(参照:当サイトこちらの記事、およびこちらの記事の後半部)、投票率が35%にも満たないこともまた十分に予想される。それでも「独立宣言」となるのだろうか? しかし州知事カルラス・プッチダモンは6月9日に、一方的な住民投票を今年(2017年)10月1日に実施すると発表し、州民に投票を呼び掛けた。投票用紙に書かれる予定の質問は、『あなたは、カタルーニャが共和国の形で独立した国家になることを望みますか?』である。

 現在のところでは、カタルーニャ州政府がどこを投票所にして具体的にどんな形で行うのかはよくわからないし、また中央政府がこれに対して具体的にどのような対応をするのかも明らかではない。2014年のときと同じように勝手にやらせておいて後で憲法違反の疑いで起訴するのか、事前に起訴するのか、国家警察とグアルディアシビル(国内治安部隊)を使って強硬に阻止するのか、憲法155条を適用して自治体としての形を奪うのか…。それとも、劇的に協定成立となるのか…。

 そんな中、米国のニューヨークタイムズ紙がその6月23日の社説で、カタルーニャの分離独立には賛成できず政治解決の道を探るべきだとしながらも、カナダのケベック州や英国のスコットランドと同様に住民投票の実施を認めることが最善の方法だと述べた。そして同紙は、マドリード政府の非妥協的な姿勢はカタルーニャ人の不満に火を付けるだけだろうと警告した。まあこれはさすがに「フェイクニュース」ではあるまい。この新聞の社説が状況を変えるわけではないのだが、独立派にとっては精神的な「清涼飲料水」にはなったのかもしれない。

 一人の外国人居留民として、私はポデモスの言うように自由な住民投票を認めるべきだろうと思う。政治・経済だけでなく社会面、生活面、心理面、文化面などの多くの側面で、独立による「損得勘定」を十分に知らしめるならば、おそらく反対派の方が多数になるだろう。独立派も反独立派も、そのような冷静な対応がどうしてできないのかと首をかしげる。まあ、こんなふうに、単純に熱くなって突っ走るのがスペイン人(カタルーニャ人を含む)の特徴なのかもしれない。(参照:当サイト『シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う』)
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【「スペインのクソ暑い6月」ここまで】

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