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復刻版:
ブレアーが世界をたぶらかし続けた8ヵ月
「ダウニング・ストリート秘密メモ」の巧妙な心理作戦

 この拙訳は2005年6月に私(童子丸開)が和訳して季刊『真相の深層』誌(木村書店、廃刊)に寄稿し、その後、私の旧HPに掲載していたものである。気付いた限りの誤訳、誤字や脱字などは修正を施し、また必要に応じて注釈等を加えている場合がある。 (外部リンク先にはすでに通じなくなったものが含まれているかもしれない。その点はご容赦願いたい。)
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 2005年5月1日の英国サンデー・タイムズは、イラク戦争が開始される8ヶ月前の2002年7月23日にダウニング・ストリートにある英国首相官邸で行われたある「秘密会議」の記録メモの全文、およびその解説記事を掲載した。
The Sunday Times – Britain:May 01, 2005
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-1593607,00.html
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2087-1592724,00.html

 この会議の出席者は次の通りである。
 トニー・ブレアー(英国首相)、ジェフリー・フーン(国防長官)、ジャック・ストロウ(外務長官)、ピーター・ゴールドスムス(法務長官)、リチャード・ウイルソン(内閣官房長官)、フランシス・リチャーヅ(通信本部長官)、ジョン・スカーレット(統合情報委員会議長)、リチャード・ディァラヴ(MI6長官:メモの中では「C」となっている)、マイケル・ボイス(統合参謀本部議長:メモの中では「CDS」となっている)、ジョナサン・パウエル(主席補佐官)、アラステアー・キャンベル(報道政策補佐官)、サリー・モーガン(政治戦略補佐官)、マシュー・ライクロフト(外交政策補佐官)、デイヴィッド・マニング(外交政策顧問)。

 「メモ」の作成者は特に書かれていないが、マシュー・ライクロフトによって発信された。受取人はデイヴィッド・マニングであり他のメンバーにもコピーが送られた。ただしこの宛先の中にブレアーの名は無い。
まずその内容に目を通していただこう。翻訳においては、このメモのオリジナルな形をできるかぎり生かし、不必要な意訳は避けた。

 なお、このメモの翻訳の後ろに解説を付けておくので、ぜひお読みいただきたい。

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極秘であり厳重に親展とせよ―英国人の目のみ
デイヴィッド・マニング
発信:マシュー・ライクロフト日付:2002年7月23日
S 195/02

コピー送信:国防長官、外務長官、法務長官、リチャード・ウイルソン卿、ジョン・スカーレット、フランシス・リチャーヅ、CDS、C、ジョナサン・パウエル、サリー・モーガン、アラステアー・キャンベル
イラク:7月23日、首相による会議

 コピーの送信者とあなた方は7月23日にイラクについて討論するために首相と会った。

 この記録は高度な機密情報である。コピーは厳禁。この内容を知る必要がある人物にのみこれを閲覧することが許される。

 ジョン・スカーレットが、イラクに関する情報とJICによる最新の分析を次のように要約した。サダム政権は残虐であり極度の恐怖によって支配している。政権を倒す唯一の方法は大規模な軍事攻撃を行うことであるように思える。サダムは空と陸からの攻撃を予測し恐れてはいるが、それが間近で全面的なものであろうとは考えていない。彼の政府は近隣諸国が一斉にアメリカに味方すると予測する。サダムは一般兵士の志気が低いことを知っている。一般国民からのサダムに対する支持はおそらく限られたものであろう。

 Cが最近ワシントンで行われた会談について報告した。【訳注:テネットCIA長官との会談と思われる】明らかに米国政府の態度の変化があった。武力行使はもはや不可避だと見なされている。ブッシュは軍事攻撃によってサダムを排除したがっており、それはテロリズムと大量破壊兵器を結びつけることによって正当化される。しかし、情報と事実はその政策に合致するように調整されつつある。NSC(アメリカ国家安全保障会議)は国連を通しての解決には我慢しないし、イラク政権の記録に関する資料を公開する気は無い。ワシントンでは、軍事攻撃終了後に残る影響についての議論はほとんどなされていない。

 CDSが次のように言った。米国作戦担当者が、8月1日と2日にCENTCOM(米中央軍司令部)に対して、8月3日にラムズフェルドに、4日にはブッシュに、その要点を報告することになるだろう。

米国のとるべき選択は大まかに言えば二つ。それは:
(a)準備を整えた上の開戦。兵士25万をゆっくりと配備、短期(72時間)の空爆。その後南方からバグダッドへ侵攻。戦闘開始までに必要な期間は90日(準備に30日、およびクウェートへの配備に60日)。
(b)急激な開戦。すでに中東にいる米軍兵力(3×6000)、連続する空爆、これはイラクの挑発軍事行動によって開始される。戦闘開始までに必要な期間は60日で空爆は早めに開始。危険を伴う選択。

 米国は英国(およびクゥエート)が必要不可欠であると見ている。どちらの選択にとってもディエゴ・ガルシアとキプロスの英軍基地を使う。トルコと他の湾岸諸国も重要だが、意味はより小さい。英国参戦に対して三つの選択肢がある。それは:
(1)ディエゴ・ガルシアとキプロスの基地に加えて、特殊部隊による三つの飛行中隊を提供。
(2)上に、海軍と空軍を加える。
(3)その上に、陸軍4万の兵を加える。おそらく米軍とは別個に、北部にトルコから入りイラク軍の2個師団を押さえつける。

 国防長官が次のように言った。米国はすでにサダム政権に圧力をかけるための「活発な活動」を開始している。決定はまだなされていないが、彼の考えでは、米国議会選挙の30日前をめどに来年1月に武力行使を開始する、というのが米国の意図である可能性が最も高い。

 外務長官が次のように言った。自分は今週これについてコリン・パウエルと協議する予定である。開戦の時期は決まっていないにせよ、ブッシュがすでに武力行使を決断したことは間違いないと思われる。しかし攻撃を正当化する根拠は薄い。サダムは近隣諸国の脅威にはなっておらず、大量破壊兵器開発の能力はリビア・北朝鮮・イランよりも劣る。我々はサダムに、国連の武器査察団を再び受け入れよとの最後通告を突きつける計画を練るべきだ。これが軍事力使用に対する法的な正当性を得る助けともなるだろう。

 法務長官が次のように言った。政権交代が望まれるとしてもそれは軍事行動にとって法的な根拠とはならない。考えられる法的根拠は三つある。正当防衛、人道を守るための介入、UNSC(国連安全保障理事会)が認めた攻撃。第一と第二のものはこのケースの根拠にならない。3年前の安保理決議1205に基づく攻撃も難しいだろう。この状況は変わるかもしれないのだが。

 首相が次のように言った。サダムが武器査察官の受け入れを拒絶すれば、政治的そして法律的に、大きな違いが生まれるだろう。大量破壊兵器を作っているのがサダム政権であるという感覚で政権転覆と大量破壊兵器が結びつけられるのだ。リビアやイランに対処するのには違う戦略がある。政治的なコンテキストが正しいのであれば、国民はイラクの政権転覆を支持するだろう。重大な問題が二つある。まずこの軍事作戦がうまくいくのかどうか、次に、軍事作戦をうまく機能させるための政治戦略を我々が持っているかどうか、だ。

 CDSが第1の問題について言った。アメリカの作戦計画がうまくいくかどうかはまだ分からない。軍としては現在、数多くの問題点を検討している最中である。

 国防長官が付け加えた。例えば、もしサダムが開戦初日に大量破壊兵器を使用したらその結果はどうなるのか、あるいは、もしバグダッドが陥落せず市街戦が始まったらどうなるのか。サダムは大量破壊兵器をクゥエートに、あるいはイスラエルに対して使うかもしれない、とあなた方は話している

 外務長官が次のように言った。米国は、成功する戦術であるとの確信がない限り、軍事作戦を遂行しないだろう。この点に関しては米国と英国の利害は一致する。しかし政治戦略に関しては米英に違いが出るかもしれない。米国は抵抗するかもしれないが、我々はサダムに最後通告を出すことを慎重に模索すべきだ。サダムは国連に対して強硬な対応を貫くだろうから。

 ジョン・スカーレットは、サダムは攻撃を受ける恐れが高いと確信した時にのみ武器査察団を再び受け入れるだろう、との判断を示した。

 国防長官は次のように言った。もし首相が英国の参戦を望むのなら早く決断を下す必要がある。また彼は次のように注意を促した。米国政府内の多くは最後通告の手間をかけることに値打ちは無いと考えている。首相がブッシュに対して政治的なコンテキストをきちんと説明することが重要だ。

結論

(a)我々は、英国がいかなる軍事行動にも参加することを前提として活動しなければならない。しかし、断固とした決断を下す前に、我々には米国による作戦計画のより完全な具体像が必要である。CDSは、とるべき選択の幅について我々が検討していることを米軍に伝えなければならない。

(b)首相は、この作戦の準備に必要な経費が確保できるかどうかという問題について、もう一度考えることになるだろう。

(c)CDSは今週の終りまでに、米軍が提案した軍事作戦および予想される英国の貢献に関する詳細かつ十分な報告を、首相に送る予定である。

(d)外務長官は、国連の武器査察官たちが行った今までの経過について首相に報告書を送り、サダムに対する最後通告を国連に慎重に働きかける。
また同時に、中東地域の諸国、とりわけトルコや、EU主要国の立場についての助言を首相に送るであろう。

(e)ジョン・スカーレットは最新の十分な情報分析を首相に送るだろう。

(f)我々は法律的な諸点を忘れてはならない。法務長官は、FCO(外務省)およびMOD(国防省)の法律顧問と共に、法律に関するアドバイスを十分に検討することになるだろう。

(引き続いて行われるべき作業を委託するために私はすでに別個に書き送っている。)

マシュー・ライクロフト

【翻訳終り】
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(訳者よりの説明)

 この「極秘メモ」が告げているのは、米国は遅くとも2002年7月の段階までにはすでにイラクと戦争を行うことを決定しており、この7月23日の段階で英国政府がでイラク参戦を実質上決定した、ということである。メモ中で彼らは開戦を前提にして、あとはそれをどう上手に正当化できるか、という点に話を集中させている。『政治的なコンテキストが正しいのであれば、国民はイラクの政権転覆を支持するだろう』というブレアーの言葉が彼らの本音をよく表しているようだ。

 またMI6長官ディァラヴは『ワシントンでは、軍事攻撃終了後に残る影響についての議論はほとんどなされていない』と語り、要は戦争を起こすこと以外の何も考えていないブッシュ政権の内実を伝えるが、外相のストロウは『米国は、成功する戦術であるとの確信がない限り、軍事作戦を遂行しないだろう。この点に関しては米国と英国の利害は一致する』と、勝つことが保証されている戦争を遂行することが彼らの利益であることを認めている。

 ブレアー以下の英国政府首脳が2002年の段階で「イラクの大量破壊兵器」が根も葉もない大嘘であることを知らなかったはずだと考えるなら、それは少々お人好しが過ぎるだろう。世界随一の情報機関網を持ち、数百年にわたって対外戦争を繰り広げ一時は大英帝国として世界を制覇したような国を、そんなマヌケの集団が治められるわけもない。実際にストロウは『攻撃を正当化する根拠は薄い。サダムは近隣諸国の脅威にはなっておらず、大量破壊兵器開発の能力はリビア・北朝鮮・イランよりも劣る』と述べている。そしてディァラヴが『情報と事実はその政策に合致するように調整されつつある』つまり「情報と事実のでっち上げ作戦」が進んでいることを認める。あとは、具体的な戦術を煮詰めることと、どのようにして戦争の口実を練り上げるのかという技術的な問題(彼らの言う「政治的なコンテキスト」を作ること)だけが課題として残る。

 彼らは最初から自国民と世界をペテンにかける算段をしていたのだ!

 このダウニング・ストリート密議の後、世界の注目を浴びながらブレアーとブッシュによる「ボケとツッコミ」の掛け合い漫才が開戦直前まで続いた。我国の朝日新聞は2002年8月31日に次のように報道した。『ブレア英政権がイラクへの対応をめぐり、ブッシュ米政権と距離を置き始めた。大量破壊兵器に関する査察をイラクのフセイン政権が受け入れるなら、軍事行動をとらなくても問題は解決できる、との柔軟な姿勢を示唆し・・・』。その時点で英国の世論調査ではイラクへの軍事行動に反対が50%、支持が33%だった。世界はものの見事にたぶらかされたことになる。こうして2003年3月16日、ポルトガル領アゾレス群島で米英西3国首脳によるこのインチキ戦争の旗揚げ式が挙行されることとなった。

 英国政府はすぐにこの「メモ」を「本物である」と認めた。そしてサンデー・タイムズの解説記事は次のように結んでいる。「ダウニング・ストリートは、この書類には『何一つ目新しいものは含まれていない』と主張した」・・・。
 ・・・。しかし、何か割り切れない気持ちが残る。


 ブレアーはすでに2002年の4月にテキサスのクロウフォードでジョージ・W.ブッシュに会った際に「英国は(サダム)政権転覆のための軍事行動を支持する」と語っている。戦争へのロードマップはすでにはるか以前から出来上がっていた、と見るべきだろう。実際に、2004年の大統領選挙の民主党予備選挙に立候補したウェズリー・クラーク将軍は、2007年になって、イラクとの戦争がすでに9・11事件直後にペンタゴン幹部によって決定されていたという重大な証言を行った。イラクと9・11とを結び付けるような情報が何一つ無いにもかかわらずである。そしてその決定を英国首脳が誰一人として知らなかったわけもなかろう。だがこの「秘密メモ」にはあたかも「米国の開戦予定をつい最近知った」かのような会話が書き連ねられている。

 この「極秘メモ」がサンデー・タイムズに掲載された経過にも疑問がある。もちろん報道機関が情報入手経路をすべて明らかにする義務は無いのだが、しかしデイヴィッド・マニング個人に当てられた『コピー厳禁』の『高度な機密情報』がどうやって全文、報道機関に流されるのであろうか。単純にマニング卿自身、あるいはその側近による「内部告発」と考えることもできよう。しかし実際にブレアーが慌てふためいてもみ消しにかかった様子もない。英国政府は何事も無かったかのように淡々とその業務を続けてた。すべてが「予定通り」であったかのように
 
 政治指導者が国民と世界をたぶらかし続けていたという暴露に対して、当然のごとく英国内外で批判の声があがった。しかしこの「秘密メモ」が新聞に発表された1週間後に実施された英国総選挙(2005年5月8日)では、与党の労働党は議席こそ相当に減らしたものの小選挙区制を十分に生かして過半数を確保した。前年のスペイン総選挙では、その3日前に起こった「マドリッド列車爆破事件」の影響で、有利と見なされていたアスナール(イラク戦争に加担)の国民党が敗北したのだが、英国総選挙ではこのスキャンダルは驚くほどに影響を見せなかった。

 「イラク」が選挙を大して左右しなかったことは、イラク戦争に反対しこれを重要な争点とした自由民主党が思ったほど支持を伸ばしていないことを見ても明らかである。労働党の議席減は、むしろ教育や社会保障、犯罪対策などできめ細かい政策論争を挑んだ保守党に票を食われたことの方が大きい。もちろんだが保守党はイラク戦争の方針に賛成してきたのである。そしてこの『極秘メモ』漏洩からわずか2ヵ月後に起こったロンドン7・7地下鉄バス爆破事件で、英国民はこのブレアーのペテンを忘れ去ってしまったのである。

 しかしそれ以前に、イラク開戦前に米英政府によって発表されたさまざまな「開戦理由」、特に「大量破壊兵器の証拠」がことごとく作り話であったことが、英米マスコミによって明らかにされていたはずだ。例えば、サダム・フセインが反対派を殺害して埋めた「40万人墓地」の話、押収されたアルミ管を遠心分離ウラン濃縮装置に使う予定だったという話、ニジェールから秘密裏に大量購入しようとしていたウラニウム化合物(イエローケーキ)、開戦を決定付けた国連安保理でパウエルが示した「移動研究室」、等々、数え上げたらきりがあるまい。全てがインチキ、イカサマでしかなかった。しかし2004年の米国大統領選でもやはり「イラク開戦の嘘」は重要な争点とはならなかった。その年の3月11日に起こったマドリッド列車爆破事件がこの国家指導者の大嘘を覆いつくしてしまったのである。

 本来なら一つの国家にとって、政治の最高責任者が自国民と他国民を死に追いやる戦争という行動を決定する際に、自国民と世界をペテンにかけるような行為は、1973年に米国を揺るがしたウオーターゲート事件などとは比較にならない重大な意味を持つ出来事であるはずだ。なぜニクソンは辞任に追い込まれブッシュやブレアーはのうのうと政権を守ることができたのか。ここには明らかに民主主義を隠れ蓑にした「別のメカニズム」が働いているのを見ることができる。

 「反戦平和」を叫ぶ集団や個人はこういった「嘘報道」のたびにいきり立って国家指導者を非難するのだが、いったん「イスラム・テロ」が起こるや否や率先してその嘘の重さをかき消してしまうのである。国民は指導者の嘘ではなく「テロの恐怖」に怯えイスラム教徒への疑念の方を膨らませる。

  こうして嘘が次々と「軟着陸」させられる。
 国民が国家指導者の嘘に対してどんどんと不感症にさせられていく。
 平和と正義への願いは、皮を切るのに精を出しているうちに肉を切られ、肉を切るのに懸命になる間に骨を断たれてしまった。
 嘘の上に嘘が何重にも重ねられる。世界を嘘が支配する。
 我々はとんでもない虚構の時代を生きているのだ。

 ここで、ブッシュ政権の実体であるネオコン・グループの大立て者、アメリカン・エンタープライズ研究所の重要人物であるマイケル・レディーンが、1999年に書いた「Machiavelli on Modern Leadership : Why Machiavelli's Iron Rules Are As Timely and Important Today As Five Centuries Ago」にある率直な言葉を引用しておこう。
 嘘をつくことは国家の生存と巨大企業の成功にとっての中心である。なぜなら、もし我々の敵があなたの言葉すべてに信頼性を計算できるのなら、あなたの虚弱さが莫大に広がることになるからだ。・・・世界地図を見よ。国境線は悟りの境地を生きる平和な人間によって引かれたのではない。国境線は戦争によって決定したのだ。そして国の性格は闘争によって磨かれてきた。大概の場合、血まみれの闘争で。

 どこかで聞いたことがある? そう、ヒトラーもムッソリーニも同じようなことを言っていた。もちろんだが、彼のこの言葉にある認識は特に目新しいものでもなく、世界各地の歴史を少しでも調べてみればごく普通にみられることである。マキャベリを引き合いに出すまでもあるまい。我国の戦国武将、明智光秀も「仏の嘘を方便といい武士の嘘を武略という」というように政治やイデオロギーの嘘としての側面を描いている。これは世界中で様々なレトリックを用いて語られてきたことでもあるが、レディーンはそれを歯に絹を着せずに語っているに過ぎない。

 1970年代に「ユニバーサル・ファシズム」という本を著しイタリアのP2ロッジにも関わるレディーンなのだが、イラク攻撃の前に「ニジェールからのイエローケーキ輸入」の大嘘をでっち上げたのは彼とその周辺であった。上の論文「Machiavelli on Modern Leadership」が1999年、そのすぐ後でPNAC(アメリカ新世紀計画)というネオコン主導の研究が「21世紀のアメリカの進むべき方向」を定めた。そしてブッシュ政権が誕生した。

 このPNACが提示する『新たなパールバーバー』となったのが2001年9月11日の事件、そしてそれ以後の「対テロ戦争」はレディーンの言葉を借りるならば「テロの首領たちに対する戦争 」である。その心は「嘘をつくこと」なのだ。

 そこでこのレディーンの言葉自体が嘘かまことか、という問題が起こる。この嘘をつくために生まれてきたような男の言葉自体は正直なのか? もちろん嘘である。彼は平然と嘘を付いている。彼は言う。「もし我々の敵が・・・」と。彼が言う「敵」とはいったい誰のことなのか。ヒトラーやムッソリーニの時代、あるいは冷戦の時代であれば明らかな目に見える敵がいた。一国の指導陣が行ういかなる言動も、(仮想)敵国の動向を念頭に置かねばならない以上、素知らぬ顔で嘘をつく能力は必要不可欠といえるだろう。それでは、レディーンの言う「我々の敵」とは何を指しているのか。もうすでにソ連も消滅し米国の生存を脅かす仮想敵は存在しない。サダム・フセインなどは敵の数のうちに入れるような存在ではない。もちろん中国とロシアを仮想敵としていることは考えられるが、それが米国にとって「国家の生存」を脅かすほどのものか?

 ここでレディーンが「国家の生存」だけではなく「巨大企業の成功」を取り上げていることに注目しよう。私のサイトにある次の各文章をお読みいただきたい。これらには、いかに巨大企業が戦争や紛争、政治的混乱を利用して世界各地の人々の財産と命を奪い取っているのかが具体的に書かれている。
 『ベネズエラにおけるブッシュ・ファミリーのいかがわしい商売
』、『戦争は嘘をつく』、『経済ジェノサイド:帝国による「沈黙の死者たち」』、『貧困の拡大と戦争』、『エリート支配の道具としての「民主主義」』。

 『ベネズエラにおけるブッシュ・ファミリーのいかがわしい商売』に登場するベネズエラの富豪ルイス・ヒウスティの『この場で主権だの愛国心だのという概念が振りかざされる。もうたくさんだ』という言葉が彼らの態度を代表するだろう。また『資本には良心も思想も無い』と語る世界有数の大富豪シスネロスの言葉が彼らの強烈な思想を見事に語っている。それは《終わりのない利益追究》という思想である。そしてそのためには、機構であれ法であれ武力であれ謀略であれ思想であれ言論であれ、ありとあらゆる手段を行使する。例えば米国の資本家にとって、米国という国家は《終りの無い利益追究》のために利用するだけの道具でしかない。またネオコンという実体の不明な「思想グループ」ですら道具でしかあるまい。
【その《終りの無い利益追究》の結果、2007年から始まったいわゆる「経済危機」によって事実上国家の機能を喪失したスペインの惨めな姿については『シリーズ:「中南米化」するスペインと欧州』、『シリーズ:『スペイン経済危機』の正体』をご覧いただきたい。】

 『貧困の拡大と戦争』には1980年代のレーガン政権以降その《終りの無い利益追究》がほとんどこの史上最強の国家を食いつぶすまでに進んでいることが描かれる。著者の経済学者イスマエル・ホッセイン-サデーは次のように分析する。
 この観点から眺めるならば、対外戦争に向かう軍国主義的傾向は、国の公的資金の分配を巡る国内闘争の隠喩的な反映であると大局的には見なすことができる。それは、底辺の層から頂上に向かう国家財源再配分の密かで陰湿な戦略なのだ。・・・
・・・寄生的であることに加えて、新しい米国の軍事帝国主義は、二重の帝国主義とも呼ぶことができる。「二重の」というのは、それが外国の自らを守る力を持たない国民たちとその資源を収奪するのみならず、それが同時に圧倒的多数の米国国民とその国内での資産を収奪するものだからである。

 そして現在、実際にそうなっている。私は『「スペイン内戦」の幻想と傷と癒し』の中で次のように書いた。
 ところで「武士の武略」には敵に対する軍事的な謀略のほかに、今で言うプロパガンダ、政治宣伝も含まれるはずです。「敵を欺くならまず味方から」という言葉もありますが、しかし支配者にとって「土民百姓」は断じて味方ではなく、最も恐るべき潜在的な敵です。農民出身の豊臣秀吉が農民から強引に武器を取り上げ検地による監視体制を作り上げたのも、自身がその「土民百姓」出身だけに、そのことを最も鋭敏に知っていたからです。この点を見誤るならプロパガンダの本質を取り違えるでしょう。従って、今も昔も、世界のどこであれ、支配者およびその候補者は、必ず、「土民百姓」に対して政治謀略的なプロパガンダを用いることになります。彼らは本当の敵がどこにいるのか知っているのです。

 「敵と味方」は地図上の平面に分布しているだけではない。社会の「上下方向」にもその「敵と味方の境界線」が存在しているのだ。ホッセイン-サデーのいう『二重の帝国主義』はその「上下方向の敵対関係」を明確に打ち出している帝国主義にほかならない。その『二重の帝国主義』の絶頂ともいえる時期を導き出した者達にとって「我々の敵」とは、地図の平面上に描かれるものである以上に各国家構成員の圧倒的多数である中層〜下層の一般大衆であるといえる。レディーンの言葉の地政学的な装いに誤魔化されてはなるまい。そこに最も強く存在するものは、基本的に国境とは無関係な、「支配するべき者達」と「支配されるべき者達」の間にある敵対関係なのだ。

 そしてレディーンがその構成員を務める者達のグループを、ロシア軍元参謀総長レオニード・イワショフは「世界エリート」「世界の秩序を不安定にする中で利益を得る政界と財界のサークル」「寡頭支配者たちとそれに従う政治家たち」と呼んだ。彼らは経済、政治、軍事そして情報メディアを支配する者たちである。もちろんトニー・ブレアーもその構成員の一人に他ならない。こうしてみれば、9・11同時多発テロがいかなる『政治的なコンテキスト』の中で作り上げられたのかは、理屈ではなくその結果を見れば明らかだろう。理屈と膏薬はどこにでも好き放題に貼りつく。しかし、木はその実を見れば分かる

 そう。戦うべき「敵」はメディアの作る幻覚とサイバー空間の中に創作すればよいのだ。それが新たな戦争の形態、終り無く続けることも可能な『対テロ戦争』の実態に過ぎない。こうしてそのスーパースター達(オサマ・ビン・ラディン、アルカイダ、ザワヒリ、ザルカウイ等々)が華々しくテレビ画面に登場する。そして「製作担当部」のCIAが目鼻立ちすら定かではないピンボケ画面に「本物」の折り紙細工をつける。本物の敵である「搾り取る対象のシモジモの民」どもはいとも簡単に目をくらまされるだろう。それを政治家が操って動かせばよい。人間は事実ではなくイメージと思い込みで動くものだからである。逆らおうとする者は「テロリスト」としてパージすればよい。この薄汚い詐欺こそが《終わりのない利益追究》という思想の強烈な発露なのだ。

 「支配するべき者達」は、その第1の敵である「支配されるべき者達」に対して大嘘をぶつけるのである。プロパガンダは常にその真の敵に向けられている。そのための政策実行機関としてテレビや新聞などの大手メディアが公的な機能を持たされる。その補助機関として右や左の装いをつけた「オールタナティヴ」メディアが存在する。そこには大勢の知的に武装した者達が「政治神話の憲兵」として雇われている。彼らはその雇い主のために一致して、事実を覆い隠し捻じ曲げ、プロパガンダに乗らず虚構を暴こうとする者に敵対する。
【2013年までにもその例は数え切れないほどある。一例として『シリアの化学兵器物語り:人道的大惨事を後押しした米=NATOの計画とは?』をご覧いただきたい。】

 上記のことは、イラク開戦理由のデッチ上げとこのダウニング・ストリート秘密メモ、そして「テロの首領達に対する戦争」で現れた様々なテロ事件を検証してみれば、そしてこれらに対する反応の仕方を具に検討するならば、もはや説明の必要もないほどに明らかであろう。

  嘘に満ち溢れた戦争
 嘘に満ち溢れた報道と情報
 嘘に満ち溢れた政策と発表
 嘘に満ち溢れた論評
 そして
 嘘に満ち溢れた「民主主義」
 嘘に満ち溢れた「自由」
 嘘に満ち溢れた「正義」
 嘘に満ち溢れた「繁栄」
 嘘に満ち溢れた「右」と「左」
 嘘に満ち溢れた「反戦」と「平和」
     ・・・
 その嘘が「国外の敵」よりも主要に「国内の敵」、つまり世界人口の圧倒的多数を占める中層〜下層一般大衆に向けられたものであることは明白である。

 イラク開戦合理化作戦に関連して次のことを最後に書いておこう。2009年3月に米国の元国務長官コンドリーサ・ライスが次のように語った。「誰も、サダム・フセインが9.11事件に関与したとは言わなかった」と。確かに、ブッシュもライスもチェイニーも、直接彼ら自身の口からは明確にそうとは言わなかった。しかし、9.11事件で頭に血が上っている大部分の国民が聞けば間違いなくフセインと「同時多発テロ」を結びつけるであろう表現を繰り返した。そうしてデマが広がるに任せた。もちろん民間のデマ拡散装置が機能したことに間違いはあるまい。見え透いた心理誘導だったのだが、イラクの戦場に向かった兵士のほとんど全員近くがサダム・フセインを9.11の黒幕だと信じたのである。ライスの冷ややかな薄笑いは、簡単にだまされた挙句に財産と命を搾り取られる中層〜下層の一般大衆に向けられている

 嘘が公然と世界を支配し、操り、そして混乱と狂信と殺戮の中で富が吸い上げられていく。このダウニング・ストリート秘密メモにはありとあらゆる嘘が集約されているのだ。

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