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第6部:欧米社会の新たな神聖同盟(下)   (2005年7月)


[3代の米国大統領が出席した葬儀]

 それは奇妙な光景だった。2005年4月初頭、場所はバチカン市国。故ヨハネ・パウロ2世の遺体の前に、ブッシュ父、クリントン、ブッシュ息子夫妻、コンドリーサ・ライスと、米国3代の大統領と現国務長官がかしこまってひざまずいていた。何となく居心地悪そうに周囲を見回すライスはともかく、3人の現・元大統領たちは実に神妙な顔つきでカトリック風の祈りを捧げていた。しかもローラ・ブッシュ夫人とライス国務長官はカトリックの黒いベールを頭にかけていた。しかし彼らのうちの誰一人としてカトリック信徒はいないのである。

 奇妙な光景はバチカンばかりではなかった。大統領命令により公立・民間を問わず米国中の国旗掲揚ポールに半旗が掲げられ、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポストをはじめとして大新聞は連日第一面のほぼすべてを教皇への追悼に捧げ、TV各局も一日の大半を使って追悼番組を流し続けた。

 カトリックはいつ「米国の国教」になったのだろうか? まぎれもないカトリック文化の国であるスペインですら、ここまで大げさな反応はしなかった。確かに国家元首の葬儀には違いなく礼を尽くすのは当然だとしても、少々やりすぎではないか。一般の国民はどちらかというと白けムードに包まれていたようだが、どうして米国首脳部はここまでしてヨハネ・パウロ2世の死に面しなければならなかったのか。

 確かにブッシュ父にしてみれば故教皇と二人三脚で冷戦時代を過ごしてきた仲であり、息子にしても米国のカトリック票をまとめて自分を大統領に押し上げてくれた恩人である。頭が上がるまい。ここにクリントンを入れたのは「超党派」の格好をつけて「ブッシュ・ファミリー」の色を薄める目的があったと考えられるが、それにしてもこれでは「バチカンは米国の主人か」とすら思えてくるほどだ。この世界最強の政治体制と世界最大の宗教との間にどのような関係があるというのだろうか。

[バチカンの米国化=第2公会議とオプス・デイ]

 ローマ・カトリックを時代に合わせてリフォームするための会議、第2バチカン公会議は1962年から65年にかけて行われた。このカトリック改革には最も重要な二つの働きかけがあった。一つはアメリカ、もう一つがユダヤである。

 様々な改革点の中で目を引くのが「カトリック教義の米国憲法化」である。これは具体的には米国出身のジョン・コートニー・マレー神父の力によるものである。マレーはバチカンの幹部でもなく公会議に投票権を持つ司教でもない。しかし条文作成の技術に長けた専門家であるマレーの「改正案」は、このような作業に慣れていない数多くの司教たちを苦も無く屈服させてしまった。
《この点に関しては、こちらの記事を参照のこと》

 それは「信教の自由」を中心にした種々の「自由」に関する規定であり、従来の「カトリック教会にのみ救いがある」とする独善的な体質を変えて、エキュメニズム(各キリスト教会一致主義運動)や他の宗教との対話へと進める重要な改革点となった。公会議後マレーは誇らしげに語った。「この宣言と米国合衆国憲法に明記されている信教の自由に関する権利の目的もしくは内容は、同一である」。

 このマレーを専門家としてバチカンに招聘したのが、マフィアやKKK、CIA、フリーメーソン、ブナイブリスなどとのつながりから「ブラック・ポープ」として恐れられ、米国大統領も一目置くイエズス会の重鎮フランシス・スペルマン枢機卿だったのである。彼はオプス・デイの重要な関係者でもあった。

 オプス・デイの創始者ホセマリア・エスクリバー・デ・バラゲーは元々から「人々の良心の自由(思想・信仰の自由)」とエキュメニズムを主張し、この公会議での改革派とは深くつながっていた。実際にこの教団は、「キリスト教の理想を世界で実現させる活動(「使徒職活動」と呼ばれる)は、社会的地位、人種、宗教、イデオロギーに関係なく、すべての男性・女性に開放される」ことを方針とする唯一のカトリック集団である。そしてその後のオプス・デイの急成長を見るときに、この第2バチカン公会議での「バチカンの米国化」の恩恵を最も多く受けたのが彼らであることは明らかだろう。

 もちろん今までにも述べてきたように、オプス・デイはその誕生間もない頃から米国の諜報組織とは深くつながっていた。そして1960年代には南米ですでに大きな勢力を持つに至り、CIAやFBIの上層部にも浸透して冷戦時代に大きく発展することになる。彼らはその歴史の初めから米国権力機構の中枢部に触手を及ばしていたのだ。これには当然スペルマンの尽力が大きいと思われるが、その詳細は今の私にはまだ明らかではない。

 なお、第2バチカン公会議のもう一つの重要ポイントであるユダヤに関しては今回は取り上げない。回を改めよう。

[「バチカン・クーデター」の裏舞台]

 オプス・デイがニクソン政権時代にチリのピノチェットによるクーデターと軍事独裁政権誕生に大きな役目を果たしたことは第4部 に書いたとおりだが、その後の1978年に、バチカンで大変な騒動が巻き起こっていた。第2バチカン公会議決定事項の熱心な推進者パウロ6世が死去したあと、教皇に就任したヨハネ・パウロ1世はわずか1ヶ月で暗殺と思われる謎の死を遂げる。そしてその跡を継いだのが、バチカンの周辺がほとんど誰一人予想しなかったポーランド人カロル・ヴォイティーワ(ヨハネ・パウロ2世)だったのだ。

 この教皇がオプス・デイの操り人形だったことは今まで何度も強調してきたが、ヨハネ・パウロ2世誕生の裏にはその他に、教皇の個人秘書としてバチカンで絶大な権力を誇ったスタニスラフ・ジーヴィッツ、フィラデルフィアの枢機卿で米国政界に影響力の大きいジョン・クロール、そしてカーター政権の安全保障担当補佐官ズビグニュー・ブレジンスキーという、3人のポーランド出身者の連携があったのである。特に世界を「チェス板」として眺めるユダヤ人ブレジンスキーの関与は重大な意味を持つ。

 私は、このヨハネ・パウロ1世の死(暗殺)とヨハネ・パウロ2世長期政権の発足は、やはりユダヤ人のヘンリー・キッシンジャーが画策したチリの軍事政権誕生と同様、計画的なクーデターに他ならない、と考える。

 そしてこのときのコンクラーベでヴォイティーワを強力に推薦したのが「キング・メーカ」の異名をとるウイーンの枢機卿フランツ・ケーニッヒである。彼はエスクリバーの盟友の一人であり、また社会主義者でユダヤ人のオーストリア首相ブルーノ・クライスキーと密接な関係にあった。

 この枢機卿は欧州の社会主義を反共勢力の中に組み込むことに成功したと同時に、カトリックとユダヤ人(イスラエル)との関係確立に最も力を尽くした一人だった。このケーニッヒ周辺の人物にヨーゼフ・ラツィンガー(現教皇ベネディクト16世)がおり、さらにそのラツィンガーの愛弟子の一人が現在イスラエルから最も信頼を寄せられるカトリック・シオニストのクリストフ・シェンボルン枢機卿である。

 ヨハネ・パウロ2世誕生にまつわるこれらのすばらしい人物関係を見ていると、米欧ユダヤ(シオニスト)支配層の命を受けたオプス・デイとCIAによる実に臭い演出が透けて表れるのだ。その後の中南米とポーランドなどの東欧における勝共運動と「冷戦」の終結については第4部第5部 で書いたとおりであり、繰り返すことはしない。

 故カロル・ヴォイティーワ教皇こそ「ミスター冷戦」の名にふさわしい。そして彼をこの時代の主人公の一人に仕立て上げたのがオプス・デイ、特にバチカン広報室長のホアキン・ナバロ・バジェスであり、この教団に極めて親しい教皇の個人秘書スタニスラフ・ジーヴィッツである。彼らが「冷戦構造」を盛り立てたうえで平和裏に解体した陰の立役者であろう。

[ブッシュ親子と米国のバチカン化]

 ブッシュ(父)がレーガン政権と自分の政権を通して、どれほどにバチカンとオプス・デイの力を仰いだのか、改めて言うまでもあるまい。

 そしてブッシュ(子)に対するバチカンの力添えはもっと直接的である。2000年の大統領選で最後までもめたフロリダ州は、亡命キューバ人に支えられ中南米利権で懐を潤す弟のジェブ・ブッシュが支配する地域であり、カトリック右派の票が結局あのダブヤ(G.W.ブッシュのあだ名)を大統領に仕立て上げた、といっても過言ではなかろう。フロリダのカトリック票(亡命キューバ人が多いが)のうちこの選挙では54%がブッシュ支持だった。(米国のカトリックは伝統的には民主党支持のリベラル派が多数派である。)

 2004年にケリーと争ったときには、当時バチカン教理省長官だったラツィンガーが米国のカトリック信徒をほぼ脅迫的な手段でブッシュ支持に向かわせた。さらにTV、ラジオ、インターネットなどでの、パット・ブキャナン、ディール・ハドソン、ロバート・ノヴァックといった保守派カトリックの評論家による精力的な活動も重要だった。そして4年前には全国のカトリック票の47%であったブッシュ支持がこの年には52%に上昇した。不正選挙の可能性が高いにしろ、ギリギリの票差の中でこのカトリック票の重みは計り知れないだろう。

 このようにブッシュ(父)もその息子たち、ジョージ・ワシントンとジェブにしても、バチカンには頭が上がらないわけである。さらにもう一人の弟ニールまでが、現教皇のラツィンガーと共に役員を務めるスイスの幽霊財団を通して、「イラク復興ビジネス」で甘い汁を吸わせてもらっていると言われる。故教皇の葬儀に親子女房連れ、カトリック様式で出席しなければ、それこそ神罰が当たるというものだろう。

 しかしそのような「バチカンの影響力を政治的にあるいは個人の利益追求に利用している」というだけで、最初に述べたような「国家総動員体制」でローマ教皇の葬儀に臨むだろうか。そこには米国という国家自体の質的な変化が感じられる。第2公会議でバチカンの「米国化」が行われたように、ブッシュ父子が米国の実権を握っている間に、米国の「バチカン化」が進行してきたのではないか。

 こんなことを言うと「バカをいうな。アメリカはプロテスタントの国だ」「ブッシュは熱心な再洗礼派の福音主義者ではないか」と言われそうだ。では、あの9・11以後の「対テロ世界戦争」を仕掛けるにあたって、どうして『十字軍』というカトリック的なスローガンをかかげたのか。

 ここが肝心だ。カトリックとプロテスタントの長年にわたる対立を止揚するシンボルとして、つまりカトリック教会が第2バチカン公会議以来強力に推し進めているエキュメニカル運動を一つの政治的な形として表現したものが、この「対テロ十字軍」のもう一つの意味だったのである。

 9・11「テロ」事件の少し後のことだが、ペンシルバニア選出の米国上院議員(共和党)でオプス・デイとも縁の深いリック・サントラムは、米国の雑誌「ナショナル・カトリック・レポーター」に次の奇妙な見解を語った。「私はジョージ・W.ブッシュ氏を『米国で始めてのカトリック大統領』だと見なしている。」

 もちろん実際には米国初のカトリック信徒の大統領はJ.F,ケネディなのだが、サントラムは、ケネディが個人的な信仰と政治的な責任との間に区別をつけたことを非難する。ケネディは、もしも大統領に選ばれたらカトリック教会の命令には従わない、と宣言したのだが、サントラムに言わせるとこれが『米国に非常な害悪をもたらした』のである。彼の頭の中には政教分離という用語は存在しない。政治的理念と宗教的信条が一致した「神権政治」がこの上院議員の理想であるようだ。

 実際に、9・11事変以降ブッシュ政権の元で、米国全体が軍産宗一体となった「神権政治」を目指して突っ走っているように見える。サントラムの言う『カトリック大統領』がその推進者を指していることは明白だ。そしてプロテスタントとカトリックに加えてユダヤ教徒(それぞれの「右派」)がこの流れを強力に形作り、そしてバチカンがそのリーダーシップをとりつつあるのではないか。ヨハネ・パウロ2世の葬儀とその間に米国中を覆った異様な光景がそのことを鋭く象徴している。米国の宗教界を単に「票田」という眼で見ている人は、おそらく現在進行中の重大な変化を見過ごすことになろう。

 なお、プロテスタント右派をまとめてブッシュ支持に向かわせているのが文鮮明の統一教会であり、大マスコミを操って9・11とイラク開戦の大嘘の暴露から懸命にブッシュを守っているのがユダヤ(シオニスト)右派だが、ここではそれらとバチカンとの関わりにまで触れる余裕は無い。ただこれらにイスラムの「穏健派」まで加えて、将来の『統一一神教』とでも言えそうな巨大カルト集団とそれによる神権政治の形成に向けて、米国社会がじわじわと動いて行きつつあるように、そしてそれが現代バチカン基本方針であるように、私の目には映る。


[「草の根」からユダヤ人社会へ]

 2002年にエンロンと共に不正経理やインサイダー取引などで騒がれた会社の一つにタイコ・インターナショナルがあるのだが、その最高顧問弁護士がマーク・ベルニックである。彼は富豪であり非常に熱心なユダヤ教徒でいくつかのユダヤ人団体で中心的な働きをする活動家でもあった。ところが2000年に突然カトリックに鞍替えし、米国のユダヤ人社会に大きな衝撃を走らせた。

 その他、ウォールストリートの著名なエコノミストであるラリー・クドゥロウ、投資家のルイス・レールマン、以前は堕胎推進活動家として勇名をはせたバーナード・ナサンソン、テレビや新聞で辛口の論評で人気のある保守系政治評論家ロバート・ノヴァック、大手出版社社主アルフレッド・レグネリィ、カンザスの共和党上院議員サム・ブラウンバックなども、カトリックに改宗した米国ユダヤ系の有名人たちである。

 彼らには一つの共通点がある。それはあるオプス・デイのカトリック僧から洗礼を受けてこの教団のメンバーとなっている、という点だ。その神父の名はジョン・マックロウスキィ。この男もやはりポーランドあたりのユダヤ系ではないかと思われるが、まだ50歳前後と若く奇妙に神秘的な魅力のある人物らしい。ユダヤ人だけではなく元ルター派の女性牧師ジェニファー・フェラーラは彼に会ってからカトリック(オプス・デイ)に改宗した。かつてウォーターゲート事件を担当した最高裁判事ロバート・ボークも同様である。また先ほど申し上げた上院議員リック・サントラムは極めてユダヤ人(右派)と親しい。

 このように近年米国で、ユダヤ人社会を中心とした中以上の階層の中でオプス・デイの勢力拡大が目立っている。これは彼らが単に政治的・経済的な影響力を持っているばかりではない。むしろこの教団が持つ基本理念自体がユダヤ人にとって極めて親和性の強いものだからであろう。その上にジョン・マックロウスキィのような彼らの琴線に触れる卓越した対話能力を持つ宣教師がいるようだ。このような社会的に影響力を持つ「改宗」ユダヤ人たちは米国内の世論に対してばかりでなくユダヤ人社会とバチカンを結びつける重要なファクターとなるはずだ。バチカン上層部だけではなく、このようなユダヤ中産市民の「草の根」からの浸透ぶりにも注目しなければならない。

[21世紀の神聖同盟:第6部のまとめと次回予告]

 「オプス・デイはドルのカトリック化だ」と言ったフアン・ペロンの言葉が妙に気にかかる。大量のナチ逃亡者を引き受け歴史の裏面を知り抜いていたこのアルゼンチンの独裁者は、この教団がやがて米国社会の変貌を担う力の重要な一つになることを予告したのだろうか。

 18世紀の神聖同盟はフランス革命後の社会変革を推し止めようとして崩れ去った。しかし今日、「冷戦」を演出した後、新たに「対テロ戦争」体制を作りつつある欧米各国の軍と産、そして宗教の間の新たな「神聖同盟」は、逆に従来の秩序を推し崩しながらより強大な世界支配構造の構築を模索しているように見える。

 そしてその21世紀の神聖同盟の中でもう一つ忘れてはならない要素がある。ユダヤである。ただし私は「ユダヤ・プロトコール」を基本テキストにしてユダヤ人による世界支配の陰謀を語るような立場はとらない。事実として起こっている事を元にして、彼らを含めた主要な勢力同士の絡み合いを分析していくのみである。

 次回は「十字架とダビデの星」と題して、将来の実質的融合を目指すと思われるバチカン=オプス・デイとユダヤとの係わり合いについて検討してみよう。
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