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※ この記事は、2011年7月に私の旧ウエッブサイトに掲載された。元々のものはもはや見ることができないのだが、現在のサイトに復活させることにする。2016年3月に当サイトで公開したスペイン紙エル・ムンド記事の和訳『フクシマの傷跡、あの災厄から5年』とともに、外国の新聞に掲載された福島原発事故と放射能汚染の危機についての記事の中で最も秀逸なものの一部だろう。


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ニューヨークタイムズ記事:全文和訳(暫定訳)


いつまでも続くチェルノブイリの傷跡


【訳者より】
 これは2011年7月11日付のニューヨークタイムズ紙に掲載された、ジョー・ノシーラによるコラム記事の、童子丸開による和訳(暫定訳)である。記事原文は、和訳の後ろに貼り付けておくことにする。また訳文中に施されたリンク先は原文のリンクに沿ったものである。
 まずは訳文の全てをお読みいただきたいのだが、この中で私が注目したいのは、25年前のチェルノブイリ核(原子力)発電所事故の後に、東ヨーロッパで拡大している膨大な数の健康障害について、まともな「疫学的な研究が全く始められなかった」と作者が述べている点である。当時のソ連当局が十分なデータを出さなかったせいもあるのだろうが、何よりも、顕著にそして膨大に現れてきた事実を研究しようともせずに、癌についてすら「欠陥のある研究の方法」と語ってこの問題を「かなりの論理的な難問」と話をすり替える頑迷な専門家たち、そしてせいぜい動物の異常出産に注目する程度のジャーナリズムにこそ、最もその責任を問うべきものだろう。
 今から後、福島のみならず日本の各地で発生する様々な健康への被害に対しても、チェルノブイリに関して行われてきたのと同様に、この種の専門家たちやジャーナリズムによる無視と矮小化とすり替えが始まることだろう。いやもうすでに始まっている。インターネット上で各地から報告される鼻血、下痢、皮下出血などをまともに調べてデータを集めている研究者が何人いることだろうか。そしてそれをまともに知らせようとする報道機関がいくつあることだろうか。
 まともな研究がいまだに行われていないのだから、「科学的」も「非科学的」もあったものではあるまいが、やがて日本人の中に甲状腺障害や白血病などの事実が現れてきたときに、いくつかの明白な態度が出てくるだろう。
 それらの事実に対して「福島事故との関係性は認められない」と言いながら、関係性を指摘する声を「非科学的」として否定し非難する専門家、およびその取り巻きたち…、彼らの声を単に垂れ流しにして事実に蓋をする報道機関…。下部の医療機関に調査をしないように圧力をかける上級の機関、下部の研究者に調査と分析を行わないように圧力をかける上級の研究者や機関…。おそらく我々は、そういった様々な醜い者たちの姿が事実の前に立ちふさがるのを、しっかりと目撃することだろう。
 もちろん最初から福島事故と健康障害の事実との関係を追及する専門家たちもいるし、いままでの態度はともかくも途中で事実に気づいて態度を変える人もいると思う。そのような人々が一人でも多いことを祈りたい。
 しかしその前に、何よりも、過去にあったチェルノブイリ事故の影響について、世界中の良心的な研究者と支援団体によって数々になされた研究成果が報道機関によって正当に幅広く伝えられ、多くの人が事実を知り、また研究機関の間で大きな話題として議論されなければなるまい。我々は、チェルノブイリについて、そしていずれ日本人の上に迫り来る大災厄について、どこの誰が、いつ、どのように語っているのか…、それを克明に記録し、正確に伝えなければならない。そういった一般の多数の非専門家による作業が、日本国とそこに住む人々を破滅に導く者と救おうとする者の区別を、白日の下にさらすことだろう。
 さらに大切なことは報道に対するチェックだろうと思う。頑迷な専門家たちの声を垂れ流しにして事実を覆い隠す報道機関はどれか…。これに対して、大規模なボイコット(新聞や雑誌の不買運動、テレビやラジオの不視聴運動、それらのスポンサーとなる企業に対する不買運動、等々)が組織される必要がある。またその逆に、事実を収集し正確に伝え、専門家たちに正直で価値ある調査と研究を促そうとする報道機関があれば、それへの推奨運動(新聞や雑誌を買って経営を支える、視聴率を上げてその番組や出演者を応援する、等々)の動きが、是が非でも必要となってくるだろう。
 このような種類の全国規模の巨大な動きが、強大な権力を動かし政治を動かし、世界を破滅に導く者たちの歩みにストップをかけていくことになる。我々日本人こそがその当事者なのだ。
 最後に、この報告を書いたジョー・ノシーラ氏とこれを掲載したニューヨークタイムズ紙に感謝を捧げたい。

2011年7月13日 バルセロナにて 童子丸開

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【和訳】

いつまでも続くチェルノブイリの傷跡
ジョー・ノシーラ
2011年7月11日 

 実に奇妙なことだが、史上最悪の核事故の25周年にジャーナリズムが注目したのは動物に関してであった。二つの雑誌WiredHarper'sは、ウクライナにあるチェルノブイリ原子力発電所付近の、いわゆる避難地域での、動物の新生児について長ったらしい記事を発表したのである。

 まあそれはそれで結構なのだが、しかし最近起こった日本での核事故を考えるならば、あなた方はむしろ…、チェルノブイリで被災した人々に何が起こってきたのかを知るほうが良いのではないだろうか。

 私はそういった人を知っている。彼女の名はマリア・ガウロンスカ。30歳で賢く魅力的な女性のマリアは、2004年にニューヨークに移り住んだポーランド人である。私は4年前に私の婚約者の紹介で彼女を知った。彼女はいつもタートルネックの服を着ていた。どんな暑い日でもだ。

 マリアが生まれた町オルスチンはポーランド北部にあり、チェルノブイリから400マイル(約644km)も離れている。その原子炉がメルトダウンし膨大な量の放射能を空高く吹き上げた1986年4月に、彼女は5歳だった。その事故で放射能はウクライナやベラルーシをこえて、そう、ポーランド北部にまで広がったのである。

 「最初は」と彼女は言った。「爆発だけど危険じゃないと言われたんです」。しかし数日のうちに、ソビエト連邦はそれが事故であることをしぶしぶ認めた。マリアは、みんながヨウ素の錠剤を渡され、屋内に留まるように命令されたことを思い出す。彼女は続く2週の間自宅内に留まった。

 同時にまた彼女は、その事故の健康への影響をポーランド人たちが知るのに何年もかかるだろうと言っていた人々の声を覚えている。何にもまして放射線は甲状腺の重大な障害を引き起こす。それが、人々がヨウ素剤を飲む理由なのだ。甲状腺が吸収する放射性のヨウ素の量をできる限り減らすためである。

 案の定、この四半世紀を通して、オルスチンでは甲状腺障害が爆発的に増えてきている。あらゆる病院の病棟がいま甲状腺疾患に充てられているとマリアは私に語った。これは決して大げさではない。オルスチンの甲状腺外科医アルツール・ザレウスキ博士は、1990年代初期以来、莫大に増加する甲状腺の手術に携わってきたと断言した。一部の人々は甲状腺ガンを患うが、多くは甲状腺の肥大、あるいは正常な機能を失った甲状腺に悩んでいる。

 しかしザレウスキ博士は同時に、甲状腺の疾患とチェルノブイリとを結びつける科学的な証明は無いのだと私に注意した。一部にはソビエト連邦の頑迷な態度のため、また一部には、ランセット【注】が「かなりの論理的な難問」と述べるかも知れないもののために、チェルノブイリの大災害とポーランドにおける甲状腺の問題とを結びつけるのに役立ったかもしれない疫学的な研究が全く始められなかったのだ。
   
【訳注:「ランセット」は週刊で発行される査読制の医学雑誌。こちらを参照のこと】

 いままでになされてきた研究は癌に焦点を当てたものだ。ランセットによれば、ベラルーシとウクライナでの小児白血病と乳がんの増加はチェルノブイリに起因しうるが、「欠陥のある研究の方法」のためにこれらの研究は決定的なものではない。

 しかし、私がマリアの母親のバーバラ・ガウロンスカ-コザクにeメールを送ると、彼女は頑として譲らなかった。「私はチェルノブイリが甲状腺障害を増やしたのだと確信します。」バーバラは自身が(疫学者ではないものの)科学者であり、これが「平均的なポーランド国民」の信じていることだと私に語った。彼女自身、あの事故の10年後に甲状腺手術をしなければならなかった。彼女の母親は2回の甲状腺手術を受けた。彼女の親友は甲状腺手術を1度受けた。高校時代の古い友人は甲状腺腫瘍の摘出手術を受けた。父親が甲状腺の障害を持たなかった唯一の家族だと、マリアは私に語った。

 5年ほど前にマリアの番が来た。徐々にだが、彼女の甲状腺は気管を圧迫するまでに膨れ上がり、姿勢によっては呼吸が困難になっていった。もちろんだが、その醜い成長こそ彼女がタートルネックの服を着る理由だった。ニューヨークのある専門家は彼女に、こんなものはいままで見たことがない、その矯正の手術はきわめて危険でありおそらく声帯を痛めるだろうと彼女に言った。だからマリアはポーランドに戻り彼女の故郷の町で手術を受ける決心をしたのだ。今年に入ってすぐ、彼女は手術を受けた。

 チェルノブイリで起こったことと全く同じように、福島第一原子力発電所の事故が近隣に住んでいた人々の健康にどんな影響を及ぼすのかを我々が知るまでに、何年もかかるだろう。漏れた量がずっと少ないにもかかわらず、放射能は海に流れ込んだのだ。そしてその跡は食料の中で発見されている。どのように核力(原子力)を取り扱うべきか考えこまされる。それはクリーン・エネルギーの見通しが立たない苛立たしさを与えるものだ。いままでに存在している災厄の危険性と相まって事態は悪化していくに違いないという…。これらは単純な疑問ではない。我々が福島第一のような、またはチェルノブイリのような事故が起こるときには必ず思い起こすはずのものだからである。

 少なくともマリアにとってこの話はハッピーエンドになっている。彼女を手術したザレウスキ博士はその甲状腺の大きさを見たときにひるまなかった。手術は成功した。彼女の声帯は良好なままである。彼女はいままでにも増してエネルギッシュになっている。
 マリアは私に、オルスチンにいた間に旧友たちを探し出したと語った。故郷に戻った理由を彼女らが聞いたときに「みんな笑って自分たちの傷跡を指さしました」と彼女は言った。

 彼女がニューヨークに戻ってからほどなく、私が彼女に会ったとき、彼女自身の小さな傷跡に気づかざるを得なかった。タートルネックを着ていなかったのである。

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【原文】
http://www.nytimes.com/2011/07/12/opinion/12nocera.html?_r=2&emc=tnt&tntemail0=y
Chernobyl’s Lingering Scars
JOE NOCERA
Published: July 11, 2011

Oddly enough, the 25th anniversary of the worst nuclear accident in history has been marked by journalism about animals. Two magazines,
Wired and Harper’s, have published lengthy articles about the rebirth of animal life in the so-called exclusion zone around the Chernobyl nuclear plant in Ukraine.
All well and good, but given the recent Japanese nuclear accident, wouldn’t you rather know what has happened to the, er, people who were affected by Chernobyl?
I know such a person. Her name is Maria Gawronska. Thirty years old, smart and attractive, Maria is a native of Poland who moved to New York in 2004. I met her through my fiancée maybe four years ago. She always wore a turtleneck, even on the hottest of days.
Maria’s hometown, Olsztyn, in northern Poland, is more than 400 miles from Chernobyl. She was 5 years old in April 1986 when the reactor melted down, spewing immense amounts of radioactivity upwind, where it spread across Ukraine, Belarus and, yes, northern Poland.
“At first,” Maria said, “they said it was an explosion but it wasn’t dangerous.” But within a few days, the Soviet Union
grudgingly acknowledged the accident. Maria recalls that everyone was given iodine tablets, and told to remain indoors. She stayed in the house for the next two weeks.
She also remembers hearing people say that it would be years before Poles knew the health consequences of the accident. Among other things, radiation can wreak havoc on the thyroid gland; that is why people take iodine tablets, to minimize the amount of radioactive iodine that their thyroids absorb.
Sure enough, over the course of the last quarter-century, there has been an explosion of thyroid problems in Olsztyn. Maria told me that entire hospital wings are now devoted to thyroid disease. This is no exaggeration. Dr. Artur Zalewski, an Olsztyn thyroid surgeon, confirmed that his practice had seen a huge increase in thyroid operations since the early 1990s. Some people have cancerous thyroids, but many more have enlarged thyroids, or thyroids that have stopped functioning properly.
Dr. Zalewski also cautioned me, though, that there was no scientific proof connecting thyroid disease to Chernobyl. Partly because of Soviet intransigence, and partly because of what The Lancet
would describe as “considerable logistical challenges,” epidemiological studies were never begun that might have helped link the disaster to Poland’s thyroid problems.
The studies that have been done have focused on cancer. According to The Lancet, it is possible that increases in childhood leukemia and breast cancer in Belarus and Ukraine can be attributed to Chernobyl. But because of “flawed study design,” these studies are not definitive.
When I e-mailed Maria’s mother, Barbara Gawronska-Kozak, however, she was adamant: “I am convinced that Chernobyl increased thyroid problems.” Barbara, a scientist herself (though not an epidemiologist), told me that this was what the “average citizen of Poland” believed. She herself required a thyroid operation a decade after the accident. Her mother had two thyroid operations. Her best friend had a thyroid operation. An old high school friend recently had a goiter removed. Maria told me that her father was the only family member who had not had a thyroid problem.
Around five years ago, it was Maria’s turn. Gradually, her thyroid become so enlarged that it impinged on her trachea, making it hard to breathe in certain positions. The unsightly growth, of course, was why she always wore a turtleneck. A specialist in New York told her that he had never seen anything quite like it, and that the operation to correct it was high risk and could possibly damage her vocal cords. So Maria decided to return to Poland and have the operation in her hometown. She did so earlier this year.
Just as in Chernobyl’s case, it will be years before we know how the accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Station will affect the health of those who lived nearby. Although much less radiation escaped,
it did leak into the water, and traces have been found in the food supply. It makes one wonder how to deal with nuclear power, which offers the tantalizing prospect of clean energy — along with the ever-present risk of disaster should something go wrong. These are not simple questions — as we are reminded whenever there is an accident like Fukushima Daiichi. Or Chernobyl.
For Maria, at least, the story ends happily. Dr. Zalewski, who operated on her, didn’t flinch when he saw the size of her thyroid. The operation was a success. Her vocal cords are just fine. She has more energy than she has had in years.
Maria told me that while she was in Olsztyn, she sought out old friends. As soon as they heard why she had returned, she said, “They all laughed and pointed to their own scars.”
When I saw her not long after she returned to New York, I couldn’t help noticing her own small scar. She wasn’t wearing a turtleneck.
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