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名誉会員 | 「最良の証拠」とは何か? |
9・11コンセンサス・ポイント | 9・11コンセンサス・ポイント セット2 |
9・11コンセンサス・ポイント セット3 (未公表:予定) |
貢献 |
9・11事件の公式説明と対立する 証拠に基づいた文書資料(準備中) |
方法論 (準備中) |
●アフガニスタンとイラクでの戦争を正当化すること; それは何百万人もの人々の死をもたらした(1)
●拷問、軍法会議、そして異常な演出を合法化すること; そして
●米国で憲法に保証される人身保護法のような自由の権利、またカナダや英国や他の国々における自由の権利を停止させること
ツインタワーはたった3つの原因によって破壊された: 飛行機激突の衝撃、その結果としての火災、そして重力である。
9・11事件の前にも後にも、火災によって崩壊した鉄骨構造の高層ビルは存在しない(22)。もし火災がそのようなビル崩壊をひき起こすのならその開始は徐々に段階を追うものになるだろう。しかしビデオは、第7ビルが、完全な安定状態の後に突然、実質的に自由落下で崩れ落ちたことを示している。このビルの垂直な落下は、屋上の線が基本的に水平である対称的な形状を保ったままの崩落なのだが、屋上階が落下を始めた瞬間までにWTC第7ビルの82本の支柱の全てが破壊されたことを示している。
NISTは長年WTC第7ビルが自由落下加速度で落ちなかったと主張してきたのだが、2008年の8月にもその姿勢を繰り返した。それは公衆のコメントを得るための草稿(Draft for Public Comment)という形でWTC第7ビルに関する報告書を(23)発表したときだった。
NISTのWTC研究の責任者シャイアム・サンダーは、ビルが火災によって崩壊したという主張の概要を発表する中で、自由落下は物理的に不可能であると語った(24)。
数学教師デイヴィッド・チャンドラーによる科学的な分析は(25)、WTC第7ビルがおよそ2.25秒の間完全な自由落下で崩落したことを示す。NISTの草稿は、公開で行われた見直し作業の中で、チャンドラーとスティーブン・ジョーンズ博士によって指摘を受けたわけだが、NISTはその後WTC第7ビル落下を再分析した。
その最終報告書(26)の中でNISTは、チャンドラーとジョーンズの発見と一致するのだが、WTC第7ビルが30m以上にわたって約2.25秒間の自由落下加速度で崩落したことを結論付ける詳しい分析とグラフを公表した。
科学的な分析(27)が、火災によっては、つまり爆発物の助け無しでは、鉄骨構造ビルの自由落下での崩壊が起こりえないことを説明する。(それは実際に、NISTの研究の責任者であるシャイアム・サンダーが2008年8月のNIST草稿について公衆のコメントを求める討論会の中で認めた点である(28)。)
NISTがWTCの粉塵の中に焼夷性の物質(テルミットのようなもの)や爆発性の物質(RDXやナノ・テルミットのようなもの)があるかどうかのテストを全く行わなかった(29)にもかかわらず、NISTはそのような物質が存在しなかったと主張した(30)。
反応しなかったナノ・テルミット剤が、それは「(通常のテルミットのような)焼夷物質と同様の、あるいは爆発物と(31)同様の振る舞いの跡をたどることができる(32)」のだが、4箇所で独立して採取された(33)WTCの粉塵のサンプル中から発見された(精査を受けた論文を載せる科学誌での複数の著者による論文で報告されている(34)とおり)。
911委員会報告書は、4つの旅客機(アメリカン航空11及び77便、ユナイテッド航空93および175便)が9月11日にハイジャックされた」と結論付ける(35)。
パイロットたちは、ハイジャックが試みられている確証を得た場合には、トランスポンダーにあるユニバーサル・ハイジャック・コード(7500)(36)の警告を鳴らし、地上のFAAコントローラーに知らせるように訓練されている。しかし、主要な新聞報道(37)および911委員会(38)は、FAAが知らせを受けなかったことを指摘した。
あるCNNの報道(39)は「もし可能であれば」ハイジャック・コードを送るように訓練されていると言った。しかしそのコードの使用に入るために必要な時間は1秒から3秒であり、一方で、公式の説明によれば、ハイジャッカーたちがユナイテッド航空93便の機長室に入るのに30秒以上の時間(40)をかけたのである。
8人の機長と副機長のうち誰一人として(41)この必要とされる行動をとらなかった事実は、ハイジャックという話に大きな疑問を投げかける。
911委員会はユナイテッド93便が、アル・カイダの操縦士に乗っ取られ、ペンシルバニア州シャンクスビル付近の地面に高速でそして大きな角度で墜落したと報告書に書いた(42)。
ユナイテッド航空93便が撃墜されたという主張に対する返答として、米軍とFBIはユナイテッド93は撃墜されなかったと言った。
シャンクスビル付近の住民、市長、そしてジャーナリストたちは、墜落地点とされる場所で何の飛行機も見えなかった(43)と報告した。その部品は墜落地点とされる場所から8マイル(44)もの範囲にわたって発見され、1000ポンドものエンジンの破片を含む残骸(45)が1マイル以上にわたる遠方で発見された。
911委員会報告はアメリカン航空77便(ボーイング757)がアル・カイダのパイロットハニ・ハンジュールによって操縦されペンタゴンに激突したと結論付ける(46)。自動操縦装置を外した後で、彼はおよそ3分間に330度回転しながら7000フィート(約2100m)の急降下を行った。そして時速530マイルの速さでペンタゴン・ビル外壁の1階と2階の間に突っ込んだ。
多数の元旅客機パイロットが、ハンジュールが大型の旅客機を操って77便が飛んだとされる航路を通りペンタゴンの1階と2階の間に芝を傷つけること無しに激突させることなど不可能だったと語っている(47)。
副大統領ディック・チェイニーは、PEOC(大統領緊急指令センター)、いわゆる「バンカー」に入った後、9・11攻撃に対する政府の対応の任務に付いた。
911委員会報告は、チェイニーが約10時になるまでPEOCに入らなかったと語った(48)。それは100人以上が死亡したペンタゴンでの悲惨な出来事が起こった後少なくとも20分が過ぎていたときだった。
ノーマン・ミネタ運輸長官は911委員会で、チェイニーや他の者たちと一緒におよそ9時20分にバンカーに集合した後、チェイニーと若い仕官が会話を交わしているのを聞いたと語った(49)。それは「航空機がペンタゴンに近づいてきた」ときのことだった。
若い士官は飛行機がどんどんと近づいてくることを3回報告した後で、彼は「命令はまだ続行中でありますか」と尋ねた。チェイニーは大声でそうだといった。911委員会報告は、ペンタゴンが被害を受けたずっと後になるまでチェイニーがPEOCに入らなかったという主張することによって、このチェイニーと若い士官とのやりとりが−それはチェイニーの活動休止命令として受け取るのが最も自然だろうが−存在しなかったことを示唆している。
ところが、チェイニーが9時20分までにPEOCに入っていたという証言はミネタだけではなく、リチャード・クラーク(50)と、ホワイトハウス・カメラマンのデイヴィッド・ボーラー(51)によっても為されている。チェイニー自身(52)が9・11事件から5年後の「ミート・ザ・プレス」で、ペンタゴンが被害を受ける以前にPEOCに入っていたと語ったことが報道された。
チェイニーと若い士官とのやり取りを覆い隠そうとする911委員会の試みは、この会話についてのミネタ証言の重要性を明白にさせるものである。