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一般党員に打倒された「クーデター派」:

サンチェスの逆襲と社会労働党の危機深化


 昨年(2016年)11月にスペイン議会でマリアノ・ラホイ国民党政権の継続が決まったが、その際のスペイン社会労働党の果たした薄黒い役割については、当サイト『社会労働党「クーデター」とラホイ政権の継続』 で述べたとおりである。その社会労働党が、10月の「クーデター」から8カ月近くもたってようやく実施された一般党員による党首選挙で、フェリペ・ゴンサレス、スサナ・ディアス等によって実に惨めな姿で追い出されたペドロ・サンチェスが圧勝と言ってもよい形で党首に再選された。そのうえで来る6月18日、19日に全国党大会が開かれるのだが、国会議員と地方の党幹部の大半が「クーデター派」である党の現状を、サンチェスとその支持者たちがどのように変えていこうとするのか、スペインだけではなく今後のヨーロッパにも大きな影響を与えるかもしれないこの大会が大いに注目される。

●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
  《溢れ続ける腐った水》
  《暴露されたもみ消し工作》
  《ポデモス:「陰謀バス」を走らせる》
  《社会労働党:サンチェスの反撃》
  《「反ラホイ」を選択した一般党員》
  《「ポピュリズム」の大嵐が予想される党大会》 


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《溢れ続ける腐った水》

 昨年11月に社会労働党の「棄権票」のおかげで政権を継続できたマリアノ・ラホイとスペイン国民党だが、2017年になってもこの政権党の体質とこの国の伝統的な政治・経済システムの腐れ果てた実態が暴露され続けた。2014年に発覚したカハ・マドリッドの「不透明(暗黒)カード」事件(参照:当サイト記事)およびバンキア銀行事件(参照:当サイト記事)の裁判が公開され、被告席に着くロドリゴ・ラト(元副首相、元IMF専務理事)を筆頭とする大勢の国民党関係者の姿が次々と新聞やTVニュースを大きく飾った。そして2月28日には「不透明(暗黒)カード」事件の判決が下り、ラトら65人の被告に対して3ヶ月から6年の懲役刑が宣告された。4月に入ると、ラトが閣僚やIMF専務理事時代からすでに資金洗浄と脱税・不正蓄財を行っていた容疑まで、新たに浮かび上がってきた。さらには、同じく2014年に摘発されたマドリッド州を中心とする大型政治腐敗事件Púnica(参照:当サイト記事)の公判もほぼ同時進行的に進められている。

 今年に入って新たに大きく取り上げられた政治腐敗事件の一つがムルシア州のペドロ・アントニオ・サンチェス(元)知事(国民党)が関わる「音楽堂事件」である。これはムルシアの小さな村プエルト・ルンブレラスに2006年に着工して立ち枯れ状態になった音楽堂の建設を巡る汚職事件だが、この建設自体が当サイトのこちらの記事こちらの記事、またこちらの記事で紹介したような、公金の合法的略奪の一部である。ペドロ・アントニオ・サンチェスは結局この事件の責任を取って知事を辞任せざるを得なくなった。しかし何よりも大きく国民党の権威と対面を傷つけてしまったのは、4月19日にグアルディア・シビル(内務省に所属する国内治安部隊)が開始した「Lezo作戦」によるマドリッド州前知事イグナシオ・ゴンサレスとその親族、周辺の国民党政治家と企業主の逮捕だろう。一般的にLezo事件と呼ばれている。

 日本でいえば東京都の元知事が在職中に行った大規模な公金不正流用・汚職・脱税などの容疑で逮捕されたというような、まさにとんでもない事件である。(築地市場移転問題で石原慎太郎氏が逮捕されたことはないし、おそらく今後もないだろうが。)この事件は単にゴンサレス前知事およびその周辺による公金略奪と不正蓄財にとどまらず、このような政治腐敗と国民党中枢部の関わり、国民党の不正な選挙資金作りの仕組み、国民党筋に近い検察官による「もみ消し工作」など、広い範囲にわたる犯罪行為を明らかにし、国民党を中心としたスペインの伝統的利権構造の解体へとつながる規模かもしれない。
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《暴露されたもみ消し工作》

 イグナシオ・ゴンサレスは、Púnica事件で逮捕されているフランシスコ・グラナドスとともに、エスペランサ・アギレ元マドリッド州知事の「両腕」となって働いていた人物である。アギレは、昨年10月に死亡した(当サイト:こちらの記事)リタ・バルベラー元バレンシア州知事とともに、アスナールからラホイへとつながる国民党の利権構造に最も深く関わっていた。そのアギレ周辺の国民党員が、ギュルテル事件(当サイト:こちらの記事)の発覚以来このLezo事件までに、すでに22人も逮捕されている。もし23人目があればアギレ自身だろうと推測されており、彼女は代表を務めていたマドリッド市議会の議員を辞職する羽目に追いやられた。

 スペイン語に“salir rana”という面白い表現がある。この“salir”は英語の“leave”に当たる動詞、そして“rana”はカエルを意味し、両方で「カエルを残して去る=失敗する、期待を裏切る」という意味になる。2016年の2月にエスペランサ・アギレはPúnica事件に関して「私は今まで500人もの人物を役職に就任させてきたが、その中で私の期待を裏切ったのはたった2人だけだ("He nombrado a más de 500 altos cargos y sólo dos me han salido rana")。」と語った。この時点で「残されたカエル」は2匹だけだったわけである。それ以降「カエル」は22匹に増えてしまったが、最後の「カエル」は少々大物すぎる。この事件の捜査によってマドリッド国民党の裏金作りのからくりが解明されれば、元マドリッド市長のルイス・ガジャルドンと現マドリッド州知事クリスティーナ・シフエンテス、下手をすると党中央現執行部まで疑惑の対象になるだろう。

 事件の中心となった場はマドリッド州の水利公営企業Canal Isabel II大手建設企業OHLなどの大手企業群で、ゴンサレスと企業経営者のゴンサレスの家族、多くのマドリッド州の国民党議員と企業主の群れが州の公金にたかって私腹を肥やし、グアルディア・シビルが掴んだだけでも2300万ユーロがタックスヘイブンに向かっていた。さらにCanal Isabel IIを通して公金がコロンビア、パナマ、メキシコ等の中南米の水利関連企業の買収や賄賂などに使用されていた。加えて、その不法な活動で得られた資金が、少なくとも3つの大型選挙(2007年自治体選挙、2008年総選挙、20011年自治体選挙)のための不正な選挙資金作りに回されていた疑いが深まっている。

 しかし問題は政治家ばかりではない。国民党と繋がる検事たちによる事件もみ消し工作の一端が明らかにされたのだ。しかもそれを現職の法務大臣ラファエル・カタラーが知っていたのである。グアルディア・シビルによれば、イグナシオ・ゴンサレスが逮捕される6ヶ月前、2016年11月初旬にカタラーはすでに捜査を受けていたゴンサレスとSNSを使って対話し、その中で「この難儀な話はじきに終わるだろう」と語った。その対話にはアスナール政権時の閣僚エドゥアルド・サプラナも加わっていたのだが、そのカタラーの言葉の前にゴンサレスは、検察庁の政治腐敗取締主任にマヌエル・モシュ(Manuel Moix)が就任するだろうと語っていた

 昨年11月に再び政権を握ったマリアノ・ラホイは自分に近い筋のホセ・マヌエル・マサ(José Manuel Maza)を検事総長に任命したが、そのマサが政治腐敗取締主任に腹心のモシュを任命したわけである。しかしこのモシュは中央検察庁で2007年、2009年と2010年の3回にわたって国民党の政治腐敗摘発を握り潰した実績を持つ。おそらくこの大型政治腐敗もまた闇から闇に流されてしまっていたのかもしれない。しかしその筋書きは、グアルディア・シビルがゴンサレスを逮捕した後にこのSNSでの対話をマスメディアに公表したことで、すべて崩されてしまった。

 おまけに、モシュが脱税天国で有名なパナマにある幽霊会社の株の25%を所有していることまで明らかになった。そうなら、この政治腐敗取締主任自身が腐った水にどっぷりと漬かっていることになる。これでは「取り締まれ」と言っても無理だろう。モシュは結局6月1日に政治腐敗取締主任を辞任してしまった。ここから後この国の司法権がどうなるのか、見ものである。もちろんだが、どこの国でも「三権分立」など学校教科書の活字になっているだけのおまじないに過ぎないのだ。
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《ポデモス:「陰謀バス」を走らせる》

 昨年11月のラホイ政権の継続とともに、この政権党の腐敗の暴露もまた継続することとなった。その国民党政権の継続を、10月の「クーデター」(当サイト:こちらの記事)によって許してしまった社会労働党が面目を失ったことは言うまでもない。その間にラホイ国民党政治腐敗への追及の主役は当然のようにポデモスに移っていく。国会で国民党とタッグを組むシウダダノスはもちろんだが、ラホイ政権継続に決定的な力を貸した社会労働党は口先だけの腰の引けた対応しかできない。相次ぐスキャンダルの暴露を見て、ポデモスは1台の大型二階建てバスの壁面全体にスペインの伝統的腐敗体質を象徴する大勢の人物の姿を描いた「陰謀バス(tramabus)」を作って全国各地を走らせている。


   
 このTrama(陰謀)バスに描かれている面々をご紹介しよう。(リンク先は当サイト中の関連記事)
 まず左側の面(左の写真)だが、右からルイス・バルセナスホセ・マリアアスナール、エドゥアルド・インダ(ポデモス攻撃に精を出すジャーナリスト)、ビジャル・ミル(企業主で政財界の黒幕的存在)、ジョルディ・プジョル、フアン・ルイス・セブリアン(Prisaグループの総裁でエル・パイス紙など大手マスコミを支配する)、フェリペ・ゴンサレス
 バス右側の面(中央の写真)には、右からディアス・フェラン(企業主で不透明カード事件ギュルテル事件などで公判中)、アルトゥロ・フェルナンデスエスペランサアギレミゲル・ブレサマリアノ・ラホイ(なぜか後ろを向いてモバイルを扱っている)、ロドリゴ・ラト
 そしてバス2階正面(右の写真)に先ほど紹介のイグナシオ・ゴンサレス。

 ポデモス党首のパブロ・イグレシアスはさらに、国会にラホイに対する不信任決議案を提出することを5月2日に表明し、マドリッドで国民党腐敗追及の大デモと集会を開いてこの「ヨーロッパで一番腐った政府」への攻撃を開始したである。このようなポデモスの人目を引く行動が、将来的に吉と出るか凶と出るか、いまのところ分からない。しかし、国民党と正面切って対決するところがポデモスだけだという印象を人々に与えたことは間違いないだろう。
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《社会労働党:サンチェスの反撃》

 昨年11月に野に下ったペドロ・サンチェス前社会労働党首は、全国の地方党組織を自らの足で回って「クーデター派」に対する反撃と党首選への再登場の機を窺っていたが、このような状況が、あくまでラホイ政権に反対してきた彼にとって大きな追い風になったはずである。社会労働党の一般党員と支持者たちの国民党とラホイに対する怒りは、最後まで「反ラホイ」を貫いたサンチェスをゴミのように放り出した党幹部たちに向けられていった。新党首が決まるまでの暫定的な執行部である党役員会と暫定党首ハビエル・フェルナンデス(アストゥリアス州知事)は、一般党員のサンチェス支持の波に対して為す術を持たなかった。

 社会労働党の党首選挙はやや複雑だが、まず各地域で一般党員の信任を受けた“aval(保証人)”と呼ばれる代表者たちの署名による支持表明が行われ、次にやや期間を置いて一般党員による無記名投票が行われる。一般党員は“aval”たちの支持具合を参考にしながら選挙に臨むことになる。そして党首候補として、ペドロサンチェスの他に、サンチェス追放劇の主役だったスサナ・ディアス(アンダルシア州知事)と前バスク州知事パチ・ロペスが立つこととなった。

 しかしこのパチ・ロペスの出馬は、どう考えてもサンチェス支持の票を奪ってスサナ・ディアスを勝たせるために仕組まれたとしか考えようがない。バスク州以外でロペスの支持はほとんどあり得ず、そのバスクではサンチェスとディアスの2者選択なら圧倒的にサンチェスが勝つと予想されたのである。したがってこの両者への支持が僅差ならロペスがサンチェスの票を食ってディアスに勝利をもたらすかもしれない。これは先ほどのポデモスのTrama(陰謀)バスにも描かれたフェリペ・ゴンサレス周辺の悪だくみだろう。

 さて、最初の“aval”たちによる支持表明の公表は5月4日に行われたのだが、その結果は党幹部を震撼させるものだった。“aval”たちには党幹部と国会議員たちによる猛烈な圧力がかけられており、氏名を明記するために逆らうことが困難なはずだったが、全国で約19万人の“aval”の中で、ディアス支持が32%(59390人)、サンチェス支持が28%(53117人)、ロペス支持が6%(10866人)、態度未定が34%(64576人)で、ディアスとサンチェスの差は僅かに6千人余りだったのだ。

 しかもサンチェスは17ある州単位の自治体のうち11でディアスよりも多くの支持を得た。ディアスは地元のアンダルシアやアラゴン、ムルシアなどのいくつかの州でサンチェスより多い支持を得たが、マドリッドではほぼ互角、カタルーニャとバスクでは支持率が10%に満たず、バレアレス、ナバラ、カンタブリアなどの州でも10%を僅かに上回った程度であった。ロペス支持が第一位だった州は予想通りバスクのみだった。

 しかも、サンチェス支持がディアス支持よりも多かった11の自治体のうちで8自治体の執行部がディアス側についていたのだ。サンチェス追い出しの先頭に立った暫定党首ハビエル・フェルナンデスが知事を務めるアストゥリアスではサンチェス支持が40%だったのに対してディアス支持は31%、同じくディアス支持を強力に唱えていたシモ・プチが知事を務めるバレンシア州でもサンチェス支持49%に対してディアス支持は32%しかなかったのである。常に党上層部の意図を忖度しなければならない立場の“aval”たちですら、公然と地方幹部に対して「反乱」を起こしていたのだ。これで一般党員による無記名投票でサンチェスが逆転する見通しが高まった。
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《「反ラホイ」を選択した一般党員》

 本来なら、この時点で党首に選ばれる可能性が消えたパチ・ロペスは、出馬を取り下げてスサナ・ディアスとペドロ・サンチェスの一騎打ちにすべきところだった。しかしロペスは最後まで選挙に参加すると言い張った。立候補をやめてもどちらかへの支持表明はできなかっただろう。昨年11月にラホイ政権延命の側に立った者として「サンチェス支持」を言うことはできないが、「ディアス支持」を言えば地元のバスク州の一般党員から見放されることが確実であり、今後の政治生命にも関わってくる。結局彼は「党をまとめる役を果たす」という曖昧な態度で選挙戦を続けることとなった。

 こうして2017年5月21日に実施されたスペイン社会労働党総書記(党首)選挙だが、その結果は、ペドロ・サンチェスが50.21%、スサナ・ディアスが39.94%、パチ・ロペスは9.85%。サンチェスの圧勝と言ってよい。州の単位でみるなら、スサナ・ディアスが勝ったのはアンダルシア州のみ。そのアンダルシアですら党員の約3分の1がサンチェスに票を入れていた。バスク州ではロペスが1位だったが、他のすべての州でサンチェスが勝利した。アラゴン、ムルシア、カスティージャ・ラ・マンチャ、エクストゥレマドゥーラのようにディアス支持者が党幹部を強力に形作っているところでも、一般党員はサンチェスを支持した。

 これは「サンチェスの勝利、ディアスの敗北」というよりも、「反ラホイの勝利」と言った方が良いだろう。昨年10月1日にマドリッドの党本部で行われた全国委員会の際に、あくまで「反ラホイ」を貫こうとするサンチェスは「全国党大会を開け」と主張したが、中央と地方の幹部たちによって退けられ、サンチェスは総書記辞任を余儀なくされた(当サイト:こちらの記事)。この時点で一般党員が参加する全国党大会を開いてもサンチェス支持が多かったかどうかは分からない。しかし、その後で新たに明らかになった国民党の腐敗ぶりが、「ラホイ政権容認」を決めた党幹部たちにとって致命的だっただろう。サンチェス追放劇の黒幕と思われるフェリペ・ゴンサレスは5月23日になって自分たちが少数派であることを認め「多数派を支持しなければなるまい」と語った

 スペイン社会労働党の中央と地方の幹部、国会議員の大多数はスサナ・ディアス支持、つまりフェリペ・ゴンサレスの支配下にある。サンチェスの急激な舵取りは党の分裂を促進するだろう。サンチェスは幹部たちに対して「和平」を申し入れたが、ことは簡単に収まるようなものでもあるまい。ニューヨークタイムズ紙と米国民主党との関係と同様にだが、スペイン社会労働党とスペイン政治にとって常に重要な論調を作っている全国紙エル・パイスは「社会労働党のブレキシット」と名付けられた社説で、この状況をイギリスのEU離脱やトランプ政権の誕生と比較しながら危機感をむき出しにした。
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《「ポピュリズム」の大嵐が予想される党大会》

 この党首選挙で何よりも際立ったことは、社会労働党の一般党員・下部組織と、幹部・上部構造との間にある、救いようもない乖離である。幹部たちにとって、地方の下部組織や一般党員、支持者たちの意識など、どうでもよいことなのだろう。昨年9~10月の「クーデター」の際でも、下部の声に耳を傾けたのはカタルーニャ社会党と一部の小さな自治体の社会主義組織だけだった。実際、この党にとって大切なのはフェリペ・ゴンサレスを頂上とするピラミッドの上部構造だけである。そうとしか言いようがない。下部の意識を大切にすれば「ポピュリズム」ということになるだろう。先ほどのエル・パイス紙の論調は、サンチェスの総書記選出を、この新聞が「ポピュリズム」の典型として常に攻撃するブレキシットおよびトランプの勝利、ポデモスの登場とになぞらえていたのだ。

 ペドロ・サンチェスは党中央に対して、昨年11月の首班指名の議会でラホイ政権継続に手を貸したことを間違いだったと認めるように求めている。そして国民党の政治腐敗に対する厳しい姿勢を訴えている。しかし党の幹部連中と国会議員がそれをすんなりと受け入れるとは考えられない。まだ明確な反応は現れていないが、この党の体質はあくまで陰険だ。昨年10月の以前にそうだったように、サンチェスの手足を縛りあげるための工作が隠密裏に進められていることだろう。6月17日と18日には、社会労働党の全国大会が開催される。この党が名目として掲げている民主主義のルールにのっとって選出された委員長に対して、今度はどのような動きがあるのか、大いに注目される。

 スペイン国民党は、フランコの時代以前から各地に根付いている利権の構造を上手に把握することで、その基盤を固めている。この党では、一般党員や支持者と上部組織や党幹部との間に大きな意識の差は無い。その利権構造によほどの重大な打撃が与えられない限り、国民党は有権者の30~35%の支持を常に確保できるだろう。どれほどに腐敗していようが、その腐敗の中で利益を手にできる中間層の人たちが国民党を支持し続けるからだ。その意味で、この党は驚くほど強靭な持続力を持っているわけである。国民党が最も恐れるのは腐敗した利権構造の被害者である下層大衆からの反撃である。だから「ポピュリズム」を最大限に警戒・攻撃することになる。

 しかし社会労働党では党幹部の意識と利益が過半数の一般党員と大きく離れている。一般党員の多数派である下層大衆は腐敗した政治の被害者なのだが、幹部たちはその腐敗の根にメスを下ろそうとしない。彼らもまたその腐った構造の受益者なのだ(当サイト:こちらの記事こちらの記事)。だからこそポデモスが大きく登場してきたわけだが、社会労働党の上層部にとって「ポピュリズム」への警戒は、ピラミッド構造上部に対する下部構造からの攻撃への警戒心に他ならない。6月17、18日の全国党大会は、党首選の勝利者への嫉妬と警戒が渦巻く党上層部と、各地域から来た一般党員の代表者との間での、激しい非難合戦と反目の嵐となることが予想される。

 ともに「ポピュリズム」を憎悪し警戒する国民党と社会労働党だが、この国の腐敗した利権構造が壊されるなら、それによって利益を得ていた階層が大挙して下層に滑り落ち、両党にとって最悪の事態となる。国民党は大幅にその支持基盤を失うだろうし、社会労働党にとってはそのピラミッド構造への強権的な縛りつけが組織全体の崩壊を導くだろう。社会労働党が(ポデモスの力で担ぎ出される以外に)政権を握ることは永久にないだろうが、国民党政府としては警察と軍による恐怖(テロ)政治を用いない限り、その「ポピュリズム」を食い止める方法がなくなるだろう。

 それにしても、伝統的な利権構造を突き崩そうとするような裁判所・警察・グアルディアシビルによる「腐敗追及」の動きの背後には、いったい何があるのだろうか。この続きはまた17、18日の党大会の様子を見ながらお知らせすることにしたい。
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2017年6月3日 バルセロナにて 童子丸開
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