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シリーズ:『カタルーニャ独立』を追う

⑨カタルーニャ「独立住民投票」前夜


 8月17日のテロ(当サイト記事:こちらこちらこちらこちら)の騒動が一段落して後、カタルーニャ州政府は住民投票州法と分離独立関連州法を立て続けに成立させ、10月1日に予定されるカタルーニャ独立の可否を問う住民投票の実施に向けて突っ走っている。一方で中央政府は「10月1日に住民投票はない」と断言して、その阻止に向けた動きを本格化させた。実際にこの住民投票がおこなわれるかどうかは未だに不明確だが、その前に、いままでの独立運動の様子と現在の状況について、若干の整理をしておきたい。まさか!そんな馬鹿な!と思われるような、ショッキングな内容を含んでいるかもしれないのだが。

2017年9月20日 バルセロナにて 童子丸開

●小見出し一覧(クリックすればその項目に飛びます)
 《具体性抜き…独立を巡る議論の空しさ》
 《2014年の「住民投票」を振り返る》
 《今年9月に入って本格化した「独立戦争」》
 《「パンドラの箱」を開けてしまった愚かな中央政府》


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《具体性抜き…独立を巡る議論の空しさ》

 私が当サイトシリーズ:『カタルーニャ独立』を追うの方々で書いてきたことだが、ここで住んで生活する者として、特に外国人居留民の身としては、この「カタルーニャ独立」問題ほどに空しさを感じるものはない。大不況にあえぐ2011年ごろから奇妙に盛り上がっていった独立熱に対して、私は、半分はカタルーニャ人たちの心情に同調する熱いまなざしで、半分は外国人居留民の立場からの冷めた眼で眺め続けてきた。そして奇妙なことに気付いた。独立派と反独立派の議論、州政府と中央政府の議論が、何の交渉も妥協も成立しないまま激しく続けられてきた一方で、そのどちらからも、そこに住む人間にとって最も大切なことがスッポリと抜け落ちている点である。

 まるでボクシングのリングの上でサッカーとテニスが勝負しているような、「正」と「反」がぶつかりながらすれ違ったまま永久に「合」が現れない、最初から何の意味もない論争ばかりが延々と続けられている。カタルーニャの独立派と州政府は民族の自治権という理念を振りかざし、それに対して反独立派と中央政府はスペイン国の法律をぶつける。そしてその双方が自分の主張を「民主主義だ」と強調する。両者とも最初に絶対的な結論を持っているわけで、意見がかみ合うことは100%ありえず、どこかで折れ合う余地など見つけようがない。しかし、そんな衝突とすれ違いの中で、カタルーニャに住む者たちの独立後の将来がどうなるのかの具体的なイメージだけは、独立賛成派からも独立反対派からも、何一つ、全く語られてこなかったのだ。

 私が既に5年前に当サイト記事のこちらこちらで書いたことだが、カタルーニャが独立国になれば否応なしにEUから出なければならない。これはEUの機構上どうしようもないことだ。EU委員会は以前からその点を繰り返し強調してきた。この9月14日にEU委員会委員長のジャン=クロード・ユンケルは、カタルーニャが独立したらEU構成国とは見なされず、加入のための交渉をしなければならないことを再度語ったうえで、EU委員会としてはスペイン国家の主権、スペインの憲法裁判所と議会の判断を尊重するという態度を明らかにした。当のEUこそ、欧州中銀やIMFと並んで、スペインの国家主権をないがしろにしていると思うのだが、それはともかく、カタルーニャ独立問題に対してはその機構上の筋道と従来の主張を繰り返した。

 ところが独立派は「EUがその機構を作り直してカタルーニャを受け入れてくれるはずだ」という妄想を勝手に信じ込んでいる。前知事のアルトゥール・マスなど、2013年まではカタルーニャ経済はEUにとって重要だから居続けることができるなどと主張していた。EUに残れないことを認めざるを得なくなった翌年には盛んに、EUからは出ていかなければならないだろうがほんのちょっとの間だけですぐにメンバーになるだろうと、何の根拠を示すこともなく繰り返していた。同じ年には「カタルーニャ憲法草案」を作成した元判事サンティアゴ・ビダルが、一時的にEUを離れる期間にはイスラエルとドイツがカタルーニャ経済を支えてくれるというトンデモを公言した(当サイトこちら)。ここまでくれば政治詐欺以外の何物でもあるまい。

 EUへの新加入の交渉はそこまで簡単ではない。まして、スペインを含む多くの諸国が「独立」自体を認めない可能性が高い以上、半永久的に無理な話だろう。もちろん各国国民の移動の自由を保証するシェンゲン条約域外となるため、今までなら自由に国境線を越えて移動できたEU内の他の諸国はもちろん、バレンシアやマドリードなどカタルーニャ以外のスペイン各地に行くにもパスポートと国境検問が必要となる。カタルーニャには家族が州外の地域に住んでいる人たちも大勢いるし、フランス人やイタリア人などと結婚している例も多いが、この人たちはどうなるのか? また仕事でバルセロナとスペインの他地域やEU内を行き来しなければならない人たちはどうなるのか? 

 ユーロ圏から外れてもユーロはそのまま使用できるかもしれない。欧州にはモンテネグロやコソボのように、EUにもユーロ圏にも属さずにユーロを使っている(ユーロが作られる前に独自通貨を持たず、なぜかドイツ・マルクが使われていたので、自動的にユーロを使うことになった)例もある。しかし、今までカタルーニャ経済を支えてきたEU内からの観光客の数は大幅に減るだろう。さらに貿易で無関税を維持できる保証はどこにもない。逆にスペインは「報復」としてカタルーニャ製品に高い関税をかけ他の国もそれにならう可能性がある。カタルーニャは、EU内にあるからこそ、そのDGPがスペインの20%近くを占めているわけだが、おいしいところだけはそのまま残して嫌なものだけを切り取るなどというムシの良い話が、現実問題として通用するはずはないのだ。

 ではカタルーニャに進出している外国企業はどうなるのか? カタルーニャがEU外にある以上、EUの市場を失いたくない多くの企業が本拠地をマドリードやフランスにでも移さざるを得なくなるだろう。外国企業でなくても本拠地を移す大企業が続出する可能性が高い。スペインの大企業経営者の団体であるマドリード企業家会議と経営者サークルは、政治的な混乱を嫌ってカタルーニャへの投資が減少していることを指摘する。無理もないことだが、するとその従業員たちは、またその下請けで生きてきたカタルーニャの中小企業は、いったいどうなるのか? またバルセロナにある日本領事館がいとも簡単に「在カタルーニャ日本大使館」に変身できるわけもない。他の国々の領事館も同様だ。すると在住する外国人たちはどうなるのか? まともな国家の体制が整うまでの「移行期間」がどれほどかかるか知らないが、その間、カタルーニャの住民は生きていけるのか?

 今まで住民たち生活を支えてきた社会保障制度はどうなるのか? 年金や医療保険などを専門に扱ったことのない州政府の連中にその運用ができるのか? アルトゥール・マスなんぞ、カタルーニャは独立したらスペイン政府が交渉しない限りスペインの抱える負債を負担しないだろう、つまりその分のカネがカタルーニャ人の懐に入るはずだ、などといった絵に描いた札束をどんぶり勘定で披露していた。「独立」の夢を見せられるとこんな詐欺的な主張を何の疑問もなく信じ込んでしまうのだ。まして、EUから出ることによって経済が大打撃を受けるかもしれない中で、どのように国家の経済を維持して住民の生活を保護するというのか? 年金はどうなるのか? 医療保険は? 学校教育は? 銀行制度は? (ちなみに現州政府の経済委員長、つまり将来の経済大臣のウリオル・ジュンケラス左翼共和党党首は歴史学者で、経済については全くの素人である。)

 独立論者たちからは、こういった人々の生活に直接に繋がる具体的な未来像について、一度たりとも聞いたことがない。我々住民が即刻、直接に受ける影響について、何の説明も何の解決策も示されたことがない。彼らはこういった具体的なテーマ、具体的な将来像について、ひたすら話を避けてきた。自分たちの理念 ― 自治、自由、民主主義、主権、などなど ― の前には具体的な生活の問題などどうでもよいことなのだろう。というか、そんなことを考えていると独立できなくなる…、初めに独立ありきなのだから、考えないことにする…、ということだろう。実際に、熱病に浮かれるように独立派に導かれて突っ走る何百万人もの人々にとって「それらは独立してから考えればよい!」…ということだ。(信じられないことかもしれないが、著者の身の周りにいる独立賛成の人たちは例外なくそうである。)

 ところがそういった独立派の態度よりもはるかに奇妙なことがある。独立反対論者やマドリードの政治家たちの口からさえも、こういった独立後の予想やそれに基づいた反対論を聞いたことがないのである。上に挙げたような一つ一つの問題点を具体的に提示して、これはどうなる?じゃあこれは?と冷静に話を持っていけば、独立賛成の人々を翻意させることはさほど難しいことはないだろうと思うが…。しかし彼らはただただ、とうに「賞味期限」の切れた78年体制(当サイト記事こちらを参照)にしがみつき、かつて独裁者プリモ・デ・リベラやフランシスコ・フランコからさんざん聞かされたスペイン国家の統一性の主張(当サイト記事こちらを参照)、そして最終的に法律と警察力による厳しい取り締まりを高飛車に掲げるだけだ。こうして反対派は自らの手で、賛成派の意固地さをますます打ち固めてきた。独立などあってはならないことだから、独立したらどうなるのかなどは考えない…、ということだろう。

 こんな馬鹿げた論争が続いてきた数年の間にスペインに起こったことは何か? 9月17日付のプブリコ紙は、財務省の発行した統計を元にした分析を掲げ、次の点を指摘している。2011年から2015年の4年の間に、実質的に100万ユーロ以上の資産を持つ富裕階層の数が130216人から188680人へと44.9%も増加している。これら総人口の0.5%に当たる富裕階層がスペインのDGPの53.9%、5826億ユーロ(約77兆円)を支配しているのだ。一方で、年収6千ユーロ(約79万2千円)未満の貧困階層の数は約400万人から約540万人へと、140万人以上も増えている。これはこの国で上下の2極分化が激化していることを表す。

 スペインで(ネオリベラル資本主義の世界ならどこででもだが)最も重大な危機は、「カタルーニャの分離独立」などという《水平方向の分裂》ではなく、富者と貧者の《垂直方向の分裂》ではないのか? 上に書いた独立を巡る馬鹿げた「論争」など、マドリードの資本家とカタルーニャの資本家が息を合わせて筋書きを作って政治家とマスコミに演じさせる、現代社会の真の危機を覆い隠すための茶番劇ではないか、という気すらしてくる。あるいは、その裏に別の政治目的を持った者たちが控えているか・・・。いずれにせよ、カタルーニャとスペインがどうなろうとも、ますます富と力を得ていくのは上の「1%」であり、ますます生きるすべを失っていくのは下の「99%」の人間である。


《2014年の「住民投票」を振り返る》

 カタルーニャ州政府が独立の是非を問う「住民投票」を手掛けたのはこれが初めてではない。2014年の11月9日に非公式な形で行われたことがあり、その実施以前のプロセスについては当サイトのこちらこちらに詳しく書かれている。だがこのときに私は「住民投票条例」の成立と憲法裁判所による違憲判決から先のことについて書くのをやめた。あまりのくだらなさに書く気力を失ってしまったのだ。しかし今年10月1日の「住民投票」(本当に実施されるかどうかは不明だが)の前に当時を簡単に振り返っておきたい。

 2014年9月19日にカタルーニャ州議会は「住民投票州法」を圧倒的多数で成立させた。これはあくまでも一般的な住民投票の仕組みと手順を取り決めたものであり、これ自体は特に「独立問題」とは無関係である。続いて9月27日に州政府知事アルトゥール・マスが、この州法に基づいて、カタルーニャ州のスペインからの独立を問う住民投票を行うという正式な手続きを行い、投票実施は11月9日とされた。

 しかしスペイン首相のマリアノ・ラホイは、中国訪問から帰国後の29日にこれを「憲法と国民全員の権利を攻撃するもの」と激しく非難し、憲法裁判所に告発した。憲法裁判所は即刻、独立の可否を問う住民投票はもとより住民投票州法をも「憲法違反である」と断定し、11月9日の投票の中止を命じ、投票に関する全ての準備を違法とするスペイン政府の方針を、11人の判事の全員一致で支持した。あくまでこの住民投票を実施すればその責任者に重い懲役刑を科することが可能になる。また憲法155条が適用されれば、従来認められていた一定程度の自治権すら剥奪されることになる。

 ところが、独立派のCDC(カタルーニャ民主集中=現在のPDeCAT「カタルーニャ欧州民主党」の前身)党首のアルトゥール・マスにせよ、ERC(カタルーニャ左翼共和党)党首のウリオル・ジュンケラスにせよ、違憲判決が出されるとは夢にも思っていなかったのだ。当時のことは今でも鮮明に思い出せるが、違憲判決後の彼らのうろたえぶりは目を覆いたくなるほどだった。驚いたことに彼らは、もし違憲判決が出たらこの手を使おうという「プランB」を持っていなかった、というより、考えようとすらしなかったのである。とうてい、独立という大事業を成し遂げようとする政治家ではない。きっとこの者たちは、現実政治の激動を小学校の学芸会のレベルで考えているのだろう。

 どこの国の憲法でも一地方の分離独立を前提に作られたものは存在しない。まして、つい40年ほど前まで独裁国家であり、その独裁政権を支えてきた者たちが作った党が政権を握っているのである。この国は、日本とは違って、選挙で選ばれた政権党が司法組織や官僚組織に対しても強い力を持っている。初歩的な政治感覚でも持ってさえおけば、違憲判決はほとんど間違いなく予想できたはずだ。少なくとも「もし違憲とされたらどうしようか」というくらいは中学生でも考えるだろう。ところがカタルーニャ州政府と独立推進諸党派の指導者たちは中学生並みの思考能力をも持ち合わせていなかった。こんな奴らに、住民生活の破壊以外の何が実現できるというのか? 私がこの「カタルーニャ独立運動」を見限ったのは、こんな独立派政治家たちの実態を見せつけられたためである。

 マスが代替の「住民投票」のアイデアを持ちだしたのは違憲判決が出て10日近くもたってからだった。それは公式の選挙管理委員会が取り仕切って行う投票ではなく大勢のボランティアが全ての作業を取り仕切る、投票箱も正式な透明プラスチックの箱ではなく段ボール箱に窓を付けたものを使う、つまり「民間人が勝手にやる」という形で法的な責任を逃れるものだ。その後、独立派内部でのスッタモンダを経て、ようやく具体的に投票所が明らかにされたのは10月29日、つまり実施予定日の11日前のことだった。

 こうして2014年11月9日に非公式の「住民投票」が行われたわけだが、230万人を超える有権者が投票所に向かい、その81%という圧倒的多数が独立に賛成した。しかし、カタルーニャの有権者数は約610万人である。さらにこの「住民投票」は、公式の18歳以上の有権者に加え、16歳と17歳の住民および外国籍の者にも投票権を認めたものだった。それらを含めた「有権者」の数はついに公表されなかったが、実際の投票率は間違いなく35%にも満たないだろう。

 このときの「住民投票」については、アルトゥール・マスの他、前副知事ジュアナ・ウルテガ、前州教育委員長イレネ・リガウの裁判が、カタルーニャ地方裁判所で行われている。州政府の公式機関がその宣伝に努めて実施を促し、また各地の学校を投票所として使ったことが憲法違反に当たるとされたためだ。それにしても、このあまりにも非現実的な夢想家たち(当サイトのこちらの記事を見よ)の愚かな行動に、私は心底驚かされた。というか、その馬鹿馬鹿しさにあきれ果ててしまった。こんなとんでもない奴らが我々の生きる社会を取り仕切ろうというのか?ということである。

 独立は結局は権力の問題に他ならない。ある国から分離して独立することは、どのような形であれその国の法を破ることであり、国家の機構を破壊することであり、その国を経済的に破綻させることである。その国は最大限の力を振り絞って抵抗し独立派を潰そうとするだろうし、その周辺諸国も政治的不安定が自分の国に及ばないように様々な干渉や妨害を試みるだろう。「好き嫌い」の問題でも「善い悪い」の問題でもなく、それが現実の世界なのだ。

 独立運動は横車を力任せに押しまくることに他ならない。理念の問題や理想の問題ではないのだ。したがってそれを成立させるためには、その国や周辺の国々の報復と妨害を跳ね返して黙らせるだけの強大な権力(軍事力、経済力、情宣力、外交力など)が必要不可欠であろう。あるいはその権力を外部から借りる、つまり後ろ盾にする以外に、分離独立の成功を導く方法はあるまい。カタルーニャ自体にそれだけの権力はあり得ない。では、誰がカタルーニャ独立の後ろ盾になってくれるのだろうか? 

 当サイトこちらの記事には、分離独立運動を推進してきた者たちが妄想する「後ろ盾」について詳しく述べられている。こんな妄想がどこから現れたのだろうか? 筆者自身はこの独立運動自体を壮大な政治詐欺ではないかと疑っているが、だとすれば「仕掛け人」がいるはずだ。詐欺は儲かるからやるわけで、詐欺を仕掛けて何らかの重大な成果を手に入れる目的を持っている者たちがいるはずである。それが誰でその目的は何かはよく分からない。おそらくEUの将来に関わることではないのかなと思ってはいるが…。


《今年9月に入って本格化した「独立戦争」》

 しかし、いま現実に、スペインとカタルーニャは、10月1日を目指して突っ走っている。住民投票の土俵の上で理念と法律が正面衝突しているわけだ。これはもう、行きつくところまで行かなければどうしようもあるまい。こちらとしてはその途中経過を書き留めたうえで、あとは10月2日以降になって、その結果を見てみることにしよう。

 2017年7月4日、カタルーニャ州政府は、独立を問う住民投票の10月1日実施を可能にする住民投票州法を成立させた。その州法は他のあらゆる法律を「超越する」ものであり、10月1日の住民投票で賛成多数を得たならば「議会は48時間以内に独立を宣言する」(CUP議員ガブリエラ・セラ)とされた。そして7月7日には州知事カルラス・プッチダモンが、いままでは国家の方に流れていった税を、もう少しで、カタルーニャ州税務局が徴収することができるようになると語った。7月25日に国連は住民投票への選挙監視団の派遣を拒否する旨を告げたが独立派は意にも介しなかった。州議会は翌日25日に分離独立に関する州法案をスムーズに通すことができるように州法制度の改革を行い、7月31日には、夏季休暇明けの8月16日から州議会で住民投票州法案の審議を開始するための手続きを完了させた。

 その8月16日から29日までの2週の間に起こったことは、『バルセロナ・テロ:湧き上がる疑問の数々』およびこちらこちらこちらで詳しく書いた。これがカタルーニャ独立問題と何か関係があるのかは、正直言って分からない。しかし9月に入ってからは、まるで8月のテロなど起きなかったかのように、カタルーニャもマドリードもマスコミ情報も、全てが10月1日の住民投票に集中している。「独立戦争」の戦闘開始というわけだ。以下に、8月最終週から9月20日までの主な出来事だけを列挙してみたい。

 8月28日に、州政府与党JxPSiと独立派野党のCUPは10月1日の以前に分離独立州法を成立させることを確認し合った。その州法案によると、住民投票で賛成多数を得た後で、わずか34日の間にカタルーニャにあるスペイン国家の機関と機能を全て停止させて接収し、「カタルーニャ共和国」を誕生させることになっている。そして9月7日にはついに、独立住民投票実施のための州法が、州議会でのたった1日の簡単な審議を経たうえで賛成多数で成立した。州政府は投票用紙の正式なデザインを公開したが、それはカタルーニャ語、カスティーリャ語、そしてアラン語(カタルーニャ北部のフランス国境付近で使用されている)で書かれた、『あなたはカタルーニャが共和国の形で独立国家となることを希望しますか?』という質問と、チェックを入れる『はい、いいえ』の欄で作られている。

 州政府はその翌日の9月8日に、議会に対して「分離独立州法」法案を提出し、これもまた1日で成立させた。この州法では、50時間でカタルーニャにあるスペイン国家の機能をすべて停止させることになっている。州議会議長カルマ・フルカデイュは、カタルーニャ解放宣言の前にはいかなる脅威もやって来ないと断言した。そうして9月11日の「カタルーニャの日(ディアダ)」の大デモになだれ込んだのである。このデモには、バルセロナ市警察の発表で100万人、バルセロナの国家支部の発表では35万人、そして地元新聞の計算による推定で63万人が参加したことになっている。12日に州政府与党とCUPは、今後10月1日の住民投票が終わるまでの州議会の活動を全て停止することを決定した。

 マドリード中央政府が本格的に介入と攻撃を開始したのは12日の週からである。前週の8日に「独立住民投票実施州法」に違憲判決を出し、カタルーニャの各市町村の長に警告を発していたスペイン憲法裁判所は、「カタルーニャの日」の翌日12日に「分離独立州法」に対しても違憲の判決を出した。首相のマリアノ・ラホイは9月9日に、独立住民投票を行わせないためのあらゆる措置をとるだろうと警告していたのだが、それがこの後に具体的に展開し始めた。同じ12日には、カタルーニャ上級検察庁がカタルーニャ州警察の署長ジュゼップ・リュイス・トラペロを呼び出し、住民投票を禁止するように強く迫った。8月17日のテロ事件で一躍「カタルーニャの英雄」となったトラペロ(当サイトこちら)だったが、法の強制執行官としての働きを拒否することは不可能だった。結局は部下に住民投票の準備を捜査する命令せざるを得なかったのである。

 9月13日には中央検察庁が、住民投票への協力(投票所と人員の提供、投票の呼びかけと宣伝活動など)を表明していたおよそ700の市町村長に対して出頭命令を出した。検察庁はそれらの市町村がもし本当に投票に協力すれば法的な処分を行い首長を処罰する予定である。しかしCUPに所属する首長たちはその出頭命令を拒否するだろう。また同じ13日にカタルーニャ地方裁判所の判事はグアルディアシビル(国家警備隊)に、住民投票に関する州政府の公式ウエッブサイトを閉鎖するように命じた。ただこれはさすがに州政府側も予想していたようで、即座に新しいサイトを立ち上げたようだ。

 9月14日、州政府は5万5千人の州民に、住民投票当日の投票所でのボランティア活動を要請する手紙を出すことを決めた。一方で中央政府は州政府に対して住民投票の告示をすることが犯罪とされると警告し、判事局に対して10月1日に投票所への電気を止める命令を出すように要請した。またグアルディアシビルは14日と15日にバルセロナ近郊にある印刷所を捜索し擦りかけのポスターやチラシ、原版などを押収した。そして15日に、中央政府は決定的な行動に出た。財務相が州政府の財政に直接に介入し住民投票関連の資金の動きをストップする作業を決定したのである。これはさすがに法的な問題が大きいだろう。憲法155条は適用されていないのだが、この措置は実質的な自治権の取り上げに等しく、これがどのような法に基づいているのか、後々に大問題にされることだろう。

 16日には検察庁から出頭命令を出された市町村長たちの一部が、セウ・デ・ウルジェイュやバルセロナの検察庁支部に向かったが、大勢の独立派の人々に囲まれて口々に「カタルーニャの民衆の力を甘く見るな!」と気炎を上げた。なお、カタルーニャの市町村では90%以上の712の市町村でその首長が住民投票への協力を表明しているが、最も人口の集中するバルセロナ、ウスピタレッ、タラゴナ、リェイダなどの大都市部では非協力または態度未定の状態が続く。また同時にこの日には、バスク州の州都ビルバオでもカタルーニャ独立運動への連帯デモがあり、アルナルド・オテギ氏を先頭にした独立派のEHビルドゥばかりか州政府与党のPNVまでが参加して、数万人の市民が住民投票実施への支持と中央政府の介入に対する抗議の意思を示した。

 週が明けて18日の月曜日、スペイン政府財務相はカタルーニャ州の財務を直接に管理する作業を開始した。これは、医療、年金、学校教育などの市民生活に直結する費用を政府が直接に出す代わりに、住民投票の準備費用を含むその他の出費について財務相が管理し、国の許可の無い限り出金ができないようにする措置である。同時に、政府のデータ保護委員会は、州政府が住民投票の有権者名簿作成のために政府のデータに違法にアクセスした可能性を調査すると表明した。

 19日には、バルセロナに隣接する都市ウスピタレッに本社がある企業Unipostがグアルディアシビルによる捜索を受けた。この企業は州政府からの配達物を主要に扱っており、捜査当局は住民投票に必要な配信物の80%を押収できたとしている。またこの日にはテラサ市にある同社の支部も捜索を受けたが、その際に、捜索を知って押しかけてきた100人以上の独立派住民(主要にCUPの党員とシンパ)がUnipost社の前に座り込み、グアルディアシビルから要請を受けた州警察や地方警察が長時間かけて排除に当たった。これが、10月1日の住民投票を巡って、実質的に初めての民衆と警察当局との衝突だったのだが、これが、次の20日に起こった重大な事態の前奏曲となった。


《「パンドラの箱」を開けてしまった愚かな中央政府》

 2017年9月20日の朝、グアルディアシビルは州政府の副知事室、経済局、社会局、外務局などの11の主要な事務所など40か所の強制捜査に踏み切り、経済財務総局長ジュゼップ・マリア・ジュベー、財務部長フランセス・ストゥリアス、副知事室事務局長ナタリア・ガリガなど14名を逮捕した。10月1日の住民投票に関して逮捕者が出たのはこれが初めてだが、逮捕または取り調べを受けている者たちは、州政府の中で住民投票実施に向けての最も実質的な作業を行ってきた者たちばかりである。さらにグアルディアシビルはバルセロナから北に50kmほど入った山村ビガス・イ・リエイュス倉庫に保管してあった980万枚の住民投票用の投票用紙を発見し押収したと発表した。

 14名もの大量逮捕!? 「人に手を出す」とは…、中央政府は思いっ切り愚かなことをしたものだ。もう収拾がつかないだろう。火に水をかけるつもりで盛大ガソリンをぶっかけてしまったのである。「愚かなことをした」というよりも、根っからの愚か者の集まりだとしか言いようがない。

 この逮捕劇が始まったのは朝8時ごろからだった。ジュゼップ・マリア・ジュベーなどは事務所に向かうために路上を歩いているときに逮捕されたのだ。ソーシャルネット、ラジオ、TVでこの大量逮捕を知ったバルセロナ市民は何もかも放って即刻路上に出た。そして捜索を受け逮捕劇のあった州政府事務所付近に向かい、付近の道路はたちまち抗議集会とデモの場に変化した。もちろん「無届」だ。(事後に「届け出」をしたかもしれないが。)じいちゃん、ばあちゃん、おっちゃん、おばちゃんから、若い人々まで、アスタラダ(カタルーニャ独立旗)を手にし体に巻いた何千何万もの群衆に、警察も手の出しようがなかったのである。(写真写真写真

 私の自宅から歩いてじきの場所、ランブラ・カタルーニャ通とグランビア通の角にカタルーニャ州経済局があるのだが、私もそこに出かけてみた。今までに数多くのデモに参加して目検分で当たらずとも遠からずの人数を判断する習慣ができているのだが、どう見てもこの周辺だけで1万人を下ることはなかった。おそらく2万人近くいたのではないか。この場所は特に広い道路に面しているので集まる人数も多いのだが、他の10か所を加えると、全市で5万~10万人の人が抗議行動に出たのではないかと思われる。途中で自宅に戻る人や逆に途中から参加する人、何度も自宅と往復する人、たまたま通行していて参加する人など様々だが、大声をそろえて「投票するぞ!」「独立!」を叫びカタルーニャ賛歌(国歌)を歌う姿には、もう誰にも何の力をもってしても止めようのない巨大なエネルギーの噴出を感じる。

 ランブラ・カタルーニャ通とグランビア通の角のカタルーニャ州経済局には、夜の12時になってもまだ、捜索のために建物の中に入ったグアルディアシビルの隊員が「閉じ込められた」ままの状態になっており、数千人の群衆が建物を取り囲んでいる。その周りを警察とグアルディアシビルが取り囲み、文字通り「市街戦」の状態だ。本当に何が起こるか、分からない…。どう言えば良いのか…?

 それは2011年の15M(キンセ・デ・エメ)以来、久々に感じられる強烈な光景だ(当サイト:こちらのシリーズ)。この民衆の抗議はバルセロナにとどまっていない。バルセロナでの大量逮捕と民衆の抗議行動が伝えられると、それがたちまち全国の都市に広がっていったのだ。マドリードでは15Mの中心舞台となったプエルタ・デル・ソル広場に数千人が集まり、逮捕への抗議とカタルーニャ人の自己決定権への支持を訴えた(写真)。バスク州都ビルバオでもバスク州旗とカタルーニャ州旗を手にする人が州政府庁舎前に溢れた(写真)。同様の抗議行動は、バレンシア、バレアレス、ガリシア、アンダルシアなど全国の都市に拡大している。

 スペイン中央政府は、実に愚かなことに、触れてはならない「パンドラの箱」の蓋を開けてしまったのだ。投票用紙とかウエッブサイトとかポスターとか投票箱とか…物に限っておけば、まだひょっとすると収拾のしようがあったものを、カタルーニャで人に手を出せばどうなるのかの判断がつかなかったのである。仮にこれで10月1日の住民投票が行われなくなったとしても、カタルーニャ人の心が再びマドリードに向くことはなくなるだろう。今まで独立に反対していた人たちまでマドリードを見限ることになるだろう。

 それはカタルーニャにとどまらず、全国規模で、中央政府の求心力に致命傷を与える性格を持った反政府運動に繋がっていく可能性すら感じる。おそらく2017年の20S(9月20日)、スペイン語で「ベインテ・デ・セプティエンブレ(veinte de septiembre)」、カタルーニャ語で「ビン・ダ・セテンブラ(vint de setembre)」)は、15M(キンセ・デ・エメ)よりもはるかに深くこの国にナイフを突き刺すことになるのではないか。この9月20日から10月1日までのことは次の記事にしたい。明日なにが起こるのかすら、全く予想がつかないのだが…。

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